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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


覗撃退人
●草間興信所
 草間興信所に、落ち着いた感じの老夫婦がやって来た。
「最近、うちの宿で覗きが出るらしいんです」
 そう言うのは、『五月雨』という温泉宿を経営する高橋・秀人(たかはし ひでと)の妻である高橋・依子(たかはし よりこ)だ。
「覗き……ですか」
 面食らったように、草間が聞き返した。高橋夫婦は同時に頷く。
「全く、こっちは警戒しているのに覗きが出るとお客さんから苦情が出てね。困ってるんだよ」
「警戒とは、一体どのようなものを?」
「一時間に一度、男湯は主人が、女湯は私が見に行ってます」
「それは、時間を決めてですか?」
「いいえ、バラバラです。時間を決めていたら、警戒している事がばれてしまいますから」
 ふむ、と草間は顎に手を当てた。
「しかし、どうして覗きがいると分かったんです?」
 困ったように、主人の方が溜息をついた。
「私の古い友人が、たまたまインターネットで見つけたらしくてね。うちの宿の温泉で撮ったとしか思えない写真を展示しているらしいんだ」
「それは、女湯だけですか?」
「いや、男湯もだよ。全く、男の裸を写して何が楽しいのか……」
(確かに!)
 草間は強く共感した。
 高橋夫妻は、よろしく頼むと言って去っていった。後に残された温泉宿のパンフレットをぱらぱら見ながら、草間は「誰が行くのかな」と呟くのだった。

●病院〜自宅
 病院の中庭内に、影崎・實勒(かげさき・みろく)はいた。銀の髪を靡かせ、青の瞳で鋭く庭の一角にそびえ立つ木の根元に、實勒はいた。眉間には皺が寄り、見るからに不愉快そうである事を指し示していた。
「……相変わらず、必要の無いものだな」
 小さく呟き、大きな溜息をついた。「ふん」と吐き捨てるように言い、その場を後にしようと踵を返す。
「よっ、兄ちゃん」
 實勒の眉間に刻まれた皺が、より一層深く刻まれた。實勒の目の前にいたのは、黒髪の青年だった。どうして自分にはこのような弟がいるのだろう、と世界の三大不可思議事象にいれてもいいくらい納得のいかない、弟が。
「雅……」
 うめくように實勒は言い、再び大きな溜息をついた。影崎・雅(かげさき・みやび)はその様子に、少々不服そうに苦笑する。
「何だよ、今の溜息。俺に会ったのが不幸みたいなリアクションはして欲しくないなぁ」
「そうせざるを得ない状況に遭遇したのだから、仕方あるまい」
 事もなげに實勒は言った。雅は「そう言うなよ」と言いながら手をひらひらと振った。
(軽く流すのもどうなのだ)
 實勒の思いは、通じない。
「兄ちゃんさ、明日休暇だって言ってたよな?」
「そうだが」
 嫌な予感を覚えつつ、實勒は答える。久しぶりの休暇が取れたで嬉しくなり、つい家族に言ってしまったのだ。
(不覚だったか)
 何かありげな雅の様子に、實勒は軽く後悔した。だが、次に出てきたのは予想すらしなかった言葉だった。
「温泉に行かないか?」
「……温泉?」
「そ、温泉。たまにはのんびりと温泉につかろうぜ」
(温泉、か)
 頭の中で、ゆっくりと温泉につかる自分の姿を思い浮かべた。そのような休暇の使い方も悪くは無いかもしれない。
「これ、パンフレットな!」
「『五月雨』か……。中々良さそうな宿だな」
 中は『五月雨』の持つ独特の温かみを感じさせる部屋の様子や心づくしの料理の写真が載っていた。手書きで書いたものを印刷したのであろう説明文も、好感を持てた。
「そこに招待されててさ。ちょっと手伝って欲しい事があるんだってさ。それさえ手伝えば、後はゆっくり温泉!」
「手伝い?」
(雲行きがおかしくなったな)
 實勒は訝しげに雅を見るが、雅は淡々と「ちょっとだけだって」と答えるだけだ。
「じゃ、明日の12時にそこの駅に送迎バスが来るから」
「12時だと?随分早いな」
 實勒の疑問に、雅はただ笑うだけだ。實勒は再び眉間に皺を寄せるものの、大きな溜息をついて追求を止めた。どうせこれ以上は喋る気は無いだろうから。
(まあ、いい。そういうのは雅に任せて私は温泉につかればいいのだから)
 實勒はそう考えながら、パンフレットを白衣の中にねじ込んだ。雅に背を向け、仕事場に戻ろうとする。
「あ、兄ちゃん。そこに何が見えたのさ?」
 先程實勒が立っていた場所を指差し、雅が尋ねた。實勒は不愉快そうに振り向き、億劫そうに口を開いた。
「もう一度、ここで会いたかったのだと」
 實勒の持つ、残留思念を見てしまう能力。本人はそれを決して喜んではいなかった。寧ろ、鬱陶しいものであるとしていた。木に宿っていた残留思念は、先日亡くなった若い女のものであった。入院中は、その木の下で毎週金曜日に彼氏に会うのが楽しみであった。だが、先週の金曜日に二人が会う事は無かった。彼女は木曜日にこの世の者ではなくなっていたのだから。彼氏に会いたかったという気持ちと、どうしても木の下に行きたかったという思いから、木に思念が残ってしまったのであろう。
 實勒が立っていた場所に、今度は雅が近づいていた。實勒はそれを知りながらもあえて何も言わなかった。彼に取っては、そのような残留思念などはどうでも良い事であった。

 帰り際、實勒は昼間残留思念を見てしまった場所にふと目をやった。そこには、既に残留思念は残ってはいなかった。恐らく、雅が浄化してしまったのであろう。
「たまには役に立つ……」
 實勒はそう呟くと、その場から離れていった。頭の中は明日行く温泉の事が支配し始めていた。
「温泉、か……」
 何となく声に出してしまい、實勒は少し後悔する。気付くと隣に同僚がいたからだ。
「いいなあ。影崎先生、温泉に行くんですか」
(しまった)
「何処に行くんです?」
「……あまり詳しくは。弟が手配しているから」
 鬱陶しそうに實勒は言う。同僚は「へえ」と言って微笑む。
「弟さんと行くんですか!仲が宜しいんですね」
「仲など良くないがな」
「またまた!楽しんできてくださいね」
 言うだけ言って、同僚は去っていった。
「本当に、仲など良くないのだが」
 實勒は眉間に皺を寄せて呟いた。心から不服そうに。

●自宅〜五月雨
 實勒は荷物を下に置き、腕時計に目をやる。12時五分前。
(一服する時間くらいはありそうだな)
 煙草を口にくわえるものの、肝心のライターが見つからない。きょろきょろと探すうちに、一人の青年が煙草を吸っているのを見つけた。金髪で、細身の青年。派手な容姿は一見ホストという職業を連想させた。
(火を持っているのなら、どうだっていい)
 實勒はそう判断して青年に近づき、声をかけた。
「火を貸してくれないか?」
 青年はライターを手渡してくれた。實勒はライターで煙草に火をつけ、満足そうに煙を吸い込んだ後、青年にライターを返した。と、その時。
「あ、兄ちゃん!ちゃんと来てくれたんだな」
(来たか、雅)
 騒がしい声で、實勒に雅が近づいてきた。
「お前は……」
 ライターを貸してくれた青年は、そう呟いて雅を見ていた。
(知り合いか?)
「あ、慶悟君」
「あんたか、影崎」
(やはり知り合いか)
 實勒はそう考え、確認の為に声に出す。
「お前、弟と知り合いか?」
 青年は言葉を濁しつつ、「まあな」と答える。
「紹介するな。これは俺の兄ちゃんで、影崎・實勒だ。監察医をやってるんだ」
(勝手に紹介し始めたぞ、こいつ)
 多少不服に思いつつも、實勒は黙って煙草を吸う。
「真名神・慶悟(まながみ けいご)だ」
 實勒は大して興味も無さそうに「そうか」と言うと煙草の煙を吐き出した。
「ところで、慶悟君も例の依頼を?」
「ああ。あんたもか」
(依頼?)
 實勒はふと耳に入ってきた単語を頭の中で反芻し、弟に目をやる。弟はこちらに聞こえないように敬語に耳打ちしていた。
(まあ、いい。私には関係の無い事だ)
 實勒はそう判断すると、煙草の煙を吐き出す。そこに、手には『温泉宿五月雨』と書いてある赤い旗を持っている男を見つける。高橋氏である。
「おい、雅」
 實勒は声をかけて、親指で高橋氏を指差した。
「あ、あれだあれだ。行こうぜ、慶悟君」
 雅に促され、高橋氏の元に集う。慶悟、雅、實勒の3人。そしてもう一人、少年がにこにこと笑いながら立っていた。全身黒に固めている。
「草間興信所からお越しの方々ですね。ようこそお出でくださいました」
(私は違うのだが……まあ、いい)
 大して追求する事もなく、實勒は受け流す。
 高橋氏が頭を下げる。それぞれが自己紹介をしていき、ついに少年の番になった。
「水野・想司(みずの そうじ)だよ。よろしくねぇ!」
 小柄な、黒髪黒目の少年。へらへらと笑っていたかと思うと、急に真剣な顔になって叫ぶ。
「伏せて!」
 訳も分からないまま、一同は想司の言葉どおりにその場にしゃがみ込む。たっぷり通行人にじろじろと見られ、暫くしてから想司は立ち上がって微笑む。
「危なかったねっ!」
「……何がだ?」
 慶悟は立ち上がりながら尋ねる。
「いや、さっき向こうの方が光ったから」
 想司はけろりとして答える。慶悟は想司の指差す方向を見るが、何も無い。あるのはビルだけだ。
「ビルの窓が光っただけじゃないのか?」
 雅がそう言うと、ぽん、と想司は手を打った。
「なるほどね。こんな所で狙わないよね」
「一体、何に狙われてる?」
 不機嫌そうに實勒が尋ねる。
「狙撃手」
「「は?」」
 慶悟と雅が聞き返す。實勒に至っては、不機嫌そうに睨みつけるだけだ。高橋氏は突如起こった出来事についていくのにやっとだ。
「だから『五月雨』の主人って狙われてるんでしょ?」
「そうなのか?」
 慶悟は思わず高橋氏に尋ねる。高橋氏は慌てて首を振る。
「いいえ!そんな事は……」
「でも、大丈夫!僕がさっくりばっくり解決しちゃうからね!」
「おい、違うらしい……」
 慶悟の言葉を無視し、想司は再び言葉を紡ぎ始める。
「狙撃手だよっ!誰にも気が付かれないんでしょ?絶対強敵が居なくて寂しいって思ってたんだって!おまかせ!僕がスパっと解決してあ・げ・る!」
「誰か、こいつと話をする方法を教えてくれ……」
 うんざりした様子で慶悟は言う。そこに、雅が懐から何かを取り出し、折ってから慶悟にそっと手渡す。
「何だ、これ?」
 慶悟は手元を見る。そこにあるのは、懐紙で作られたハリセンだった。
「だからきっちりしっかり安心するといいよ!ね、ね?」
 ぺちん!慶悟はそれを使って想司の後頭部を叩く。懐紙の柔らかさから、あまり良い音はしない。だが、想司は半放心状態になって、喋りが止まる。
 慶悟は手にしたハリセンをまじまじと見つめた。雅はげらげらと笑い、實勒はただ溜息をつきながら煙草を吸っている。
「そ、それじゃあ、そろそろご案内しますね」
 高橋氏はそう言ってバスのドアを開けた。4人はそれに乗り込む。目指すは一路、温泉宿『五月雨』。

 温泉宿『五月雨』は、風流な趣を持つ宿だ。温かみのあるもてなしと味わい深い料理が楽しめると、中々の評判だ。
「ここが噂の決戦場所だね」
 想司はうきうきしながら言う。
「一体、何と戦うつもりだ?覗き犯か?」
 呆れたように慶悟は言う。想司は不服そうに口を尖らせ、抗議する。
「だから、狙撃手だってば!」
 そう想司は言ったかと思うと、暫く考えた後に三人を見渡してうんうんと頷いた。
「どうしたんだ?想司君。何かわかったのか?」
 雅が不思議そうに尋ねた。想司は雅ににっこりと笑いかける。
「分かってるってば!」
「……何の話だ」
 實勒が不機嫌そうに言葉を挟んだ。
(一体、こいつはさっきから何を言っているんだ?狙撃手って……まさかそんなことに巻き込むつもりじゃないだろうな?雅の奴)
 實勒はちらりと雅を見るが、雅は何も言わない。そして想司を見ると微笑みかけてきた。
(そして、こいつは何かを勘違いしているようだな)
「では、まずお部屋の方に荷物を置いてください。一応二部屋お取りしておりますので、お二人ずつどうぞ」
 高橋氏の言葉に、雅は實勒の手を取って手をあげた。
「はいはい!俺、兄ちゃんと同じ部屋ね」
「……は?」
 實勒は眉間に皺を寄せて雅を軽く睨むが、雅はそのようなことも気にせずににやりと笑う。
(一体何のつもりだ?何故せっかくの休暇を弟と過ごさなくてはいけない!私は一人部屋がいいのに)
 實勒の睨みに、雅は何も答えずにただ笑っているだけだ。何かをたくらんでいるかのような、笑み。
 一方、慶悟はそれを受けて想司の方を向く。
「じゃあ、俺はこいつと同じ部屋か……」
「そっか、僕は慶悟クンと同じ部屋だね!宜しくねっ!」
 にこにこと笑いながら想司は手を振る。慶悟は小さく溜息をつき「宜しく」と呟くように言うのだった。手に何かを握り締めたまま。

●五月雨にて
 部屋に荷を置きに行き、實勒はちらりと雅に目をやる。荷から、いつも雅が使っている商売道具が一通り出てくるのを見て、嫌な予感が頭をよぎった。
「雅。一体何の話だ?依頼とか狙撃とか」
 實勒は不機嫌そうに尋ねる。そして、さらに不愉快そうに付け加えた。
「そして、何故私とお前が同じ部屋なのだ?」
「言っただろ?ちょっと手伝って欲しい事があるって。それのことだよ」
「私は手伝う気は無いが」
 雅は苦笑しながら紙の束を黙って實勒に渡す。依頼書、と書いてある。實勒は眉間に皺を寄せながらそれを受け取ってぱらぱらと頁をめくる。
「何だ?これは」
「今回、手伝って欲しい事」
「いや、聞きたいのはそこではない。何故私が手伝わなくてはならない」
「だから、手伝ったら只になるんだってば」
「私は正規の値段を払ってもいいのだぞ」
「ううん、もう強制だから。ここの主人だって困ってるんだし」
「私の知った事ではない」
「……兄ちゃん、依頼書しっかり読んでみなよ。そしたら、手伝う気になるかもしれない」
 雅がそう言うと、實勒は小さく溜息をつきながら目を通す。だんだん目つきをするどくさせながら。
「……覗きが出るのか」
「うん」
「しかも、男湯にまで出るのか」
「そうだな」
(他人がどうなろうと知った事ではないが、私に被害が回るのはけしからんな)
 實勒はそう考えると立ち上がり、依頼書を投げた。
「仕方あるまい。ならば、私は話でも聞きに行く。その後は知らんからな」
「了解」
(雅にのせられたか?……ふん、小賢しい真似を)
 雅がにんまりと笑ったのに、實勒は気付かなかった。雅は何かしらの紙を取り出し、實勒に見せる。
「これ、使う?」
 實勒はそれをちらりと見、首を横に振った。依頼書の中にあった覗き写真というものであろう事は分かったが、自分には必要のないものだと判断したのだ。
「忘れるな。私は休暇でここに来たんだからな」
「分かってるって」
 實勒はそう念を押してどかどかと出て行った。
「全く……せっかくの休暇を台無しにしてくれた代償は払ってもらうからな」
 ぼそり、と實勒は呟いた。青の目を鋭く光らせながら。

 實勒はまず高橋夫妻に話を聞きに行った。夫妻は、夕方から訪れる客のために料理の下ごしらえや部屋の掃除などをしていた。
「今、いいか?」
 實勒が尋ねると、二人は愛想よく応じてくれた。作業を中断し、お茶まで入れてきた。實勒はそれを口にしながら話を切り出す。
「ネットでアップされているのは、どうして知ったのだ?」
「昔からの友人が教えてくれたんですよ」
 にこにこと笑いながら、高橋氏が言う。
「友人?」
「ええ。この宿の真向かいにある『時雨』という宿の主人ですよ」
「『時雨』か」
「そうですよ。昔から仲良くして頂いて」
 高橋夫人もにこにこと笑いながら言う。實勒は自然と眉間に皺が寄る。
「いつ、知ったのだ?」
「ええと……1ヶ月ほど前だったかな。夕方、お客様のチェックインの手続きをしていたら『時雨』の主人がやって来てね、教えてくれたんだよ」
「それはそれは……。客が逃げなかったか?」
 高橋氏は苦笑する。
「一部のお客様は」
「何も、そんな時に言ってこなくてもいいのにな」
 實勒が言うと、高橋夫妻は首を振る。
「急に見つけて慌ててらしたそうですよ。仕方ないですよ。あとで『時雨』の主人も謝ってましたし……悪気は無かったのでしょう」
(お人よしだな)
 實勒は吐き捨てるように心の中で毒づく。
「ここには、他の従業員はいないのか?」
「バイトで来てくれている子が2人くらいいますよ。呼んで来ましょうか?」
「いや、私から行こう。今何処にいるんだ?」
「今なら、中庭を掃いていると思いますよ」
 實勒は茶の礼を言い、その場を後にした。次は、従業員だ。

 夫妻の言った通り、バイト達は中庭を掃いていた。女と男、一人ずつ。
「ちょっと聞きたいのだが」
 實勒の言葉に、快く応じてくれた。二人とも大学生で、バイトをしているのだという。
「『時雨』の事でしょ?全く、高橋さんも奥さんも人が良すぎるのよね」
(良い話が聞けそうだ)
 實勒はそう考え、小さく笑う。尤も一瞬で通常の人にはよく分からないであろうが。
「『五月雨』をずっとライバル視しているんだよ、『時雨』の主人は。だから、絶対盗撮しているのもあそこだぜ」
 男の方も言う。
「だが、高橋夫妻は『時雨』の主人を良い人だと思っているようだが」
「だから、人が良すぎるのよ。影でここの事をぼろくそに言ってるの、私聞いた事あるもの。勿論、誰も信じなかったけど」
「大体、ここが何か企画をするたびにそれに良く似た企画を打ち出してくるんだぜ?絶対対抗してるんだって」
「真似ているのか」
「そうそう。でもね、高橋さん達は『まあ、また一緒になっちゃったんだな』って言って、偶然だと思ってるのよ」
「で、『時雨』の主人が盗撮をしているにしても肝心の覗き犯がいなくてはどうしようもないではないか」
 バイトの男の方が少し考え、口を開く。
「あそこの息子、俺と同じ大学なんだけど……あ、俺工学部なんだけど。カメラ作ってるんだ」
「カメラを?」
「うん。しかも、何やら高性能らしくてさ。ずっと『使ってみたい』とか言ってたし」
「それは、どのようなカメラなのだ?」
「それがさぁ……教えてくれなかったんだよ。ちっ、父親に似て、嫌な息子だよ」
(大層な嫌われぶりだ)
 實勒はそう考え、苦笑する。
「なるほど。中々面白い話を聞かせてもらった。仕事の邪魔をしてすまなかったな」
「いえいえ。絶対に捕まえてくださいね、犯人!」
 實勒はその言葉には何も答えず、踵を返す。材料は揃った。自分のやらねばならぬ事は終わったと思っていいだろう。
「後は、雅達に伝えて私の手伝いは終わりだ」
 實勒はそう呟き、浴場に向かった。

 浴場は何故か静まり返っていた。が、すぐに声が聞こえた。
(雅と、確か真名神とか言う奴だ)
 實勒は中へと入っていく。そこには座り込んで瞑想している想司、そしてカメラ片手に話している雅と慶悟の姿があった。
「あ、兄ちゃ……」
 雅が声をかけようとした、その瞬間だった。瞑想していた想司が目を見開き、手に光の刃を生じさせたのだ。想司は實勒に向かって刃を振りかざす。
「君が噂の狙撃手さんだね!僕は水野想司!お命頂戴だよっ」
(何?!)
 突然の事に、實勒は思わず固まってしまった。
「わっ、ちょっと待て!」
 雅は慌てて制止するが、想司の耳には届かない。雅は慌てて辺りを見回し、衝立の鉄パイプを一本千切り取るように手に取る。そして急いで構えて振り下ろされる想司の刃を受ける。
 キィン、と涼やかな音が辺りに響いた。同時に、ぱさり、と銀の髪の毛が地に落ちた。刃は受け止めたものの、庇いきれなかった實勒の髪の毛が切られてしまったのだ。
(私の髪の毛が……)
 髪の毛に未練などはないものの、不意に切られてしまうのは何となくもの悲しい気分になってしまう。
 想司は刃をぐっと押し付け、反動で後に下がってもう一度光刃を構えなおす。同時に雅も鉄パイプを構え直す。だが、光刃がもう一度振りかざされる事は無かった。想司が慌てて光刃を消した。やっと、相手が誰なのかを認識したのだ。
「なんだ、實勒クンか」
「なんだ、ではない。突然何をする?」
 不愉快そうに實勒は言う。雅も想司がもう一度かかってこない事を確認し、鉄パイプを下に降ろす。
「不審者だと思ったんだよな」
「うん」
 想司は素直に頷く。實勒は更に顔を歪めて唸るように「失敬な」と呟く。
「想司君、狙撃手はここにはいないみたいだよ」
 雅はそう言ってカメラを見せる。慶悟もそれを見て自らも持っているカメラを見せる。計二台。
「男湯と女湯のそれぞれにしかけてあった。ちょっと見えにくいところにはあったんだが」
 慶悟はそう言ってカメラが仕掛けてあったらしい場所を見やる。
「どう?兄ちゃん」
 雅はにやにやと笑って自分の持っているカメラと慶悟の持っているカメラを見せる。實勒は「ふん」と言うと、億劫そうに口を開く。
「犯人の目星はついている。それを後押ししたに過ぎない」
(嫌な念だ。相手を妬む念など、見ないに越した事はない)
「狙撃手だね!」
 想司の言葉を無視し、實勒は言葉を続けた。
「そもそも、ここの盗撮写真がサイトにアップされていると教えてきたのは、こことライバルの関係にある『時雨』という温泉宿だ。ここの丁度真向かいに立っている、な」
 實勒は自分の集めた情報を伝えた。3人はじっと實勒の話に耳を傾けている。
「サイトにアップされている事を教えてくれた良い人たちだ、などとここの主人達は言っていたが、とんだお人好しだ。その事を伝えに来たのは、客が訪れる事の多い夕方に、しかも客のいるフロントであったらしい。本当に相手の事を思うのなら、こっそりと教えてくるのが普通であろう」
「そうだな。じゃあ、犯人は……」
 慶悟は確信を持って良い、實勒を見る。實勒は頷き、吐き捨てるように言う。
「恐らく、『時雨』の経営者」
「早く行こうよ!『時雨』にさ!」
「いや、それよりもここを張り込んで、とっ捕まえた方が分かりやすくていいかもしれないぞ」
 雅はそう言って、慶悟の方を見る。慶悟もそれに頷く。
「私は知らん。あとは好きにしろ」
 そう言って實勒は去って行こうとする。雅は背中をぽんぽんと叩き、囁く。
「兄ちゃんさ、いいの?せっかくの休暇を台無しにしてくれた犯人が来るんだぜ?兄ちゃんの手でカタをつけなくていいの?」
 途端、實勒の眉間に皺が寄る。
「……分かった。全く、面倒な事を」
 雅の勝ち誇ったような笑みに、實勒は大きな溜息をついたのだった。

●中庭にて
 四人は、それぞれの場所で張り込むこととなった。それぞれの思う場所での張り込み。實勒は宿屋の中庭にいた。浴場からちょうど直角になっている位置にある中庭にはベンチがあり、ゆっくり座って夕日でも見ながら煙草を吸う事ができる。しかも、ここは宿泊客以外でも利用できるようになっている。他人を思いやったサービスだ。
 實勒は、あまり犯人には興味がない。雅の口車に乗ってしまったものの、実際に犯人をどうこうしようとか絶対に捕まえたいなどとは思っておらず、むしろ雅たちに任せていいだろうとまで思っていた。
(おや)
 實勒から一人分ほど空けて、青年がベンチに座った。ポケットから携帯電話を取り出し、メールを打ち始める。いや、メールではなく、携帯電話用サイトを見ているのかもしれない。
(このような所まできて携帯電話とは……)
 實勒は溜息をつきながらも別に咎める気もないので無視をする。その時だった。浴場の方向からたくさんの蛾の群れがやってきたのだ。一直線にこちらに向かって。
(何?!)
 實勒は慌てて立ち上がり、その場から離れる。携帯をいじっていた青年もそれに気付き、その場から立ち去ろうとする。だが、それは敵わなかった。蛾の大群はその青年に纏わり付き、青年をその場に捉えて放さないのだ。
「一体、どうなっている?」
「兄ちゃん、そいつだ!そいつが犯人だ!」
 雅達がこちらに向かって走ってきていた。實勒は怪訝そうに蛾に囲まれた青年を見るだけだ。
(つまり、こやつは私の髪を切られる原因となり、雅にここに無理矢理連れてこられた原因であり、私の休暇を台無しにした原因なんだな)
 だんだん腹が立ってくる。實勒が考えている間に、まず想司が青年に飛び掛っていた。地を強く蹴り、高く飛び上がってから光刃を振り下ろす。
「今度こそ、勝負だよ!狙撃手さん!」
「なっ……!俺は狙撃なんて……」
 そう言っている間にも想司の光刃は容赦なく振り下ろされる。蛾達は刃を避けるように下へと飛んでいき、サポートするかのように青年の足元を固める。
「我、龍脈地気を奉じ、汝が歩む道を塞ぎ、歩みを留めん!」
 そう慶悟が叫んだかと思うと、青年の動きは完全に制止させられていた。青年はその場に尻餅をつく。
「王手だぁ!」
 想司はそう言って光刃を振り降ろす。が、またもや雅の鉄パイプに遮断された。
「はい、ストップ!殺しはいけないぞー」
「えー。あ、でも僕の勝ちだよね!ね、ね?」
 光刃をぴったりと青年の喉下につきつけながら、想司は無邪気に笑う。
「そうだな、お前の勝ちだな」
 慶悟はそう言い、動けない青年を見下ろす。
「わーい!良かったね、狙撃手さん。強い相手が欲しかったんでしょ?ね?ね?」
「あ……お、俺は……」
「でもさー、あんまり手ごたえなくてがっかりだよー!どうして?あ、そっか。不意打ちでびっくりしたんだね!そうだよね!あはは、じゃないとこんなに弱いわけが無いもんね!じゃあ、もう一回やり合おうか!今度は助けとか出さずにさぁ……」
 ぺちん。鈍い音がし、想司の口が止まる。雅はそれを確認して、青年の前にしゃがみ込む。
「さてと、あんたが『時雨』の手の者だって分かってるんだぜ?このまま警察に突き出してもいいしさ」
「けっ警察?!」
 青年が怯えたように声をあげた。實勒はすっかり動けなくなり、想司に襲われて古江が止まらず、警察を出されて青くなった青年を見下ろす。眉間にはトレードマークとなってきた皺が寄っている。
「それとも、私のメスで切り刻んでもいいのだぞ?『時雨』の息子よ」
「え?」
「息子?」
「狙撃手の息子?」
 三人が驚いて實勒たちを代わる代わるに見た。
「言い忘れていたが、『時雨』の息子は工学部で高性能なカメラを作っていたらしい」
「ああ、これの事?」
 雅は地面に置いていたカメラを取り上げる。途端、青年の顔つきが変わる。
「俺のカメラ!」
「へえ、これあんたのカメラなんだ?」
 雅がにやりと笑う。青年は「しまった」と言わんばかりに口をぽかんとあける。
「こんな中庭から直角に曲がった所にあるカメラにセンサーを送れるなんてね。確かに高性能だ」
 雅は半分感心しながら言う。實勒は懐からメスを取り出す。金属の冷たい光が夕日に照らされ、恐ろしさを増す。
「さて、体の中を見たくはないか?」
「けけけけ……結構です!」
(つまらん)
 實勒は溜息をついてメスを収める。
「とりあえずどうする?こいつ」
 雅が皆を見回す。
「晒す」
と慶悟。
「解剖する」
と實勒。
「もう一度本気で戦う!」
と想司。
「因みに俺は逆さ吊り」
と雅。雅は全員に答えを聞いたことを確認し、青年に向き直る。青年の顔からは、血の色が失せている。
「どれがいい?」
「どれも嫌だ!!」
 皆が残念そうに溜息をつく。
「あ。全部っていうのはどう?僕が戦って、雅クンが逆さ吊りにして、それを慶悟クンが晒して、實勒クンが解剖するの」
 全員が、ぽん、と手を打つ。
「絶対に嫌だぁ〜!」
 青年は泣きながら叫ぶ。その声に高橋夫妻を始めとしてバイト、宿泊客、果ては『時雨』の主人までもが集まってきた。『時雨』の主人が青くなって息子にかけよる。
「親父、俺まだ死にたくないよ!」
 泣きながら、青年は叫んだ。結局、警察に行くという事で落ち着いてしまった。四人は残念そうにパトカーで連れられていく青年を見送るのだった。

●温泉
「これで、よし」
 慶悟はそう言って立ち上がる。
「今後の事も考えて『結界符』を風呂の周辺……見えない所に貼っておいた。これで外から中が見えない」
「おやまあ、有難うございます」
 高橋夫妻が頭を下げる。
「だが、年に三回くらい張りなおしが必要だ。その時は呼んでくれ」
「おや、慶悟君。上手い事を言って、招待してもらおうという腹だな?」
 雅がにやりと笑って茶化す。慶悟はあえて何も答えない。
「いいなぁ、慶悟クン!僕も来たい僕も来たい!」
「俺も俺も!」
 想司に便乗し、雅も言う。それを呆れたように實勒は見ている。高橋夫妻はにこにこと頷く。
「皆さんのお陰ですから、喜んでお招きいたしますよ」
「やったぁ!」
 想司はそう叫んで万歳をする。すると、お腹が「ぐう」と鳴る。
「あーお腹空いた」
「そういや、お腹空いたな」
 雅もお腹を摩りながら頷く。高橋夫妻はくすくすと笑いながら「すぐにご用意させていただきますね」と言う。あとに四人だけが残される。
「あ、そう言えばね。僕、おやつを持ってきたんだよ」
 想司はごそごそとポケットからお菓子を取り出す。小さなポケットによくぞここまで……と思えるくらいの量が入っている。
「いや、今から食事だろう?食べない方がいい」
 慶悟が言うが、想司は「食べられるから」と言って早々にキャラメルの封を開けた。それを他の三人にも配る。3人は何となくそれを口にしてしまう。甘ったるい味が、口一杯に広がる。實勒だけが不服そうに眉を顰めている。
「そういえばさ、僕ずっと疑問に思ってたんだけど……」
 暫くして、想司が口を開いた。が、次の瞬間「お食事の用意が出来ましたよ」と高橋夫人が呼びにきて、その質問は中断されてしまった。食事場に向かう途中、雅は實勒の肩をぽんぽんと叩き、にやりと笑う。
「兄ちゃん、来て良かっただろ?これから年に三回、温泉にご招待だぜ」
 實勒はぎろりと睨む。
「だが、お前達と一緒は敵わん」
「何でだよ?いいじゃん」
「何でもだ」
 實勒がふいに黙って顔を歪めた。想司からもらったキャラメルが、歯にくっついて離れないのだ。
「どうしたんだ?兄ちゃん」
「……煩い」
 それっきり、實勒は黙ってしまった。
(普段食べないものを口にするのは、良くないということだ)
 食事場には、パンフレットと相違ない心づくしの料理が並べられていた。だが、實勒はまず口の中のキャラメルから食べ終わらなくてはならなかったのだった。

<依頼完了・温泉招待付>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0424 / 水野・想司 / 男 / 14 / 吸血鬼ハンター 】 
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 0965 / 影崎・實勒 / 男 / 33 / 監察医 】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、お待たせいたしました。霜月玲守でございます。このたびは私の依頼を受けて頂き、本当に有難うございました。
今回はコメディタッチを目指していたんですが、如何でしたでしょうか?少しでも楽しんでいただけたら光栄でございます。

影崎實勒さんは、ご兄弟での参加でしたね。そして、初めての参加ですね。有難うございます。兄弟といえども、全く異なる性格・考え方で、そのギャップが私には楽しかったです。
私の独断と偏見で、雅さんに「兄ちゃん」と呼ばせてしまいました。宜しかったでしょうか(汗)
プレイングでは、只一人聞き込みをやって頂いておりました。お陰で早い時期に犯人の目星がつきました。

今回も、四人の方それぞれのお話となっております。他の方の話も合わせて読まれるとより深く読み込められると思いますので、是非他の方のお話とも読み比べてみてくださいね。

ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。
それでは、またお会いできるその時まで。