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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


記憶結晶化実験

------<オープニング>--------------------------------------

 「被験者、求む!」
ゴーストネットの掲示板に、ある日、そんなタイトルで書き込みがあった。
「記憶の結晶化実験を行うにつき、協力してくれる方を募集します。人体等に危険はありません。募集人員は、4人。応募して下さった方には、少額ですが、謝礼をさしあげます。応募してやろうという方は、あさって、午後1時、JR新宿駅、西口改札前に集合して下さい。当方は目印に、赤いスカーフと、バラのコサージュをして行く予定です。
 それでは、応募、お待ちしています。
 桐生彩子」
 雫は、それを見て、小さく首をかしげる。
「面白そうだけど、本当に、危険はないのかなあ。……誰か、応募する人、いるかしら」
小さく呟いて、それにレスをつけた。
『桐生さま、はじめまして。もしよろしければ、実験結果をこの掲示板で報告していただければ、うれしいです』
「これでよし、と」
雫はレスの送信を終えて、うなずく。どんな結果報告がもたらされるのか、楽しみだった。





 ゴーストネットの掲示板の書き込みに、無我司録は興味を引かれた。
(記憶の結晶化……以前の『蝶』の基となった業(ワザ)ですな……興味があったところです。物質的な形のないものを形にする。その鮮やかなお手並みを拝見したいものです……。必要とあらば……まぁ、大した記憶は持ち合わせておりませんが……幾らでも提供致しましょう……暗闇の残滓に過ぎませんが……)
胸に呟き、薄く嗤う。
(『危険がない』というのであれば、私が出向いても問題はないでしょう……おそらく)
そう考え、参加を決めた。
 書き込みがあった翌々日の午後1時。無我は待ち合わせ場所のJR新宿駅、西口改札前へ足を運んだ。掲示板には四人とあったが、それらしい人物は一人しかいない。高校生ぐらいに見える、金髪の少年だ。肩のあたりまで伸ばした髪を後ろで一つに束ね、生意気そうだが、可愛い顔立ちをしている。
 無我が、声をかけるでもなく観察していると、金髪の少年の後ろから、大股に歩み寄って来た少年が、いきなり猫をでもつかまえるように、その首根っこを捕えた。
「ゲッ! デカ息子!」
「何がゲッ、だ。おまえ、こんな所で、こんなかっこうで、何やってるんだよ!」
「何って……」
睨み据えられ、がみがみ言われて、金髪の少年は答えに詰まる。
 二人のやりとりから察するに、かなり親しい関係のようだが、兄弟には見えなかった。後から来た少年も、高校生ぐらいだろうが、こちらは、固そうな黒髪を、前髪以外は短くして、黒目がちの切れ長の目の、人目を引く容姿をしている。背は、金髪の少年より少し高い。手には、袋に入った細長い棒のようなものを持っている。
(仲の良い友人同士とでもいったところですか……)
無我が、そう見当をつけたところへ、よく通る明るい女性の声が響いた。
「ゴーストネットの掲示板を見て、来てくれた人たちね?」
 三人の視線が、一斉にそちらへ向けられた。彼らの目の前にいたのは、体の線をくっきりと際立たせる真紅のスーツに身を包んだ、若い女性だった。20代半ばぐらいだろうか。書き込みにあった通り、赤いスカーフを首に巻き、バラのコサージュを胸元に飾っている。肩のあたりまでの髪は、栗色で、ゆるいウエーブがかかっていた。
「あら、三人だけなの?」
彼らを見やって、女性が尋ねる。
「え……俺は……」
後から来た黒髪の少年が何か言いかけたが、金髪の少年を見やって小さく溜息をついた。
「ええ、そうみたいです」
「そう。じゃあ、もう少し待ってみて、あと一人が来なかったら、移動しましょう。実験は、私の研究所で行うことになっているから。――ああ、ごめんなさい。私があの書き込みをした桐生彩子よ。これ、名刺ね」
手にしたセカンドバックから、彼女は名刺を取り出し、三人に配る。そこには、「超心理・呪術研究所 所長 桐生彩子(きりゅう・さいこ)」と書かれてあった。
 やがて、15分ほど待ったものの、四人目は現れなかった。
「しかたがないわね。三人でも不都合はないし……。じゃ、行きましょうか」
彩子は呟くと、彼らを促し、先に立って歩き出す。無我たちもまた、その後に従った。

 彩子の研究所は、新宿のはずれにある、古いビルの3階にあった。
 研究所とは名ばかりで、小さな事務所といった風だ。それでも、一応従業員らしい者たちがいて、彩子と三人を迎えてくれた。
 彼らが通された部屋は、半分のスペースに向かい合うように四つ事務机が並び、残り半分のスペースに安っぽい応接セットが並んでいた。三人は、その応接セットに座るよう促された。車の中でも簡単に説明は受けていたが、そこで改めて実験についての説明が成される。
 まず、彼女は実験には何の危険もないことを再度強調した。手順は、一人ずつ奥の実験室に入り、そこでまず、脳波・脈拍などを計測するための電極をつける。後は、結晶化したい記憶を頭の中で鮮明にイメージするだけだ。
 記憶の結晶は30分程度で崩れてしまうという。その間、記憶の持ち主は、その記憶を思い出せなくなるが、結晶が崩れればすぐに元に戻るらしい。
「じゃあ、始めましょうか。まずは、無我司録さんといったかしら。あなたからお願いするわ」
説明を終えると、彩子は言って、無我を促した。彼は黙って立ち上がり、彼女に従って奥の部屋へと入って行った。

 奥の部屋は、あまり実験室という感じではなかった。
 床には巨大な魔法陣が描かれ、その中央に小さなテーブルと椅子が並べられており、テーブルの上には、ノートブック型のパソコンや、小さな測定器が置かれていた。
 彩子は無我を椅子に座らせると、まずパソコンを起動し、それから彼をふり返った。
「脳波計の電極をつけるのに、その帽子を取って……と言いたいところだけど、やめておいた方がよさそうね。脈拍はかまわないかしら?」
苦笑して訊いた。どうやら彼女は、無我が人ならざる存在であることに気付いているようだ。
「かまいませんが……あまり意味はないかと思いますよ」
「そうね」
言われて肩をすくめ、彼女は彼から脈拍等のデータを取るのをあきらめた。
「まあいいわ。あなたのようなものの記憶が結晶化したら、どんな風になるのか、興味があるし」
 彼女の言葉に、無我は薄く笑って尋ねる。
「悲しみや……失うことへの恐怖……生への執着……記憶によって為す形は異なるのでしょうかね……?」
それは、自分の中にある「数多の人間の暗い記憶」は一体どのような形を為すのだろうという興味からだった。
「ええ、記憶によって、形はさまざまよ。鳥や花や蝶、時には、なんだかよくわからないオブジェみたいなものになる時もあるわ」
彩子が答える。
「蝶……ですか」
無我は、自分がこの記憶の結晶化に興味を持つきっかけとなった調査依頼を思い出す。その依頼人は、自分に愛想をつかして離れて行ってしまうという妄想から、妻を殺し、新婚時代の彼女の記憶を結晶化させた瑠璃色の蝶を愛して日々を送っていた。その記憶に、妻の真実の想いが潜んでいるとも知らずに。
 そんな彼を、彩子は面白そうに見やった。
「なんだか、記憶の結晶の蝶に、覚えがありそうね」
揶揄するように言ったものの、彼女は答える暇を与えず、踵を返した。部屋の隅の金庫に歩み寄り、そこから、小さなビロード張りの箱を取り出した。それを手に、戻って来ると、彼女は無我の目の前で、箱を開けた。中には、薄い緑色をした石がビロードの台に収まっていた。一見して、ペリドットのようにも見える。
「じゃ、これを手に持って、結晶化したい記憶を頭に思い描いてね。できるだけ鮮明にお願いするわ」
彩子は言って、石を渡す。
 無我は、言われた通り、渡された石を片手に握りしめた。そして、脳裏に一つの記憶を思い描く。もっともそれは、彼自身のそれではない。先日の、依頼人の記憶だ。
 彼の傍で、彩子はあまり一般的には馴染みのない言語で、歌うように呪文らしきものを詠唱し始める。それが、古代ケルトや北欧で使われていた、ルーンだということが、無我には理解できた。
 と、無我の石を握りしめた手の中で、何かが蠢く感触があった。彼が手を開くと、石からゆっくりとバラの蕾が生え出すところだった。それは、見る見る伸びて、彼の目の前で花開く。暗く淀んだ、血を思わせるような赤いバラだった。花びらだけでなく、茎も葉も、がくも、全てが同じ色だ。それはまるで、ガーネットで造られたバラのようだった。
「なかなか、素敵な記憶のようね」
いつの間に取り出したのか、それをデジカメに収めながら、彩子は感想を漏らす。
「ただ、残念なことに、あなた自身の記憶ではなさそうだけど」
「わかりますか?」
「ええ。それぐらいはね」
笑ってうなずき、彼女はデジカメをテーブルの上に置いて、そっと両手で石から咲いたバラを包み込むようにした。その面に、陶然とした表情が浮かぶ。
 それを眺めやっていた無我は、内心に思わず眉をひそめた。手の平の上で、石が動いたような感触がある。同時に、自身の内に蓄積された恐怖の感情が、薄皮一枚、削り取られたような、奇妙な感触を覚えた。
「今、何をしたんです?」
思わず問う。
 彩子は、バラから手を離し、顔を上げた。
「その石に、食事をさせただけよ。このバラの花びら一枚、つまませてもらっただけ。あなたにとっては、どうってことないでしょう? どっちみち、自分の記憶じゃないんだし。大丈夫よ。自分の記憶だったところで、何も影響は出ないわ」
「この石は、ただの石じゃないというわけですか」
「ええ」
無我の言葉に、彩子はうなずく。
「石のように見えるけど、私たち人間の認識する石ではないわ。この石の食料は、人間の記憶なの」
言って、彼女は肩をすくめた。
「前の持ち主の躾がいいから、記憶を直接人間から奪って食べることをしないのよ。記憶を結晶化させてやれば、その中から少しだけ、人間に影響を与えないように食事するの。もともとは、人間に寄生して相手が廃人になるまで食い尽くす性質らしいけどね。私は、定期的に餌を与えるなら、研究材料にしてもいいっていう条件つきで、これを譲り受けたのよ」
つまり、この実験は、餌の確保もあったのかと内心に思いながら、無我は訊いた。
「その、前の持ち主の方は、どうされたんです?」
「死んだわ。120歳近かったんだから、いい加減、寿命でしょうよ」
笑って答えると、彩子は彼を見返した。
「私からも、訊かせてもらっていいかしら。この記憶の本来の持ち主について、教えていただけないかしら。その人、結晶化した記憶を持っているんでしょう? できたら、それのデータを取りたいわ」
「残念ですが、お教えできません。私はこれでも探偵でして。依頼人に対する守秘義務がありますんでね」
かぶりをふる彼に、彩子は声を立てて笑った。
「守秘義務、ね。でも、こうして記憶を結晶化させることで、あなたは私にその人の最もプライベートな部分を教えているのよ」
 彼女の口ぶりから察するに、先程、バラを両手で包み込んでいたのは、結晶化された記憶の内容を走査していたらしい。その前のルーンといい、彼女はただの研究者ではないようだ。
 だが、無我は彼女の挑発には乗らなかった。
「そうかもしれませんが、その記憶では、プライベートすぎて、個人を特定することは難しい。違いますか?」
問い返されて、彼女はじっと無我を見据えた。だが、彼が顔を上げようとした気配に、彼女は慌てて視線をそらした。無我の顔を見た者は、そこに自分自身が強く心に思う人物か、さもなければ、自分自身の顔を見ることになる。彼女はまるで、そのことを知っているかのようだった。
 小さく肩をすくめ、告げる。
「わかったわ。あなたから、データを取れない分、せめて別の研究データが取れそうなものを手に入れようと思ったんだけど。ま、しかたないわね」
彼の手から、まだバラが咲いたままの石を取り上げる。無造作にバラだけを石から摘み取り、彼の手に押しつけた。
「ご苦労様。事務室の方で待っていてくれるかしら」
「懸命な判断ですね」
嗚咽するような笑いを漏らして無我は、バラを手に立ち上がった。

 無我が、事務室と彩子が呼んだ部屋に戻ると、中から彼女が「桐谷虎助くん、入ってちょうだい」と呼ぶ声がした。金髪の少年が、立ち上がり、無我とすれ違うようにして、奥に入って行く。
 ソファに腰を降ろした無我に、桐谷龍央と名乗った黒髪の少年が声をかけて来た。
「それ……あなたの記憶を結晶させたものですか?」
「ええ、まあ……」
無我は、曖昧にうなずいた。
「記憶の結晶って、そういう風に、花になるんですか?」
「いろいろみたいですよ。私のは、たまたま、こういう形と色だったんでしょうねえ……」
再度問われて、無我は答え、小さく笑いを漏らす。その笑いが気に障ったのか、龍央は、軽く眉をしかめて、黙り込んだ。
 そこへ、従業員だろうメガネの青年がアイスコーヒーを持って来た。それを飲みながら待つうちに、無我の手の中の、記憶が結晶化されたバラは消えた。
 やがて、全員が終わると、奥から出て来た彩子は彼らに礼を言った。
「今日は、本当にありがとう。おかげで、いろいろと面白い収穫があったわ。また、何かあったら、お願いするわね」
そして、事務机の上のパソコンに向かっていた女性従業員にバイト料を渡すように声をかける。
 女性が立ち上がり、三人それぞれに、茶封筒に入ったバイト料を手渡した。それを潮に、彼らは立ち上がる。その後、彼らをJR新宿駅まで車で送ってくれたのは、彩子ではなく、メガネの青年だった。
 駅前で車を降りて、他の二人とも別れ、雑踏に紛れながら、無我は小さく胸に呟いた。
(何やら、謎が増えただけだという気もしますが……それなりに、有意義な経験だったということにしておきましょうか……)
脳裏に、一瞬、あのガーネットで造られたような暗い赤のバラの姿が浮かぶ。だが、彼は小さな笑いを漏らすと、そのまま、夕闇の迫る雑踏を歩き始めた。

数日後。
ゴーストネットの掲示板に、桐生彩子の名前で、こんな書き込みがあった。
「実験に協力して下さった方々、どうもありがとう。おかげで、興味深いデータがいろいろと得られました。現在は、詳しい分析を行っているところです。本当に、ご協力感謝します」
 それを目にして、無我は苦笑する。
(ただ石に餌を与えるのだけが、目的ではなかったということですかな……)
記憶が結晶化した蝶のデータを取りたいと言った彼女ならば、そうかもしれないと思い、彼は、静かにブラウザを閉じた――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0441/無我司録/男性/50歳/自称探偵】
【0104/桐谷虎助/男性/152歳/桐谷さん家のペット】
【0857/桐谷龍央/男性/17歳/桐谷さん家のデカ息子】

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■         ライター通信          ■
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参加いただきまして、ありがとうございます。
記憶結晶化実験、いかがだったでしょうか。
少しでも、気に入っていただければ、幸いです。

無我司録さま、二回目のご参加、ありがとうございます。
記憶に関する指定がありませんでしたので、前回参加作品を流用させて
いただきました。
またの機会がありましたら、よろしくお願いします。