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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


バケバケさまにお願い!
●ステキなたくらみ
「……やっぱりダメ、か」
 全身を映す姿見とたっぷり5分間ニラメッコしたその後。
 久喜坂咲(くきざか・さき)は肩を落として小さくため息をもらした。
 ショーウインドウ越しにひとめ惚れして、思わず衝動買いをしてしまったゴスロリ系の白いワンピース。半ば覚悟はしていたものの……自分の部屋でじっくり鏡に映してみた結果は、やはり見事な玉砕だったのだ。
 ただ誤解のないように言っておけば、決して客観的に見て似合わないというわけではなかった。むしろ咲の整った顔立ちと中世風の優雅なデザインがマッチして、ある種の神秘的な美しさを漂わせているとさえ言える。
 でも。それではダメなのだ。
 大人びた容貌と責任感が強く面倒見のいい性格のせいで、咲は普段から頼れるお姉さま的なイメージで見られることが多い。でも実は咲自身は乙女チックなものが好きで、美人と言われるより可愛いと言ってもらうことへの憧れが強かった。いつも髪に結んでるリボンにも、危険を察知する結界という実務的な目的だけではなく、そんな周囲の視線に対する無意識の抵抗が表れているのかもしれない。
 誰にも遠慮することなく好きなだけ可愛い服を着てみたい。白いレースに包まれて可憐な花になってみたい。決して口には出さないものの、咲はいつしか胸の中でそんな淡い願望をふくらませるようになっていた。
 でも周囲の咲に対するイメージが、そしてなにより咲自身の美意識が、そのささやかな夢の実現を許してくれない。いくら美人だと褒めてもらったところで、自分の好きな洋服を着られないという事実は、18歳の少女にとってやっぱりすごく寂しいものだった。
「あーあ。きっと雛ちゃんなら、こういうのすっごく似合うんだろうな……」
 再びため息をもらしてワンピースをクローゼットの一番奥にしまうと、咲は未練を振り切るようにクローゼットの扉をバタンと閉めた。
「やめやめ、気分転換気分転換」
 そうつぶやいてパソコンの電源を入れる。咲は近頃インターネットに接続すると最初にある掲示板をチェックするのが習慣になっていた。その名はゴーストネット。咲も放課後ときどき顔を出しているインターネットカフェ『ゴーストネットOFF』の掲示板だ。
 管理人の瀬名雫の趣味もあって、そこには毎日のようにさまざまな怪奇情報が寄せられてくる。陰陽師の家系に生まれて幼いころから修行を積んだ咲は、まったく家を継ぐ気がないにも関わらず、持ち前の好奇心と困った人を放っておけない性格から、掲示板で事件を見つけては祖父に内緒で何かと首を突っ込んだりしていた。
 何か面白くてスッとするような依頼、ないかしら。
 そんなかすかな期待を胸に掲示板を開いた咲の視界に、まさにおあつらえむきの書き込みが飛び込んでくる。それは次のような内容だった。

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[8040]バケバケさま
投稿者:MIKEKO

ねえねえみんな、「バケバケさま」って知ってる?
なんでも神様の一種で、一日だけ好きな姿に変身させてくれるらしいんだ。
モデルや芸能人、自分の知り合いはもちろん、動物でも鳥でも虫でもなんでもOK!
ねね、ちょっとおもしろそうじゃない?
となり街の学校の子なんて、実際にアイドルに変身させてもらったそうだし。
……え、あたし?
その、やっぱちょっと怪しげだし、誰かが試してからにしたいなー、なんて(^^;)

ねえ、誰かウワサが本当かどうかたしかめてきてくれない?
あたしが聞いた話では、バケバケさまは妙珍寺っていう古いお寺の裏にある、不気味〜な沼の中に住んでるらしいよ。
あ、そうそう、お供え物は忘れないでね。バケバケさま、お酒が大好きだそうだから。

それじゃ、みんながんばってね!
ステキなリポート、楽しみに待ってるよ!!

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 いわゆる体験取材というヤツだ。とぼけた名前の神様。荒唐無稽なウワサ。普通ならとても信じられるような内容ではなかった。でもそれなのに、この書き込みを見ていると……なぜかワクワクしてくる!
「咲ちゃんにおまかせよっ♪」
 咲は己の直感に従ってビシと画面を指差して宣言した。これこそが自分の探していた依頼にちがいないと思った。そう、絶対に何か面白いことが待っているはずだと。
 でも誰に変えてもらおうかしら?
 そう思った次の瞬間、咲の頭に浮かんできたのは、親友の顔と、そしてクローゼットの奥にしまいこんだあのワンピースだった。
 善は急げとばかりに咲は携帯電話に手を伸ばした。
 8回、9回……呼び出し音が続く。普通はいったん電話を切るところだが、咲は平気な顔で待ち続けた。時間はまだ夜の8時。そしてなによりも相手は「あの」大親友だ。
 そして13回目のコールの後。咲の予想したとおり、受話器のむこうから親友の大慌てな声が聞こえてきた。
「咲ちゃん!? ご、ゴメンね、えと、あの、携帯がマナーモードになってて、夜刀も意地悪さんで――」
 別に謝る必要なんてないのに、真面目すぎるくらい真面目な彼女はすっかりしどろもどろになっている。きっと電話のむこうでペコペコ頭を下げてるにちがいない。
 咲は必死に笑いをかみ殺しながら、親友の言葉をさえぎるように明るい声を出した。
「ねえ雛ちゃん。今週の土曜日、いっしょにバケバケさまに会いに行かない?」

●到着!妙珍寺
 丈の高い草に覆い隠された長い長い石段を登ったその先に、問題の妙珍寺はあった。
「へえー。このお寺、もうずっと昔に捨てられちゃったみたいね」
 あまりの荒れように咲は半ば感心してしまった。本堂は傾いてボロボロ。境内は雑草が伸び放題。人の手が届かなくなってから何十年、いや下手すると何百年経ってるかもしれない。
「えーと、たしかバケちゃんは裏の沼に――」
「あ、待って下さい咲ちゃんっ!」
 さっそく裏沼に向かおうとする咲を、篁雛(たかむら・ひな)が呼び止める。この小柄な少女は咲の一番の親友で、今回も咲の電話を聞いてすぐに参加を決めてくれたのだ。
「ゴメンね、ちょっとだけ」
 そう言って雛がパタパタ小走りに向かった先は墓地だった。地面にしゃがみ込んで墓を覆う草を抜き始める。霊に関わる仕事を志す雛は、荒れ果てた墓地を見てしまった以上、どうしてもそのまま放っておけなかったのだろう。
「もう、仕方ないんだから」
 そう言いつつも咲は上機嫌だった。ちょっとドジで内気なところはあるけど、でも誰よりも優しくって純粋で。咲は雛のそんなところが大好きだった。
 咲は腕まくりをしてみせると、自分もすぐに雛を手伝い始めた。
「おいおいおい、雛がそんなことする必要ないだろ。だいたいこのへんの墓からは霊気なんて感じないし。もうみんなとっくにここを離れちまってるよ」
 雛の胸ポケットのあたりから、不意に青年の声が聞こえてくる。
 彼の名は夜刀。雛の家に代々仕え、現在は陰に日向に守り続ける鬼だ。本来は現代風の美しい青年の姿をしているが、ふだんは小さな鏡の中に封印されている。ちなみに雛自身はまるで気づいていないが、夜刀は雛に主以上の好意を感じているらしい。
 今も愛しの雛が自ら手を汚して重労働を始めてしまい、気が気でないのだろう。
「うん。でも戻ってきて自分のお墓が荒れてたら、やっぱり寂しいと思うから」
 でも当の雛はまるで取り合わず、雑草の頑丈な根っことウンウン綱引きをしている。
「わかったよ、俺もやればいいんだろ」
 夜刀は小さくため息をついて実体化すると、雛がさんざん苦労していた雑草を横から片手で引っこ抜いた。さらに倒れた墓石を軽々と元の場所に戻し始める。どうやら雛に危ない力仕事をさせるくらいならと開き直ったようだ。
 そして1時間ほど後。三人の前には見違えるほど綺麗になった墓地が広がっていた。
「咲ちゃん、夜刀、ゴメンね、本当にありがとう」
「気にしない気にしない、これはこれで意外に楽しかったしね。それより行きましょう。バケちゃん、きっと待ちくたびれてるわ」
 咲はそう言ってクスリと笑うと、雛を促すように先に立って歩き始めた。
 でも雛はその場に立ち止まったまま、キョトンと何かを見つめている。
「雛ちゃん、どうかしたの?」
「あ、はいっ。あそこに猫ちゃんが」
 雛がそう答えて本堂の縁側を指差す。
 でも。咲が見たときにはそこには何もいなかった。ところどころ板の割れた縁側が太陽の光を浴びて白く浮かび上がっているだけだ。
 小さく肩をすくめる咲の前で、雛が夢でも見たような顔でパチパチとまばたきした。

●咲のお願い
 バケバケさまが住むという沼は本堂のすぐ裏手にあった。
 あまりにあっさりと見つかりすぎて咲などは拍子抜けしてしまったほどだ。
 こんなに簡単に見つかるような場所に、本当にすごい力を持った神様がいるんだろうか?
 ついそう疑いたくなってしまう。でも今さら疑問をもったところでどうしようもない。咲はすぐに気持ちを切り替えてバッグを開いた。
「はい、お土産。けっこういいお酒なんだから」
 ひざまずいて沼のふちに日本酒のビンを置く。ナイショで持ち出した祖父の秘蔵の品だ。
「どうぞよかったら飲んで下さいねっ」
 雛も咲を真似てとなりにビンを並べる。こちらは祖母おススメの地酒だそうだ。
「でも咲ちゃん、結局バケバケさまに何をお願いするつもりなんです?」
 雛が不思議そうにたずねてくる。
 実は咲はまだ雛に本当の目的を話していなかった。
 咲と雛の身体を入れ替えてもらう。正直にそれを教えたら気弱な雛は逃げ出してしまうかもしれないと、そう思ったのだ。
 でもここまでくればもうその心配はない。咲は雛の耳元にそっとささやいた。
「ええっ!? だだだ、ダメですっ、そんなの絶対バレちゃいますようっ! わ、私咲ちゃんみたいに美人さんでもっ、かっこよくもないですしっ!!」
 雛の反応はほぼ予想どおり。
 咲は雛を落ち着かせるように、わざとのんきで明るい声を出した。
「平気平気。明日は学校もないし、どうしても心配だったら二人で私の家に泊まればいいんだから。それに――」
 それから不意に遠い目をして、トドメの一言をつぶやく。
「結果がわからなかったら、雫ちゃんガッカリするだろうな」
「そ、それはっ……」
 雛がグッと言葉を飲み込む。
 咲は念のため、妙珍寺に来る前に二人でゴーストネットOFFに顔を出していた。雛のことだ、今ごろ「期待してるからねっ!」と瞳を輝かせる雫の顔を思い出してるにちがいない。
 ちょっとズルいかもしれないけど、雛ちゃんにとっても悪い話じゃないんだし、ウン。
 咲は罪悪感を打ち消すように、心の中でペロリと舌を出して自分自身に言い訳した。
「わ、わかりましたっ! 雛がんばりますっ!」
 たっぷり3分間迷った後、雛が思い切ったように宣言する。
「さすが雛ちゃん、そうこなくちゃ!」
 咲は小さく拍手してうなずいた。
 これで準備は整った。あとはバケバケさまが本当に願いを叶えてくれるかどうか……。
 咲は雛と並んで沼のふちに立った。雛の手を握ってそっと目を閉じる。
「バケバケさま、バケバケさま」
「バケバケさま、バケバケさま」
 二人声をそろえて沼に向かって呼びかける。
「どうか私を雛ちゃんにして下さい」
「どうか私を咲ちゃんにして下さい」
 そして二人同時にそう言い終えた瞬間、咲はかすかな水音と共に世界がブレるような感覚に襲われた。おそるおそる目を開けてとなりを見ると――。
「どうやらうまくいったみたいね、雛ちゃん」
 咲は不安そうにこっちを見ているもうひとりの咲に、そう言ってニッコリと微笑んだ。

●鏡よ鏡
「ほわぁ……」
 雛が鏡に映った姿を見て、放心したようにため息をもらした。
「私ってこんな感じに見えるのね。これはこれで魅力的だとは思うけど」
 咲の姿をした雛を、雛の姿をした咲は上から下までじっくり眺めた。
 白のカットソーにタイトな黒のパンツ。シンプルゆえに身体のラインが強調されるアイテムが、細身の身体に見事にマッチしている。自分の身体ながら、咲は雛が鏡に見惚れる気持ちもなんとなくわかる気がした。
「あ、あの、でも咲ちゃんは本当によかったんですかっ? 私なんかの姿になって」
 我に返った雛が心配そうにたずねる。
「もう。謙虚さは美徳だけど、行き過ぎると嫌味に思われちゃうわよ」
 咲は雛のおでこを指先でピンと弾いた。
 それから鏡の前でクルリと一回転してみせる。その動きに合わせてワンピースの裾がフワリと花が咲くように広がった。
「こんなに可愛いのに不満なんてあるわけないじゃない! 白のレース、前からすっごく憧れてたの。でも私の顔には合わないのよね……黒なら合うんだけど、それも可愛いってイメージとはちょっとちがうし」
 雛の身体は、本当に期待以上だった。
 身長差があるので丈は少し長くなってしまったけれど、でもそんなこと関係ないくらいあのワンピースは雛の身体によく似合っていた。まるで雛のためだけにデザインしたようだ。
 とにかく咲はもう大満足だった。
「可愛いのはお前じゃなくて雛だからな」
 浮かれる咲に、夜刀がふてくされたように横槍を入れてくる。
 自分が大切にしてきた宝物を横取りされたようでおもしろくなかったのだろう。
「はいはい、わかってます。でも夜刀、乙女の夢にツッコミ入れてるとモテないわよ」
 咲は夜刀を軽く返り討ちにすると、雛にニッコリと笑顔を向けた。
「それじゃ雛ちゃん、そろそろ行きましょうか」
「へっ? 行くって、どこにですか?」
「折角ですもの。ここは知合いに見せて見抜けるかどうか試してみないとね」
「え、えええっ!?」
 予想外の言葉だったのか、雛が目を丸くして驚く。
 顔は同じでも、表情だけでずいぶん印象が変わるものだ。
 咲は鏡では見たことのない自分の表情に思わず吹き出しそうになった。
「さっ! 行くわよ」
 咲は上機嫌で雛の腕を取って歩き出した。
「ちょ、ちょっと助けて、夜刀〜!」
 雛が往生際悪く夜刀に助けを求める。
 でもさっきの会話で咲にはかなわないと悟ったのか、夜刀はただ肩をすくめるだけ。
 咲は雛を引きずるように、意気揚々と街に繰り出したのだった。

●思いついたらキューピッド
「ままま、待って下さい! 知り合いって珪さんなんですかっ!?」
「雛ちゃん声が大きい、気づかれちゃうわよ」
 咲は小声でささやいて口の前にひとさし指を立てた。
 雛がハッと両手で自分の口を押さえる。
 咲と雛は電柱の陰に隠れてある人物を尾行中なのだ。
「でもどうして珪さんなんですか?」
 雛が今度はちゃんと声をひそめてたずねる。
 その視線の先には栗色の髪をした咲たちと同年代の少年がいた。何も気づかずに本屋の店先で雑誌をパラパラめくる彼の名は九夏珪(くが・けい)。雛が淡い恋心を抱いている相手だ。
 もちろんひっこみ思案な雛が自分からそう打ち明けたわけではない。でもうれしそうに珪の話をする雛の顔を何度も見せられていれば、咲でなくても雛の気持ちなど簡単にわかる。
「だって気持ちを確認するいいチャンスじゃない」
「気持ちを……確認?」
「そう。よく言うでしょ、好きな人ならどんな格好していてもわかるって。今の姿で雛ちゃんだって見抜けたら、彼の方もかなり脈アリだと思わない?」
「むむ、無理ですよ、そんなのっ! それに私っ、珪さんのことそんなふうには――」
 雛がしどろもどろになって言い訳をする。でも体は正直だ。トマトみたいに真っ赤になった顔が、雛の珪への想いを何より雄弁に物語っている。
「ほら今よ!」
 咲は珪が店を離れるタイミングに合わせて、まだモニュモニュ言っている雛の背中をポンと押し出した。
「雛ちゃん、がんばって!」
 電柱の陰から、雛だけに聞こえるようにエールを送る。
 ついに決心を固めたのか、雛がゴクリと唾を飲んで歩き出した。
 ロボットみたいに手足がちょっとカクカクしてるけど、それでも珪に向けてまっすぐに。
 ちなみに咲は雛の話や写真で珪のことをよく知っていたが、一方の珪は咲のことはまだ知らないはずだ。不自然な演技で偽者と疑われる配はない。あとは純粋に珪が仕草や雰囲気から雛の存在を感じ取れるかどうか……。
 5m、4m、3m。雛と珪の距離が近づくにつれて、咲の手も汗ばんでくる。
 2m、1m、そして……。
「あの」
「は、はいっ!」
 二人がすれちがう直前、珪がいきなり雛に声をかけてきた。
 咲は成功を確信してギュッと拳を握り締めた。頭の中にラブコメのひとコマが浮かぶ。
 でも。それに続く珪の言葉は、ハッピーエンドにはほど遠い、ごくごく平凡なものだった。
「ゴメン、今何時かわかる?」
「…………四時、五分前です」
「ありがと、助かったよ」
 珪は笑顔を残してそのまま立ち去っていった。
 予想外の展開に咲は呆然と立ち尽くすしかなかった。
 雛は当然それ以上にショックを受けているようだ。
 ヨロヨロと夢遊病者みたいに歩き出したかと思うと、そのまま――。
 危ない!
 そう思ったときにはもう遅かった。
 きっと前なんか見てなかったのだろう、雛は道路に突き出た看板と正面からクラッシュしてしまったのだ。
 咲は慌てて電柱の陰から飛び出そうとした。
 でもそれよりも速く、雛に駆け寄る誰かの姿があった。
「大丈夫か!?」
「す、すみません……」
 地面にペタンと尻餅をついた雛が、差し出された手を反射的に握り返す。
 でも相手の顔を見た瞬間、雛は顔からボッと火を吹き出した。
 雛を助け起こそうとしているのは、他でもない珪その人だったのだ。
「……篁さん? もしかして篁さんか?」
 金魚みたいに口をパクパクさせている雛を見つめながら、珪が大きくまばたきする。
「珪……さん……」
 雛もその瞳に吸い込まれるように、ポツリと珪の名前を呼び返した。
「さっきもなんか変な感じがしたんだけど……でもその姿は?」
「あ、あの、私、私っ……」
 珪がさらに雛に顔を近づける。
 どうやらそこまでが限界だったようだ。
「ご、ゴメンなさいっ! なんでもないです〜」
 雛はそれだけ言い残すと、猛ダッシュでその場から逃げ出した。
「ふーん、これはもしかしたらもしかするかもね」
 咲は口元にイタズラっぽい笑みを浮かべてそうつぶやいた。
 一時はどうなるかと思ったけど、でもどうやらキューピッドとして最低限の仕事は果たせたようだ。
「なかなかやるじゃない。また今度、あらためてね」
 珪にウィンクして手を振ると、咲は自分も雛を追いかけて走り始めた。
 そして後にひとり残された珪だけが、何ひとつ事情を知らないまま、走り去る二人の少女の背中を狐につままれたような顔で見送り続けていたのだった。

●バケバケさまとMIKEKOさん
 次の日。咲は再び妙珍寺を訪れていた。
 雛の姿ではなく、咲自身の姿で。
 昨日はあれから咲の部屋に二人でお泊り。そして朝になって目が覚めたときにはもう、咲も雛もキッパリ元の姿に戻っていたのだ。
 雛はひとりで沼にいる。どうしてもバケバケさまとじっくり話がしたいのだそうだ。
 邪魔するのもなんだか悪い気がしたので、咲は手短にお礼だけ言って沼を離れた。
「でも本当によかったのかしら」
 咲は境内を見回して少し自信なさげにつぶやいた。
 このあたりは本当に静かだ。かすかに聞こえてくるのは虫の声と風の音だけ。
 でもその雰囲気はもうすぐガラリと変わる。咲と雛はここに来る前にゴーストネットOFFで雫に報告をすませてきていた。雫のハリキリようから考えても、明日にはもうバケバケさま目当ての訪問者がドッと増えるにちがいない。
 自分は十分に楽しんでおいて今さら言えた義理じゃないかもしれないけど、はたしてそれがバケバケさまとこのお寺にとって本当に良いことなのかどうか、咲にはわからなかったのだ。
「いいのいいの。あの人が自分で望んだことなんだから」
 咲の気がかりを見透かすように、不意に誰かの声が響いた。
 だがハッとあたりを見回しても人影は見えない。
「たまには静かなのもいいけど、二百年も続くとやっぱり退屈だしね。それにこうしてウワサが広がれば、出て行ったみんなもまた少しずつ帰ってきてくれるかもしれないし」
 緊張した面持ちの咲とは対照的に、声は気楽で親しげな口調で続けた。
「誰、誰なの!?」
 返事をする代わりに、すぐ側の草むらがガサリと音を立てた。
 それと同時に草むらから何かが飛び出す。
 それは一匹の三毛猫だった。
 三毛猫は本堂の縁側にピョンと飛び乗って咲を振り向いた。
「ありがとね。最初に来てくれたのがあんた達で、本当によかった」
 三毛猫はニッコリ笑ってそういい残すと、本堂の奥の闇に溶けるように消えた。
 咲はしばらくポカンと口を開け――それからプッと吹き出した。
 思わず想像してしまったのだ。あの三毛猫がプニプニの肉球でキーボードを叩く姿を。
 そういえばあの書き込みの投稿者名は「MIKEKO」だった。あの書き込みを書いたのはもしかして、いや、きっと絶対に……。
「咲ちゃーん、お待たせでした〜!」
 お腹を抱えて笑い転げる咲の耳に、雛の明るい声がタイミングよく聞こえてくる。
 今の話を聞かせたら、雛ちゃんはどんな顔をするだろう?
 咲はその表情を楽しみに思い浮かべながら、笑顔で雛に手を振り返した。

Fin
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0904/久喜坂・咲/女/18/女子高生陰陽師
0436/篁・雛/女/18/高校生(拝み屋修行中)
0183/九夏・珪/男/18/高校生(陰陽師)



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■         ライター通信          ■
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こんにちは、ライターの今宮和己です。
今回は『バケバケさまにお願い!』にご参加いただき本当にありがとうございました。

久喜坂咲さん、退魔戦記を参考にしてみたのですがいかがでしょうか? 少しでもイメージに近い内容に仕上がっているといいのですが。個人的には雛さんとの凸凹(?)コンビをとても楽しんで描かせていただきました。
あと心残りなのがファッション……(泣)。これでもいろいろと調べてみたのですが、本当に
その方面の描写はなれていなくて。せっかく細かくご指定いただいたのに、イメージとまるでちがっていたら本当に本当にすみませんでした。
ほんとの少しでも気に入ってもらえるシーンがあれば本当に幸いです。

ではまた。ではまた、どこかでお目にかかれることを祈りつつ。
本当にありがとうございました。