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<PCシナリオノベル(シングル)>


罪が支払う報酬
「お疲れさまでしたー」
交代でレジに入る大学生の声を背に受け、高山 湊は休憩室へ入った。
 コンビニの深夜バイトはキツいれけども割りがいい。
 年齢を誤魔化す為の薄い化粧を落とし、従業員用の出入り口から外に出れば誰とも顔を合わさずに済むのでバレる心配はない…湊のバイトにかける執念は年齢詐称も辞さない。
 少し育ちすぎの感がある胸も実年齢を増して見せるに一役かっているが、更に念を入れてわざわざ自宅から駅5つ向こう、オフィス街の中にある店舗を選んだのも、場所柄から深夜の利用客が少なく、迂闊に制服姿を見咎められる心配を軽減する為である。周到だ。
「ニャ」
並んだポリバケツの上で丸くなっていた黒猫が迎えるように短く鳴き、湊の肩の上に軽い音を立てて飛び乗った。
 ともすれば、野良と間違われて追い払われそうだが、漆黒の毛並みはその真紅の瞳さえ閉じてしまえば闇に紛れて見えなくなる。
「サム、ただいま」
まるで揃いのように…湊も猫のそれと同じ真紅を向けた。
『まったく…湊もよくやるよね』
変声期前の少年を思わせる声は呆れの響きをふんだんに込め、空気を震わせずに湊の脳裏に直接閃いた。
 黒猫の…使い魔・サムの思念だ。
「明日が休みじゃないと、深夜の時間帯に入れないんだから仕方ないよ」
『そういう意味じゃないんだけど…』
パタン、と湊の背を長い尾で叩く。
 高い位置でひとつに纏めた湊の茶の髪がその柔らかな毛に絡まって少し浮き上がるが、またすんなりと背に流れて戻る。
「今年は夏休みの課題の写しで結構稼げたし、結構実入りがいいから猫缶でも買ってあげようか」
『そんなの食べないやいッ』
プライドを傷つけられたのか、湊に肩に爪を立てて毛を逆立てたサムだが、実はデリシャス・ミニのゴールド缶が結構気に入ってたりした。
「実はもう買ってあるんだけど。俺はコーヒー、サムはゴールド缶…」
手にしたビニール袋をガサリと鳴らすと、中で缶コーヒーと猫缶がかち合ってカランと音を立てた。
『もう買ったなら仕方ないけど』
爪を納めた使い魔は、しぶしぶ、といった様子でけれど髭をふるるとそよがせた。
 使い魔の嗜好をしっかり把握している湊、だがそ知らぬふりで始発までの時間を駅で潰そうと敷地から一歩足を踏み出したその鼻先を、爆発音と赤い風が抜けた。
『湊ッ!』
警告の呼びかけと共に肩から飛び降り様、黒猫は霞んで輪郭を失くし、瞬く間に黒豹の姿を結び直した。
 するりと足にまとわりつくように身をを添わせ、湊を守る構えのサムの炯々と燃える瞳が眼前を勢いよく過ぎた風…顔を庇って翳した腕にまとわりついた炎を振り払った黒衣の青年の底光って暗い紅を見据えて牙を剥く。
「ピュン・フー?」
湊はほとんど無意識に青年の名を口にする…知人(?)が爆風にすっ飛ばされる様に出会すのは彼女にとっても希な事で…というよりも、今までの人生経験にないシチュエーションに、対処と反応に困って混乱しているというのが正直な所である。
「よぉ、湊にサム。また会ったな」
湊の困惑を余所に、頬を爆炎の煤で汚した青年は呑気に片手を挙げて挨拶する…その呑気さに余計に状況が掴めず、湊は無言の問いを込めて、視線をピュン・フーに向けた。
 それを受けた赤い瞳が少し笑う。
 ちょちょいと指で示した先…ピュン・フーから見れば前方、湊から見れば右手、二人の男性が銃口をピュン・フーに向けたまま湊に怒鳴った。
「その男から離れろ!」
居丈高々とした命令口調に、少なからず湊はムッとする。
「ていうか、何やってるわけ?あんた達」
 全くもって状況が掴めない。
 どちらともなく向けられた湊の問いに、答えが二つ、返る。
「そいつは危険なテロリストだ!」
「アイツ等が持ってる薬がねェと、死ぬんだよ、俺。だからくれっておねだりしてんの」
敵意に満ちた声をぶつける男達と、さらりと爆弾発言をして笑ってみせるピュン・フーとの間で益々対応に困る湊の…泳がせようとした視線は、正面、ガードレールにぶつかって止まる黒塗りのベンツで止まった。
『……怪しくない方に味方する?』
サムが妥協案を提示するが、
「怪しさはどっちもどっちじゃない」
この残暑も厳しい折にご丁寧に黒尽くめな両者を交互に見、湊は至極最もな感想を述べた。
『それじゃ関わらないでおこうよ。放っといて帰ろ、帰ろ』
使い魔は黒豹の姿のまま、一歩を踏み出した…男達からは壁に遮られて死角だったのか、そこで初めて「何だあれは!?」と、驚愕の声が上がった。
 次の瞬間、男の一人が躊躇いなくサムに発砲した。
 威嚇ですらなく頭部を狙って放たれた銃弾を、瞳の赤い軌跡だけ残してサムは鋭い跳躍に避けきってみせる。
『何するんだよッ!』
余人には黒豹の非難は「シャァッ」と喉の奥から発せられた声で示され、彼を撃ち殺そうとした男に向かって飛びかかろうと構えるサムの怒りを、湊は強い意志でねじ伏せた。
『サム!殺しちゃダメ!』
 強く打たれたようにサムが動きを止める間に、湊はショルダーバッグのインナーポケットの手を入れ、取り出したそれを両手で構えた。
「動かないで」
黒く街の灯を照り返す銃身。
 その先を男達へ向けた湊に、ピュン・フーが問う。
「…何で銃なんか持ってんだ?」
「女の子のたしなみってヤツ」
簡潔に答えた湊に、ピュン・フーは3秒ほど動きを止めた後、盛大に吹き出した。
「………ッ、湊………、やっぱ、すっげー面白ェ!」
しゃがみ込んでバンバンとアスファルトを叩きながら笑い転げるピュン・フー…笑いのツボに嵌ったらしい。
『やっぱり放っといて帰ろうよ、湊』
気勢を削がれた黒豹が、パタンと尻尾で湊の膝裏を叩いた。
「いや、悪ィ悪ィ…」
震える腹筋を手で押さえ、あまつさえ涙まで浮かべてピュン・フーは笑いを収めようと苦心しながら立ち上がる。
「味方してくれんの?」
「この間の奢りのお礼ね」
たしなみとして扱うには重量のある拳銃の先がブレないように湊は苦心する…攻防共にサムが居れば事は足りるのだが、あからさまな武器の存在は人間相手ならば威嚇の意味でも充分な抑止力となる。
『アイツ等、武器たくさん持ってるよ』
「分かってる。でもこのまま帰ったら気になって寝れないし」
帰りたがっている使い魔の指摘に口中の呟きで答える。午後からまたバイトを入れている為、不眠は避けたい。
 互いを捉える膠着に沈黙する銃口、彼等も湊の行動に戸惑ってはいるようだ。
「お前も『虚無の境界』のメンバーか」
「……何それ?」
初めて聞く名詞に、逆に問い返す。
「あ、湊はこないだ偶然道で会って一緒にメシ食った仲なだけ」
「能力者か」
顔の横で手を振ったピュン・フーの言に、黒服は妙に自然に納得した風で湊からピュン・フーへと銃口を逸らして顎をしゃくった。
「なら、早く行け。この場を無かった事にすれば、今後の生活に支障はない」
『うわぁ、えっらそう〜。何様なつもりコイツら?』
先に撃たれたせいもあって印象最悪なサムが喉の奥で唸りを上げた。
「そいつは我々の組織に反してテロリストについた裏切り者だ。与するならばお前も処分する」
「へぇ…処分」
カチンと来た。
「頭ごなしの命令で素直に聞くヤツか人を見ろっつってんのに、進歩がねーなアンタ等」
 忠告めいた響きを吐息に乗せ、ピュン・フーはニッと湊に笑いを向けた。
「んじゃ遠慮なく手伝って貰うぜ」
湊の反意を感じ取ってか、ピュン・フーは頬に残った煤を指で拭い…といっても、その汚れを広めただけだったが…無形の何かを握る形に五指の関節を折り曲げた…爪が、不意に伸びた。
 厚みを増して、白みに金属質の光を帯びた鉱質の感触は十分な殺傷力を感じさせる。
「………聞くけど」
湊が問う。
「殺すつもりじゃないよね?」
「え、何で?」
打てば響く勢いで、ピュン・フーは心底不思議そうな顔をしてみせた…殺る気満々だったらしい。
「ダメ?」
『いーじゃん、気にしないでおこー♪』
「ダメ!!」
意思の疎通がない部分で変に意気投合しているサムとピュン・フーに、湊は一言の下、厳命する。
「薬が要るだけなら俺が取って来るから!そしたら殺さなくてもいいだろ?」
「………ま、言われてみりゃそーかもな」
しばし思案に眉を顰めたピュン・フーは湊の主張を汲む…が、ニヤリと笑みを浮かべた。
「でも、湊が遅かったら間に合わないかもな?」
カチリ、と合わせた爪の先が鳴った。
「薬、トランクの中のアタッシュケースに入ってっと思うからヨロシク!」
「サム行くよ!」
不穏な発言に、ピュン・フーが地を蹴ると同時、湊は正面のベンツに向かって走り出す。
 男達は真っ直ぐに向かって来るピュン・フーに立て続けに発砲するが、銃弾は虚しくアスファルトを削るのみで勢いを止める事も出来ない。
「飛び道具に頼って俺に勝てるワケねーだろ♪」
余裕のピュン・フーの声に却って焦りを覚え、湊はガードレールを足がかりにベンツの屋根に跳躍した。
 湊の体重を受け止めて頑丈な天井部がそれでもガコンと不平の音を洩らし、サムは彼女を庇ってピュン・フーと男達に意識を向けていたが流れ弾の不安がないと判じると湊の頭上を余裕で跳び越える。
『鍵、開けちゃうよ』
答える間もなくサムは長い尾で鍵穴を覆う商標をスライドさせ、霞ませた尾の先を鍵穴に忍び込ませた中で固形化しようと図った…のだが。
 サムの尾の先から、青白い火花が散った。
 ついでとばかりに視界に散った星の姿をサムと共有した湊は、咄嗟にギュッと目を瞑って自前の視界とで混乱が生じないようしてやり過ごす。
『サム、平気!?』
多分、盗難予防にキーの持つシグナルに反応するのだろう…トラップに見事にひっかかってしまったサムである。
『湊、僕もうダメ…』
力が抜けたのかサムはその場に踞って尻尾をパタリと振った。
『お墓には猫缶、供えなくていーから…』
「元気だね」
人間がくらえば気絶位はするだろうが、使い魔であるサムの自由を奪うまでは行かない。
『でもキモチ悪いから、僕もう開けたくない』
演技がバレまくりなサムの主張に湊は鍵穴に銃口を向け、トリガーを引いた。
 それでなくとも使い慣れない銃は重く、両手首にかかる負荷を支えきれずに銃身が跳ね上がる…が、至近という事もあってか、トランクは鍵の破砕される衝撃にガコン…と鈍く音を立てて開いた。
 その中、五つのアタッシュケースの内一つ、バッグから取り出した折り畳みナイフで固定する革ベルトを手早く切り離す。
「ピュン・フー!薬ってこれ?」
「おー、それそれ!」
高く掲げてみせたケースに、実に楽しげに肉弾戦に持ち込んでいたピュン・フーは二人を纏めて足払いを決め、バク転で距離を置いた。
「貴様!」
見事に足を取られた男達が立ち上がるよりも先、ピュン・フーはいつの間にやら奪い取っていた銃口を彼等に向けた。
「んじゃ、有り難く貰ってくぜ…っと、お礼と言っちゃ何だけどいーモン見せてやる♪」
射竦める強さで、ピュン・フーの瞳が紅い。
 街灯の灯りに、立つピュン・フーを中心に放射状に伸びる影が揺らいだ。
 漆黒から形取られたにしては灰色の影全てが背に皮翼を形作り、濃淡に色を違えたその色を一様に闇へと塗り替えた、瞬間。
 その影から、白い靄が吹き出した。
 ピュン・フーを取り巻いて広がる霧は、複数の人頭大の固まりに凝り…否、それは紛れもなく人の頭部を形作った。
「ふん?古い刑場でも近くにあったみてぇだな」
白骨の頭、物によっては肉の外観を残したそれ等…実体を伴った死霊の群は、笑うように大きく口を開き、ガチガチと顎を鳴らす。
「怨霊化…!?」
男達の驚愕を余所に、己が周囲を飛び回る死の形相を止めたそれ等を眺め回すと、ピュン・フーは背に大きく生えた蝙蝠に似る皮翼を動かして小さく溜息をついた。
「……やっぱお前等、可愛くねェ…」
そういう問題ではない。
 長く伸びた爪の先端を、男達に向ける…それを合図に、己がとうに失った血肉と命とに飢えた死霊の群れは、示された先へ殺到した。
「ピュン・フー!あれは!?」
『ついでにそれは?』
駆け寄る湊の視線は死霊に、サムの目線は皮翼にと、疑問の位置を違えた一人と一匹を笑って迎えたピュン・フーはさり気に湊の腰に腕を回した。
「たいした奴じゃねーから囓られる位で済むだろ」
「ちょっと…!」
湊を抱える腕に力が籠もる。
 皮翼が強く地を打って気流を作り、容易に重力の縛めを破って舞い上がった。
『あ、ヒドイ!』
置いてきぼりになりそうな黒豹が今度は鴉へと姿を変えて、慌ててその後を追う下で生者と死者のちょっとした追っかけっこが展開していたが、気を払う者はもうその場になかった。


 眼下に眠りに沈む街並みを望むのは、サムと視界を交感する事によって珍しいとは言えないが、それでも自分の肌で感じる風は新鮮な物があった。
「到着ー」
駅の近くの小さな遊技場に下りたピュン・フーと湊にサムが続き、差し出す腕に鴉の姿のままで止まる。
「サンキューな、湊、サム」
半分を埋めたタイヤに腰を下ろしたピュン・フーは、湊から受け取ったケースの中身を改めて小さく口笛を吹いた。
 中に並ぶ小さな筒状の注射器は、赤く透明な薬剤の色に紅玉を並べたようだ。
「お陰さんで寿命が延びた。こりゃ奢っただけじゃ足りねーな」
「じゃあ、教えて」
湊はサムを止めたのと逆の腕を腰にあて胸を張った。
「その薬が必要な理由と、裏切り者の意味を」
『ついでにその羽根、何?』
意思が届かないまでもサムがわざわざ問う…ちょっと気になるらしい。
 ピュン・フーはケースを閉じ…その命がかかっていると言った割にはぞんざいな扱いで足下に置いた。
「すげぇ湊。見事に要点だけ突いた的確な質問」
 黒衣の青年は僅かに目を細め…それによって、紅一色に染まったかのように見える眼を湊に向け、指を一本立てた。
「アイツ等は『IO2』ってぇ組織で、俺の元の職場」
立てた人刺し指の爪が先のように伸び、背の皮翼を示す。
「んで、俺が『ジーン・キャリア』ってので…バケモンの遺伝子を後天的に組み込んでこういう真似が出来んだけど、吸血鬼遺伝子がおいたを始めるんで定期的にこの薬が必要なワケ」
続けて中指を立て、Vの字になった指をひらひらと左右に振る。
「裏切り者ってのは、まんまの意味。『虚無の境界』っつー心霊テロが趣味の団体撲滅が『IO2』の仕事なんだけど、俺がそっちについたからかーなーり怒って薬くれなくなっちまった」
『あったりまえじゃん!』
呆れ返って言葉もない湊に代わり、サムが「ガァ!」と一声鳴いた。
「薬…ないと困るのに何でそういう事するワケ?しかもテロって…人を、殺して?」
 どう考えても、黒服の男達に非はない…なさすぎる。
 眩暈を覚える湊に、ピュン・フーは首を傾げると「あ」と、小さく口を開いた。
「そーいやー、何で湊まだ東京に居んだよ。もしかしてもう死にたかったか?」
「…俺の前に勝手にあんたが勝手に飛び出して来たんだろ。約束は無効」
もう一度姿を見せれば殺してやる…前回の別れ際に残した一方的な約束は、本気だったらしいが、自らピュン・フーに会いに行ったワケでもないのに殺されてはたまらない。
「そういやそうか」
すかさず返した湊の答えに、ピュン・フーは納得すると立ち上がった。
「まぁ、その気になったらいつでも言いな。下手に苦しめたりしねぇから」
妙な事を自信たっぷり請け負うピュン・フーを湊は見据える。
「どうしてテロなんか…」
「気が向いたから」
生きるのに必要な薬の入手が出来なくても、他人の命を奪うという行動に出るというデメリット、その矛盾は気楽すぎる受け答えに却って実感が湧かない。
「おかげで湊にも会えたしなー…面白いし、抱き心地も良かったし?」
理解出来ずに悩む湊の思考を、ピュン・フーの最後の台詞が粉砕した。
 湊は無言で拳銃を引き抜くと続けざまに撃ち放す…銃弾はタイヤにプスプスと穴を穿ち、間一髪で空中に逃れたピュン・フーを怒りの声を上げたサムが後を追って突き回す。
 不当な労働の報酬としてはあまりに割の合わない情報に、湊はサムが飽きて戻って来るまで止めようとはしなかった。