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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原>


肝試し in 麗安寺
●オープニング【0】
 麗安寺という寺がある。旧市街にある旧城主の菩提寺だ。そこでは夏になると、毎日のように肝試しが行われていた。何しろ、幽霊が本当に出るだとか、噂は色々とあるのだから。
「あのね、うちの部で今週の土曜夜に予約枠取ってきたから、誰か一緒に行く人居るかなあ?」
 天川高校『情報研究会』会長の鏡綾女が、部室に居た皆に尋ねた。今日は8月14日だ。
つまり土曜は17日。しかし、予約枠とは何だろうか。
「あ、知らない人も居るんだよね。実はね、あまりにも肝試ししたい人が多いから、麗安寺は予約制になってるの。基本的に団体名で申し込むようになってるんだけど……」
 綾女が皆に説明をしてくれる。寺も寺で、なかなか大変らしい。人気があるのも良し悪しということか。
「その日に入ってる他の予約は、エミリア学院の水泳部くらいかな。ほんとはね、うちの陸上部も予約入れてたんだけど、ちょっと今はあれだから、キャンセルしたみたい」
 陸上部といえば、確か行方不明になった部員が居るとかいう話である。そういう事情ならば、キャンセルも仕方ないだろう。
「それでどうする、一緒に行くの?」
 意志確認をしてくる綾女。
 ……さーて、どうしようかな。

●まずはご挨拶【1】
 そもそも肝試しという物は、自らがいかに肝が据わっているかということを他者へ示すために行われているようなものだ。それが可能であれば内容は強く問われない訳で、単に真夜中の墓地を通り抜けさせるだけでも肝試しは成立するのである。わざわざ脅かし役を入れていなくとも。
 だがここに娯楽性、もしくはエンターテイメント性が入ってくると話は違う。脅かし役を入れることによって、前述の意義に脅かされるという楽しみや脅かすという楽しみが加わる訳だ。もちろん楽しみが加わる代わりに、恐怖心も一層煽られることになるのだが……。
 さて17日の20時前、袈裟姿の青年の青年を前に3人の男女が立っていた。草壁さくら、九尾桐伯、そしてシュライン・エマの3人だ。
「……という訳で、肝試しがあるとお聞きしましたので、ぜひとも脅かし役をさせていただければと思いまして……」
 『ぜひとも』の部分を強調して、さくらが袈裟姿の青年――麗安寺の住職・麗安寺宗全に頼み込んでいた。そのさくら、実に楽し気な表情であった。
「ああ、それは結構なことです。我が麗安寺ではこの時期には、毎夜のように肝試しが行われていますが、そのほとんどの場合はただ墓地を通り抜けるのみ。脅かす方々が入られることは少ないのですよ。ですが、今夜来られる方々は運がよいというのでしょう。これも仏のお導きかと……」
 穏やかに話しながら両手を静かに合わせ、感謝の心を態度に表す宗全。さくらがそれを聞いて、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます。せっかくの機会ですから、学生さんたちには根限り怖がって帰ってもらいましょう……」
 にっこり微笑むさくら。そのさくらと宗全のやり取りを、1歩下がって見ていたシュラインと桐伯が小声で言葉を交わしていた。
「楽しそうねぇ……さくら」
「ええ。目が輝いていますね」
「まあ驚かすのは、本能みたいな物だものねえ……」
 しみじみとつぶやくシュライン。さくらの正体を分かっている上での言葉だから、実に重みがあった。
「そういえば、それ何持ってきたの?」
 シュラインが桐伯の足元をちらりと見て言った。桐伯の足元には何故かクーラーボックスがあったのだ。
「肝試し後のお楽しみですよ」
 ふっと微笑み答える桐伯。その桐伯の様子で、シュラインは何とはなくクーラーボックスの中身が分かったような気がした。
「そ。じゃ、終わってからが楽しみだわ」
 シュラインもくすっと微笑む。その間もさくらは宗全とあれこれ言葉を交わしていた。会話から、『横綱』『狐火』『逸話』といった言葉が漏れ聞こえていた。
 10分近くその状態が続いていただろうか、ようやくさくらと宗全の会話も一段落ついた。時間的にもそろそろ隠れないと、肝試し参加者がやってくる頃合だった。
「今日は大サービスです」
 さくらが胸元でしっかと両手を組みながら言った。視線はややうっとりと遠くにある何かを見つめていて、心ここにあらずといった状態なのは明白だった。
 で、さくらさん。いったい何をサービスするんですか?

●裏方は辛いよ【2】
 宗全と話を終えた3人は、ひっそりと静まり返った墓地へと移動してきていた。もちろん肝試し開始までに準備を終えるためである。
「この静かな場所に、もうすぐ悲鳴がこだまするんですね……うふ……うふふふふ」
「あー……ちょっと……さくら、戻ってらっしゃい……」
 魂がどこかへ行きかけたさくらを、若干呆れ顔のシュラインが肩をポンポンと叩いて呼び戻していた。
「こんなものでどうでしょう」
 黙々と準備を行っていた桐伯が、ふと振り返って2人にその姿を見せた。桐伯はタキシードベースの衣服にマントを羽織っていた。いわゆるヴァンパイア風という奴だ。
「そうねえ……似合ってるけど、少しだけ前髪をいじっておいた方がいいかも。分け方を変えてみるとかね。知ってる顔が来ないとも限らないだろうし」
「それはまあ確かに」
 シュラインの言葉に、桐伯は心なしか前髪をいじった。
「これで周りの木々に鋼糸を張り巡らせて、その上に立って現れたりすれば結構雰囲気出ると思いますが」
 桐伯が空を見上げた。月が雲から今まさに顔を出そうという所であった。
「……雲の動きにも注意を払っていた方がいいみたいですね」
 桐伯のその格好は、月を背にすればより脅かす効果があると言えよう。ゆえに月の様子が気になる所であった。
「月明かりがないもの、らしいとは思うんだけど……ん、何、さくら?」
 肩をトントンと叩かれたシュラインが、さくらの方へ振り返る。さくらが笑顔でシュラインの耳元で何やら囁いた。
「…………は?」
 シュラインが眉間にしわを寄せ、さくらの言葉をもう1度聞き返した。再びゆっくり確実に用件を伝えるさくら。シュラインの血相が変わった。
「なっ……何言ってんのよっ? 耳元に届くくらいのヴォリュームで力士さんたちの鼻息を事前に聞かせろだなんてっ……」
 そのシュラインの言葉を耳にした桐伯が、怪訝な表情を浮かべた。意図が分からないのだ。
「嫌。……何だかすっごく嫌」
 静かに首を横に振り、きっぱりと言い切るシュライン。それに対しさくらは、じぃっとシュラインを見つめていた。次第に目が潤み、涙目になってくるさくら。その様子が無言の圧力となりシュラインへとのしかかってきた。
「そ、そんな涙目になって見つめなくても……分かった、分かりました! やりますやります……もう」
 圧力に耐え切れなくなったのか、シュラインがそう言って大きく溜息を吐いた。
「では、先程言いましたようにお願いしますね」
 にこっと言い放つさくら。切り換えが早いというか、何というか……。
「ううぅ……これは高くつくわよぅ、さくら〜」
 シュラインはじろっとさくらを睨んでから、すぅっと息を吸った。1拍置いてから、シュラインの口より音が放たれた。
 有り体に言って、それは極めて不快な音であった。どんな音であるかは、大相撲中継の勝利力士インタビューを思い出してもらえればいいだろう。取組を終えて間もないゆえに、荒い鼻息がマイクに乗っかっている様子を……。
「凄いですね……」
 頭に浮かんだ数ある言葉の中から、桐伯はそれを選んで口に出した。正直、一番無難な言葉かと思ったから。
「ありがとうございました、シュライン様」
 ぺこんと頭を下げるさくら。シュラインは鼻息を表現したダメージからか、しばらく目元を押さえていた。
「さくら……後で奢るように」
 シュラインが苦笑しながらつぶやいた。いや、苦笑するしかなかったのだが。
「無事に肝試しが終わったら、浅草で特上のうな重食べに行きましょう。あ、もちろん私の奢りですよ」
 さくらが静かに微笑んだ。

●インターバル【9】
 22時半頃、すでに8組16人もの相手を脅かし続けていた3人は、最後の1組を前に一息ついていた。
「肝試しは天下御免で人様を化かしてもいい遊びなんですよね……」
 上気して名前通り桜色に染まった頬で、さくらがほうっとつぶやいた。意味合いは微妙に違うのだが、それはさておき。
「結構皆怖がってるものね」
 そんなさくらの様子を見ながら、シュラインがくすっと微笑んだ。さくらが心から楽しんでいる様子が、ひしひしと伝わってくるからだ。
「そうですね、特にこの格好は女学生には好評のようです」
 ふふっと笑う桐伯。好評といってもこの場合は意味が違う。桐伯が思った以上に少女たちが怖がってくれたという意味だ。
「ですが、中には幻だということを見破られる方が居ました。私も横綱に化けて参加した大サービスの演出でしたのに、もののすぐに看破されてしまうなんて……!」
 ふるふると頭を振るさくら。恐がりもせずに、看破されたことがよほど悔しかったのだろう。
「まあまあ。それでも力士さんの一団も好評だったみたいよ? ……私はまだ釈然としないものがあるけど」
 苦笑し、冗談っぽく言うシュライン。もちろん鼻息のことだ。ちなみに、鼻息や力士の地響きの他、適宜効果音を加えていた。例えば笑い声や泣き声といった物だ。
「……と、そろそろ最後の組が来たようですよ」
 桐伯がふっと顔を上げた。シュラインも小さく頷いたが……突然最後の組が居る方角とは反対の方を向いた。若干遅れ、桐伯もそちらへ振り向く。
「ねえ、向こうから何か聞こえなかった?」
「ええ。何やら足音らしき音が聞こえましたね……誰か残ってましたか?」
 桐伯の問いかけに、シュラインもさくらも首を横に振った。先程確認した限りでは、墓地に人は居なかったはずだ。
「気にはなりますけど……最後の方々を脅かしましょう」
 さくらが静かに言った。

●何故に少年は【10B】
 さくらとシュラインは、墓石の陰に隠れて最終組の者を見ていた。桐伯は別の場所で同じように様子を窺っているはずだ。
 やってきたのは3人。真名神慶悟と綾女、そして綾女の友だちである二谷音子だった。ちなみに綾女と音子が友だちだと分かったのは、シュラインや桐伯が耳にした会話からであった。
「もう少し来たら、出てゆきますね」
 にっこり微笑むさくら。タイミングをはかっているのだ。
 やがて3人は、墓地の中程に差しかかった。ここで化けたさくらが出てゆくタイミングだったのだが、それより早く何者かが3人の前に飛び出してきたのだ。
「きゃあっ!」
 綾女が驚きの声を上げた。だがそれは幽霊や化け物を見た時のそれとは異質の驚きの声であった。目の前に居るのは長身の少年だった。ただ普通と違うのは、右手に出刃包丁を握り締めていたということで――。
「何ですの……?」
 怪訝な表情でつぶやく音子。慶悟は無言で2人を後ろへ押し下げた。そして目の前の少年の動向を窺っていた。
「何あれ?」
 シュラインが驚いてさくらの顔を見た。さくらがふるふると首を横に振った。どうやらさくらの仕業ではないらしい。
 不意に少年が大きく出刃包丁を振りかぶり、意外な行動に出た。
「うわぁぁぁぁっ!!」
 何と少年は振りかぶったその出刃包丁を、自らの左肩へと突き刺したのである!
「!!」
「!?」
 さくらもシュラインも、我が目を疑った。到底正気には思えない行動だったからだ。突き刺した出刃包丁を抜き、再び振りかぶる少年。その右手にどこからともなく鋼糸が絡み付き、動きを封じた。
 さくらとシュラインは鋼糸の先を追った。そこにはスタンバイしていた桐伯が居て、こちらに目で合図を送っていた。どうやら『右手の動きは封じました』と言いたいらしい。
「何でこんなことを……?」
 やがてぴたっと動きの止まった少年を前に、慶悟がぼそっとつぶやいた。そこに桐伯、さくら、シュラインの3人は姿を現した。
「大丈夫ですかっ?」
 心配そうにまずは慶悟たち尋ねるさくら。慶悟たちが小さく頷いたのを確認すると、すぐに少年の方へ駆け寄っていった。
「止血しないと……」
 さくらが絹のハンカチを取り出して、すっと裂いていった。その間に桐伯が少年の出刃包丁を取り上げた。
「救急車呼んだ方がよさそうね」
 そう言ってシュラインが本堂へと走ってゆこうとした時、綾女が思い出したように叫んだ。
「あっ! この彼、あれだよっ! うちの高校の、行方不明になってた陸上部員だよ!!」
 その綾女の言葉は、ある意味爆弾発言であった。行方不明になってた人間が、何故ここでこのような行動を……?

●やりきれない想い【11E】
 23時。麗安寺の石段前には、救急車やらパトカーやらが集まっていた。もちろん何事かと思って見に来た黒山の人だかりもある。
 宗全は警察や救急、さらに檀家代表から事情を聞かれ、てんやわんやであった。この状況ではこのまま肝試しを続ける訳にはいかない。自然と今夜の肝試しは打ち切られることとなった。
「途中まではとても楽しかったのですが……」
 神妙な表情でさくらがつぶやいた。肝試しで思う存分参加者を驚かせたのは実に楽しかった。が、最後にあんな場面を見せられてしまっては楽しさも半減であった。
「……少し飲みますか? 気分を変えるにはいいでしょう」
 桐伯が足元のクーラーボックスを指差した。中にはカクテルの材料がしっかり用意されていた。肝試し後に、脅かす側の者たちで乾杯しようと用意していた物だったが、まさかこのような用途になるとはさすがに思ってもいなかった。
「少しだけ、ね。多く飲むと、悪酔いしそうだわ……今夜は」
 シュラインは少年が自らの左肩をためらいもなく刺した光景を思い出していた。何故にあのようなことが出来るのか、理解に苦しむ。
「俺も少しだけだな。まあ、生命に別状がなかったのは幸運というべきかもしれないがな」
 慶悟はそう言って、煙草を口にくわえた。
「あの2人は?」
「まだ事情聴取だ」
 シュラインの言葉に慶悟が答えた。あの2人とは、綾女と音子である。4人はすでに事情聴取を終えていたのだが、2人はまだ終わっていなかったようだ。
「やりきれませんねえ……」
 さくらがうつむき加減でつぶやいた。さくらだけではない、この場全体にやりきれない空気が流れていた。
「果たして誰のための肝試しだったのでしょうね」
 桐伯のそのつぶやきに、答えられる者は誰も居なかった。

【肝試し in 麗安寺 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0035 / 倉実・鈴波(くらざね・りりな)
                 / 男 / 18 / 大学浪人生 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0134 / 草壁・さくら(くさかべ・さくら)
         / 女 / 20前後? / 骨董屋『櫻月堂』店員 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
                    / 女 / 15 / 学生 】
【 0332 / 九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)
                / 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
        / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 0576 / 南宮寺・天音(なんぐうじ・あまね)
           / 女 / 16 / ギャンブラー(高校生) 】
【 0669 / 龍堂・玲於奈(りゅうどう・れおな)
                    / 女 / 26 / 探偵 】
【 0670 / 倉実・一樹(くらざね・かずき)
                   / 女 / 16 / 高校生 】
【 0790 / 司・幽屍(つかさ・ゆうし)
                    / 男 / 50 / 幽霊 】


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■         ライター通信          ■
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・冬美原へようこそ。
・『東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全33場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせいたしました、時間が大幅にずれてしまった肝試しのお話をお届けします。まずはごめんなさい、この依頼では裏のお話を進行させていました。行方不明になった陸上部員に関するお話がそうでして、アンケートで血を見るうんぬんと尋ねたのはそのためでした。このお話は、今後の冬美原において重要な意味を持ってきますので、心の隅にでも留めていただければと思います。
・ちなみにその裏のお話、当初の予定では死亡でした。が、そこはプレイングの妙。何と軽傷で済んでしまいました。これは驚きでしたね。
・東イベ9が10月の連休にありますが、高原は全日参加を予定しています。恐らく冬美原にまつわるお話も多少は出来るかと思いますので、会場でお会いしましたらどうぞよろしくお願いしますね。
・シュライン・エマさん、30度目のご参加ありがとうございます。鼻息……凄いですねえ。果たして特上のうな重で割が合うのでしょうか? ちなみに脅かし役の方は、裏方としての立場の描写に重きを置きました。実際に脅かしている様子は、肝試し参加者側のノベルをご覧ください。なお、脅かし役に回ったことで、裏のお話に影響を与えることとなりました。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。