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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:石の賦 〜獅子の姿をしたやんちゃ坊主〜
執筆ライター  :紺野ふずき
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人(最低数は必ず1人からです)

------<オープニング>-----------------------

 週末も近い夏の日。草間興信所に小包が一つ届いた。差出人は東京郊外の『猪野運動公園』となっている。中にはビデオが一本と手紙が添えられていた。草間はデッキにビデオをセットし、再生ボタンを押した。
「……中央広場……ドングリの森……陸上競技場」
 画面一杯に広がるそれは園内の案内図らしい。真新しい色彩でそれぞれの配置が記されている。かなりの広さのある公園だ。ビデオはそこから左に大きく振られ、ステンレスで造られた二つのオブジェを映しだした。一つは玉を掲げ、一つは歌をうたうヒトの像だ。これもまだ新しい。
「出来たばかりの公園だな」
 草間は火の無いタバコを口にくわえ、画面を見つめていた。場面は大きく代わり競技場の入口とそこに立てかけられた立て看板を映し始めた。専門学校主催の運動大会となっている。どうやら校内行事の一環のようだ。学生達は動きやすい服装で通りすぎていく。そこから競技場の内部へと入り簡単な挨拶のあと、輪はバラバラと解散した。最初の競技は『百メートル走』と放送が流れた。快晴の空と観客席が草間の前に広がっている。一体これから何が起きるというのだろう。草間は手紙を開き、そこに書いてある文字を目でなぞった。その視線の端で場面は進んでいく。
 直線の百メートル。選手である七人の生徒達が横一線に並ぶ。スターターが腕を上げ、合図の空砲が鳴った。束の間、音が消える。その直後に大爆笑が巻き起こった。
 草間は顔をあげ眉を寄せた。
「な、何だ?」
 画面の中では大笑いをする生徒達をバックに、砂をはらう選手の姿が映っている。ビデオを慌てて巻き戻し、草間は画面に食い入った。
 直線の百メートル。生徒達が一線に並び、スターターが腕を上げる。おかしな所は全く無い。開始の空砲。次の瞬間、選手である七人が一斉に──
「……ハ?」
こけた。
 ややあって大爆笑の渦。スターターまでもが笑っている。しかし、笑っていない顔も混じっていた。転んでしまった当の本人達だ。砂をはらいながら互いの顔を見合わせ首を傾げている。
 手紙にはこうあった。
『学校の関係者の方から、競技場に対しての苦情を頂いた。他にも同様の話が多数あり困っている。ビデオをよく見ると犬のような何かが走り抜けていくのが見える。まだ開園して一月しか立たない。どうにかしてもらいたい』
 草間は問題のシーンをもう一度巻き戻し、スロー再生をかけた。コマ送りで進んでいく画面。スターターの合図と同時に、転ぶ生徒達。
「ん?」
 草間はビデオを停止した。画面の隅にチラリと動くモヤがある。二つだ。丸みを帯びた体とギョロリとした目、それに大きな口。
「これは──狛犬が何故……」
それにしても。
「フ」
 草間は顔で着地している生徒達の妙なポーズに吹き出した。
 


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   石の賦 〜獅子の姿をしたやんちゃ坊主〜

   

 ── 陰陽師 ──

 地面から熱気が立ち上る。カンと照りつける太陽を背に若い男が佇んでいた。トラックと芝の競技場。視線を動かす度に金の髪がサラリと揺れる。暑さを感じていないのか、男は涼やかな顔でタバコの煙を吐き出した。式神の使い手、陰陽の徒。真名神慶悟(まながみけいご)は問題の競技場へ訪れていた。
「我……陰陽五行……土気、金気をここに奉じ……汝が声を聞かん……」
 ひと気のないグラウンドに乾いた風が舞う。慶悟の呼びかけに応じる者はいない。しばし待つ。だがやはり手応えはなかった。慶悟は地に符を巻き、念を唱えた。
「我が望みしものは巌の狛犬……疾く!」
 符がゆっくりと起きあがる。「行け」と命じるとそれはパタパタと自らをたなびかせ四方に飛び去っていった。陰陽師は静かに競技場を後にした。

 ── 住職と大阿闍梨 ──
 
 広大な、敷地の周りをなぞって歩く影が一つ。長い髪に快活そうな瞳。増幅姿に鼻眼鏡をかけた青年──影崎雅(かげざきみやび)には『安楽寺』の住職という肩書きがあった。しかしほとんどが弟任せで術よりも腕っぷし、護符や数珠よりパンチにキックのスイーパー業に傾いている。
 そして今日も『前者の』というよりは後者の仕事、『狛犬探し』に精を出していた。だが『狛犬』より先に同業者を見つけたようだ。公園から出てくるあの立ち居。慶悟に違いない。「よぅ」と手を上げ合流する。
「何か見つかったか?」
と、慶悟。
「ああ、向こうの角に新しい社があった。『狛犬』ちゃんの方はどうやらお留守のようだぜ?」
「社か……」
「ああ。近所の人の話じゃ、元々この敷地には神社があったらしい。取り壊されて移った場所がそこだって話だけど……」
 歩きながら雅は肩をすくめた。
「移った場所にヤツらのいる場所が無いんだよなぁ」
 二人は社を目指した。面する通りは車の往来が少なく、時々一台二台と通り抜けて行く程度だ。公園の正面には林が広がっている。社は小さなひと気の無い交差点の角にひっそりと佇んでいた。二人が回り込むと、そこにもう一つ。
「うむ。お主ら、やはりきておったか。皆、考える事は同じよのぅ」
 いかつい顔に熊さえ一撃でのしそうな見事な体躯。雷のような声を轟かせて、行雲流水の僧は豪快に笑った。浄業院是戒(じょうごういんぜかい)。綺麗に刈り込んだ髭とつるりとした頭の大阿闍梨は、社を目に呟いた。
「門前の狛犬や稲荷の狐はそこにおわす神仏の眷属であり社と法の見張り番だ。示す阿形と吽形はものの始まりと終わり……即ち全てを護り司る事を表す」
 二人は黙って是戒の後ろで頷いた。社は公園の敷地外、賽銭箱を前に小さな朱塗りの鳥居を構え、ガードレールに囲まれて沈黙している。追いやられた感が絶えない。三角の敷地には仕えていただろう獅子達を置く余裕さえなかった。
「それが務めを離れ走り回るは、何かワケがあるのだろうと思ってはいたが……これではのぅ」
 ヒラヒラと是戒の言葉をぬって舞い戻って来たのは慶悟の飛ばした式神達だ。陰陽師の手の平に戻り、宙にたゆたっている。慶悟はしばし目を細めて式神を見つめていた。
「古い神社だな。朽ち果てて長い。祭神さえ遠の昔に消えている。狛犬達も原型を留めていないな……かろうじて寛保と見える」
 是戒と雅は顔を見合わせる。慶悟の手の中で符がパタリと倒れた。
「取り壊された社はともかく、アイツらはどうなったんだ?」
「ああ、狛犬か? トラックに揺られて山の中だ。今は残土と廃材にまみれている」
「それは……まさか」
「廃棄処分?」
 雅の声を背景に、是戒は「ああ……」と嘆きの声をあげた。

 ── 幽霊作家と超能力少女 ──
 
「武彦さん」
 青い視線が草間を見つめる。白い肌に長い黒髪。スラリとしたボディに誘いかける胸元。翻訳家でもあり作家でもある彼女は、刺激と僅かな報酬の為に、草間の所で手伝いをする事も少なくない。彼の人生の一端を任されかけている存在。シュライン・エマが、やや語尾もきつめの声を出す。
「いつまでも笑わないのっ、失礼でしょ? 生徒さん達に……」
 柔らかい拳を草間の頭に決める。草間は小さく唸って苦笑した。
 事務所には他に誰もいない。シュラインはビデオを見ては吹き出す草間の横で、ずっと資料を取りまとめていた。朝一で訪ね得た聞き込みに行政関係の書類等々。誰にともなくシュラインは呟く。
「行政の方は新しく何かを設置する事は考えていないそうだし、付近の人も非協力的。結局、彼らがこのさき狛犬として生きる事は事実上、不可能。まあ無理も無いわよね。行政側に取っては余計な出費だし、神仏とは言えただの置物とみれば邪魔だもの」
 可哀相だ、などと感情を込めて言ったつもりはない。仕事に関して感情移入などしない主義だ。しかし……見抜いてしまう者もいる。草間は頷いた後、目を細めた。
「? 何?」
「いや、何でもないさ。それより来たみたいだな」
 ドヤドヤと事務所前が賑やかになる。ほどなくして一同がなだれ込んできた。先頭に立つ幼い少女は喜色満面の笑みを浮かべている。
「なゆ、ワンちゃんに早く会いたいなあ!」
 実に嬉しそうである。少女はトテトテとクマを抱えて草間の前を行き過ぎ、テーブルについた。金髪に蒼眼は年よりも大人びて見える。服装はフリルにレースのダーク系。ゴシックロリータ調の幼稚園児、鬼頭なゆ(きとうなゆ)だ。周囲を見渡しワクワクと言った表情をしている。
 対照的に疲労感漂う顔でその後について入ってきたのは是戒だ。雅が後ろで苦笑している。
「オッサン、元気だせって。まだ何もしない内からそれじゃ、何とかできるもんもできないだろう?」
「それはそうだが、酷い話だとは思わぬか? どんな姿になろうとも神の使い──」
と、雅相手に訴えている。慶悟は草間とシュラインに小さく肩をすくめて見せた。
「見てきたのね?」
「ああ、真新しい社をな。そっちも下調べは済んだようだな」
「ええ、後は彼らをどうするか、って所」
 慶悟はタバコを飲みながら、なゆの向かいに腰掛けた。深々と煙を吸い込み天井に向かって吐く。雅と是戒がそれぞれ腰を落ち着かせるのを横目に言った。
「じゃあ、丁度いい。話をまとめよう。こっちはこの通り、少し休憩が必要だ」
 シュラインが冷たい飲み物を運んでくる。それが行き渡った所で草間は切り出した。
「さて、どうする?」
「うーん、浄化とかはしたくないな。イタズラを止めるように何とか説得……できるかね」
 雅は腕を組み小首を傾げている。自身の言葉に問いかけているようだ。是戒も眉根を寄せていた。
「うむ。神の無い社の守をしてきた者達だ。まだ神聖なる眷属としての誇りはあろう。話せば聞くのではないか?」
「ああ、説得は可能だろう。ただ、何をどう説得する? 連中の居場所を見つけない事には先に進まないと思うが……」
 慶悟が言う。なゆはうんうんと頷いているが、理解をしているのではなく、その場の雰囲気に溶け込みたいようだ。しっかりと抱きしめたクマは胴がひしゃげていた。
「ワンちゃん、いる所が無いの?」
「そうなの。どうにかしてあげないとね」
 シュラインは手にしていた書類をテーブルの上に広げた。行政の書類の写しと新旧の地図、それに写真のコピーが数枚あった。
「なるほど……。この地図には確かに社がある。通りからずいぶんと離れておるな。周りは森か……。ちょうど競技場のあの辺りが社のあった場所になるのだな」
 是戒は公園が出来る前の地図を手にしている。なゆがそれを真似てテーブルの上の写真を一枚取った。そこには今にも崩れそうな森の中の社がある。屋根は半壊し大きく左に傾き、至る所にツタが絡みついている。神よりも物の怪の存在を思わせた。賽銭箱はひっくり返され、かなり荒らされたような後がある。だが、それも随分と昔の事だろう。そのままの状態で何十年と経ち、誰も寄りつかない社としてそこにあったに違いない。狛犬達は手入れもされず、それでもその場所を守り続けてきたのだ。風化した体はあちこちが欠け、苔まみれで見るも無惨な状態だった。
「わあ、ボロボロ。お顔が無いよ、このワンちゃん」
 なゆが指で写真を撫でる。玉に足をかけている右の狛犬、『阿(あ)』は顔がはがれ落ちていた。左の口を結んだ『吽(うん)』には耳が無い。シュラインが調べた結果を話す。
「社は三重に総本社のある全国二千余社のうちの一つ。御祭神は『猿田彦神』。善導神として奉られているわ」
「移動したのは祭神のいない社だけとはな」
「そこにいて生きてた連中が、いま外にあぶれてるってワケだ」
 慶悟と雅は草間を振り返った。草間は壁際で腕を組んで佇んでいる。チラリとシュラインへ目をやった。
「替わりの体が見つかればね……。とりあえずビデオでも見て考えましょう」
 再生は先ほど止めた所から始まった。画面はスタートラインを横から映している。生徒達はやや左寄りで、頭を右に倒れていた。そのままで巻き戻しをかけると、左端から薄ボンヤリとした犬の形をしたもやが現れ、中央へ向かってゆっくりと逆走を始めた。生徒達も次々に転ぶ前の姿勢に戻ってゆく。
「ワンちゃんだ!」
 なゆは大喜びで画面に見入っている。草間が背中を向け一人静かに肩を震わせた。シュラインの目が行く。
「いや、スマン。どうしてもその……手前から三番目の顔が」
 草間の言葉に一同の視線は一斉に『三番目の君』に集まった。ビデオは巻き戻しを続けている。もはや狛犬を見ている者はいない。生徒達はスタートラインに収まり、スターターは上げた腕を下ろし塞いでいた耳から手を離した。
「顔?」
 雅が訊ねる。一同の目も同じように疑問符を浮かべていた。シュラインからリモコンを受け取ると草間はビデオを操作した。空砲が鳴った所から超スロー再生が始まる。画面中央、狛犬がうっすらと現れ、生徒達が何かに蹴躓いたように地面に向かい飛び込み始めた。
 草間の言う『三番目の君』は両手を前に突き出し。狛犬が左に向かって移動する。『三番目の君』は顔で着地し。狛犬がさらに左に向かって移動する。『三番目の君』が大きくエビ反ったその体勢は。狛犬が画面左端に到達する。『三番目の君』、それはまさにシャチホコ。
 『シャチホコの君』の勢いは納まらない。生徒達はもんどり打って倒れたまま固まり、狛犬は画面から消えた。しかし『シャチホコの君』は一人動き続ける。よほど豪快に飛び出したのだろう。止まらない。こちらへ首をねじっている。その地につけた顔の凄まじさ。大きく開けた顎は横にずれ、片目は閉じて片目は半目。そしてそこから覗く眼球は白。『ああああ』という雄叫びさえ聞こえてきそうな微妙な怖さがある。狛犬よりもインパクトの強い顔だ。
 雅となゆが大爆笑を始めた。慶悟は眉を潜め、是戒は唖然としている。シュラインは小さなため息をつき、目を閉じてこめかみを押さえた。草間が笑いをこらえている。
 画面は逆再生を始めた。右へ向かっていたはずの『シャチホコの君』がシャチホコのままで今度は左に移動していく。草間が我慢出来ずに笑い出した。シュラインに腰をつねられても止まらない。
 狛犬が再び画面に現れ──『シャチホコの君』は顔で滑る。シュラインの肩が震えだした。慶悟はなるべく画面を見ないようにしている。だが、滑りながら体がどんどんとスタートラインに向かって開放的に伸びていくその間中、顔の様子が『ああああ』と、インパクト二百パーセントだった。とうとうシュラインと慶悟がつられて笑い出した。雅となゆ、それに草間は涙を流して笑っている。是戒は一人首を振った。結局、いつになって笑いは止まらず、狛犬達の居場所も見つけられなかった。
「……何とかしてやらんと……」
 是戒は言った。それは狛犬に向かってとも『シャチホコの君』に向かってとも、一同に向かってとも取れる言葉だった。
 
 ── 石の賦 ──

 風も止んだ午後三時。『猪野運動公園』陸上競技場、トラック内。百メートル走スタートライン付近で是戒は辺りを見回した。競技場には草間の事務所を出てきた者以外の人影はない。狛犬の気を読むがやはり何も感じられなかった。
 スと顔の前に右手を寄せ印を結ぶ。是戒の周辺に気が集まりだした。
「ナウマクサマンダボダナン……アビラウンケンソワカ」
 一同は固唾を飲んで見守っている。是戒は印を施した指で自身の目を擦った。競技場内を見渡す。
「ダメだ。見えん」
 是戒はくるりと振り返った。シュラインが神妙な顔をしている。なゆがガッカリした顔でため息をついた。
「ワンちゃんに逢えないの?」
「困ったわね。出てきてくれないと話もできないわ」
「いや、俺に考えがある」
 そう言って前に踏み出したのは慶悟だ。スタートラインとおぼしき場所で九字を切った。地面の中からムクリと起きあがったその塊はヒト型をしている。全部で七つ。それが一線上に並んだ。
「なるほど! 式神で同じ状況を作ろうっていうんだな?」
 雅が感心したような声を出した。なゆがトテトテと歩き式神の横に並ぶ。幼い手が元気良く上がった。
「スタートの合図してあげる! 皆、位置についてえ……よお〜い……」
 ドン! の声で一斉に式神が──
『!』
 転んだ。是戒と慶悟の印が同時に飛ぶ。
「我、汝が在るが様を封ず!」
「ナウマクサマンダボダナン、アビラウンケンソワカ!」
 動きを封じられ看破された狛犬達は、走りかけた体勢で止まっていた。なゆが叱咤する。
「なんでそんなことするの? こんなことしちゃだめじゃない!」
 激しくもがく。体を揺すり首を振る。足を掻き、そして──
「逃げたわ!」
 禁呪を解いて走り出した。反応のいい雅が後を追う。是戒が摩利支天印を結んだ。陽炎のような炎が是戒を包み込む。見開いた目で狛犬達を睨み付けた。
「儂も負けてはおれん!」
 砂を蹴って地を滑り出す。なゆがイライラと叫んだ。
「もう! なんで言うこと聞いてくれないの!」
 なゆの発せられた波動は、しかし狛犬達の疾走を止められない。幼い少女は涙目でクマを抱きしめた。
「テレキネシスが効かない……」
「しょうがないわ。相手は神の使いだもの。やっぱりどこかに落ち着かせるしかないわね」
 シュラインはなゆを優しくなだめた後、辺りを見回した。目につくものは観客席のイスに競技場を照らす大型のライト。狛犬達の体の替わりになるような物は何もない。
「待てーっ! 何もしないって! 話を聞きたいだけだ、おい!」
「こら、止まれ!」
 是戒と雅が狛犬達を追いかけるのを、シュラインと慶悟は目を細めて見つめていた。なゆがシュラインにクマを掲げる。
「このクマさん、使う?」
「そうか、その手があったわね。いい?」
 シュラインはしゃがみ込み、なゆに視線を合わせた。なゆはこくりと頷く。「ちょっとだけなら」と、不安そうな目にシュラインは大丈夫だと笑いかけた。クマを手に二人を呼ぶ。
「どっちでもいいわ! ここへ追い込んで」
 走る影から返事が返る。慶悟は符に念を送り込むと狛犬の誘導を命じた。一斉に式神が飛び立つ。ヒト型の式神にはクマを持たせ、少し離れた所へ配置した。なゆはシュラインの足にへばりついて様子を見守っている。
 追いかける二人は的を一つに絞り、顔の無い狛犬だけを追い始めた。縦横無尽に走り回るその行く手を、慶悟の飛ばした式神が阻む。狛犬が方向を変え、式神がさらに進路を修正する。後ろから追われ行く手を邪魔され、狛犬はどんどんとクマに向かって迷走する。
 なゆが目を細めた。シュラインが見守る。慶悟が念じ、雅と是戒は走った。狛犬が、来る!
「よしっ! 入れ!」
 雅が間髪入れず、その背中に護符を飛ばした。狛犬がクマに吸い込まれる。沈黙。ブルッと身震い一つ、クマは式神の手から飛び降りた。護符を貼り付けたまま小さな足で逃げようとする。なゆの実力行使が炸裂した。力でクマを呼び寄せると、その腕にギュッと抱きしめた。クマはその胸で抵抗を止めた。
「話せる?」
 シュラインが問う。クマは何も言わない。雅が指を鳴らして笑みを浮かべると、クマの顔が縦に揺れた。
「さてと。ここに何があって、あなた達がどうなったのか分かってるの。でもここでこうしていても何もならないわ。どころか、あなた達のした事で人が来なくなれば、また同じようにここも取り壊されてしまうかも。それでもいい?」
 クマはシュラインの目に見つめられ、小さく首を振った。是戒の面持ちは冴えない。
「御祭神様はどこにおる」
「……猿田彦神は儂の顔が落ちた事をお嘆きになり総本社へと帰られた。人間が社に来んようになり屋根は崩れ、儂は顔を吽は耳と尾を無くした。一緒にと申されたが、儂らは断った」
「何故だ? 一緒に行けば居場所は確保できただろう」
 慶悟が問う。
「こんな姿で帰れば、儂らの御祭神様がどのような仕打ちをされていたか他の神にばれよう」
「儂らはここに残るが運命」
 不意に背後から声がした。いつのまにかやってきたもう一体の狛犬が、雅の後ろに佇んでいる。口をギュッと結んでいた。雅がクマから護符をはがすと、飛び出したそれは吽形の横に並んだ。
「イタズラはもうしないよな?」
 雅の声に阿形はゆるゆると首を振る。
「あれはイタズラなどではない。止めたのだ。人間は社とは逆に向かって進もうとする」
「二百と余年。儂らは社を守り続けてきた。社へ向かう人間を通してきた。その人間達が儂らの前に並び」
「社へ向かわずに走り去ろうとする」
 それがあのビデオで見た一斉転倒の理由だと、一同は揃って頷いた。狛犬達は肩を落としている。吽形のぎょろりとした目が顔の無い阿形を見つめていた。
 どうにかしてやりたいと思う気持ちはあるが、狛犬達が落ち着ける場所は見つからない。とりあえずここを出よう、と慶悟が言った。歩きだす一同の後ろからトボトボと狛犬達はついてくる。立ち止まると彼らも止まった。
「捨て犬みたいだな、こいつら」
「ああ」
「やれやれ、こうなったら居場所が見つかるまで絶対に帰れないわね」
「うむ。最後まで面倒を見てやらんといかんな」
「ワンちゃんの体、なゆも探してあげる!」
 一同が話している足下。阿吽は何も言わず飛び交う声に、耳を傾けていた。競技場を出ると神の使い達は五人を追い越し、自ら進んでその前に立った。公園入口に立つ左右二体のオブジェの前に。
「主らには感謝する。儂らはこの中に入る」
「いささか不格好で嫌っておったのだが、人間も悪くないかもしれん」
「新社に儂らの居場所はない。猿田彦神もいない。儂らはここで人間達を見よう」
 悪くないな、と誰かが呟いた。一同が見守る中、阿形がゆっくりと左手、玉を持つヒト型の中に消えていく。是戒が念を唱えた。慶悟、雅もそれぞれの印を結び、社の守手を見送った。
「それではな、人間」
「バイバイ、ワンちゃん!」
 なゆが手を振る。吽形も右のヒト型にゆっくりと飲まれて消えた。シュラインは真新しいステンレス製の像を見上げた。吽の姿ではできなかったその仕草。
「唄ってるわ」
「ああ」
 慶悟はタバコに火をつける。一同が見上げたそれは天に向かって大きな口を開けていた。
「よし! 一件落着だ、帰ろうぜ!」
 雅の声が公園に響く。それぞれに晴れやかな想いで、オブジェの間を通過した。そして──
「わ!」
「キャ」
「アイテ!」
 一斉にスッ転んだ。阿吽の楽しげな笑い声が聞こえた。



                        終




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 (年齢) > 性別 / 職業 】

【0086 / シュライン・エマ/ しゅらいん・えま(26)】
     女 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
    
【0389 / 真名神・慶悟 / まながみ・けいご(20)】
     男 / 陰陽師
    
【0838 / 浄業院・是戒/ じょうごういん・ぜかい(55)】
     男 / 真言宗・大阿闍梨位の密教僧
    
【0843 / 影崎・雅 / かげざき・みやび(27)】
     男 / トラブル清掃業+時々住職
    
【0969 / 鬼頭・なゆ/ きとう・なゆ(5)】
     女 / 幼稚園生

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■         ライター通信          ■
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 こんにちわ、紺野です。
 お待たせ致しました、『石の賦』をお届け致します。
 慶悟さん、是戒さん、雅さんは2度目の。
 また、シュラインさんとなゆさんは初めての、
 それぞれのご参加ありがとうございました。
 今回は一部ギャグ路線になっています。
 クスリとでもしていただけたら幸いです。
 さて、プレイングですが
 オープニングでも匂わせたオブジェ。
 狛犬にという考えの方は残念ながら
 いらっしゃいませんでした。
 ですがオチを除いてほぼ正解していた方が
 二人いらっしゃいます。
 また皆さんの方向性もほぼ一緒で
 狛犬達は皆さんの尽力のおかげで進んで落ち着く事を
 選んだようです。どなたもお疲れさまでした。
 それと最後に転ばせてごめんなさ〜い!
 でも『シャチホコ』になった方はいないようですっ。
 それではまたどこかでお会いできますよう、
 皆様のご活躍をお祈りしつつ。
 
 
 
                  紺野ふずき