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<PCシナリオノベル(シングル)>


求めよ、然からば与えられん
「あんた今幸せ?」
目的のない雑踏のざわめきと違い、明確な意志で投げかけられた問いかけの強さに、高山 湊は反射的に振り向いた。
 高い位置でひとつに纏めた茶の髪がその動作に大きく揺れ、彼女の肩に乗った黒猫は勢い、その髪に顔を叩かれる羽目になり、迷惑そうに「ニャー」と一声鳴いた。
「ゴメン、サム」
相棒の短い謝罪に、黒猫…サムは仕方ないな、というようにパタリと長い尾で湊の背を叩いたが、もう彼女はそれに意を払っていない。
 湊の瞳…サムのそれと揃えたかのような鮮やかな赤は、彼女を呼び止めた人物に訝しげな視線を向けていた。
 夏の終わり…とは暦の上ばかり、和らぐ気配すらない暑さに服の袖すら煩わしいような風のない日、湊も動きやすさに極力涼しさを求めてジーンズにノースリーブを合わせているが十分暑い…のに、膝まである漆黒のレザーコートを着込み、ご丁寧にサングラスまでかけている。
 不審者を絵に描いたような出で立ちの青年は、眉を顰めた湊の表情に気付くと表情を隠して黒い真円のレンズを慌てて外した。
「あ、悪ィ悪ィ。あんたがあんまり目ェ引くもんだからつい声かけちまって」
現れる、不吉に赤い月を思わせる色…僅かに眇めた目に一瞬鋭さを感じたものの、どうやら強い日差しが眩しかっただけのようで二、三度瞬きをするとニッと笑う。
「あんたの猫、面白ェな」
 青年の言葉にサムが湊の肩に軽く爪を立てた。
『湊、コイツ変!』
何処か変声期前の少年のイメージを持つ意思は、声でなく、脳裏に閃く形で意を伝えた。
 それは、サムの言葉だ。
 サムは猫でなく…厳密な意味での、生物の括りに入れていいものか。
 通常は黒猫の形態を取るが、それこそ鴉や霧…有機・無機を問わずに姿を変える、闇を凝縮したような“何か”…強いて称せば、湊の『使い魔』である。
 サムの忠告に湊は小さく頷くと、目線を外したら負けとばかりに青年を睨みつけた。
「宗教の勧誘はお断りだけど」
にべもない湊の警戒を青年は慣れた様子で片眉を上げ、湊の左手に視線を滑らせ、顎で示した先には…小さな喫茶店。
「奢るからさ、時間あんならちょっと茶でもしばかねぇ?」
「奢り?」
耳がひとつの単語に反応してピクリと動き…湊は思わず首を縦に振ってしまった。
「よっし、決まった♪」
それに気を良くしたのか、些か強引に彼女の手を取った青年の掌は、彼女の体温を吸い取るかのようにひんやりと冷たかった。


「サムは外に居てね」
『言われなくても分かってるよ』
生意気な響きを込めた答えを返し、サムは店先でトッと湊の肩から飛び降りた。
「あれ、猫は入らないのか?」
ピンクに染め抜いた店名にディフォルメした星を散らした硝子戸を支えながらの青年の問いに、
「飲食店に動物はマズいから」
と、湊の答えは簡潔である…種種雑多なバイトで週に5日は予定の埋まる彼女、当然その内には飲食店もあり、雑菌や寄生虫などの衛生面での指導が夏場は特に厳しいのを知っている。
 けれど青年は「構わねーから、猫も一緒しよーぜ」と、足で追い立てるようにサムを店内に入れた。
「何名様ですか?」
迎えたウェイトレスに、青年はしれっとした顔で答える…。
「人間二人、猫一匹」
「かしこまりました、窓際の席でよろしいですか?」
「禁煙だったらそこで」
 そのままあっさりと席に通されるのに、湊は少し眉間を指で揉みほぐす。
「アバウトなトコはアバウトなんだよ」
上座を湊とサムに譲った青年は、小さく笑ってサングラスを置く。
「んじゃ自己しょーかい。俺、ピュン・フーっての。アンタは?」
「高山 湊…それって本名?」
耳慣れない響きを聞き咎めた湊の問いに、青年は片手を振ってみせた。
「いーや、通称…ちなみにピュンとフーを分けて呼ぶなよ。揃えて一つの名前だからな、ピュンちゃんとかフーくんも不可。ピュン・フーな。ホラ言ってみ?」
奇妙な拘りを発揮して復唱を求める…自称、ピュン・フーに、サムが『どうするのさ』と視線を投げかけてくる。
「ピュン・フーね…分かった、覚えた」
少々げんなりとする湊に、ピュン・フーはサムを示す。
「で、湊。猫はなんての?」
「サム」
 断りなくファーストネームを呼び捨てにされるも指摘する気になれず、湊は小振りのショルダーバッグから携帯を取り出した。
「バイトに遅れるからメール打たせて」
「もしかして時間なかったのか?何時からだ?」
何を今更…なピュン・フーの問いに湊は肩を竦めると、一旦、マナーモードに切り替えて電子音を消し、猛烈な勢いで親指を動かした。
「今日のは諦める」
『諦めるだって!?湊が!?バイトを!?』
驚愕に満ちたサムの思念が頭蓋に反響してわんわんと音を立てたような…頭痛に、湊はサムの後頭部をペシリと叩いた。
『雪どころか槍が降ってくるぞ!大変だ…』
しつこく驚いて毛を逆立てていた黒猫は、前にのめってようやく思考を送り込むのを止めた。
 その前に「失礼しまーす」とウェイトレスが冷水とおしぼり、メニューを置く…湊とピュン・フーはもとよりだが、サムの前にまで律儀に揃えられるのに、黒猫は困惑に言葉もなく湊を見上げた。
「バイトの穴埋めと言っちゃなんだが、心置きなく食ってくれ」
一応、悪いと思っていたのか、ピュン・フーは置かれたメニューを広げて差し出し、並んだメニューを示した。
 が、その表記を見て両人は共に沈黙する。
「俺、ケーキセットにしとく…ケーキは任せるから」
湊は注文を待つウェイトレスに、最も無難なオーダーをした。
「☆の巡り合わせですね。コーヒーはホットになさいますか?アイスになさいますか?」
「…アイスで」
示されたメニューには、どのような料理に結びつけたらいいか分からない表記が並ぶ…ケーキセットはどうやら「☆の巡り合わせ」だったらしいが、「ストロベリー・ミルキーウェイ☆」や「ブラック・スターダスト☆」やらは果たしてどんな代物やら。
「サムは何にする?」
様子見をしようという腹が見えるピュン・フーに、サムは『いらないよ』とプイとそっぽを向いた。
 ピュン・フーは小さく唸ると、適当にメニューを示してどうにか注文を終える。
「バイト、急に休んで大丈夫だったか?」
その間にメールの送信を終えた湊は、マナーモードにした携帯に連絡が入った際、すぐ対応出来るようテーブルの上に置いた。
「補習が入ったとでも言えば通るから」
学生の本分は勉学である…大人が容易に掲げる大義名分を盾にとれば承知しないわけにいかない事をちゃっかり利用している湊である。
 バイトをキャンセルして気持ちと時間に余裕の出来た湊は、大きく取られた窓の外、行き交う人の流れに何気ない目線を向ける青年を改めて見据えた。
 夏の日中に正気を疑う黒一色の装いに気を取られていたが、顔の造作は悪くない。
 無彩色の服に短く黒い髪、あまり陽にさらされていなさそうな肌の為か、目を引く色彩は瞳のみだが、湊やサムの炎に澄むガーネットのようなそれと違い、その紅さは評しがたいものがあった。
「あんた、いっつもこんな事してんの?」
「こんな?」
彼女の声に視線を戻したピュン・フーの瞳の赤、濃さを感じさせたのは睫の影だったのかもう紅に見えない…湊は、水の入ったグラスを掲げてカラン、と中の氷を鳴らしてみせる。
「ナンパして、喫茶店に連れ込むの。誰にでもこう?」
「ナンパ……コレ、ナンパなのか!?」
噛んの飲み込むような呟きの意味に己でも意表を突かれたのか、ピュン・フーは第三者の意見を求めてサムに向く…黒猫は重々しく頷いた。
「道理で前の職場の新人が俺を避けて通ると思ったぜ…そうかメシ食って話すだけでもナンパの内だったか…」
妙にしみじみ納得しているピュン・フー。
「お待たせしましたぁ」
ウェイトレスが、トレイを手にテーブルの傍らにつく。
「☆の巡り合わせのお客様ー」
「あ、俺」
湊が軽く手を挙げる…本日の☆の巡りはどうやらベリータルトだったらしい。
 ベリー系の果実を山ほど使ったタルトに、星にくり抜いたチョコが乗っている。アイスコーヒーに浮かぶ氷も星形、と、この店は経営理念の追求に労を惜しまないようだ。
 それを証拠に。
 ピュン・フーの前に並ぶ5品ほど…トマトピザのサラミもバニラアイスに添えられたレモンの皮も練乳苺にかけられたシロップの些かいびつな模様もコーヒーゼリーパフェのゼリーもプリン・アラモードの上から見たプリンも全て見事な星形、である。
 ある意味圧巻な品々ほ沈黙に見守る三者に、「ごゆっくりどーぞー♪」とウェイトレスはオーダー票を伏せ置いて去って行った。
「…よし、湊には詫びも兼ねて惑☆アレスを譲る。サム、遠慮せずに☆のときめき行っとけ」
行き当たりばったりな注文をしたピュン・フーは、姑息にピザとプリン・アラモードをそれぞれに分ける…他の三品の名称も微妙に気になる所だが、とりあえずはそれぞれに目の前の品を攻略する事にした。
「そりゃそうと、さっきの」
氷苺から手を付け始めたピュン・フーは、ザクザクと氷の山を崩しながら湊に言う。
「誰にでもってワケでもねェぜ…まァ、前の職場は…今ントコもそーだけど。特殊だったから、声かけまくってたのは事実だが」
そこで一気に半分ほど氷をかき込み、きつく眉を寄せて右手でこめかみを押さえる…急に冷たい物を食べれば頭痛がするのは世間の常識、周知の事実…まぁ当然の結果といえよう。
「あんた、かなり普通じゃねぇよな?興味あンだよ。そういうヤツの、」
湊に向けられた視線、その紅。
「生きてる理由みたいなのがさ」
その、眼差しの静かすぎる強さに、肌が総毛立つ。
 目を逸らせずに、湊はフォークを置いた。
『湊…』
『静かにしてサム』
相棒の思考を制する…普通じゃないと問われて否と答えるのは簡単だが、この場合の否定は無駄だ…相手もそうであるのだから。
 そして、その場逃れの口先だけの返答は出来ないと、何故かそう思った。
 口を噤んだ湊の思考の邪魔をすまいとしてか、ピュン・フーは黙々と氷を平らげると次のパフェに取りかかっている。
 夜眠って朝目覚めて学校に行ってバイトして。概ねはその繰り返し、明確な意思を必要とせずに日々を過ごすのが大半だろう…目の前の目標、障害をただクリアして、クリアして。
『俺が知りたいよ、そんな理由』
突きつけられてみれば単純すぎて、難しい。どれもが答えのようで、そうでないようで。
「生きる為に生きている」
今はそうとしか言えない…湊は吐息と共に、そう告げた。
 ピュン・フーは、湊の答えに微かな笑みを浮かべて頬杖をついた。
「んじゃ…生きてる限りは、あんた幸せ?」
「そういう時もあるしそうでない時もある」
湊は挑む強さを眼差しに込めた。
「あんたの望む答えは何?」
ピュン・フーの言葉を待たずに逆に問う。
「あんたはどうなの?今、幸せ?」
 意表を突かれたのか、ピュン・フーは呆気に取られた表情で支えていた手から頬を放すと小さく吹き出した。
「あぁ…、そうか、そう来たか。……そうだな今は…楽しいぜ、うん」
自分は精一杯に答えたのに、まるで茶化されたようで湊は不快感も顕わにそっぽを向いた。
「悪ィ…、ちょっと…驚いてよ……」
中々笑いを納めないピュン・フーは、ふと胸元を押さえると小さく振動を繰り返す携帯電話を取り出した。
 まだしつこく肩を震わせたまま、二つ折りのそれを開いて液晶画面に目を落とした彼は、一つ息をついてサングラスとオーダー票を取り上げた。
「悪ィ、仕事が入っちまった」
そっぽを向いたままの湊と…付き合いよく同じ方向を向いてる使い魔は、耳を貸しません!の主張を続けたままだ。
 ピュン・フーはこめかみを小さく掻くと、左手を伸ばして湊の髪の一房を摘み上げて軽く口付けた。
「ニャッ!」
湊より先に抗議の声を上げて飛びかかりかけたサムの頭を空いた手でひょいと押さえ、髪に触れる手を払い避けた湊の瞳と視線を合わせる。
「楽しい時間の御礼に教えてやる…このまま生きてんのが幸せだったら、東京から逃げちまいな、出来るだけ早く」
笑いを含んで…その癖に、真剣な紅。
「それとももう死にたいんなら、も一回、俺の前に姿を見せればいい。ちゃんと殺してやるから」
まるで不吉な予言のような約束。
「今の…!」
意味を問おうとその背に声をかけるが、ピュン・フーは話は終わり、とばかりにひらひらと軽く手を振り、レジにオーダー票と万札を置いて店員の応対を待たず店外へ姿を消した。
 湊は、後を追おうとしたが、ふ、と脱力したかのようにもう一度椅子に腰を落とした。
 ピュン・フーの席には、バニラアイスが手つかずで残っている。
「サム…あんたの言った通り」
少し溶けかけたそれを引き寄せ、湊はスプーンを突っ込んだ。
「アイツ、めちゃくちゃ変!」