コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシナリオノベル(シングル)>


謎のメモ(必ず戻る)
●草間が消えた日
 草間が姿を消した。真夜中に、月刊アトラス編集長・碇麗香の電話で呼び出され……それっきり帰ってこない。
 仕事の都合上、帰ってこないということは過去何度かあった。だがその場合でも、連絡1本よこさないということは本当に希で、最近ではあの時以来のことかもしれなかった。『帰昔線』騒動以来の――。

●探してました
「……本当にどこへ行っちゃったのかしら」
 草間が姿を消して数日が経過したある日、草間興信所へと向かう女性の姿があった。草間興信所バイトのシュライン・エマである。その足取りはやや重いように見える。それもそのはず、この数日シュラインは、心当たりの場所を探し回っていたのだから。
 そのどこにも草間の姿はない。そればかりか、月刊アトラス編集部では麗香も姿を消していたのだ。編集部員の三下と共に。草間を電話で呼び出した当人も失踪……何らかの関連性があろうことは、容易に想像がついた。しかし、その原因が分からない。
(近頃妙な事件には関わってなかったはずだけど)
 シュラインの知る限り、ここしばらくでは身に危険が及ぶような事件はなかったはずだ。麗香たちも関わるような事件となると、なおさら範囲は狭まってくる。
 そんなことを考えているうちに、シュラインは主不在の事務所へと着いてしまった。扉のノブに手をかけ、ゆっくりと回してみる。しかし鍵がかかっていた。
「まだ帰ってないのね」
 そうつぶやき、シュラインがバッグから鍵を取り出そうとした。草間の妹(ということになっている)零も、毎日草間を探しに出歩いているのだ。
 シュラインが取り出した鍵を、鍵穴に入れようとしたその時だ。扉の下の方に、何やら紙切れが挟まっていることに気が付いた。
(チラシ?)
 身を屈め、何気なく紙切れを抜き取るシュライン。そのまま紙切れに目をやると、一瞬にして表情が強張った。
「これっ……!」
 チラシかと思われた紙切れには、文字が書かれていた。シュラインにはよく見覚えのある筆跡――草間による物で、内容は次の通りだった。
『このメモを最初に読んだ者へ 途中になっている仕事を片付けておいてくれ。心配するな、必ず戻る。 草間』
「必ず戻る、か……」
 メモを読み返すシュライン。
「帰昔線でも帰るつもりが、結局あれなんだから信用ならない言葉だけど」
 シュラインはメモを見つめたまま苦笑した。しかしこれで1つ分かったことがある。こうしてメモを置いてゆけたのだから、草間は拘束されている訳ではないということだ。それが分かっただけでも、安堵出来るというものだ。
 ただこれだけでは麗香たちも一緒なのかどうか判断出来ない。無事であればいいのだがと、今のシュラインには願うことしか出来なかった。
「でも……途中の仕事ねえ」
 メモの内容へと考えを移すシュライン。途中になっている仕事の心当たりはない。もしかすると、シュラインの知らない所で草間が仕事を受けていたのだろうか。
「あ……シュラインさん」
 そこにちょうど零が帰ってきた。草間が居ない現在は、零が事務所を守っていた。もっとも正確には、『零と草間の仲間たちが』と言うべきなのだろうけれど。
(零ちゃんに聞けば分かるかも)
 シュラインは鍵を開けながら、そんなことを思っていた。

●探します
 零が棚に納められたファイルの中から、おもむろに1冊取り出して戻ってきた。事務所の中に入り、シュラインがメモに書かれてあった『途中になっている仕事』に尋ねた直後のことだ。
「これです。草間さんが居なくなる前の日に、受けたお仕事のファイルは」
 すっとファイルを差し出す零。シュラインはすぐに中を開いた。
「前日か。私がここに顔を出さなかった日ね」
 顔を出していない時に受けた仕事であるなら、シュラインが知らないのも無理なかった。書類には草間の文字で依頼内容が記され、クリップで写真が1枚留められていた。短髪黒髪で気の強そうな少女の写真だ。年齢を見るとまだ17歳だった。
「家出人捜索?」
 ファイルから顔を上げてシュラインが尋ねると、零が小さく頷いた。
「ご両親と進路のことで喧嘩して家を飛び出したそうです」
 笑みを浮かべたまま説明する零。シュラインが指折り数える。仕事を受けたのが草間が姿を消す前日だから、すでに1週間は経過しているはず。少女が家出をしてから依頼を出すまでに時間が経っていれば、その分の日数も上乗せされることになる。
「痛いわね」
 シュラインがぼそっとつぶやいた。家出してすぐに探すのであれば足取りもつかみやすいが、時間が経つにつれてそれは難しくなってゆく。ゆえに今回の場合だと、一筋縄ではいかないだろうと思われた。しかし――。
「あら?」
 書類の下の方、走り書きでやや読みにくいのだが、何やら書かれていた。目を細め読んでみるシュライン。
「んっと……渋谷で目撃情報あり……?」
 仕事を受けたその日に草間が調べたのか、書類にはそのような情報が書かれていた。これはありがたいことである。少なくとも、どこから手をつけるべきか示されたのだから。
「とりあえず、渋谷に行くしかないわね」
 見付からなければ、その時はその時だ。シュラインは書類からピッと少女、高輪泉の写真を外した。

●探してます
 夜の渋谷は昼間と遜色ない、いや昼間以上の人の多さだった。若者だけでなく、仕事帰りのサラリーマンも流れてきていると思われる。
 渋谷駅前のスクランブル交差点は、信号が青になると一斉に人々が動き出す。その様を上空から見たならば、無数の点が蠢いているように見えることだろう。
 そんな渋谷のセンター街、そこから少し東にずれた通りにある交番の前のゲームセンター。シュラインは泉の写真を手に、そのゲームセンターを訪れていた。
「この娘なんだけど……知りません?」
 店員に写真を見せ尋ねるが、店員は静かに首を横に振るばかり。
「ね、知らないかしら?」
 泉と同年代と思しき少女たちにも同じように尋ねたが、やはりこちらも返事は芳しくない。
(うーん、行動パターンからしたら、ふらっと訪れてると思ったんだけど)
 溜息を吐くシュライン。泉の両親に電話して尋ねてみた所、泉は結構ゲームセンターに出入りしているとの話を聞くことが出来た。だからこうしてシュラインも訪れてみた訳だが、残念ながらここは外れだったようだ。
(1軒ずつ、虱潰しに回ってみるしかないかな)
 他にもゲームセンターはある。文化村通りに面する所にも大きな店が1軒あったはずだ。シュラインは今度はそこへ向かうことにした。
「どこに居るのかしらねえ……」
 店を出て、交番を左手にしてまっすぐ歩いてゆくシュライン。写真を見つめたままだ。
 それがいけなかったのだろう。センター街へと出た時に、シュラインは前からやってきた紅髪短髪の少女とうっかりぶつかってしまったのだ。
「あっ!」
「きゃっ!」
 短い悲鳴を上げるシュラインと少女。ぶつかった拍子に、シュラインの手から写真がするりと落ち、裏向きで地面へと落ちてしまった。
 少女が写真を拾おうとして身を屈める。シュラインがすかさず礼を言った。
「ごめんなさいね」
 少女は写真を拾って、シュラインに手渡そうとした。その際に何気なく写真を見る少女――顔色が変わった。
「何でっ!」
 少女は短く叫ぶと、シュラインに写真を押し付け背を向けて走り出してしまった。一瞬呆気に取られるシュラインだったが、すぐにはっとなった。
(今の娘!)
 少女の後を追うシュライン。髪の色が違うので最初は気付かなかった。けれども今の反応、それと逃げ去る前に見た顔から判断するに、少女はシュラインが探している泉に間違いはなかった。
 少女は文化村通りに出ると、そのまま道玄坂の方へと走っていった。

●タッチダウン
 道玄坂のラブホテル街を駈けてゆく泉。擦れ違うカップルも、思わず泉に振り返っていた。
「何で……何でっ……!」
 自分を探していたシュラインと出会ったことが衝撃だったのか、泉は走りながら何度もそうつぶやいていた。
 こまめに逃げる道を変えてゆく泉。シュラインを振り切ろうというつもりなのだろう。そして幾本目かの道に入ったその時――泉の足が止まった。
「……たく……坂道走られると……今は……きつ……いのよ……」
 泉の前に、息も荒く額に汗のにじませたシュラインが立ちはだかっていたのだ。草間を探し歩き疲れていたシュラインに、道玄坂の急な坂道は辛かった。泉の先回りをしたのだからなおさらに。
「何で先回りが……?」
 驚いて尋ねる泉。シュラインが不敵な笑みを浮かべた。次第に息も整いつつある。
「まあ……色々とね……」
 シュラインが泉の先回りを出来たのは、泉の姿ではなく声を追ったからであった。その声の動きから、何とか泉の逃げているルートをつかんだという訳だ。もっとも、先程ぶつかった時に泉が声を発していなければ、こんな追跡方法は使えなかったのだけれど。
 泉はくるっとシュラインに背中を見せ、さらに逃げようとした。シュラインが一喝する。
「逃げるな!」
 鋭く、厳しい声であった。ビクンと泉の身体が動いた。
「逃げて問題が解決する訳ないでしょう? 何かしたいことがあるなら、そう親に話してみればいいじゃない。逃げたって、何にもならないんだから……」
 静かに語りかけるシュライン。泉はゆっくりと、ゆっくりと顔をシュラインの方へ向けた。その顔を見ると、もう逃げる気はないようだった。

●解決すれども
 それからシュラインは、近くの自動販売機の前でジュースを飲みながら、泉の話を聞いた。泉はお菓子職人になりたいのだという。
「そう、いい夢だと思うわ。……本当になりたいのなら、そっち系の学校へ行きたいって言えばいいんじゃないかしら。それも言わずに逃げたって……ね」
 優しく諭すシュライン。泉はジュース片手に静かに頷いた。
「じゃ、帰りましょうか。といってももう夜も遅いし……今夜は事務所に泊まってもらって、明日の朝に家に帰りましょ。もう少し、じっくりと話を聞いてあげるから」
 シュラインがそう言うと、泉はにっこりと微笑んだ。話を聞いてもらえることが嬉しいのだろう。
 並んでラブホテル街を歩く2人。ふとシュラインは視線を感じて振り返った。遠くのホテルの陰に、草間らしい男の姿が見えた。
「……武彦さんっ?」
 目を擦り、再度見直すシュライン。が、そこにはもう誰の姿も見えなかった。
(きっと……きっと帰ってくるんでしょうね……)
 シュラインは口元をぎゅっと結んだ。途中になっていた事件は解決した。けれど本当に草間は戻ってくるのか……それはまだ分からなかった。

【了】