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吸血鬼
**オープニング**
都市伝説や怪談を扱う、あるHP。
掲示板には意味不明な依頼分が多数書き込まれ、時折「了」の文字が追加される。
そして今日もまた、一つの書き込みがあった。
小さく首に付いた、二つの跡。
血の気の引いた表情。
朝に寝て、夜に起きる毎日。
単なる夜遊びに怪我とも思える状態。
だが両親がここに書き込んだ理由は、娘が持っていた一枚のメモ用紙。
「警察も医者も必要ない。娘の命が惜しければ、手出しはするな」
血で書かれたと思われる、歪んだ文字。
末尾に記された、意味不明な刻印。
今も娘は夜になると家を抜け出し、朝になるとベッドへ収まっている。
首の跡に、血をこびりつかせて。
警察には持ち込めない。
いや、仮に持ち込んだとしてどうなるのか。
報酬は微々たる物。
危険もつきまとうだろう。
無論、この出来事に関わる必要はない。
他人のために己が命を懸ける理由など、この世にはまず無いのだから……。
ベッドに横たわる、高校生くらいの少女。
生気の抜けた、抜け殻にも似た姿。
時計は午前中を指しているが、カーテンは閉め切られ室内は薄暗い。
そんな彼女を見下ろす、綺羅(きら)アレフ。
金色の瞳が細められ、少女の首筋に付いた赤い跡へ指を添える。
「家で暴れたり、危害を加える事は」
「そ、そういう事は全く。ただ静かに家を出て、戻ってくるだけです」
苦しげな表情で、切々と語る中年の女性。
アレフはわずかにも表情を変えず、少女の首筋から指を離した。
「いい娘だったのかな。……いや、愚問か。済まない」
「いいえ。普通の、どこにでもいる。本当に、普通の……」
最後まで続かない言葉。
アレフは首から下がる十字架を握り締め、視線をわずかに伏せた。
「……彼女がよく通っている場所は分かるかな。特に、こうなった後で」
「確かではありませんが、どうもこの店に出入りしているようです」
中年女性がおずおずと差し出したのは、黒い名刺。
不気味なマークと店名、後は住所も書かれてある。
次に中年男性が出そうとした茶封筒には目もくれず、アレフはドアへと向かった。
「心配するな。今日中に決着は付ける。この夜にでも……」
繁華街から少し外れた、路地の奥。
道や建物は汚れていないが、独特の薄暗さは否めない。
朽ちかけた木の看板。
それと名刺を交互に確かめ、店内に入ろうとするアレフ。
「何してるの」
「お前は」
「キミと同じ、ご両親の依頼を受けた者。ここがどこだけ知っる?」
「彼女がよく立ち寄った店だろう」
聞くまでもないと言う顔。
白のシャツにジーンズというラフな出で立ちの涼は軽く頷き、彼女の顔を指差した。
銀髪で金色の瞳。
スーツを着こなす、男装の麗人を。
「その外見で、簡単に話を聞けると思ってる?」
「何か、変か」
「……自覚無しね。ここは私に任せて、あなたは周りに注意してて」
「それは助かる」
皮肉っぽくではなく、素直な表情で答えるアレフ。
涼は彼女を横目で眺め、慎重に口を開いた。
「キミって、見た目の割には妙に落ち着いてるわね」
「お前は、落ち着きが無さそうだな」
「悪かったわね」
挑発と言う程でもない台詞に乗る涼。
アレフはそれを気にもせず、気味の悪い店の外観を見上げた。
「よく分からないが、こんな場所で商売が成り立つのか」
「普通は無理よ。でもこの店だったら、この場所の方が良いの」
「色々と詳しいようだな」
「あなた、どこかのお嬢様?とにかく交渉は私に任せて頂戴」
微かに漂う、甘い香の匂い。
小さく掛かる葬送曲。
棚やテーブルには、人形や文字の書かれた紙や棒が陳列されている。
アレフは血が付いたしゃれこうべに視線を注ぎ、首を傾げた。
「何だ、これは」
心からの疑問という声。
涼は鼻を鳴らし、それを指ではじいた。
「意味なんて無いわよ。要は、不気味ならなんでもいいの」
見つめ合う二人。
先に、アレフの方が折れる。
「大体この店内に置いてある物は、効き目があるのか」
「効き目って。呪いの?」
何を聞くんだという顔。
しかし彼女の表情が真剣なのを見て、声をひそめる。
「昔ヨーロッパで起きた、魔女狩りって知ってる?魔術を使うとされた人達が殺されたのを」
「ああ」
低く、重々しい声で呟くアレフ。
涼は気圧されたように頷き、話を続けた。
「時代が変わっても、人間が変わった訳じゃない。つまり今でも、もし魔術を使えるなんて人がいたら同じ目に遭うわ」
「なる程。ここにあるのは、全部紛い物という訳か」
薄い微笑み。
アレフはスラックスに片手を入れ、若い女性で賑わう店内を見渡した。
「それにしては、随分客が入ってるな」
「面と向かって人を殴れなくても、呪った気になれば少しは気分が楽になる。言ってみれば、呪いセラピーね」
今度は涼が笑い、ディフォルメされたわら人形を指でつつく。
「こういう女性を知ってる」
ベッドで寝ていた少女の写真を取り出す涼。
おそらくは元気な時の、明るい表情の彼女の写真を。
エプロンをした若い女性店員は、すぐに頷いた。
多少、ぎこちなく。
「……覚えてますよ。結構通ってきてましたから」
「ました」
「最近見かけないんです。おかしな事に巻き込まれたんじゃないかって、お客さんは噂してるんですけど」
さらに声をひそめる女性。
彼女の視線は、店内の隅にあるカウンターへ視線を向けられる。
「止めた方がいいですよ。カルト絡みって聞いてるから」
「カルタの間違いじゃないのか」
「何、それ……。要は、普通じゃない連中って事」
「だったら、私が何をしても構わないな」
低い声で尋ねるアレフ。
涼は彼女を横目で眺め、小首を傾げた。
「するのは勝手だけど。キミって、格闘技でも習ってるの?」
「たしなみ程度には」
「……若い女性を探してるって聞いたんだけど」
カウンターに肘を付き、甘く微笑む涼。
軽さではなく、ゆとりと鋭さを込めて。
黒づくめの服に黒いキャップを被った若い男は、目を細めて彼女を見上げた。
「私じゃ駄目?一応、そちらの望む条件は揃えてるわよ。年齢は、この際大目に見てね」
「何の話です」
素っ気ない返事。
涼はもう一度微笑み、例のメモ書きを取り出した。
「わざわざ本人を自宅へ帰すくらいだから、結構大がかりな組織なんでしょ。色んな意味で」
「何者だ、お前」
「あなた達みたいな馬鹿が許せないだけよ。それとも本当に吸血鬼って言う気?」
脇腹に突き付けられようとしたナイフを、手の平で抑えるアレフ。
どういう力が働いたのか、男の方が後ろへ下がる。
穴が開くはずだった脇腹を、唖然として見つめる涼。
少しだけ笑ったアレフは、そんな彼女を促すように視線を向けた。
「わ、分かってる。ここでスカウトした女の子は、どこに連れて行くの」
声を詰まらせ、しかしどうにか話し出す男。
涼は情報端末にデータを取り、店を出て行くアレフに追いすがった。
「い、今のはどうやったの。て、手の怪我は」
「怪我はない。それに、知りたいなら教えてやってもいいが」
輝きを増す金の瞳。
銀の髪が腰の辺りから浮き上がり、淡い光を辺りに散らす。
「……超能力って感じでもないし。言葉遣いから見て、私より年上じゃないの?世慣れないのは、結構最近目が覚めたとか」
「鋭いな。とにかく、今みたいな事は、私に任せておけばいい」
「一つ聞くけど、この相手は人間なんでしょうね」
「おかしな化け物より、人間の方が余程怖いと思うが」
オフィス街の中心にある高層ビル。
今は全ての入り口が閉じられ、高度なセキュリティシステムが外部からの進入を阻んでいる。
地下駐車場の入り口。
コンソールへカードを近付ける、高級外車に乗った男性。
駐車場のガレージが上がり、車はその中へ吸い込まれる。
ライトを消したままで。
その後ろに続く、暗い二つの人影。
赤外線カメラには、単なる車の影としか判別出来ないだろう。
一見高級クラブ風の内装。
暗い間接照明。
かろうじて、同じテーブルにいる相手が見える程度の。
甘い匂いも気にならないのか、紳士淑女は薄い微笑みを浮かべてグラスを傾けている。
「君、換えを」
「換え、とは」
「新人かね」
「お前よりは、年上だがな」
テーブルに叩き付けられる、屈強そうな大男。
アレフは手を払い、一斉に身を引いた男女へ視線を注いだ。
その前に、涼が嫌悪を露わにしながら進み出る。
「ここから取ったら」
「な、何」
「それとも、若い女にしか興味はないの?」
広いホールの正面。
一段高くなった壇上。
そこにスポットライトが辺り、黒いマントを翻した男が登場する。
片手には、生気の失せた若い女性。
もう片手には、細い短剣を。
辺りから一斉に上がる歓声。
女性の首へ、黒マントの男がナイフを突き立てたのと同時に。
だがそれは、叫び声によって妨げられる。
正確には、アレフ達の行動によって。
壇上からテーブルへと移る視線。
「上流社会の秘密クラブって事ね」
「なんだ、それは」
「お金も地位も名誉もある。何もあり過ぎて、面白くない。だったら、普通とは違う事をしてみたくなるのよ」
「なる程。貴族の道楽という奴か」
ホールの中央に置かれた、白い粉の山。
甘い香りは、各排気口から流れているらしい。
居合わせている人間の反応からして、ダウナー系のドラッグだろう。
「生き血をすするつもりじゃない?私達の依頼者も、きっとここに来てたと思う」
各テーブルに付く、生気の失せた若い女性。
首筋には、傷付けられたばかりの跡が付いている。
黒づくめの服。
ドラッグ。
壁に飾られた、異様な柄のタペストリー。
そして、若い女性の生き血。
「昔も今も変わらぬな。愚かな人間のする事は」
「馬鹿騒ぎはここまでよ。映像も音声も抑えてあるから、逆らおうなんてしない事ね。当然データは、とっくに転送してあるから」
「だ、誰だ、お前達は。警察程度が」
「案ずるな、狗ではない。さて、次はどうする」
「あなたの出番。危ないと思ったら、すぐに逃げてよ」
即座にアレフを取り囲む、屈強な男達。
警棒状のスタンガンが、容赦なくその体に振り下ろされる。
一閃。
真円を描いた大剣は、警棒を両断して腰にためられた。
鈍く輝く、大振りの剣。
淡い光を散らす、銀の髪。
夜の宴に降り立たつ、男装の麗人。
時代、年齢、身分。
それらを越えた部分にある、人が人である故の恐怖。
権力や財力など、全く無意味な世界。
今まで自分達が行ってきた、座興としての儀式とは違う。
真の闇がそこに現れた。
堰を切ったように逃げ出す男女。
客だけではなく、ホスト側の者達も。
「お前は逃げないのか」
閑散とするホール内。
規則正しい足取りで歩くアレフ。
その行く手には壇上があり、黒マントの男一人だけが立ち尽くしている。
「……貴様、何者だ」
「子供をさらうような下衆には理解出来ない存在だ」
「この儀式の意味も分からずに、何を」
「処女の生き血などに、何の意味もない。単なる、嗜好の問題だ」
一刀の元に切り捨てるアレフ。
男は眉をひそめ、慎重に彼女との距離を取った。
「貴様。本物か」
「さて。何をしてそう差すかは難しいが」
薄い微笑み。
涼は目を細め、アレフの後ろから声を掛けた。
「大人しく警察に出頭しなさい。あなたがさらった子供達は、私達でどうにかするから。ここの客の力を使えば、彼女達の経歴が傷付く事もないだろうし」
「人が良いな、随分。しかし、俺をただの人間と思うなよ」
噛みしめられる口元。
一瞬細くなる瞳孔。
息が荒くなり、腰が床の辺りまで落ちる。
「……なる程。薬で、獣にでもなったつもりか」
「俺は、人間じゃない」
鋭い、空を裂くような出足。
短剣が横へ薙ぎ、鮮血を宙へ散らす。
「おいっ」
「キミって、本当は結構いい年なんでしょ。お年寄りは労らないと」
肩口を押さえる涼。
出血量は少ないが、顔色は悪い。
「お前は十分に仕事をした。後は私に任せておけ」
「キミこそ、あんなの相手に」
「少しは信じて欲しいものだな。かりそめとはいえ、仲間というものを」
背中からの突っ込み。
瞬時に身を翻し、涼をかばうアレフ。
低い位置からの跳び蹴りを剣ではじき飛ばし、それを収めて顔の前に印を組む。
よだれを垂らし、四つんばいになる男。
腰がさらに落ち、暗闇の中に目が輝く。
「闇に生きるが定めだとしても、そこが必ずしも安住の地ではないと知れ」
最後にラテン語で血と呟き、細い指を男へと向けた。
薄闇の中を走る、さらに濃い闇。
男は一気に顔を紅潮させ、その場に卒倒した。
「こ、殺したの?」
「血の流れを一旦止めただけだ。すぐ、元に戻る」
「元って、何に」
小さな呟き。
駆け寄った二人の足元にうずくまる男。
尖った耳に、犬歯の剥き出た口元。
長い爪は明らかに付け爪ではなく、手足は異様に膨脹し彼の服を引き裂いている。
「……この男はもしかして、吸血鬼とかじゃないの。本人はそう思い込んでいたつもりだろうけど、本当は」
不意に現れる大振りの剣。
アレフはそれを高々と振り上げ、男の首筋に狙いを定めた。
彼女の技量さえあれば、両断するのはたやすいだろう。
「……どうした」
剣と、男の間に体を差し入れる涼。
無言で、切なげな表情で。
「今さら己の素性を知るより、人として生きた方が幸せとでも言いたいのか」
「こいつがやった事を許すつもりはない。でも、それは人間として償って欲しい。……こういうのって、甘いのかな」
「私が受けた依頼は、娘を元に戻す事だ」
少しずつ、人の姿に戻っていく男。
足音を立てず、ホールの出口へと向かすアレフ。
涼は闇に消えるその背中を、ただ黙って見送った。
路地裏のオカルトショップ。
可愛らしい顔をした人形の前に立ち止まるアレフ。
「それが、何か」
彼女の独特の雰囲気に押されてか、不安そうに尋ねる店員。
「ここは、おもちゃばかりだと聞いているが」
「ええ、そうですよ。本物があったら、私が怖いくらいです」
人形を買い求め、店を出るアレフ。
少し裂けている、スーツの袖口。
暗い夜道。
それよりも暗い影。
懐から取り出される、彼女の剣技で半身となった桃。
涼が魔除け用に持ってきた、その片割れ。
邪を払うという果物。
しかし今は、もぎたてそのままに汁を滴らせている。
アレフはそれにかぶりつき、夜空に浮かぶ月を仰いだ。
「確かに、人には愚かな面もある。しかし、そうでない者もいる。そう考える私は、甘いのだろうか」
小さく動く、人形の口元。
低い。
多少の笑いを含んだ口調で返すアレフ。
足音もなく、滑るようにして。
暗い、闇の奥へと向かう。
己の世界へと……。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0815/綺羅・アレフ/女/20(外見上)/長生者
0381/村上・涼/女/22/学生
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■ ライター通信 ■
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ご依頼頂き、ありがとうございました。
村上様とは中間が共通で、OPとエピローグを変えてあります。
よろしければそちらもご覧下さい。
それでは、またの機会がありましたらよろしくお願いします。
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