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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


覗撃退人
●草間興信所
 草間興信所に、落ち着いた感じの老夫婦がやって来た。
「最近、うちの宿で覗きが出るらしいんです」
 そう言うのは、『五月雨』という温泉宿を経営する高橋・秀人(たかはし ひでと)の妻である高橋・依子(たかはし よりこ)だ。
「覗き……ですか」
 面食らったように、草間が聞き返した。高橋夫婦は同時に頷く。
「全く、こっちは警戒しているのに覗きが出るとお客さんから苦情が出てね。困ってるんだよ」
「警戒とは、一体どのようなものを?」
「一時間に一度、男湯は主人が、女湯は私が見に行ってます」
「それは、時間を決めてですか?」
「いいえ、バラバラです。時間を決めていたら、警戒している事がばれてしまいますから」
 ふむ、と草間は顎に手を当てた。
「しかし、どうして覗きがいると分かったんです?」
 困ったように、主人の方が溜息をついた。
「私の古い友人が、たまたまインターネットで見つけたらしくてね。うちの宿の温泉で撮ったとしか思えない写真を展示しているらしいんだ」
「それは、女湯だけですか?」
「いや、男湯もだよ。全く、男の裸を写して何が楽しいのか……」
(確かに!)
 草間は強く共感した。
 高橋夫妻は、よろしく頼むと言って去っていった。後に残された温泉宿のパンフレットをぱらぱら見ながら、草間は「誰が行くのかな」と呟くのだった。

●草間興信所〜自宅
「君で二人目だよ」
 草間はそう言ってパンフレットと依頼書を影崎・雅(かげさき みやび)に手渡した。雅はそれらを受け取るとぱらぱらとめくり、にやりと笑う。
「流石に、噂のホームページアドレスは載ってないな」
「載ってる訳がないだろう」
 苦笑しながら草間は言う。
「それにしても、平和な依頼だな」
「覗きを撃退するのが、どうして平和なんだ?」
 草間のその疑問には答えず、雅は真剣な顔で草間に向き直る。
「どうしたんだよ?」
「何がだ?」
 訝しげに草間は尋ね返す。
「ここは妖怪探偵事務所の筈なのに」
「……違う……と思う」
 唸るように、草間は曖昧に否定した。完全に否定しきれない所がもの哀しい。
「で?今すぐ行っていいのか?」
 雅の言葉に、草間ははっとする。こんな事でいちいちめげていては仕方が無い。
「いや。明日12時に温泉宿『五月雨』の主人が、近くの駅まで迎えに来てくれる事になっている」
「そこで今回のメンバーと顔合わせって事か。……あと何人くらい派遣するつもりなんだ?」
「あと二人って所かな」
 その言葉に、雅はにやりと笑う。
「じゃあ、まだ定員は来てない訳だ」
 そう言って、雅は手をすっと草間の前に差し出す。草間は不思議そうに雅を見る。
「何だ?」
「もう一人、連れて行くから」
「は?」
「大丈夫だって。大いに役に立つからさ!……大いにな」
 草間は眉間に皺を寄せつつも、雅にもう一人分のパンフレットと依頼書を手渡す。雅はそれを受け取り、もう一度にんまりと笑った。
「じゃあ、行ってくるわ」
「明日、集合に遅れるなよ。連れて行く、もう一人もな」
「了解」
 草間興信所を後にし、雅は手にある二部のパンフレットと依頼書を見て、もう一度笑った。そして足取りも軽く、真っ直ぐと何処にか向かうのだった。

 病院の中庭内に、人影があった。銀髪を靡かせる、自らの兄の影崎・實勒(かげさき 
みろく)だ。木の傍に立ち、くるりと踵を返す。雅は慌てて声をかけた。
「よっ、兄ちゃん」
 振り向いた實勒は、不機嫌そうな顔をして雅を見ていた。
「雅……」
 うめくように實勒は言い、大きな溜息をついた。雅はその様子に、少々不服そうに苦笑する。
「何だよ、今の溜息。俺に会ったのが不幸みたいなリアクションはして欲しくないなぁ」
「そうせざるを得ない状況に遭遇したのだから、仕方あるまい」
 事もなげに實勒は言った。雅は「そう言うなよ」と言いながら手をひらひらと振った。
「兄ちゃんさ、明日休暇だって言ってたよな?」
「そうだが」
 雅はその答えを聞いて、にやりと笑った。
(それなら、来た甲斐があったってもんだ)
「温泉に行かないか?」
「……温泉?」
「そ、温泉。たまにはのんびりと温泉につかろうぜ」
 まんざらでもない實勒の様子に、雅は草間から貰ってきたパンフレットを出す。勿論、依頼書は収めたままだ。
「これ、パンフレットな!」
「『五月雨』か……。中々良さそうな宿だな」
(乗ってきた、乗ってきた!)
「そこに招待されててさ。ちょっと手伝って欲しい事があるんだってさ。それさえ手伝えば、後はゆっくり温泉!」
「手伝い?」
 實勒は訝しげに雅を見てきた。雅は淡々と「ちょっとだけだって」と答える。
(これ以上追求されたら、行かないとか言いかねんな)
「じゃ、明日の12時にそこの駅に送迎バスが来るから」
「12時だと?随分早いな」
 實勒はそう言うと暫く考え、パンフレットを白衣の中にねじ込んだ。雅に背を向け、仕事場に戻ろうとする。
(そういや、何で兄ちゃんはここにいたんだろうか?)
「あ、兄ちゃん。そこに何が見えたのさ?」
 先程實勒が立っていた場所を指差し、雅が尋ねた。實勒には、残留思念を不本意ながらも見てしまうという能力を持っている。雅は何かしらを實勒が見ていたのだと判断し、尋ねた。すると、實勒は不愉快そうに振り向き、億劫そうに口を開いた。
「もう一度、ここで会いたかったのだと」
 木に宿っていた残留思念は、先日亡くなった若い女のものであったという。入院中は、その木の下で毎週金曜日に彼氏に会うのが楽しみであった。だが、先週の金曜日に二人が会う事は無かった。彼女は木曜日にこの世の者ではなくなっていたのだから。彼氏に会いたかったという気持ちと、どうしても木の下に行きたかったという思いから、木に思念が残ってしまったのであろう。
 實勒が立っていた場所に、今度は雅が近づいていた。實勒は振り返らない。雅もその事に関しては何も言わない。
「俺が浄化してやるよ。……だから、もうここに留まるのはやめたほうがいい」
 雅は経を唱える。すると、だんだんその場が明るい空気に変化していく。
(これでもう、兄ちゃんに睨まれることもないからな)
 そう考え、小さく微笑む。辺りは、既に赤みを帯びてその場を優しく包むのだった。

 辺りが暗くなっていたものの、インターネットカフェの前で雅は足を止めた。
(覗きの写真は、ネットで公開されているんだよな)
 そう考えると、中に入って料金を払ってから席に着く。店は中々盛況で、気をつけないと自分が何を見ているかがまわりに分かってしまう程であった。
「さてと」
 雅は席に着き、依頼書を取り出す。そこに、ネットのアドレスも載っていた。アドレスを打ち込んで移動すると、突如怪しげな音楽が流れ出した。慶悟は慌てて備え付けのイヤホンを音源の所に差し込む。トップページは『どきどき☆温泉』と書いてある。
(うわ。何やら心くすぐられる所だな)
 覗きで撮られたと思われている写真は、すぐに分かった。『温泉宿S』とあったのだ。他ならぬ『五月雨』の事であろう。そこをクリックすると、『男湯』と『女湯』に分かれていた。
(本当に男湯の写真もあるのか?何て無駄な!)
 雅は半信半疑ながらもクリックする。まずは『男湯』の方から。湯気のせいで多少見えにくいものの、それは確かに覗き写真であった。
(この角度なら、湯船から大分高い位置から写真を撮っているっぽいな)
 どの写真も上から見下ろすような状態で写されていた。雅はそのうちの何枚かを印刷し、依頼書に挟む。あまり見ていたくはない写真だ。
 次に『女湯』の方をクリックした。こちらは先程までよりも幾分か目を楽しませてくれたものの、やはり湯気の所為で見えにくくなっていた。はっきり写っていようが写っていまいが、気にしてはいないようだ。そして、こちらも上から見下ろすような状態で写されていた。軽い興奮を覚えつつ、雅はそれらのいくつかを印刷する。
(ま、まあ……これなら何となく気持ちがわからない事もないんだけど)
 印刷したものを、先程と同じポケットにしまいこむ。これで資料は多少なりとも揃った。
(それにしても、このサイトを運営している奴はどんな奴なんだろう?)
 サイトの隅から隅まで探すものの、自己紹介はおろか、メールアドレスでさえ掲載してはいなかった。
(うわー……秘密主義ってやつ?)
 雅は苦笑しながらコンピュータの電源を落とした。周りの客の目を気にしつつ、インターネットカフェを後にする。辺りはすっかり夜に支配されている。
「温泉、楽しみだなぁ〜!」
 雅はうーんと伸びをし、帰路に着くのだった。

●自宅〜五月雨
 雅は約束の時間の五分前に到着する。そして、目に鮮やかに写る銀髪の姿を確認する。
「あ、兄ちゃん!ちゃんと来てくれたんだな」
 實勒は、金髪で少々派手な格好をした青年と一緒にいた。真名神・慶悟(まながみ けいご)だ。
「あ、慶悟君」
「あんたか、影崎」
「お前、弟と知り合いか?」
 實勒が尋ねる。慶悟は言葉を濁しつつ、「まあな」と答える。
(おっと、兄ちゃんと慶悟君は初対面だ)
「紹介するな。これは俺の兄ちゃんで、影崎・實勒(かげさき みろく)だ。監察医をやってるんだ」
「真名神慶悟だ」
 實勒は大して興味も無さそうに「そうか」と言うと煙草の煙を吐き出した。
「ところで、慶悟君も例の依頼を?」
「ああ。あんたもか」
「まあな」
 雅は小さな声で答え、にやりと笑った。ちらちと實勒に視線をやりながら。
「おい、雅」
 實勒は声をかけて、親指で一人の男性を指差した。手には『温泉宿五月雨』と書いてある赤い旗を持っている男であった。高橋氏である。
「あ、あれだあれだ。行こうぜ、慶悟君」
 雅は二人を促し、高橋氏の元に集う。慶悟、雅、實勒の3人。そしてもう一人、少年がにこにこと笑いながら立っていた。全身黒に固めている。
「草間興信所からお越しの方々ですね。ようこそお出でくださいました」
 高橋氏が頭を下げる。それぞれが自己紹介をしていき、ついに少年の番になった。
「水野・想司(みずの そうじ)だよ。よろしくねぇ!」
 小柄な、黒髪黒目の少年。へらへらと笑っていたかと思うと、急に真剣な顔になって叫ぶ。
「伏せて!」
 訳も分からないまま、一同は想司の言葉どおりにその場にしゃがみ込む。たっぷり通行人にじろじろと見られ、暫くしてから想司は立ち上がって微笑む。
「危なかったねっ!」
「……何がだ?」
 慶悟は立ち上がりながら尋ねる。
「いや、さっき向こうの方が光ったから」
 想司はけろりとして答える。慶悟は想司の指差す方向を見るが、何も無い。あるのはビルだけだ。
「ビルの窓が光っただけじゃないのか?」
 雅がそう言うと、ぽん、と想司は手を打った。
「なるほどね。こんな所で狙わないよね」
「一体、何に狙われてる?」
 不機嫌そうに實勒が尋ねる。
「狙撃手」
「「は?」」
 慶悟と雅が聞き返す。實勒に至っては、不機嫌そうに睨みつけるだけだ。高橋氏は突如起こった出来事についていくのにやっとだ。
「だから『五月雨』の主人って狙われてるんでしょ?」
「そうなのか?」
 慶悟は思わず高橋氏に尋ねる。高橋氏は慌てて首を振る。
「いいえ!そんな事は……」
「でも、大丈夫!僕がさっくりばっくり解決しちゃうからね!」
「おい、違うらしい……」
 慶悟の言葉を無視し、想司は再び言葉を紡ぎ始める。
「狙撃手だよっ!誰にも気が付かれないんでしょ?絶対強敵が居なくて寂しいって思ってたんだって!おまかせ!僕がスパっと解決してあ・げ・る!」
「誰か、こいつと話をする方法を教えてくれ……」
 うんざりした様子で慶悟は言う。
(話をする……とりあえず、想司君に突っ込みを入れればいいわけだ)
 雅はそう考え、懐から何かを取り出し、折ってから慶悟にそっと手渡す。
「何だ、これ?」
 慶悟は手元を見る。そこにあるのは、懐紙で作られたハリセンだった。
「だからきっちりしっかり安心するといいよ!ね、ね?」
 ぺちん!慶悟はそれを使って想司の後頭部を叩く。懐紙の柔らかさから、あまり良い音はしない。だが、想司は半放心状態になって、喋りが止まる。
(おお、なかなかの効力!)
 慶悟は手にしたハリセンをまじまじと見つめた。雅はげらげらと笑い、實勒はただ溜息をつきながら煙草を吸っている。
「そ、それじゃあ、そろそろご案内しますね」
 高橋氏はそう言ってバスのドアを開けた。4人はそれに乗り込む。目指すは一路、温泉宿『五月雨』。

 温泉宿『五月雨』は、風流な趣を持つ宿だ。温かみのあるもてなしと味わい深い料理が楽しめると、中々の評判だ。
「ここが噂の決戦場所だね」
 想司はうきうきしながら言う。
「一体、何と戦うつもりだ?覗き犯か?」
 呆れたように慶悟は言う。想司は不服そうに口を尖らせ、抗議する。
「だから、狙撃手だってば!」
 そう想司は言ったかと思うと、暫く考えた後に三人を見渡してうんうんと頷いた。
「どうしたんだ?想司君。何かわかったのか?」
 雅が不思議そうに尋ねた。想司は雅ににっこりと笑いかける。
「分かってるってば!」
「……何の話だ」
 實勒が不機嫌そうに言葉を挟んだ。
 實勒はちらりと雅を見るが、雅は何も言わない。
(何か見てるよ、兄ちゃん。しまった、気付かれたかな?)
 雅はとりあえず、様子を窺う事にした。事情を説明するのは、しっかりと巻き込んでからの方が良さそうだ。
「では、まずお部屋の方に荷物を置いてください。一応二部屋お取りしておりますので、お二人ずつどうぞ」
 高橋氏の言葉に、雅は實勒の手を取って手をあげた。
「はいはい!俺、兄ちゃんと同じ部屋ね」
「……は?」
 實勒は眉間に皺を寄せて雅を軽く睨むが、雅はそのようなことも気にせずににやりと笑う。
(もう絶対に逃げられないようにしてやるぜ!兄ちゃんの能力、絶対に役に立つからな)
 實勒が睨んで来たが、雅は何も答えずにただ笑った。何かをたくらんでいるかのような、笑み。
 一方、慶悟はそれを受けて想司の方を向く。
「じゃあ、俺はこいつと同じ部屋か……」
「そっか、僕は慶悟クンと同じ部屋だね!宜しくねっ!」
 にこにこと笑いながら想司は手を振る。慶悟は小さく溜息をつき「宜しく」と呟くように言うのだった。手に何かを握り締めたまま。

●五月雨にて
 部屋に荷を置きに行き、雅は一通りの商売道具を手にした。そして、草間からもらった實勒の分の依頼書を取り出してにやりと笑う。
「雅。一体何の話だ?依頼とか狙撃とか」
 實勒は部屋につくなり不機嫌そうに尋ねる。そして、さらに不愉快そうに付け加えた。
「そして、何故私とお前が同じ部屋なのだ?」
「言っただろ?ちょっと手伝って欲しい事があるって。それのことだよ」
「私は手伝う気は無いが」
(そう来ると思った)
 雅は苦笑しながら依頼書を黙って實勒に渡す。實勒は眉間に皺を寄せながらそれを受け取ってぱらぱらと頁をめくる。
「何だ?これは」
「今回、手伝って欲しい事」
「いや、聞きたいのはそこではない。何故私が手伝わなくてはならない」
「だから、手伝ったら只になるんだってば」
「私は正規の値段を払ってもいいのだぞ」
「ううん、もう強制だから。ここの主人だって困ってるんだし」
「私の知った事ではない」
「……兄ちゃん、依頼書しっかり読んでみなよ。そしたら、手伝う気になるかもしれない」
 雅がそう言うと、實勒は小さく溜息をつきながら目を通す。だんだん目つきをするどくさせながら。
「……覗きが出るのか」
「うん」
「しかも、男湯にまで出るのか」
「そうだな」
(自分に害が降りかかるんだ。動かないわけがないよな)
 雅はそう考え、にやりと笑う。實勒は立ち上がり、依頼書を投げた。
「仕方あるまい。ならば、私は話でも聞きに行く。その後は知らんからな」
「了解」
 思った通り動いてくれた兄に、思わず雅はにんまりと笑った。それからネットカフェで手に入れたコピーを取り出し、實勒に見せる。
「これ、使う?」
 實勒はそれをちらりと見、首を横に振った。
「忘れるな。私は休暇でここに来たんだからな」
「分かってるって」
 どかどかと出ていく實勒に、雅はひらひらと手を振って見送る。そして自分の用意が整うと、雅も部屋を後にするのだった。

 浴場の前で、雅・想司・慶悟の三人が集合していた。
「實勒クンは?」
 想司はきょろきょろ辺りを見回しながら、雅に尋ねる。
「聞き込みするってさ」
「そうか。で、どうする?」
 慶悟が二人に尋ねる。
「男湯と女湯に分かれるか?今はまだ客もいない。どちらでも入ることができる」
「俺はネットで大体の覗きポイントみたいなものは掴んだからさ、ローラー作戦で行こうと思ってるんだけど」
 雅はそう言って、ネットで入手したらしい印刷をぱらぱらと見せる。
「うわー、雅クンのエッチー」
 想司はそう言って雅の背中をぽんぽんと叩く。
「いや、これ別にそういう目的で印刷したんじゃないし」
「分かってるってば〜!」
(絶対に分かってないし!)
 雅は、だんだん想司の「分かってる」が全く分かっていないということなのだと分かり始めてきた。
「僕はね、瞑想して気の結界を張って狙撃手をキャッチだよ。で、ライト・せーばーで……!」
「俺は式神を飛ばす。俺もネットで大体の撮影場所は掴んだからな」
 想司の言葉を遮り、慶悟が言う。掲げられる筈の握りこぶしが哀しく宙を舞う。
「慶悟クンのいじわる〜」
「とりあえず、水野は結界を張れ。俺は式神を飛ばしてから影崎と撮影場所を探る」
「同時には出来ないのかな?男湯と女湯」
 想司はぼそりと呟く。
「え?」
 雅は思わず聞き返す。想司は口元に手を持っていく。
「男湯と女湯、二つのどっちに狙撃手がいるのか分からないじゃん?だから、いっその事同時に結界を張れたら楽だなって。例えばさ、僕が男湯に結界を張ってる時に女湯に狙撃手が現れたら、どうしようもないじゃん?」
「それはあるかもしれないな」
 慶悟はそう言って男湯の中を覗く。脱衣場、大浴場、露天風呂という順番になっている。
「ネットで入手した写真は、どれも露天風呂のものだったぜ」
 雅はそう言って、露天風呂のほうに足を踏み入れる。大浴場のドアを開けると、びゅう、という心地よい風が吹く。湯の張られていない露天風呂が右に、そして左手に視界を遮断する衝立が為されている。
「こっちって、女湯だよね?じゃあ、繋がってるのかな?」
 想司はそう言って地を蹴り、衝立よりも幾分か高く飛び上がる。隣は、男湯と対称になったつくりの女湯がある。
「じゃあ、この衝立を取っちゃえばいいんだな」
 雅が衝立に手を伸ばす。慶悟は慌てて雅の手を掴んで制する。
「まずはここの主人に許可を取ってからだ」
「いや、後で直しておけばいいんじゃないか?」
「お前が取って、お前が直すのか?」
 訝しげに慶悟が言う。雅は何の疑問も持たずに頷く。
(また何か壊すと思ってるな?慶悟君)
「じゃあ、取っちゃってよ。雅クン」
 想司はけらけら笑いながら言う。慶悟はちらりと想司を見、一つ溜息をついてから雅の手を離した。
「壊すなよ」
「分かってるってば」
 雅はそう言って、片手で衝立を取り除く。何も壊す事なく。
(ほらな、壊さなかっただろ?)
 雅は何故か得意げに笑う。
「じゃ、僕結界を張るね」
 想司は衝立のあった丁度真中に座り、目を閉じる。瞑想に入ったのだ。
「じゃあ、式神を飛ばすぞ」
 慶悟はそう言って、符を懐から取り出して呪を唱える。途端、たくさんの蛾が空を舞う。
(じゃ、探すか)
 雅はひらひらと舞う蛾から視線を外し、捜索を始めた。
(まずは女湯から)
 ネットで入手した写真から、カメラが上の方に設置されているだろう事は想像できていた。あとは、そのカメラ自体を探すだけだ。すると、見えにくくなっている木の枝の隙間に、光るものを発見する。カメラだ。雅はえいと手を伸ばし、それを手にとる。
(見たことの無い、変わったカメラだな)
 そのカメラは、普段店頭などでは見たことの無いカメラであった。始めてみるような、不思議なカメラ。光センサーを受信すると思われる大きな受信部分がある。恐らくは、遠隔操作のできるタイプ。
「影崎、このままカメラを置いておいた方が良くないか?このまま置いておいて、犯人がここにやってくるのを張り込んでいた方が手っ取り早い気がするのだが」
 慶悟が声をかけてきた。雅は暫く考え「……それもそうだけどな」と返事する。手にカメラを持ったまま、雅は慶悟の所に行く。
「これは、遠隔操作のできるタイプだ。どこまで離れていても撮影が可能かは分からないけど。このカメラ……あんまり見た事の無いものだよな?」
 雅にそう言われ、慶悟もカメラを設置場所から外して見る。確かに店頭では見た事の無いカメラだ。尤も、あるのだと言われたらそうかもしれないとも思うのだが。
「もしかしたら、かなり離れていても撮影が可能なのかもしれないな。だけど、確かにこのカメラの周辺にはいないと撮影は不可能な筈だ」
「ならば、そこを叩く」
 慶悟と雅はそう言い、頷きあう。その時、露天風呂から實勒が現れる。
「あ、兄ちゃ……」
 雅が声をかけようとした、その瞬間だった。今まで瞑想していた想司が目を見開き、手に光の刃を生じさせたのだ。想司は實勒に向かって刃を振りかざす。
「君が噂の狙撃手さんだね!僕は水野想司!お命頂戴だよっ」
「わっ、ちょっと待て!」
 雅は慌てて制止するが、想司の耳には届かない。雅は慌てて辺りを見回し、衝立の鉄パイプを一本千切り取るように手に取る。そして急いで構えて振り下ろされる想司の刃を受ける。
 キィン、と涼やかな音が辺りに響いた。同時に、ぱさり、と銀の髪の毛が地に落ちた。刃は受け止めたものの、庇いきれなかった實勒の髪の毛が切られてしまったのだ。
(く、重いな)
 想司の刃は、確実に敵を仕留めるだけの力を持ったものだった。雅は受け止めたまま、ぐい、と力を込める。想司は刃をぐっと押し付け、反動で後に下がってもう一度光刃を構えなおす。同時に雅も鉄パイプを構え直す。だが、光刃がもう一度振りかざされる事は無かった。想司が慌てて光刃を消した。やっと、相手が誰なのかを認識したのだ。
「なんだ、實勒クンか」
「なんだ、ではない。突然何をする?」
 不愉快そうに實勒は言う。雅も想司がもう一度かかってこない事を確認し、鉄パイプを下に降ろす。
「不審者だと思ったんだよな」
「うん」
 想司は素直に頷く。實勒は更に顔を歪めて唸るように「失敬な」と呟く。
「想司君、狙撃手はここにはいないみたいだよ」
 雅はそう言ってカメラを見せる。慶悟もそれを見て自らも持っているカメラを見せる。計二台。
「男湯と女湯のそれぞれにしかけてあった。ちょっと見えにくいところにはあったんだが」
 慶悟はそう言ってカメラが仕掛けてあったらしい場所を見やる。
「どう?兄ちゃん」
 雅はにやにやと笑って自分の持っているカメラと慶悟の持っているカメラを見せる。實勒は「ふん」と言うと、億劫そうに口を開く。
「犯人の目星はついている。それを後押ししたに過ぎない」
「狙撃手だね!」
(まだ言ってるんだ、想司君)
「そもそも、ここの盗撮写真がサイトにアップされていると教えてきたのは、こことライバルの関係にある『時雨』という温泉宿だ。ここの丁度真向かいに立っている、な」
 實勒の集めてきた情報はこうだった。『五月雨』と場所的に大した違いも無いところに建っている『時雨』は、昔から『五月雨』に対抗意識を燃やしていた。逆に、『五月雨』の経営者達は仲良くしているのだと思っていたのだという。
「サイトにアップされている事を教えてくれた良い人たちだ、などとここの主人達は言っていたが、とんだお人好しだ。その事を伝えに来たのは、客が訪れる事の多い夕方に、しかも客のいるフロントであったらしい。本当に相手の事を思うのなら、こっそりと教えてくるのが普通であろう」
「そうだな。じゃあ、犯人は……」
 慶悟は確信を持って良い、實勒を見る。實勒は頷き、吐き捨てるように言う。
「恐らく、『時雨』の経営者」
「早く行こうよ!『時雨』にさ!」
「いや、それよりもここを張り込んで、とっ捕まえた方が分かりやすくていいかもしれないぞ」
 雅はそう言って、慶悟の方を見る。慶悟もそれに頷く。
「私は知らん。あとは好きにしろ」
 そう言って實勒は去って行こうとする。雅は背中をぽんぽんと叩き、囁く。
「兄ちゃんさ、いいの?せっかくの休暇を台無しにしてくれた犯人が来るんだぜ?兄ちゃんの手でカタをつけなくていいの?」
 途端、實勒の眉間に皺が寄る。
「……分かった。全く、面倒な事を」
 雅は勝ち誇ったように笑った。

●カメラ設置の近く〜中庭
 四人は、それぞれの場所で張り込むこととなった。それぞれの思う場所での張り込み。雅は女湯のカメラが設置されていた場所に一番近いところにいた。勿論、そこから女湯の様子を窺う事は出来ない。
(さてさて、どこから現れるか?)
 雅は身を潜めて覗き犯を待った。と、その時だった。慶悟がいる筈の男湯の方から、蛾の大群がやってきていた。
(確か、あの蛾は慶悟君の式神だったな。見つけたのか?犯人を!)
 雅は慌てて蛾を追う。すると、蛾の大群は曲がり角を曲がり、中庭に出ていく。ベンチのある中庭で、實勒がのんびりと座って煙草を吸っていた。蛾はその方向に向かっていた。
(まさか、兄ちゃん?)
 雅の不安をよそに、蛾は真っ直ぐと實勒のほうへと向かう。そこで實勒が蛾に気付く。慌てて立ち上がり、その場から離れる。すると、その向こうに携帯をいじっている青年がいた。青年のほうも蛾の大群に気付き、その場から立ち去ろうとする。だが、それは敵わなかった。蛾の大群はその青年に纏わり付き、青年をその場に捉えて放さないのだ。
(そうか、あいつか!)
「一体、どうなっている?」
 實勒が呆然として呟く。雅は實勒に向かって叫ぶ。
「兄ちゃん、そいつだ!そいつが犯人だ!」
 気付くと、後に想司と慶悟が走ってきていた。雅は實勒が何かしら犯人に向かって何かするかと思ったのだが、實勒は怪訝そうに蛾に囲まれた青年を見るだけだった。
(兄ちゃん、どうでもいいのかな?)
 そう考えている間に、まず想司が青年に飛び掛っていた。地を強く蹴り、高く飛び上がってから光刃を振り下ろす。
「今度こそ、勝負だよ!狙撃手さん!」
「なっ……!俺は狙撃なんて……」
 そう言っている間にも想司の光刃は容赦なく振り下ろされる。蛾達は刃を避けるように下へと飛んでいき、サポートするかのように青年の足元を固める。
「我、龍脈地気を奉じ、汝が歩む道を塞ぎ、歩みを留めん!」
 そう慶悟が叫んだかと思うと、青年の動きは完全に制止させられていた。青年はその場に尻餅をつく。
「王手だぁ!」
(人殺しは法に触れるぞ!)
 雅は慌てて背中にずっと隠し持っていた鉄パイプを構えた。想司は光刃を振り降ろすが、またもや雅の鉄パイプに遮断された。キィン、という音が辺りに響く。
「はい、ストップ!殺しはいけないぞー」
「えー。あ、でも僕の勝ちだよね!ね、ね?」
 光刃をぴったりと青年の喉下につきつけながら、想司は無邪気に笑う。
「そうだな、お前の勝ちだな」
 慶悟はそう言い、動けない青年を見下ろす。
「わーい!良かったね、狙撃手さん。強い相手が欲しかったんでしょ?ね?ね?」
「あ……お、俺は……」
「でもさー、あんまり手ごたえなくてがっかりだよー!どうして?あ、そっか。不意打ちでびっくりしたんだね!そうだよね!あはは、じゃないとこんなに弱いわけが無いもんね!じゃあ、もう一回やり合おうか!今度は助けとか出さずにさぁ……」
(止まらないな。と言う事は、あれの出番だ!)
 雅は懐から自分用に作っていた懐紙のハリセンで想司の頭を叩く。ぺちんという鈍い音がし、想司の口が止まる。雅はそれを確認して、青年の前にしゃがみ込む。
「さてと、あんたが『時雨』の手の者だって分かってるんだぜ?このまま警察に突き出してもいいしさ」
「けっ警察?!」
 青年が怯えたように声をあげた。實勒はすっかり動けなくなり、想司に襲われて古江が止まらず、警察を出されて青くなった青年を見下ろす。眉間にはトレードマークとなってきた皺が寄っている。
「それとも、私のメスで切り刻んでもいいのだぞ?『時雨』の息子よ」
「え?」
「息子?」
「狙撃手の息子?」
 三人が驚いて實勒たちを代わる代わるに見た。
「言い忘れていたが、『時雨』の息子は工学部で高性能なカメラを作っていたらしい」
「ああ、これの事?」
 雅は地面に置いていたカメラを取り上げる。途端、青年の顔つきが変わる。
「俺のカメラ!」
「へえ、これあんたのカメラなんだ?」
 雅がにやりと笑う。青年は「しまった」と言わんばかりに口をぽかんとあける。
「こんな中庭から直角に曲がった所にあるカメラにセンサーを送れるなんてね。確かに高性能だ」
 雅は半分感心しながら言う。實勒は懐からメスを取り出す。金属の冷たい光が夕日に照らされ、恐ろしさを増す。
「さて、体の中を見たくはないか?」
「けけけけ……結構です!」
 實勒は溜息をついてメスを収める。
「とりあえずどうする?こいつ」
 雅が皆を見回す。
「晒す」
と慶悟。
「解剖する」
と實勒。
「もう一度本気で戦う!」
と想司。
「因みに俺は逆さ吊り」
と雅。雅は全員に答えを聞いたことを確認し、青年に向き直る。青年の顔からは、血の色が失せている。
「どれがいい?」
「どれも嫌だ!!」
 皆が残念そうに溜息をつく。
「あ。全部っていうのはどう?僕が戦って、雅クンが逆さ吊りにして、それを慶悟クンが晒して、實勒クンが解剖するの」
 全員が、ぽん、と手を打つ。
「絶対に嫌だぁ〜!」
 青年は泣きながら叫ぶ。その声に高橋夫妻を始めとしてバイト、宿泊客、果ては『時雨』の主人までもが集まってきた。『時雨』の主人が青くなって息子にかけよる。
「親父、俺まだ死にたくないよ!」
 泣きながら、青年は叫んだ。結局、警察に行くという事で落ち着いてしまった。四人は残念そうにパトカーで連れられていく青年を見送るのだった。

●温泉
「これで、よし」
 慶悟はそう言って立ち上がる。
「今後の事も考えて『結界符』を風呂の周辺……見えない所に貼っておいた。これで外から中が見えない」
「おやまあ、有難うございます」
 高橋夫妻が頭を下げる。
「だが、年に三回くらい張りなおしが必要だ。その時は呼んでくれ」
「おや、慶悟君。上手い事を言って、招待してもらおうという腹だな?」
 雅がにやりと笑って茶化す。慶悟はあえて何も答えない。
「いいなぁ、慶悟クン!僕も来たい僕も来たい!」
「俺も俺も!」
 想司に便乗し、雅も言う。それを呆れたように實勒は見ている。高橋夫妻はにこにこと頷く。
「皆さんのお陰ですから、喜んでお招きいたしますよ」
「やったぁ!」
 想司はそう叫んで万歳をする。すると、お腹が「ぐう」と鳴る。
「あーお腹空いた」
「そういや、お腹空いたな」
 雅もお腹を摩りながら頷く。高橋夫妻はくすくすと笑いながら「すぐにご用意させていただきますね」と言う。あとに四人だけが残される。
「あ、そう言えばね。僕、おやつを持ってきたんだよ」
 想司はごそごそとポケットからお菓子を取り出す。小さなポケットによくぞここまで……と思えるくらいの量が入っている。
「いや、今から食事だろう?食べない方がいい」
 慶悟が言うが、想司は「食べられるから」と言って早々にキャラメルの封を開けた。それを他の三人にも配る。3人は何となくそれを口にしてしまう。甘ったるい味が、口一杯に広がる。實勒だけが不服そうに眉を顰めている。
「そういえばさ、僕ずっと疑問に思ってたんだけど……」
 暫くして、想司が口を開いた。が、次の瞬間「お食事の用意が出来ましたよ」と高橋夫人が呼びにきて、その質問は中断されてしまった。食事場に向かう途中、雅は實勒の肩をぽんぽんと叩き、にやりと笑う。
「兄ちゃん、来て良かっただろ?これから年に三回、温泉にご招待だぜ」
 實勒はぎろりと睨む。
「だが、お前達と一緒は敵わん」
「何でだよ?いいじゃん」
「何でもだ」
 實勒がふいに黙って顔を歪めた。
「どうしたんだ?兄ちゃん」
「……煩い」
 それっきり、實勒は黙ってしまった。雅は苦笑する。
(しょせん、兄ちゃんは兄ちゃんって事だな)
 食事場には、パンフレットと相違ない心づくしの料理が並べられていた。
「よし、食うぞ!」
 雅はそう呟き、にんまりと笑う。それに便乗したのか、お腹が「ぐう」と鳴るのだった。

<依頼完了・温泉招待付>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0424 / 水野・想司 / 男 / 14 / 吸血鬼ハンター 】 
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 0965 / 影崎・實勒 / 男 / 33 / 監察医 】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、お待たせいたしました。霜月玲守でございます。このたびは私の依頼を受けて頂き、本当に有難うございました。
今回はコメディタッチを目指していたんですが、如何でしたでしょうか?少しでも楽しんでいただけたら光栄でございます。

影崎雅さんは、ご兄弟での参加でしたね。有難うございます。兄弟といえども、全く異なる性格・考え方で、そのギャップが私には楽しかったです。
プレイングは、相変わらず直球で素敵でした。しかし、せっかく持ってきていただいた商売道具を活躍できなくてごめんなさい。

今回も、四人の方それぞれのお話となっております。他の方の話も合わせて読まれるとより深く読み込められると思いますので、是非他の方のお話とも読み比べてみてくださいね。

ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。
それでは、またお会いできるその時まで。