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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


 佇む洋館
 <オープニング>
 次々に書き足されていくゴーストネットの掲示板の新記事の中で、一際瀬名澪の関心をひくものがあった。
 Subject:洋館の女性 Name:遥
 初めまして。突然ですが私、不思議な体験をしました。
 そのとき私はとても落ち込んでいて、風に当たりたくて家に帰る方向からわざと外れて少しふらふらしていたんです。そしたら、誰もいない筈の古びた洋館の前まで来ちゃって……。
 実は最近、この辺で行方不明者が何人か出てるんですけど、そのうちの一人がこの洋館に入っていくのを見たって子がいるんです。
 それで、その子も洋館に入ろうとしたけど、扉が開かなくて入れなかったそうです。
 私、それを思い出して……妙に気になって洋館の扉を押してみたんです。
 そしたらゆっくりと扉が開いて……そこで記憶が途切れているんです。
 気が付いたら洋館の外に倒れていて、扉も押してみたんですけど開かないんです。
 帰ろうかと思って上を見上げたら、窓から女の人が見えたんです。私と同じ高校生くらいかな……私のことをじっと見ていたんです。
 急いで逃げたんですけど、ずっと気になっちゃって……。あのひと、なんだか影があったから……。
 調べてもらえませんか?
 澪は記事を読み終えると小さくため息をついた。
「気になるなぁ。誰か調べてきてくれないかな?」

 ウォレス・グランブラッドは店員が小さな袋に包んでくれた品物を受け取ると、急いで店を出た。もうとっくに日は暮れて、道は夜に飲まれている。
 依頼人との待ち合わせ時間は八時三十分。あと十分しかないのだ。
 本来ウォレスは待ち合わせに遅れるような性格ではない。
 今日も待ち合わせ場所の喫茶店へ向かおうとしたのは、約束の時間より大分早かった。
 その喫茶店は、窓から今日の依頼になっている洋館が見える。
 以前待ち合わせ場所の確認のために訪れたとき洋館も一緒に覗いてみた。
 洋館はひっそりとしていて静寂さが棘のように鋭くウォレスの心を痛ませた。
 そのときのことを思い出していると、ウォレスの頭の中にアロマセラピーという言葉がよぎった。心を扱うにはぴったりの物だ。詳しくは知らないが、心を落ち着かせる効用を持つものもあった筈だ。
 ウォレスはアロマセラピーに必要なものを買う為に道を引き返したのだった。
 喫茶店に入ると、がらんとした店内に依頼主と思われる女性と、赤い瞳をした男がいる。
 ウォレスは二人の傍へ行くと
「洋館の件、ですよね?」と訊いた。
「ええ」
 赤い瞳をした男が答える。
 ウォレスは苦笑した。
「実は、ここに向かう途中、思いついたことがあって買い物をしてきたんです。それで少し遅れてしまって……」
 男は店内の時計を見上げると言った。
「遅刻ではありませんよ。とにかく自己紹介をしましょう。私は九尾桐伯といいます」
「私はウォレス・グランブラッドという名です。貴方は?」
 ウォレスが依頼人の方を向く。依頼人の名が遥というのは知っているが、こうして行動を共にする以上、フルネームを名乗るのは礼儀だろう。
依頼人は、桐伯とウォレスの二人の目を見てから口を開いた。
「杉村遥といいます」

 洋館が見えるといっても、喫茶店から洋館までは多少歩く。
 詳しい話は歩きながらすることにして、三人は喫茶店を後にした。
 遥を真ん中に右に桐伯、左にウォレス、遥は左手に懐中電灯を持っている。
 歩き始めてすぐ、桐伯が話を切り出した。
「調べてみたのですが、最近この辺りで若い女性が亡くなったという事実は無いようですね」
「そうなんです。それにチラっとしか見えなかったんですけど、全く見覚えのない顔でしたし……」
「ところで」
 夜に広がる闇を見ていたウォレスが口を開いた。
「落ち込んでいたと言っていましたが、貴方が落ち込んでいた理由を話してもらえませんか」
「………………」
 遥は黙り込んだ。ウォレスは取り直したように添える。
「貴方を傷つけるつもりで訊いたわけではないのです……ただ、洋館の女性と関係するものがあるかもしれないと思ったので……」
 遥はうつむき、右手で左腕を抑えた。
 桐伯とウォレスの眼は自然と遥の左腕に注がれる。
 街燈の下で半そでからのぞく腕に痣が見える。その隣には小さいが煙草を押し付けたような薄黒い痕がある。
 二人は理由を悟り、桐伯は少しため息をついた。
「まぁ……無理に話すことはないでしょう」
 そこまで話したとき、遥が立ち止まり、わざと明るく言った。
「着きましたよ」

 洋館の周りには静寂しかなかった。木々に囲まれ、以前からずっとそうだったように佇んでいる。
 門を通ると、真正面に大きな扉が見える。上の方には遥が言っていた窓があり、洋館の傍には大木が生えていた。
「ここから入れたんですけど」
 遥が扉を押してみる。
「やっぱり開きませんね」
 ウォレスが上を見上げ、道端の小石を掴むと窓に投げつけた。パリンッと音が響く。
「あの大木を使って窓から入りましょう」
「ちょっと待ってください、これも使いましょう。窓から入っても、床まで降りられないでしょうから」
 ウォレスが桐伯の方を見ると、桐伯は指に糸を何重にも絡めている。
「それは……何の糸ですか?」
「鋼の糸ですよ、私はこれを操るんです。片方の端を樹の枝に巻きつけておいて、もう片方を私が持っていれば、入るときだけじゃなくもしものときにも脱出しやすくなりますから。中は危険かもしれないので、遥さんは少しの間外で待っていてください」

 洋館の中は外よりも一層闇が広がり渦巻いている。
 ウォレスは闇に目を向ける。桐伯は見えているのだろうか。
「私は闇の中でも平気ですが、貴方は見えますか」
「見えなくても私には音から空間を把握できる能力があります。ですが……」
「ええ、あちこちから微かですが水の音が聞こえますね」
 そうウォレスが言い終わる前に大量の水が流れ込んできた。
「こっちへ!」
 桐伯はウォレスの腕を掴むと、糸を手繰って窓から大木のところへ戻った。
「さっき闇を観ていたのですが、入り口から進んで中央に階段があり、その奥には三つ程部屋がありました。多分、そのどれかに居るのでしょう」
「そうは言っても……」
 桐伯は洋館を見やった。水は強く壁に向かって流れたらしく、ドオオオオ……という音が聞こえる。
「これじゃあ、奥には行けそうにないですね」
 ウォレスは夜空を見ながら何やら考えているようだったが、やがて口を開いた。
「彼女がどこにいるかが判り、尚且つ水を止める方法があります」
 ウォレスの緑色をした瞳が鋭くなっていく。闇を切り裂くようにウォレスは呼びかけた。
「闇に蠢きしもの達よ……闇の主、長たる者の声を聞け……洋館内にいる人物を探せ」
 突然、女性の声が響き渡り、水の音は止んだ。
「ウォレスさん、今のは?」
「蝙蝠と鼠は私の配下なんです。女性は蝙蝠や鼠が苦手でしょうからね。ところで、今の叫び声がどこからきたか判りますか?」
「ええ。それと今は彼女の力が解けている筈ですから、扉も開くでしょう。遥さんを連れて入りましょう」

 階段を上った先の正面にある部屋に女はいた。
 桐伯がドアを開けると、水びだしの部屋に白い半そでの服を来た女が床に座り込んでいた。顔は青白く体中から水が流れ落ちている。年齢は十八歳くらいだろうか。怯えた目で桐伯とウォレスを見比べている。
 先ずウォレスが近付いた。警戒心を抱かれぬようある程度の距離は残して声をかける。
「私はウォレスといいます。貴方の名は?」
「……橋本亜優」
 その会話を聞いていた桐伯は、亜優の視線に気付いた。
「私は丸尾桐伯です、こちらは杉村遥さん。ご存知でしょう?」
「あのときの子ね」
 亜優が頷く。
 遥はハシモトアユ……と何度か呟いていた。
「やっぱり私の学校の生徒ではないです」
「貴方はどこからいらっしゃったのですか?」
 ウォレスの問いに亜優はもう一度二人を眺めた。
「貴方達には話しても平気そう……私は悪霊じゃない……初めから敵意なんて持っていないのよ」

 橋本亜優は淡々と、まるで独り言のように話し始めた。
「海で迎えを待っていたの。家を出て、電車に乗って。誰かが迎えに来るのを待っていた。昼になった、誰も来ない。夜になった、誰も来ない。次の日もそうしていた。ずっとずっとそうしていた。私はどんどん悲しくなっていって、少しずつ海に入っていったの」
 ウォレスが訊ねた。
「海に行った理由は……家出をしたきっかけは何なのですか?」
「その海には家族で行ったことがあったから。唯一の良い思い出よ。家出の理由は遥さんと同じような状況にいて、それに耐えられなくなったから」
 ウォレスと桐伯は遥の方を向いた。
 遥は床を見ている。一言も喋らない。亜優は続ける。
「でもそれはもういい……問題は幽霊になった私の元に、同じように心に穴のあいた人が吸い寄せられて来てしまうこと。だから一箇所に留まれなくて、移動し続けているの」
「どうりで調べてもこの辺りで亡くなった女性の事実が見つからない訳だ」
 桐伯の言葉に亜優が応じる。
「ええ、それでここに流れてきたの。やっぱり人が集まってきちゃったから、すぐ出て行くつもりだったんだけど」
「じゃあ、どうして……もしかして遥さんの言っていた洋館に入ろうとした子と関係があるのでは?」
「ウォレスさんの言う通りよ。吸い寄せられた子達がどんな理由で心理的傷を負っているいるのかはわからないけど、そういう子達は敏感なのよ。洋館に入られて、色々騒がれたりしたらどうなるか判らない。だから守らなくちゃって思ったの」
 桐伯は部屋を見渡した。
「その方達はどこに居るのですか?」
「隣の部屋に居るわ。眠らせてあるけど。私のようになってはいけないから。これ以上巻き込まないように、扉も開かないように念じていたんだけど、一瞬気が緩んだときに遥さんの気持ちに呼応して扉が開いてしまったみたいね。急いで遥さんを眠らせて扉を閉めておいたんだけど」
「よくわかりました」
 ウォレスが言った。
「それで貴方はどうするのですか?」
「ウォレスさんや桐伯さんが来た以上、もうあの子達は解放するわ。だけど、本当にそれでいいのかしら。あの子達の傷を広めるのはしたくない、それだけは思っているの」
 亜優は言葉を切ると虚空を凝視した。考え込んでいるようだった。肩がだんだんと震え始める、泣きそうなのに泣けないような表情で、言葉を続けられない。
 桐伯は亜優にそっと近付くと手を差し出した。
「一度飛び込んでみると楽になれるということは多々あります。自分の思いを話すのもね。亜優さんも遥さんも含めて」
 亜優は顔をあげて、戸惑った様子で桐伯の顔を見、視線をウォレスに移した。
 ウォレスは桐伯に賛成するように軽く頷いて内ポケットから小さく細長い小瓶とハンカチを取り出した。
「ここに来る前に、アロマセラピーという言葉が浮かんだので、専門店に行ってみたんです。これはフランキンセンスの精油で、心の不安や強迫観念を追い払ってくれる効用があるらしいんです。バーナーを使いたかったのですが、持ってくるのにかさばりますし私は素人なので……少々簡易的ですが、ハンカチに数滴たらして床に置くだけでも効果があるらしいのでやりましょう」
 桐伯はドアに手をかける。
「夜はまだ長いですからゆっくりと話をしましょう。皆さんに必要なのは休息ですよ。隣の部屋にいる方々を呼びに行きますが、いいですか?」
 亜優はもう戸惑ってはいなかった。微笑している。
「お願いします。催眠は今、解きました」

 桐伯が部屋から出て行くとウォレスは精油を数滴ハンカチに垂らし、部屋の中央の床に置いた。
 果物と樹が混じったような香りが漂う中、ウォレスは自分のことを考えてみた。
「遥さん、亜優さん、私にも休息は必要かもしれません。色々と背負うものがあるからこそ、休息は重要なのだと思います」
「でも、休息って難しいですね」
 そう言うと遥は苦笑してみせた。
「そうですね。休息とは何なのかとことん話すのもいいでしょう」
 ウォレスは天井を見上てから、遥と亜優に笑いかけた。
「何せ、夜は長いですから」

 終。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0526/ウォレス・グランブラッド(うぉれす・ぐらんぶらっど)/男/150/英会話学校の講師
 0332/九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)/男/27/バーテンダー

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■         ライター通信          ■
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「佇む洋館」へのご参加、真にありがとう御座います。佐野麻雪と申します。
 ウォレス様、
 資料を拝見させていただいた時に芯の強さとは反対に外側は穏やかなイメージを持ちました。
 この話ではなるべく穏やかな印象と気配りのよさを出そうと思ったのですが……
 違和感を持たれた個所がありましたら、どうかご指導願います。