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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


all or nothing

◇OPENING

 コンコン…ゴンゴン……ガンッ!ガンッ!
 草間興信所の扉が、少々煩く叩かれる。
「んあ?」
 それにウツラウツラと居眠りをしていた草間は、頬杖を付いていた手からもろに顔を滑らし、おでこを机に強打した。
「いってー!」
「って居るんじゃねーかよ。返事くらいしやがれ」
 無人かと思ったゼ、とぶつぶつ呟きながら入ってくると、銀髪の青年は草間には目もくれず、手にした荷物をソファーに投げ置く。それから徐にポケットから取り出した煙草を口に咥え、フーと紫煙を吐き出した。
「俺の名前は黒影風月(くろかげ・ふうげつ)。ちと頼まれてくれねーか」
 そんな動作をボーッと眺めていた草間は、問答無用、直感で「面倒事に違いない」と察知し、眉根を寄せる。
 その前に相手が名前を名乗った時、以前依頼を頼みに来た青年が思い浮かんだ。確か似たような名前をしていたような……。
「ちょっと訊くが、前に依頼を頼んだ黒影華月(くろかげ・かづき)君とは……」
「あー、アイツの紹介で此処に来た。華月とは双子の兄弟なもんでね」
 どうよ、似てるだろ、と風月はケタケタ笑いながら言う。言われてみれば、髪の色と分け目が違うくらいで容姿はそっくりだ。
 最も口調に著しい違いがある為同一人物とは思えないが、どうやら華月が化けているわけでもないらしい。
─明らかに別人だな─
 そう納得したところで、机からソファーに移動した草間は、早速依頼内容を聞くことにした。

「でっ、頼みっていうのは?」
「これをどうにかして欲しい」
 そう言って風月はソファーに投げ置いたリュックから、一つの壷を取り出す。それは古い感じのする壷で、口には栓がされていた。見た目、ひょうたんのようだ。それだけなら、なんの変哲もない壷だろう。
 しかし此処は興信所。それも草間武彦が所長をしている興信所である。
 草間はあることに気づき、はぁと心の底から溜息を吐き出した。

『普通の依頼が舞い込むことは、9割の確率で在り得ない!!』

「……それはどんな曰く付きの壷なんだ?」
 草間は慣れた様子で、目の前の青年に先を諭す。
「おっ、察しがいいな♪アンタが言う通り、これは華月が骨董屋から引き取ってきた、ちーっと厄介な代物だ。前の持ち主が悲恋の末に自殺した、とかで曰く付きのな。んでこの壷は栓を外すと、こっちに質問をしてくるっておまけ付きだ」
「質問だと?」
 訝しげな目を、草間は風月に向けた。言っている意味が理解出来ないのだ。
 けれど風月は気にした素振りもなく、栓を指先で突付きながらやる気なさげに頬杖を付く。
「質問って言っても普通の質問だ。「好きな食べ物は何だ」とか、「誕生日はいつだ」とか単純なものらしい。ただ最後の質問が少々厄介でな……」
 そこまで口にして、風月の表情が一瞬だけ険しいものになる。知らず草間も壷を見る目を厳しくさせた。
「”貴方が一番愛している人は誰ですか”って聞いてくる。それが相手の望んだ言葉じゃなかったら最後。この壷ん中に精神が吸い込まれちまう。例えばだ。夫がその質問に”妻”と答えても吸い込まれる。恋人の名前でも、ペットでも、肉親でも全部一緒だ。相手はそんな言葉を待ってはいない」
「吸い込まれると、どうなるんだ?」
「そうなった人間は、ずっと寝ている状態なんだとよ。眠り姫かってんだ」
 どこかヤケっぱちのように風月は呟く。
「この壷に何が憑いているかは知らねーが、どうにかして壷から精神を取り返してくれ。まーセオリー通りなら、最後の質問にパスすれば、本体である前の持ち主のお出まし、ってとこだろうがな」
「おい……まさかそれを、やらせようと言うのか?」
 草間は当然の言葉を口する。人材を集める立場としては、当たり前過ぎる質問だろう。
 だが風月は草間を嘲笑するように、口角だけを上げる。しかしその目は、決して笑ってなどいなかった。それが草間の背筋にゾクリとした悪寒を走らせる。
「そんなもん、決まってんだろ。………どうだ、それでもコレを受けるか?」
 風月の問いに、暫く無言で考え込んでいた草間だったが、どちらにせよ依頼を受けるしか道はない。こういった類の物は、早急にどうにかした方がいいからだ。
 それに此処にはそういうものをどうにか出来る人間が、多数出入りしている。
「…判った。誰か声を掛けてみよう」
「途中の質問は適当でも構わねー。けど最後の質問だけは気をつけてくれ。どーも素直な答えじゃ、通用しないらしいからな」
「あぁ、そう相手にも伝える」
 そう言って草間はアドレス帳から数名をピックアップして、何年前の型か判らない黒電話をジーコ、ジーコと回していった。
 それを見ていた風月はもう用は済んだとばかりに、草間から視線を逸らして、プカプカと煙草から煙を立たせる。目は天井を仰ぎ見たままだ。

 けれど───
「………頼むよ。華月が目を覚まさねーんだ。俺の能力じゃ、お手上げなんだよ」
 独り言のように、ポツリと呟やかれたその声は、草間の耳には届かなかった──…。

◇SCENE.1-沙倉唯為/バトル勃発?

 夕刻になろうとする時刻。
 こじんまりとした草間興信所には四人の男が集っていた。
「電話でも説明したが、詳しい話は依頼主である黒影君に訊いてくれ」
 俺は出掛ける、とあっさり四人を見捨てて、草間はさっさと興信所を後にした。何が起こるか判らない壷を前に、能力のない自分がそこにいるのは迷惑だろうと思ったのか、はたまた何かあってからでは遅過ぎると踏んだのか。
(まぁ、居ても居なくても一緒だしな)
 そう結論付け、唯為はポケットから取り出した煙草を口に咥えた。火を付け、紫煙を吐き出した唯為は、どかりとソファーに腰を下ろす。布に包まれたモノは、ソファーに立て掛けた。
 そしてもう一度煙りを吐き出しながら、そこらへんの空き缶を手繰り寄せ、テーブルに乗せられた壷に視線を移してみる。
(ほぉ、なかなか面白い壷だな)
「デザイン的には日本のものらしいが、細工は唐の時代っぽいな」
 壷の首を掴み、ふ〜んと眺めてまたその場に置く。外見からはそんな怪しい気配は、感じられなかった。
「壷に興味でもあんのか?」
「こう見えても骨董品には煩くてな。おまけに素敵なオプション機能まで付いてくるとあれば、実に興味深い」
 唯為は背後から掛けられる言葉に、振り向きもしないままで言葉を交わす。
「へぇ。本当にこう見えてもだな。あっ、そうだ。火、貸せよ」
 そう声が聞こえたかと思うと、その声の主である黒影風月が、どかりと隣りに座ってきた。唯為は怪訝そうな表情をしたまま、隣の男へと視線を向ける。首に掛けられたネックレスが小さな音を鳴らすが、二人は全く意に介さない。
 というより此処だけ違う空気が流れ初めているのは、勘違いだろうか。
「ふざけんな。誰が貸すか」
 あー、美味い、と業とらしい呟きが、唯為の口から洩れる。勿論、吐き出した煙を、風月に向けることも忘れない。空き缶で灰を落とし、短くなっていく煙草をまた咥える姿は、優位に立ったものが醸し出す、余裕なるものが感じられた。これだけで愛煙家にしたら、臨戦態勢を取ってもおかしくないだろう。
 隣りに座った風月が咥えた煙草を手にし、パキッと指に挟んでそれを折り捨てる行動がそれを意味しているのは明白だ。
(おー、おー、苛付いてやがる)
 唯為は喉奥で笑いを噛み殺し、自分へ向けられる笑みが、ぎこちないことに冷めた目を向ける。
 恐らく草間も煙草を吸うのだから、どこかしらこの部屋にライターなりマッチなりありそうなのだが、如何せん小汚いこの部屋で、それを実行しようという者はいないだろう。唯為なら、間違いなくやらない。最も銀糸の青年が、それに気付いているかは、定かではないが。
「ちっ、もういい!それより、アンタこの依頼成功させられんのかよ。な〜んか持って来ているみてぇだけどよ」
 苛付きを引き摺ったまま、風月が話題を変更してきた。目が布に包まれたモノへと、何か言いたそうに見ている。口調は少しばかり、厭味が含まれているようだ。
(火を貸さなかったのを、根に持ってやがるな、コイツ)
「当たり前だ。じゃなかったら、ノコノコ来るわけないだろうが」
「ふ〜ん。んじゃお手並み拝見させてもらおうか」
「お前に言われなくても、キッチリやってやるよ」
「ほ〜、強く出たな。吊り眉」
 その発言に、唯為の眉がピクリと動いた。
 やはり此処だけ、空気が違うらしい。
「どうだろうな。そんなもん、やってみないと判らないだろう、白髪頭」
「これは銀髪っていうんだぜ?タレ目のオジサン」
「判ってて言ってんだよ。それくらいも判らねぇのか、くそガキ」
 バチチと火花が散っているが、本来の目的をかなり遠いところに、置いてきてしまっている。
 それを裏付けるように、風月が一度深呼吸をしてから、試すような視線を向けた。
「んじゃよ、賭けでもしねー?」
「賭けだと?」
「そっ。この依頼でさ」
 風月の言葉に、唯為も同意したのか、いいだろう、と笑みを零す。
「壷に吸い込まれたら、土下座して”俺は本当は弱いです”って言えよ」
 銀糸を緩やかにたくし上げながら、風月の目が唯為に向けられた。
「逆に依頼が成功したら、その鬱陶しい髪をバッサリ切れ」
 ソファーに背を預け、何処か余裕を持たせて唯為が言う。
「「やってやろうじゃねーか」」
 フンッと鼻息荒く、唯為の対面に風月が移動した。
 それを見届けてから、
「んじゃ、ぼちぼち始めようぜ」
 と唯為の声が部屋に響き渡る。

 散らばっていた他のメンバーは、その声に誘われるようにソファーへと腰掛けていった。
 これからが仕事である。

◇SCENE.2-作戦会議?

 ソファーに腰を下ろした5人は、壷を前にこれからどう動くかを軽く打ち合わせすることにした。
そもそも質問というのは判ったが、それ以外の情報が不足しているのだ。何か他にヒントがあれば、そこから対応策が練れるかもしれない。
 そう考えた御堂譲(みどう・ゆずる)が、まず最初に口を開いた。蒼い瞳をした、高校生とは思えぬ落ち着いた雰囲気を持つ少年だ。
「判っていることを、整理してみましょう。少しは何か見えてくるかもしれない」
「俺も譲ちゃんの意見に賛成!!もう少し情報が欲しいかも」
 何気ない一言に元気な声で同意を表したのは、隣りに座る黒磯一針(くろいそ・いっしん)である。一針もまた譲と同い年なのだが、どうしてか彼は中学生という表現が、ピタリと当て嵌まる。見た目が少々子供っぽい所為だろうか。
「確かに中途半端な情報しかないよなぁ。こう具体的なモノが欠落してるっていうか…」
 譲の対面に座っている影崎雅(かげさき・みやび)が、口元に手を当てて続け様に言葉にした。長い黒髪にちょこりと鼻に乗った眼鏡を掛け、肩書きに住職という名を持つ青年だ。
「おい、そこの威勢だけはいい坊主。この壷について、何か知っていることがあれば、詳しーく教えろ」
 すると雅の隣りに座る沙倉唯為(さくら・ゆい)が、腕組みをした体制を崩すことなく、視線だけを対面する先へ向けた。唯為は左耳にピアスを付け、銀色の瞳をした青年で中々の男前だ。
 その唯為が視線を投げた先には、依頼主の風月が口をへの字にして、相手を見ているのが全員に判る。
「おいおい、人にモノ訊ねる時は、”教えて下さい”だろ?オッサン」
「あー悪ぃ、悪ぃ。んじゃ聞いてやるから、さっさと吐け」
 何故か不敵な笑みを浮かべ、唯為と風月の睨み合う。
「ちょっちょっと、唯為ちゃんもそこの獣(ケダモノ)も、なんで睨み合ってるのさ!?」
「そうですよ。なんで詳しい情報を訊くのに、こんな状況になってるんですか」
 高校生コンビ─譲&一針─が、慌てて二人の間に割って入るが、風月はフンッとそっぽを向いて情報を話すつもりはないらしい。それに唯為も舌打ちして、懐から取り出した煙草を口に咥える。
 作戦会議は序盤で、平行線を辿ってしまった。
「あーもー、どうしてこうなっちゃうかなぁ……。そうだ!影崎さん、どうにかして下さいよ!」
「えっ?俺?」
 急に話を振られ、雅はきょとりとしたまま自身を指差す。
「そうだよ!雅ちゃんが一番年上なんだからさ♪って唯為ちゃんとタメだけど……」
「って、そうは言われてもねぇ」
 雅は頬を掻きながら、横の人物達へと視線を向けた。こういう場合、年長者がどうにかしないといけないのだが、何から手を付ければいいのやら。更にしょうもない気が、しないでもない。
 しかし高校生二人の目は、既に雅を頼っているのだ。ここは一先ず壷についての情報を、最優先しないといけないだろう。
「えっと…取り合えずは依頼をさっさと片付けてからにしよう。それからなら好きなだけバトルしても、俺には関係ないしさ。唯為君だってそれでも年長者なんだし、風月君だってあんなんでも依頼主なんだから」
「それでも…ってなんだよ」
「あんなん…ってなぁ」
 雅のなんとも説得力のない仲裁が入った。
 そしてその言葉に多少の毒が混じっているのが、二人の険悪なムードが一変して、毒気を抜かれてしまったようなので、譲も一針も目を瞑る。毒を制するには毒を持って…、というとこだろう。本人に悪気はなくても、だ。
 兎に角「これで話しは、進みそうだ」と、周囲の人間がホッと胸を撫で下ろしたのは、事実に違いない。
 風月も渋々といった表情ではあるが、壷について知りうる情報を提供するようだ。
「素敵なオプションについてだが、その趣味のいい質問をかますのは、壷の前の持ち主とやらなのか?」
 今までの攻防が嘘のように、真面目な顔をした唯為の質問が先ず飛んだ。
「あぁ、それは確からしい。声だけなら男だな、ありゃあ」
「他には」
 風月の返答を聞いた上で、今度は雅が相手に問う。
「そういや最後の質問についてだけどよ。間違った答えを口すると、掃除機で吸うような風が全身を包み込む。勿論それで肉体が吸い込まれることはないが、本体はその場にバタリって倒れちまう。それから一切意識を回復しねーし、壷も勝手に栓が閉まっちまうって寸法だ」
「まるで見ていたようにスラスラ言うな」
 唯為が冷笑交じりにそう口にした瞬間、風月の眉根が皺を作った。触れられたくなかった、と唯為を睨む目が言っているが、相手は知ったこっちゃないという態度を変えなかった。
 そしてその質問に反応してしまったことで、他のメンバーの目が一斉に自分に向けられた風月は、苦虫を噛み潰したような顔でソファーに背を預ける。
「そりゃ当たり前だろ。俺は見ていたからな。だが助けることは出来なかったんだよ」
「悪気が強いってことですか?」
「そういうんじゃねーよ。俺にはお前らみたいな能力がねーってだけの話だ。あっ、そうそう。ただ曰く云々については、尾ひれが付いている可能性があるから、あまり全部を鵜呑みにするのはどうかと思うぜ」
 そう喋った時には、風月の表情は落ち着いたものに戻っていた。
「それじゃあ、やっぱり最後の質問は、気をつけないと駄目なんだな」
「そうだな」
「悲恋の末の自殺っていうのは、嘘という可能性もありますね」
「悲恋が嘘かもしれないし、自殺が嘘かもしれない。もしかしたら、両方嘘で両方真実かもしれない」
「何言ってんだよ??」
 雅が意見を口にすると、それを聞いていた一針が理解不能と顔に乗せる。
「それに最後の質問に関しては、どう答えたらいいかっていうのは判らないし」
 譲も立て掛けるモノに視線を向けて、どうするべきか考え込む。厄介な難関は、打破出来ていないのだ。
「一か八かってところかな」
 考えても答えが出ない今、結論を口した雅に譲と一針の目が向けられる。
「兎に角だ。悲恋だろーが、自殺だろーが、要は解決すりゃいいってことだろう」
 気だるげに壷だけを見つめていた唯為は、誰に対してか判らない嘲笑を浮かべてみせた。
 それが答えだと言うように、他のメンバーもまた壷へと視線を落とす。
 ”やってみるしかない”
 そう全員の意思が固まったところで、今迄ソファーで一緒に座っていた風月が、勢いよく立ち上がっり、皆に背を向けて歩き出した。
「何処に行くんだよ?」
 ずっといるものと思っていた一針は、これからという時に背を向ける風月に、疑問をぶつける。
 しかし風月は顔を少しだけ後ろに引いた姿勢で、
「あー、俺が居てもしょうがねーだろ?今回の件に関しては、俺は力になれねーからな」
 暇潰してくるわ、と言い残し、片手をヒラヒラ振って草間興信所を後にした。
 残された者はその姿を、ただ見送るに留まった。風月は何も出来ない、となれば草間と同等なのだ。居ないに越したことはない。
 だからか風月を引き止める者は誰も居なかった。

「さて。それじゃ早速、質問されてみようか」
 それを敏感に察知したのか、雅が壷の首を掴みながら皆に声を掛けた。
 全員の胸には、最後の質問をどう答えるか。
 それはもう決まっている。

 さてどうなるのだろうか──……。

◇SCENE.3a-質問タ〜イム♪

 壷を手にしたのは雅だった。壷と同じ材質─焼き物─の栓を摘み、一同に目で合図する。
「それじゃあ、始めるからな」
 一同が首を縦に振るのを確認してから、雅が摘んだモノを上へと引き抜いた。それは簡単に外れ、瞬間辺りに漂う空気が冷たくなる。一度か二度くらい気温が下がったようなカンジだ。
「いよいよだな」
 肌に刺さってくる気配に、唯為はどこか愉しげに笑みを作った。
 そして壷の中から見えない気配が溢れてくると、壷がカタカタと小刻みに揺れ出し、最初の質問が紡がれる。

『お前達に問う、名を何という』
 風月が言っていたように、壷から聞こえた声は男のもの。おどろおどろしいものではないが、生気がある声ではない。少し聞き取りにくい部分があり、その声は低く唸るようなものだった。
「俺は黒磯一針。セブンティーンの高校2年生だぜ!」
 壷の声とは正反対に、元気な声が部屋に響き渡る。質問に対して、まず始めに一針が名を口にしたらしい。
「一針……年齢とかは訊かれてない」
「えっ!?言ったらマズかった??」
「どうかなー」
 譲や雅が困ったように言うので、一針はどうしようと眉をハの字にする。そして譲の服を引っ張ったかと思えば、雅の顔を覗き込んで涙目になっている。
「阿保」
 それに対し、呆れを全身、声、溜息で表現した、唯為の一言が下った。
「なっなんだよ!次に唯為ちゃんが変なこと言ったら、その態度ぜってー取ってやるからな!」
「はいはい。んじゃ次に進もうぜ」
 唯為に軽くあしらわれ、一針は悔しそうに譲の肩に顔を埋める。
 質問はクリアしていたらしく、その後一同は楽に通過した。
 そして次の質問。

『お前達の誕生日はいつだ』
 星占いでもしてくれるというのか、今度は誕生日を訊かれる。
「僕の誕生日は、5月13日ですけど」
「俺は2月16日だ」
 それが何か、と付け加えそうになるのを我慢して、譲と唯為は壷に向かって自己紹介した。
 というよりこんな細かなことを一つ一つ答えるなら、一気にパーソナルデータを口にした方が早いような気がする。先ほどの一針じゃないが、余計なことを付け加えたくなるというものだ。
 続け様に雅と一針も誕生日を口にするが、やはりこちらもその考えが頭に過る。
 本気でパーソナルデータが、気になるわけでもあるまいに……。

 しかし壷はこの意味のなさそうな質問を、まだしてくるつもりらしい──…。

『好きな食べ物はなんだ』
「「「「…………」」」」
 ここまでくると、真剣に答えているのが馬鹿らしくなってくる。質問の意図が掴めず、こんな問答を繰り返しているのだ。一同の苛々は、ピークにきてもおかしくはない。
 唯為はチッと舌打ちをし、どうでもよさそうに口を開いた。
「俺の好きな食べ物だと?そんなもん、男女問わずに決まってんだろ」
「へぇ……って、男女問わずってなんだよッ!!そもそも喰いもんじゃねーじゃん!」
「あんっ?喰いもんだろ。よーく考えてみな」
 指を指して声を荒げる一針に対し、唯為は煩いとばかりに片耳に指を突っ込みながら、意地悪い笑みを浮かべる。”喰う”という言葉にどれだけの意味が含まれているのかなど、今の唯為を見れば一目瞭然だろう。
 それどころかほのかに香る香水とは別に、男の色香というものがふんだんに振り撒かれ、当てられた一針は微動だに出来なかった。自分には到底持ち得ないものを前に、言葉なぞ出てくるわけがない。
「おいっ、一針。大丈夫か?」
「へーき…じゃないかも……」
 ヨタヨタと譲によろめいていく一針を見て、ニヤニヤ笑っている雅には、言葉の意味がすぐにピンッときているのだろう。
「守備範囲の広い唯為君はともかく……あっ!俺の好物は下町B級グルメなんで♪」
 壷に向かってやぁと挨拶するように、雅は片手を上げてにこやかに回答する。
「雅さん。下町B級グルメってなんですか?」
「おッいい質問だね〜譲君。いいか?下町B急グルメとは……たこ焼きに、お好み焼きにー、大判焼きやタイ焼きも含む、それは庶民感覚で食べられるくせに、やたらと美味い食べ物のことだッ」
「へ〜美味そうだなぁ」
 生ツバを飲み込み、雅と一針が遠いところを見つめた。
「全部粉モノじゃねぇか」
 胸を張って自慢げに説明する雅とは対照的に、唯為の呆れに近い呟きが洩れた。
 とその時──…
 今迄何事もなく質問を繰り出していた壷から、瞬間的な霊気が溢れ出してくる。唯為の発言と雅の発言でワイワイと賑わっていた一同は、ピタリと話すのをやめ壷へと鋭い視線を向けた。
 唯為は布に包んだまま緋櫻(ひおう)を手にし、譲もまた竜胆(りんどう)を握り締める。反して雅と一針は何もせずに、警戒だけは全身で露にし続けた。
「遂にラスト問題みたいですね」
「まっ、素直が一番かもなー」
「健闘を祈るってカンジかな」
「お前に言われたくねーよ」
 壷の周りに異様な空気の渦が出来始め、男の声が渦を中心に低い唸り声を上げる。

『貴方が一番愛している人は誰ですか?』

◇SCENE.3b-沙倉唯為/ファイナル・アンサー

(視界を塞いだ、か)
 ふいに視界が見えなくなり、濃い霧の中に立ち尽くした時のように、辺りが真っ白に霞んで見えなくなる。
 それはそこには自分しかいないのだ、と錯覚さえ起こしてしまいそうだった。
「ったく、何者なんだ?前の持ち主とやらは」
 地を這うような音が、耳障りな感を唯為に与えた。それを人の声と呼ぶには、あまりに感情という感情が欠落していたからだ。くぐもった音が渦に運ばれて、唯為の耳元で囁く。
『貴方が一番愛している人は誰ですか?』
 今迄より実に丁寧な言葉使いだった。
 唯為は手にした緋櫻を、強く握り返す。
 質問の答えなぞ、とうの昔に決まっていた。
「一番愛している者…また難儀な問いだな。愛だの影も形も無い頼りないものなど、抱くのも抱かれるのも寒気が走る」
 壷から…いやこの場合、既に本体と言ってもいいだろう、相手からの返答はない。
「…それでも挙げろと言うんであれば”自分”だな。他人に目を向ける前に、まずは自分からだろう?」
 そう紡いだ瞬間、渦巻いていた霊気が幾分弱まり、まるで空気が抜けていく風船のように、静かにそれが萎んでいくという気配がした。
(当たりのようだな)
 唯為は手にした緋櫻を横手に掲げ、いつでも封印が解ける状態にする。
 すると壷の上に渦巻く霊気が、人の形を形成しながら静かに唯為へ向けて語り掛けてきた。
『お前は我が同朋のようだな』
 そこには軍服を着た、まだ若そうな青年の姿。年齢的に見れば、唯為や雅より年下のような気さえするその男は、視線を唯為へと向けてニタリと不気味な笑みを浮かべている。
(軍服ってことは、日本兵……あの服装は第二次世界大戦か)
 それに唯為は不敵な笑みを返しつつ、じっくりと相手を睨み付けた。
 男の胸元にある名札が血で滲んで読めない為、名を知ることは出来そうにない。
『お前のような奴を待っていた。同じ気持ちを持つお前のような奴を…』
「それでお前はどうするつもりだ?こんなことをするくらいだ。どんな大恋愛をかましたのか、是非聞いてみたいもんだ」
『貴様に語ることなどない。そうか。……お前より良質の良い依り代が見つかった。これで復讐が出来るというものだ。同朋とて、もう用は無い』
「何だと?」
 言うや否や男の姿が、霧の中へと消え去る。目前には立ち込める深い霧のみ。
(そういうことか。ガセネタ掴ませやがって)
 それを易々と見送ってしまった唯為は、吊った眉を更に上げ、忌々しそうにチッと舌打ちをした。
「櫻・唯威の名の元に、汝、緋櫻の戒め解き放つ……我が意に従え、緋櫻よ」
 掲げていた布に呟き、そっと指先で『櫻・唯威』の名を刻むと、それは金色に光り輝き布の内部へと浸透していく。
 布が吹き飛ばされたことで露になった唯為の手には、封印を解かれ息衝く緋櫻が握られていた。
「さてまずはこの霧だな」
 唯為は鞘をゆっくりした動作で引き抜き、溢れ出る霊気を全身に纏って、一気に斜めへと斬り付ける。霧は見事真っ二つに斬られ、クリアーな視界が飛び込んできた。
 そして自分が居たはずのソファーに視線を送れば、そこだけ濃い霧が立ち込めているのが判る。同時に刀を手にした譲と、霧の中から普通に現われる雅の姿が目に入った。
(ということは、あのチビっこい坊主か)
 唯為は刀の柄を両手で握り直すと、
「一針ッ!!」
 名を呼び、大きく縦に切り込んだ。スパンッと斬れたそこは分断され、中から身動き一つしない一針の姿が浮かび上がってきた。
「…唯為…ちゃ…ん……?」
「この阿保」
 どうにか間に合ったらしい状況に、一先ず安堵して緋櫻片手に一針へ近づく。すると一針は大きな目をパチパチと瞬きして、指先を動かしてみせた。
「あっ、動く」
「さっさと行くぞ」
 ペチリと後頭部を叩き、唯為はさっさと向きを変え、天井に渦巻く霊気を見上げた。
 そこには男と対峙している譲と雅の姿があったからだ。
「これで終わりだ」
 唯為は妖しく光る緋桜を肩に担ぎ置き、そこに参戦すべく歩いていく。
(もう容赦しねーからな)

◇SCENE.4-本体のお出まし

『どうして私の邪魔をする!!』
 ギラリと睨み付けてくるその目に、もう生きていた時に思っていたであろう思いはない。あるのは忘れられたという悔しさと、寂しさ。そして歪んでしまった独占欲だけ。
「えっと、どうなってるの??」
 依り代にされそうになっていた一針が、状況が掴めずに周りに説明を求めた。
「拗ねちまってるだけだ」
「拗ねる?」
「許婚の人が他の男と結婚したのが、許せないらしい」
 刀を携えた唯為と譲が、簡単に説明する。しかしそれだけでは判らない部分があった。
 どうして壷に吸い込むのか、最後の質問が何を意味しているのか。
「壷の仕掛けは、あの男が自分と同じ考えの人間を、見つける為のものだったんだ。そして見つけたら、その体に憑依しようって魂胆だったらしいな」
 一針が小首を傾げるのを横目で見て、雅が補足するように口にするが、目は男に向けられたままだ。男からの怨念渦巻く思いが、増幅されている。
「さて、これからどーする。手っ取り早く斬っちまうか?」
 唯為が肩に置いていた緋櫻を、スーッと下に降ろす。
「大人しく言うことを効くとは、到底思えませんしね」
 唯為の言葉に同調した譲は、竜胆を掲げて上段の構えをした。二人はいつでも動ける体制を取る。
『くそう……あと少しなのに……』
「あと少しでも、もうあんたは死んでるんだ。いつまでもいるべきじゃない」
『煩いッッ!!!』
 バチバチと電気が走る音と共に、男が襲い掛かってきた。もう言葉での解決は望めないらしい。
雅と一針はここは二人に任せようと、一歩後ろに後退した。刀を持つ人間が二人もいれば、充分男をあの世へ送れるだろうと踏んだからだ。
 まず譲が攻撃を竜胆で受け、さらりと横に流した。男は流されたまま横に傾き、また譲へ攻撃しようと体を捻る。
「残念、こっちにもいるんだぜ」
 しかしそこへ待ち構えていた唯為の緋櫻が、男諸共その場の澱んだ空気を斬り払った。
「人の一生なんて、これから何十年あるんだか判らないんだ。何も無いよりは、例え夢でも何かあった方が張り合いがあるもんだ」
 だから人は次を探すんだよ、と雅は消え行く体に、そんな言葉を手向けた。
 男は今尚悔しそうな顔をこちらに向けていたが、何も言葉を残せぬまま消え去った。
 霊気のなくなった部屋で、カチンと緋櫻を鞘に戻す音が響き渡ると、
「かっくいー、二人共〜〜!!」
 パチンッと指を鳴らし、一針が二人に近づいて行く。
 しかし──。
 男の気配が消え去ったそこは、無情なまでに荒れ放題と化していた。興信所はいつも以上の汚さで、足の踏み場を捜すのは至難の業だ。
「どうします、これ?」
 竜胆を鞘に戻しながら、譲が誰に訊くでもなく口にする。けれどそれに返答する者は誰もいなかった。
 否、考えたくなったのかもしれない。
「とりあえず坊主共で、後始末しとけ」

◇SCENE.5-エンディング

「ほ〜これはどういうことだぁ?」
 何処からとも無く帰ってきた、草間の第一声が興信所内に木霊した。
 書類はバラバラ、煙草の吸殻は床に転がっている、そればかりか棚の戸が開いて、中のファイルまでが落ちてしまっているのだ。
 草間はピクピクと米神をヒク付かせながら、握り拳を振るわせた。
「あ〜ほら、壷の依頼やってたらこうなっちゃたわけで……ねっ!譲ちゃん」
 パスとばかりに一針が譲に振る。
「えっ、あっそうですよ。別に僕達、ここで野球とかやってませんし…ねぇ、沙倉さん」
「此処で野球なんてもんは、狭すぎて出来んな」
 唯為はソファーで、運動後の一服を満喫していた。
 勿論その間、言い訳をしつつ部屋の掃除をしているのは、年少者の二人だけだったりする。
「あっでも唯為君と譲君は、刀振り回してたよな」
 今気が付いたように、雅は缶コーヒーを口に運びながらポツリと洩らした。
「お前ら……きっちり片付けろ!!」
 それに草間の怒声が鳴り響く。
「え〜〜〜。二人も手伝ってよ。俺たちだけが悪いんじゃないじゃん!」
「でも若いうちは、しっかり動いた方がいいよ。あっ、草間さん。近くに美味しいもんじゃ焼き屋があるんだけど行かない?奢るよ」
「そうだな。どーせ、此処に居てもしょうがないしな」
 雅は掃除から免れる為に草間を連れて、さっさと出掛けてしまう。
 そうなると残るは唯為なのだが。
「沙倉さん、手伝って下さいよ」
 譲がモップ片手に唯為へ懇願する。
 しかしその願い虚しく、唯為はソファーから立ち上がると、咥え煙草のまま扉に手を掛けた。
「年功序列。悔しかったら、さっさと年を取ることだな」
 煙草の煙だけを残し、唯為までも帰路に着いてしまう。
 それを残った二人は唖然としたまま見送り、全然綺麗になっていない部屋を見回して溜息を付いた。
「……やろっか」
「……そうだね」
 虚しさの中、譲と一針は適度に腕を動かしたのだった。

 その頃──
 草間興信所を後にした唯為の前に、壷の回収に来たらしい黒影風月が姿を現した。
「おい、ガセネタ掴ませんな」
 風月が近づくや否や、指に煙草を挟んで一言文句を言う。
「だから忠告しただろーが。鵜呑みにするなってな」
 悪びれず風月はそう口にして、草間興信所へと足を動かす。だがしかし。二人にはもう一つ、問題があったんだ。
「そういや、あの賭け。忘れてないだろうな」
 風月の行動が賭けから逃げていると踏んだ唯為は、逃げれないよう手で壁を造り行く手を塞ぐ。途端、風月の目が泳ぐのを唯為は確認した。
(やっぱりバッくれるつもりだったな)
「なんだったら、俺が切ってやってもいいが、どうする?」
「いや、断る。大体、髪はもう切ったぜ?1センチだけどな」
 風月はサラリと髪の毛を靡かせる。それに唯為は心底このガキャア!!と思うが、もういいとばかりに踵を返した。
(それは毛先を揃えたって言うんだ。俺はバッサリ切れと言ったんだがな)
 そう思うが馬鹿らしいので、相手には言わないでおく。どうせ切るつもりなんてないんだろう。
 唯為は煙草を口に咥え、雑踏の中へと姿を消した。

 その後草間興信所には、壷に精神を吸い込まれた華月も、意識を取り戻したと風月が報告に来る。
 元に戻った壷はそんなことを忘れたように黒影家の床の間で、ひっそりとその存在を主張しているそうだ。

===了===

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号】PC名/性別/年齢/職業

【0733】沙倉唯為(さくら・ゆい)/男/27歳
→妖狩り
【0588】御堂・譲(みどう・ゆずる)/男/17歳
→高校生
【0843】影崎・雅(かげさき・みやび)/男/27歳
→トラブル清掃業+時々住職
【0911】黒磯・一針(くろいそ・いっしん)/男/17歳
→高校生兼針師

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■         ライター通信          ■
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東京怪談「all or nothing」にご参加下さり、ありがとうございました。
ライターを担当しました佐和美峰と申します。
納品がギリギリで、すみませんでした。(汗)

最後の質問の部分は個別となっております。各PC様の行動により、
壷に憑いた人間の言動が異なりますので、お時間がありましたら
他の参加者様のもお読み下さい。
また冒頭個別が長くなってしまい、申し訳ありません。(恐縮)
御堂譲様。
3回目のご参加、ありがとうございます。
今回、譲君の竜胆を振るうシーンが書けて、
密かに嬉しく思っておりました。
沙倉唯為様、影崎雅様、黒磯一針様。
初めてのご参加ありがとうございます。
皆さん個性の違うPCさまでしたので、書いてて楽しかったです。

この作品に対して、何か思うところがあれば、何なりとお申し出下さい。
これからの調査依頼に役立てたいと思います。
それではまたお会いできるよう、精進致します。