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<PCシナリオノベル(シングル)>


殺人鬼の哄笑 〜詠う夜の住人達〜
 汚れた大気。
 行き交う人波。
 輝くネオンサイン。
 週末の大都会は、いつも通りの喧噪だ。
 笑い、泣き、喜び、傷つき、人生という名の天鵞絨を織り上げてゆく。
 それが人の世というものだ。
「‥‥っても、そこからはみだしちまうヤツもいるんだよなぁ」
 巫灰滋が呟いた。
 黒い髪。赤い瞳。均整のとれた体躯。
 月刊アトラスに出入りするフリーライターだ。
「か、巫さぁん‥‥」
 情けのない声を出しているのが、今回のパートナーたる三下忠雄である。
 まあ、あまり使えない男ではあるが、これでもアトラスの編集部員なのだ。
 地位職責としては、巫を凌いでいる。
「いまさら泣き言いっても始まんねぇぜ。いやなら断りゃよかったんだよ」
「‥‥そんなこと言われましても‥‥」
「そんなに麗香女史が怖いか? 連続猟奇殺人の取材だぜ。下手うてば命に関わる」
「‥‥編集長は連続殺人犯より怖いですぅ‥‥」
「わかった。麗香女史には、そう伝えておこう」
「や、やめてくださいよぅ!! 洒落になんないじゃないですかぁ」
「そうか?」
 アトラス編集長の碇麗香より怖い女性には、幾人か心当たりがある。
 たとえば‥‥。
 と、想像しかけて、巫は軽く首を振った。
 それこそ洒落にならない。
「ま、なんにしてもだ。危なくなったら、おめえは逃げろよ。チョロチョロされると足手まといだからな」
 酷薄な言葉だが、これは仕方がなかろう。
 現実の殺人事件なのだ。
 怪しげな都市伝説を追うのとは、わけが違う。
 しかも、被害者の死に様が尋常なものではない。
 人ならざるもの所行か、あるいは、能力者の仕業か。
 いずれにしても、三下ごときがどうにかできるような相手ではない。
 麗香が三下を派遣したのは、嫌がらせというよりも人選ミスに類するだろう。
 もっとも、編集長自身がこの事件を深刻に捉えていない可能性も充分にあるが。
 
 
「このあたりだな‥‥」
 立入禁止の黄色いテープに視線を送りながら、巫が周囲を見はるかした。
 赤い瞳に皮肉な光が灯る。
 テープは、警察が動いている証拠だ。
 もっとも、変死体が七体も出れば普通は警察だって動く。
 問題は、おそらく警察に追い切れる事件ではないということだ。
 この国の警察はけっして無能ではないが、思考の方向性が違いすぎる。
 まあ、怪奇や異能者の存在を信じ込む警察、というよりは幾万倍か上等であろう。
「不気味ですね‥‥」
 三下が呟く。
 薄暗い路地の一角。
 腐臭のようなものが下水から沸き上がり、不法投棄された粗大ゴミたちが恨めしそうに見つめる。
「先入観をもって見りゃあ、枯れたすすきだって幽霊に見えるさ」
 戯けたようにまぜかえす巫。
 浄化屋という二つ名をもつこの男は、怪奇現象が現実に存在していることを知っている。
 だが同時に、一般に怪奇と呼ばれているもののほとんどが、誤認や錯覚や過剰反応によって「作り出された」ものであることも熟知していた。
「そんなこと言ったって‥‥」
「日常的な喧噪の中に存在する静寂。時間さえ錆び付くような空白。忘れられた路地と廃ビル。まあ、見出しとしてはこんなもんだろな」
「お兄さんたち、こんなとこでなにしてるの?」
「ひゃあ!?」
 突如として割り込んだ声に、三下が飛び上がった。
 見事なまでのチキンぶりだ。
 苦笑を浮かべつつ、巫が振り返る。
 視線の先に立っていたのは、少女だ。
 年の頃なら一五、六才だろうか。
 なかなか愛くるしい顔立ちである。
 浄化屋の右眉が、ようやく視認できる範囲で動いた。
「取材だよ。俺たちは月刊アトラスの記者でな」
 事実とは多少異なるが、当たり障りのない説明をする。
 長々と説明しても意味のないことである。
「アトラス? あのインチキオカルト雑誌の?」
 じつに好意的な少女の意見だ。
「身も蓋もねぇな。反論できねぇのが、なんとも癪だぜ」
 不器用に片目をつむる巫。
 それからおもむろに、
「おい三下。車にデジカメ忘れちまった。取ってこい」
 命令する。
「えぇ〜 僕が行くんですかぁ?」
「いいから行けよ。パシリ」
「はいぃぃぃ」
 情けない声を出しながら走り去る編集者。
 これで邪魔者はいなくなった。
 表情を緩め、少女と向かい合う。
「取材いいかい? ええと‥‥」
「晴美よ。森崎晴美」
「そか。俺は巫灰滋だ。で、晴美ちゃんはこの事件についてどう思う?」
「べつに‥‥」
「もう七人も亡くなっているわけだけど。可哀想だな、とか、怖いなとか思わない?」
「間違ってる」
「ん?」
「死んだの、七人じゃないよ」
「へえ、そうなんだ。詳しいね」
「見たもの。八人目が殺されるの」
「そりゃすごい。どこで見たんだい?」
 巫が勇んで訊ねる。
 晴美と名乗る少女の言葉が正しければ、大変な特ダネだ。
 アトラス創刊以来の快挙といっても良い。
「こっち。案内してあげる」
 無邪気に笑った少女が先に立って歩き出す。
「おう、それは助かるなぁ」
 ごく気軽に、赤い瞳の青年が続いた。


 案内された場所は廃ビルであった。
 所有者が倒産したか、建設途中で見捨てられたか。
 内部には人の気配はまったくなく、ホールの片隅に置き忘れられたかのように佇む受付台が滑稽だった。
「こんなところで、いつも遊んでいるのかい?」
 埃っぽさに顔をしかめつつ、巫が問いかける。
「そういうわけじゃないけど‥‥」
 少女が応えた。
「で? 死体はどこ?」
 やや性急な巫を焦らすように、晴美が人差し指を自らの唇にあてて考え込んだ。
「どこだったかな‥‥」
「おいおい」
「だって嘘だもん。見たって言ったの」
「あちゃあ、おじさんは一本取られたってわけか」
 青年が笑う。
 たいして怒っているようにも見えなかった。
 つられるように少女も微笑する。
 嫣然と。
 まるで咲き狂う毒花のように。
「うーん。援助交際目的ってわけかい? おじさん、ちょっとその趣味はないなぁ」
 どことなく間の抜けたことを口走る。
「馬鹿な男‥‥」
 蔑むような呟き。
「バカはないだろう」
「それが気に入らないなら、間抜けね。私が『見る』ことになる八人目の死者は、あなたよ。おじさん」
 言葉とともに、少女の視線が巫に注がれる。
 一瞬後、全身の血を搾り取られた青年は木乃伊のように床に転がる‥‥。
 はずであった。
 しかし、
「危ねえ危ねえ。それがアンタの能力ってわけか」
 戯けた声が、少女の背後から響く。
 慌てて振り向く晴美。
「記者だって言ったろ。ここに来るまで何も調べてない思われるのは、少しばかり不本意だぜ」
 悠然とたたずむ浄化屋。
「く!」
 ふたたび少女が瞳に力を込める。
 瞬間。
 眼前の空気が燃え上がった!
「がぁぁぁ!!」
 獣のような声をあげのけぞる少女。
 前髪が焦げ、不快な臭いが充満する。
「こんな埃っぽい場所に連れ込んだのが失敗だったな。よく燃えるぜ」
「な、なにを‥‥」
「物理魔法ってヤツだ。大っぴらに使うと色々うるさいんでな。人のこないところまで案内していただいた。というわけで案内ご苦労さん」
「最初からそのつもりで‥‥」
「アンタが犯人だということは見た瞬間に判った。浄化もしねぇでゾロゾロ七人も霊体連れてりゃあ、普通は気付くわな」
 猛々しくも冷静に嘲弄する。
 すべては巫の掌の内にあったのだ。
「勝ち目はないぜ。降伏して、ちゃんと罪を償わないか?」
 一転して優しげに問う。
 犯した罪は罪として、このままでは少女の魂も救われまい。
 ただ、現行の法規では超能力や霊能力を処罰の対象とすることはできない。
 最終的には、秘密裏に能力を封印し、本人の良心に従ってもらうしかないないだろう。
 七つの命を奪ったという十字架は、少女の背には重すぎるかもしれない。
 しかし、それを背負って生きることでしか、贖罪は為されないのだ。
「ふざけないで!」
「べつにふざけちゃいないさ」
「あんたなんかに、なにが判るっていうのよ!!」
 激発する少女。
 そう。
 他人などに判るはずがない。
 冷え切った家庭。
 両親の諍い。
 繰り返される暴力。
 苛立ち。悲しみ。恐怖。
 けっして他人などはわからない!
「わからんねえさ。だがな、どんなものでも他人の命を奪う理由にはならねぇぜ」
 言葉の無力さを知りつつも、浄化屋が続ける。
「アンタに殺された七人にだって人生があった。悩みも苦しみもあっただろうよ。そして、未来もな」
 偉そうに説教するつもりはない。
 だいたい、そんな柄でもない。
 だが、改心させることができれば、今ならまだ間に合う。
 でなければ‥‥。
「うるさい!!」
 三度、少女の目に力がこもった。
 そして、
「ばかやろう‥‥」
 哀しみに満ちた声が、浄化屋の唇から紡ぎ出された。


  エピローグ


 風が、さらさらと灰を飛ばす。
 青年の掌にのせられた灰。
 かつて少女だったもの。
「道は俺が拓いてやるから‥‥アンタも、それからお前らも、迷わねぇでいけよ‥‥」
 静かな言葉に続く、朗々たる祝詞。
 連続猟奇事件は、犯人が特定されぬまま迷宮入りするだろう。
 事件の真相は、赤い瞳のフリーライターが知っている。
 彼だけが知っていれば良いことだ。
 暴き立てても、誰ひとり救われない。
「本当にこんな結末でよかったのか‥‥晴美‥‥」
 応えるもののない問いかけ。
 少女のしたことは、許されることではない。
 だが‥‥。
「お前の罪は俺が背負ってやる。だから、せめて安らかに瞑れよ」
 小さな呟きが大気にとけてゆく。
 一握の灰とともに。
 強さを増した風が、黒い髪を乱暴になぶっていた。




                        終わり