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<PCシナリオノベル(シングル)>


道玄坂の伝言(ルージュ不要)
●待つわ
 世間的には何の変哲もない昼下がり。しかしここ、草間興信所ではそうではなかった。
「シュラインさん、お茶いかがですか?」
 草間零がにっこり笑顔で、書類整理中のシュライン・エマに話しかけてきた。
「……ありがと。いただきましょ」
 シュラインは書類の束を脇へとどけてから、零に湯飲みを置いてもらった。これなら派手にこぼさない限り、書類が被害を受けることはない。
 事務所に、シュラインが日本茶をすする音しか聞こえていない。草間興信所的に何の変哲もない昼下がりだったら、ここで草間の言葉が挟まるというものだ。けれど草間は居ない。姿を消してからもう10日以上も経つというのに、未だに戻ってきていない。
(たく、どこで何してんのよ……武彦さんたら)
 零の前だから少々抑えてはいるが、シュラインの心の中には草間に対する苛立ちがあった。もちろんそれは草間の身を心配するがゆえのことなのだけれども。
(結局連絡は、あのメモ1枚きり。本当に無事なんでしょうね?)
 草間からの連絡は、先日事務所の扉に挟んであったメモ1枚だけ。それも途中になっていた仕事の後始末を頼むという内容。『必ず戻る』とは書いてあったが、それがいつのことかは一言も書いていなかった。
(けど、探しても見付からないんじゃ、待つしかないんでしょうけど)
 シュラインも零も草間の捜索は続けてはいたが、メモの一件以降は事務所で待機することにも時間を割いていた。いつ何時、草間が事務所に現れないとも限らないからだ。メモを挟んでいった以上、その可能性はある。
 しかし、シュラインの場合はただ待つだけということが出来ない質のため、自然と過去の事件の書類整理を始めてしまうことになった。見ようによっては、心を落ち着かせるための行動なのかもしれないのだが。

●来訪者
 不思議な物で、主が居ないとそれが伝わるのか、ぱったりと依頼客が途絶えていた。草間が姿を消して、こちらからは連絡が取れない以上、その方がありがたいことはありがたいのだけれど、一抹の寂しさがあるのも事実である。
 ただ、人の出入りという点に関しては、シュラインと同じように草間の身を心配している者が多く出入りしていたので、何ら変わりはない。むしろ、増えているような気さえしてくる。
 事務所内にまったりとした時間が流れていたその時だった。入口の扉を軽く2度叩く音が響いた。シュラインと零の視線が扉へと集まった。
「……どうぞ」
 息をごくりと飲んでからシュラインが扉に向かって声をかけた。一瞬間があってから扉がゆっくりと開かれる。
「あの〜、すみません」
 扉から、あどけない顔をした黒髪の女性が姿を現した。事務所内の緊張がたちまち解ける。
「何かご用ですか?」
 シュラインはソファから立ち上がって、その女性に声をかけた。女性は紅いスーツ――しかもミニスカートだ――で身を固めていた。背丈は高く、胸も大きくてスタイルもいい。が、悲しいかな、女性は童顔であった。ゆえにどうもアンバランスに見えてしまう。
「ここ……草間興信所、でいいんですよね?」
 女性は床を指差してシュラインに尋ねた。
「そうですけど」
 訝るシュライン。目の前の女性は、分かっててここへ来たのではないのだろうか?
「あ、申し遅れました。私、こういう者です」
 女性は胸ポケットから何やら取り出してシュラインたちに見せた。それを見た瞬間、シュラインと零は思わず顔を見合わせてしまった。女性が出したのが、警察手帳であったからだ。
「捜査課勤務、月島美紅と申します」
 女性――美紅がぺこりと頭を下げた。

●協力要請
 シュラインと零は、美紅と向き合う形でソファに腰掛けていた。美紅の前には零の入れた日本茶もきちんと用意されている。
「何の用件なんでしょう?」
「さあ、何かしら……」
 小声でひそひそと話し合う零とシュライン。美紅はセカンドバッグの中から何かを探している所であった。
「今日は何のご用件でしょうか?」
 シュラインが美紅に尋ねた。とにかく何の用件でやってきたのか、聞かないことには話にならない。
 しかし美紅はそれに答えず、まだセカンドバッグの中をがさごそと探していた。時折『あれ?』とか『おかしいな』というつぶやきが聞こえてくる。そしてようやく目的の物が見つけだせたのか、喜びの声を上げた。
「あったーっ!」
 美紅は笑みを浮かべたまま、テーブルの上にセカンドバッグから取り出した名刺を1枚置いた。その名刺には、月刊アトラス編集長の碇麗香の名が記されていた。
「見ていただけますか? あっ、表じゃなく裏を見てください」
 言われるまま、シュラインは名刺を手に取り、くるりと裏返してみた。シュラインの目が大きく見開かれた。驚きの表情だ。そのまま零にも見せると、零も短く驚きの声を発した。裏には草間の筆跡で『これを拾った者へ 3人共無事だと以下の連絡先に知らせてほしい 草間』と書かれていたのだ。
「これ……どこで?」
 シュラインは冷静を装いながら美紅に尋ねた。静かに答える美紅。
「渋谷・道玄坂のラブホテル街で、昨夜拾いました」
「ラブホテル街?」
 シュラインが眉をひそめた。つい先日、逃げる少女を追いかけて、そこへ行ったばかりだったからだ。いや、それもあるのだが、何故美紅がそこで見付けたのか、その点も疑問だった。ごく一般的に考えるなら……かもしれないのだが。
 すると美紅は、真剣な表情でこう切り出してきた。
「私、密かに近頃頻発している行方不明事件を捜査してるんです」
「行方不明事件?」
 シュラインが聞き返すと、美紅は小さく頷いてから話を続けた。
「先週、このラブホテル街でも女性が1人姿を消したと通報がありましたし。……ここ探偵事務所ですよね。もしよければ、私の捜査に協力してもらえませんか?」
 ぱっちりとした大きな目で、じっとシュラインの目を見つめる美紅。シュラインは腕組みをして思案していた。
(……これって……自分で動ける状態じゃなくなったってこと?)
 麗香の名刺の裏に書かれていた文章は、確かに草間の筆跡。けれど落ちていたのは渋谷・道玄坂。何故前回のように事務所の扉に挟まなかったのか、疑問が残る。それゆえに悪い方へと考えてしまう。
(無事だって言っても……あぁ、どうしよう)
 シュラインは頭が混乱して軽いパニックに陥りそうだった。それでも何とか踏み止まり、今何をすべきなのか見極めようとしていた。
「あの……」
 美紅が心配そうに尋ねてきた。そこでシュラインは我へと返った。
「えっ? ああ、うん……分かったわ。私たちなんかでよければ」
 協力要請を受け入れるシュライン。伝言を知らせてくれた義理もあるし、もしかすると草間たちの行方に繋がる手がかりを得られるかもしれないからだ。零も同様のようで、シュラインの顔を見ると、こくんと頷いた。
「ありがとうございます!」
 美紅は顔をほころばせ、深く頭を下げた。
「さっそくだけど、詳しいこと教えてもらえないかしら。それと姿を消したって人、ラブホテル街に関らず他にも居やしないか、地図と日付照らし合わせて見てみましょ」
 シュラインがそう言うと、零はすっと立ち上がって棚に地図を取りに行った――。

●事件の推移
 真夜中、渋谷・道玄坂――シュラインと美紅はラブホテル街へとやってきていた。見ていると、擦れ違うカップルが次々にその姿をラブホテルの中へと消してゆく。時折2人にちらりと視線を向けてから、中へと入ってゆくカップルも居た。……何か微妙に誤解されているような気がしないでもない。
「零ちゃんを留守番させておいてよかったかも……」
 ぽつりつぶやくシュライン。これで零までここに居たら、女性3人、どのような誤解を受けるか分かったものではなかった。
「けど、不思議でしたよね。あれは」
 美紅がシュラインに話しかけた。昼間に事務所で調べた、事件発生場所の推移のことだ。
 行方不明事件はラブホテル街だけでなく、他の場所でも起きていた。眠っていたホームレスの男性が突然姿を消しただの、別れた友だちが角を曲がった瞬間に消えていただの、調べ直してもらうと、美紅が把握していた以上に出てきたのだ。また、そのうちの数件は、後に姿を現したことも確認された。
 そして事件発生場所と時間を地図にプロットしていった所、奇妙な点に気付いたのだ。事件発生時間はほぼ真夜中に集中していたのだが、事件発生場所は移動していたのだ。近しい所では、渋谷駅方面から緩やかな曲線を描くようにして。
「そうね。偶然にしても出来過ぎだわ」
 場所の推移が偶然なのか意図的なのかは、今の所分からない。ただ移動していることは間違いのない事実だった。
「とにかく、最近の事件がここである以上、ここで聞き込みをするしかないわよね」
「そうですね」
 確認し合う2人。時間が時間なのでどうなるか分からないが、2人は付近の聞き込みを開始した。

●目前の怪異
 聞き込みを開始して1時間が経過した。やはり時間が真夜中ということもあり、結果は芳しくなかった。まあ、大多数のカップルはその時間はラブホテルの中に居たのだろうから仕方のないことだし、人が1人消えても気付きにくい時間帯でもあるが。ちなみに、美紅が童顔ゆえに補導されそうになったということは余談である。
「やれやれ……参ったわね」
 自動販売機の前、シュラインはスポーツドリンクを飲みながらつぶやいた。
「実際の捜査って、難しいですね」
 隣で美紅が小さく溜息を吐きながら言った。
(ん?)
 何か微妙に引っかかる美紅の言い回し。確か捜査課勤務と言ってなかっただろうか?
「そういえば……あなた密かにって言ったわね? 良いの? 上司に何か言われたりとかしない? まぁ、私が突っ込むことじゃないけど……」
 矢継早に質問を投げかけるシュライン。すると美紅は、けろっとした表情でこう答えた。
「この事件に興味があったんです」
 はて、警察とは興味があれば事件を担当出来るというシステムだっただろうか……?
「実は私、事務しかやらせてもらってないんですよ。だから捜査に憧れがあって……」
 美紅は目を輝かせて言葉を続けた。驚いたのはシュラインの方だ。
(事務しかって……じゃあ、捜査はほぼ素人みたいなものなのっ? 呆れた……)
 思い返してみると、聞き込みの最中も微妙におかしかった。質問にもたついたり、いかにもその筋という人間に平気で声をかけていたり。その時は新米刑事かと流していたが、実はそういうことだった訳だ。
 美紅はそんなシュラインの呆れ具合に気付かず、嬉々として話を続けていた。
「『あぶれる刑事』ってご存知ですか? それに出てくる女刑事のマナミさん、私の憧れなんです……。ほら、この服だって、マナミさんのイメージなんですよ。似合いますか?」
(うん、よーく知ってる……でも、正直それは似合わないと思うわ……)
 シュラインは美紅に改めて言われなくとも知っていた。何しろ以前、そのマナミ役の女優を救い出したことがあるのだから……。
 そうこうしていると、急に辺りに霧が出始めた。たちまちに視界が悪くなる。
「……霧?」
 眉をひそめるシュライン。今日は霧が出るような天候だっただろうか。ここ数日、雨も降っていないというのに。
 2人の前を、近くのラブホテルから1人で出てきた若い女性が通り過ぎようとした。その時――その女性の姿が、かき消されるようにすぅ……っとなくなった。
「えっ!?」
 大きな目を、さらに見開き驚く美紅。シュラインはすぐに女性の居た場所へ行き、周囲を見回した。しかし誰の姿も、何の気配もなかった。
「まさか目の前で起こるなんて」
 そう言ってシュラインは、口元をぎゅっと締めた。
 やがて霧は晴れ、視界が元に戻る。2人は消えた女性の姿を求めてしばらく周囲を探し歩いたが、女性の姿はどこにも見当たらなかった。
「1人増えちゃいましたね……どうしましょう」
 美紅はこのことをどう報告すればいいのか、悩んでいるようだった。言い方次第では、勝手に捜査してたことがばれてしまうのだから無理もない。
「……武彦さんも、嫌な伝言残してくれたものね。ルージュの伝言より質が悪いわ」
 シュラインの言う通り、それは奇妙かつ嫌な気分にさせられる重い伝言であった……。

【了】