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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


真夜中の遊園地〜観覧車の女神〜

■オープニング
 雫は学校から帰宅すると、自分の部屋の机に向かい、いつものようにパソコンをたちあげてメールチェックの作業をする。
「あれ…ゆきくんから届いてる」
 届いた数通のメールのうちの一つに雫は気づいて、メールを開く。
 ゆきくんとは先日知り合ったばかり。倒産した山中遊園地を買い取った会社の社長の息子さんだ。
 その山中遊園地はとても『出る』場所らしく、いろいろとあるらしい。
『拝啓 雫ちゃんへ
 先日は素敵なお友達を紹介してくれてありがとう。おかげでメリーゴーランドはあれ以来、とっても静かになってくれたよ。 
 おかげでお盆明けから改装工事も進んでる。パパもとても感謝していました。
 それでね、またお願いなんだけど…今度は観覧車の方を見てもらえたらなって思ったんだ。
 山中遊園地には大きな観覧車があって、その中にひとつだけ赤いゴンドラがあるの。
 それでねその赤いゴンドラには二つの噂があるんだ。一つは、日が暮れてからそのゴンドラに二人で乗り、頂上で「約束の誓い」をするとそれがかなうっていうもの。それともう一つは、そのゴンドラに乗ると長い髪の女がゴンドラの外に張り付くっていう悪い噂なんだ。
 最初はよい方の噂しかなかったんだけど、そのうち悪い方の噂の方が有名になったというか、実際ゴンドラから降りてきた人が泣きじゃくっていたり、気絶してる人が続出したらしくて、ここ一年くらいは使用禁止になってるんだ。
 でも、リニューアルの後はいつまでも「開かずのゴンドラ」にしておきたくないし…。
 もしよかったらまた誰かに来てもらえると嬉しいんだけど…』

「ふーむ」
 雫はメールを見て唸った。
 そして返信を打つ。
『ゆきくんへ:
 雫だよ☆ わかった。今日ゴーストネットに行ったら、みんなに声をかけてみるね』


■8月28日 20時45分

「すっかり涼しくなったわね」
 シュライン・エマは駐車場に車を止め、Tシャツの上にもう一枚カーディガンを着けてから、車を降りた。
 秋めいたひんやりした風が体を撫でるように触れていく。
 車のドアを閉め、シュラインは闇に沈む遊園地を見上げる。
「噂に聞いてたけど…ここね」
 彼女のすぐれた聴力に様々な雑音が届く。その大半は遊園地の隣の敷地にある動物園から発せられるものだったが、遊園地の中からもかすかに人の足音のようなものが聞こえていた。
 それは子供の足音のように軽やかに。そして時々笑い声のようなものもそれに混じるのだった。
 シュラインの視線は駐車場からもはっきり見える観覧車の方角に向けられていた。
 闇の中で色は見分けづらいが、一つだけしかない赤いゴンドラには気づくことができた。
 外から見て、特に何も異常は見受けられない。
「行ってみるしかないわね」 
 シュラインはゆっくりと歩き出す。その時、もう一台、駐車場に入ってくる車のヘッドライトが一瞬彼女を照らした。
 振り返るとそれは見た覚えのある一台の車。
 車はシュラインの近くに止まると、窓を開けて、金髪に髪を染めた片耳ピアスの青年が顔を出した。
「よぉ」
「…あら」
「また会ったな」
 関係を言い表すなら腐れ縁。車にいたのは、シュラインにとってそんな間柄の、真名神・慶悟(まながみ・けいご)という陰陽師の青年だった。

■8月28日 21時05分

「ごめんなさい!お待たせしちゃって」
 シュラインと慶悟が遊園地の入り口で、雑談を交わしながら立っていると、里中雪斗少年は執事の黒サングラス青年を引き連れて駆け寄ってきた。
「こんばんわだな」
 慶悟が言うと、雪斗は「はい、こんばんわ」と元気よく答えた。
「先日はありがとうございました。おかげでメリーゴーランドが動くことはもうなくなりました」
「そいつはよかった」
 慶悟は優しく頷く。雪斗はにっこり笑って、執事に遊園地の入り口を開くように命じた。

■8月28日 21時12分

 ゆっくりと観覧車のゴンドラが回り始める。
 遊園地が休業を発表してから、もう半年が過ぎる。その間沈黙を守ってきた観覧車は、金属がこすれるような高い音を出したがしばらくすると順調に回転を始めた。
 上空にあった赤いゴンドラが近づいてくると、機械を操っていた執事は回転を止めて、ポケットの鍵を探りながら観覧車に近づいた。
 赤いゴンドラには太い鎖が二重三重にかけられていて、大きな南京錠で止められている。
「ずいぶん頑丈にしてあるのね」
 シュラインが率直に感想をもらすと、雪斗が頷いた。
「どんなに混んでいても乗せちゃいけないってことみたい」
「そう…」
 執事が南京錠を解き、鎖をほどく。長い間、人の入ることのなかった赤いゴンドラの入り口が開いた。
「行きましょうか?」
 慶悟を振り返って、シュラインが微笑む。慶悟は無論頷いて後に続いた。
「気をつけてね」
 雪斗がドアを閉めながら二人に言った。任せとけ、というように慶悟が指で合図する。
 ガタン。
 大きな金属音が響いて、観覧車は闇夜の中をゆっくりと上昇し始める。

「それにしても変な遊園地ね」
 シュラインは窓の外の遠く離れた夜景を見ながら苦笑するように言った。
「いろいろ調べてみたのだけど、遊園地の近辺は事故多発地帯だらけだわ。おまけにこの土地も昔の古戦場の跡ときてる。幽霊がいない方がおかしいくらいのとこだわ」
「そうだな…だが、遊園地の中にいるのは子供ばかりだ」
 慶悟は足元の遊園地の外灯を見下ろしながら答えた。
 遊園地で見かける影や、足音のような物音は、子供の霊の仕業だろう。
 害はほとんどない。放っておいても構わない程度のものだ。
「この観覧車の事故についても調べたのだけど、事故らしい事故は無いみたいね」
 シュラインは言って、慶悟の背後の窓に何かがよぎったのに気づいた。
「あら」
「ん?」
「気のせい…かしら」
 もうそこには何も見えない。
「男女の乗っているゴンドラだから、出る確率は高いと思うんだがな」
 慶悟は苦笑して、自分の背後を振り返る。やはり、何も見えない。
「偽者のカップルだから、わかるのかしら」
 シュラインも苦笑してみせると、慶悟は「そうだな」と軽く頷いた。
 その時。
 慶悟とシュラインは同時に彼らが乗り込んだゴンドラの入り口のある窓に、ぴたりと女性の手の平が張り付いているのに気が付いた。
「…!」
 一瞬、視線を見合わせたあと、二人は立ち上がろうとする。すると、ぐらり、とゴンドラが大きく揺れた。二人は慌てて腰掛ける。
「…息が合わないな」
 慶悟は笑って座ったまま背筋を伸ばしてドアを見た。シュラインも仕方なくそう真似をする。
 …ぺたり。
 手の平がもう一つ同じ窓の上のほうに張り付く。
 先についていた手の平が移動して、もう少し上にさらに張り付いた。
 登ってこようとしているらしい。その腕の下には乱れた長い髪が見える。
 慶悟はすばやく印を組み、小声で呪を唱える。
「青龍・勾陳・六合・朱雀・騰蛇・貴人・天后・大陰・玄武・大裳・白虎・天空…十二神将…急々如律令」
 その一瞬空気が避け、そこからはじけ飛び出てきたかのように12人の傘をかぶった式神たちがゴンドラ内に出現した。
 慶悟は印を組んだまま、次の命令を式神に告げる。式神たちは長い髪の女とは反対方向の壁を抜けて外に飛びだす。
 式神が慶悟に伝えた外の光景は、赤いゴンドラに白い着物をまとった女がよじのぼろうとしている姿であった。
 やがて女はゴンドラの窓に張り付き、青白い顔で睨むように慶悟とシュラインをじっと見つめた。
「…捕らえるぞ」
 慶悟はシュラインに告げる。捕縛の呪を唱えようと指を組んでその時。
「待って」
 シュラインは慶悟を制した。
「この人って張り付くだけで何もしないのよね。ちょっと話しかけてみたいのだけど」
 そう言うと、シュラインは窓を向き、のぞき込んでいる女に向かって話しかけた。
「あなた…どうして覗いてるの?」
「おい」
 慶悟はさすがに面食らったが、シュラインのそれは冗談で言ってるわけではなさそうだった。
 そして、驚いたことに、その女は返事を返してきたのだった。
『貴方達こそ何をしているの?』
 睨みつけるように恨めしそうに見えていた視線が、一瞬まばたきをぱちりとする。
「この観覧車に女の人の幽霊が出るって聞いて、それを調べにきたのよ」
 シュラインは彼女に答えた。
『誰のこと? そんな人知らないわ』
「ともかく中に入って話をしないか? そんな格好で話されても辛いだろう」
 慶悟が頭に手をやりながら困ったように彼女に言った。女は少し考えていたようだったが、『わかったわ』と呟くように言って、ふっとゴンドラの床の上に正座をして現れた。

 長いざんばら髪に死装束のような白い着物。青白い表情。
 それはまさしく怪談に出てくる幽霊のような姿であった。
「まあ、そんなところに腰掛けずにね」
 シュラインは慶悟の席の隣に自分が移り、開けた席に彼女を促した。女は言われるままにそこに腰掛けて、ため息をつく。
『…あなたたち、カップルじゃないのね』
 ひどく残念そうに言われて、慶悟とシュラインはまた視線を合わせてしまう。
「カップルのほうがよかったのか?」
『当たり前よ。私はこの観覧車に住む女神なのよ? カップルでなければ何の楽しみもないじゃない』
「女神…? 楽しみって?」
『本当はこの近くに縁結びの神として奉られたいくらいなんだけど。誰も作ってくれずにこの観覧車が出来てしまったから、仕方なくここに住んでいるのよ』
 彼女の唐突な話に二人はしばらくの考える時間を必要とさせられた。
 話をまとめるとこうだった。

 彼女は流れ「神」だった。
 特に「男女の縁」にゆかりのある神で、自分を奉ってもらえる場所を探して放浪していた。
 あるとき、この山中遊園地に辿りつき、ここがとても気に入ってしまって、観覧車に住み着いてしまったのだという。
 そしてこの赤いゴンドラに乗った男女が約束を交わすのをいつも期待して待っていた。
 だがそのうちいつ約束を交わすのだろうと、待ちきれなくなり、窓からこっそり覗いて、今か今かと待ち受けていたのだ。

「…」
 慶悟もシュラインも思わず(呆れて)絶句してしまった。
『そのうち、なんだかきゃーきゃー言うばかりになっちゃって、誰もお願い事してくれないのよね。私すっかり自信がなくなっちゃって…今度こそはって思ったんだけど、あなたたちカップルじゃないのよね…』
「あのなぁ」
 慶悟は軽い頭痛を覚えて、額に指をつく。
 それに慶悟やシュラインから見て、彼女が神のようにはけして見えなかった。
 きっと自分を神と思っている古い霊なのだろう。
 それにしても、悪意や計算を、彼女から感じないのが不思議だ。あまりにもさっぱりしすぎている。
『お願い。一つ約束とかしてみない? カップルでなくてもいいじゃない。私かなえてあげるから』
「困るわ」
 シュラインが言う。
 彼女には他に好きな人がいるから当然である。慶悟もそれはよく知っている。
『なんでもいいわよ』
「そんなこと言われてもっ」
 本気で困惑し始めているシュラインの横顔は、何故かとても可愛く見えた。慶悟は助け船を出すようにシュラインに言う。
「ここは一つ、世界平和でも願ってみようか」
「…もう…」
『約束の誓いは小指と小指をからませてね。そろそろ頂上が近づくわ』
 もう通り過ぎたくらいの時間が経っているような感じがしていたが、彼女に言われて外を見ると、そこは確かに観覧車のてっぺんだった。頂上を示すポールが目前に迫っている。
『さあ、今よ』
 女の合図で二人は小指をからませ「げんまん」をする。
「この世界がずっと平和でみんなが幸せでいられますように」

『素敵な願いね〜。ちょっと荷が重いけど頑張って見なくちゃね』
 ふと気づくと、そんな声を残して、ゴンドラから彼女は姿を消していた。

 宙に浮かんでゴンドラを見守る式神たちも、彼女の姿を探し出すことはできなかった。
 そして、重大なミスに二人が気づくのはその数秒、後のことだった。
「困ったわね、ゴンドラ覗くのはやめなさいって言えばよかった」
「全くだな」
 慶悟は苦笑する。
 下降し始める観覧車。何故かその後半は、とてもあっという間のことに思えた。
 彼女は時ですら動かすことが出来るのだろうか。…いや、まさか。

■エピローグ

「縁結びの神様ですか?」
 首をかしげる雪斗に二人は苦笑しつつ説明する。
 もう一度乗り込めばまた会えるかもしれないのだが、シュラインはきっと嫌だと言いそうだ。他に後発隊も来るはずだし、今回は彼らに任せてしまおう。
 慶悟はそう思った。
「神様には見えなかったけどね」
 シュラインが雪斗に答える。
「でも、悪い霊じゃなさそうね。ただ、とても悪い癖があるだけで」
「それにもしかすると、しばらく出なくなるかもしれない」
 慶悟は笑いつつシュラインに続けた。
「どうしてですか?」
 大きな瞳で慶悟を見上げる雪斗に、彼は頷いた。
「世界平和を達成するために頑張ってくるって言ってたからな」

 不思議そうな顔をする雪斗と、「そうね」と苦笑するシュラインを見やり、慶悟は軽く微笑んで、ポケットから取り出した煙草に火をつけた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 シュライン・エマ 女性 26 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0385 真名神・慶悟 男性 20 陰陽師 
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■            ライター通信                 ■
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 いつもお世話になっております。鈴猫と申します。
 シュライン・エマ様2回目の参加、真名神慶悟様6度目の参加、誠にありがとうございます。
 相関図の方を拝見させていただきまして、お二人の関係が「腐れ縁」とあるのを見て、大人っぽいおふたりにご一緒にゴンドラに乗り込んでいただくことにしてしまいました。
 大人っぽい素敵な雰囲気が出せたかな、とちょっとどきどきしながら書かせていただきました。
 慶悟さんはとてもカッコいい方だけど、年齢的にはシュラインさんの方が6つもお姉さんですし、姉弟のような関係になるのかな、などと想像しつつ。

 今回の依頼の最大のヒントは、ちなみにタイトルに隠されておりました。
 タイトルって、いちばん気づき難い、ヒントの隠し場所らしいですね。ちょっと反省です。
 
 また他の依頼で再会できますことを心より祈って。
 ご参加本当にありがとうございました。