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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・名も無き霧の街 MIST>


霧に囚われて

------<オープニング>--------------------------------------

 シスター・サーニャは蜜壷とにらみ合いをしていた。斜めにしても暖めても、スプーンをいれても蜜が出てこない。
 諦めて、てっぷりとした瓶を棚に入れた。キッチンに置かれていた盆を持って礼拝堂へ戻る。
 礼拝堂と言っても大したものではない。神像が一つ、長椅子が四つ。それだけである。
「どうぞ」
 一番奥の椅子に、くたびれた服装の夫婦が座っていた。夫婦の正面にはシスター・マリィが立っている。マリィは夫婦を合わせたほどの年齢に見える。苦労の連続で実際の年齢より老けて見えるのだ。けれど丸い瞳はきらきらと人懐っこく、優しい。
「ありがとうシスター」
 夫婦はほぼ同時にカップを取る。渋く安い茶を美味しそうに飲み干した。この教会にとっても最後の茶葉である。マリィがあの方たちに、と出したのだ。サーニャもマリィもお茶などしばらく飲んでいない。
 マリィの気持ちが伝わっているのだろう。老人たちは本当に美味しそうに飲み、何度か礼を言った。
「それで、お話とは」
 外見の割りにしっかりとマリィは喋る。杖をこつこつと鳴らしながら、説経に使う椅子に座った。
「私達の孫娘が昨日の霧の時間、化け物たちにさらわれてしまったのです」
 男性が口を開くと、女性は辛そうに瞳を伏せた。
 霧の時間。
 この街が霧の街と呼ばれる最大の理由。深夜から早朝にかけ、濃密な霧が立ちこめ、その霧に乗って郊外から魔物が現れるのだ。
「どうかあの子の無事を祈っては頂けませんか……シスター」
 マリィはゆっくりと祈りを奉げる時と同じように、胸元で印を作る。
「祈りますとも」
「助けに行かないといけないのじゃありませんか……?」
 サーニャの言葉に、女性が応える。今にも泣き出してしまいそうな呟きだ。心の痛みから溢れた言葉だった。
「ガーディアンは我々のためには動きません。ダウンタウンの人間などに……!」
 ついにわぁと泣き出してしまった。
 街の最大の武装集団であるガーディアンは化け物から人々を守るために存在する。が、納税をしていないダウンタウンの人間は守護の対象ではないのだ。
「どうしたらいいのかしら……とても化け物たちになんて……」
 慰めの言葉も思いつかない。サーニャはおろおろと夫婦、そしてマリィを交互に見た。
「祈りましょう。神は我々に乗り越えられない試練をお与えにはなりません……」
 マリィは目を閉じ、手を胸の前で組み合わせる。
 夫婦も沈痛な面持ちで、マリィに続く。
 三人が祈りを捧げるのを見て、サーニャは席を立った。
 祈っているだけでは、解決にはならない。そう思うのは、自分がまだ若いからだろうか。
 だが、何かをせずにはいられないのだ。
 サーニャはそっと教会を抜け出した。


×


「……?」
 宮小路皇騎は目を開いた。どうやらうとうとしていたらしい。回りを見まわすが電車内に人影はなく、自分一人が座席に座っている。
 界鏡線。
 東京から伸びる幻の路線だ。皇騎は普段降りている駅を寝過ごしてしまったらしい。発車する気配もないので、一旦ホームに下りる。改札近くの路線図を見ると、見知らぬ駅名が挿入されていた。駅名は今までそこにずっとあったとばかりに、他の駅名と同じように印刷されている。
「新しい街か」
 ホームや電車内を探しても、時刻票が見当たらない。皇騎が乗っていた電車がいつ動くかもわからなかった。車内で時間を潰すよりは、街を散策するほうがよっぽど生産的である。
 皇騎は改札を抜け、街に降り立った。


×


 駅前には街の案内が掲げられていた。その案内にしたがって移動すると、バザールと道が繋がる。観光はまず中心地を見ることから、と皇騎は考え、心地よい喧騒の満ちた市場に入っていった。
 真昼ということもあってか、そこかしこに露店が広がり、客寄せの声が聞こえた。屋台からは様々な料理の香りが立ち込め、どこ歩いても口の中が乾く。店と店との細い通路を歩いていると、一歩進むごとに商人が声をかけてくる。少しでも速度を落すと何かしら売り付けられそうな勢いだ。
 喉の乾きを覚え、皇騎は露店で飲み物を買い求めた。日本円は使えなかったが、店員が携帯電話のストラップに興味を覚え、交換ということでカップを受け取った。
 そのストラップは以前、飲食店の前で無料配布されていたノベルティーグッズだ。よほど飲食店に縁があるらしい。タダで手に入れたものだし、特別な思い入れもない。
 ジュースは濃厚で甘いが、後味の酸味がそれを流してくれる。なかなかの味だった。
 巨大なテーマパークか、ファンタジー小説を読んでいるような気分にさせてくれる街だ。気になることといえば、道行く人が自分をじろじろ見ること。服装などが浮いているのだ、当然かもしれない。
 どれぐらい歩いただろうか。バザールの喧騒は遠ざかり、当たりがしんと静まっている場所に出た。通りにはごみが乱雑に転がり、清潔とは言いがたい町並みである。レンガ作りのマンションが隣接してたいたが、人気はない。マンション群を抜けると、ぱっと視界が広がった。
 広い空き地の真中に、教会が立っていた。教会と表現していいのかわからないが、清潔感漂う神の家といった雰囲気ではない。傾きかけていて、現実と懸命に戦っているような教会だ。
 入り口からシスター服に身を包んだ大人しそうな少女が走り出してくる。張り詰めた面持ちだ。何かあったらしい。皇騎は困っている人を見ると無条件に助けたくなる性分なのだ。
 少女は側に立っていた女性と何やら話始めている。話が済むと、女性の表情が少しだけ硬くなった。少女の緊張が伝わっているのかもしれない。
 さて、どうやって話しかけるかな。
 二人は歩き出す。バザールの方向にだ。詳しいことを知ってから手を貸すのでも遅くないだろう。女性の後を付けるのは気が引けるが、皇騎はついていくことにした。
 石畳が続くバザールに二人は足を踏み入れる。二人は屋台で香辛料のたっぷり振りかけられた肉串焼きを購入していた。傍目から見ても、少女の緊張をほぐそうと女性がおどけているのが解る。
「こらあぁ!!! ドロボー!!!」
 バザールに少女の声が響いた。と、皇騎の横を子供達が走り抜けていく。
「カズン!」
 素晴らしい勢いで遠ざかっていく子供達の一団に、シスターが叫ぶ。肉を食べきった女性が問う。
「知り合いかい?」
「ダウンタウンの子です。また盗みでも……」
「待てったらぁ!!」
 子供達が走ってきた方向から、少女が続いてくる。年頃といった感じで、子猫のような愛くるしい容貌だ。服装から『外』の人間だとわかる。少女は右足をだん、と踏み鳴らした。
「あたしのお財布ぅ〜」
 がっくりと肩を落した少女。少女の側にシスターは走りよった。
「ごめんなさい、あの子たちがひどいことを……」
「盗まれたあんたも悪いのさ。次から気をつけるこった」
「うにゅー……」
 一瞬だけ泣きそうになる。
「あの、私、知り合いなんです。よろしければ返してもらえるよう頼んでみます」
「本当?! ありがとう♪」
「その代わり手伝ってもらいたいことがある。あんただって普通じゃないんだろ? あの電車に乗れたってことはさ」
「まぁね♪ 可愛いだけじゃないってこと☆」
 月見里千里−−−少女はそう名乗った。
 千里に事情を説明するシスター。皇騎はこれ幸いと話を聞く。どうやら魔物に女性がさらわれたというのに、助けが出ない。見過ごせない女性たちは自ら助けに行くつもりのようだ。
「人が危ないならほっておけないもんね!」
「ありがとうございます! でも……女性ばかりで大丈夫でしょうか?」
「あたしはその辺の男なんかより役に立つと思うけど?」
「そういうことなら、私も協力させてください」
「どなたですか?」
 警戒されないように、皇騎はシスターに優しく笑いかける。
「先刻から気になっていて、少々話を聞かせてもらいました。被害者が女性とあれば、男として黙ってはいられない」
「ああ、神よ感謝します……このように多くの方が救いの手を差し伸べてくださるなんて。やはり乗り越えられない試練などお与えにならないのですね」
 感激のあまり泣きそうなサーニャを落ちつかせ、筋骨隆々の女性はふむ、と顎に手を当てた。女性は皇騎を値踏みするように長め、それから開けっぴろげな笑顔を見せた。受け入れられたようだ。女性は龍堂玲於奈と名乗った。
「何ヶ月か前から、女性ばかりを襲う化け物が教会一帯にやってくるようになったのです。もちろん、霧の時間だけですけれど。霧が晴れると姿が消えてしまうのです」
「つまり、被害者がどこにいるのかわかってないのね?」
 千里はうんうん、と頷く。
「よしっ。千里ちゃんが人肌脱いであげる」
「危険ですよ?」
「自分の身ぐらい守れるもん」
「……どうやらそれしかないようですね」
 皇騎は不本意ながら応じるしかなかった。


×


 少女が消えた地点から少し離れた物陰。そこに皇騎は身を隠していた。千里の居る地点を中心にした逆方向には、玲於奈が隠れているはずである。
 視線の先にはぼろぼろになった公園があった。遊具に錆びが浮き、ほとんどは使い物にならない状態だ。物の見事に廃れている。千里はそこのベンチに腰を落ち着けていた。
 サーニャが言うには、この当たりはダウンタウンでも綺麗な場所だという。以前街のギルドがダウンタウンの復興に乗り出し、資金繰りが苦しくなり放り出した地域だそうだ。レンガ作りのマンションや街路樹などが適度に揃っている。が、どれも手入れがされていないせいだろう。薄汚れているいし、街路樹は伸び放題だ。
 この当たりのマンションに、千里の財布を盗んだストリートキッズの根城があるらしい。
 霧の時間。
 皇騎がこの街に来てから何度となく耳にする単語。この街に在住している人間はひどく霧を恐れる。皇騎もサーニャに耳にたこができるほど説明された。
 霧に乗じてやってくる魔物とは、いったいどんなものなのだ。
 ダウンタウンは、対魔物用の武装集団の活動圏外。皇騎は自分の力で魔物から身を守らなければならない。家々は硬くドアを閉ざし、灯りさえ漏れてこない。皇騎は冷え冷えとした月光だけが降って来る中、ふっと溜息を落した。
 それより−−−被害者は生きているのだろうか−−−?
 魔物が恐ろしいわけではない。それが現実になるほうが恐ろしい。
「霧か……」
 足元からふらり、と煙のような霧が立ち登る。何処からともなく霧が湧き出し、街全体が白いヴェールに包まれたようだ。まるで淑女のような清楚感さえ漂う霧である。ミルクのように深く、視界を塞いだ。
「こんなに深いものなのか」
 視力の悪い人間が物を見るように、やぶ睨みにして千里を見る。千里は待つのに飽きたのか、足をぶらぶらと動かしていた。大した度胸である。危機感が無いのか、それとも腕に自信があるのか。
 一際濃い霧が千里の周りに訪れる。霧が薄くなると、忘れ物のように黒い影が残されていた。影は千里の正面に立ち、何やら話かけている。
 来たか。
 皇騎は少しだけ身を乗り出す。だが会話は聞こえない。
 接触後は後をつけ、被害者の居所を探るのだが。
 ゆっくりと影が千里に手を差し伸べる。恭しく千里はそれをうけ、影の手に自分の手を重ねた。
「?」
 何やら親しそうに言葉を交わしている。違和感に襲われ、皇騎は右手に使いなれた日本刀を召還した。冷たい鉄の感触と重みが手に馴染む。髭切−−−北辰一刀流を収めた皇騎にとって一番扱いやすい武器だ。
「人間風情が私をどうにか出来ると思うな!」
 突然影が咆える。玲於奈が気づかれたようだ。
 皇騎は髭切を前に出し、身を守る。足元や隠れていた樽が突風により吹き飛んだ。強い風に瞳を守るため反射的に閉じる。開けた時には姿がない。
「どこ行きやがった!」
 玲於奈が物陰から飛び出してくる。
「後ろだ!」
 数個の殺気を感じ、皇騎は声を飛ばす。玲於奈の背後に、上空に黒い鳥が飛んでいた。人間より少し小さい程度の鳥だ。
「なんで鳥が夜中に……」
 鳥は四匹同時に玲於奈に向かってきた。どれか一匹に狙いを定め、拳をお見舞いする。と、残りの三匹が後頭部や背中などをつついた。鋭い鉄のような嘴でとたんに血が滲む。
 皇騎は走り込み、もう一匹を切り伏せる。羽を飛び散らせながら、鳥は大地に落ちた。だがこれだけでは終わらない。
 鳥目などまったく問題にならないらしい。鳥はどんどんと数を増やし、二人を取り囲んだ。いかんせん数で負けているし、上空からの攻撃である。一匹を相手取る間に、数発のダメージを受ける。
「消耗戦では危ないな」
 舌打交じりに皇騎が唸る。二人は背中を合わせるように立ち、それぞれの背後への攻撃を出来るだけ減らす。
「そうだねぇ……」
 これが霧の時間か。何処からともなく有象無象の化け物が湧き出してくる。人々が恐れるだけの意味があるようだ。
「このままじゃ千里もどんどん離れていくし、ええいくそっ」
「助けてやっても構わん」
 凛とした男声が霧の中から伝わってくる。
「誰だ?」
「誰でも良いよ、手伝っとくれ」
 くくっと喉から発せられる笑みが、伝わってきた。玲於奈への返答だ。
「お願いします」
「……お願いします」
 不承不承、玲於奈が呟く。
「素直な女は好きだぞ」
 霧全体に青白い火花が走る。無数の龍のように上空を駆け、鳥達の身体に襲いかかる。二人を悩ませた数の問題が一気に解消した。電撃を受けた鳥はばたばたと落ちる。
「危ないな……水分が多いところで電撃なんて……」
 剣を鞘に収めながら、皇騎は声を投げる。ふわりと霧が晴れ、その奥に微笑を浮かべている男性が立っていた。
 ぱりっと。
 最後の一筋の雷が消えた。


×


 現れた男は帝仁璃劉と名乗った。皇騎と同じ『外』の人間らしい。それにしても規格外の強さだ。本人は至って涼しげに佇んでいる。
「どこへ消えたんだ?」
 闇雲に街を歩き回っても仕方ない。今はどこに敵が出てもおかしくない時間帯だ。皇騎は考えを巡らせながらも一歩も動けない。
「あのガキは知り合いか」
「ああ。人助けでね……あんたはどうしてこの街に?」
「観光だ」
 すっと璃劉は東を指差した。
「匂いがする……ついてこい」
 歩き出す璃劉に、ついていく。自信に溢れた背中だ、あの能力からも考えて当然だろうが。とっつきにくく凍りのような印象に、皇騎は胡散臭さを感じてしまうが、手がかりがない。
 すらん、と鉄同士が響き合う。不穏な空気を感じ、皇騎は日本刀を抜いた。下段の構えで静止する。霧がまた濃度を増している。道の隅に渦を巻き、硬質化する。石のような質感を伴った、トカゲのような生き物が現れる。座布団ほどの大きさだ。
「雑魚に構うな」
 鋭い切れ味でトカゲを両断すると、璃劉の声が飛ぶ。璃劉はゆっくりと散歩を楽しんでいるかのごとく歩くが、速度は速い。
「そう急かさないでくれるかい!」
 玲於奈は右手と左手の間に走る鎖で、思い切り蝙蝠を叩き落した。先刻から首の周りをちらちらと飛んで鬱陶しかった。璃劉は軽く両肩を上げ、速度を変えず進んでいく。
「あの村といいここといい、あのガキとは縁があるようだな」
 璃劉が顎で示す先に、雲を突くような巨大な扉があった。昼間歩いたときは存在しなかったものだ。霧の時間は建造物まで運んでくるらしい。まったく大した都市である。天を突くような扉は硬く閉じられ、向こう側は見えない。扉からは黒い石作りの壁が続いている。
 ダウンタウンとはおよそ不釣合いな造形だ。全体的に装飾が施されている。建物だけが落し物のように落ちていた。
「やっとあたしの出番ってわけだ」
玲於奈の言葉と同時に、強固な戒めである手枷が音もなく地に落ちる。余裕で腱鞘炎になりそうな拘束具と玲於奈を交互に見た。
「ふんっ……!」
 両開きの扉の合わせ目に手を差し込む。ぐっと玲於奈の指先から肩、腹筋に至るまで血流が流れ力がはいる。野性味溢れる体が躍動する。ごごん、と蝶番がきしんだ瞬間、ゆっくりと玲於奈の歩みが始まる。前へ進むたびに扉が開いていくのだ。時間が経つほどに開く速度が上がって行く。
「どぉ……だいっ!」
 玲於奈が吼えた瞬間、扉が開け放たれた。
「……う」
「何引いてるんだい」
 一歩後ずさった皇騎に声を投げる。
「あ……いえ……」
 視線をずらす皇騎の顔を、玲於奈はわざとらしく覗きこんだ。
「何かい、坊や」
 皇騎は思い切り左右に首を振り、玲於奈の豪腕が開いた活路を歩き出した。
 凄い力だ……。これが恋人だったりしたら溜まらない。浮気をして頬を叩かれたら、青空まで飛ばされそうだ。いや、浮気などはしないが。
 ゴシック様式というのだろうか。
 扉の向こうに広がっていた屋敷を一望し、皇騎は唇を吹く。手入れの行き届いた庭のお先に、中世ヨーロッパを彷彿とさせる絢爛な建物が広がっていた。青い芝生の上にも、躍動感溢れる彫刻の回りにも、どんよりと重苦しい霧が纏わりついている。
 美しいが禍禍しい屋敷。
「フランケンシュタインや吸血鬼が住んでそうな場所ですね」
「そういう系統の方が安心するねぇ……腕力でなんとかなるんだから」
 特別コメントもせず璃劉は進む。その威風堂々たる歩き方はまるで館の主人だ。本当についていっていいものなのかと頭を悩ます。
 芝生を踏みぬけポーチを踏んで中央玄関へ。扉は硬く閉じていたが、玲於奈にかかれば紙同然だ。右ストレートで扉をぶっ飛ばす。あっけなく室内の壁まで扉は跳ね飛ばされ、無残にも四散する。
 また何か言いたそうな皇騎を横目に玲於奈は進んだ。
「……ここまで来おったか」
 エントランスホールは二階まで吹きぬけになっている。二階へ続く階段の踊り場に千里を抱いた女が立っていた。あの影と同じ声である。
「オバサンってのを撤回してもらおうと思ってね」
「他の女性はどうした!」
「なんだ、見るからに弱そうなやつだな」
 三人が同時に好き勝手なことを言う。女の米神に青筋が走った。
「ごちゃごちゃとやかましい……とっとと死ね」
 女の背後にあった影が膨れ上がる。影は女の側を離れ、三人を取り囲んだ。巨大な狼へと姿を変え、牙をむき出す。
「またこのパターンか……」
 うんざりと皇騎が日本刀を抜く。
「相手になんかしてらんないよ。行くよ」
 玲於奈は階段と自分の間にいた狼を蹴り、階段を駆け上がる。
「あたしは千里、あんたは被害者を探すんだよ!」
「わかった」
 踊り場で二手に別れる。
 走り去っていく二人を、璃劉はハムスターでも眺めるような視線で見つめていた。


×


 皇騎は走っていた。
 流れ作業のように部屋という部屋の扉を開け、中を確認していく。どれも凝りに凝ったインテリアや壁紙、絵画なので飾られている。フランスや中世ヨーロッパの映画を思い起こさせた。
 別れたものの、何処に居るのか。
 考えている時間が惜しく、走り回る。三階へ続く階段に足をかけると、上から翠色のビー玉のようなものが転がってきた。一段、三段、とバウンドしてきたそれを、皇騎はぱしんと手に収める。
「これは……?」
 むずっと掌で暴れる玉。掌を開くと、それはふわりと空中へ浮いた。皇騎の回りをくるくると踊り、やがて飛んでいく。それを追いかけていくと、屋根裏部屋にたどり着いた。
 屋根裏部屋の扉には、玉が一つ通れるほどの穴が開いていた。どうやらここから飛んできたらしい。皇騎は思い切り扉にタックルするが、びくともしない。玲於奈のようにはいかなかった。
 陰陽師の修行で覚えた呼吸法をすると、とたんに扉全体に渦巻く呪が見える。呼吸を整え、水のような冷静な気持ちで髭切を抜き放つ。
 する。
 皇騎は虚空を切った。扉に刃が触れるか触れないか、空間をそっとだか確実に切り開く。
「大丈夫ですか!」
 二度目のタックルで扉は簡単に開いた。部屋の中へ走る。
 ベッドがずらりと並んでいる。壁も床も石作りだ。床は石畳。壁も同じ材質の石で作られている。ぴったりと組み合わされ積み上げられていた。何かを押しとどめておくような、貯蔵庫のような印象。
「貴方は……」
部屋の隅、影が落ちている場所から声がする。近寄ると、頭までシーツにかぶった女性が座っていた。全身をちぢこませ、恐怖と戦っていたらしい。不安に満ちた瞳を、上目遣いに皇騎へ向ける。
 サーニャに予め聞いていた被害者の特徴を想いだし、恐がらせないようにそっとシーツをとった。長い栗色の髪に、灰色の瞳。確かに探していた少女のようだった。
「良かった。無事ですね」
「あの女の子は? 一緒じゃないんですか?」
 少女は立ちあがり、必死に問いかける。
「あの人、私の代わりに……さっきまで守ってくれていたのに、その宝玉も消えてしまって。何かあったんじゃないでしょうか?」
「千里さんのことですね」
 安心させるように、皇騎ふわりと微笑む。その笑顔に包まれたように、ほっと少女は息を吐いた。
「大丈夫。玲於奈さんが助けているはずです」
「お礼を、言わなくちゃ」
 少女の身体が左右に揺れる。皇騎が身体を受けとめると、小鳥のように軽かった。監禁されていた間、何も食べていないのかもしれない。やせ細った体はストレスのせいだけとは思えなかった。
「それより避難したほうが」
 頭を少女は左右にふり、いやいやをする。
「わかりました、行きましょう」
 肩を貸して歩き出した。


×


 感動の再会−−−のはずが、少女の両親は戸惑っていた。言葉もかけず、娘をじっと見つめている。
「お父さん」
 少女が名を呼ぶと、老人の瞳から涙が零れた。
「ああ、変わっていないね−−−」
 父と娘は固く抱き合う。
「あの、皇騎さん」
 皇騎の横に立っていたサーニャが、そっと囁く。
「私が先週見たときには、彼女10歳ぐらいだったんですけど……」
「……18歳ぐらいですね」
「あ!」
 聞いていた千里が叫んだ。
「なるほどー一番大切な人がお母さんだから、あれって思ってたんだよねーそっかぁ、まだちっちゃいんだ……」
 千里は屋敷で見た年老いた沢山の死体の話をし、玲於奈は魔物が倒れる直前急激に老化したことを話した。
「……若さを吸い取る化け物だったんでしょうか」
「かもねぇ。ま、10歳が18歳になるのと、50歳が58歳になるのは大分違うし、生きているからいいんじゃないの?」
「女の人は若さにそれほどまで執着するんですね」
 他意はなく微笑むと−−−。
 玲於奈は教会の壁を殴った。彼女にとっては軽く叩いたのだろうが、安普請に怪力ときて、めきめきと壁は外側へ倒れていった。
「あーあ……」
 女の人は恐い、と思う反面可愛いとも思う。皇騎はぽっかりと開いた穴を見つめ、苦笑した。
 開かれた穴からは、抜けるような濃い青空が見えていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0165 / 月見里・千里 / 女 / 16 / 女子高校生
 0781 / 帝仁・璃劉 / 男 / 28 / マフィアのボス
 0461 / 宮小路・皇騎 / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師)
 0669 / 龍堂・玲於奈 / 女 / 26 / 探偵

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■         ライター通信          ■
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 初めまして和泉基浦です。依頼を受けてくださってありがとうございました。
 MIST初の事件ということで、気軽に参加できる内容にしてみました。
 他の方のノベルも合わせてお読みいただくと、全体がわかるかと思います。
 ご感想等テラコンより気軽にメールしてくださいませ。
 少々口調が難しかったのですが、いかがでしたでしょうか。
 機会がありましたら、またご一緒してくださいませ。 基浦