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<PCシナリオノベル(シングル)>


探偵さんはコスプレがお好き?
●人探しのための人探し
「ねえ、零ちゃん。本当にこの辺りなの?」
「私が聞いた住所はその通りでしたけれど」
「そりゃまあ、教えてもらった住所はこの辺りなんだけど」
 都内某所の下町に、何かを探しながら歩いている女性2人の姿があった。下町には隠れた名店があったりするので、この2人もそうなのだろうか?
「でも、噂なのよね、それ。零ちゃんも、自分の目で確かめた訳じゃないんでしょう?」
 シュライン・エマはそう草間零に言った。
「それはそうですけど」
「……分かってる。手がかりがない以上、これはと思ったら動かないとね」
 2人が何故こんな所に居るのか。それは数日前の出来事が発端となる。草間興信所の所長・草間武彦が真夜中に出かけたきり、忽然と姿を消したのだ。ちなみに、最後に草間の姿を見たのは零だけだった。
 姿を消したのは草間のみならず、草間を呼び出した月刊アトラス編集長・碇麗香と編集部員の三下忠雄も同様であった。
 草間たちが姿を消したことを聞き付け、多くの者が草間たちの居場所を探し出そうとしていた。無論シュラインもその中の1人である。自分の意志で姿を消したのか、それとも事件に巻き込まれてしまったのか……それすらもよく分からない。
 そこに飛び込んできたのが、零が耳にした噂であった。何でも今シュラインたちが歩いている辺りに、情報通の探偵が居るという。
 情報通であるならば、ひょっとすると何か草間たちに繋がるような手がかりをつかんでいるかもしれない。シュラインたちは、わらをもつかむ気持ちでその探偵に会おうとしていたのだ。
「あそこじゃないですか?」
 零が角にあった1軒のラーメン屋を指差した。
「ちょっと待って」
 シュラインは町名のプレートが周囲にないか確かめた。上手い具合にすぐ近くにあったので、住所を確かめてみた。
「こっちが6、向こうが8……とすると、7はここなのよねえ」
 どうやら住所としては合っているらしい。が、目の前にあるのはどう見てもラーメン屋だ。探偵事務所には見えない。
「聞いてみた方がよさそうね」
 シュラインは零を引き連れて、目の前のラーメン屋の暖簾をくぐった。店の主人から威勢よい挨拶が飛んできた。
「へい、らっしゃい!」
「あ、ごめんなさい。客じゃなくって、少しお聞きしたいことが」
 シュラインが慌てて言った。店の中はカウンター席に客が2人ほど居るだけで、どちらかと言えばガランとしていた。
「は? 何です?」
「この近くに、探偵さんが居ると聞いたんですけど、ご存知ですか?」
「探偵? うーん……」
 シュラインの質問に、腕を組んで思案する主人。
(やっぱり噂は噂なのかしら)
 シュラインがそんなことを考えていると、主人はポンと手を叩いてこう答えた。
「ああ、冬ちゃんのことかっ! 探偵とは聞いてないけど、何でも屋みたいなことやってるって言ってたから、たぶん間違いないだろう、うん」
「どこに住んでいるか分かりますか?」
「冬ちゃんなら、少し先のマンションに住んでるよ。2階だったかな」
 住所さえ教えてもらえればもうここには用はなかった。シュラインたちは、ぺこりと頭を下げてラーメン屋を後にした。

●2階の冬ちゃん
 ラーメン屋の主人に教えてもらった通りに歩くと、すぐ近くに4階建ての古びたマンションがあった。零が入口付近にある郵便ポストをじっと見回した。
「2階で冬ちゃんだと、ここが該当しますね」
 零が郵便ポストの1つを指差したので、シュラインが肩ごしにひょいと覗き込んだ。201号室のポスト、名前の所には『観月冬菜』と書かれている。
「女性?」
 シュラインが怪訝な表情を浮かべた。まさか女性だとは思ってなかったからだ。
「まあ、いいわ。能力に男性も女性もないんだから。ともかく行ってみましょ」
「はい」
 シュラインと零は、静かに階段を上っていった。2階なのですぐに着いてしまう。
「201だから、一番奥みたいね」
 シュラインが先に立ち、狭い廊下を歩いてゆく。そして一番奥の部屋まで来ると、再び表札を確かめた。201号室の『観月冬菜』で間違いはなかった。
「居るといいけど」
 ぼそっとつぶやき、呼び鈴を押すシュライン。ピンポーンと音が鳴り、ややあって室内からバタバタと足音が聞こえてきた。
「居るんですね」
「そのようだわ」
 零のつぶやきに、シュラインが苦笑して答えた。ここまではっきりと居ることが分かるのも珍しい。
 そして扉のノブ部分から鍵を開ける音が聞こえ、ガチャッと扉が開かれた。
「はいっ、どなたっ!?」
 扉から銀髪の女性が勢いよく顔を出す。あまりにも勢いよすぎて、後ろで1本に結んであった三つ編みが顔の方まで飛び越えてきてしまうほどに。年の頃は25歳前後だろうか。
「あ……観月さん?」
 一瞬勢いに圧倒されたシュラインだったが、目の前の女性に声をかけて確認してみた。
「そうだけど、あなたたち誰? 新聞勧誘だったらお断りよ」
「そうじゃなくって……探偵であるあなたに用事があって来たの。情報通の探偵が居るって聞いて」
 シュラインがそう切り出すと、冬菜の表情がきゅっと引き締まった。
「……ここじゃ何だから、上がってもらえる?」
 冬菜がシュラインと零を部屋へと招き入れた。

●衣装部屋?
「わあ……」
 零が短い感嘆の声を漏らした。物珍しそうに、冬菜の部屋内を見回していた。
「零ちゃん」
 シュラインがやんわりと零の行動を窘める。すると零は前へと向き直り、小さく頭を下げた。
(気持ちは分かるけれど、ね)
 正直言うと、シュラインも零と同じ行動を取りたかった。何しろ室内には、至る所に衣服がかけられていたのだ。それもどう見ても普通の衣服とは思えない物が多数。
 看護婦の白衣は序の口で、メイド服、パイが売りの某ファミレスの制服、チャイナドレス、巫女さんが履く緋袴、某航空会社のスチュワーデスの制服……エトセトラエトセトラ。その手の衣服に興味のない人間でも、どこから入手したのか、聞いてみたい気分にさせられる空間であった。
「それであたしに何の依頼なの?」
 冬菜が2人を交互に見ながら尋ねた。
「あの、依頼ではないんです」
 先に答えたのは零だった。
「依頼じゃない? なら何で」
「少し聞きたいことがあって来たの。情報通と噂されるくらいだから、色々と知ってるだろうと思って」
 零の後を受けてシュラインが言った。一瞬の沈黙の後、冬菜が口を開いた。
「へーえ……依頼じゃない訳よね。ただ話を聞きたいと、そういうこと?」
「そうです」
 零がきっぱりと答えた。
「けど、ただで聞こうなんて虫がいい話よね。そうねえ……あたしと勝負して勝てたら、質問に答えてあげるけど……どうする?」
 くすっと笑う冬菜。シュラインと零が顔を見合わせた。
「勝負内容や場所なんかはそっちで決めていいわ。どんな内容でも、あたしは大丈夫だから」
 少々挑発気味に言ってくる冬菜。情報を聞き出そうとするなら、ここは勝負するしかないのだろうが……。
「どうする?」
 小声でシュラインが零に話しかけた。
「勝負しないと教えてくれないんですよね。だったら勝負する必要があるかと思います」
「そうよねえ……」
 結論はあっさりと出た。シュラインが冬菜に向き直り口を開いた。
「あー……ええっと、今すぐココで勝負しても構わないんだけど……いい? 何か慌てたりしてない?」
「全然」
 笑みを浮かべ、余裕たっぷりといった様子の冬菜。
「なら2時間後は平気?」
「もちろん」
「OKね。勝負内容は……どちらがより広い音域の声を出せるか。ドレミ……と何オクターブ出せるかってことね。簡単でしょう?」
 どうやらシュラインは、自らの得意な分野へと持ち込むつもりらしい。
「簡単ね。分かったわ、それで勝負しましょ」
「じゃ、2時間後にココで。さて零ちゃん、近くの喫茶店で時間でも潰しましょうか」
 決めることは決めた。シュラインは零を促し、すっと立ち上がった――。

●疑い
 冬菜の部屋を後にしたシュラインと零は、近くの喫茶店に入っていた。時間を潰すのも目的の1つだったが、それ以外にも目的があった。
「冬ちゃん? あー、忙しい時、うち手伝ってくれるよ。ちゃんとウェイトレスの格好してさ。手際もまずまずだし、少なくとも及第点はあげられるよね」
 シュラインが冬菜について尋ねると、喫茶店のマスターが明るくこう教えてくれた。
「ほんとに何でも屋みたいね」
 シュラインはそうつぶやいて、珈琲を1口飲んだ。
「あのお部屋、凄かったですね」
 窓の外をちらっと見て、零が言った。大きく頷き、同意するシュライン。
「凄い部屋だったわ……コスプレイヤーかしら、あの人」
 シュラインのつぶやきに、零が首を傾げた。コスプレイヤーがよく分からなかったのかもしれない。
 と、不意にシュラインの頭にある考えが浮かんだ。
「はっ!? 意外とその線で、武彦さんと知り合いだったりして……?」
 草間がコスプレ衣装を扱っている店を知っていたことは、シュラインも知っていた。もし冬菜がそこに出入りしていたのなら、草間と接点があっても不思議ではない。
 しかし、そういう可能性はあまり考えたくなかった。何故って……笑えないから。
「ね、零ちゃん。ほんとに情報入ると思う……?」
 勝負前から、疲れの見えていたシュラインであった。

●何故そんな格好を?
 2時間が経過し、シュラインと零は再び冬菜の部屋を訪れていた。
「まさか、逃げたりしてないわよね……」
 ほんの僅かな不安を胸に、シュラインが呼び鈴を押した。やや間があって、扉が開かれる。
「待ってたわよ!」
 先程同様に冬菜が勢いよく顔を出した。が、その格好を見てシュラインの目が点になった。何と冬菜は、どこぞの女性演歌歌手かと言いたくなるような着物に身を包んでいたのだ。
「な、何それ……」
 シュラインが思わず冬菜を指差した。零はただきょとんとしていた。
「ん、これ? 気分を出すためにね」
 冬菜が笑って答えた。
「へ、へえ……」
 シュラインにはそうとしか答えようがなかった。
「いいから、入って。勝負するんでしょ?」
 冬菜が2人を部屋へ招き入れた。

●いざ勝負!
 部屋へと入ったシュラインと零は、立ったまま冬菜と対峙していた。冬菜が手を腰に当てて言い放った。
「さっそくだけど、勝負始めましょ。先攻はあたしの方でいい?」
「どうぞ」
 さらりと答えるシュライン。すると冬菜がどこからともなくマイクを取り出してきた。
(何でそこまでっ!)
 それを見たシュラインは、頭が痛くなりそうだった。
 冬菜はマイクを手に、音を出し始めた。低音から段階的に音が高く上がってゆく。
(わあ、こぶし回ってる……)
 演歌歌手の格好は伊達ではなかったのか、冬菜の発する音階には確実にこぶしが加わっていた。結局冬菜は、4オクターブちょいの音域を披露した。
「どう、いい感じでしょう?」
「じゃあ今度は私」
 冬菜の言葉に答えることなく、続いてシュラインが音域の披露に入った。軽く深呼吸してから、シュラインが音階を発してゆく。
「あっ……!」
 冬菜から短く声が漏れた。シュラインが冬菜の発した最低音よりもさらに低い、超低音から入ったからだ。それで何かを悟ったようだった。
 シュラインの発する音階は徐々に上がってゆく。やがて冬菜の発した最高音をも超え、さらに高音域へと踏み込んでゆく。この時点で勝負は決まったようなものだった。
 結局、シュラインは7オクターブ超の時点で音を発するのを止めた。ちなみに7オクターブとは、だいたいグランドピアノの端から端である――。

●手に入れた情報は
「あーあ、負けちゃった。あなた凄いねー」
 苦笑いを浮かべ、冬菜がシュラインに話しかけてきた。すっぱりと自分の負けを認める態度は好感が持てた。
「それじゃあ、約束通り教えてもらうわよ」
「いいよ。で、何について聞きたい?」
「実は人を探してるの」
 シュラインが草間の外見と、事情を説明し始めた。冬菜は話を一通り聞いてから、少し自信なさげにこう言った。
「あなたが探してる人かどうか分からないけど、その外見の人、渋谷で見たような気がするなあ」
「いつっ?」
「昨日……あー、一昨日だったかも。ごめん、その辺はっきりしないや」
「そう……」
 シュラインは小さく溜息を吐いた。情報を得るには得られたが、すぐに役立つ物かと問われるとそれを肯定することは出来ない。
(空振りよりはましよね)
 シュラインはそう自分に言い聞かせた。
「あ、そうだ。よかったらラーメン食べに行かない? おごるから」
 冬菜が笑ってシュラインたちを誘った。
「……そうね。お言葉に甘えて、ご馳走になろうかしら。零ちゃんも行くわよね」
 くすっと微笑みシュラインが言った。零はこくんと頷いた。
「じゃ、行こうっ!」
 先頭に立って歩き出す冬菜。しかし玄関前に来ると、くるっとシュラインたちの方に振り返ってこう言った。
「事情はよく分からないけど、きっと何とかなるよ」
 どうやら冬菜なりに励ましてくれているらしい。
「ありがと」
 シュラインはそう言って、冬菜の肩をポンと叩いた。

【了】