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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


調査コードネーム:白物語「箱」
------<オープニング>--------------------------------------
┌────────────────────────────┐
 [516]信じらんない!                   
 from:スカーレット[Mail][URL]              
                             
 最近噂の「ヴァルハラ」ってゲーム知ってる?       
 ゲームの中で恋人が出来たら現実でも恋人が出来たり、家を 
 買ったら現実でも手に入るってゆーの。          
 キャラ登録して、国民になって其処で生活する地味ーなヤツ。
 メル友に紹介して貰って始めたんだけどさー所持金盗まれたら
 それもホントになって!ムカつくー!取り返したいんだけど、
 キャラ登録の時に勝手に割り振りされるみたいな「特性」って
 のが「おしゃべり」で犯人捕まえらんないの!       
 ウソかもだけどこのゲーム、自分に近い情報を入れれば入れる
 ほど、本人に近いキャラになるってゆーし…誰か腕っぷしに 
 自信のあるヒト、協力してくんない?           
 紹介がないと入国出来ないんで、メル友に声かけて3人分の枠
 確保したから連絡ちょーだい!              
                             
 Reply?                         
                             
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  [517]Re:信じらんない!                
  from:サウス [Mail]                
                             
   災難でしたね(--;)                 
   私もプレイしていますが特性が「情報」と「付与」なので
   犯人捕獲は無理ですが、もう2人分、紹介枠にご協力出来
   ます。                       
   協力者が集まるまでの間に情報を集めておきましょうか?
   情報がご入り用でしたら街の入り口付近に居ますので、 
   「サウス」に声をかけてみて下さい。         
   それでは、「ヴァルハラ」で会えるのをお待ちしてます。
                             
  Reply?                        
                             
└────────────────────────────┘
------------------------------------------------------------

『ヴァルハラへようこそ』
指定のURL、その言葉以外は入力フォームしかない簡素に白いトップは、来訪者の侵入を拒む。
 英数字をランダムに組み合わせた10文字のIDを入力し、Enter。
 ディスプレイの中心線に光の筋が一筋入り、軋んで開く扉の音を模し奥に向かって画面が開き…現れる、緑に満ちた島。
 複雑に入り組む海岸線に縁取られて隆起に富んだ地形…四方を海に囲まれた其処を…純粋に島と呼んでいいものか。
 歪に菱形に…その島を囲む海、その紺碧に輝く波、寄せて崖を、砂浜を削り、返って巨大な瀑布となって虚空に落ちかかる。
 ディスプレイそのものに見立てられた視界は、急速にその一点に向かって急降下した。
 海原を走る船、その甲板に。
 そして画面は切り替わり、一枚の羊皮紙と羽根ペンが表示された。
『ヴァルハラの国民となる為に必要な書類です。各事項を詳細にご記入頂く事で、より貴方に近く登録されます…それでは、より良き生を』
焼き付けられて焦げた文字が溶けるように消え…今度は入力フォームが現れる。
 名前、性別、生年月日、身長、体重…いくつかの質問のチェック、そしてパスワード。
「面白そうだろう、ネイテ?」
大切な宝物を他人に自慢する子供の喜びのような声で、ライティア・エンレイは使い魔にPCを指し示してみせた。
「何が面白いのか、よく分からないわ」
ごく正直に…ライティアの使い魔、半蛇の女悪魔ネイテは、定位置である主人の肩の上で興味も薄そうに告げる…彼女の布で覆われた、視力としての視界を期待出来ない両眼では最もであるかも知れない。
「自分らしいキャラが出来るって興味ないかい?一体、ボクはどうな風に認識されるんだろうね?」
それもその筈…「さくら犬猫病院」の若先生とは世を忍ぶ仮の姿、真実は悪魔召喚師として人間界に蔓延る悪を相手にし…つつもその裏の顔は魔界の重鎮、現在は故郷から追われて隠遁生活を心の底から楽しんでいるという実にややこしい身柄である。
 後は雫のサイトにあったという件のスレッドの通り、特に悩まずに自分に近いデータを入力し、髪や目の色、衣服の大体の色の選択して外観の設定を完了する…3頭身のキャラクターが画面の左側でぴょこぴょこと万歳を繰り返している。
「ふうん、まぁ悪くないかもね」
「そう?ライティアはもっと格好いいわ」
蛇身の尾の先でパタパタとライティアの肩を叩き、不満を口にするネイテ…だが、所詮はゲーム、ビジュアルに凝ればそれだけデータを圧迫するだけである。
 入力項目をざっと見返し、ここでまたEnter…『この情報でいいですか?』の問いかけにもう一度。
『ようこそ…ここは神々に守られた庭、もう一人の貴方が住む世界…』
ありきたりの創世神話がテロップで流されていく…北欧神話に題材を置いたこのゲームは、敵を倒してレベルを稼ぐという物ではないらしい。
 働いて賃金を得たり、人と対話したり…平和な世界で平和に暮らす、ただそれだけが目的のだというのだ。
 その間に画面は海原を走る船へと移り変わり、直角に曲がるという有り得ない航路を取りながら、船は島で唯一の港に着いた。
 ライティアのキャラクター…『ライ』はオートで桟橋を下りた所で止まる。
 平面的な町並みは、中世を模した煉瓦造りで暖かみがある。
 画面の右下に、『ライ』のデータが蔓を編んだような枠に囲まれて表示されていた。
┌ライ────────┐
|ルーン:ダエグ   |
|特性:使役     |                            
└──────────┘
「ちょっと思ってたのと違うかな…」
希望としては…そう魔術師か召喚師のジョブにつきたかったのである。仮にも魔族のエリート、高い魔力を有効に利用するには術師系が適職だろう、と思っていたのに。
 何とも平民的な扱いで少しがっかりする。
「折角、正義の味方が出来ると思ったのに…」
「ちよっと待って?」
両手でライティアの頬を挟んで、グイと自分の方に向けさせるネイテ。
「今、何て言ったの?」
「正義の味方って」
にっこりと笑った主人の悩殺的な笑みも何処へやら、信じられないとネイテは声を上げた。
「正義って…正義なんて言葉を口にするなんて、ライティアじゃないーッ!」
「いやぁ、だって今時の正義ってあんまり正義とも言えないし…大義名分で悪というより犯罪者を裁くのに便利な言葉だろう?」
黒い。腹の底が。
 底冷えのする台詞に何故だか安心したネイテ、何かが間違っているような間違っていないような…。
 それはもとより、百歩譲ってライティアの曰く所の「正義」を行うにはまず犯罪者が必要だ。
「とりあえず…そうだね、警察でも捜そうか」
地図を調べるよりも、人に聞いた方が早い。
 ライティアはとっとと移動すると、程なく黒目黒髪、幾分か頭身の低いキャラに声をかけた。
┌ライ──────────────────────────┐
|ちょっと道を聞きたいんだけど、いいかな?        |
└────────────────────────────┘
┌アクア─────────────────────────┐
|いいよ                         |
└────────────────────────────┘
素っ気ない単語で答える…少年だろうか?デフォルメされたキャラの外観からは掴みにくい。
┌ライ──────────────────────────┐
|ここの警察って何処にあるのかな             |
└────────────────────────────┘
だが、『アクア』はすぐには答えず、しばしの沈黙の後、また短い言葉を発する。
┌アクア─────────────────────────┐
|アンタ新入り?                     |
└────────────────────────────┘
┌ライ──────────────────────────┐
|今日、登録したばかりなんだ               |
└────────────────────────────┘
「何か失礼な子ね…」
ネイテが憮然と頬を膨らませる。
「近頃の子供は言葉自体が少ないからね」
苦笑混じりのライティアは、辛抱強く『アクア』の発言を待つ。
┌アクア─────────────────────────┐
|ないよ                         |
└────────────────────────────┘
またもや素っ気ない。
「本っ当に失礼な子ねぇ」
「ネイテ、PCに怒っても仕方ないだろう」
使い魔の憤慨を穏やかに納めて先を続けるライティア…こんな程度で怒りを覚えるような器でないと言うことか。
┌ライ──────────────────────────┐
|ありがとう、とても参考になったよ            |
└────────────────────────────┘
『ライ』の礼に返答すらせず、用は終わったとばかりにとっとと画面外に消える『アクア』を見送る。
 何とも、会話とも言えない会話…『ヴァルハラ』住人とのファースト・コンタクトの終了であった。
「失礼にも程があるわ!」
主人を蔑ろにされた心持ちで憤懣やるかたないネイテだが、其処はそれ、流石に魔界を統べかけた実力者、落ち着いたもので
「ホラ、怒らないでネイテ…」
と苦笑混じりに押さえにかかる。
「そうだ、折角だから特性を試しに使ってみようか?ある意味ボクらしいよね」
使役…とあるそれだが、果たして如何なる機能なのか。
 ついでに言えば、その機能の使用方法は明記されていない…のだが、画面の右側、データの表示をする黒枠に「猫:5匹 犬:8匹 牛:13頭…」とつらつらと続くここらあたりがアヤシゲである。
「これを選択したら…動くのかな?」
試しに、というわけには迷いがなさすぎる動作で実行…と同時、その背後でボタボタボタッと重い落下音が続いた。
「キャッ?」
ネイテが思わず振り返る…と、フローリングのスペースに闇雲に呼び出された悪魔達がとりとめない有象無象に固まりと化して蠢いていた。
「あぁ、ゴメンゴメン。つい召喚しちゃったよ」
ついじゃない…という勇敢な意見を召喚者であるライティアに向けられる者(?)はいようはずもなく、ただ苦しげにギャァギャァと声が重なるのみ…。
 無意識に作り出した魔法陣は天井に張り付いたままで、上下を逆に召喚された彼等もいい迷惑であった。
「…うん、何だか却って安心したわ、ライティア」
一人納得するネイテに、指を一つパキリと鳴らし、悪魔と召喚陣を一瞬で消し去ったライティアは再度PCに向かい…多少の困惑と共に呟いた。
「ネイテ、どうしようかコレ…」
使役に選択した家畜類がみっしりと、画面の半分以上を、『ライ』の周囲を覆っていたのだ。
 全くもって、身動きが取れない。
「指を鳴らして見ても消えないわよねぇ」
まさしく進退極まっている時に、今度は外部からの呼びかけがあった。
┌サウス─────────────────────────┐
|こんばんは、本日新規加入された方全員にメッセージを送って|
|います(情報を付与の形で送れるので)          |
|スカーレットさんの依頼にお心当たりのある方は中央広場まで|
|お出で下さい                      |
└────────────────────────────┘
「…どうしようか」
本来の目的は、盗難事件の犯人の捕縛である…このままここで動物と戯れているのもある意味魅力のある選択肢であるかも知れないが、それではわざわざIDを譲ってくれた『スカーレット』にも悪い。
 それでもあまり困った風に見えないライティアの呑気さが却って良かったのか、思わぬタイミングで通行人の姿が見えた…二人連れならば、せめてどちらか先の少年と違った意思の疎通が図れるかも知れない。
┌ライ──────────────────────────┐
|ちょっと手を貸して貰えないかな?            |
|使役を面白半分に使ってみたらやたらと動物が集まって…  |
└────────────────────────────┘
現実であれば、ちょっと困ったような微笑をおまけにつけてノックアウト(?)する所だが、残念ながらその特性はない(が、是非つけて欲しいと思った)。
┌英彦──────────────────────────┐
|特性を使うのを止めてみたらどうだ?           |
└────────────────────────────┘ 
返されたのは真理である。
┌ライ──────────────────────────┐
|あ、そうか                       |
└────────────────────────────┘
誤召喚に気を取られてまだ其処まで思考が働いていなかったライティアである…先と同じく全種を指定し、再度決定を選択すれば、使役は容易に解除された。
┌ライ──────────────────────────┐
|助かったよ、呼び出しを受けているのに動けないし誰も近付け|
|ないしで…現実でもあまり遇いたくない目だね       |
└────────────────────────────┘
なまじ、獣医という職業柄ないとも言えないだけ真実味が深い。
┌スイーパー───────────────────────┐
|あなたもサウスさんに呼ばれた方ですか?         |
└────────────────────────────┘
┌ライ──────────────────────────┐
|直接の紹介は、スカーレットからだよ…という事はキミ達もか|
|それじゃ、皆で仲良く正義の為に邁進しようか♪      |
└────────────────────────────┘
会話が成り立つっていいものだなぁ…と、ライティアがあまり権力者らしからぬ感慨にふけって朗らかな言い様になってしまったのだが『スイーパー』と『英彦』は同意しかねて沈黙を守っていた。


 『サウス』の呼びかけに集まったのは11人…場所は街の中央にある広場である。
┌サウス─────────────────────────┐
|皆さん、ご苦労様です                  |
|スカーレットさんは明日、追試だそうで今夜は来れないそう |
|なので代わりに私がご説明します             |
└────────────────────────────┘
ショートカットに金髪の女の子、と見るなり『ウルフ』がナンパを発動した。
┌ウルフ─────────────────────────┐
|お茶でもどう?                     |
└────────────────────────────┘
┌YUKI────────────────────────┐
|どうやって!                      |
└────────────────────────────┘
『YUKI』のツッコミが入るが、ちょっと引いてしまった『サウス』。
┌ジン──────────────────────────┐
|どうどう                        |
└────────────────────────────┘
と、『ジン』が『ウルフ』との間に割って入り、
┌スナイパー───────────────────────┐
|きれいにしましょうか?                 |
└────────────────────────────┘
と、何の役に立つのかイマイチ把握しづらい特性、清掃を使う機会を狙う『スナイパー』に標的にされかけたのはさておき。
 改めて話を聞けば、『スカーレット』の意思は、犯人捕縛よりも金の返却にあるらしかった。
 ゲームを始めた初日、操作にまだ慣れない内に黒髪のキャラにぶつかられ、落としたお金をそのまま持って行かれた、というのが実際に遭遇した事件だという。
 そして現実世界では、ファーストフード店にうっかり置き忘れた財布が、気付いて取り戻しに行ったら消えていたのだという。
 以来、似たような事件が幾度か続いているのだが、どれもまだ土地勘もなくシステムに慣れない初心者を狙っての犯行…故に新参の人に協力して欲しかったと『サウス』は言い…こんなに人が集まるとはちょっと思ってなかったとも、苦笑の顔文字付きで説明した。
 『ヴァルハラ』のプレイヤーはおよそ100人程度、最近では、新たな住人が紹介される事もなかったのだという…故に新人狙いもなりを潜めていただけに、これだけ大人数が集まれば誰かに接触して来るだろうというのが狙いであった。
┌サウス─────────────────────────┐
|それにたとえ捕まえたとしても、それを裁く機関がこの   |
|ゲームには存在しないんです               |
└────────────────────────────┘
行政として神殿はあるが、それはゲームの進行を潤滑にする為の要求を申請する為の物らしい。
┌英彦──────────────────────────┐
|確かに、現実のプレイヤーを警察に突き出した所で、ゲーム内|
|で窃盗を行った…という証拠は立証出来ないしな      |
|ならば素直に盗られた金額を返却させた方が無駄がない   |
└────────────────────────────┘
┌ちーちゃん───────────────────────┐
|え、そうなの?>りっちゃん               |
└────────────────────────────┘
┌りっちゃん───────────────────────┐
|普通そうだろ?大体、俺みたいに海外だったらどーすんだよ |
└────────────────────────────┘
そうだよねー、捕まえたかったなー…と至極残念そうな『ちーちゃん』である。
┌ライ──────────────────────────┐
|それでも、このゲームに参加してる人は噂を信じてるんだろ?|
|だったら、現実で起こったらとても困る…目に遭わせて   |
|あげれば、きっとお金も返してくれるよ          |
└────────────────────────────┘
一体どんな目だ。
 同画面内の全員がそう思いはしたが、画面上のキャラからそれがつかめる筈もなく、何故か誰もが次の発言を遠慮する…ゲーム内のBGMが流れてはいるものの、奇妙な沈黙の内に時刻は進んで昼になった。
┌サウス─────────────────────────┐
|とにかく組になって動いてみましょうか…私は皆さんの動きを|
|追いますから…情報を持っている方は此処に残ってサポートを|
|そうですね、4組に別れて行動して下さい         |
└────────────────────────────┘
必ず遭遇するワケでもない…と念を押しながら。
 より多くの情報を得ると共に、囮となる…何ともザルな計画ではあるが、他に手がないのも事実。
 証拠もないのに締め上げれば、今度はこちらがただの荒らしだ。
 かくして、離れたがらなかった『ちーちゃん』『りっちゃん』に『英彦』がお目付役(?)について西へ、『ケイ』『アツキ』『神楽五樹』が南、『ライ』『ウルフ』『YUKI』が東へと回る…北は主神殿がメインの為か人が多く、却って被害がないのだという。
 そして『サウス』『ジン』『スイーパー』が残る。
┌サウス─────────────────────────┐
|くれぐれも気をつけて                  |
└────────────────────────────┘
 気を付けてみた所で仕方がないような気もするが、各々はサウスの言葉に見送られて、それぞれに散って行った。


 情報の収集は芳しいとは言えない。
 キャラが実際に犯行…と思しき行動に出た瞬間を目撃した者がなかった為である。
 その代わりに集まる情報といえば、
『商店街に店を出すには一定金額を神殿に納めて権利書を発行してもらわなければいけない』
とか、
『新たな職業の申請は承認されるのに一週間かかる』
とか、
『生産系のバイトは元手が要らないから気軽に出来る』
とか、
『あらおにーさんいい男ねうふふアタシと所帯持ってみない?』
と逆ナンパに逢った『ウルフ』が『YUKI』にしばき倒されるなどの主にゲームにかかる話題がメインである…まぁ当然といえば当然か。
 それでも、しばらくは噂の『ヴァルハラ』世界に馴染むため、と皆それなりに楽しんでいる様子である…が、進行上、ただで済む筈もないのは世の理である。
 その憂き目に遭ったのは…ひたすらに黒い髪のキャラを追い回していた『ケイ』『アツキ』『神楽五樹』のグループであった。
 慣れない操作に遅れがちになる『ケイ』は、人のぶつかりぶつかられながら移動していたのだが、ふと一人になった…画面外から走り込んできた一人に勢いよく二マスをすっ飛ばされた。
 その後に、丸くて黄色い…コインと思しき画像が表示される。
┌ケイ──────────────────────────┐
|所持金が0になった                   |
└────────────────────────────┘
どうやら飛ばされたショックで落としてしまったらしい。
 移動した分だけスクロールした画面内に入り、事態に気付いた『神楽五樹』と『アツキ』が戻ってくる。
 その間に『ケイ』は慌てて元の位置に戻ろうとする…が、『ケイ』を突き飛ばした黒髪のキャラ…子供らしく頭身が低い『日向』がいち早くその間に割り込んで来た。
┌神楽五樹────────────────────────┐
|お前、ぶつかったんならゴメンなさいくらいゆえや?    |
└────────────────────────────┘
『神楽五樹』が呼びかける…が反応はなく、その間に『R』と表記されたキャラが一度コインの上で立ち止まった…そして移動した後に、もうコインはない。
┌アツキ─────────────────────────┐
|待てやお前ら!                     |
└────────────────────────────┘
言われて待つどころか、とっとと逃げ出す『日向』と『R』。
 咄嗟に追う三人だが、ゲームをプレイして長いのか、彼等の小さな、かつ最短距離の動きにともすれば見失いそうになる。
 四方の退路を断たねば捕らえられない。
 他の協力者に連絡の手段を持たない彼等は焦る…が、情報を技能として持つ『サウス』『ジン』『スナイパー』は優秀だった。
 情報を技能としてもっていても、PLが使いこなせなければ意味がない…が、それを割り振られているだけはあり、異変に気付くのも早い。
 東西南北に分けられた区画、その東の位置で動きがあった事を共に行動する者達に告げた。
 特に、通信を技能とするサウスは協力者全員に詳細な位置関係まで送りつける。
┌サウス─────────────────────────┐
|南の噴水のある広場                   |
|ニイドとハガルのルーンが一緒に動いてる         |
└────────────────────────────┘
操作に慣れた者の一日の長…とはいえ、必要な情報だけ選り出す技量は生半可ではない。
┌ジン──────────────────────────┐
|金がまんま移動してんのは…『ケイ』から『R』に…?   |
└────────────────────────────┘
とりあえず、金額の移行にのみに検索を集中していた『ジン』、沈黙の三点リーダーに何とも言えない感情が込められている。
┌スイーパー───────────────────────┐
|お気の毒様です…                    |
└────────────────────────────┘
『ケイ』に向かって情報技能組から一様に慰めがかけられるが、同画面内でなければチャットは機能しない。
 …まあ、所持金2,253はある意味そんなに痛手でもないような気がするが。
 東西南北、有事に即座に対応出来るように散っていた面々は、それぞれ北に向かって移動するが、如何に急ごうにもPC内のキャラの移動速度には限界がある。
┌ちーちゃん───────────────────────┐
|やーん、間に合わないよー                |
└────────────────────────────┘
┌りっちゃん───────────────────────┐
|腕を放せば走れるだろ?                 |
└────────────────────────────┘
┌ちーちゃん───────────────────────┐
|それもイヤー                      |
└────────────────────────────┘
殊に西の端…夕陽がキレイだというデートスポットに赴いていた『ちーちゃん』と『りっちゃん』は現場から最も遠い。
┌英彦──────────────────────────┐
|放ってっていいかコイツ等                |
└────────────────────────────┘
そのラヴラヴカップルに同行していた『英彦』がげんなりと独り言に近い発言で、そのままとっとと移動していく。
 そしてその間、盗難に遭遇した『ケイ』と『アツキ』『神楽五樹』も手をこまねいて居たのではない。
 逃げようとする『R』と『日向』の動きを追う『サウス』指示に従って、小路へと追い詰めていく先に『ウルフ』『YUKI』が行く手を遮った。後退しようとするが、今度は周辺の犬や猫、馬を引き連れた『ライ』が退路を断つ。
┌R───────────────────────────┐
|なんだよアンタ等!                   |
└────────────────────────────┘
十字路を抜けようとした先を押さえられ、『R』が漸く言葉を発した。
┌ケイ──────────────────────────┐
|落とし物は交番へって習わなかったか?          |
└────────────────────────────┘
『ケイ』の項目を囲む蔦の葉が紅葉している…かなり怒っているらしい。
┌日向──────────────────────────┐
|交番ないもん                      |
└────────────────────────────┘
┌ライ──────────────────────────┐
|それもそうだね                     |
└────────────────────────────┘
この上ない事実ではあるので、素直に同意するライ。
 犯人が見つかった時点で追跡に回ってきたらしく、画面上部から登場した『スイーパー』、そして『ジン』が年長者の威厳でもって重々しく言う。
┌ジン──────────────────────────┐
|しかしそれで道理が通るワケでもねーだろ。        |
|人のモンを盗るのはたとえゲームでもマナー違反だろうが。 |
|違うか?                        |
└────────────────────────────┘
┌R───────────────────────────┐
|たかがゲームだろ?必死になってバッカじゃねー?     |
└────────────────────────────┘
┌神楽五樹────────────────────────┐
|ちゃうやろ!                      |
└────────────────────────────┘
ご丁寧に首を左右に振るアクションをつける『R』に最も近い位置に居た『神楽五樹』のキレの良いツッコミが入った…ダメージを計上するようなHPの設定がないのが何やら口惜しい。
┌YUKI────────────────────────┐
|…そう、「たかが」ゲームだよな?            |
└────────────────────────────┘
感情的な意見が飛び出す前に、ぽつり、と言った風で『YUKI』が言う。
┌アツキ─────────────────────────┐
|せやな。あんた等の言う通り「たかが」ゲームや      |
└────────────────────────────┘
┌スナイパー───────────────────────┐
|「たかが」ゲームですよね                |
└────────────────────────────┘
┌英彦──────────────────────────┐
|確かにゲームだな、「たかが」              |
└────────────────────────────┘
┌ジン──────────────────────────┐
|そうだな「たかが」ゲームだな…たとえ、何があっても…  |
|平気だよなお前さん方?                 |
└────────────────────────────┘
┌ライ──────────────────────────┐
|それじゃぁ…悪魔に代わっておしおきしてあげよう♪    |
└────────────────────────────┘
何処までも冷静な人々は答える間もなく立て続けに問いかけると同時、じり、と包囲を狭める…進退窮まった二人の項目が、徐徐に青く染まっていく。
 と、同時にその輪に挟まれる形になった協力者達の蔦も青みを帯びている。
┌ウルフ─────────────────────────┐
|なんだかわかんないけどとにかく謝れ(>_<;)        |
└────────────────────────────┘
┌ケイ──────────────────────────┐
|今ならまだ取り返しがつく!多分!            |
└────────────────────────────┘
実際被害を被った『ケイ』にまで忠告を発せさせてしまうほどに…抗しがたい迫力と圧力があった。
 お陰で、聞いてもいないのに犯行の動機から何からぺらぺらと喋ってくれたのは有り難いが。
 彼等の曰く所、最初はたまたま…『日向』が人にぶつかった時に、所有アイテムや所持金を落とさせてしまうのだという事に気付いた。
 相手が気付かぬままに行ってしまったので『R』が拾い上げた翌日、それと同額の臨時収入が入ったので味をしめ…という二人は、あまり豊富でない語彙でそう述べると、出来る物なら平身低頭の勢いで所持金を置き、哀れになった『ウルフ』が道を開けると脱兎で逃げ出した。
┌ライ──────────────────────────┐
|心を尽くせば、理解してくれるものだね♪         |
└────────────────────────────┘
いや、それはどうかと…果たして脅迫より性質が悪い。
 そして。
┌ちーちゃん───────────────────────┐
|やっと着いたー♪                    |
└────────────────────────────┘
┌りっちゃん───────────────────────┐
|…何かあったのか?                   |
└────────────────────────────┘
ようやく、『ちーちゃん』『りっちゃん』が合流した時には、解決に至った経緯について、誰も口を噤んで語らなかったという…。

 後日。
 『スカーレット』からは『ちょーサンキュ♪』という表題のメールが関係者全員に送られた…彼女の落とした財布は、交番に届け出されていたらしく、無事手元に全額が戻ったそうだ。

 が。
 ゲーム内の現象が、己が現身に及ぶという噂のネットゲーム『ヴァルハラ』…その中に貴方達の姿は映されたままですが………さて?



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0389/真名神・慶悟/男/20歳/陰陽師】(特性:喫煙、天誅)
【0527/今野・篤旗/男/18歳/大学生】(特性:ボケ)
【0724/日下部・敬司/男/44歳/フリーカメラマン】(特性:喫煙、情報)
【0751/遠野・和沙/男/22歳/掃除屋(いわゆるなんでも屋)】(特性:清掃、情報)
【0703/神楽・五樹/男/29歳/大学助教授】(特性:ツッコミ)
【0476/ライティア・エンレイ/男/25歳/悪魔召喚士】(特性:使役)
【0365/大上・隆之介/男/300歳/大学生】(特性:ナンパ)
【0555/夢崎・英彦/男/16歳/探究者】(特性:裕福)
【0767/浅田・幸弘/男/19歳/大学生】(特性:ツッコミ)
【0165/月見里・千里/女/16歳/女子高校生】(特性:天然)

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■         ライター通信          ■
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………多ッ!
列記してみて己の所行におののく北斗に御座います…さて、今回はちょっと毛色の変わった依頼で御座いましたが如何でしたでしょうか?
相も変わらず遅筆なライターで平身低頭お詫びするしか…ッ!なんとも微妙に特性を使い込めなかったり、謎のまま捨て置いてしまった部分があったりとかですが、少しでも楽しんで頂ければと願っております。
苦情・提言、どうぞ遠慮なくお寄せ下さいませ。

ご参加ありがとうございました。
それでは、また時が遇う事を願いつつ。