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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


記憶結晶化実験

------<オープニング>--------------------------------------

 「被験者、求む!」
ゴーストネットの掲示板に、ある日、そんなタイトルで書き込みがあった。
「記憶の結晶化実験を行うにつき、協力してくれる方を募集します。人体等に危険はありません。募集人員は、4人。応募して下さった方には、少額ですが、謝礼をさしあげます。応募してやろうという方は、あさって、午後1時、JR新宿駅、西口改札前に集合して下さい。当方は目印に、赤いスカーフと、バラのコサージュをして行く予定です。
 それでは、応募、お待ちしています。
 桐生彩子」
 雫は、それを見て、小さく首をかしげる。
「面白そうだけど、本当に、危険はないのかなあ。……誰か、応募する人、いるかしら」
小さく呟いて、それにレスをつけた。
『桐生さま、はじめまして。もしよろしければ、実験結果をこの掲示板で報告していただければ、うれしいです』
「これでよし、と」
雫はレスの送信を終えて、うなずく。どんな結果報告がもたらされるのか、楽しみだった。





 ゴーストネットの掲示板の書き込みに、桐谷虎助は興味を持った。
(記憶の結晶化……て、なんだそりゃ。よくわかんねーけど、面白そうだし、何より、氏素性を問わずにバイト代くれそーなとこが気に入った!)
胸に呟き、とりあえず行ってみることに決める。書き込みの日付を見ると、指定日の明後日というのは、今日のことだ。パソコンをそのままに、彼はあたふたと出かける支度を始めた。
 虎助は、桐谷家の飼い猫だった。いや、本当は152歳になる猫又で、人間の姿を取ることもできるのだが、普段は、桐谷家でトラジマの小柄な猫に変身して、飼い猫をやっている、という方が正しかったろうか。
 普段、金が必要な時には、桐谷家の一人息子、龍央の財布から勝手に抜いて使ったりしているのだが、相手も高校生で、たいして金があるわけでもない。たまにはバイトするのもいいだろう、と考えたのだ。
 トラジマ猫の姿から、人間の、高校生ぐらいの少年の姿になり、龍央の服と靴を勝手に拝借して、JR新宿駅、西口改札前へと向かう。人間の彼は、肩のあたりまでの金髪を後ろで一つに束ね、緑色の目をした、生意気そうだが、可愛い顔立ちをしている。
 彼が西口改札前にたどり着いた時には、書き込みをした当人の桐生彩子も、他のバイト応募者らしい姿もなかった。それでもきょろきょろしていると、何やらひどくうさん臭い男がこちらを見ているのに気づく。この暑いのに、男は黒のロングコートを着て、しかも真冬のように衿を立て、更に、黒いつば広の帽子をまぶかにかぶっているのだ。平日の昼間とあって、さほど周囲に人はいないものの、その人々も、男を避けて行く。
(もしかして、なんか、ヤバイ人なんじゃないだろうな)
どうして、こっちを見ているのかもわからず、虎助はなるべくそちらを見ないようにしようと、さりげなさを装って、視線をそらす。
 だが、そのせいで彼は後ろから歩み寄って来た相手に気づかなかった。ふいに首根っこを誰かにつかまれてふり返り、思わず声を上げる。
「ゲッ! デカ息子!」
「何がゲッ、だ。おまえ、こんな所で、こんなかっこうで、何やってるんだよ!」
「何って……」
虎助は、言葉に詰まった。彼の首根っこを捕えたのは、彼が今来ている服の本来の持ち主、桐谷家の「デカ息子」こと桐谷龍央だったのだ。こちらは、固そうな黒髪を、前髪以外は短くして、黒目がちの切れ長の目の、人目を引く容姿をしている。背は、虎助より少し高い。手には、袋に入った細長い棒のようなものを持っていた。おそらく、妖刀「泥眼」だ。
 その時、よく通る明るい女性の声が響いた。
「ゴーストネットの掲示板を見て、来てくれた人たちね?」
 三人の視線が、一斉にそちらへ向けられた。彼らの目の前にいたのは、体の線をくっきりと際立たせる真紅のスーツに身を包んだ、若い女性だった。20代半ばぐらいだろうか。書き込みにあった通り、赤いスカーフを首に巻き、バラのコサージュを胸元に飾っている。肩のあたりまでの髪は、栗色で、ゆるいウエーブがかかっていた。
「あら、三人だけなの?」
彼らを見やって、女性が尋ねる。
 女性の言葉に、虎助は少し驚いた。彼女の視線が、自分だけでなく、あの不審な黒コートの男と、龍央を捕えていたためだ。
「え……俺は……」
龍央が何か言いかけたが、虎助を見やって小さく溜息をついた。
「ええ、そうみたいです」
「そう。じゃあ、もう少し待ってみて、あと一人が来なかったら、移動しましょう。実験は、私の研究所で行うことになっているから。――ああ、ごめんなさい。私があの書き込みをした桐生彩子よ。これ、名刺ね」
うなずく彼に言って、手にしたセカンドバックから、彼女は名刺を取り出し、三人に配る。そこには、「超心理・呪術研究所 所長 桐生彩子(きりゅう・さいこ)」と書かれてあった。
 やがて、15分ほど待ったものの、四人目は現れなかった。
「しかたがないわね。三人でも不都合はないし……。じゃ、行きましょうか」
彩子は呟くと、彼らを促し、先に立って歩き出す。虎助たちもまた、その後に従った。

 彩子の研究所は、新宿のはずれにある、古いビルの3階にあった。
 研究所とは名ばかりで、小さな事務所といった風だ。それでも、一応従業員らしい者たちがいて、彩子と三人を迎えてくれた。
 彼らが通された部屋は、半分のスペースに向かい合うように四つ事務机が並び、残り半分のスペースに安っぽい応接セットが並んでいた。三人は、その応接セットに座るよう促された。車の中でも簡単に説明は受けていたが、そこで改めて実験についての説明が成される。
 まず、彼女は実験には何の危険もないことを再度強調した。手順は、一人ずつ奥の実験室に入り、そこでまず、脳波・脈拍などを計測するための電極をつける。後は、結晶化したい記憶を頭の中で鮮明にイメージするだけだ。
 記憶の結晶は30分程度で崩れてしまうという。その間、記憶の持ち主は、その記憶を思い出せなくなるが、結晶が崩れればすぐに元に戻るらしい。
「じゃあ、始めましょうか。まずは、無我司録さんといったかしら。あなたからお願いするわ」
説明を終えると、彩子は言って、黒コートの男を促した。名前は、車の中で一応、名乗り合っている。彼は黙って立ち上がり、彼女に従って奥の部屋へと入って行った。
 残った二人には、従業員だろうメガネの青年がアイスコーヒーを出してくれる。それを飲みながら、時おり、ぽつぽつとあまりはずまない雑談など交わすうちに、無我司録が終わったのか、奥から出て来た。ほとんど同時に、中から、彩子の虎助を呼ぶ声がする。虎助は立ち上がり、無我とすれ違うように、中に入って行った。

 奥の部屋は、あまり実験室という感じではなかった。
 床には巨大な魔法陣が描かれ、その中央に小さなテーブルと椅子が並べられており、テーブルの上には、ノートブック型のパソコンや、小さな測定器が置かれていた。
 彩子は、入って来た虎助に、椅子に座るよう促すと、さっそく測定器から伸びた電極を、額や手、胸元などにつけ始める。それが終わると、彼女は、虎助をふり返った。
「妖怪のデータを取る機会なんてめったにないから、楽しみよ」
「え? 俺、妖怪なんかじゃ……」
いきなり切り出されて、否定しかける虎助に、彼女はかぶりをふって笑う。
「嘘をついても駄目よ。私には、わかるんだから。心配しないで、別に、妖怪だからって他の実験材料に使おうなんて考えてないから」
言って彼女は、テーブルの上に置いてあった小さなビロード張りの箱から、ペリドットのようにも見える、薄緑色の石を取り出した。
「じゃ、これを持って、何か一つ、記憶を鮮明に頭の中で思い描いてちょうだい」
言って手渡され、ちょっとホッとして虎助はそれを握りしめた。そうしながら、記憶の結晶ってどんなものなんだろうと、ふと考える。すれ違う時に見た無我司録が手にしていたのは、ガーネットで造ったような、淀んだ赤い色のバラだった。
(ま、やってみりゃわかる、か)
 胸に呟き、小さく深呼吸して、彼は改めて石を握りしめ、結晶化するならこれ、と決めてあった記憶を、脳裏に思い描く。それは、吉原の妓楼で飼われていたころに、花魁の一人に、「ひすい」という禿名(かむろな)を与えられ、人形遊びに使われていた時のものだ。
 華やかな金襴や朱、黄、緑……さまざまな色とししゅうに飾られた打ち掛けや帯、金、銀、螺鈿の櫛にかんざし、粋に整えられた数々の調度品。それらに囲まれて、夜毎繰り広げられる、しかし、朝の光を浴びれば色褪せて行く、夢のような秘め事たち。そこでの日々は、彼の152年の生の中でも、最も綺麗なものの一つだった。綺麗で、華やかで、けれど、どこか哀しい、そんな記憶。
 彼がそうして記憶を脳裏に思い描いている間、彩子は彼にはなじみのない言語で、歌うような旋律をつけて、言葉を発していた。それが、記憶を結晶化させる呪文か何かなのだろうかと、ぼんやりと彼は思う。
 呪文は、どこか子守唄のようで、彼は美しい記憶にひたりながら、とろとろと眠くなり始めた。
(こんなとこで、寝たりするもんじゃないだろ!)
自分で自分に言い聞かせるが、どうにも眠気に勝てそうにない。本格的に、眠りに引き込まれて行きそうになった時、握りしめていた石が、動く感触があった。ハッと目を開け、手を開く。そして、思わず目を見張った。
 石の中から、ゆっくりと花の芽が出て来るかのように、一羽の鳥が頭をもたげ、やがて全身が姿を現した。それは、瑠璃色をした鳥――カワセミだった。まるで、瑠璃で造られた作り物のように見えたが、それはすぐに目を開き、翼を広げると、石の上から飛び立った。室内を、飛び回り始める。
「すげえ……!」
虎助は、感嘆の声を上げて、目でその動きを追った。
「なかなか綺麗ね」
彩子は、満足げな声を上げ、手にしたデジカメで、飛び回るカワセミの姿を何枚か撮影し、それから、また先程の耳慣れない言語で、歌うように短く呪文を唱えた。カワセミは、それに応じるかのように、一直線に、虎助めがけて飛んで来ると、再びその手の中の石の上に着地した。彩子は、その姿も何枚かデジカメに収める。
 それが済むと、彼女はデジカメをテーブルに置き、カワセミを両手で包み込むようにした。その面に、優しい表情が浮かぶ。
「綺麗な記憶ね。綺麗で、哀しい……とても貴重な記憶だわ」
夢見るような囁きに、虎助は、驚いて彼女を見やった。
「あんた、俺の記憶の内容がわかるのか?」
「ええ」
うなずいて、彼女は小さく笑う。
「でも、私の特殊能力じゃないわよ。結晶化した記憶は、見ようと思えば、誰でも中身を見ることができるの。たしかに、多少の感受性は必要だけどね。――ほら、こうして手をかざすか、触れてやればいいのよ」
言って彼女は、虎助の開いている方の手を取り、カワセミの頭に触れさせた。
 途端、先程彼自身が脳裏に思い描いたものが、鮮明に、まるで映画を見るように、しかし視覚からではなく直接脳の中に広がる。
「わっ!」
そのあまりの鮮明さに、彼は思わず声を上げ、手を引いた。
 その様子に、彩子が笑い出す。
「あなたの反応は、ダイレクトで面白いわね。身体データを解析するのが楽しみだわ」
言って彼女は、虎助の手からカワセミの乗った石を取り戻すと、また、歌うように呪文を唱えた。カワセミは、翼をはばたかせ、石の上から虎助の肩へと飛び移る。
 それを見やって、虎助は、小さく首をかしげた。どうしてだかわからないが、カワセミが、少しだけ軽くなったように感じるのだ。
「なあ、こいつ、なんか軽くなってないか?」
「さすがは妖怪ね。悪いけど、羽根一枚分の記憶をもらったわ。大丈夫よ、あなたの体にも記憶にも、なんの影響もないから」
肩をすくめ、苦笑して彩子は答えた。
「あ……もしかして、その石、普通の石じゃないんだな? 最初に手にした時、ちょっと変な感じがしたんだけど……」
思いついて問う虎助に、彼女はうなずいた。
「そうね。いってみれば、これも妖怪みたいなものかしら。この石の食料は、人間の記憶なの。前の持ち主の躾がいいから、記憶を直接人間から奪って食べることをしないのよ。記憶を結晶化させてやれば、その中から少しだけ、人間に影響を与えないように食事するの。もともとは、人間に寄生して相手が廃人になるまで食い尽くす性質らしいけどね。私は、定期的に餌を与えるなら、研究材料にしてもいいっていう条件つきで、これを譲り受けたのよ」
つまり、この実験は、餌の確保もあったのかと内心に思いながら、虎助は訊いた。
「その、前の持ち主ってのはどうしたんだ?」
「死んだわ。120歳近かったんだから、いい加減、寿命でしょうよ」
笑って答えると、彩子は彼を見返した。
「ところで、一つ提案があるんだけど。よかったら、あなた、この記憶の結晶を私に売ってくれないかしら。もちろん、今回のバイト料とは別に、お金を払うわ。こんな綺麗な記憶は貴重ですもの。手元に置いて、データを取ってみたいわ」
 突然の申し出に、虎助はとまどう。たしかに、彼自身もこれを綺麗だとは思うが、しかし……実験前の説明では、記憶が結晶化されている間は、その記憶を思い出せなくなると言っていた。ましてや、他人に売り渡してしまったりすれば、おそらく、その記憶は永久に失われてしまうのだろう。
 記憶は、人や妖怪にとっては、命の重さを構成する要素だと昔、虎助は聞いた覚えがある。肩に乗っているカワセミが、羽根一枚分の記憶を食われただけでも、軽くなったと感じたように、記憶が一つ消えれば、彼の命の重みも今よりは軽くなってしまうだろう。何より、彼はこの記憶が大事だった。
 顔を上げ、彼はきっぱりと言う。
「悪いけど、俺、やっぱ、この記憶が大事だから、やめとく」
「そう。残念だけど……しかたがないわね」
彩子は、本当に残念そうに小首をかしげた。だが、あっさりうなずくと、彼に歩み寄り、体につけた電極をはずす。
「なら、実験はこれで終わりよ。ご苦労様。それは、説明した通り、少ししたら、消えてしまうから、心配しないで」
「うん。……その、ごめん」
どうして自分が謝るのか、よくわからないままに、彼は謝罪の言葉を口にしていた。彩子が苦笑する。
「いやね。謝る必要はないわよ。人間以上に、妖怪にとっては、記憶が大事なんだってこと、私だってよく知っているから」
 その言葉に、少しホッとして、彼は立ち上がった。事務室で待っていてくれと言われて、彼は部屋を出て行った。

 虎助が、事務室と彩子が呼んだ部屋に戻ると、中から彼女が「桐谷龍央くん、入ってちょうだい」と呼ぶ声がした。龍央が、立ち上がり、虎助とすれ違うようにして、奥に入って行く。
 メガネの青年が二杯目のコーヒーを出してくれたので、それを飲みながら待つうちに、記憶が結晶化されたカワセミは消えた。
 やがて、全員が終わると、奥から出て来た彩子は彼らに礼を言った。
「今日は、本当にありがとう。おかげで、いろいろと面白い収穫があったわ。また、何かあったら、お願いするわね」
そして、事務机の上のパソコンに向かっていた女性従業員にバイト料を渡すように声をかける。
 女性が立ち上がり、三人それぞれに、茶封筒に入ったバイト料を手渡した。それを潮に、彼らは立ち上がる。その後、彼らをJR新宿駅まで車で送ってくれたのは、彩子ではなく、メガネの青年だった。
 駅前で車を降りて、無我と別れ、龍央と共に家路をたどりながら、虎助はふと思う。
(なんか、不思議な体験だったよな。記憶が、あんな風に結晶化されるなんて……。傍において眺めていたくなる気持ちって、わかるけど……でも、やっぱり俺は、自分の頭の中にある方がいいなあ……)
そんな彼をちらりと見やって、龍央が低く溜息をついているのにも、彼はまったく気づかず、封筒の中身が幾らぐらいあるのだろうと、即物的な方向へと考えを巡らせていた。

数日後。
ゴーストネットの掲示板に、桐生彩子の名前で、こんな書き込みがあった。
「実験に協力して下さった方々、どうもありがとう。おかげで、興味深いデータがいろいろと得られました。現在は、詳しい分析を行っているところです。本当に、ご協力感謝します」
 それを目にして、虎助は、小さく首をひねる。
(石に餌をやるのだけが目的じゃなかったんだな。でも……あんなにデータを取って、何に使うんだろう……)
人間のやることは、時々わからない、などと思いながら、彼は、ブラウザに表示された文字を読み返していた――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0441/無我司録/男性/50歳/自称探偵】
【0104/桐谷虎助/男性/152歳/桐谷さん家のペット】
【0857/桐谷龍央/男性/17歳/桐谷さん家のデカ息子】


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■         ライター通信          ■
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参加いただきまして、ありがとうございます。
記憶結晶化実験、いかがだったでしょうか。
少しでも、気に入っていただければ、幸いです。

桐谷虎助さま、はじめまして。
吉原の記憶ということで、できるだけ美しく描写するよう
気をつけてみたのですが、いかがだったでしょうか。
またの機会がありましたら、よろしくお願いします。