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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


覗撃退人
●草間興信所
 草間興信所に、落ち着いた感じの老夫婦がやって来た。
「最近、うちの宿で覗きが出るらしいんです」
 そう言うのは、『五月雨』という温泉宿を経営する高橋・秀人(たかはし ひでと)の妻である高橋・依子(たかはし よりこ)だ。
「覗き……ですか」
 面食らったように、草間が聞き返した。高橋夫婦は同時に頷く。
「全く、こっちは警戒しているのに覗きが出るとお客さんから苦情が出てね。困ってるんだよ」
「警戒とは、一体どのようなものを?」
「一時間に一度、男湯は主人が、女湯は私が見に行ってます」
「それは、時間を決めてですか?」
「いいえ、バラバラです。時間を決めていたら、警戒している事がばれてしまいますから」
 ふむ、と草間は顎に手を当てた。
「しかし、どうして覗きがいると分かったんです?」
 困ったように、主人の方が溜息をついた。
「私の古い友人が、たまたまインターネットで見つけたらしくてね。うちの宿の温泉で撮ったとしか思えない写真を展示しているらしいんだ」
「それは、女湯だけですか?」
「いや、男湯もだよ。全く、男の裸を写して何が楽しいのか……」
(確かに!)
 草間は強く共感した。
 高橋夫妻は、よろしく頼むと言って去っていった。後に残された温泉宿のパンフレットをぱらぱら見ながら、草間は「誰が行くのかな」と呟くのだった。

●草間興信所〜自宅
「おや、真名神君。一番乗りだね」
 パンフレットと依頼書を真名神・慶悟(まながみ・けいご)に手渡しながら、草間は微笑んだ。
「まあな」
(温泉だもんな)
 慶悟は金の髪をかきあげながら、小さく笑う。
「じゃあ、取り合えず集合は明日の昼12時だ。温泉宿『五月雨』の主人が近くの駅まで送迎バスを運転してくれるらしい」
「12時か。随分と遅いな」
「宿の関係で、それくらいが限界だそうだ。あと三人くらいに行って貰おうと思っているが、その時に会う事ができるだろう」
「分かった。明日の12時にここの駅に行けばいいんだな」
 慶悟はそう言いながら、パンフレットに載っている駅を指差す。草間は頷き、煙草に火をつけた。煙がゆらりと天井に立ち昇る。慶悟は「じゃあ」と言って草間興信所を後にする。
「遅れるなよ」
 背中に草間の声がかかった。
(小学生じゃあるまいし)
 慶悟はそう考えて苦笑した。手にはしっかりとパンフレットと依頼書が握られていた。

 慶悟は、一軒のインターネットカフェの前で足を止めた。
(覗きの写真は、ネットで公開されているとの事だったな)
 そう考えると、中に入って料金を払ってから席に着く。幸い、店はあまり込み入っておらず、誰が何を見ているかも分からないようなつくりであった。
「……不本意なんだが」
 誰に言い訳するでもなく呟き、慶悟は依頼書を取り出す。そこに、ネットのアドレスも載っていた。アドレスを打ち込んで移動すると、突如怪しげな音楽が流れ出した。慶悟は慌てて備え付けのイヤホンを音源の所に差し込む。トップページは『どきどき☆温泉』と書いてある。
(ほう)
 覗きで撮られたと思われている写真は、すぐに分かった。『温泉宿S』とあったのだ。他ならぬ『五月雨』の事であろう。そこをクリックすると、『男湯』と『女湯』に分かれていた。
(本当に男湯も覗き写真を撮っているのか?何て無駄な……)
 慶悟は半信半疑ながらもクリックする。まずは『男湯』の方から。湯気のせいで多少見えにくいものの、それは確かに覗き写真であった。
(この角度なら……湯船から大分高い位置から写真を撮っているな)
 どの写真も上から見下ろすような状態で写されていた。慶悟はそのうちの何枚かを印刷し、早々にポケットにしまった。あまり見ていて気持ちのいいものではない。
 次に『女湯』の方をクリックした。こちらは先程までよりも幾分か目を楽しませてくれたものの、やはり湯気の所為で見えにくくなっていた。はっきり写っていようが写っていまいが、気にしてはいないようだ。そして、こちらも上から見下ろすような状態で写されていた。慶悟は溜息をつきながら何枚かを印刷する。
(全く、暇な輩がいるもんだ……)
 印刷したものを、先程と同じポケットにしまいこむ。これで資料は多少なりとも揃った。
(で、このサイトを運営している奴はどんな奴なんだ?)
 サイトの隅から隅まで探すものの、自己紹介はおろか、メールアドレスでさえ掲載してはいなかった。
(……とことん自己防衛をするつもりだな)
 慶悟は再び溜息をつき、コンピュータの電源を落とした。そして、インターネットカフェを後にする。辺りは夕暮れに支配されていた。
「明日、12時か……」
 慶悟はそう呟いて、帰路につく。明日の準備をしておく為に。

 慶悟は家に帰ると、まず先程印刷した写真とパンフレットを取り出す。写真のアングルと、パンフレットに記載されている見取り図を見比べる為だ。
「どうも露天風呂の写真だな、これは」
 写真の背景には、鬱蒼と木が茂っていた。だが、分かるのはそれ位で実際に場所を確認していない為にそれ以上の事は良くは分からなかった。
「まあいい。明日行ってみれば分かる事だ」
 慶悟はそう言って、写真とパンフレットを依頼書に挟む。そして、明日持っていく荷物を詰め始めた。符を詰める時に、ふ、と笑う。
「明日はこれを使うか。……その場にあわせるのも大切だからな」
 大方の荷を詰め終わると、慶悟は煙草をくわえて火をつけた。煙は天井へと立ち昇っていく。
「……遅れるな、か」
 ふと草間の言葉を思い出し、目覚ましをセットする。だが、すぐにセットを解除してしまった。
「……明日の集合は12時だ」
 慶悟はそう呟くと煙草を灰皿に押し付けるのだった。

●自宅〜五月雨
 12時5分前、駅前。慶悟は辺りを見回して自分の他に誰がいるのかを確かめようとしたが、よくは分からなかった。
(まあ、宿屋の主人が来たら分かるだろう)
 慶悟はそう考え、煙草を口にくわえて火をつける。
「火を貸してくれないか?」
 声をかけられて振り向くと、そこには長い銀髪を靡かせて立つ男がいた。青い目は鋭く光っている。
(堅気の者では無さそうだな)
 慶悟はそう思いつつもライターを手渡す。男はライターで煙草に火をつけ、満足そうに煙を吸い込んだ後、慶悟にライターを返した。
「あ、兄ちゃん!ちゃんと来てくれたんだな」
 騒がしい声で、男に誰かが近づいてきた。
「お前は……」
「あ、慶悟君」
 近づいて来たのは影崎・雅(かげさき みやび)だった。慶悟は思わず溜息をつく。
「あんたか、影崎」
(また、何か壊しにきたのか?)
 慶悟は今まで一緒になった依頼を思い返し、思わず考えてしまった。
「お前、弟と知り合いか?」
 男が尋ねてきた。慶悟は言葉を濁しつつ、「まあな」と答える。
(弟……と言う事は、これは兄貴と言う事か)
「紹介するな。これは俺の兄ちゃんで、影崎・實勒(かげさき みろく)だ。監察医をやってるんだ」
(似てない兄弟だ)
「真名神慶悟だ」
 實勒は大して興味も無さそうに「そうか」と言うと煙草の煙を吐き出した。
「ところで、慶悟君も例の依頼を?」
「ああ。あんたもか」
「まあな」
 雅は小さな声で答え、にやりと笑った。ちらちと實勒に視線をやりながら。
「おい、雅」
 實勒は声をかけて、親指で一人の男性を指差した。手には『温泉宿五月雨』と書いてある赤い旗を持っている男であった。高橋氏である。
「あ、あれだあれだ。行こうぜ、慶悟君」
 雅に促され、高橋氏の元に集う。慶悟、雅、實勒の3人。そしてもう一人、少年がにこにこと笑いながら立っていた。全身黒に固めている。
「草間興信所からお越しの方々ですね。ようこそお出でくださいました」
 高橋氏が頭を下げる。それぞれが自己紹介をしていき、ついに少年の番になった。
「水野・想司(みずの そうじ)だよ。よろしくねぇ!」
 小柄な、黒髪黒目の少年。へらへらと笑っていたかと思うと、急に真剣な顔になって叫ぶ。
「伏せて!」
 訳も分からないまま、一同は想司の言葉どおりにその場にしゃがみ込む。たっぷり通行人にじろじろと見られ、暫くしてから想司は立ち上がって微笑む。
「危なかったねっ!」
「……何がだ?」
 慶悟は立ち上がりながら尋ねる。
「いや、さっき向こうの方が光ったから」
 想司はけろりとして答える。慶悟は想司の指差す方向を見るが、何も無い。あるのはビルだけだ。
「ビルの窓が光っただけじゃないのか?」
 雅がそう言うと、ぽん、と想司は手を打った。
「なるほどね。こんな所で狙わないよね」
「一体、何に狙われてる?」
 不機嫌そうに實勒が尋ねる。
「狙撃手」
「「は?」」
 慶悟と雅が聞き返す。實勒に至っては、不機嫌そうに睨みつけるだけだ。高橋氏は突如起こった出来事についていくのにやっとだ。
「だから『五月雨』の主人って狙われてるんでしょ?」
「そうなのか?」
 慶悟は思わず高橋氏に尋ねる。高橋氏は慌てて首を振る。
「いいえ!そんな事は……」
「でも、大丈夫!僕がさっくりばっくり解決しちゃうからね!」
「おい、違うらしい……」
 慶悟の言葉を無視し、想司は再び言葉を紡ぎ始める。
「狙撃手だよっ!誰にも気が付かれないんでしょ?絶対強敵が居なくて寂しいって思ってたんだって!おまかせ!僕がスパっと解決してあ・げ・る!」
「誰か、こいつと話をする方法を教えてくれ……」
 うんざりした様子で慶悟は言う。そこに、雅が懐から何かを取り出し、折ってから慶悟にそっと手渡す。
「何だ、これ?」
 慶悟は手元を見る。そこにあるのは、懐紙で作られたハリセンだった。
「だからきっちりしっかり安心するといいよ!ね、ね?」
 ぺちん!慶悟はそれを使って想司の後頭部を叩く。懐紙の柔らかさから、あまり良い音はしない。だが、想司は半放心状態になって喋りが止まる。
(便利だ……!)
 慶悟は手にしたハリセンをまじまじと見つめた。雅はげらげらと笑い、實勒はただ溜息をつきながら煙草を吸っている。
「そ、それじゃあ、そろそろご案内しますね」
 高橋氏はそう言ってバスのドアを開けた。4人はそれに乗り込む。目指すは一路、温泉宿『五月雨』。

 温泉宿『五月雨』は、風流な趣を持つ宿だ。温かみのあるもてなしと味わい深い料理が楽しめると、中々の評判だ。
「ここが噂の決戦場所だね」
 想司はうきうきしながら言う。
「一体、何と戦うつもりだ?覗き犯か?」
 呆れたように慶悟は言う。想司は不服そうに口を尖らせ、抗議する。
「だから、狙撃手だってば!」
 想司はそう言ってから、暫くして他の三人を見渡してうんうんと頷いた。
「どうしたんだ?想司君。何かわかったのか?」
 雅が不思議そうに尋ねてくる。想司は雅ににっこりと笑いかける。
「分かってるってば!」
「……何の話だ」
 實勒が不機嫌そうに言葉を挟んだ。想司はそちらの方にも微笑みかける。
(一体、こいつは何だというんだ?どうしてこんなに不思議な感性を持っているんだ?)
 慶悟は思わず想司を見て疑問に思ってしまった。
「では、まずお部屋の方に荷物を置いてください。一応二部屋お取りしておりますので、お二人ずつどうぞ」
 高橋氏の言葉に、雅は實勒の手を取って手をあげた。
「はいはい!俺、兄ちゃんと同じ部屋ね」
「……は?」
 實勒は眉間に皺を寄せて雅を軽く睨むが、雅はそのようなことも気にせずににやりと笑う。慶悟はそれを受けて想司の方を向く。
「じゃあ、俺はこいつと同じ部屋か……」
(今回は、どうしてもこいつから離れられないようだな……)
「そっか、僕は慶悟クンと同じ部屋だね!宜しくねっ!」
 にこにこと笑いながら想司は手を振る。慶悟は小さく溜息をつき「宜しく」と呟くように言うのだった。手には雅から渡されたハリセンを握り締めたまま。

●五月雨にて
 部屋に荷物を置きにそれぞれ分かれた。慶悟は想司と共に部屋に行き、荷を置く。慶悟は荷から符を取り出し、懐に収める。
「へえ、慶悟クンは符を使うんだ」
 想司がにこにこと笑いながらしゃがみ込み、慶悟の手元を見てきた。
「あんたは何を使うんだ?」
 大した荷を持っていこうとしない想司に、慶悟は問い掛ける。想司は突如立ち上がり握りこぶしを作って頭上に掲げる。
「ライト・せーばーだよ!」
「……は?」
「だからぁ、ライト・せーばーだってば。これならどんなに敵が屈指の狙撃手であったとしても、さっくりざっくり解決だよ!」
「……ちょっと待て。まだ相手が狙撃手だと思っているのか?」
「当然だよ!」
 誇ったように想司は言う。慶悟は思わず呆然としてしまう。そんな事には構わず、想司は言葉を続けた。
「分かってる、分かってるからね!皆、ここの主人を心配させないように黙ってるんだよねっ!ごめんね、僕がべらべら喋っちゃって。でもね、もう分かったから大丈夫だよ!もうここの主人を怯えさせるような事は言わないからね」
「い、いや……だからな……」
「僕が考え無しだったよっ。そうだよね、やっぱりいくら狙われてるからといって、怯えさせたら敵の思うツボだもんね。敵が分からないんだから、無駄に怯えられてもどうしようもないもんね!」
「水野、だからお前……」
「まあ、僕がかっちりびっちりと対処するからね。そうしたら事情を話せばいいだけだよね!!」
「会話をしろ!」
 ぺちん。再び、想司の口が止まる。
(便利だ……)
 慶悟はまじまじとハリセンを見つめた。そして、やっと口の止まった想司に向かって問い掛ける。
「まずはどうするつもりだ?敵が万が一億が一狙撃手だとして、どう対処するんだ?」
 とりあえず、慶悟は想司の考えを正すのをやめた。もしかしたら、狙撃手の可能性だってあるかもしれない。限りなく零に近い確率で。慶悟の問いかけに、想司は再び握りこぶしをつくって頭上に掲げる。
「だから、ライト・せーばーで……!」
「それはいいから!まずどうやって見つけるかと聞いているんだ」
「あ、見つけ方の事?」
 やっと、会話が成立し始めた。慶悟は小さく息切れをしながら頷く。
「瞑想してね、気の結界を張るんだ。それで狙撃手をキャッチだよ!」
「なるほど」
「慶悟クンは?」
「俺は大体覗きの行われているポイントを掴んだからな。そこを張り込んでみるつもりだ。これらを放ってな」
 慶悟はそう言って符の一枚に呪をかけ、ふわりと飛ばす。すると、符はたちまち蛾の姿となって宙を舞った。
「うわ、蛾だ!すごーい!手品師みたいだね」
「手品……いや、気付いてくれ」
 想司には何を言っても勝てない気がして、慶悟は小さく溜息をついた。そして舞っている蛾を手に取り、元の符に戻す。
「じゃあ、そろそろ行くか……」
「うん!」
 慶悟と想司は部屋を後にした。

 浴場の前で、慶悟・雅・想司の三人が集合していた。
「實勒クンは?」
 想司はきょろきょろ辺りを見回しながら、雅に尋ねる。
「聞き込みするってさ」
「そうか。で、どうする?」
 慶悟が二人に尋ねる。
「男湯と女湯に分かれるか?今はまだ客もいない。どちらでも入ることができる」
「俺はネットで大体の覗きポイントみたいなものは掴んだからさ、ローラー作戦で行こうと思ってるんだけど」
 雅はそう言って、ネットで入手したらしい印刷をぱらぱらと見せる。
「うわー、雅クンのエッチー」
 想司はそう言って雅の背中をぽんぽんと叩く。
「いや、これ別にそういう目的で印刷したんじゃないし」
「分かってるってば〜!」
(これは出せないな)
 慶悟は自らも印刷した写真を、ポケットの奥深くに押し込んだ。
「僕はね、瞑想して気の結界を張って狙撃手をキャッチだよ。で、ライト・せーばーで……!」
「俺は式神を飛ばす。俺もネットで大体の撮影場所は掴んだからな」
 想司の言葉を遮り、慶悟が言う。掲げられる筈の握りこぶしが哀しく宙を舞う。
「慶悟クンのいじわる〜」
(いじわるではなく、当然の事だ)
 慶悟は小さく溜息をつく。
「とりあえず、水野は結界を張れ。俺は式神を飛ばしてから影崎と撮影場所を探る」
(まずは、撮影場所を探る事が先決だ。もしかしたら、犯人がいるかもしれないし)
「同時には出来ないのかな?男湯と女湯」
 想司はぼそりと呟く。
「え?」
 雅は思わず聞き返す。想司は口元に手を持っていく。
「男湯と女湯、二つのどっちに狙撃手がいるのか分からないじゃん?だから、いっその事同時に結界を張れたら楽だなって。例えばさ、僕が男湯に結界を張ってる時に女湯に狙撃手が現れたら、どうしようもないじゃん?」
「それはあるかもしれないな」
 慶悟はそう言って男湯の中を覗く。脱衣場、大浴場、露天風呂という順番になっている。
「ネットで入手した写真は、どれも露天風呂のものだったぜ」
 雅はそう言って、露天風呂のほうに足を踏み入れる。大浴場のドアを開けると、びゅう、という心地よい風が吹く。湯の張られていない露天風呂が右に、そして左手に視界を遮断する衝立が為されている。
「こっちって、女湯だよね?じゃあ、繋がってるのかな?」
 想司はそう言って地を蹴り、衝立よりも幾分か高く飛び上がる。隣は、男湯と対称になったつくりの女湯がある。
「じゃあ、この衝立を取っちゃえばいいんだな」
 雅が衝立に手を伸ばす。慶悟は慌てて雅の手を掴んで制する。
(また壊す気だな、影崎!)
「まずはここの主人に許可を取ってからだ」
「いや、後で直しておけばいいんじゃないか?」
「お前が取って、お前が直すのか?」
 訝しげに慶悟が言う。雅は何の疑問も持たずに頷く。
「じゃあ、取っちゃってよ。雅クン」
 想司はけらけら笑いながら言う。慶悟はちらりと想司を見、一つ溜息をついてから雅の手を離した。
「壊すなよ」
「分かってるってば」
 雅はそう言って、片手で衝立を取り除く。何も壊す事なく。
(今までも、こうして何も壊さずにいられれば良かったのにな)
 慶悟は心で雅に皮肉を言う。
「じゃ、僕結界を張るね」
 想司は衝立のあった丁度真中に座り、目を閉じる。瞑想に入ったのだ。
「じゃあ、式神を飛ばすぞ」
 慶悟はそう言って、符を懐から取り出して呪を唱える。途端、たくさんの蛾が空を舞う。それぞれが意思を持つ、慶悟の式神。
「邪なる意志を捉えたら知らせよ」
 慶悟は式神達に命じる。そして、雅の方を見る。雅は女湯の方を探していた。
(ならば、俺は男湯の方を探すか)
 ネットで入手した写真から、大体の位置に見当をつける。すると、見えにくくなっている木の枝の隙間に、光るものを発見する。恐らくは、カメラ。
「影崎、このままカメラを置いておいた方が良くないか?このまま置いておいて、犯人がここにやってくるのを張り込んでいた方が手っ取り早い気がするのだが」
「……それもそうだけどな」
 手にカメラを持ち、雅は慶悟の所に行く。
「これは、遠隔操作のできるタイプだ。どこまで離れていても撮影が可能かは分からないけど。このカメラ……あんまり見た事の無いものだよな?」
 雅にそう言われ、慶悟もカメラを設置された所から外して見る。確かに店頭では見た事の無いカメラだ。尤も、あるのだと言われたらそうかもしれないとも思うのだが。
「もしかしたら、かなり離れていても撮影が可能なのかもしれないな。だけど、確かにこのカメラの周辺にはいないと撮影は不可能な筈だ」
「ならば、そこを叩く」
 慶悟と雅はそう言い、頷きあう。その時、露天風呂から實勒が現れる。
「あ、兄ちゃ……」
 雅が声をかけようとした、その瞬間だった。今まで瞑想していた想司が目を見開き、手に光の刃を生じさせたのだ。想司は實勒に向かって刃を振りかざす。
「君が噂の狙撃手さんだね!僕は水野想司!お命頂戴だよっ」
「わっ、ちょっと待て!」
 雅は慌てて制止するが、想司の耳には届かない。雅は慌てて辺りを見回し、衝立の鉄パイプを一本千切り取るように手に取る。そして急いで構えて振り下ろされる想司の刃を受ける。
 キィン、と涼やかな音が辺りに響いた。同時に、ぱさり、と銀の髪の毛が地に落ちた。刃は受け止めたものの、庇いきれなかった實勒の髪の毛が切られてしまったのだ。
(あの刃が、噂のライト・せーばーか?)
 慶悟は様子を窺い、考える。
(悪くない切れ味だ。水野の動きにも無駄が無い)
 想司は刃を相手に押し付けた反動で後に下がり、もう一度光刃を構えなおす。同時に雅も鉄パイプを構え直す。だが、光刃がもう一度振りかざされる事は無かった。想司が慌てて光刃を消した。やっと、相手が誰なのかを認識したのだ。
「なんだ、實勒クンか」
「なんだ、ではない。突然何をする?」
 不愉快そうに實勒は言う。雅も想司がもう一度かかってこない事を確認し、鉄パイプを下に降ろす。
「不審者だと思ったんだよな」
「うん」
 想司は素直に頷く。實勒は更に顔を歪めて唸るように「失敬な」と呟く。
「想司君、狙撃手はここにはいないみたいだよ」
 雅はそう言ってカメラを見せる。慶悟もそれを見て自らも持っているカメラを見せる。計二台。
「男湯と女湯のそれぞれにしかけてあった。ちょっと見えにくいところにはあったんだが」
 慶悟はそう言ってカメラが仕掛けてあったらしい場所を見やる。
「どう?兄ちゃん」
 雅はにやにやと笑って自分の持っているカメラと慶悟の持っているカメラを見せる。實勒は「ふん」と言うと、億劫そうに口を開く。
「犯人の目星はついている。それを後押ししたに過ぎない」
「狙撃手だね!」
(まだそんな事を言っているのか……)
「そもそも、ここの盗撮写真がサイトにアップされていると教えてきたのは、こことライバルの関係にある『時雨』という温泉宿だ。ここの丁度真向かいに立っている、な」
 實勒の集めてきた情報はこうだった。『五月雨』と場所的に大した違いも無いところに建っている『時雨』は、昔から『五月雨』に対抗意識を燃やしていた。逆に、『五月雨』の経営者達は仲良くしているのだと思っていたのだという。
「サイトにアップされている事を教えてくれた良い人たちだ、などとここの主人達は言っていたが、とんだお人好しだ。その事を伝えに来たのは、客が訪れる事の多い夕方に、しかも客のいるフロントであったらしい。本当に相手の事を思うのなら、こっそりと教えてくるのが普通であろう」
「そうだな。じゃあ、犯人は……」
 慶悟は確信を持って良い、實勒を見る。實勒は頷き、吐き捨てるように言う。
「恐らく、『時雨』の経営者」
「早く行こうよ!『時雨』にさ!」
「いや、それよりもここを張り込んで、とっ捕まえた方が分かりやすくていいかもしれないぞ」
 雅はそう言って、慶悟の方を見る。慶悟もそれに頷く。
(張り込み、一気にカタをつける!)
「私は知らん。あとは好きにしろ」
 そう言って實勒は去って行こうとする。雅は背中をぽんぽんと叩き、何かを囁く。途端、實勒の眉間に皺が寄る。
「……分かった。全く、面倒な事を」
 雅は勝ち誇ったように笑う。慶悟は空を見上げる。もうすぐ日暮れになろうとしていた。

●カメラ設置の近く〜中庭
 四人は、それぞれの場所で張り込むこととなった。それぞれの思う場所での張り込み。慶悟は男湯のカメラが設置されていた場所に一番近いところにいた。勿論、そこから男湯の様子を窺う事は出来ない。慶悟は符を取り出し、大量の式神を放ち、同じ命を下す。
(木火土金水……五行の流れ・四象八卦……事象の流れ……我、汝らに身を委ねん)
 慶悟は小さく呟き、精神を統一し、感覚を研ぎ澄ませる。すると、式神の一つが慶悟に継げた。邪なる思いを持つものを見つけたのだと。
(現れたか!)
 慶悟は式神達にそちらに向かわせるように指示し、自らも式神についていく。目の前を雅と想司がいつの間にか走っていた。式神達は曲がり角を曲がり、中庭に出ていく。ベンチのある中庭で、そこでは實勒がのんびりと座って煙草を吸っていた。式神はその方向に向かっていた。
(まさか、影崎兄が?)
 慶悟の不安をよそに、式神は真っ直ぐと實勒のほうへと向かう。そこで實勒が式神に気付く。慌てて立ち上がり、その場から離れる。すると、その向こうに携帯をいじっている青年がいた。青年のほうも式神に気付き、その場から立ち去ろうとする。だが、それは敵わなかった。式神はその青年に纏わり付き、青年をその場に捉えて放さないのだ。
(そうか、あいつなのだな)
「一体、どうなっている?」
 實勒が呆然として呟く。雅は實勒に向かって叫ぶ。
「兄ちゃん、そいつだ!そいつが犯人だ!」
 雅が声をかけるものの、實勒は怪訝そうに蛾に囲まれた青年を見るだけだった。
(どうでもいいのか?)
 そう考えている間に、まず想司が青年に飛び掛っていた。地を強く蹴り、高く飛び上がってから光刃を振り下ろす。
「今度こそ、勝負だよ!狙撃手さん!」
「なっ……!俺は狙撃なんて……」
 そう言っている間にも想司の光刃は容赦なく振り下ろされる。式神達は刃を避けるように下へと飛んでいき、サポートするかのように青年の足元を固める。
「我、龍脈地気を奉じ、汝が歩む道を塞ぎ、歩みを留めん!」
 慶悟が叫ぶと、青年の動きは完全に制止した。青年はその場に尻餅をつく。
「王手だぁ!」
 そう言って想司は光刃を振り降ろすが、またもや雅の鉄パイプに遮断された。キィン、という音が辺りに響く。
「はい、ストップ!殺しはいけないぞー」
「えー。あ、でも僕の勝ちだよね!ね、ね?」
 光刃をぴったりと青年の喉下につきつけながら、想司は無邪気に笑う。
(まだこだわっていたのか)
「そうだな、お前の勝ちだな」
 慶悟はそう言い、動けない青年を見下ろす。
「わーい!良かったね、狙撃手さん。強い相手が欲しかったんでしょ?ね?ね?」
「あ……お、俺は……」
「でもさー、あんまり手ごたえなくてがっかりだよー!どうして?あ、そっか。不意打ちでびっくりしたんだね!そうだよね!あはは、じゃないとこんなに弱いわけが無いもんね!じゃあ、もう一回やり合おうか!今度は助けとか出さずにさぁ……」
(止まらないな。あれの出番か?)
 慶悟は懐からハリセンを取り出そうとしたが、雅によって先になされた。ぺちんという鈍い音がし、想司の口が止まる。雅はそれを確認して、青年の前にしゃがみ込む。
「さてと、あんたが『時雨』の手の者だって分かってるんだぜ?このまま警察に突き出してもいいしさ」
「けっ警察?!」
 青年が怯えたように声をあげた。實勒はすっかり動けなくなり、想司に襲われて古江が止まらず、警察を出されて青くなった青年を見下ろす。眉間にはトレードマークとなってきた皺が寄っている。
「それとも、私のメスで切り刻んでもいいのだぞ?『時雨』の息子よ」
「え?」
「息子?」
「狙撃手の息子?」
 三人が驚いて實勒たちを代わる代わるに見た。
「言い忘れていたが、『時雨』の息子は工学部で高性能なカメラを作っていたらしい」
「ああ、これの事?」
 雅は地面に置いていたカメラを取り上げる。途端、青年の顔つきが変わる。
「俺のカメラ!」
「へえ、これあんたのカメラなんだ?」
 雅がにやりと笑う。青年は「しまった」と言わんばかりに口をぽかんとあける。
「こんな中庭から直角に曲がった所にあるカメラにセンサーを送れるなんてね。確かに高性能だ」
 雅は半分感心しながら言う。實勒は懐からメスを取り出す。金属の冷たい光が夕日に照らされ、恐ろしさを増す。
「さて、体の中を見たくはないか?」
「けけけけ……結構です!」
 實勒は溜息をついてメスを収める。
「とりあえずどうする?こいつ」
 雅が皆を見回す。
「晒す」
と慶悟。
「解剖する」
と實勒。
「もう一度本気で戦う!」
と想司。
「因みに俺は逆さ吊り」
と雅。雅は全員に答えを聞いたことを確認し、青年に向き直る。青年の顔からは、血の色が失せている。
「どれがいい?」
「どれも嫌だ!!」
 皆が残念そうに溜息をつく。
「あ。全部っていうのはどう?僕が戦って、雅クンが逆さ吊りにして、それを慶悟クンが晒して、實勒クンが解剖するの」
 全員が、ぽん、と手を打つ。
「絶対に嫌だぁ〜!」
 青年は泣きながら叫ぶ。その声に高橋夫妻を始めとしてバイト、宿泊客、果ては『時雨』の主人までもが集まってきた。『時雨』の主人が青くなって息子にかけよる。
「親父、俺まだ死にたくないよ!」
 泣きながら、青年は叫んだ。結局、警察に行くという事で落ち着いてしまった。四人は残念そうにパトカーで連れられていく青年を見送るのだった。

●温泉
「これで、よし」
 慶悟はそう言って立ち上がる。
「今後の事も考えて『結界符』を風呂の周辺……見えない所に貼っておいた。これで外から中が見えない」
「おやまあ、有難うございます」
 高橋夫妻が頭を下げる。
「だが、年に三回くらい張りなおしが必要だ。その時は呼んでくれ」
「おや、慶悟君。上手い事を言って、招待してもらおうという腹だな?」
 雅がにやりと笑って茶化す。慶悟はあえて何も答えない。
「いいなぁ、慶悟クン!僕も来たい僕も来たい!」
「俺も俺も!」
 想司に便乗し、雅も言う。それを呆れたように實勒は見ている。高橋夫妻はにこにこと頷く。
「皆さんのお陰ですから、喜んでお招きいたしますよ」
「やったぁ!」
 想司はそう叫んで万歳をする。すると、お腹が「ぐう」と鳴る。
「あーお腹空いた」
「そういや、お腹空いたな」
 雅もお腹を摩りながら頷く。高橋夫妻はくすくすと笑いながら「すぐにご用意させていただきますね」と言う。あとに四人だけが残される。
「あ、そう言えばね。僕、おやつを持ってきたんだよ」
 想司はごそごそとポケットからお菓子を取り出す。小さなポケットによくぞここまで……と思えるくらいの量が入っている。
「いや、今から食事だろう?食べない方がいい」
 慶悟が言うが、想司は「食べられるから」と言って早々にキャラメルの封を開けた。それを他の三人にも配る。3人は何となくそれを口にしてしまう。甘ったるい味が、口一杯に広がる。實勒だけが不服そうに眉を顰めている。
「そういえばさ、僕ずっと疑問に思ってたんだけど……」
 暫くして、想司が口を開いた。が、次の瞬間「お食事の用意が出来ましたよ」と高橋夫人が呼びにきて、その質問は中断されてしまった。慶悟は何となく気になってしまい、想司に尋ねる。
「……水野、疑問って何だ?」
「え?あ、ああ。大した事じゃないんだけどね」
「ああ」
「バナナってお菓子に入るのかな?」
「は?」
 慶悟の眉間が思い切り歪む。
「バナナって甘いじゃん?しかも、安い!美味しい!だから、お菓子なのかなって。よく言うじゃない?『バナナはおやつに入るかどうか』ってさ」
 想司は真剣に悩むが、慶悟は呆れてしまって言葉も出ない。
「本当に、大した事じゃないな……」
「で、慶悟クンはどっちだと思う?」
 慶悟は暫く考え、口を開く。
「どっちでもいい。お菓子だと思えばお菓子だし、そうでないと思えばそうでない」
「じゃ、お菓子ってことにしようっと」
 すっきりした顔で想司はにこにこと笑った。
(何故こいつは、そんな事で悩めるんだ?)
 慶悟が呆れてしまっていると、想司は再び考え始めた。慶悟は大きな溜息をつき、再び尋ねる。
「どうした?まだ悩んでいるのか?」
「バナナは奥が深いね」
「は?」
 食事の場所に辿り着く。慶悟は懐にしまってある懐紙のハリセンをぐっと握り締め、使うか使うまいかで悩むのだった。

<依頼完了・温泉招待付>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0424 / 水野・想司 / 男 / 14 / 吸血鬼ハンター 】 
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 0965 / 影崎・實勒 / 男 / 33 / 監察医 】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、お待たせいたしました。霜月玲守でございます。このたびは私の依頼を受けて頂き、本当に有難うございました。
今回はコメディタッチを目指していたんですが、如何でしたでしょうか?少しでも楽しんでいただけたら光栄でございます。

真名神さんは、今回も素敵なプレイングで。式神に蛾を使われるといった所がとても好きでした。きっちり使わせて頂きました。
そして、今回は突っ込み役という役柄も請け負っていただきました。どうだったでしょうか。年に三回のご招待を受けられる事となったのは、他ならぬ真名神さんのご活躍の賜物ですね。

今回も、四人の方それぞれのお話となっております。他の方の話も合わせて読まれるとより深く読み込められると思いますので、是非他の方のお話とも読み比べてみてくださいね。

ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。
それでは、またお会いできるその時まで。