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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


バケバケさまにお願い!
●バケバケさま
「あ、一葉さん、こんにちは〜」
 自動ドアが開いた瞬間、瀬名雫がこちらに気がついて手を振った。
「おう。あいかわらず元気ええな、雫ちゃんは」
 獅王一葉(しおう・かずは)は片手を上げてそれに答えた。
 ここはインターネットカフェ『ゴーストネットOFF』。
 中学生ながらその掲示板であるゴーストネットの名物管理人を務める雫は、世界の怪奇情報のコンプリートを合言葉に放課後はたいていここで掲示板の更新作業を続けている。ゴーストネットOFFの常連である一葉とはもちろん顔見知りだ。
「えへへ。一葉さんもいつも以上に男前だよー」
「ありがと。雫ちゃんももう少し大きくなったらうちの愛人にしたげるわ」
 二人はお互いの顔を見合わせてコロコロと笑った。
 もちろん半分以上は冗談だ。細身の長身に中性的な顔立ち。赤く染めた短髪と男物の洋服でよく性別を間違えられることもあるが、一葉はれっきとした女性だ。もっとも可愛い女の子も守備範囲に入っている一葉にとっては全部が全部冗談というわけでもなかったが、まあそれはどちらにしてもまた別の話だ。
「ところで雫ちゃん、なんかおもしろそうな依頼あらへん?」
 一葉はそう言いながら雫のとなりに座った。
 大学の夏休みは長い。もちろん自由時間が増えるのは歓迎だが、薬学部の学生として実験をこよなく愛する一葉にとって夏休みはただ楽しいだけのものではなかった。正直に言えばすでに試験管と薬品の匂いがなつかしくなり始めている自分がいる。
 そこでヒマつぶしと気晴らしを兼ねて適当な依頼に参加させてもらおうと、こうしてゴーストネットOFFを訪れたのだ。
「もっちろん! 今日もいいネタ仕入れてるよー」
 雫が自信たっぷりにマウスをクリックする。
 モニターに映し出されたのは次のような書き込みだった。

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[8040]バケバケさま
投稿者:MIKEKO

ねえねえみんな、「バケバケさま」って知ってる?
なんでも神様の一種で、一日だけ好きな姿に変身させてくれるらしいんだ。
モデルや芸能人、自分の知り合いはもちろん、動物でも鳥でも虫でもなんでもOK!
ねね、ちょっとおもしろそうじゃない?
となり街の学校の子なんて、実際にアイドルに変身させてもらったそうだし。
……え、あたし?
その、やっぱちょっと怪しげだし、誰かが試してからにしたいなー、なんて(^^;)

ねえ、誰かウワサが本当かどうかたしかめてきてくれない?
あたしが聞いた話では、バケバケさまは妙珍寺っていう古いお寺の裏にある、不気味〜な沼の中に住んでるらしいよ。
あ、そうそう、お供え物は忘れないでね。バケバケさま、お酒が大好きだそうだから。

それじゃ、みんながんばってね!
ステキなリポート、楽しみに待ってるよ!!

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「どう、すっごくおもしろそうでしょ? でもみんな忙しいみたいで調べに行ってくれる人が見つからなくて……。もし一葉さんが引き受けてくれたら、ホントにうれしいんだけどなあ」
 一葉を見つめる雫の瞳はおねだりモード全開だ。
 だが一葉は雫の必殺ポーズが目に入らないくらい興奮していた。
 なんでも好きなもんに変身やて? そんならもしかして――。
「……一葉さん?」
 放心したようにモニターを見つめる一葉の顔を、雫が不思議そうに覗き込む。
「よ、よっしゃ! 大船に乗ったつもりでうちに任しとき!!」
 ようやく我に返った一葉は、内心の動揺をごまかすようにドンと胸を叩いてみせた。
 だが力の加減をまちがえてゴホゴホと咳き込んでしまう。
 そんな一葉を見て、雫が大きな瞳をさらに大きくしてパチパチとまばたきした。

●酒と神様と早とちり
 丈の高い草に覆い隠された長い長い石段を登ったその先に妙珍寺はあった。
 どうやらとうの昔に捨てられてしまった古寺らしい。傾き朽ち果てた本堂。伸び放題の雑草が境内を覆い尽くす。人の手が届かなくなってから何十年、いや下手すると何百年経っているかもしれない。
 本堂の裏手に回ると問題の沼は簡単に見つかった。
 沼の水は意外なほどに美しく澄んでいる。それでいて沼の底がまったく見えないのが不思議だった。
「あんたも酒が好きなんやて? うちのお仲間やな」
 沼のふちに座り込んで持参した酒を取り出す。
 日本酒、泡盛、ビールに焼酎。ズラリと並んだ様子はお供え物というより宴会の会場だ。
「呑む相手欲しいなら付き合うたるわ。うちじゃ物足りんいうツッコミは却下やで」
 一葉はひとりごちながら日本酒の瓶を開け、お酌をするように沼にトポトポと酒を注いだ。それと交互に猪口にも酒を注ぎ、自らグイグイと飲み干していく。
 そんな奇妙な酒宴は、一升瓶が空になるまで続いた。
「で、例の話、ほんまなんにでもなれるん?」
 猪口に残った酒を一気にあおって勢いをつけると、一葉は不意にそう切り出した。
 もちろんバケバケさまに願えば好きな姿に変身させてくれるという話のことだ。
 その顔がうっすら赤いのは決して酔いのせいだけではなかった。
 好んで男物の洋服を着る。男女を問わず好きなものを好きだと言い、自分の気持ちに正直に行動する。そんな男女の枠組や世間の常識にとらわれない生き方をうやらましがられることも多い一葉だが、実は彼女は以前からひそかな変身願望を持っていたのだ。
 そもそも一葉の性格や生き方は、その容姿に少なからず影響を受けて形成されたものだ。
 もちろん外見に合わせて無理に演技をしているわけでも、現在の自分に不満があるわけでもない。ありのままの一葉を理解し、好きだと言ってくれる大切な仲間たちもいる。
 ただそれでも。やはりふと考えてしまうことはあった。もしも自分がもう少し背が低かったなら、もしも自分がもっと女の子らしい顔立ちをしていたら、はたして自分は今と同じ自分になっていたのだろうかと……。
 だから今日はバケバケさまの力を借りてその「もしも」を試してみるつもりだった。
 ただどんな姿に変えてもらうのか、いざとなるとその選択が意外に難しい。
 一葉はとりあえず現在の自分とは対極に位置する女の子らしい女の子を想像してみた。
「そうやなー、それもええかもしれんなー。身長158cm位で、さらっさらな黒髪ストレートヘアで、アイドル並に可憐で可愛い女の子……なーんてな。せやけどやっぱり――」
 さらに言葉を続けようとしたそのとき、一葉はかすかな水音を聞いた。それと同時に世界がグニャリと歪むような感覚に襲われる。
 まさか!?
 一葉はハッと自分の身体を見た。シャツの袖やパンツの裾が異常に余っている。
 慌てて沼に身を乗り出し、水鏡に自分の姿を映してみると――。
 潤んだ大きな瞳。艶やかなピンクの唇。風に流れる長い黒髪。それはまさにブラウン管の中から飛び出してきたかのような可憐な美少女だった。
 一葉はサッと酔いがさめていくのを感じた。
「ち、ちょ待っ……まだなる言うてへんやんかっ!! こないな姿でどうやって一日過ごせっちゅうねん!? こら、シカトすんなや、バケバケー!!」
 必死でタンマをかけるものの、まるで反応はない。
 シンと静まり返った沼に、一葉の抗議だけがいつまでも虚しくこだましていた。

●シンデレラの決断
 二時間後、一葉はにぎやかな大通りを散歩していた。
 もちろん例の変身した姿のままで。容姿にふさわしく服装も可愛く女の子らしいアイテムでまとめている。……あんまり久しぶりにスカートをはいたのでスースーして少し歩き方がヘンかもしれないけど、それ以外はアイドル顔負けの完璧な美少女になりきっている。
 結局バケバケさまは、どんなに抗議しても一葉を元の姿に戻してはくれなかった。それならいっそのこと!と開き直って、今の姿を思い切り楽しんでやることに決めたのだ。
 反響は予想以上だった。すれちがう人みんなが、好意と羨望のまなざしで一葉を振り返っていく。まるで絵本の世界のお姫さまにでもなったような気分だ。
 高校生のころ一部の女子生徒から熱烈に崇拝されたことはあるものの、男役ではなくこんなふうに純粋に女性として憧れの視線を向けられるのは初めての経験だった。さっきまでの不満はどこへやら、一葉は自分でもあきれるくらい舞い上がっていた。
 勢いに任せてお洒落なカフェテリアに入ってみる。
 いつもはコーヒーしか飲まないのだが、今日は断然紅茶な気分だ。ほんの少しだけレモンをひたすと、薔薇色の紅茶がさらに明るく鮮やかな色彩に変わる。
 そしてカップにそっと口をつけた瞬間、一葉は目の前に誰かが立っていることに気づいた。
「相席してもいいかな?」
 二十歳そこそこだろうか。男が白い歯を見せてたずねる。
「ええ、どうぞ」
 一葉はさりげなく男を値踏みしてからうなずいた。
 端正な甘いマスク。知的で洗練された態度。爽やかで嫌味のない笑顔。王子さま役としてはまず合格点だろう。
「どこか行きたいところはあるかい?」
 たわいない会話を交わした後、男が当前のように切り出す。
「そうやね。……うち、遊園地に行きたいな」
 じらすように少し間を置いてから、一葉はニッコリと微笑んでそう答えた。
 それから二人はカフェテリアを出て男の車で遊園地に向かった。
 遊園地でのデートは文句なく楽しかった。
 いつもは絶叫系のアトラクション専門なのだが、今日はスリルのかけらもないカップル向けのアトラクションがメインだ。最初は退屈でボロが出ないか心配していたものの、気がつくと演技の必要もないほど本気ではしゃいでいる自分がいた。
 男のエスコートも完璧だった。さりげない一言、ちょっとした心配りが見事に女心のツボをとらえ、フワフワと宙に浮かぶようないい気分にさせてくれる。
 ただその一方で、そんな自分を客観的に見つめている冷静な自分もどこかにいた。
 どれだけ楽しくても、しょせんこれは夢なのだ。そして夢はほんの短い間に見るから楽しいもの。長く見すぎればどこかで悲劇に変わる。
「ゴメン、うち疲れたわ。なにか冷たいもん買うてきてくれる?」
 一葉はベンチに腰を下ろして額の汗を拭いながら言った。
 男は笑顔でうなずき、何の疑いも持たずに売店の方に歩いていく。
 やがて男の背中はひとごみにまぎれて見えなくなった。
 一葉はそれを見届けてから立ち上がると、ひとごみに向けてペコリと頭を下げた。
「ありがと、ほんま楽しかったで」
 そうつぶやいて男とは正反対の方向に歩き出す。
 そして一葉は一度も振り返ることなくそのまま一人で遊園地を後にした。

●魔法の鐘
 遊園地を出てから一葉の足は自然と自宅のアパートに向かった。
 いつもの私鉄の駅を降りて、夕暮れの道をいつものようにひとりで歩く。
「あーあ。せっかくの美少女やのに、なにしてるんやろな」
 自嘲気味にそんなことをつぶやく。
 でもその言葉とは裏腹に、一葉は不思議と清々しい気分だった。
 もちろん未練がないわけじゃない。短い間でも別の人間なれて本当に楽しかった。だがいつまでも夢と現実を混同しているわけにはいかない。憧れはやはり憧れのまま、そっと胸の奥に秘めている方が美しい。
 それに――。
「姉御ーっ!」
 明るい声と共に、不意に誰かが後ろからタックルしてくる。
「夏生ちゃん……」
 一葉は思わず目を丸くした。
 一葉の腰にしっかりと抱きついているのは榊社夏生(さかきもり・なつき)だったのだ。
 夏生だけではない、直弘榎真(なおひろ・かざね)も少し離れた場所から軽く手を上げる。
「大正解、やっぱり姉御だったんだ! でもズルいよ、ひとりでこんな楽しそうなことしてるなんて。雫ちゃんに聞いて飛んできたんだからね」
「……なんで? なんでこんな姿やのにうちやてわかったん?」
「もー、姉御はどんな姿でも姉御でしょ? この私にわかんないはずないじゃん」
 わけがわからず混乱する一葉に夏生が自信満々に答える。
「うそばっか。さっきから手当たり次第に声かけてたくせに」
 ポツリとつぶやいたのはもちろん榎真だ。
「ああーっ! それは言わない約束じゃない!?」
「だって本当のことだろ」
「ちーがーうー! 今度は絶対絶対、姉御だと思ったんだから!!」
 夏生と榎真がいつものごとく言い争いを始める。
 一葉はそんな二人をポカンと見つめて――それからプッと吹き出した。
 大声で笑いながら両手にギュッと二人を抱きしめる。
 一葉の心の中では、今まさに12時の鐘の音がにぎやかに鳴り響いていた。
 シンデレラの12時の鐘は、魔法の終わりを告げる無慈悲な鐘だ。でもこの鐘の音はまるで意味がちがう。本当の魔法はこれから始まるのだ。一葉を再び現実に呼び戻し、明日をさらに楽しく輝かせてくれる最高の魔法が。
「よーしっ、今日もカラオケ行くわよ! 二人とも寝かさへんからな!!」
 一葉は晴れやかな気持ちで力強くそう宣言した。

Fin
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0115/獅王・一葉/女/20/大学生
0017/榊社・夏生/女/16/高校生
0231/直弘・榎真/男/18/日本古来からの天狗


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、ライターの今宮和己と申します。
今回は『バケバケさまにお願い!』にご参加いただき本当にありがとうございました。

一葉さん。いいですねー、姉御。今回は変身ものなので意外な一面が中心になっていますけどそれでもところどころに姉御な雰囲気(笑)を出せるようにがんばってみたつもりです。
夏生さんと榎真さんは一葉さんと切っても切れない縁ということで特別にゲスト出演です。
ほんの少しでも楽しんでいただけるシーンがあれば、本当に幸いです。

ではまた。どこかでお会いできることを願いつつ。
本当にありがとうございました。