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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


東京駅
□オープニング
その書き込みがされたのは日曜の午後だった。
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タイトル:東京駅のホテル 投稿者:ちづる

ある日終電を逃してしまって、東京駅の三階にあるホテルに泊まり
ました。
凄く豪華で素敵なホテルだったんです。
ホテルの人たちも凄く親切。
ベッドもふかふかで疲れてたから、すぐ眠ってしまって。
でも、朝起きたら……、ホテルがなくなってたんです。
こんな事誰も信じてくれませんよね。
本当だったら忘れたいくらいなんですけど。
でも、忘れ物をしちゃったんです。
彼に貰った大事な指輪。
どうしても、次のデートまでに見つけたいんです。
でも、一人で行くの怖くって。
誰かついていってくれませんか?
今度の金曜、終電が終った時間に東口で待っています
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「……東京駅って二階までしかなかったんじゃなかったっけ?」
 雫が首を傾げて振り返った。
 調べてみると確かに東京駅は二階建てだ。三階はない。
「ない筈の三階のホテルって、不思議だよね。
 ねえ、誰か行ってみない?」

■依頼主との出会い
 紅蘇蘭(ほん・すーらん)の仕事は、別段土日が休みというわけではない。どちらかといえば、紅の気分で休みを決めているといっていい。だから特に金曜だといって浮かれる理由もないが、はしゃいぎながら通り過ぎていく人間達を見るのは決して嫌いではなかった。時には遅くまで店を空けて窓の外を通り過ぎる人の流れを眺めて楽しむ事もあったが、今日は違う。とある書き込みの為に過ごす夜だ――懐かしい夜を過ごす為には準備に手間暇掛けなくてはつまらないではないか。
 ワードロープから色々な衣装を取り出しては、あれでもないこれでもないと楽しんで選ぶ。その時間も彼女にとっては楽しい時間の一つだ。――もっとも、楽しすぎて予定の時間より出発が遅れてしまったのは誤算だった。
 東京駅の終電は決して早い時間ではない。1時をまわって山手線の最終便が出れば後は5時前の始発まで閑散としたものだ。
 しかし今日は金曜日。一週間の仕事がようやく終わり、週末に向けての勢いづけとばかりに遊んでいる人間も決して少なくはない。
 そんな人の群の中、赤を――といっても赤にも色々あるが、彼女の赤は紅蓮の炎を思わせた――象徴するような美女がレトロなワンピースで歩いていく。レトロという事は決して時代遅れと同義ではないと知らせるような姿だ。白い布地に所狭しと縫い取られた刺繍は人の手によるものならではの繊細さ。歩き方も美しい。
 彼女の姿を見て、思わず架空のレフ板やカメラを探す者もいる。先ほど書生姿の男を見かけた者は尚更確信を深めた。もっとも放映日を聞く者はいない。撮影の邪魔をしてはいけないからだ。しかしいくら待っても放映日はやってこなかった。当然といえば当然である。
 紅は東口に辿り着くと一人の女性に目を留めた。白い開襟のシャツが眩しい清潔そうな女性である。目を留めた理由はといえば、書生風の男が一緒にいた為ではなく、その存在感のせいだ。あれではまるで……。
「あー、その、恐れ入ります。失礼ですが、『ちづる』さん、ですか?」
 ふと男の言葉が耳に止まった。ちづるといえば、あの投稿の主である。これは、どういう事だろう? 紅はまじまじと見つめた。インターネットに? 彼女が?
「は、はい、あのどちら様でしょう?」
「ああ。やっぱり。その、貴方の投稿に興味がございまして、俺でよろしければと思いまして……」
「それはゴーストネットOFFの話かしら?」
 背後から声を掛けられてやや驚いて男は振り返る。驚いた眼差しが含むのは賞賛と驚愕と不審がきれいに三等分されていた。やがて不審が消えて「あなたもあの書き込みを?」と問い掛けてくる。優雅に頷くと二人を等分に見ながら彼女は名乗った。
「えぇ。貴方達も東京駅のホテルを探しに来たのね? ……私は紅蘇蘭。紅と呼んでくれれば良いわ」
「あ、どうも。あ、俺、いえ、私は石川大介(いしかわ・だいすけ)と言います」
 少し緊張しているらしい石川の言葉に続いて、ちづるが上野ちづるですと名乗って頭を下げる。紅はそれを静かに見ていた。

□ホテルマン
「ここで立ち話もなんですし、座る場所……ああ、待合室なんてどうです?」
 少なくともベンチがありますし。石川のその提案に紅は頷いた。駅の構内に入り案内板を見つけて良さそうな場所を探す事にした。駅の構内は人の気配もなくしんとしている。
「ああ、あそこにあるの、案内板じゃないですか?」
「そうね……でも、待合室に行く必要はないみたいね……」
 紅が軽く肩を竦めて言った。紅の人ならぬ感覚には近付いてくる足音が、否、その気配が明敏に捉えられていた。不審そうな顔をした石川とちづるにその方向を指し示す。
 こつり、こつり、と静かな足音が近付いてきていた。規則正しく歩くその足音の主はやがて闇の向うから姿を現す。濃紺の色合いのそれがきちんと咽喉元までボタンをして、隙なく着こなされたホテルマンの制服だと悟るまでさらに二呼吸ほどの時間が必要だった。
(心臓に悪い現れ方だな……、しかし、これはいかにもって感じですねえ)
 淡々とそのホテルマンは三人に近付いてきた。礼儀正しい所作で目礼をするとさらに少し距離をつめてから、声を掛ける。
「失礼ですが、朝の列車をお待ちのお客様ですか?」
「え? いや、あの、私達は」
 作家の先生の紹介でという筈が石川は微妙に言葉につまった。美女と妙齢の女性と書生、この三人の取り合わせの場合それは通用するのか? 石川の思惑を知ってか知らずか、紅がゆったりと口を挟む。
「そう。列車を逃して難渋しているの」
「では、よろしければ朝の列車までホテルの部屋でおくつろぎになりませんか。……実は、空き部屋がございまして」
 遊ばせておくより、お困りのお客様にお使いいただいた方が良いですから。そう続いた言葉に紅は頷いた。
「お願いできるかしら?」
 喜んで、そう言って深く頭を下げたホテルマンは少し先に立って歩きはじめた、その後のごく当然と言わんばかりの動作でついていく紅。石川は慌ててちづるを促して後に続く、なにやら美女とその侍従のようだと少し笑いたくなった。

□東京国際ホテル
 先導されて歩いているうちに紅はいつのまにかここが昔の東京駅になっている事に気がついた。懐かしい空気がそこにある。上海帰りに訪れた、きらびやかで優美な場所。設備が豪華なだけではなく、従業員達が心をこめて丹精したからこそ、さらに美しく映ったのだ。
(懐かしいわね……)
 大理石の床をヒールの踵が叩く音すら懐かしいと紅は思った。後ろの石川がやや驚いたように嘆声を漏らす。
「いや。豪華だとは聞いていましたがここまでとは……」
 写真とは比べ物にならない。そう呟く声に紅は口に出さずに当り前じゃないと応えを返す。ここはあの頃の場所だが、それだけではない。ここに集うもの達が作り上げた幻想空間でもあった。だからこそ、尚更美しいのだ。
「ありがとうございます。最近は空襲が続いておりますもので、なかなか訪れるお客様も少ないのですが、いつお客様に来て頂いてもいいようにいつも従業員一同揃って丹精をこめております」
 シャンデリアには惜しみなく火が灯されていた。……戦時中ならば考えられない事だろう。しかし、同時にそれは実に美しい灯りだ。いくつもの影が幻のように揺らめいている。まるで人の世のようだと紅は少しだけ思った。
 案内された客室は事の外、豪華だった。調度類も部屋の広さも三人には有り余るほどだ。
「ちづるさん、前の時も、この部屋だったんですか?」
 書き込みには彼に貰った大切な指輪とあった。それゆえの石川の問い掛けである。しかし、紅はそれとは違う言葉を石川の言葉に続けた。
「ねえ、『ちづる』さん、そろそろ貴方が誰なのか、貴方の口から聞きたいわ」

□『ちづる』の正体
 『ちづる』は小さく息を飲んだが、すぐに頭を下げる。
「ごめんなさいねぇ、騙したような形になってしまって。……でも、私もチヅルというんですよ。不思議な偶然ですねえ」
「え? では、投稿した『ちづる』さんじゃ!?」
「ええ、その方ではありません。……ただ、私はもう一度この思い出のホテルに泊まりたかった。本当にごめんなさいね」
 紅は目を細めた、その気持ちは彼女も同じだったからだ。石川もやや間を置いて気を取り直したようだった。
「では、あなたは……? それに思い出って」
 東京国鉄ホテルは東京空襲で焼け落ちたのだ。そこに思い出があるとなれば、それはその頃から生きている事にほかならないではないか。
「主人と泊まったんですよ。……お国の為とは言え、知覧の基地に配属になりましてねぇ。生きては帰れないからと祝言を挙げて、このホテルに泊まったんです」
「知覧というと……特攻隊?」
 チヅルはおだやかに頷いた。その顔に老婆の顔が重なったような気がした。歳を経てしわを刻みながら尚も穏やかで美しいと感じるのは何故だろうか。
「疎開した後にここも焼け落ちてしまって……、ああもう一度ここに来られるなんてねえ」
 ため息を漏らして窓の下の明かりをチヅルは眺めて慨嘆する。
 その時ドアがノックされた。
「お連れ様がおいでです。……それからこれは今宵当東京国鉄ホテルに泊まっていただいたお礼にと思いまして」
 ホテルマンが伴ってきたのは瑞々しい果物と日本酒。そうして、軍服を着た一人の男性だった。
 ああ。とチヅルがため息をつく。「あなた」とこぼれた言葉に石川は驚き、紅は笑みを深くした。
「さあ、人間違いの事はもう水に流しましょう? 今宵はささやかなパーティーを」
「何の、ですか?」
「再会と出会いと懐古に、かしら?」
 石川は紅の言葉に頷いて酒をついで回る。そうして、4人のパーティーが始まった。

□夢の終わり
 和やかなパーティーを打ち切ったのは突然の轟音と爆音だった。
「な、なんだぁ!?」
 やや酒に酔った口調で石川が驚いた顔をする。対する紅はといえば落ち着いたものだ。
「空襲のようね」
「く、空襲!? ……あ! まさか、ここが焼け落ちた、あの?」
 紅の頷きに石川はチヅルとその夫を振り返った。
「逃げましょう! ここは危険です」
「私達はいいんだ。早く逃げなさい」
 穏やかな夫の言葉にチヅルも深く頷く。
「気を付けてくださいね……ああ、よかったらこれを持って行ってくれませんか?」
 渡されたのは飾り気のない鼈甲の指輪だった。男物と女物が一つづつ。
「私達にはつける指もありませんし、どうか今夜の記念に」
「さあ、巻き込まれては大変だ。急いで」
 紅は頷いてドアに向かった。石川が遅れてそれに続く。
「今夜は素敵な夜だったわ。思い出にも出会いにも恵まれた。忘れないわ。……行きましょう」
「俺も、忘れません。黄泉の世界でお会いしたら、またパーティーをしましょう」
 言い置いて二人は部屋を飛び出した。先導するように紅が先を歩く。昔はよく通ったものだ。道に迷う筈もない。石川は紅の迷いのない足取りを信用して後を追う。
 そのときだった。一際大きな音と同時に天井が弾け飛んだ。
「危ないっ」
 咄嗟に石川は紅をかばおうと覆い被さった。紅が驚いた顔をする。そして、それとほぼ同時に天井のシャンデリアが脇をかすめて落ちる。あまりの事に身を硬くする石川だったが、幸いにも二人のいる場所には大きな破片は飛んでこなかった。
「あそこが下に降りる階段ですね! 行きましょう!」
 手を引っ張って走り出した石川を紅は少し心地よく思った。一生懸命に守ろうとするその姿勢が好ましく感じたからだ。
 石川は懸命に走る。足場の悪い階段はやや慎重になったものの、繰り返し起きる爆音が危険さを彼に悟らせたからだ。しかし、二階まで降りるとその爆音もぴたりと止む。響くのは二人の足音ばかりだ。
「もう大丈夫よ」
 少しも息切れしていない紅に石川は驚いた。実際、彼は返事をするどころではなかった。へたり込みそうになるのを必死で抑えて肩で大きく息をするばかりだ。ややあって落ち着いて周りを見渡すと、そこはいつもの東京駅だった。あの階段はどこにいったのだろうか? そもそも先ほどまでの酩酊感もすっかり消え去っていて、あれが真実だったという証左もないように思われた。
「全部、夢だったんですかね?」
 紅は首を振ると懐から二つの指輪を取り出した。鼈甲の指輪は確かにそこにある。これがこの夜の証拠だ。
「きっと東京国鉄ホテルは、まだ空襲の夜から――戦時中から抜け出していないんでしょうね」
「……50年を経ても尚ですか」
「50年なんて案外短いもの。過ごしてしまえば夢のよう」
「……そういうものでしょうか。いや、そうかもしれませんね」
 目を軽く閉じて詠嘆するように言った紅に石川は頷いた。

■エピローグ
 紅は伽藍堂のショーケースのちょっとした模様替えをする事にした。ショーケースに置いているのは日に当てても問題のないものの中でもとっておきの物ばかりだったが、今回はほんの少しスペースをあけるだけでいい。
 出来上がった特上の場所に丹念に汚れをふき取った二つの指輪を大切にディスプレイする。
 日の光の暖かさに二つの鼈甲の指輪はまどろむようにかすかな光を反射していた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0908/紅・蘇蘭(ほん・すーらん)/女性/999/骨董店主/闇ブローカー
 0953/石川・大介(いしかわ・だいすけ)/男性/33/オカルト雑誌の編集者

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■         ライター通信          ■
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 依頼に応えていただいて、ありがとうございました。
 小夜曲と申します。
 初めての作品になりますので、実を言うと多少緊張しております。
 初めて依頼を出し、答えていただいたのが皆様方で光栄でございます。
 今回のお話はいかがでしたでしょうか?
 もしご不満な点などございましたら、どんどんご指導くださいませ。
 紅さまには、プレイングでシナリオの根幹を突かれた気分でございました。
 はい、思ってらっしゃる通りです! などと思いながら書かせて頂きました。
 うまく妖艶で訳知りな紅さまのキャラが出ているか心配です。
 今回のシナリオはもう一つの話ございます。
 また、各キャラで個別のパートもございます(■が個別パートです)。
 興味がございましたら目を通していただけると光栄です。
 では、今後の紅さまの活躍を期待しております。
 いずれまたどこかの依頼で再会できると幸いでございます。