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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


東京怪談・ゴーストネットOFF「行楽はいかがですか?」

■オープニング■
【27】行楽シーズン到来! 投稿者:丸山ツーリスト
秋と言えば行楽。暑い夏は去り、寒い冬はまだまださき。今こそアウトドアを楽しむとき!
果物が、紅葉が、河魚があなたの訪れを待っています!
あなたの望むがままの秋の行楽へ当社が誘います。
さあ今すぐ03−@@@@−@@@@へお電話を!

「…なんでうちの掲示板にこんな書き込みが来るかなあ」
 雫は眉間に皺を寄せて画面を睨んだ。
 それはそうだろう。どこからどう見てもこれは旅行会社の宣伝である。
「えーい、消しちゃえ!」
 雫は管理用のパスワードを打ち込もうとキーボードへと向かった。そしてふと気づく。
「……?」
 書き込みの下に不自然な空白がある。こうした空白には大概何かあるものだ。雫は小首を傾げながらマウスを動かし、その部分をドラッグした。

* 尚お届けする行楽には細心の注意を払っておりますが、何らかの障害が発生する場合もございます。予めご了承下さい。

「……何これ」
 ご丁寧に背景色と同じ色で記された注意書きに雫は思わず呟いた。

■本編■
 空は高く澄み渡っていた。雲一つない晴天は目眩がするほど高く遠く、そして心地よい。その抜けるような青に、色付きはじめた木々の赤が美しい。
 すぐ側に沢があるのだろう。研ぎ澄まされた九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)の鼓膜に涼やかな水の音が届いていた。
「山だーっ!」
 誰かが雄叫んでいる声が響いたがそれに奇異の視線を向けるものはいなかった。誰もが同じ気分を共有しているからに違いない。誰もが同じ気分を共有しているからに違いない。
 秋口と言うこの時期にお一人様4000円と言う格安のツアーパック。それが多少怪しげな旅行会社の企画でも人が集まらぬ筈がない。多少の不安もこの景観を見せつけられれば途端に吹っ飛ぶ。
「…ふむ」
 九尾は腕を組んで頷いた。
 殺伐とした日常から脱出したこの開放感は悪くはない。夜の街も昼の町も悪くはないが、こうした澄んだ空気はまた別物の心地良さだった。
 悦にいっているとパンパンと手を打ち鳴らす音が聞こえた。その音に反応してだろう、ざわめきがすっと引いていく。
「はい、ご静聴願います。本日は当社のツアーにご参加ありがとうございます。わたくし本日皆様のご案内をさせていただきます、角田と申します」
 ほう、と、九尾は改めて傍らの男を眺めた。何しろ集合場所からバスに詰め込まれてここへ運ばれるまでの間、このツアーの企画者側の人間は一切姿を現さなかったのだ。
 それに不審を感じなかったことが何より不審だったが、九尾はその不審さに構いつける事はしなかった。する気も起きなかった。
「それでは解散とします。集合時間は午後四時です。時間厳守でお願いします。いいですかくれぐれも時間厳守で!」
 角田は妙に力をいれて時間厳守を言い立てる。
 それもまた不審ではあったが、それにも九尾は構いはしなかった。
 何しろ目の前にはきっちりと自然がある。沢のせせらぎも聞こえてくる。
 何かあればそのとき対処すればいい。今は楽しむ事、そちらの方が重要な課題だった。

「…なあ」
 隣の岩に腰掛け煙草を加えて釣り糸を垂れている男に声をかけられて、九尾はそちらを振り返った。確か真名神・慶悟(まながみ・けいご)と言ったか。
「なんでしょうか?」
「…何が釣れた?」
 なるほどと思い、九尾は持参してきた小型のクーラーボックスの蓋を開け、真名神に示した。真名神はその中を覗きこみ、ふうんと呟いた。特に驚いた様子はない辺り、真名神の戦果も似たようなものなのだろう。
「…なあ」
「だからなんでしょう?」
 九尾が答えるのと前後して、真名神が垂れていた釣り糸がぴくりと反応する。真名神は慌てず騒がず、釣り竿を撓らせて獲物を引き上げた。
 ぴちぴちと跳ねる魚を手元に手繰り寄せた真名神は、それを目線まで引き上げてしげしげと眺めた。
 銀色の細長い魚。恐らく刀身を思わせることからその名がついたのだろう。
 これぞ秋の味覚、秋にこれを食せずして魚食いを名乗れようか!?
 真名神はそれをとっくりと眺めて息を吐き出した。
「…これが秋刀魚に見えるのは俺だけか?」
「……安心なさい、私にも秋刀魚にしか見えません」
 二人は顔を見合わせ、そして申し合わせたようにぐるりと周囲を見回した。
 空は青く澄み切っており、その空に鎮座する太陽の輝きを受けて小川はちらちらと眩しい照り返しを返す。涼やかに心地良いメロディーを奏でながら、水は下流へと下りていく。時折水面から跳ね上がる魚は、岩魚だろうか?
 山の中にある小川。
 その光景は誰がどう見ようとそうだ。
「…俺が今まで培ってきた常識では秋刀魚ってのは海にいるものなんだがな?」
「奇遇ですね、私もです」
 さらさらさらという水の流れる音が、二人の間をもまた流れていく。無言で顔を見合わせていると今度は九尾の垂らしている釣り糸に当たりが来た。
 やはり慌てず騒がず魚を吊り上げた九尾は、割かし小ぶりのそれを見て嘆息した。
「因みにあなたはこれが何に見えますか?」
 これぞ大衆魚。普通に焼いても美味だが何よりも干物。
 クサヤの名を知らぬ日本人など存在するのであろうか!?
「…鯵にしか見えんが」
「やはりそうですか」
 九尾は獲物を釣り針から取り外し、クーラーボックスへと収めた。氷と共にそこに収まっているのは、秋刀魚に鯵、鰯、キス…岩魚もなければ、虹鱒もない。
 二人はまた顔を見合わせた。なんとなくではあるが、このツアーの裏が見えてきている。
「海水魚しか釣れないのはどういうことなんでしょうねえ」
「魚河岸で買えないからだろう」
「いっそマグロでも釣れてくれると嬉しいんですが…」
 そう言って九尾が釣り糸を垂れる。十分ほどの沈黙の後に、九尾の釣り糸が反応する。
「………」
「……………」
 二人は無言でその獲物を穴の開くほど見つめた。
 マグロブロック特価980円。
 ラップに包まれたトレイの上に長方形のマグロの切り身が鎮座している。
「まあ…」
 九尾は仄かな笑みを口の端に刻んだ。真名神もにやっと笑う。
「こんな川釣りがあっても悪くはないか」
 九尾は大きく頷いた。
 まあ確かに少々業腹ではあるが、この空間の感触は悪くない。水に触れてみれば確かに冷たいし、垂れた釣り糸に魚がかからないと言うこともない。
 真名神はポケットから煙草を取り出し、火を付けた。そこから立ち昇る紫煙もまた、青空へと吸い込まれていく。不自然に立ち消えたりは決してしない。
「普段は殺伐としてるからな…」
 ぼそりと呟いた真名神に、九尾も頷いた。
「まあ悪くはありませんね」
 それが何であっても心地良いと感じる感情は本物だ。
 二人は同時に水面へと釣り糸を垂れた。

 なんとなく意気投合してしまった二人は下らないことを話しながら並んで釣り糸を垂れていた。
 二人で戦利品を肴に一杯やりながら、九尾は呆れたように真名神をみやる。
「何も持ってこなかったんですか、あなたは」
「…携帯コンロを持ち込むあんたも十分どうかしてると思うがな」
 網の上でじゅうじゅう言っている秋刀魚を突き、真名神は肩を竦めた。
「まあ、リリースするか、その辺で枯れ枝でも拾って焼くつもりだったんだが」
 足りないものがあるなら式でも飛ばすつもりでいたしな、と言って真名神は笑う。
「それはよしたほうがいいでしょうね。この空間にどんな影響が出るとも知れませんし」
 息を吐いて真名神は肩を竦めた。
「確かにな。だからあんたには感謝するし、大人しくもしてるさ。不便だがな」
「それでこそアウトドアでしょう?」
「…かなり違う気がするんだが、意味合いが」
「…安心なさい、私もです」
 二人は少しだけ笑い、同時にグビリと杯を空にした。

 二人が立ち上がったのは太陽も傾きかけてからだった。
 角田と名乗ったツアコンが煩いほどに言い立てた刻限が迫っている。
「さて、どうする?」
 真名神に促され、九尾は少し考えるように眉根を寄せた。
 正体はどうあれこの空間のことは気に入っている。のんびりと釣り糸を垂れ、行きずりの男と酒を酌み交わした時間は、想像以上に九尾をリラックスさせていた。だから怨みはないし、寧ろ感謝さえしているが…
「まあただ帰ると言うのも面白くはありませんね」
「つくづく奇遇だな。俺もだ」
 にまっと笑った真名神は懐から符を取り出した。
「どうなるかわからんのならいっそ試して見るのも面白いとは思わんか?」
「思いますが…体力を使うこともないと思いますよ」
 言って九尾は腕に巻いた時計を示した。
 秒針が12を通り過ぎようとしている。そして針が示す時刻は午後三時五十九分。
「なるほど」
 真名神が頷いた、その時だった。
 パキン。
 澄んだ乾いた音が響いた。
 ぱりぱりと何かの破片が周期の空間から割れて落ちていく。
 そして世界は一変した。

「ああ?」
「ふへ?」
「きゃ…」
「…まあ…」
「そんなことだろうとは思ってましたけど」
 そこからは良く晴れた空が見えた。
 けれど澄み切った空気は排ガスの香りのする慣れたものに変わり、青々と下草の茂っていた大地は冷たいコンクリートに変わった。
 そこには小川はない。勿論果物の実った木々もない。
 どこからどう見てもふきっ晒しのビルの屋上だ。
「あああああああ〜…」
 角田が頭を抱えて座り込んでいる。
 周囲を見渡すと呆然と突っ立っている他の客に混じる、見慣れた顔が目に付いた。
「ああ、深雪さんに駒子さん。いらしてたんですね」
 九尾の姿に、寒河江・深雪(さがえ・みゆき)が軽く目を見開いた。手を引かれている寒河江・駒子(さがえ・こまこ)も驚いたように目を瞬かせている。
「桐伯さんこそ」
 微妙に盛り上がりかけた空気に水を差したのは、九尾の後ろから登場した真名神だった。
「あーまー、盛り上がる前にちょっと見てみろ」
 真名神が指さしたのは頭を抱えてうずくまる角田。
「…おいおい」
「うそ?」
「まあ、分かってましたけどね」
「そうだな」
「あ〜、かわいい〜!」
 駒子が角田に飛びついた。正確にはその尻に。そこにはえた、ふさふさの尻尾に。

「なに? 一体どういうことなの?」
「…あーんまし考えたくねえなあ、オイ」
「まあそれが懸命ですけどね」
「う〜んと?」
「つまり俺達は化かされてたということだな」
 夢見心地のまま客達は引き上げていった。残ったのはこうした『何やら妙』な事態に慣れている九尾と真名神、そして深雪と駒子、その二人と行動を共にしていたらしい征城・大悟(まさき・だいご)の五人だけだった。一人に至っては存在からして『何やら妙』である。
 その五人に囲まれて、角田は怯えきっていた。器用に隠していた耳と尻尾が出てしまっている。少々焼きすぎのトーストのような色の耳と尻尾が。
「まあ…不況なわけです。わたくしどもも」
 角田はびくびくと耳と尻尾を反応させ、上目遣いに一同を見上げた。
「ご覧の通りわたくしは狐でございまして…まあ漸く化けれる程度の、単なる狐なのですが」
 深雪がうーんと唸る。
「それにしては大がかりな幻だったと思うけど」
「それはまあ…わたくし一匹というわけでもございませんので。完璧に人に化けれるのはわたくしだけですが」
 なるほどだから角田だけが人前に出てきていたわけだ。
「まあ、不況なのでございます。それはまあ、京の伏見さまのところのように、そこまで行かずとも稲荷として祀られていたり使役されていたりするものはいいのですが、わたくしどものように中途半端に霊力がついてしまったものは難儀でございまして」
「…まあ分からないでもないですが」
 九尾が苦笑する。
 自然破壊によって生息地区は限られているのだろうが、それでも狐の数は稲荷等より余程多かろう。ただの狐のまま天寿を真っ当出来るものはいいとして、何らかの原因で『化ける』ことを覚えてしまったものは寿命も延びる。確かに難儀だろう。
「それで、なんで旅行会社だ?」
 真名神の問いに、角田はぱっと顔を上げた。とんがった耳がぴーんと立っている。
「化けることを覚えますと、同時に惑わすことも覚えます。狐や…同じにされるのは業腹ですが狢の類が人を化かすと言う話は有名でございましょう。それをなにも悪戯ばかりに使わずとも良いのではと」
「で、ツアーかあ?」
 呆れる大悟に角田はこくこくと頷く。
「わたくしどもはまだ未熟で見たこともないものの幻などとても作れませんが…山や河は良く知っております、ですから」
 元は山野の獣なのですから。
 深雪は項垂れた角田の側に膝をつき、その顔を覗き込んだ。
「これは素朴な疑問なんだけど、その山野で静かに暮らしたりは…できないの?」
「縄張り争いも過酷でございますし、わたくしどもがおりますと、わたくしども程度でも野の獣にあまり良い影響は与えません。それになにより!」
 やおらがばっと角田が顔をあげる。
「どん兵衛の甘い味付けのお揚げ、ローソンのいなり寿司! 赤いきつねなど絶品! あの味を知って何故野ネズミや蛙で腹を満たす気になれましょう!」
 あの哀愁はなんだった!?
 全員が心中で突っ込んだのは言うまでもない。
 呆気にとられる一同を見渡し、角田はこほんと一つ咳払いをした。微妙に頬が赤いところを見るとどうやら照れているらしい。
「まあ、そう言うことなのでございます。して、皆様?」
 言って角田は立ち上がり、恭しく腰を折った。
「本日の旅行、ご満足頂けたでしょうか?」
 そのまま上目遣いに見上げられ、一同は顔を見合わせた。
 景観が幻であったのは残念だが、それでも感じた清々しさは、のんびりとした時間は、本物だった。おまけにお一人様4000円ぽっきり。
 一同は顔を見合わせて笑い、大きく角田に頷いて見せた。

「なかなか有意義な一日でしたね」
 九尾の声に、苦笑を混じえながらも真名神が頷く。
「まあいい休養にはなったな」
「うん☆ こまこもたのしかったよ」
「そうね」
「何より安かったしな」
 大悟の言葉こそ真理だろう。大枚叩いて観光地へ出かけていっても満足できずに帰ってくる等と言うことは少なくない。
 だからこそそれが幻でも、安くて楽しかったのだからそれでいい。
「さて皆さんこれから私の店へいらっしゃいますか? 二次会も悪くはないでしょう?」
「こまこいきたい!」
 真っ先に同意したのは見た目は子供でしかない愛らしい座敷童子で、それが一同の微笑を誘った。

「ではいきますか」
 一同を誘い、九尾は歩き出した。
 女性陣には甘いカクテルを、男衆には念のために用意しておいて結局使わず終いだった岩魚の骨酒セットをそれぞれ振舞おう。
 悪くなかった一日は、まだ終わってはいなかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師】
【0174 / 寒河江・深雪 / 女 / 22 / アナウンサー(お天気レポート担当)】
【0662 / 征城・大悟 / 男 / 23 / 長距離トラック運転手】
【0291 / 寒河江・駒子 / 女 / 218 / 座敷童子】
【0332 / 九尾・桐伯 / 男 / 27 / バーテンダー】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、里子です。再度の参加ありがとうございました!
 夏だと色気づきますが、秋になると食い気づきます。
 作中に秋刀魚が行き成り登場するのは私が食べたかったからです! まだちょーっと旬には早いんですけど秋刀魚。

 今回はありがとうございました。また機会がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。