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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:唄声
執筆ライター  :紺野ふずき
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜5人(最低数は必ず1人からです)

------<オープニング>-----------------------

 唄う。唄う──唄う。だがその声は届かない。かき鳴らすギターの音も振りしぼるその声も、通りすぎる人波に消えていく。
 暮れなずむ駅前のロータリーで少年は唄っていた。哀しげな目を少女に向け、声よ届けと彼は唄う。
 だがそれは無情にも雑踏に飲み込まれていった。彼は唄うのを止め、静かに少女に近づいた。その頬にソッと指を触れる。項垂れ、そして音もなく消えた。
 
 草間はそれを見つめていた。調査帰りの忙しない時計を、少年の唄に止めていたのである。我ながら人が良いとは思う。だが、黙って行き過ぎる事ができなかった。少年はこの世の者ではなく、そして少女は誰かを捜していた。
 人待ち顔の少女は、しきりと辺りを見回し時計を見上げてはため息をつく。悲壮感溢れ、手には携帯を握りしめていた。草間は「やれやれ」と首を振った。伝えるだけで終わればいいのだが、と足を向ける。
「君」
「? はい……」
「探しているのはギターを持った彼?」
「!」
 見ていた一部始終を話すと少女はその場に泣き崩れた。震える手で携帯を開く。少女は言った。
「もう一週間になります。これ……このメールを最後に彼と連絡が取れないんです」
 草間は小さな画面を覗き込んだ。感情の無い文字の世界に綴られた、青年の声──。
『今、いつものトコ。今日は人が多い。給料日の後の週末だからかなあ。唄うにはもってこいだけど、妙な連中がいてさ。仲間がここで唄うなって因縁つけられたらしい。俺も言われるかも。やばそうな感じだし、そしたら直ぐに撤退だな。帰ったら電話する。ああ、腹減ったあ!』
 携帯を掲げた手が微かに震えている。少女の目からまた涙がこぼれた。
「携帯や家にかけても出ない。家に行ってもいない。今まで一度だってこんな事無かったんです。何かあったのかもしれない──!」
 少女の目に軽いパニックが現れている。草間は言った。やはり放ってはおけなかった。
「話を聞こう。事務所までついてこれるか? ああ、大丈夫だ。俺はこういうモンだから」
 名刺を差し出す。少女の顔から張りつめていた何かが落ちた。不安や心配を抱え、一人で悩んでいたのだろう。草間は少女を気にしながら歩きだした。一番星が空に輝きだしていた。
 
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   唄声

 ─ ナラナイデンワ ─ 
 
 窓の外に広がる闇。灯り始めたネオンがチラチラと揺れる。草間は指で開いたブラインドの隙間から、忙しなく動く街並みを見つめていた。
「彼氏の声、録音等で手元にあるわよね? 唄声と普通時の声、どちらも聞いて覚えておきたいの。それとギターと携帯の機種、出来ればピックもどんな物を使っていたのか教えてもらいたいんだけど」
 大きく開いた胸元にチョーカー。束ねた黒髪に凛とした青い眼差し。努めて冷静な顔を少女に向けて、シュライン・エマは言った。細い指先でペンを取る。そのペン先に視線を落とす少女の目から、また一つ涙が零れた。
「はい、じゃあ一度帰って路上ライブのビデオを取ってきます。彼の部屋にあるので……ギターはモールスだったと思います。携帯はドコノのF251iです」
 気丈を保とうとするその声は震えている。シュラインは頷きながら、視界の隅に映る草間の背中を気にしていた。絶望と微かな怒りが伝わってくる。
 テーブルの上の携帯には、最後となった少年からのメッセージが表示されていた。たわいもない日常の会話で終わらなかったそれを、ジッと見つめる少女の目は赤い。
 川原直、十九才。地元山梨を離れ慣れぬ東京で人を捜している。行方不明になっているのは直の同級生であり恋人の、石野重成だ。実家の薬局を継ぐ為に、都内の医療系専門学校に通っている。4年越しの付き合いで、東京と山梨に離れてからも連絡が途絶えた事は無かったらしい。それが一週間前にメールを受けたきり突然音沙汰が無くなった。最後のメールの内容から不安になった彼女は三日間様子を見、彼の部屋を尋ねてみたが、そこにはいつも通りに散らかった部屋があるだけで、主たる彼はいなかった。
 互いの実家や直の携帯、彼の部屋の電話、そのどれにも重成からの連絡はない。持っていた携帯の電源も切れたままだという。
 シュラインは草間が見たという霊が気になっていた。悪い予感は拭えない。だが、それを態度に出すワケにはいかなかった。
 一通りの話が済み直が一旦退席すると、そこで初めてシュラインは深いため息をついた。細い顎の下に下げた眼鏡が揺れる。
「武彦さん」
 草間はシュラインの声に無言で振り返った。相変わらず厳しい顔をしている。直がいるあいだ切り出せなかった問いは、口にする事もなくその答えを返された。彼はすでにこの世にいない。
「やっぱり……そうなのね」
「──残念だが」
 シュラインは言葉を継げず黙り込んだ。泣きはらした目で出ていった直を思うとやりきれない。草間はまだ直に、彼の霊が生と死のどちらを告げるものなのかを知らせていなかった。しかし、直が彼の死を覚悟しているのは確かだ。泣いては抑え、抑えては泣く。彼女は泣きやむ事ができなかった。その悲しみはシュラインの心にも痛い。
 誰がやったのか。何が起きたのか。そして彼は今どこにいるのか。その答えが出た所で彼が戻りはしない。直は全てを知る事で、より一層の悲しみに暮れるだろう。沈黙するシュラインの肩に草間はソッと手を置いた。
「俺達は出来る事をするしかない。例え結果が出ていたとしても、彼はまだ見つかっていないんだ」
 シュラインは草間の強い眼差しに向かって頷いた。
 
── ウタウタイトギター ──
 
 君がいたベッドの半分
 僕は無意識に空けている
 君のぬくもりが無い夜も
 君の居場所を作ってる
 
 アコースティックギターの音色と透明感のある重成の声は、人を集める力がかなりあったようだ。ビデオの中で唄う彼の回りにはたくさんの人だかりが出来ていた。特に派手でもなければ、目立って容姿がいいわけでもない。ただ笑った顔は可愛いくて魅力的だった。
「男はこの世の者ではなく、女はその事実……死を知らず……或いは認めず……か」
 テーブルについた手を顔の前で組み、真名神慶悟(まながみけいご)はポツリと言った。俯き加減の視線に薄麦色の前髪がかかる。その横顔には何の表情も浮かんではいない。ただジッと画面の中で唄う彼を見つめていた。
 ビデオを置いて帰る直と入れ違いに入ってきた慶悟は、草間の話を聞いてからずっとこの調子だった。冷静を装っても、心まで冷静ではいられない激情家。慶悟は事の理不尽さに腹を立てていた。
 彼の声は流れ続けている。恋を綴ったその歌詞は彼女に宛てたものだろう。離れて暮らす寂しさが滲んでいた。シュラインはその声を、音をしばらく頭でなぞっていた。目を閉じて深い呼吸を吐く。直の持参したピックを手に取ると、さあ、と慶悟に向き直った。
「とりあえず駅前で聞き込みをしてみましょう。何かいい情報が得られるといいんだけど」
 ああ、と陰陽師は頷いた。
 
 ── キミ、イズコ ──
 
 週末の華やいだ喧噪。その中に、重成の姿は見あたらない。
「彼女がいないとダメか」
「かもしれないわね」
 慶悟の声にシュラインも神妙な顔をする。
 二人は最後のメールにあった、『妙な連中』と接触した仲間を捜した。路上で演奏するミュージシャン達に声をかける。彼はこの辺りではかなり知れた存在だったようだ。名前を出しただけで、何人かがすぐに反応した。だが肝心の当日の事となるとやけに口が重い。曖昧に言葉を濁して黙り込んでしまう。二人は混雑を避け、輪のできていない単身のギター弾きに近づいた。壁にもたれてポツンと座っている。人の波がそれを避けて動いていた。彼はシュラインと慶悟に気が付くと、もっと寄ってと手招きした。
「聞きたい事があるんだけど──」
 演奏を聴く為では無い事に申し訳なさを感じながら、シュラインは重成の事を尋ねた。彼はギターを弾く手を止めた。
「え……まだ帰ってないんスか?」
 その言葉に二人は顔を見合わせた。彼は躊躇った後、誰もがそうだった重そうな口をやっと開き、当日の事を語り出した。
 重成とほぼ同じ時期にここへ来るようになった彼は、互いに一人ということで気が合い、人が集まらない日などは隣り合ってよくおしゃべりをしていた。その日も彼は、重成から少し離れた場所に座っていたが、四,五人の暴力団風の男がやってきて、演奏している若者達に因縁を付け始めたという。
「『俺達のシマで勝手な事するな、早く失せろ』って、うるさいんだよ。引き上げてく仲間がシゲの所で文句言ってた」
 その内に彼にもそのバチが回ってきた。怒鳴られギターをしまう目の端で重成がメールを打っているのが見えたという。彼は人混みから少し外れて、重成が来るのを待った。気晴らしに、呑みにでも誘うつもりだったと言う。男達は重成に因縁を付け始め、周囲に集まっていた若者を突き飛ばすとギターケースを思い切り蹴飛ばした。
「それでシゲが切れたんだ」
 騒ぎはアッという間にふくれあがった。彼は重成が楯突くなど思いもせず、ただ呆然と見ていたという。やがて男達に両脇を抱えられ裏通りに消えた。持っていたギターは折られ、他の持ち物と一緒にゴミ箱に投げ込まれた。誰もがそれを見ていて、止める事が出来なかった。巻き込まれたく無かった、と彼は目を伏せた。
「アイツらこの辺りにうろついてるヤクザだし、駅の裏には事務所もあるから……」
「警察に通報する事もできなかったのか? 人一人が消えてるんだ。まだ見つかっていない」
 冷たく吐き捨てた慶悟の言葉に彼は黙り込み、握りしめた手を振るわせた。俺だけが悪いんじゃない、と呟き彼はそれ以上何も語らなかった。
 二人はその場を後に、男達がいるという事務所へと向かった。ゴミゴミとした狭い路地に、場違いの高級車が数台停まっている。シュラインが目配せした。
「あれがそうね」
 見上げるとビルの袖に看板がついている。黒地に金で『臼井一家』とあった。二人のチンピラ風の若者が、車の前で立ち話をしていた。シュラインと慶悟は顔を見合わせると、その二人に近づいた。単刀直入に、重成の事を問う。
「知らねえな。試しに中を探してみるか?」
 イヤな嗤いを顔に貼り付け、男達は凄んだ。印を結ぼうとする慶悟の前にシュラインは一歩踏み出した。
「この声の主を捜してるの。覚えは無いかしら」
 言ったシュラインの声は先ほどとは別人の声だった。声帯模写──重成の声だ。シュラインはビデオで聞いた彼の声を寸分違わずに記憶していた。男達の顔色が変わる。明らかに何かを隠している表情だ。シュラインはさらに詰め寄った。
「唄を唄った方がいい? それとも……」
「知らねえったら知らねえんだよ! 失せな!」
 男は声を荒げ、殴りかかる素振りを見せた。シラを切り通すつもりらしい。慶悟が咄嗟にシュラインの前に出た。男達は慶悟の発する鬼気に気圧されている。睨み合いの果て、敵わないと悟った男達は、憎悪混じりの舌打ちをした。
「これ以上、俺達の周りを嗅ぎ回って見ろ。お前達も同じ運命を辿るぜ」
 そう言って男達はそそくさとビルに消えた。二人はその後を追わなかった。答えは得られた。重成は殺され、犯人はこの中にいる。シュラインは暗い眼差しを慶悟に向けた。
「こんなにあっさりと突き止められたって事は、彼女……何もかも知っているのかもしれないわね」
「ああ。だが、一人ではどうしようもない」
「武彦さんに声をかけられた時、どんな思いだったのかしら……」
 慶悟はゆっくりと首を振った。
「戻って彼女を呼ぼう。連中を締め上げるのはその後だ」
 シュラインは哀しげに頷いた。

 ── サイゴノメッセージ ──
 
 日付が変わる二時間前。雨を予感させる雲が空を覆い始めている。シュラインと慶悟、それに草間と直は再び駅前を訪れていた。相変わらずの雑踏には、たくさんの人がうごめき、ざわついていた。
 慶悟は閉店したシャッターの前に、あぐらをかいて座る重成を見つけた。ギターを抱え哀しげな目をしている。彼は直を見ているが、直には彼が見えない。
 飛び交う様々な気に負けぬよう慶悟は神経を集中させ、彼に近づいた。
『俺が……見えるんですか』
「ああ。落ち着いた場所へ行かないか? ここは邪魔が多すぎる」
 慶悟は重成を連れて人気のない路地へと入り、反閇(へんばい)を踏んだ。場を浄化して不可侵結界を引き外界と隔絶する。地から水を上げそれを重成に奉じ印を切った。陰気たる水気。彼にほんの束の間、この世界の住人に戻る事を許す。その姿に色彩が蘇ったのを確認して、二人は路地を出た。可視化された重成は、元気だった頃と何も変わらない。直はその姿を一目見るなり泣き出した。シュラインと草間に言葉はない。
『直』
 重成の声に直はコクリと頷く。こらえようのない嗚咽が返事となる。
『後はこの人達に任せて、お前は家に帰れ』
「でも重成……」
『お前までなんかあったらどうする。な? 帰れよ』
 直は目の前にある彼の顔に震える指先を伸ばした。触れる事は出来ず、通り抜けた手に直の顔が歪む。
「どうして? 何で重成なの? 誰がこんな」
 重成は静かに首を振った。知らなくていい、と目で諭される。直はただ泣きじゃくった。
『いいな? 帰れよ』
 見守る三人の前で、直は小さく頷いた。納得などしてはいない。挑むような眼差しから、涙が溢れた。
『そんな顔するなよ』
 重成は苦笑して、直の髪に触れた。その指もまた直に触れる事は出来なかった。哀しげな間。重成が言った。
『そうだ、携帯あるか?』
 直はポケットから取り出した携帯を開き、重成の前に差し出した。彼の手が直の手に重なる。挟まれた携帯がほんの一瞬、光を放った。重成は慶悟とシュライン、そして草間に向かってペコリと頭を下げた。
『こいつを……頼みます』
 シュラインが頷くのを見届けて、彼は最後にもう一度、直を見つめた。深呼吸一つ。目を閉じて天を仰ぐ。彼は音もなく闇に溶けた。呆気なく訪れた永遠の別れに、直は呆然と立ち尽くしている。大きく見開かれた目から、泪が溢れては落ちた。その手に握られていた携帯が不意に鳴る。救いを求めるような目に、三人は画面を覗き込んだ。送信元は直のアドレスになっている。直はボタンを押した。
『返事遅れた──料理のバリエーション増えたって? チャーハンか、いいなあ。喰いたかった。なあ、直……悔しいけど、しょうがない。運が悪かったんだ。親父達にもそう伝えてくれ。ゴメンな──』
 モウカエレナイ
 泣き崩れる直の背中をシュラインの腕が支える。慶悟は輪に背を向けると、足下へと視線を投じた。
「馬鹿げた真似を為す者あれば容赦は無用。痛みは痛みを以て知り、過ちは人の手に委ね法を以て償う。それがこの世の流儀故……警察の前に放り出しておけ」
 地から現れた式神が雑踏に消える。かける言葉は見つからない。三人は泣きやまぬ直を見つめて立ち尽くした。細やかな泪雨がサラサラと降り出し始めた。
 
 ── カレタ、ウタゴエ ──
 
 昨日、新宿区の──会系暴力団臼井一家を名乗る男四人が人を殺して埋めたと警察に出頭してきました。警視庁が調べた所、供述通り山梨県の富士樹海から男性と見られる遺体が発見され、所持していた財布にあった免許証から石野重成さん、一九才と判明しました。警察では家族の方に連絡を取るなど確認を急いでいます。石野さんは一週間前の今月十二日に──駅前で連れ去られる所が目撃されており、その後行方不明となっていました。男達は『刃向かわれてカッとなって殺した』と話していて、警察では遺体を解剖して死因の特定を急ぐと共に、殺人の容疑で男達からさらに詳しい事情を聞いています。また、男達は全身に骨折などの重傷を負っていて、何かに怯えた様子で警察の取り調べに対し、大変申し訳ない事をした、など反省の言葉を繰り返しているということです。さて、次のニュース──




                        終




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 (年齢) > 性別 / 職業 】

【0086 / シュライン・エマ/ しゅらいん・えま(26)】
     女 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
     
【0389 / 真名神・慶悟 / まながみ・けいご(20)】
     男 / 陰陽師
     
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 他グループの登場人物  
 
【0723 / 空木・栖/ うつぎ・せい(999)】
     男 / 小説家
     
【0838 / 浄業院・是戒/ じょうごういん・ぜかい(55)】
     男 / 真言宗・大阿闍梨位の密教僧
    
【0843 / 影崎・雅 / かげざき・みやび(27)】
     男 / トラブル清掃業+時々住職

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■         ライター通信          ■
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こんにちわ紺野です。
大変お待たせ致しました、『唄声』をお届けします。
今回はプレイングの動向により、
シュライン様、慶悟様、それに栖様、是戒様、雅様の
二つのグループに分けさせて頂きました。
(名前はグループ毎、IDの早い順に呼ばせて頂いております)
もう一つのお話には、聞けなかった事が載っているかもしれません。
宜しければぜひお目通し下さいませ。
この度はご参加下さりありがとうございました。
シュライン様と慶悟様のますますのご活躍を祈りつつ、
またお逢いできますよう……


         相変わらず通信下手の『紺野ふずき』