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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


記憶結晶化実験

------<オープニング>--------------------------------------

 「被験者、求む!」
ゴーストネットの掲示板に、ある日、そんなタイトルで書き込みがあった。
「記憶の結晶化実験を行うにつき、協力してくれる方を募集します。人体等に危険はありません。募集人員は、4人。応募して下さった方には、少額ですが、謝礼をさしあげます。応募してやろうという方は、あさって、午後1時、JR新宿駅、西口改札前に集合して下さい。当方は目印に、赤いスカーフと、バラのコサージュをして行く予定です。
 それでは、応募、お待ちしています。
 桐生彩子」
 雫は、それを見て、小さく首をかしげる。
「面白そうだけど、本当に、危険はないのかなあ。……誰か、応募する人、いるかしら」
小さく呟いて、それにレスをつけた。
『桐生さま、はじめまして。もしよろしければ、実験結果をこの掲示板で報告していただければ、うれしいです』
「これでよし、と」
雫はレスの送信を終えて、うなずく。どんな結果報告がもたらされるのか、楽しみだった。





 自室に入って桐谷龍央は、すぐに異変を感じた。まず、パソコンが勝手に立ち上がり、画面には、ゴーストネットの掲示板が開いたままだ。普段ベッドに寝ている飼い猫の虎助の姿はなく、そして、気に入っている服も一着足りない。
(まさか……)
いやな予感がして、彼は開いたままの画面を見やり、そこに桐生彩子の書き込みを見つけた。
(これって、今日じゃないか……!)
書き込みの日付が二日前のものだと気づき、彼は、慌てて妖刀「泥眼」を手に、新宿へと向かった。
 掲示板で指定されていたJR新宿駅、西口改札前に行ってみると、見知った後ろ姿は、すぐに見つかった。
 龍央は、自分の家の飼い猫である虎助が、実は人間の姿にもなれる妖怪猫又であることも、こうして時々、金髪と緑の目の少年の姿になって、自分の衣類を勝手に着て外をうろうろしていることにも気づいている。だが、現実主義な彼は、その事実に目をつぶっているのだ。なにしろ、彼自身は、自分が平凡な、どこにでもいるような高校生だと固く信じているのだから。
 もちろん、その認識になんら間違いはない。父はサラリーマン、母はごく普通の主婦で、特筆すべきことといえば、家族全員が猫好きなことぐらいだろう。
 彼自身にしろ、背が高くて、黒目がちの切れ長の目の、人目を引く容姿をしているといいう以外は、実際、普通の高校二年生だった。
 ただ、ちょっと変わっている部分もある。たとえば、彼が今手にしている「泥眼」は、桐谷家に代々伝わる妖刀で、彼は、これの使い手だ。彼に危害を加えようとする者があれば、妖刀は、勝手に炎を吹き上げる。
 だが、虎助のことと同じく、彼はそれにも目をつぶっていた。
 彼は、見つけた虎助の後ろに大股に歩み寄り、その首根っこをつかまえた。ぎょっとしたように、虎助がふり返る。
「ゲッ! デカ息子!」
「何がゲッ、だ。おまえ、こんな所で、こんなかっこうで、何やってるんだよ!」
硬直したまま、自分の仇名を呼ぶ虎助に、彼は思わず怒鳴った。
「何って……」
虎助が言葉に詰まる。
 その時、よく通る明るい女性の声が響いた。
「ゴーストネットの掲示板を見て、来てくれた人たちね?」
 二人の視線が、一斉にそちらへ向けられた。彼らの目の前にいたのは、体の線をくっきりと際立たせる真紅のスーツに身を包んだ、若い女性だった。20代半ばぐらいだろうか。書き込みにあった通り、赤いスカーフを首に巻き、バラのコサージュを胸元に飾っている。肩のあたりまでの髪は、栗色で、ゆるいウエーブがかかっていた。
「あら、三人だけなの?」
彼らを見やって、女性が尋ねる。
 女性の言葉に、龍央は少し驚いた。彼女の視線が、虎助だけでなく、少し離れた所に立つ不審な黒ずくめの男と、自分を捕えていたためだ。
「え……俺は……」
龍央は何か言いかけたが、虎助を見やって小さく溜息をついた。相手が現れてしまった以上、帰ろうと言っても、虎助はいうことを聞かないだろう。仕方なく彼は、いつも通り、「これは夢だ」と自分に言い聞かせ、つきあうしかないとあきらめる。
「ええ、そうみたいです」
「そう。じゃあ、もう少し待ってみて、あと一人が来なかったら、移動しましょう。実験は、私の研究所で行うことになっているから。――ああ、ごめんなさい。私があの書き込みをした桐生彩子よ。これ、名刺ね」
うなずく彼に言って、手にしたセカンドバックから、彼女は名刺を取り出し、三人に配る。そこには、「超心理・呪術研究所 所長 桐生彩子(きりゅう・さいこ)」と書かれてあった。
 やがて、15分ほど待ったものの、四人目は現れなかった。
「しかたがないわね。三人でも不都合はないし……。じゃ、行きましょうか」
彩子は呟くと、彼らを促し、先に立って歩き出す。龍央たちもまた、その後に従った。

 彩子の研究所は、新宿のはずれにある、古いビルの3階にあった。
 研究所とは名ばかりで、小さな事務所といった風だ。それでも、一応従業員らしい者たちがいて、彩子と三人を迎えてくれた。
 彼らが通された部屋は、半分のスペースに向かい合うように四つ事務机が並び、残り半分のスペースに安っぽい応接セットが並んでいた。三人は、その応接セットに座るよう促された。車の中でも簡単に説明は受けていたが、そこで改めて実験についての説明が成される。
 まず、彼女は実験には何の危険もないことを再度強調した。手順は、一人ずつ奥の実験室に入り、そこでまず、脳波・脈拍などを計測するための電極をつける。後は、結晶化したい記憶を頭の中で鮮明にイメージするだけだ。
 記憶の結晶は30分程度で崩れてしまうという。その間、記憶の持ち主は、その記憶を思い出せなくなるが、結晶が崩れればすぐに元に戻るらしい。
「じゃあ、始めましょうか。まずは、無我司録さんといったかしら。あなたからお願いするわ」
説明を終えると、彩子は言って、黒ずくめの男を促した。名前は、車の中で一応、名乗り合っている。彼は黙って立ち上がり、彼女に従って奥の部屋へと入って行った。
 残った二人には、従業員だろうメガネの青年がアイスコーヒーを出してくれる。それを飲みながら、時おり、ぽつぽつとあまりはずまない雑談など交わすうちに、無我司録が終わったのか、奥から出て来た。ほとんど同時に、中から、彩子の虎助を呼ぶ声がする。虎助は立ち上がり、無我とすれ違うように、中に入って行った。
 それを見送り、龍央は、虎助と入れ違いに、ソファに腰を降ろした無我を見やった。手に、ガーネットで造ったような、淀んだ赤い色のバラを持っている。
「それ……あなたの記憶を結晶させたものですか?」
興味を覚えて訊いてみた。
「ええ、まあ……」
無我は、曖昧にうなずいた。
「記憶の結晶って、そういう風に、花になるんですか?」
「いろいろみたいですよ。私のは、たまたま、こういう形と色だったんでしょうねえ……」
再度尋ねると、無我は言って、何がおかしいのか、嗚咽するような奇妙な声で笑った。龍央は、軽く眉をしかめて、黙り込む。
 さして話すこともなく、ぬるくなったコーヒーを飲んで沈黙に耐えていると、やっと虎助が出て来て、彼の名前が呼ばれた。立ち上がり、奥へと入って行く。すれ違いざま、ちらと見やると、虎助の肩には、瑠璃色の、きれいな鳥が止まっていた。
(あの男のとは、全然違う……)
その、鮮やかな色を目に焼き付けて、彼は、後ろ手に扉を閉めた。

 奥の部屋は、あまり実験室という感じではなかった。
 床には巨大な魔法陣が描かれ、その中央に小さなテーブルと椅子が並べられており、テーブルの上には、ノートブック型のパソコンや、小さな測定器が置かれていた。
 彩子は、入って来た龍央に、椅子に座るよう促すと、さっそく測定器から伸びた電極を、額や手、胸元などにつけ始める。それが終わると、彼女は、龍央をふり返った。
「今日はなかなか、面白い個体ばかりが集まったようね。あなたも、ただの人間かと思ったけど、違うのね。竜かしら? はっきりとはわからないけど、なんだか水っぽい匂いがするわ」
「変なこと言わないで下さい。俺は、普通の人間で、ただの高校生です。両親も、普通の人間ですよ」
いきなり言われて、彼はムッと顔をしかめながら返す。
「ふうん。……まあいいわ」
が、彼女は龍央の抗議を軽く受け流し、テーブルの上の小さなビロード張りの箱を開いた。中からペリドットを思わせる薄緑色の石を取り出し、彼に手渡した。
「じゃ、これを持って、結晶化させたい記憶を、できるだけ鮮明に思い出してちょうだい」
 言われて彼は、仏頂面のまま、渡された石を握りしめた。だが、彼女の言葉に刺激されて、当初候補に上げていた記憶は、別の記憶に押し流され、どうにもうまく形を成してくれなかった。そのかわりに、彼の脳裏に鮮明に描き出されたのは、彼自身が記憶の彼方に封じ込め、けして思い出したくない記憶だった。
 見慣れた――生まれた時から目に馴染んだ母の、たおやかな女性らしい丸みを帯びた体が、男性の、しなやかではあるが、固くごつごつとした肉体に変じて行き、それが更に、細かな青みを帯びた鱗におおわれ、黒い目が、金色に輝き始める。額が盛り上がり、青みを帯びた、水晶のような角が現れ、黒かった髪が、青く染まり、たてがみと化す。
 呆然と目を見張る幼い龍央の前で、母は変貌を遂げ、竜神――それも男神へと姿を変えた。
 前後の記憶はない。なぜ、母が、いきなりその姿に変貌したのか、どうして自分がそれを見てしまったのか、今となっては、何も覚えていない。ただ、その時に知ったのは、自分の母親が、こともあろうに、男性の異形の神だったという事実だけだった。
 当然ながら、彼は自分の記憶に蓋をした。だが、本当に忘れてしまったわけではないために、時にこうして、顔を出す。
 龍央は、必死に別のことを考えようとしたが、無駄だった。
 彼が、自分の記憶と格闘している間に、彩子は、彼には馴染みのない言語で、歌うような旋律をつけて、呪文らしきものを口にし始めていた。
 それに応じて、彼の手の中で、石が動いたような気がした。彼は、ぎょっとして手を開く。石の中から、淡い青の仮面が、せり上がって来るところだった。仮面は、よく見ると表面に鱗のような文様がびっしりと彫り込まれており、そのせいで、見る角度によって微妙に色の感じが違う。どんな仮面でもそうであるように、男女の別も、表情も、色と同じく、見る角度によって、まったく違うように見えた。
 龍央は、それを見やって、なんとなく呆然と呟く。
「これが、俺の記憶……?」
「そうよ」
うなずきつつ、彩子は、デジカメで、何枚かその仮面を写すと、テーブルにそれを置き、両手で、そっと仮面を包み込むようにした。その目が小さく見張られ、やがて、口元が満足げにゆがむ。
「あなた、随分と面白い生まれなのね。水っぽい匂いがしたのは、半分は人間の血が入っていて、しかも、竜神の方も性別を変えて生んでいるからだったのね。惜しいわね。父親が竜神で、母親が、巫女とかなら、もっと血が濃くなったでしょうに」
 何やら楽しげな彼女の言葉も、龍央には、驚くよりも不快なだけだ。
「何、妙なこと言ってるんだよ。俺は、ただの人間だって言ってるだろう?」
ついつい、いつもの口調に戻って声を荒げる。
「あら、あなた、この記憶を認めたくないの? もったいないわね」
笑って言うと、彩子は石の上から仮面を取り上げた。
「なんなら、これを私に売ってくれる? もちろん、今日のバイト料とは別にお金は払うわよ。こんな記憶は、めったに手に入らないもの」
 言われて、龍央は、考え込んだ。たしかに忘れたい記憶ではある。だが、結晶化させると記憶は自分の中から消えてしまうという。それはそれで、後々、なんらかの不都合が起きそうな気もしなくはない。それに、人間にとって、記憶は命の重さを構成するものだという話を、どこかで聞いたような気もする。
「悪いけど……それはできない」
顔を上げ、龍央は言った。
「そう。なら、しかたないわね」
彩子はあっさりと言って、仮面を彼にさしだした。
 それを受け取り、龍央は、小さく首をかしげる。仮面を手に取るのは初めてなのに、なぜか軽くなったように感じる。彼がそう言うと、彩子は笑った。
「あら、やっぱりわかるのね。悪いけど、鱗一枚分の記憶をもらったわ。大丈夫よ、あなたの体にも記憶にも、なんの影響もないから」
「もしかして、その石は、普通の石じゃないのか?」
手にした時の、奇妙な感じを思い出して、龍央は問う。
「ええ。言ってみれば、妖怪みたいなものね。この石の食料は、人間の記憶なの。前の持ち主の躾がいいから、記憶を直接人間から奪って食べることをしないのよ。記憶を結晶化させてやれば、その中から少しだけ、人間に影響を与えないように食事するの。もともとは、人間に寄生して相手が廃人になるまで食い尽くす性質らしいけどね。私は、定期的に餌を与えるなら、研究材料にしてもいいっていう条件つきで、これを譲り受けたのよ」
うなずいて、彩子は言った。
つまり、この実験は、餌の確保もあったのかと内心に思いながら、龍央は訊いた。
「その、前の持ち主ってのはどうしたんだ?」
「死んだわ。120歳近かったんだから、いい加減、寿命でしょうよ」
答えて、彼女は石を元の箱に戻し、龍央の体につけた電極をはずし始めた。
「ご苦労様。面白いものを見せてもらって、楽しかったわ。事務室の方で待っていてちょうだい」
全てはずし終わると、そう言って彼女は、ドアの方を示す。
 龍央は、立ち上がって促されるまま、ドアへと向かった。

 龍央が、彩子が事務室と呼んだ部屋に戻り、ソファに腰を降ろすと、虎助が、興味深々と言いたげに、彼の手の中の仮面を覗き込んで来た。
「へえ、こんなのになったんだ。おもしれー。デカ息子、いったいどんな記憶を結晶化してもらったんだ?」
しげしげと眺めつつ、問われたが、龍央は答えなかった。そういう虎助の鳥は、すでに消えたのかいない。無我のバラも同じくだった。
 そこへ、メガネの青年が二杯目のコーヒーを運んで来てくれたので、それを飲んで待つうちに、仮面は消えた。
 やがて、彩子が奥の部屋から出て来た。
「今日は、本当にありがとう。おかげで、いろいろと面白い収穫があったわ。また、何かあったら、お願いするわね」
そして、事務机の上のパソコンに向かっていた女性従業員にバイト料を渡すように声をかける。
 女性が立ち上がり、三人それぞれに、茶封筒に入ったバイト料を手渡した。それを潮に、彼らは立ち上がる。その後、彼らをJR新宿駅まで車で送ってくれたのは、彩子ではなく、メガネの青年だった。
 駅前で車を降りて、無我と別れ、虎助と共に家路をたどりながら、龍央はふと思う。
(やっぱり、売っちまえばよかったかな。あんな記憶。……でも……そういうわけにも行かないよな。それに……)
彼は、ちらりと隣を歩く虎助を見やって、低い溜息をついた。
(一つぐらい、いやな記憶がなくなったって、こいつがいる限り、わけのわからない、忘れたい記憶は増えて行くんだ……)
胸に呟き、せめて、臨時の金が手に入ったことだけでも、良しとしようと彼は考えた。

数日後。
ゴーストネットの掲示板に、桐生彩子の名前で、こんな書き込みがあった。
「実験に協力して下さった方々、どうもありがとう。おかげで、興味深いデータがいろいろと得られました。現在は、詳しい分析を行っているところです。本当に、ご協力感謝します」
 それを目にして、龍央は、苦笑した。
(詳しい分析か。いったい、どんなデータが取れたのやら。……だいたい、あの人、あの実験で得たデータを、何に使うつもりなんだろうな)
小さく首を捻り、まあいいかと、彼はブラウザを閉じる。なんにしろ、もうあんな記憶を思い出すのはこりごりだと、小さく胸に呟きながら――。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0441/無我司録/男性/50歳/自称探偵】
【0104/桐谷虎助/男性/152歳/桐谷さん家のペット】
【0857/桐谷龍央/男性/17歳/桐谷さん家のデカ息子】

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■         ライター通信          ■
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参加いただきまして、ありがとうございます。
記憶結晶化実験、いかがだったでしょうか。
少しでも、気に入っていただければ、幸いです。

桐谷龍央さま、はじめまして。
母親にまつわる方の記憶を使わせていただきましたが、
いかがだったでしょうか。
またの機会がありましたら、よろしくお願いします。