コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


覗撃退人
●草間興信所
 草間興信所に、落ち着いた感じの老夫婦がやって来た。
「最近、うちの宿で覗きが出るらしいんです」
 そう言うのは、『五月雨』という温泉宿を経営する高橋・秀人(たかはし ひでと)の妻である高橋・依子(たかはし よりこ)だ。
「覗き……ですか」
 面食らったように、草間が聞き返した。高橋夫婦は同時に頷く。
「全く、こっちは警戒しているのに覗きが出るとお客さんから苦情が出てね。困ってるんだよ」
「警戒とは、一体どのようなものを?」
「一時間に一度、男湯は主人が、女湯は私が見に行ってます」
「それは、時間を決めてですか?」
「いいえ、バラバラです。時間を決めていたら、警戒している事がばれてしまいますから」
 ふむ、と草間は顎に手を当てた。
「しかし、どうして覗きがいると分かったんです?」
 困ったように、主人の方が溜息をついた。
「私の古い友人が、たまたまインターネットで見つけたらしくてね。うちの宿の温泉で撮ったとしか思えない写真を展示しているらしいんだ」
「それは、女湯だけですか?」
「いや、男湯もだよ。全く、男の裸を写して何が楽しいのか……」
(確かに!)
 草間は強く共感した。
 高橋夫妻は、よろしく頼むと言って去っていった。後に残された温泉宿のパンフレットをぱらぱら見ながら、草間は「誰が行くのかな」と呟くのだった。

●草間興信所〜自宅
「君が最後だよ」
 微笑みながら、草間はパンフレットと依頼書を水野・想司(みずの・そうじ)に手渡した。想司は「へぇ〜」と呟きながら、パンフレットと依頼書を代わる代わるめくる。
「あと3人いるからな。明日の12時に、そこの駅で集合だ。温泉宿『五月雨』の主人が、送迎バスで迎えに来てくれるらしいぞ」
 パンフレットに載っている駅名を指差し、草間は言う。
「なるほどねっ!でも、あんまり目立つと危険だと思うんだよねぇ」
「は?分かりやすくていいじゃないか」
「だって、狙われてるじゃん?」
 想司の言葉に、草間の動きが止まる。たっぷり2分間考えたが、どうしても分からなかったらしく想司に尋ねる。
「……誰が?」
「温泉宿の人」
「どうして?」
「敵が狙撃手だからだよっ!目立つ所に人の目を集めさせ、自分は隠れて狙うかもしれないじゃん?」
「あのな。ただの覗きだぞ?」
「あ!でも露天風呂の方が狙いやすいかぁ。なら明日は大丈夫だねっ。じゃあ、早く帰って準備しないと!」
「……何の?」
「何って、戦闘態勢に決まってるじゃん!」
 わくわくしながら、想司は答える。刺客としての血が、騒いでいるのであろうか。
「じゃあねぇ!」
 手をひらひらと振りながら、想司は草間興信所を後にする。草間が背中に「明日遅れるなよ」と声をかけたが、軽く興奮気味の想司の耳に入ることは無かった。

 ずらり、と想司の前に物騒な荷が並べられていた。想司はそれを丁寧に手入れしながら詰めていく。銀のナイフや、細いピアノ線、そして様々な薬品の瓶。物騒極まりないものを丹念に手入れしていく。
「いざという時使えないと、意味ないもんね」
 半ば嬉しそうに想司は呟く。
「相手は屈指の狙撃手だもん。念には念を入れないと負けちゃうなぁ。負けたくないなぁ。ま、負けないか!僕がきっちりみっちり解決だよ!あはは、楽しみだなぁ」
 笑いながら荷を詰めていく姿は、無邪気そのものだ。荷が物騒でなければ。
「あ。そういや、バナナはお菓子に入るのかな?」
 荷は突如として物騒さを帯びなくなってしまった。物騒な荷の次はお菓子が詰め込まれていくのだ。
「非常食は大事だよね!」
 温泉宿で非常食が必要となる事は殆ど無さそうだという観念は、想司の頭の中には無かった。
「敵はきっと手強いよね。何てったって、お風呂場を狙撃しようとしてるんだもんね。うーん、やっぱりお風呂って無防備な所だもんねぇ。目の付け所が違うよね。明日は負けないようにしないと!僕だって負けてはいられないんだし!」
 にこにこと想司は笑う。
「僕がさくさくさくっと解決だぁ!」
 気合充分、やる気満々の状態で床につく。草間から手渡されたパンフレットと依頼書は、一応は荷に詰めているものの、想司はさっと目を通しただけて読み込まなかった。なぜなら、敵の正体は分かりきっていたからだ。……少なくとも、想司の脳内では。

●自宅〜五月雨
「到着―!」
 嬉しそうに声を上げ、想司は手を叩いた。周りがじろじろと見てくるが、そんなものは全く気にならなかった。時計を見ると、まだ11時半。送迎バスの陰も形もない。
「まずは、どこからも狙われないように見回りしておこうかな?」
 そう言うと、想司は辺りを見回り始めた。別段変わった様子は無さそうだった。一通り見終わると、想司は駅の前に設置されているベンチに座り、荷物からポッキーを取り出してばりばりと食べる。
(まずは腹ごしらえでもしておかないと、いざと言う時に力が発揮されないもんね!)
 道理に敵っているようで、微妙に敵ってはいない不思議な考え方である。
(まさかこんな所で狙わないとは思うけど、人ごみに紛れたら手を出せないような気もするしなぁ)
 時計が12時をさした。想司は食べ終わったポッキーの箱をゴミ箱に捨て、きょろきょろと周りを窺った。すると、『温泉宿五月雨』と書いてある赤い旗を持っている男を見つけることができた。高橋氏である。
「見っけー!」
 想司は嬉しそうにそう呟き、高橋氏の元に向かって行く。長年培われた刺客としての能力で、自然と気配を消しながら。
 高橋氏の元に集っていたのは、金髪の派手な格好をした青年と黒髪でにこやかな青年、そして長い銀髪を靡かせて不機嫌そうにしている男だった。
(これが今回、共に狙撃手と戦う仲間だね!)
 想司は思わずにこにこして三人を見渡す。
「草間興信所からお越しの方々ですね。ようこそお出でくださいました」
 高橋氏が頭を下げる。それを皮切りに、集っていた者たちが自己紹介を始めた。
「真名神・慶悟(まながみ けいご)だ」
と、金髪。
(慶悟クン、だね)
と、頭の中で想司は反芻する。
「影崎・雅(かげさき みやび)だ。宜しくな」
と、黒髪。
(雅クン)
「影崎・實勒(かげさき みろく)だ。……何故自己紹介をしているのか、不思議なのだが」
と、銀髪。
(實勒クン、と)
 想司は自己紹介をして、ふと目線の先に何か光るものを見つける。
(襲撃だ!)
 想司はそう判断し、皆に向かって叫ぶ。
「伏せて!」
 訳も分からないまま、一同は想司の言葉どおりにその場にしゃがみ込む。
(撃ってこない?……何も無いみたいだね)
 たっぷり通行人にじろじろと見られ、暫くしてから想司は立ち上がって微笑む。
「危なかったねっ!」
「……何がだ?」
 慶悟は立ち上がりながら尋ねる。
「いや、さっき向こうの方が光ったから」
 想司はけろりとして答える。慶悟は想司の指差す方向を見るが、何も無い。
「ビルの窓が光っただけじゃないのか?」
 雅がそう言うと、ぽん、と想司は手を打った。
「なるほどね。こんな所で狙わないよね」
「一体、何に狙われてる?」
 不機嫌そうに實勒が尋ねる。
「狙撃手」
「「は?」」
 慶悟と雅が聞き返す。實勒に至っては、不機嫌そうに睨みつけるだけだ。高橋氏は突如起こった出来事についていくのにやっとだ。
(何でそんな事を今更聞くんだろう?)
 想司は不思議そうに首を傾げた。と言うよりも、不思議でたまらない。草間から依頼内容を聞いた時に自分が持った確信を、他者も当然持っているものだと考えているのだ。
「だから『五月雨』の主人って狙われてるんでしょ?」
「そうなのか?」
 慶悟は思わず高橋氏に尋ねる。高橋氏は慌てて首を振る。
「いいえ!そんな事は……」
(別に隠さなくてもいいのになぁ)
 想司はぽん、と胸を叩く。
「でも、大丈夫!僕がさっくりばっくり解決しちゃうからね!」
「おい、違うらしい……」
 慶悟の言葉を無視し、想司は再び言葉を紡ぎ始める。
「狙撃手だよっ!誰にも気が付かれないんでしょ?絶対強敵が居なくて寂しいって思ってたんだって!おまかせ!僕がスパっと解決してあ・げ・る!」
「誰か、こいつと話をする方法を教えてくれ……」
 うんざりした様子で慶悟は言う。そこに、雅が懐から何かを取り出し、折ってから慶悟にそっと手渡す。
「何だ、これ?」
 慶悟は手元を見る。そこにあるのは、懐紙で作られたハリセンだった。
 一方、想司は高橋氏に詰め寄って何度も念押しをする。高橋氏は困ったように「はあ」と言うばかりだ。
「だからきっちりしっかり安心するといいよ!ね、ね?」
(だって、僕が来たんだもの!大船に乗ったつもりでいてくれたって構わないもんね!)
 ぺちん!慶悟はハリセンを使って想司の後頭部を叩く。懐紙の柔らかさから、あまり良い音はしない。だが、想司は半放心状態になって、喋りが止まる。
(今、何が起こったんだろう……?)
 想司の頭はフル回転で考えるものの、いい答えは見つからない。慶悟は手にしたハリセンをまじまじと見つめた。雅はげらげらと笑い、實勒はただ溜息をつきながら煙草を吸っている。
「そ、それじゃあ、そろそろご案内しますね」
 高橋氏はそう言ってバスのドアを開けた。4人はそれに乗り込む。目指すは一路、温泉宿『五月雨』。

 温泉宿『五月雨』は、風流な趣を持つ宿だ。温かみのあるもてなしと味わい深い料理が楽しめると、中々の評判だ。
「ここが噂の決戦場所だね」
 想司はうきうきしながら言う。
「一体、何と戦うつもりだ?覗き犯か?」
 呆れたように慶悟は言う。想司は不服そうに口を尖らせ、抗議する。
「だから、狙撃手だってば!」
(もう、焦らしちゃって!皆、分かってるくせに知らないふりをしてるみたいだよ)
 そこまで考え、想司ははっとする。
(もしかして、わざと?……そうか、この主人さんを狙撃手に狙われてるだなんて言ったら怯えさせることになるもんね。それに、狙撃手にも油断させる事ができるし。なぁんだ。皆、考えてるんだ)
 想司は思わず、他の三人を見渡してうんうんと頷いた。
「どうしたんだ?想司君。何かわかったのか?」
 雅が不思議そうに尋ねてくる。想司は雅ににっこりと笑いかける。
「分かってるってば!」
「……何の話だ」
 實勒が不機嫌そうに言葉を挟んだ。想司はそちらの方にも微笑みかける。
(流石だなぁ。僕はまだまだだねっ!)
「では、まずお部屋の方に荷物を置いてください。一応二部屋お取りしておりますので、お二人ずつどうぞ」
 高橋氏の言葉に、雅は實勒の手を取って手をあげた。
「はいはい!俺、兄ちゃんと同じ部屋ね」
「……は?」
 實勒は眉間に皺を寄せて雅を軽く睨むが、雅はそのようなことも気にせずににやりと笑う。慶悟はそれを受けて想司の方を向く。
「じゃあ、俺はこいつと同じ部屋か……」
「そっか、僕は慶悟クンと同じ部屋だね!宜しくねっ!」
 にこにこと笑いながら想司は手を振る。慶悟は小さく溜息をつき「宜しく」と呟くように言うのだった。手に何かを握り締めたまま。

●五月雨にて
 部屋に荷物を置きにそれぞれ分かれた。想司は慶悟と共に部屋に行き、荷を置く。想司は荷から持ってきた物騒な道具たちをポケット等に入れる。小さく収納されたそれらは、一見想司が手ぶらであるかのようにも見せた。ふと慶悟の方を見ると、慶悟が荷から符を取り出していた。
「へえ、慶悟クンは符を使うんだ」
 想司はにこにこと笑いながらしゃがみ込み、慶悟の手元を見た。
「あんたは何を使うんだ?」
 大した荷を持っていこうとしない想司に、慶悟は問い掛ける。想司は突如立ち上がり握りこぶしを作って頭上に掲げる。
「ライト・せーばーだよ!」
「……は?」
「だからぁ、ライト・せーばーだってば。これならどんなに敵が屈指の狙撃手であったとしても、さっくりざっくり解決だよ!」
「……ちょっと待て。まだ相手が狙撃手だと思っているのか?」
「当然だよ!」
 誇ったように想司は言う。慶悟は思わず呆然としてしまう。そんな事には構わず、想司は言葉を続けた。
「分かってる、分かってるからね!皆、ここの主人を心配させないように黙ってるんだよねっ!ごめんね、僕がべらべら喋っちゃって。でもね、もう分かったから大丈夫だよ!もうここの主人を怯えさせるような事は言わないからね」
「い、いや……だからな……」
「僕が考え無しだったよっ。そうだよね、やっぱりいくら狙われてるからといって、怯えさせたら敵の思うツボだもんね。敵が分からないんだから、無駄に怯えられてもどうしようもないもんね!」
「水野、だからお前……」
「まあ、僕がかっちりびっちりと対処するからね。そうしたら事情を話せばいいだけだよね!!」
「会話をしろ!」
 ぺちん。再び、想司の口が止まる。
(また、何か起こった……)
 想司は思わず呆然とする。そんな想司に向かって、慶悟が問い掛けてきた。
「まずはどうするつもりだ?敵が万が一億が一狙撃手だとして、どう対処するんだ?」
 慶悟の問いかけに、想司は再び握りこぶしをつくって頭上に掲げる。
「だから、ライト・せーばーで……!」
「それはいいから!まずどうやって見つけるかと聞いているんだ」
「あ、見つけ方の事?」
 やっと、会話が成立し始めた。慶悟は小さく息切れをしながら頷く。
「瞑想してね、気の結界を張るんだ。それで狙撃手をキャッチだよ!」
「なるほど」
「慶悟クンは?」
「俺は大体覗きの行われているポイントを掴んだからな。そこを張り込んでみるつもりだ。これらを放ってな」
 慶悟はそう言って符の一枚に呪をかけ、ふわりと飛ばす。すると、符はたちまち蛾の姿となって宙を舞った。
「うわ、蛾だ!すごーい!手品師みたいだね」
「手品……いや、気付いてくれ」
 慶悟は小さく溜息をついた。想司の目は舞っている蛾から離れない。すると、慶悟は舞っている蛾を手に取って元の符に戻してしまう。少し残念な気持ちが想司の心に生じた。
「じゃあ、そろそろ行くか……」
「うん!」
 想司と慶悟は部屋を後にした。

 浴場の前で、想司・慶悟・雅の三人が集合していた。
「實勒クンは?」
 想司はきょろきょろ辺りを見回しながら、雅に尋ねる。
「聞き込みするってさ」
「そうか。で、どうする?」
 慶悟が二人に尋ねる。
「男湯と女湯に分かれるか?今はまだ客もいない。どちらでも入ることができる」
「俺はネットで大体の覗きポイントみたいなものは掴んだからさ、ローラー作戦で行こうと思ってるんだけど」
 雅はそう言って、ネットで入手したらしい印刷をぱらぱらと見せる。
「うわー、雅クンのエッチー」
 想司はそう言って雅の背中をぽんぽんと叩く。
「いや、これ別にそういう目的で印刷したんじゃないし」
「分かってるってば〜!」
(ま、仕方ないよね!男の子だもんね!)
 想司はそう考えてにこにこと笑う。
「僕はね、瞑想して気の結界を張って狙撃手をキャッチだよ。で、ライト・せーばーで……!」
「俺は式神を飛ばす。俺もネットで大体の撮影場所は掴んだからな」
 想司の言葉を遮り、慶悟が言う。掲げられる筈の握りこぶしが哀しく宙を舞う。
「慶悟クンのいじわる〜」
「とりあえず、水野は結界を張れ。俺は式神を飛ばしてから影崎と撮影場所を探る」
(無視するし!ま、いっか。今は早く狙撃手とやりあう事が先決だもんね!)
 想司の心は、どうしてもわくわくしてしまう。これから、瞑想して結界を張らねばならぬというのにも関わらず。その先に待つ、屈指の狙撃手との戦いに心を躍らせているのである。
「同時には出来ないのかな?男湯と女湯」
 想司はぼそりと呟く。
「え?」
 雅は思わず聞き返す。想司は口元に手を持っていく。
「男湯と女湯、二つのどっちに狙撃手がいるのか分からないじゃん?だから、いっその事同時に結界を張れたら楽だなって。例えばさ、僕が男湯に結界を張ってる時に女湯に狙撃手が現れたら、どうしようもないじゃん?」
「それはあるかもしれないな」
 慶悟はそう言って男湯の中を覗く。脱衣場、大浴場、露天風呂という順番になっている。
「ネットで入手した写真は、どれも露天風呂のものだったぜ」
 雅はそう言って、露天風呂のほうに足を踏み入れる。大浴場のドアを開けると、びゅう、という心地よい風が吹く。湯の張られていない露天風呂が右に、そして左手に視界を遮断する衝立が為されている。
「こっちって、女湯だよね?じゃあ、繋がってるのかな?」
 想司はそう言って地を蹴り、衝立よりも幾分か高く飛び上がる。隣は、男湯と対称になったつくりの女湯がある。
「じゃあ、この衝立を取っちゃえばいいんだな」
 雅が衝立に手を伸ばす。慶悟は慌てて雅の手を掴んで制する。
「まずはここの主人に許可を取ってからだ」
「いや、後で直しておけばいいんじゃないか?」
「お前が取って、お前が直すのか?」
 訝しげに慶悟が言う。雅は何の疑問も持たずに頷く。
「じゃあ、取っちゃってよ。雅クン」
 想司はけらけら笑いながら言う。慶悟はちらりと想司を見、一つ溜息をついてから雅の手を離した。
「壊すなよ」
「分かってるってば」
 雅はそう言って、片手で衝立を取り除く。何も壊す事なく。
「じゃ、僕結界を張るね」
 想司は衝立のあった丁度真中に座り、目を閉じる。瞑想に入ったのだ。周りの景色が遮断され、想司の身体を中心にして結界が張られていく。自然と一体化していく、体が溶けていくような感覚。
(ああ、溶けている)
 想司の思考が、曖昧に、そして鋭くなっていく。
(僕は世界で、僕はここに存在して、でもこの場所で僕は流れている)
 気の流れに溶け込んだ想司に、音は聞こえない。ただ、周りの様子が変わりが無い事を告げているだけだ。
(ああ、本当にこのまま……)
 その時だった。周りが先程までとは違う状態になった事を何かが告げた。否、それは想司自身が告げたのやもしれぬ。
(異物。異なる存在。つまり、それは……!)
 一体化していた我が身をもう一度確立させ、想司は手に気力を集中させる。途端、光が手に集結し、光の刃を生じさせる。
(ライト・せーばー!!)
 想司は生じた異なる存在に向かって刃を振りかざす。
「君が噂の狙撃手さんだね!僕は水野想司!お命頂戴だよっ」
「わっ、ちょっと待て!」
 雅の声が想司の耳を掠めたものの、それははっきりとした静止にはならなかった。想司はまっすぐに狙撃手に向かって光刃を振り下ろす。
 キィン、と涼やかな音が辺りに響いた。同時に、ぱさり、と銀の髪の毛が地に落ちた。
(止められた!)
 想司は刃を相手に押し付けた反動で後に下がり、もう一度光刃を構えなおす。だが、光刃がもう一度振りかざされる事は無かった。想司は慌てて光刃を消す。そこに立っていたのは、鉄パイプを構えた雅と切れてしまった髪の毛を眉間に皺を寄せて見下ろす實勒であった。
「なんだ、實勒クンか」
「なんだ、ではない。突然何をする?」
 不愉快そうに實勒は言う。雅も想司がもう一度かかってこない事を確認し、鉄パイプを下に降ろす。
「不審者だと思ったんだよな」
「うん」
 想司は素直に頷く。實勒は更に顔を歪めて唸るように「失敬な」と呟く。
「想司君、狙撃手はここにはいないみたいだよ」
 雅はそう言ってカメラを見せる。慶悟もそれを見て自らも持っているカメラを見せる。計二台。
「男湯と女湯のそれぞれにしかけてあった。ちょっと見えにくいところにはあったんだが」
 慶悟はそう言ってカメラが仕掛けてあったらしい場所を見やる。露天風呂の丁度斜め上あたりの、木の枝の方を。
「どう?兄ちゃん」
 雅はにやにやと笑って自分の持っているカメラと慶悟の持っているカメラを見せる。實勒は「ふん」と言うと、億劫そうに口を開く。
「犯人の目星はついている。それを後押ししたに過ぎない」
「狙撃手だね!」
 想司は嬉しそうに言う。やっと、狙撃手と合見える事ができるのだ。
「そもそも、ここの盗撮写真がサイトにアップされていると教えてきたのは、こことライバルの関係にある『時雨』という温泉宿だ。ここの丁度真向かいに立っている、な」
 實勒の集めてきた情報はこうだった。『五月雨』と場所的に大した違いも無いところに建っている『時雨』は、昔から『五月雨』に対抗意識を燃やしていた。逆に、『五月雨』の経営者達は仲良くしているのだと思っていたのだという。
「サイトにアップされている事を教えてくれた良い人たちだ、などとここの主人達は言っていたが、とんだお人好しだ。その事を伝えに来たのは、客が訪れる事の多い夕方に、しかも客のいるフロントであったらしい。本当に相手の事を思うのなら、こっそりと教えてくるのが普通であろう」
「そうだな。じゃあ、犯人は……」
 慶悟は確信を持って良い、實勒を見る。實勒は頷き、吐き捨てるように言う。
「恐らく、『時雨』の経営者」
(じゃあ、そこに狙撃手がいるんだ!)
 想司は体の奥が熱くなるのを感じた。ついに、狙撃手と手合わせする事ができるのだ!
「早く行こうよ!『時雨』にさ!」
「いや、それよりもここを張り込んで、とっ捕まえた方が分かりやすくていいかもしれないぞ」
 雅はそう言って、慶悟の方を見る。慶悟もそれに頷く。
「私は知らん。あとは好きにしろ」
 そう言って實勒は去って行こうとする。雅は背中をぽんぽんと叩き、何かを囁く。途端、實勒の眉間に皺が寄る。
「……分かった。全く、面倒な事を」
 雅は勝ち誇ったように笑う。想司はにっこりと笑い、目を鋭く光らせる。もうすぐ会える、狙撃手のことを思い。

●カメラ設置の近く〜中庭
 四人は、それぞれの場所で張り込むこととなった。それぞれの思う場所での張り込み。想司は木の上にいた。温泉を見下ろす事ができたが、目的が別なので大して見ることは無い。ただ、時々狙撃手がいないかどうかを見るだけだ。
(まだかなぁ。早く手合わせしたいのに、さっさと現れてくれないと困るんだよね)
 想司はきょろきょろと下を見下ろす。そして、瞑想を始めた。再び行われる、周りとの一体化。溶けていく甘い感覚が、体中に疾る。
(あ)
 想司はゆっくりと目をあける。下を見ると、男湯の方から、蛾の大群がやってきていた。
(確か、あの蛾は慶悟クンの式神だったよね。見つけたのかな?狙撃手を!)
 想司は木から飛び降り、慌てて蛾を追う。目の前に、同じく蛾を追う雅の姿があった。蛾の大群は曲がり角を曲がり、中庭に出ていく。ベンチのある中庭で、實勒がのんびりと座って煙草を吸っていた。蛾はその方向に向かっていた。
(また實勒クン?というか、むしろ實勒クン?)
 蛾は真っ直ぐと實勒のほうへと向かう。そこで實勒が蛾に気付く。慌てて立ち上がり、その場から離れる。すると、その向こうに携帯をいじっている青年がいた。青年のほうも蛾の大群に気付き、その場から立ち去ろうとする。だが、それは敵わなかった。蛾の大群はその青年に纏わり付き、青年をその場に捉えて放さないのだ。
(そっか、狙撃手はあの人なんだね!)
「一体、どうなっている?」
 實勒が呆然として呟く。雅は實勒に向かって叫ぶ。
「兄ちゃん、そいつだ!そいつが犯人だ!」
 気付くと、後に慶悟が走ってきていた。實勒は怪訝そうに蛾に囲まれた青年を見るだけだった。
(よーし、やるぞ!)
 想司は地を強く蹴り、高く飛び上がってから光刃を振り下ろす。
「今度こそ、勝負だよ!狙撃手さん!」
「なっ……!俺は狙撃なんて……」
 そう言っている間にも想司の光刃は容赦なく振り下ろされる。蛾達は刃を避けるように下へと飛んでいき、サポートするかのように青年の足元を固める。
「我、龍脈地気を奉じ、汝が歩む道を塞ぎ、歩みを留めん!」
 そう慶悟が叫んだかと思うと、青年の動きは完全に制止させられていた。青年はその場に尻餅をつく。
(チャンス!)
「王手だぁ!」
 想司は光刃を振り降ろすが、またもや雅の鉄パイプに遮断された。キィン、という音が辺りに響く。
(また止められた!)
「はい、ストップ!殺しはいけないぞー」
「えー。あ、でも僕の勝ちだよね!ね、ね?」
 光刃をぴったりと青年の喉下につきつけながら、想司は無邪気に笑う。
「そうだな、お前の勝ちだな」
 慶悟はそう言い、動けない青年を見下ろす。
「わーい!良かったね、狙撃手さん。強い相手が欲しかったんでしょ?ね?ね?」
「あ……お、俺は……」
「でもさー、あんまり手ごたえなくてがっかりだよー!どうして?あ、そっか。不意打ちでびっくりしたんだね!そうだよね!あはは、じゃないとこんなに弱いわけが無いもんね!じゃあ、もう一回やり合おうか!今度は助けとか出さずにさぁ……」
 ぺちんという鈍い音がし、想司の口が止まる。
(まただ……何なんだろう、一体)
 雅は青年の前にしゃがみ込む。
「さてと、あんたが『時雨』の手の者だって分かってるんだぜ?このまま警察に突き出してもいいしさ」
「けっ警察?!」
 青年が怯えたように声をあげた。實勒はすっかり動けなくなり、想司に襲われて古江が止まらず、警察を出されて青くなった青年を見下ろす。眉間にはトレードマークとなってきた皺が寄っている。
「それとも、私のメスで切り刻んでもいいのだぞ?『時雨』の息子よ」
「え?」
「息子?」
「狙撃手の息子?」
 三人が驚いて實勒たちを代わる代わるに見た。
「言い忘れていたが、『時雨』の息子は工学部で高性能なカメラを作っていたらしい」
「ああ、これの事?」
 雅は地面に置いていたカメラを取り上げる。途端、青年の顔つきが変わる。
「俺のカメラ!」
「へえ、これあんたのカメラなんだ?」
 雅がにやりと笑う。青年は「しまった」と言わんばかりに口をぽかんとあける。
「こんな中庭から直角に曲がった所にあるカメラにセンサーを送れるなんてね。確かに高性能だ」
 雅は半分感心しながら言う。實勒は懐からメスを取り出す。金属の冷たい光が夕日に照らされ、恐ろしさを増す。
「さて、体の中を見たくはないか?」
「けけけけ……結構です!」
 實勒は溜息をついてメスを収める。
「とりあえずどうする?こいつ」
 雅が皆を見回す。
「晒す」
と慶悟。
「解剖する」
と實勒。
「もう一度本気で戦う!」
と想司。
「因みに俺は逆さ吊り」
と雅。雅は全員に答えを聞いたことを確認し、青年に向き直る。青年の顔からは、血の色が失せている。
「どれがいい?」
「どれも嫌だ!!」
 皆が残念そうに溜息をつく。
「あ。全部っていうのはどう?僕が戦って、雅クンが逆さ吊りにして、それを慶悟クンが晒して、實勒クンが解剖するの」
 全員が、ぽん、と手を打つ。
「絶対に嫌だぁ〜!」
 青年は泣きながら叫ぶ。その声に高橋夫妻を始めとしてバイト、宿泊客、果ては『時雨』の主人までもが集まってきた。『時雨』の主人が青くなって息子にかけよる。
「親父、俺まだ死にたくないよ!」
 泣きながら、青年は叫んだ。結局、警察に行くという事で落ち着いてしまった。四人は残念そうにパトカーで連れられていく青年を見送るのだった。

●温泉
「これで、よし」
 慶悟はそう言って立ち上がる。
「今後の事も考えて『結界符』を風呂の周辺……見えない所に貼っておいた。これで外から中が見えない」
「おやまあ、有難うございます」
 高橋夫妻が頭を下げる。
「だが、年に三回くらい張りなおしが必要だ。その時は呼んでくれ」
「おや、慶悟君。上手い事を言って、招待してもらおうという腹だな?」
 雅がにやりと笑って茶化す。慶悟はあえて何も答えない。
「いいなぁ、慶悟クン!僕も来たい僕も来たい!」
「俺も俺も!」
 想司に便乗し、雅も言う。それを呆れたように實勒は見ている。高橋夫妻はにこにこと頷く。
「皆さんのお陰ですから、喜んでお招きいたしますよ」
「やったぁ!」
 想司はそう叫んで万歳をする。すると、お腹が「ぐう」と鳴る。
「あーお腹空いた」
「そういや、お腹空いたな」
 雅もお腹を摩りながら頷く。高橋夫妻はくすくすと笑いながら「すぐにご用意させていただきますね」と言う。あとに四人だけが残される。
「あ、そう言えばね。僕、おやつを持ってきたんだよ」
 想司はごそごそとポケットからお菓子を取り出す。小さなポケットによくぞここまで……と思えるくらいの量が入っている。
「いや、今から食事だろう?食べない方がいい」
 慶悟が言うが、想司は「食べられるから」と言って早々にキャラメルの封を開けた。それを他の三人にも配る。3人は何となくそれを口にしてしまう。甘ったるい味が、口一杯に広がる。實勒だけが不服そうに眉を顰めている。
「そういえばさ、僕ずっと疑問に思ってたんだけど……」
 暫くして、想司が口を開いた。が、次の瞬間「お食事の用意が出来ましたよ」と高橋夫人が呼びにきて、その質問は中断されてしまった。慶悟は何となく気になってしまい、想司に尋ねる。
「……水野、疑問って何だ?」
「え?あ、ああ。大した事じゃないんだけどね」
「ああ」
「バナナってお菓子に入るのかな?」
「は?」
 慶悟の眉間が思い切り歪む。
「バナナって甘いじゃん?しかも、安い!美味しい!だから、お菓子なのかなって。よく言うじゃない?『バナナはおやつに入るかどうか』ってさ」
 想司は真剣に悩むが、慶悟は呆れてしまって言葉も出ない。
「本当に、大した事じゃないな……」
「で、慶悟クンはどっちだと思う?」
 慶悟は暫く考え、口を開く。
「どっちでもいい。お菓子だと思えばお菓子だし、そうでないと思えばそうでない」
「じゃ、お菓子ってことにしようっと」
 すっきりした顔で想司はにこにこと笑った。
(バナナチップスっていうのもあるもんね。ん?じゃあ、何で果物の所で売ってるんだろう?)
 想司は再び考える。慶悟は溜息をつき、再び尋ねる。
「どうした?まだ悩んでいるのか?」
「バナナは奥が深いね」
「は?」
 食事の場所に辿り着く。想司はバナナで悩んでいた事はすっかり忘れ、目の前に並べられた料理の事で頭を一杯にするのだった。

<依頼完了・温泉招待付>


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【 0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0424 / 水野・想司 / 男 / 14 / 吸血鬼ハンター 】 
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 0965 / 影崎・實勒 / 男 / 33 / 監察医 】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

初めまして、こんにちは。お待たせいたしました。霜月玲守と申します。このたびは私の依頼を受けて頂き、本当に有難うございました。
今回はコメディタッチを目指していたんですが、如何でしたでしょうか?少しでも楽しんでいただけたら光栄でございます。

水野さん、初めてですね。如何だったでしょうか?コメディ希望との事で、もとより私としてもコメディタッチの話にしようと思っていたので「読まれた?」とか思ってしまいました。今回、水野さんはコメディ担当のようになってます。
ですが、キャラクターはとても深くて、魅力的で。ちゃんと表現しきれているかどうかが不安な所です。どうでしたか?

今回も、四人の方それぞれのお話となっております。他の方の話も合わせて読まれるとより深く読み込められると思いますので、是非他の方のお話とも読み比べてみてくださいね。

ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。
それでは、またお会いできるその時まで。