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調査コードネーム:キリストの墓!? 〜玉ちゃん大冒険3〜
執筆ライター :水上雪乃
調査組織名 :草間興信所
募集予定人数 :1人〜4人
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「兄さん。お客さまです」
黒い髪の少女が告げる。
草間零という。
「お通ししてくれ」
草間武彦か答える。
あまり似ていない兄妹だが、まあ、これは仕方がないだろう。
いろいろと複雑な事情があるのだ。
やがて、少女に伴われて客が入ってくる。
知った顔だ。
「よう玉ちゃん。久しぶりじゃないか」
興信所所長が破顔した。
「お久しぶりです。草間さんもお変わりないようで」
玉ちゃんと呼ばれた金髪の女性も微笑を浮かべる。
「どうしたんだ? また観光に来たのか?」
「いえ。学術調査の手伝いをしていただきたくて‥‥」
「は?」
草間の視界が、ぐらりと揺らいだ。
この、うすらぼんやりとした玉ちゃんと学術調査。あまりのギャップに、精神が理解を拒んだのだ。
「えーと、イエス・キリストという人をご存じですか? 草間さん」
「‥‥知ってるよ‥‥友達じゃないけどな」
「それで、その人のお墓が青森県にあるという話が‥‥」
「デマだ」
きっぱりと言い切る怪奇探偵。
玉ちゃんが哀しそうな顔をした。
うっ、と、草間が詰まる。
美人の泣き顔に弱いのは、なにもこの男だけの特徴ではない。
「‥‥わかった。要するに、玉ちゃんに付き合って青森に行けば良いんだな」
「ありがとうございます」
花が咲くように笑顔を取り戻す。
現金なことだ。
苦笑しながら、怪奇探偵は脳裡の人名録をめくっていた。
※特殊シナリオです。
キリストの墓について調べられれば依頼達成です。
あとは青森観光を楽しんでください。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
受付開始は午後8時からです。
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キリストの墓!? 〜玉ちゃん大冒険3〜
荒い息遣いが聞こえる。
まるで獣のようだ。
振り乱した髪が踊り、額には汗の玉が噴き出している。
恍惚にも似た表情を浮かべ、壮年の男性が街を疾走する。
口元を飾る美髭。
梳られた黒髪。
そして爛々と輝く金色の瞳。
那神化楽という。
けっしてアブナイ人ではない。
少しは名の知れた絵本作家だ。
この状態から、それと判断するのは至難だが。
むろん、事情がある。
それは‥‥。
「お嬢! ‥‥否、姫!!!」
大きな声とともに、草間興信所の扉が開け放たれる。
草壁さくらと巫灰滋が驚いたように飛び込んできた絵本作家を見つめ、シュライン・エマが肩をすくめた。
もちろん、友人たちの様子になど那神は気付かない。
彼が注目しているのは、
「きっときてくださると思っておりました。お久しぶりです」
穏やかな微笑を浮かべている玉ちゃんだった。
「は! 姫のためならば、たとえ火のなか水のながむ!!!??」
なにか立派なことを言うつもりだったのかもしれないが、舌を噛んでは言葉にもならない。
「あらあら。大丈夫ですか?」
歩み寄った玉ちゃんが、美髭の男の頭を撫でる。
感極まったように、涙を浮かべる那神。
「不肖の身にこれほどのご厚意‥‥わたくしめは‥‥」
大げさな話である。
「今日は最初から別人モードみたいね」
シュラインが溜息をついた。
「久しぶりに会ったかと思えば‥‥」
「相変わらず愉快な御仁ですね」
巫とさくらも、毒気を抜かれた表情で呟く。
「あらあら。泣かないで下さいまし」
「わたくしめは‥‥わたくしめはむ!?」
「また噛んだのですね。仕方のない方ですこと。見せてくださいまし」
「あ、いえ、そんな‥‥」
どうやら、ふたりは別世界へと旅立ってしまったらしい。
「とりあえず、感涙の海に浸かってる那神さんは、溺死するまで放っておくとして、私たちでプラン練っちゃいましょ」
簡単に友人を見捨て、青い目の興信所事務員が提案する。
「実際問題として、青森なんぞジーザスの墓があるのかねぇ」
胡乱げに訊ねたのは浄化屋だ。
「そう呼ばれているものは、たしかに存在します」
慎重にさくらが応える。
「新郷村ってとこに、怪しい伝説があるわね」
シュラインも苦笑している。
青森県三戸郡新郷村戸来。
キリストの墓の所在地である。
墓の名は戸来塚という。
ユダヤに生まれたイエス・キリストは、二一歳の時に日本に渡来し、現在の富山県のあたりで言葉や文字、神学を習い、さまざまな修行を重ねたという。
これが一二年間に渡って続いた。
三三歳の時にユダヤに戻り、布教活動を開始する。
ところが、キリストの言動はユダヤ教パリサイ派の反感を買い、最終的に磔刑に処せられるにいたる。
しかし、処刑されたのは本当は弟のイスキリだった。
辛くも難を逃れたイエスは、ふたたび「神の国」たる日本を訪れる。
中央アジアからシベリア、アラスカを経由し、四年に及ぶ苦難の旅の末、八戸のあたりに上陸し、戸来村に居を定めた。
その後、イエスは「戸来太郎大天上」と名を改め、ミユ子という村の女性と結婚する。
ちなみに、娘が三人産まれたという。
とくに布教活動などはおこなわなかったが、自分の畑で採れた作物を貧しい人々に分け与えたりと、相変わらず聖人ぶりを発起していた。
こうして彼は一〇六歳の天寿を全うし、その遺体は風葬にされる。
遺骨は家の跡に埋められ、イエスが所持していたイスキリの耳とマリアの頭髪も一緒に葬られた。
イエスの墓を戸来塚。イスキリとマリアが葬られたものを十代墓という。
「‥‥ネタか?」
説明を聞き終え、巫がいささか正直すぎる反応を示した。
「そうよねぇ。どう考えても、麗香さんの分野よねぇ」
語ったシュライン自身も苦笑している。
単なるフィクション小説としてなら、それなりに壮大で面白いが、学術的には一ミリグラムの価値もない話である。
「とはいえ、まったくなにも根拠がない、というわけではないのです」
穏やかに微笑しながら、さくらがさらに解説を加える。
キリスト終焉の地が日本だとする説は、竹内文書という謎の古文書が母体になっている。
この古文書に基づき、日本中を探し回ったのが竹内家当主、竹内巨麿だ。
時に昭和一〇年。
苦労の末に、この場所にたどり着いた、と、されている。
「‥‥感想、言っていいか?」
「ダメです」
「そうか‥‥」
疲れたように、がっくりと肩を落とす巫。
まあ、気持ちは判らなくもないけどね。
シュラインは思う。
要するに、ムー大陸実在説と同じなのだ。
科学的根拠など何一つない。
ほら話である。
楽しむ分には問題ないが、学問にはなかなか繋がらない。
どうして玉ちゃんがそんなものに興味を持ったか、シュラインでなくとも疑問に感じるだろう。
「まあまあシュラインさま」
思いを見透かしたように骨董屋店員が笑う。
玉ちゃんの行動に論理的根拠を求めても仕方がない。
那須高原を吹き抜ける風のような女性なのだから。
気の向くまま、興味の赴くまま。
なにものにもとらわれないのが、考えてみれば玉ちゃんらしい。
「ま、とにかく行ってみるしかねぇな。記事になりそうなネタでもあったらめっけものってことで」
溜息を漏らしながらも巫が立ち上がる。
まるで興味はそそられないが、物見遊山というのも時には悪くない。
このあたりは、さすがにアクティブ派に属する男である。
「そういうことね。ローカルミュージアムも併設されてるみたいだから、それなりには楽しめるわよ。きっと」
それなり、というところを強調し、シュラインもバッグを引き寄せた。
すでにプランはできている。
寝台特急カシオペアで、一気に青森まで。
そこからはレンタカーを使って新郷村を目指す。
宿はまだ手配していないが、ねぶた祭りも終わっているし、なんとかなるだろう。
「では、存分に調査を楽しみましょう」
奇妙な表現を用いつつ、さくらも扉に向かう。
「姫。お手をどうぞ」
「あらあら。あんまり気を遣わないでくださいまし。犬神ノ君」
「は‥‥神などとはもったいない。わたくしめのことは、戌とお呼び捨てくださいますよう」
「えーと、じゃあ、いーさんとお呼びいたしますね。よろしいですか?」
「恐懼の極みにございます‥‥」
意味不明な会話を繰り広げ、那神と玉ちゃんも事務所を後にした。
「‥‥那神ベータが恐懼なんて言葉を使うなぞ‥‥知恵熱でも出さなきゃいいがなぁ」
にこやかに見送った草間が苦笑している。
「兄さん。ベータってなんですか?」
零が冷静に訊ねた。
「気分の問題だ」
「そうですか」
さらりと応じて、淡々と食器類の片づけをはじめる黒髪の少女。
瞳に哀愁を漂わせながら怪奇探偵が眺めていた。
ツッコミを入れてくれないのは、もしかして嫌われているからだらうか。
だてうの目は遠くをみつめているじゃあないか。
なんだかよく判らないことを考える、三〇才の晩夏であった。
『キリストの村へようこそ』
看板が目に映る。
「‥‥かなりの勢いで帰りたいぜ。俺は」
げっそりと巫が呟く。
「要するに、村おこしなのよね」
他方、シュラインは達観したものである。
同年齢の二人だが、忍耐強さでは事務員に軍配が上がるようだ。
「ふむふむ。ここに、かの聖人が埋まっているのですね」
やたらと嬉しそうなものもいる。
「掘り起こしましょうか。姫」
迎合しつつも不穏当なことを言う男も。
「資料館がありますから。調査をそちらでおこないましょうね」
窘めたのはさくらだ。
まったく、玉ちゃんと那神に任せていたら、どこまで暴走するか知れたものではない。
「長芋のアイスクリームと大蒜のアイスクリームが売ってるわよ。食べない?」
「どっちもいらねぇ」
「そう? 私は長芋のを食べるから、灰滋は大蒜ね」
「俺に選択権はねぇのか!?」
「なに? 長芋の方がよかったの?」
「‥‥武さんに似てきたな。シュライン」
「どういう意味よ?」
「そうですよ、巫さま。シュラインさまの方が草間さまより三倍は上品です」
さくらが口を挟み、事務員が神妙な顔をした。
この場合は喜べばよいのか。それとも、草間の三倍程度では、と嘆けばよいのか。
否、ゼロにどんな数を掛け算しても、答はゼロである。
「私‥‥武彦さんと同レベル‥‥」
海よりも深く沈んでゆくシュライン。
ちなみに、考えすぎである。
巫とさくらが顔を見合わせた。
「いーさん。わたくしがアイスを買って差し上げます」
「有り難き幸せ。感謝に堪えません‥‥」
「畏まらないでくださいまし」
言って財布を取り出す玉ちゃん。
那須高原という字がはっきりと印刷された素敵なアイテムだ。
「美味しゅうございます」
感涙にむせぶ那神。
じつのところ、美味しいかどうかなど判らない。
判るのは、冷たい刺激が舌に心地よいということだけだ。
いちいち表記していないが、ここに到着するまで、彼は四九九回に渡って舌を噛んでいるのである。
味蕾など、とうの昔に麻痺していた。
「恐悦至極に御座いまぶ!?」
五〇〇回目である。
この瞬間、賭が不成立となった。
さくら、巫、シュライン。誰ひとりとして五〇〇回を越えると予測したものはいなかったので。
まあ、どういでもよい話ではある。
さて、ほとんど全員が予測していたことだが、新郷村で新発見などなかった。
メモ帳を片手に走り回る玉ちゃんと那神が楽しそうだった事だけが、収穫といえば収穫であろう。
イエス・キリストが死なずに日本に渡ったと仮定すれば、当然のごとく、その後の復活も有り得ないのである。
ということは、神の奇跡が起きなかった以上、弟子たちがイエスを神の子と信じる根拠を失うのだ。
これではキリスト教が成立するはずがない。
「歴史に異説はつきものです。だからこそ面白いのでしょうね」
総括するようにさくらが言う。
「玉ちゃーん。ここ、ピラミッドもあるみたいよ〜」
「つまり、いえす・きりすとはこの地で、ぴらみっどぱわーを授かったのですね☆ 素晴らしいですわ♪」
「玉ちゃん‥‥ぜんぜん違う話になってるぜ‥‥」
「わたくしは、どこまでも随従(おとも)いたします。姫」
「で、結局、調べて何するつもりだったんだ? 玉ちゃん」
湯気の向こうから巫が訊ねる。
酸ヶ湯温泉。
青森県ではちょっと名の知れた混浴の温泉である。
「水着を着て入るのは、なんだか間違っているような気がします‥‥」
残念そうな玉ちゃん。
いくら残念がられても困る。
さくらとシュラインが笑っている。
異性、それも友人というべき仲間と一緒では、こうするしか方法がない。
裸の付き合いといっても限度があるのだ。
「貴様、姫のなさることに文句でもあるのか?」
「べつに文句なんかねぇけどよ。気になるじゃんか」
「貴様などに、姫のご深慮が判るはずもない」
なんだか凄んでる那神。
水着とはいえ、玉ちゃんの肌が見られたのが気に入らないのだろうか。
「まあまあ、いーさんも巫さんも」
まるで平和主義者のように、玉ちゃんが割って入る。
「じつは、この伝説を元に、のんふぃくしょん小説などを書いて、一儲けしようかと考えておりましたの」
一人を除いた全員の視界が、ぐらりと揺れる。
「姫、それは素晴らしい。このむさくるしい那神という男にも多少の知識がありますれば、なんなりとご活用ください。では、わたくしめはこれにて‥‥」
むろん、その一人とは那神の姿をした金瞳の男である
「ノンフィクションにはなりようがないと思うぜ‥‥」
「麗香さんトコで、もうやってるんじゃない?」
「ねえさ‥‥いえ、玉ちゃんの前半生をお話にした方が、ずっと売れるの思うのですが‥‥」
口々に指摘する三人。
「あらあら」
相変わらずの調子で笑っている玉ちゃん。
「あれ? ここは? 俺はどうしてこんなところに‥‥」
混乱する那神。
「ようやく戻ったみたいね」
「やれやれです」
視界に飛び込んできたのは、シュラインとさくらの水着姿である。
それでなくとも疑問符に支配されている脳細胞に、この刺激は強すぎたようだ。
たちまち過負荷の炎をあげる。
湯気を噴き上げながら、湯船へと沈む絵本作家。
「えっと、どうする? 溺死するまでほっとく?」
「武さんに似てきたな‥‥シュライン」
「今回に限り、巫さまに同意します‥‥」
天鵞絨に宝石を散りばめたような星空。
都会から遠く離れた空は空気までも澄んで、無音の交響曲を奏でていた。
もう、夏が終わる。
終わり
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/ シュライン・エマ /女 / 26 / 翻訳家 興信所事務員
(しゅらいん・えま)
0134/ 草壁・さくら /女 /999 / 骨董屋『櫻月堂』店員
(くさかべ・さくら)
0143/ 巫・灰慈 /男 / 26 / フリーライター 浄化屋
(かんなぎ・はいじ)
0374/ 那神・化楽 /男 / 34 / 絵本作家
(ながみ・けらく)
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■ ライター通信 ■
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お待たせいたしました。
「キリストの墓!?」お届けいたします。
いつもコメディータッチになる、玉ちゃんシリーズですが、今回もやっぱりコメディーです。
楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、またお会いできることを祈って。
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