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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


all or nothing

◇OPENING

 コンコン…ゴンゴン……ガンッ!ガンッ!
 草間興信所の扉が、少々煩く叩かれる。
「んあ?」
 それにウツラウツラと居眠りをしていた草間は、頬杖を付いていた手からもろに顔を滑らし、おでこを机に強打した。
「いってー!」
「って居るんじゃねーかよ。返事くらいしやがれ」
 無人かと思ったゼ、とぶつぶつ呟きながら入ってくると、銀髪の青年は草間には目もくれず、手にした荷物をソファーに投げ置く。それから徐にポケットから取り出した煙草を口に咥え、フーと紫煙を吐き出した。
「俺の名前は黒影風月(くろかげ・ふうげつ)。ちと頼まれてくれねーか」
 そんな動作をボーッと眺めていた草間は、問答無用、直感で「面倒事に違いない」と察知し、眉根を寄せる。
 その前に相手が名前を名乗った時、以前依頼を頼みに来た青年が思い浮かんだ。確か似たような名前をしていたような……。
「ちょっと訊くが、前に依頼を頼んだ黒影華月(くろかげ・かづき)君とは……」
「あー、アイツの紹介で此処に来た。華月とは双子の兄弟なもんでね」
 どうよ、似てるだろ、と風月はケタケタ笑いながら言う。言われてみれば、髪の色と分け目が違うくらいで容姿はそっくりだ。
 最も口調に著しい違いがある為同一人物とは思えないが、どうやら華月が化けているわけでもないらしい。
─明らかに別人だな─
 そう納得したところで、机からソファーに移動した草間は、早速依頼内容を聞くことにした。

「でっ、頼みっていうのは?」
「これをどうにかして欲しい」
 そう言って風月はソファーに投げ置いたリュックから、一つの壷を取り出す。それは古い感じのする壷で、口には栓がされていた。見た目、ひょうたんのようだ。それだけなら、なんの変哲もない壷だろう。
 しかし此処は興信所。それも草間武彦が所長をしている興信所である。
 草間はあることに気づき、はぁと心の底から溜息を吐き出した。

『普通の依頼が舞い込むことは、9割の確率で在り得ない!!』

「……それはどんな曰く付きの壷なんだ?」
 草間は慣れた様子で、目の前の青年に先を諭す。
「おっ、察しがいいな♪アンタが言う通り、これは華月が骨董屋から引き取ってきた、ちーっと厄介な代物だ。前の持ち主が悲恋の末に自殺した、とかで曰く付きのな。んでこの壷は栓を外すと、こっちに質問をしてくるっておまけ付きだ」
「質問だと?」
 訝しげな目を、草間は風月に向けた。言っている意味が理解出来ないのだ。
 けれど風月は気にした素振りもなく、栓を指先で突付きながらやる気なさげに頬杖を付く。
「質問って言っても普通の質問だ。「好きな食べ物は何だ」とか、「誕生日はいつだ」とか単純なものらしい。ただ最後の質問が少々厄介でな……」
 そこまで口にして、風月の表情が一瞬だけ険しいものになる。知らず草間も壷を見る目を厳しくさせた。
「”貴方が一番愛している人は誰ですか”って聞いてくる。それが相手の望んだ言葉じゃなかったら最後。この壷ん中に精神が吸い込まれちまう。例えばだ。夫がその質問に”妻”と答えても吸い込まれる。恋人の名前でも、ペットでも、肉親でも全部一緒だ。相手はそんな言葉を待ってはいない」
「吸い込まれると、どうなるんだ?」
「そうなった人間は、ずっと寝ている状態なんだとよ。眠り姫かってんだ」
 どこかヤケっぱちのように風月は呟く。
「この壷に何が憑いているかは知らねーが、どうにかして壷から精神を取り返してくれ。まーセオリー通りなら、最後の質問にパスすれば、本体である前の持ち主のお出まし、ってとこだろうがな」
「おい……まさかそれを、やらせようと言うのか?」
 草間は当然の言葉を口する。人材を集める立場としては、当たり前過ぎる質問だろう。
 だが風月は草間を嘲笑するように、口角だけを上げる。しかしその目は、決して笑ってなどいなかった。それが草間の背筋にゾクリとした悪寒を走らせる。
「そんなもん、決まってんだろ。………どうだ、それでもコレを受けるか?」
 風月の問いに、暫く無言で考え込んでいた草間だったが、どちらにせよ依頼を受けるしか道はない。こういった類の物は、早急にどうにかした方がいいからだ。
 それに此処にはそういうものをどうにか出来る人間が、多数出入りしている。
「…判った。誰か声を掛けてみよう」
「途中の質問は適当でも構わねー。けど最後の質問だけは気をつけてくれ。どーも素直な答えじゃ、通用しないらしいからな」
「あぁ、そう相手にも伝える」
 そう言って草間はアドレス帳から数名をピックアップして、何年前の型か判らない黒電話をジーコ、ジーコと回していった。
 それを見ていた風月はもう用は済んだとばかりに、草間から視線を逸らして、プカプカと煙草から煙を立たせる。目は天井を仰ぎ見たままだ。

 けれど───
「………頼むよ。華月が目を覚まさねーんだ。俺の能力じゃ、お手上げなんだよ」
 独り言のように、ポツリと呟やかれたその声は、草間の耳には届かなかった──…。

◇SCENE.1-御堂譲/残像……

 夕刻になろうとする時刻。
 こじんまりとした草間興信所には四人の男が集っていた。
「電話でも説明したが、詳しい話は依頼主である黒影君に訊いてくれ」
 俺は出掛ける、とあっさり四人を見捨てて、草間はさっさと興信所を後にした。何が起こるか判らない壷を前に、能力のない自分がそこにいるのは迷惑だろうと思ったのか、はたまた何かあってからでは遅過ぎると踏んだのか。
(どちらにしても、居ないに越したことはない)
 譲は閉まった扉を眺めながら、そう心に思う。特殊とも思われる依頼なのだから、当然の見解である。
 それから譲は今回の依頼主、黒影風月に視線を止めた。
(何をしているんだろう)
 なんだか一人の少年に絡み出している風月は、相手の怒る様を見て意地の悪そうな笑みを浮かべ、更に怒りを煽る行動を取っている。
 譲はテーブルにポツリと置かれた壷を横目に、依頼主の顔を覗き見ては視線を逸らし、あの天然風味の男を思い出す。
(確かに似てるかなぁ)
「何さっきから見てんだよ。そんなに俺ってかっこいい?」
 唐突に聞こえる声は、随分と自分に近いようだ。ハッと顔を上げれば、そこにはさっきまで少年に向けられていた意地の悪い笑みが存在している。長い銀糸をサラリと垂らし、変わらぬ目線で相手が自分を見ていた。一瞬伐の悪い顔をして、譲もその視線に正面から向き合う。
「別に。黒影さんがかっこいいかは、どうでもいいです」
「ひっでーな。これでもモテるんだけどな」
「更にどうでもいいですね。僕は華月さんに似てるなぁ、と思ってただけだから」
 最も空気は違うけど、と思いながらそう言葉を乗せると、風月は意外そうな顔をしてみせた。ふ〜んと言いながら、譲の顔をマジマジと見つめ、あーお前か!、と一人納得した声を出す。
「何です?」
「お前、アレだろ。華月がキスしてた時、必死になって止めに入った少年A!!」
「違いますッ!!」
 即答で譲は否定した。というより全然内容が変わっている。
「あれはそこまでする必要があるとは思えなかったからだし、キスなんかしてなかったじゃないですか」
「でもキスしているように見えて、突入かましたんだろ?」
 ニヤリと風月の口元に笑みが浮かぶ。
 どうしてそうなっているんだ、と今は此処に居ない着物姿の青年に想像上で睨みつけた。
 そして目の前の男には、呆れ返った溜息を付いてやる。
「なんだよ、意味ありげな溜息なんか付いて」
「……いえ。やっぱり華月さんと似てるのは顔だけで、中身は全然違うなぁと思っただけですから」
「どーいう意味だ、そりゃ?」
 既に長居でもする気だろうか。風月は腕を組み、目は譲から離される事はなかった。
 その目はさっきまでの、人を取って食うようなものではなかったが、だからといって純粋に疑問をぶつけてくるものでもない。
 言うならこちらの返答次第、というカンジかな、と譲は冷静に判断する。
「天然と人工の違い、とでも言うんですかね」
 簡素に感じたままを口にする譲。
 勿論”天然”は華月で、”人工”は風月に向けられた言葉だったのだが……。
「んじゃ天然は俺で、人工は華月……だな」
「はっ?それを言うなら逆でしょう?」
 風月の口からは、予想だにしなかった言葉が返ってくる。聞き間違えたか、と思ったものの、対面する男の顔を見れば、そんなことはないと判った。口角が少しだけ上がって、目を細めて自分を見ている。
 それはテレビなんかで見る、悪者が何かを企んでいる時の表情によく似ていた。
「人工物なのはアイツだ。お前も気を付けるんだな」
「ちょっ……」
 今後も接触するつもりならな、と付け加えて、風月は別の人間の元へと歩いて行ってしまう。残された譲は、追うように伸ばされた指先を、静かに下へと降ろした。
(あの男は何を言っているんだろう?)
 理解不能な言葉を残され、譲は口元に手を当てて思案する。

 その時、
「んじゃ、ぼちぼち始めようぜ」
 という声が聞こえ、考え込んでいた思考を一旦中断して、ソファーに腰掛けた。
(さっ、仕事しないとな)
 テーブルに乗せられた壷を眺め、譲は手にしていた竜胆を脇に立て掛ける。
 風月の残した言葉は、頭の片隅へと追いやった。

◇SCENE.2-作戦会議?

 ソファーに腰を下ろした5人は、壷を前にこれからどう動くかを軽く打ち合わせすることにした。
そもそも質問というのは判ったが、それ以外の情報が不足しているのだ。何か他にヒントがあれば、そこから対応策が練れるかもしれない。
 そう考えた御堂譲(みどう・ゆずる)が、まず最初に口を開いた。蒼い瞳をした、高校生とは思えぬ落ち着いた雰囲気を持つ少年だ。
「判っていることを、整理してみましょう。少しは何か見えてくるかもしれない」
「俺も譲ちゃんの意見に賛成!!もう少し情報が欲しいかも」
 何気ない一言に元気な声で同意を表したのは、隣りに座る黒磯一針(くろいそ・いっしん)である。一針もまた譲と同い年なのだが、どうしてか彼は中学生という表現が、ピタリと当て嵌まる。見た目が少々子供っぽい所為だろうか。
「確かに中途半端な情報しかないよなぁ。こう具体的なモノが欠落してるっていうか…」
 譲の対面に座っている影崎雅(かげさき・みやび)が、口元に手を当てて続け様に言葉にした。長い黒髪にちょこりと鼻に乗った眼鏡を掛け、肩書きに住職という名を持つ青年だ。
「おい、そこの威勢だけはいい坊主。この壷について、何か知っていることがあれば、詳しーく教えろ」
 すると雅の隣りに座る沙倉唯為(さくら・ゆい)が、腕組みをした体制を崩すことなく、視線だけを対面する先へ向けた。唯為は左耳にピアスを付け、銀色の瞳をした青年で中々の男前だ。
 その唯為が視線を投げた先には、依頼主の風月が口をへの字にして、相手を見ているのが全員に判る。
「おいおい、人にモノ訊ねる時は、”教えて下さい”だろ?オッサン」
「あー悪ぃ、悪ぃ。んじゃ聞いてやるから、さっさと吐け」
 何故か不敵な笑みを浮かべ、唯為と風月の睨み合う。
「ちょっちょっと、唯為ちゃんもそこの獣(ケダモノ)も、なんで睨み合ってるのさ!?」
「そうですよ。なんで詳しい情報を訊くのに、こんな状況になってるんですか」
 高校生コンビ─譲&一針─が、慌てて二人の間に割って入るが、風月はフンッとそっぽを向いて情報を話すつもりはないらしい。それに唯為も舌打ちして、懐から取り出した煙草を口に咥える。
 作戦会議は序盤で、平行線を辿ってしまった。
「あーもー、どうしてこうなっちゃうかなぁ……。そうだ!影崎さん、どうにかして下さいよ!」
「えっ?俺?」
 急に話を振られ、雅はきょとりとしたまま自身を指差す。
「そうだよ!雅ちゃんが一番年上なんだからさ♪って唯為ちゃんとタメだけど……」
「って、そうは言われてもねぇ」
 雅は頬を掻きながら、横の人物達へと視線を向けた。こういう場合、年長者がどうにかしないといけないのだが、何から手を付ければいいのやら。更にしょうもない気が、しないでもない。
 しかし高校生二人の目は、既に雅を頼っているのだ。ここは一先ず壷についての情報を、最優先しないといけないだろう。
「えっと…取り合えずは依頼をさっさと片付けてからにしよう。それからなら好きなだけバトルしても、俺には関係ないしさ。唯為君だってそれでも年長者なんだし、風月君だってあんなんでも依頼主なんだから」
「それでも…ってなんだよ」
「あんなん…ってなぁ」
 雅のなんとも説得力のない仲裁が入った。
 そしてその言葉に多少の毒が混じっているのが、二人の険悪なムードが一変して、毒気を抜かれてしまったようなので、譲も一針も目を瞑る。毒を制するには毒を持って…、というとこだろう。本人に悪気はなくても、だ。
 兎に角「これで話しは、進みそうだ」と、周囲の人間がホッと胸を撫で下ろしたのは、事実に違いない。
 風月も渋々といった表情ではあるが、壷について知りうる情報を提供するようだ。
「素敵なオプションについてだが、その趣味のいい質問をかますのは、壷の前の持ち主とやらなのか?」
 今までの攻防が嘘のように、真面目な顔をした唯為の質問が先ず飛んだ。
「あぁ、それは確からしい。声だけなら男だな、ありゃあ」
「他には」
 風月の返答を聞いた上で、今度は雅が相手に問う。
「そういや最後の質問についてだけどよ。間違った答えを口すると、掃除機で吸うような風が全身を包み込む。勿論それで肉体が吸い込まれることはないが、本体はその場にバタリって倒れちまう。それから一切意識を回復しねーし、壷も勝手に栓が閉まっちまうって寸法だ」
「まるで見ていたようにスラスラ言うな」
 唯為が冷笑交じりにそう口にした瞬間、風月の眉根が皺を作った。触れられたくなかった、と唯為を睨む目が言っているが、相手は知ったこっちゃないという態度を変えなかった。
 そしてその質問に反応してしまったことで、他のメンバーの目が一斉に自分に向けられた風月は、苦虫を噛み潰したような顔でソファーに背を預ける。
「そりゃ当たり前だろ。俺は見ていたからな。だが助けることは出来なかったんだよ」
「悪気が強いってことですか?」
「そういうんじゃねーよ。俺にはお前らみたいな能力がねーってだけの話だ。あっ、そうそう。ただ曰く云々については、尾ひれが付いている可能性があるから、あまり全部を鵜呑みにするのはどうかと思うぜ」
 そう喋った時には、風月の表情は落ち着いたものに戻っていた。
「それじゃあ、やっぱり最後の質問は、気をつけないと駄目なんだな」
「そうだな」
「悲恋の末の自殺っていうのは、嘘という可能性もありますね」
「悲恋が嘘かもしれないし、自殺が嘘かもしれない。もしかしたら、両方嘘で両方真実かもしれない」
「何言ってんだよ??」
 雅が意見を口にすると、それを聞いていた一針が理解不能と顔に乗せる。
「それに最後の質問に関しては、どう答えたらいいかっていうのは判らないし」
 譲も立て掛けるモノに視線を向けて、どうするべきか考え込む。厄介な難関は、打破出来ていないのだ。
「一か八かってところかな」
 考えても答えが出ない今、結論を口した雅に譲と一針の目が向けられる。
「兎に角だ。悲恋だろーが、自殺だろーが、要は解決すりゃいいってことだろう」
 気だるげに壷だけを見つめていた唯為は、誰に対してか判らない嘲笑を浮かべてみせた。
 それが答えだと言うように、他のメンバーもまた壷へと視線を落とす。
 ”やってみるしかない”
 そう全員の意思が固まったところで、今迄ソファーで一緒に座っていた風月が、勢いよく立ち上がっり、皆に背を向けて歩き出した。
「何処に行くんだよ?」
 ずっといるものと思っていた一針は、これからという時に背を向ける風月に、疑問をぶつける。
 しかし風月は顔を少しだけ後ろに引いた姿勢で、
「あー、俺が居てもしょうがねーだろ?今回の件に関しては、俺は力になれねーからな」
 暇潰してくるわ、と言い残し、片手をヒラヒラ振って草間興信所を後にした。
 残された者はその姿を、ただ見送るに留まった。風月は何も出来ない、となれば草間と同等なのだ。居ないに越したことはない。
 だからか風月を引き止める者は誰も居なかった。

「さて。それじゃ早速、質問されてみようか」
 それを敏感に察知したのか、雅が壷の首を掴みながら皆に声を掛けた。
 全員の胸には、最後の質問をどう答えるか。
 それはもう決まっている。

 さてどうなるのだろうか──……。

◇SCENE.3a-質問タ〜イム♪

 壷を手にしたのは雅だった。壷と同じ材質─焼き物─の栓を摘み、一同に目で合図する。
「それじゃあ、始めるからな」
 一同が首を縦に振るのを確認してから、雅が摘んだモノを上へと引き抜いた。それは簡単に外れ、瞬間辺りに漂う空気が冷たくなる。一度か二度くらい気温が下がったようなカンジだ。
「いよいよだな」
 肌に刺さってくる気配に、唯為はどこか愉しげに笑みを作った。
 そして壷の中から見えない気配が溢れてくると、壷がカタカタと小刻みに揺れ出し、最初の質問が紡がれる。

『お前達に問う、名を何という』
 風月が言っていたように、壷から聞こえた声は男のもの。おどろおどろしいものではないが、生気がある声ではない。少し聞き取りにくい部分があり、その声は低く唸るようなものだった。
「俺は黒磯一針。セブンティーンの高校2年生だぜ!」
 壷の声とは正反対に、元気な声が部屋に響き渡る。質問に対して、まず始めに一針が名を口にしたらしい。
「一針……年齢とかは訊かれてない」
「えっ!?言ったらマズかった??」
「どうかなー」
 譲や雅が困ったように言うので、一針はどうしようと眉をハの字にする。そして譲の服を引っ張ったかと思えば、雅の顔を覗き込んで涙目になっている。
「阿保」
 それに対し、呆れを全身、声、溜息で表現した、唯為の一言が下った。
「なっなんだよ!次に唯為ちゃんが変なこと言ったら、その態度ぜってー取ってやるからな!」
「はいはい。んじゃ次に進もうぜ」
 唯為に軽くあしらわれ、一針は悔しそうに譲の肩に顔を埋める。
 質問はクリアしていたらしく、その後一同は楽に通過した。
 そして次の質問。

『お前達の誕生日はいつだ』
 星占いでもしてくれるというのか、今度は誕生日を訊かれる。
「僕の誕生日は、5月13日ですけど」
「俺は2月16日だ」
 それが何か、と付け加えそうになるのを我慢して、譲と唯為は壷に向かって自己紹介した。
 というよりこんな細かなことを一つ一つ答えるなら、一気にパーソナルデータを口にした方が早いような気がする。先ほどの一針じゃないが、余計なことを付け加えたくなるというものだ。
 続け様に雅と一針も誕生日を口にするが、やはりこちらもその考えが頭に過る。
 本気でパーソナルデータが、気になるわけでもあるまいに……。

 しかし壷はこの意味のなさそうな質問を、まだしてくるつもりらしい──…。

『好きな食べ物はなんだ』
「「「「…………」」」」
 ここまでくると、真剣に答えているのが馬鹿らしくなってくる。質問の意図が掴めず、こんな問答を繰り返しているのだ。一同の苛々は、ピークにきてもおかしくはない。
 唯為はチッと舌打ちをし、どうでもよさそうに口を開いた。
「俺の好きな食べ物だと?そんなもん、男女問わずに決まってんだろ」
「へぇ……って、男女問わずってなんだよッ!!そもそも喰いもんじゃねーじゃん!」
「あんっ?喰いもんだろ。よーく考えてみな」
 指を指して声を荒げる一針に対し、唯為は煩いとばかりに片耳に指を突っ込みながら、意地悪い笑みを浮かべる。”喰う”という言葉にどれだけの意味が含まれているのかなど、今の唯為を見れば一目瞭然だろう。
 それどころかほのかに香る香水とは別に、男の色香というものがふんだんに振り撒かれ、当てられた一針は微動だに出来なかった。自分には到底持ち得ないものを前に、言葉なぞ出てくるわけがない。
「おいっ、一針。大丈夫か?」
「へーき…じゃないかも……」
 ヨタヨタと譲によろめいていく一針を見て、ニヤニヤ笑っている雅には、言葉の意味がすぐにピンッときているのだろう。
「守備範囲の広い唯為君はともかく……あっ!俺の好物は下町B級グルメなんで♪」
 壷に向かってやぁと挨拶するように、雅は片手を上げてにこやかに回答する。
「雅さん。下町B級グルメってなんですか?」
「おッいい質問だね〜譲君。いいか?下町B急グルメとは……たこ焼きに、お好み焼きにー、大判焼きやタイ焼きも含む、それは庶民感覚で食べられるくせに、やたらと美味い食べ物のことだッ」
「へ〜美味そうだなぁ」
 生ツバを飲み込み、雅と一針が遠いところを見つめた。
「全部粉モノじゃねぇか」
 胸を張って自慢げに説明する雅とは対照的に、唯為の呆れに近い呟きが洩れた。
 とその時──…
 今迄何事もなく質問を繰り出していた壷から、瞬間的な霊気が溢れ出してくる。唯為の発言と雅の発言でワイワイと賑わっていた一同は、ピタリと話すのをやめ壷へと鋭い視線を向けた。
 唯為は布に包んだまま緋櫻(ひおう)を手にし、譲もまた竜胆(りんどう)を握り締める。反して雅と一針は何もせずに、警戒だけは全身で露にし続けた。
「遂にラスト問題みたいですね」
「まっ、素直が一番かもなー」
「健闘を祈るってカンジかな」
「お前に言われたくねーよ」
 壷の周りに異様な空気の渦が出来始め、男の声が渦を中心に低い唸り声を上げる。

『貴方が一番愛している人は誰ですか?』

◇SCENE.3b-御堂譲/ファイナル・アンサー

(あれ?皆がいない??)
 ふいに視界が見えなくなり、濃い霧の中に立ち尽くした時のように、辺りが真っ白に霞んで見えなくなる。
 それはそこには自分しかいないのだ、と錯覚さえ起こしてしまいそうだった。
「どうなっているんだ?」
 地を這うような音が、耳障りな感を譲に与えた。それを人の声と呼ぶには、あまりに感情という感情が欠落していたからだ。くぐもった音が渦に運ばれて、譲の耳元で囁く。
『貴方が一番愛している人は誰ですか?』
 今迄より実に丁寧な言葉使いだった。
 譲は少し渋い顔をして、誰ともない声になんと言うか考える。それは譲にとって『愛している人』というキーワードほど、答え難いものはなかったからだ。勿論これが女の子相手だったら、相手が望む答えを口に出してやれる。歯の浮くような科白も、此処だけだし、と割り切って言うことだって出来るだろう。
 けれど相手が望む答えは、嘘の上の科白じゃないのだ。
(自分自身を好きじゃない僕に、本当に愛している人なんて”いない”のだから)
『さぁ答えろ』
 男の声が催促をしてきて、譲は顔を上げる。
(やっぱりこっちの答えにしておこう)
 もう一つ考えていた答えを胸に秘め、譲は手にした竜胆を一気に鞘から抜き両手で構えた。
「僕はまだ出会っていない。待っているんだ」
 壷に向かって言うのではなく、周囲に立ち込める霊気に対して譲は返答する。
 瞬間、渦巻いていた霊気が更に強まり、まるで掃除機の電源を入れたように、壷の中へと霊気が吸い込まれていく気配がした。
(ハズレ、だったみたいだ)
 譲は凝縮されていく霊気に対抗するべく、竜胆を握り締めていた手を一層強くする。
『お前もあの女同様に、私に嘘を付くのだな!!』
 一陣の風が舞ったように、譲の髪の毛が霊気に誘われて逆立ち、服が煽られて揺れた。ズリと足を滑らし、壷に一歩一歩と近づいていくのが判る。
(このままだとマズイな)
 譲は竜胆を握り直し、縦に構えのポーズを取った。
『さぁ嘘吐きは吸い込まれてしまうがいい!!』
「お断りだ……竜胆よ、悪気を切り裂けッ!!」
 ビリビリと体が痺れ、動かすのも厄介な中、譲は床に足を踏ん張り、上から下へと縦一文字に霊気を斬り付ける。
 すると壷へ流れ込んでいた霊気が消え去り、その上に渦巻く残りの霊気が、人の形を形成していった。
 そしてそこには軍服を着た、まだ若そうな青年の姿。年齢的に見れば、唯為や雅より年下のような気さえするその男は、視線を譲へと向けて、驚愕の顔をしていた。
「あの女って誰のことだ」
 竜胆の切っ先を男へ向け、譲は早まった呼吸を整えつつ、その男へと視線を向ける。
『私の許婚……私を待つと約束したのに……』
 軍服に幽霊、そして待つという約束。
(この人、戦死したんだ)
 直感的に譲はそう思った。
「けどあなたは死んでしまったんでしょう?それじゃあ…」
 どんなに約束していたとしても、相手が死んでしまったらどうしようもない。まさか一生、その男に操を捧げろ、なんて誰が言えるのか。
『死しても、会いに行った。けれど彼女は既に他の男と、仲睦まじくしていたのだ。誰が許せる、そのような裏切りを!!』
 男の顔はもう何十年もこの思いに囚われていた所為か、顔が苦痛に歪む中で不気味な笑みを浮かべてみせると、その姿を霧の中へと姿を隠していく。
『良い依り代が見つかった。これで復讐が出来るというものだ。あの女の子孫を殺してやる』
 そう言い残し、男は譲の前から完全に、消え去ってしまった。残ったのは深い霧に囲まれた譲だけ。
 そして言われた言葉の意味が、ひどく危険な言葉だったことに、譲は竜胆を持ち直して霧目掛けて突進する。
 晴れた先には同じように刀を握る唯為の姿と、何事もなかったように現われた雅の姿、そして霧の掛かったソファーのみ。何処にも一針の姿はない。
(もしかしてさっきの依り代って…)
 そう思ったが先か、譲の目の前を唯為が掛け、ソファーに溜まっている霧を一掃する。
 すると譲と雅の目の前に、怒りを露にした男が立ち尽くしていた。
「穏便に解決は無理みたいだな」
「そう……ですね」
 並ぶ雅に、譲は唇を噛み締める。

◇SCENE.4-本体のお出まし

『どうして私の邪魔をする!!』
 ギラリと睨み付けてくるその目に、もう生きていた時に思っていたであろう思いはない。あるのは忘れられたという悔しさと、寂しさ。そして歪んでしまった独占欲だけ。
「えっと、どうなってるの??」
 依り代にされそうになっていた一針が、状況が掴めずに周りに説明を求めた。
「拗ねちまってるだけだ」
「拗ねる?」
「許婚の人が他の男と結婚したのが、許せないらしい」
 刀を携えた唯為と譲が、簡単に説明する。しかしそれだけでは判らない部分があった。
 どうして壷に吸い込むのか、最後の質問が何を意味しているのか。
「壷の仕掛けは、あの男が自分と同じ考えの人間を、見つける為のものだったんだ。そして見つけたら、その体に憑依しようって魂胆だったらしいな」
 一針が小首を傾げるのを横目で見て、雅が補足するように口にするが、目は男に向けられたままだ。男からの怨念渦巻く思いが、増幅されている。
「さて、これからどーする。手っ取り早く斬っちまうか?」
 唯為が肩に置いていた緋櫻を、スーッと下に降ろす。
「大人しく言うことを効くとは、到底思えませんしね」
 唯為の言葉に同調した譲は、竜胆を掲げて上段の構えをした。二人はいつでも動ける体制を取る。
『くそう……あと少しなのに……』
「あと少しでも、もうあんたは死んでるんだ。いつまでもいるべきじゃない」
『煩いッッ!!!』
 バチバチと電気が走る音と共に、男が襲い掛かってきた。もう言葉での解決は望めないらしい。
雅と一針はここは二人に任せようと、一歩後ろに後退した。刀を持つ人間が二人もいれば、充分男をあの世へ送れるだろうと踏んだからだ。
 まず譲が攻撃を竜胆で受け、さらりと横に流した。男は流されたまま横に傾き、また譲へ攻撃しようと体を捻る。
「残念、こっちにもいるんだぜ」
 しかしそこへ待ち構えていた唯為の緋櫻が、男諸共その場の澱んだ空気を斬り払った。
「人の一生なんて、これから何十年あるんだか判らないんだ。何も無いよりは、例え夢でも何かあった方が張り合いがあるもんだ」
 だから人は次を探すんだよ、と雅は消え行く体に、そんな言葉を手向けた。
 男は今尚悔しそうな顔をこちらに向けていたが、何も言葉を残せぬまま消え去った。
 霊気のなくなった部屋で、カチンと緋櫻を鞘に戻す音が響き渡ると、
「かっくいー、二人共〜〜!!」
 パチンッと指を鳴らし、一針が二人に近づいて行く。
 しかし──。
 男の気配が消え去ったそこは、無情なまでに荒れ放題と化していた。興信所はいつも以上の汚さで、足の踏み場を捜すのは至難の業だ。
「どうします、これ?」
 竜胆を鞘に戻しながら、譲が誰に訊くでもなく口にする。けれどそれに返答する者は誰もいなかった。
 否、考えたくなったのかもしれない。
「とりあえず坊主共で、後始末しとけ」

◇SCENE.5-エンディング

「ほ〜これはどういうことだぁ?」
 何処からとも無く帰ってきた、草間の第一声が興信所内に木霊した。
 書類はバラバラ、煙草の吸殻は床に転がっている、そればかりか棚の戸が開いて、中のファイルまでが落ちてしまっているのだ。
 草間はピクピクと米神をヒク付かせながら、握り拳を振るわせた。
「あ〜ほら、壷の依頼やってたらこうなっちゃたわけで……ねっ!譲ちゃん」
 パスとばかりに一針が譲に振る。
「えっ、あっそうですよ。別に僕達、ここで野球とかやってませんし…ねぇ、沙倉さん」
「此処で野球なんてもんは、狭すぎて出来んな」
 唯為はソファーで、運動後の一服を満喫していた。
 勿論その間、言い訳をしつつ部屋の掃除をしているのは、年少者の二人だけだったりする。
「あっでも唯為君と譲君は、刀振り回してたよな」
 今気が付いたように、雅は缶コーヒーを口に運びながらポツリと洩らした。
「お前ら……きっちり片付けろ!!」
 それに草間の怒声が鳴り響く。
「え〜〜〜。二人も手伝ってよ。俺たちだけが悪いんじゃないじゃん!」
「でも若いうちは、しっかり動いた方がいいよ。あっ、草間さん。近くに美味しいもんじゃ焼き屋があるんだけど行かない?奢るよ」
「そうだな。どーせ、此処に居てもしょうがないしな」
 雅は掃除から免れる為に草間を連れて、さっさと出掛けてしまう。
 そうなると残るは唯為なのだが。
「沙倉さん、手伝って下さいよ」
 譲がモップ片手に唯為へ懇願する。
 しかしその願い虚しく、唯為はソファーから立ち上がると、咥え煙草のまま扉に手を掛けた。
「年功序列。悔しかったら、さっさと年を取ることだな」
 煙草の煙だけを残し、唯為までも帰路に着いてしまう。
 それを残った二人は唖然としたまま見送り、全然綺麗になっていない部屋を見回して溜息を付いた。
「……やろっか」
「……そうだね」
 虚しさの中、譲と一針は適度に腕を動かしたのだった。

 それから──
 草間興信所内を掃除し終わって帰路に着く譲の前に、依頼主の黒影風月が姿を現した。
「よぉ。って何疲れた顔してんだ?」
 譲の姿を見て取った風月が、片手を挙げたまま近寄ってくる。
「仕方ないでしょ。後始末の後始末をしてたんですから」
「ご苦労なこった」
 風月は他人事と言葉ほど気にした様子を見せないまま、鞄をヨッと担ぎ直す。どうやら壷の回収をしに来たようだ。
(やっぱり顔だけなら華月さんに似てるよなぁ…。そういやこの人、変なこと言ってたよな?)
「なぁ、最初に言っていた、華月さんが人工って言葉。あれはどういう意味だったんだ?」
「それは華月と会う機会があれば、そん時にでもよく観察してみることだな」
 意味ありげな笑みを残し、風月は雑踏の中に消えて行く。
 それを見届けた譲は、やはり意味が判らないままだったが、仕事と後片付けの疲れもあって、さっさと家路に着いた。

 その後草間興信所には、壷に精神を吸い込まれた華月も、意識を取り戻したと風月が報告に来る。
 元に戻った壷はそんなことを忘れたように黒影家の床の間で、ひっそりとその存在を主張しているそうだ。

===了===

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号】PC名/性別/年齢/職業

【0588】御堂・譲(みどう・ゆずる)/男/17歳
→高校生
【0733】沙倉唯為(さくら・ゆい)/男/27歳
→妖狩り
【0843】影崎・雅(かげさき・みやび)/男/27歳
→トラブル清掃業+時々住職
【0911】黒磯・一針(くろいそ・いっしん)/男/17歳
→高校生兼針師

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■         ライター通信          ■
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東京怪談「all or nothing」にご参加下さり、ありがとうございました。
ライターを担当しました佐和美峰と申します。
納品がギリギリで、すみませんでした。(汗)

最後の質問の部分は個別となっております。各PC様の行動により、
壷に憑いた人間の言動が異なりますので、お時間がありましたら
他の参加者様のもお読み下さい。
また冒頭個別が長くなってしまい、申し訳ありません。(恐縮)
御堂譲様。
3回目のご参加、ありがとうございます。
今回、譲君の竜胆を振るうシーンが書けて、
密かに嬉しく思っておりました。
沙倉唯為様、影崎雅様、黒磯一針様。
初めてのご参加ありがとうございます。
皆さん個性の違うPCさまでしたので、書いてて楽しかったです。

この作品に対して、何か思うところがあれば、何なりとお申し出下さい。
これからの調査依頼に役立てたいと思います。
それではまたお会いできるよう、精進致します。