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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:かごめかごめ
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界鏡線シリーズ『札幌』
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

「で? それをわたしにどうしろと?」
 新山綾が、不機嫌そうな顔で不機嫌そうな台詞を吐いた。
 理事長が肩をすくめる。
 まあ、機嫌だって悪くなるだろう。
 心理学研究所に心霊相談を持ち込まれても困るのだ。
 とはいえ、
「放ってはおけないだろう。うちの学生が四人も精神に異常をきたしたとあっては」
 言い訳するように上司が語る。
 ‥‥事の発端は、男女四名の学生が心霊ツアーなどに出掛けたことだ。
 大学生にもなって、と思わなくもないが、最終的な目的は恐怖スポットをまわることではあるまい。
 夕暮れに出発し、帰宅の予定は翌日の昼頃だったという。
 そして、彼らは帰ってこなかった。
 心配した家族が警察に連絡し、四人の乗った乗用車が発見されたのは、さらに次の日の午後である。
 豊平峡に架かる吊り橋の上に立ち往生した車からは、虚ろの声でかごめ唄がきこえていた。
「かごめかごめかごのなかのとりはいついつ‥‥」
 その後、四人は病院に収容されたが、事件から一週間経ったいまも、まともに話ができる状態ではないらしい。
「他の学生たちにも好ましくない噂が広がっている。そこで」
「わたしが真相を究明する、というわけですか?」
「ご名答」
「お断りします」
 とりつく島もないとは、このことだった。
 学者たるもの、いたずらに怪力乱神を唱えるべきではない。
 綾は主張するが、じつのところ、理由はそれだけではあるまい。
 まあ、どうでも良い話だが。
「そうか‥‥残念だ」
「お役に立てず、申し訳ありません」
 一向に申し訳なさそうでない態度で助教授が頭を下げる。
「ところで、冬のボーナスの考課は既に始まっているのだが、ご存じだろうか? 新山助教授」
 なんだか楽しそうな理事長である。
「う‥‥」
「どうだね? どうしても引き受けてはくれんかね?」
「‥‥謹んでやらせていただきます。はい‥‥」
 綾は屈服した。
 誰しも、給料という名の神には逆らえないのであった。






※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。


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かごめかごめ

「んぁー ええ景色や。心が洗われるようやな」
 思い切り両手をひろげ、清涼な空気を胸いっぱいに吸い込む。
 黒い髪と黒い瞳。
 藤村圭一郎という名の青年である。
 眼下に広がるのは豊平峡ダム。
 札幌市の水源として知られる巨大な人造湖だ。
「もう紅葉が始まっているのね」
 横に立った女性も感想を述べる。
 平均よりずっと高い身長。流れるような黒髪。湖水の如き碧い瞳。
 シュライン・エマという。
 怪奇探偵と異名を取る男の助手であり、恋人でもある女性だ。
「今年の北海道は夏がなかったらしいからな」
「もう初雪は観測されてるんだぜ」
 口々に言ったのは、武神一樹と巫灰滋だ。
 乗用車のボンネットにもたれかかり、雄大な自然と人工物の対比を楽しんでいる。
 冷静沈着な調停者。積極果敢な浄化屋。
 ほぼ対極に位置する彼らだが、ときとして同じ感慨に浸ることもある。
 すなわち、
「こんな美しい場所で幽霊騒ぎなど、無粋きわまる」
 ということだ。
 そう。
 彼らは物見遊山でこの地を訪れたわけではない。
 とある心霊事件の調査解明のため、豊平川の源流にまで足を運んだのだ。
 話は、前日に遡る。


「ところが、豊平峡にまつわる不幸な伝説なんてでてこないのよ。ちょっと調べたところではわね」
 土産もののアップルパイを頬張りつつ、新山綾が説明する。
 食べるか喋るか、どちらかの行為を選択した方がよいだろう。
 研究室に参集した四人のうち三人までが同様の感想を抱いた。
 唯一の例外は巫で、意外と幼稚な綾の姿を、なんだか幸せそうに見つめている。
 まあ、これはアバタもエクボという現象なので、べつに顧慮する必要はない。
「学生さんたちの話は聴けそう?」
「んー ちょっと無理っぽいかも。なんだか事象の地平に旅立っちゃってるみたいで」
「断片的な単語からでも、ある程度は状況が推理できるんじゃない? 綾さんなら」
「無理いわないでよ。シュラインちゃん。武彦じゃあるまいし、そんなことできるわけないでしょ」
「あきらかにダウトよ。ようするに、この件に関わりたくないわけね」
 いささか意地悪くシュラインが笑う。
 茶色い髪の助教授は、大が付くほど心霊現象が苦手なのだ。
 そのことを、青い目の美女は熟知している。
 なにしろ、怪談話の席上で、恐怖のあまりに物理魔法を暴走させた経歴の持ち主である。遠くから見ている分には面白いのだが、巻き込まれては洒落にならない。
「まあ、綾さんの留守番は確定ね。吊り橋の上で暴発されたら死んじゃうから。マジで」
 茶飲み話にしては、剣呑な話題である。
「せやけど、綾はんは心理学者やろ。一緒に行った方が、なにかと都合ええような気がするで」
 藤村が口を挟む。
「あ、わたしは‥‥」
「なんだ藤村、知らなかったのか? 綾は心理学者じゃなくて宗教学者だぜ」
 何か言いかける綾に先んじて巫が解説する。
「なんや。そやったんや」
 考えてみれば、藤村と綾は交流が浅い。
 互いの職業も教えあっていないはずだ。
 これでは、知っている方が不思議である。
「宗教学と心理学には密接な関係がある。同じ人文科学だからな。宗教というものは、人間の心の拠となるケースが多いようだ。それが心理学研究所に綾の席がある理由だな」
 緑茶などを啜りつつ、武神が言った。
「あうー」
 不満そうな顔の綾。
 どうやら、自分で説明したかったらしい。
「まあ、綾さんのことはどうでもいいとして、とりあえずは、学生さんに会ってみましょ」
「しくしく」
 どうでもいい扱いをされた助教授がわざとらしく泣き真似をする。
 もちろん、誰の感銘も誘わなかった。
「面会の予定は、もう組んであるわ。車は大学の公用車を用意したから。使ってちょうだい。被害者たちの当日の足取りも、判る範囲でナビに入れといた。それからキャンプセットも」
 不毛な演技を中断し、てきぱきと告げる。
 けっして無能な女性ではないのだ。パニックを起こしていない限りは。
「上出来だ。では、俺たちは行くが、お前はここで吉報を待っていろ。綾」
 武神が席を立つ。
 続いて、他の三人も立ち上がった。
 苦笑を浮かべているのは、綾の周到さの裏にある感情に気が付いているからだろう。
 まあ、三〇年もオバケ嫌いできたのだから、今後改善する見込みはあるまい。
「じゃ、ちょっと行ってくるぜ」
 最後尾の巫が、不器用に片目をつむってみせた。


「かごめ唄のかごめは、篭女を指してることがあるんだぜ」
 車内、浄化屋がつぶやく。
 学生たちが収容された病院で肩すかしを食らった彼らは、一路、豊平峡を目指していた。
 結局、まともな話などできなかったのだ。
 こうなった以上、被害者たちと同じ境遇に身を置くのも一つの選択肢だろう。
 男女比こそ異なるが、彼らも四名である。
「なに? 篭女って?」
「遊女のことやな」
「そうだ。篭は遊郭、篭の中の鳥は売られた娘ということだな。陳腐だが、想像はしやすいだろう」
 淡々と説明を始める調停者。
 彼はこのようなとき、あまり感情を表に出さない。
 篭女篭女。籠の中の鳥(女)は、何時何時でやる。
 でられなかったのだ。ほとんどの女たちは。
 残念ながら、それが歴史的事実である。
 肉体の酷使、繰り返される堕胎、薬物や酒の乱用。
 遊女たちの平均寿命は三〇歳前後だったという。
 まだまだ基本的人権などという言葉が輸入される前の話である。
「でも、札幌に遊郭なんてなったの?」
「薄野遊郭。いまのススキノ歓楽街の前身だな」
「それ、何時の話?」
「大正から昭和の初期にかけてだ」
「それじゃ符合しないじゃない」
 何気なくみえて、シュラインの言葉は核心をつく。
 かごめ唄という俗謡が流布したのは江戸の前期。
 三〇〇年以上も時代に開きがあるのだ。
 イコールで結ぶことなど、とてもできない。
「土壌がないとでけへんよなぁ。怪談話なんぞ」
 藤村が腕を組む。
 彼はオカルティストではない。多少の霊感は備えているが、その能力のほとんどは、修行や修練によって身に付けたものではなく、先天的な資質に因る。
 端的な表現をすれば、超能力に近いものだ。
 巫の除霊能力や武神の封印能力とは少し毛色が異なるのである。
 だが、それゆえにこそ、心霊現象に対して散文的なまでに冷静な観察眼を有している。
 怪談話というものには、必ず法則性があるのだ。
 たとえば、多くの人が不幸な死に方をしたとか、恨みを残して死んだとか。
 そういうことである。
 ところが、豊平峡にそんな伝説はない。
 ダムの完成が昭和四七年。
 それ以後に開発された地域なのだ。もっとも、開発といっても温泉宿が建った程度で相変わらず自然と共存しているのだが。
 視点を変えると、もともと人の住んでいないところに、人間の幽霊が出るはずがない、ということになる。
「結果があるということは、必ず原因があるということだ。その原因を解明し取り除けば、事態はおのずと解決する」
 淡々と語る調停者。
 でた、と、運転席の巫と助手席のシュラインが笑みを浮かべた。
 武神の持論である。
 黒髪の青年がこの言葉を発するときは、何らかの糸口を掴んだときだ。
「なんか判ったんやな。武神はん」
 薄く色の付いた眼鏡の奥で、占い師の瞳が光る。
「確定的なことはまだ言えん。ただ、ある程度、推測することはできるな」
「たとえば地霊とか、だな」
 巫が、ぼそりと呟く。
 じつは浄化屋もまた、一つの仮説を立てていたのだ。
 人の手が入らない土地というものは、なにかしら入らない理由があろう。
 たいして広くもない国土に一億二千万の人間がひしめいている日本だ。
 なんの理由もなく放置されている土地、などという方がおかしい。
 景勝明媚で温泉もある。
 そんな場所を、観光業者が放って置くわけがなかろう。
 まして、札幌からのアクセスも良いときては。
 しかし現実には、ごく最近まで豊平峡はほとんど注目されなかった。
 というより、いまでも注目されていない。
 札幌市民ですら、名を聞いたことのないものが多くいるはずだ。
 なぜか?
 豊平峡は、いわゆる「開かずの間」なのではないか?
 無意識に避けるような。
 かつて人は自然を敬い畏れてきた。
 だが、機械文明の発達により神秘のヴェールは次々と剥ぎ取られている。
 もし「開かずの間」に光があてられたとしたら‥‥。
 やや険を帯びた顔で運転を続ける巫。
 興味と共感を青い瞳に込めた美女が、ちらりと友人の横顔を見た。


「‥‥なに? この足音‥‥」
 シュラインの呟き。
 周囲は闇。
 下弦の月だけが、頼りない光を地上に注いでいる。
 ひたひたという不気味な音が、超聴覚を有する彼女の耳に届く。
 なにかが近づいてくる。
 吊り橋の上。
 不幸な学生たちが発見された場所で、彼らも待機していたのだ。
 状況を真似つつ。
「初日に現れてくれて助かったぜ」
 好戦的な口調を巫がつくる。
「ちゃっちゃっと片して、温泉で一風呂浴びたいとこやな」
 戯けたように言う藤村だが、目は必ずしも笑っていない。
「結局、学生連中の尻ぬぐいか‥‥」
「どういうこと? 一樹さん」
「じきに判る」
 武神とシュラインが言葉を交わす間にも、足音の数は増え続け、ついには乗用車を包囲するに到った。
『かごめかごめ かごのなかのとりは いついつでやる よあけのばんに つるとかめがすべった うしろのしょうめん だあれ』
 車外から唄が聞こえる。
 子供の声だ。
「ゃだ‥‥」
 思わず耳を塞ぐシュライン。
 彼女は臆病な女性ではなかったが、やはり、こんな異常な事態に際して平静ではいられなかった。
「綾を連れてこなくて正解だったぜ。暴走まぢがいなしだ」
 同年の友人の背を優しげに撫でつつ、巫か感想を漏らす。
「まったくだ。とくにあれを見たらな」
「せやな。シュラインはんには見えへんやろが、ごっついものがみえるで、いま」
 シュライン以外の三人には、車を取り囲む子供たちが見えていた。
 童という表現の方が近いかもしれない。
 共通するのは、おかっぱ髪とみすぼらしい稚児服。
 ある童は頭を割られ、べつの童は腹をえぐられ。
 絶対に生きているはずのない姿ながら、それでも笑いながら歌う。
 もしこんな光景を茶髪の助教授が見たらどうなるか。
 考えるだに怖ろしい。
 吊り橋ごとダムごと湖ごと山ごと、消し飛ばしかねなかろう。
 むろんそんな事態になったら四人も只では済まない。
「やれやれだせ‥‥」
 溜息を漏らした巫が、ふと苦笑を浮かべた。
 どうも恐怖の方向性が間違っているようだ。
 仮定の問題に恐れおののくより、いまは現実に対処すべきだろう。
「どうする? 武神のダンナ。まとめて浄化しちまうか?」
「せやったら、俺も手伝うで」
「私は手伝いようがないから、ここで待機ね」
「‥‥そうだな‥‥現れている分は浄化して、あとは『穴』を塞げば問題ないだろう」
「こいつらには少しばかり申し訳ねぇが、ほっとくってわけにもな」
「人の業って一括りするんは簡単やけどな」
「‥‥ああ、なるほど。そういうことね」
 男性陣の言葉から、シュラインは真相を悟った。
 悟ったような気がした。
 おそらく、この歌声の正体は遙か昔にこの世を去っている。
 江戸時代か、もっと前か。
 さらに、迷っているということは自然死ではあるまい。間引きされたか賊にでも虐殺されたか、そんなところだろう。
 問題は、どうして豊平峡に迷いでてきたか、ということである。
 その解答は、武神の語った言葉に含まれているだろう。
 もともとこの地には、地霊、つまり大地の持つエネルギーが集中している。
 豊かな山嶺、たたえられた水の清涼さ、生い茂る樹木。
 そういったものが示すとおりだ。
 そして、心霊ツアーなどと称して訪れた学生。
 推量の域を出ないが、彼らの中に霊能力をもつものがいたのではないか。むろん、訓練された力などではなく、本人も気付かぬものだろうが。
 怪談話などで盛り上がった学生たちは、無意識のうちに地霊の扉を開けてしまったのだ。
「そういうことさ。後の正面ってのは、この世ならざるもの指すんだぜ」
「‥‥均衡というものは、ほんの些細なことから崩れるものだ。それを理解していない馬鹿が多すぎるな」
「君子は怪力乱神を語るべからず。これ、たしか綾はんの台詞やったな」
 警句めいたことを占い師が口にした。
 心霊ツアーなどというくだらないことを、軽々しくおこなうべきではない。
 後始末をつける彼らはともかくとしても、無作為に呼び出された霊こそ良い面の皮である。
「じゃ、そろそろ始めっか」
 巫が促し、仲間たちが頷いた。


  エピローグ

 豊平峡を巡る散策路の一角に、小さな地鎮像が建っている。
 明らかに手彫りと判る粗末な地蔵だ。
 道祖神、ではない。
 なんの意味があるのか、だれが置いたのか。
 その答をもつものはいない。
 あるいは、はじめからそこにあったような気さえする小さな小さな像。
 その秘密を知るのは、たった四人。
 讃えられることもなく、語られることもない功績。
 たぶん、それでよいのだ。
 涼しさを増した風が吹き抜けている。
 色付いた木々が梢を鳴らす。
 困ったような笑ったような表情を浮かべた地蔵が、ただ静かに人の造りし湖を見つめていた。
 秋が、深まってゆく。



                      終わり



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)       with貞秀
0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店主
  (たけがみ・かずき)
0146/ 藤村・圭一郎   /男  / 27 / 占い師
  (ふじむら・けいいちろう)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「かごめかごめ」お届けいたします。
こういう結末は、わたしの書くお話では珍しいですよね。
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。


☆お知らせとお詫び☆

9月第1週の新作アップは、著者、私事都合(ネタ詰まり)によりおやすみさせていただきます。
ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。
代わりといってはなんですが、この間はシナリオノベルの方を受注させていただきます。
もしよろしければ、ご利用ください。