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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


果物狩り
●オープニング
 それは、どこともしれぬ場所にある、不思議な空間だった。
 いや、『どことも知れぬ場所』と言うのは、間違いであるかも知れない。最寄駅や、待ち会わせる場所などは、きちんと判別しているのだから。ただ、その正確な住所が果たしてどこなのか、さっぱり分からないだけである。
 かの空間では、人知れず命をかけたゲームが開催されていた。
「ここには、特殊な防護壁がほどこしてあります。携帯出来る武器は、例えどんな威力が有っても、持てると言うのなら、総て持ちこんで構いません」
 そう言って、妖しく笑う金髪碧眼の青年。むろん、そのゲームの主催である。
「我が方の攻め手は、そうですね。およそ考え得る限りのフルーツでしょうか。ただし、普通の美味しい果物ではありませぬゆえ、お気を付け下さいませ」
 そう‥‥その中では、葡萄は意志を持った爆弾と化し、蜜柑はナイフを溶かす酸の袋となり、そして苺は炸薬をまき散らす恐るべきトラップに変わる。ハウス栽培と言う季節感を無視する為の恩恵は、ここにも触手を伸ばしていた。
「俺は今回こそ、あの梨と決着を付ける‥‥」
「前回俺らを袋叩きにしてくれたメロン‥‥。生ハムで簀巻きにしてやろうじゃねぇか! なぁ皆!」
 人間が手で持ち歩ける重さと言う制限はあるものの、およそ考え付く限りの武器の携帯を許されたかの地では、毎回男達が命を賭けた戦いを繰り広げ、負傷者は言うに及ばず、死者さえも希ではないと言う。
「何故!? 何故そうまでして戦うのですか!」
 それでも、参加するものが後を断たないのは、そこに莫大な賞金がかかっている為だろうか? 
「漢には、ダメだと分かっていても、やらなきゃいけねぇ時があるのさ」
 否、おそらくは男のプライドと言うシロモノであろう。
「戦場で愛を求めるのは、生存本能と言うべきものかもしれんな‥‥。異性がいないのは、残念だが」
「俺でよければ、お相手しましょうか?」
 血なまぐさい光景の中、出会いもある。
「ここは俺が食い止める! お前が部隊を率いて後退しろ!」
「た、隊長――――ッ!!!!」
 別れなければならない時もある。
「さて、今年は何人の犠牲者が出るでしょうかねぇ‥‥」
 主催はその光景を見ながら呟く。
 キミは‥‥生き残る事が出来るか!?

●分断
「しかし‥‥。今度やる話に役立つかと思って、参加したんですが、これはちょっときついかもしれませんね‥‥。それに、素でこの格好と言うのも、少し恥ずかしいですし」
 持ってきた衣装を身にまといながら、そう言う広瀬和彦。
「またそんな事を‥‥。ベテランの美形悪役俳優のセリフとも思えない言葉ですね。ファンの女の子達が泣きますよ」
 と、灰野輝史ことテルが、彼の様子を見ながら、そんな忠告を口走った。
「ふん。関係ないな」
「あ、もう入ってる」
 片目の下に傷を作ると、もう彼は『広瀬和彦』ではなく、『アーシエル』となっている。
「それに、言ってみれば果物狩りでしょう? 俺の方が不向きな仕事ですよ」
「あら、手伝う事なら、いっぱいあるじゃない。ねぇ?」
 ぼやくようにそう言ったテルに、霧島シエルがそう言う。
「また何か悪巧みを考えてるな」
「あら、いやねぇ。をほほほほほ」
 アーシエルの言葉に、高笑いをしてみせる彼女。シエルがそう笑う時は、たいてい何か含む所のある証だ。
「ああ、そう言う事ですか」
 遅れて気付いたテルが、ぽんと手を叩く。
「どう言う事だよ」
「つまりですね。他の参加者の方とチームを組んで、そのサポートと言うわけですよ」
 ただ一人わかっていない新城日明ことショウが、そう聞く。アーシエルが「鈍い奴だな」と、ツッコミを入れる中、テルがそう説明した。
「なるほど。だとしたら、俺は誰と組むかなぁ‥‥」
「ごろごろ」
 窓の外を見ながら、そう呟いた彼の二の腕あたりに、ぴとりと身体を寄せているのは、ラルラドール・レッドリバーことラッシュだ。
「さっきから、そこの子供が喉を鳴らしているぞ」
 まるで小動物だな。と、指摘を受けた通り、頬を摺り寄せている。
「ねー、ショウ兄ちゃん。僕、草間のお兄ちゃんに、お土産持ってってあげたいんだー」
「ラッシュ‥‥」
 目を潤ませて、『おねだり』する彼の姿に、ショウの心が揺れ動く。
「だから‥‥。頑張ってね、ショウ兄ちゃん♪」
「俺だけかい!」
 が! 本人は戦う気なんぞ、さらさらないらしい。思わずツッコミを入れるショウに、テルがこう言った。
「ショウだけじゃ、力不足でしょう。退魔法具、持って行ってください」
「いや、いい」
 だが、彼は、差し出されたぼんやりと光を放つ剣を見て、首を横に振った。
「え?」
「剣を使うのは邪道だ。男は黙って拳で戦うもんだ」
 怪訝そうな表情のテルに、ショウはそう答えている。
「しかし、通常の武器が聞かない事も‥‥」
「そん時は気合と根性でなんとかする!」
 きっぱりと言い切る彼に、アーシエルがこう言った。
「灰野。要らないと言っているんだ。バカは放っておけ」
「そう言うわけにもいかないでしょう」
 その言葉にぴしゃりとそう言い返し、テルは差し出した剣の形を変えて行く。
「では、これを持って行ってください」
「こいつは?」
 現れたのは、丸い‥‥見慣れた形の武器‥‥ナックル。
「退魔法具ってのは、便利なものでね。どんな形にも出来るんですよ」
「来たぞ」
 拳で戦う事を阻害しないそれを、彼が力強く頷いて受け取った直後、アーシエルが緊迫した面持ちと声で、敵の来襲を告げる。
「果物にナメられてたまるか! 俺は、挑まれた戦いには、後ろを見せたりしない!」
 ショウが、そう宣戦布告をした刹那である。
「うきゃあああっ♪」
森に、ラッシュの悲鳴が響く。
「ラッシュ!」
「うわぁぁん。お兄ちゃん達、助けてぇ〜♪」
 しかし、なぜか少し楽しそうな声である。どうも、ジェットコースターか何かと勘違いしているらしい。だが、ショウのほうは、そんな事になぞ、少しも気付かず、ぶどうのつるに巻き取られた彼を、慌てて追いかけていく。
「このぉ! ラッシュを放せ!」
「あらあら」
 その幹に、もらったばかりのナックルでもって、体重を乗せたパンチを繰り出しているショウを見ながら、シエルがのほほんと言った。
「のんびり見ている場合じゃないでしょう!」
「判ってますわ! 行きますわよ!」
 その彼女は、テルに言われ、転がっていたラッシュのくまさんリュックから、あるものを引っ張り出す。
「ッて、シエル?」
「おい、そんなものを持って何するつもりだ?」
 ふふふ‥‥と、怖い笑みを浮かべながら、彼女はその金属バットを振り上げる。
 そして。
「この由緒正しい『粉砕バット』で‥‥こうするのよっ!」
 すっかこーんっと、ホームランな音がして、飛んで来たぶどうの実を打ち返す彼女。
「おわぁぁぁっ!」
「きゃーんっ♪」
 お約束どおり、衝撃によってちゅっどーんと爆発したそれに、ショウとラッシュが思わず悲鳴を上げる。
「貴様! 死にたいのか!?」
 実自体が小さかった為、そう大した被害は無かったが、心なしかすすけてしまった姿のまま、アーシエルがそう叫ぶ。
「だって、衝撃を与えると爆発するなんて、思わなかったんですもの♪」
 悪びれないシエル。
「絶っっ対知ってたな‥‥」
「ぼくもそう思う‥‥」
 その姿に、ショウもラッシュも同意見のようだ。
「うーん。この調子じゃあ、襲ってくるフルーツ達に、私の『声』は通用しなさそうねぇ」
 おそらく、忠告や説教なんぞ、カケラも聞いちゃあいないだろう。その様子のまま、彼女は考える素振りを見せている。
「待て、何をするつもりだ?」
「ふふふ‥‥。広瀬さんと行った縁日で鍛えた腕前を見せてあげるわ。一本で金魚20匹すくった腕は、伊達じゃあなくってよ」
 そう言って、彼女がどこからか取り出したのは、巨大な金魚すくい用の網。
「ちょっと待て! まだラッシュがぶどうに捕まってるんだぞ?! つーか、そのポイどっから出した!」
 あわてるショウ。と、その疑問には、テルが「ああ、それは俺が出したんです」と簡潔に答え、妙に達観した表情のアーシエル「余計なまねをしてくれる‥‥」なんぞと、心にもない事を言っている。
「ぶつぶつ言ってないで、止めろー!」
 騒ぐ彼をよそに、シエルの性格を正しく把握している野郎どもは、「無駄だな」だの、「そうですね」だの、きっぱりと『止めても聞かない』事を宣言している。
 そして。
「必殺、金魚すくいアタァァァックッッ!」
 ぶどうの実を、それで掬い取るようにはるか彼方へと放り投げる彼女。ところが、その先には、炸薬だらけの秋茄子畑。
「しまった! 伏せろッ!!」
 いち早くそれに気付いたアーシエルが、それと同時に、すぐ脇にいたテルを、やや強引に地面に引き倒す。
「うわぁぁぁぁっ」
「どわぁぁぁぁっ」
「きゃぁぁぁいっ」
「ちょっと待てぇぇぇっ」
 しかし、そんなもので防ぎきれるわけは無く、着弾した衝撃で、大空へ舞う野郎ども。
「あらあら、四人とも吹き飛んでしまいましたわねぇ」
「しゃげぇぇぇ」
 自らが引き起こした惨事に、まるで責任なんぞ感じていないシエルに、ツッコミを入れるかのように、今度は柿が牙をむく。
「どうやら、まだまだ元気みたいだね」
「あなたは?」
 と、そこへ乱入してきたもう一人の参加者が、そう言った。
「ボクは、このバトルの斬り込み隊長を努めさせてもらう水野想司さ! さぁ、君もあの美しい別邸を目指して、戦おうじゃないか!」
「私は謹んで後ろからあまり激しくない声援を贈らせていただきますわ♪」
自己紹介しながら、離れの方向をびしりとさす彼に、やんわりと断りのご挨拶を入れるシエル。
「そんな事言わないで。ほらっ、そこの山崎君だって、やる気満々だし♪」
「そうは見えないけど」
 想司に言われ、視線を向けた先では、果樹園を見つめ、吼える山崎竜水の姿があった。
「く‥‥っ。これは下天の夢か‥‥。夢屋‥‥もとい、夢だと言ってくれぇぇッ!!」
「何言ってんだよ。これは現実! まごう事なき真実の物語りさっ!」
 彼の言葉に、そう止めを刺す想司。
「ううっ。メロンに苺‥‥。俺が‥‥俺が悪かったと言うのか‥‥ッ。お前たちに黙って、肥料に鶏ふんを加えたのが‥‥そんなに嫌だったのかッ!!」
 滂沱の涙を流しながら、そう叫ぶ竜水。
「しゃげぇぇぇっ」
と、水を向けられた果物達が、『そうだ』と言わんばかりに、牙を向けた。
「その通りッ! きっと果物達は、君と戦う事を望んでいるんだ!」
「そ、そうだったのか‥‥っ!!」
 無責任に煽る想司に、まるでたった今気付いたかのように、顔を上げる竜水。
「そうさ! さぁ、僕が援護してあげるよっ!」
「く‥‥っ。正直言って、手塩にかけて育ててきた娘同様のお前たちに、刃を向けたくはない‥‥ッ」
 それでも首を横に振る彼に、想司はこう言った。
「何を言ってるんだ! あの暴走する果物達を止められるのは、君だけ何だよっ!」
「ああそうだッ! 俺は戦わなければならないっ! そんな事はわかっている!!」
 その言葉に、竜水はくわぁぁっと目をかっ開き、鍬をちゃきっと抜き放って、彼はこう叫ぶ。
「そう! あの平和な日々を再び取り戻す為に!」
「判っている! 娘達の笑顔を、俺の腕に取り戻す為に! ただその為にッ! 俺は戦うッ!!」
 鍬を背に戻す彼。と、想司がこう煽り立てる。
「それでこそ真の勇者!」
「友よッ! お前たちの残したこのラグビーボールのごとき、巨大手榴弾を胸に、お前たちが待つ敵地を一直線にひた走り‥‥トライ! それで終わりよっ!」
 その手には、ラッシュのくまちゃんリュックからこぼれ落ちた爆弾があった。
「その意気だよ、山崎くんっ!」
「お前の心、うれしいが止めてくれるな、水野!」
 爆弾を抱え、そう言う竜水。その姿に、シエルは何か勘違いしてるわ‥‥と思ったが、面白そうなので、とりあえず黙って見ている事にした。
「止めやしないよ! 否! 僕も共に戦うッ!」
「おおっ。そうかっ! わかってくれるか! 心の友よ!」
 どうやら、『友』から『心の友』に進化したらしい。
「さぁっ! 勇者達よ☆ 僕に続いてっ♪ 真の最強の称号を得る為に☆ 新たな伝説を生むためにっ!!」
「うぉぉぉぉぉぉッ! 愛を‥‥愛を取り戻せぇぇぇぇぇっ!!!」
 想司の声に応え、果物達の中に突撃して行く二人。
 ところが。
「ちょっと! そんなところで爆弾ばら撒かないでよ‥‥ね!」
 一部始終を見守っていたシエルが、巻き込まれてはたまらないと、先の四人と同じ様に、金魚すくいのポイでもって、森の中に投棄する。
「のわぁぁぁっ! 娘達よぉぉぉぉ!」
「わが生涯に一遍の意味なぁぁぁしっ!!」
 ちゅっどぉぉぉぉんっ! と、派手な爆発音を響かせて玉砕する二人。
「全く‥‥。なんで私、こんな暑苦しい男の戦いに巻き込まれているのかしら‥‥」
 自分が誘い出した事を棚に上げて、ぶつぶつとそう言うシエル。
「まぁいいわ。私は私でやる事はあるしね」
 だが、すぐにそう呟いて、思考を切り替える彼女。
「ふふふ‥‥。あの主催者、ちょっとばかり素敵じゃないの。ま、何者かわからないけど‥‥ね」
 直後、意味ありげな笑みを浮かべながら、シエルは、果樹園へ向かわず、屋敷の中へと戻って行くのだった‥‥。

●桃の園の中で
 さて、シエルの横暴によって、吹っ飛ばされた野郎四人のうち、テルは桃の木の群生地に放り込まれていた‥‥。
「参りましたねぇ。分断されてしまったようです」
 それでもその身に敵を寄せ付けないよう、結界を張りながら、そう呟く。
「皆さん無事ですかね‥‥」
 辺りを見回す彼だったが、周囲にあるのは、牙をむく木々のみ。
「っと。こんな所で、油を売っている場合じゃあないようですね!」
 その一つから、酸の液を吐きかけられ、慌てて飛びのくテル。
「く‥‥っ。さすがに一人では、限界がありますか‥‥」
 だいぶ、結界の効力が落ちているようだ。いつもなら、充分しのげる筈の攻撃の筈。だが今は、かけられた飛沫で、二の腕に赤い跡をつけている。
「冗談じゃありませんよ。果物にたかり殺されたなんて、姉さん達に申し訳できません!」
 休息所として指定された小屋まではもうすぐだ。討って出ようと覚悟を決めた、その時だった。
「何‥‥?」
 進行方向の木々が、なぎ倒される。
「だいぶ苦戦しているようだな‥‥」
「広瀬‥‥いや、アーシエル‥‥」
 その闇の向こうから現れたのは、アーシエル。と、彼は皮肉っぽい調子で、こう言った。
「さすがのドルイド殿もこれだけの相手をするのは、難しいか?」
「この足さえ無事なら、どうと言う事も無いんですが」
 テルが、自らの足を指し示しながら、そうやり返す。視線を落とすと、そこには果物達にかじられたのか、どくどくと血が滲んでいた。
「グルルルルル‥‥」
「おっと。お喋りしている場合ではなかったか‥‥」
 その二人に、みかんの木が実から酸の液を滴らせながら、迫ってくる。と、アーシエルは、テルを後ろに庇う形で立ちはだかると、そう言った。
「アーシエル! 一人でどうするつもりですか!」
「ふっ。果物風情が、この私に牙をむくとはな‥‥。貴様ら程度では、私に傷をつける事なぞできんぞ」
 剣を構える彼。
「しゃげぇぇ!」
 その彼に、みかんが鋭い枝をしならせて、一撃を食らわせようとする。
「アーシエル!」
「自我があると言うのなら、この技、その身に刻み付けるがいい!」
 テルが、心配げに叫ぶ中、彼は構えた剣を、斜めに振り下ろす。
「ソニックスラッシュ!!」
 巻き起こされた風圧で、みかんの木が根元から切り倒される。
「すごい‥‥。これがアーシエルの力‥‥」
「ふん。この程度で私を止めようと言うのか。片腹痛いな」
 感嘆の声を上げるテルの前で、倒れた木を見下ろしながら、そう言い放つアーシエル。
「借りが出来ちゃいましたね」
「ここからなら、奴の言っていた小屋も近いだろう。さっさとついてこい。死にたくなければな」
 申し訳なさそうにそう言うテルに、彼はそう言いながら、ふいっと背中を見せる。
「そうしたいのは山々なんですが、この足でどうしろと?」
「仕方が無いな」
 だが、テルにそう言われ、仕方なさそうにアーシエルは肩を貸していた。
「随分とお優しい‥‥。だれぞ、影響でも受けましたか?」
「黙って歩け。置いて行くぞ」
 素直に感想を述べただけのつもりだったが、気に触ったらしい。彼の場合、本当に置き去りにしかねなにので、テルは素直に
「はいはい」と、従うのだった‥‥。

●解かれた結界
「手慣れてますね‥‥」
「仕事柄、怪我は絶えなかったからな‥‥」
 十数分後、小屋の一つで、テルはアーシエルから、傷の手当てを受けていた。
「気をつけないと、ファンの女の子が泣きますよ」
「別に、自分がどうにかなるような真似はしていない‥‥」
 そう言ったテルの言葉に、ぼそりとつぶやくアーシエル。
「ああ、ショウのほうですか。よく怪我しているのは」
「‥‥終わったぞ」
 からかうようなテルの言葉だったが、彼は答えない。
「ありがとうございます。ついでですから、休んで行きましょうか。もう、日も暮れて来ましたし」
「そうだな」
 夜通し歩くのは、リスクが伴う。それ以前に、テルがこの調子では、果物達に襲われてしまうのがオチだ。
「それにしても‥‥他の面々は、今頃どうしているのか‥‥」
「全員、殺しても死にそうに無い方々ですから、安心して良いと思いますよ」
 でなければ、このゲームに招かれたりはしない。アーシエルの言葉に、そう続けるテル。
「心配なんですか?」
「別に」
 短くそう言った彼の頬をつつくなんぞと言う暴挙をやらかしながら、テルはこう言った。
「ふふっ。顔に書いてありますよ」
「怪我人のくせに元気だな」
 睨んでくるアーシエルに、「おー怖い」と言って、首をすくめながら、おどけてみせる彼。
 その日の深夜の事である。
「う‥‥ん‥‥」
 となりで苦しげに呻くテルに、アーシエルは寝付かれず、その身を起こしていた。
「おい、大丈夫か?」
「あ‥‥? すみません‥‥。ちょっと寒くて‥‥」
 ぞくりと両肩を抱え、身をすくませるテルの姿に、彼は黙って額に触れる。
「やわだな」
 かなり熱があった。おそらく、傷で熱を持ってしまったのだろう。
「無理のし通しでしたからね‥‥」
 普段なら、この程度の傷で、どうにかなるものでもないのですが。と続けるテル。
 と、その時だった。
「今、物音がしませんでした?」
「貴様も聞こえたようだな‥‥」
 風に揺れる木々にも似た音。だが、この場所では、それは全て敵とみなしても過言ではない。
「そこかっ!」
 天井裏から進入してきたそれを、アーシエルがそう言いながら、自身の剣でたたっ切っている。
「これは‥‥」
 うねうねとうごめくその枝は、すぐにみかんの小枝へと変わり、動かなくなる。
「ここは結界が張られているはずじゃなかったのか?」
「俺の能力の副作用‥‥。いえ、おそらく主催が物足りなさを感じて、結界を解いたと言った所ですか‥‥」
 アーシエルの問いに、そう答えるテル。気が付けば、窓のすぐ側まで、外の木々の枝が迫っていた。
「ゆっくり寝かせてもくれんと言う訳か‥‥はっ!」
 窓を割り、扉を壊して侵入してきたそれを、アーシエルがぼやきながら、剣一本で防いでいる。
「えぇい、キリがない‥‥」
 だが、次から次へと現れる枝。ほぼ無尽蔵とも思える攻撃の手は、疲れを知らず、痛みも知らない。故に、緩まる事もない。
「危ないッ!」
 その一つが、実を飛ばしてくる。振り返ったアーシエルが剣で防ごうとするが、牙をむいているのは、強烈な酸を持つみかんだ。
「灰野ッ!」
「これで借りは返しましたよ?」
 とっさに、結界でそれを防ぎながら、そう言ってニヤリと笑う彼。
「ふん。その前にこいつらを何とかするぞ」
「ええ」
 礼なぞ言わない。言葉を交わさなくとも、その心はわかる。
「ふぅ‥‥。これで、このあたりはあらかた片付いたようですね‥‥」
「そうだな‥‥」
 ややあって、夜中の侵入者をあらかた倒し終わった後、テルはこう言った。
「また襲われると困りますしね。新しい結界を張っておきましょう」
「頼む」
 アーシエルの言葉に、彼は頷いて、すぐさま印を結ぶ。
「これで半日は保つ筈‥‥」
 結界を張り終わり、ほっと安堵の息を漏らす彼。だが、気が抜けた刹那、その身体が、ぐらりと揺れた。
「‥‥っと」
 倒れ込んだテルを支えるアーシエル。
「すみません‥‥」
 そう言ったものの、なかなか動けない。
「酷い熱だな‥‥」
「頭の中、ぼーっとしてますよ‥‥」
 吐息が熱い。顔色の悪い彼を、アーシエルはそのまま、座らせる。
「無理をするな。ずっと戦い詰めで、その上、足までやられてるんだ。少しは休め」
「ええ‥‥」
 そのまま崩れるように、横になるテル。だが、アーシエルにマントをかけられて、その口元がほころぶ。
「何がおかしい」
「いえ‥‥。役になりきっていても、人の良さは変わらないんですね」
 世話好きなところも。
「バカ言ってないで、早く寝ろ!」
 ふいっとそっぽを向きながら、そう怒鳴るアーシエル。
「鈍いところも相変わらずですか‥‥」
 その彼に、どこか寂しげな表情を見せながら、テルはそう言った。
「なに‥‥?」
 聞きとがめたアーシエルに、彼はこう言う。
「俺の霊気の手っ取り早い回復方法、知ってます? 誰かから霊気を分けてもらう事なんですよ」
「簡単に言うが、そんな事が可能なのか?」
 問い返した彼に、テルはそう言って、アーシエルの指先に、己のそれをからませる。
「ええ。アーシエルが協力してくれるなら‥‥ね」
 そのまま、引き倒す彼。
「おいっ!」
 文句を言おうとした彼に、テルはこう言った。
「確か‥‥『アーシエル』は、過去、女性関係で酷い目に合って‥‥女嫌い‥‥でしたよね‥‥?」
「それは‥‥」
 確かに、そう言う設定はある。だが、だからと言って、襲われる理由にはならない。
「俺は力を補充し‥‥。あなたは自分の役作りの為になる‥‥。いいじゃないですか? それで‥‥」
「く‥‥」
 そう言ってテルは、甘えるように擦り寄ってくる。
「それに‥‥寒いんです。暖めてくださいよ。怪我人が苦しんでいるのに、放っておくんですか?」
 求めるような、切ないような表情。
「‥‥わかった。好きにしろ」
 しばしの沈黙の後、アーシエルは、そう答える。
「そんな顔しなくても、シエルさんには黙っていて上げますよ‥‥」
「あいつは関係ない‥‥」
 少なくとも、今は。今だけは。
「本当に強情な人ですね‥‥。ま、そこがいいのですけど」
「ふ‥‥」
 と、アーシエルはこれ以上余計な事を言われたくないのか、黙れと言わんばかりに、自らその唇を明け渡すのだった‥‥。

●ゲームの終わり
 翌日。
「やっと合流できたか‥‥」
「まったく‥‥。酷い目に合ったぜ」
 ようやく四人揃った中で、アーシエルとショウがそう言った。
「おやおや。随分とご機嫌斜めですね、ショウ」
「頭ががんがんする」
 夕べ、何かあったらしく、二日酔いの症状そのままで、テルの言葉に答えるショウ。
「輝お兄ちゃんは、すっごくご機嫌そうだね」
 逆に、ラッシュはとてもご機嫌そうだ。
「その包帯‥‥。どっか怪我したのか?」
「大丈夫です。アーシエルが『協力』してくれましたから」
 テルもまた、足を怪我している割には、鼻歌でも歌わんばかりに上機嫌である。
「灰野。余計な事はしゃべるな」
「はいはい。ま、そう言う事です」
 やっぱりこちらも、夕べ何かあったらしい。
「見えてきたぞ。別宅って言うのは、あれだな」
 そのはるか彼方に、ゴールとも言うべき白い建物が見えた。本宅と同様だが、かなり小ぶりのそれに、アーシエルがそう言う。
 ところが。
「アーシエル! あそこ!」
 ショウがそのバルコニーを指差した。
「シエル‥‥」
 そこには、鳥かごに閉じ込めらた小鳥のごとく、頑丈そうな錠前で仕切られた部屋で、こちらを見つめるシエルの姿があった。
「助けてー‥‥」
 声なぞ聞こえない。だが、口元は明らかにそう言っている。
「まだ‥‥まだ怒っていると言うのか!? 娘達よ!」
 そして、その手前には、ころがされた竜水と、想司の姿もあった。
「山崎さんに水野さんもか‥‥」
「特攻して、そのまま捕まっちゃったみたいだね」
 ショウの言葉に、妙に冷静な声で、そう言うラッシュ。
「しゃげぇぇぇぇぇっ!!」
 その前に、まるで妨害をするかのように、果樹園の木々が立ちはだかる。
「く‥‥ここまできて‥‥!」
 捕らわれた人を助ける事さえ出来ずに。
「お得意のアストラルパワーで何とかなんねぇのかよ!」
「結界の維持で手一杯です!」
 襲い掛かる蔓と格闘しながら、ショウがそう叫ぶが、アッシャーも足の痛みに耐えながら、飛んでくる実から守るために必死だ。
「他人に頼ってないで、自分で何とかしろ!」
 怒鳴り返すアーシエル。
「きゃ〜♪」
「あああっ。またラッシュが! ‥‥のやろぅっ!」
 そんな中、再びぶどうの蔓につるし上げられるラッシュ。だが、今度はぐるぐる巻きに去れる前に、蔓を引きちぎるショウ。
「あたっ。もう、気をつけてよ。ショウ兄ちゃん」
「しゃべってる場合か! 来るぞ!」
 しりもちをついたラッシュが文句を言うが、ショウは聞く耳を持っていないようだ。
「うわぁっ!」
 一番弱い存在と見られたか、ころんと弾き飛ばされる。
「やべぇ!」
 そこへ、振り下ろされる太い枝。食らえば、人たまりもない。とっさに、己の身体を割り込ませるショウ。
「「ショウ!」」
 アーシエルとテルの表情が凍りつく。
「あっ。ショウ兄ちゃん!?」
「ラッシュ‥‥。無事か‥‥?」
 一番驚いたのは、庇われたラッシュだろう。恐る恐る手を伸ばすと、ショウはそう言って無事を確認しようとする。
「うん。ボクは平気だよ‥‥」
「そっか。ならいい」
 そのまま、起き上がろうとするが、なかなか、上手くいかない。その下から、するりと抜け出し、ラッシュは泥に塗れた己の服をはたきながら、正面の木々を見据える。
「あいつ‥‥」
「ラッシュ‥‥?」
 雰囲気の変わった事に、いぶかしむショウ。
「金髪のお兄ちゃん‥‥。僕を怒らせちゃったみたいだね‥‥」
 静かに、そう言って。
「しゃげぇぇっ!!」
「邪魔だよっ!」
 向かってきたぶどうの木に、そう叫びざま、リュックから出した手榴弾をお見舞いするラッシュ。
「お前‥‥それどっから出した‥‥」
「つーか、持ってたんなら、早く使えよ‥‥」
 ようやく起き上がったショウが、ぶつぶつと言うが、そんな人間様の都合など、敵さんはおかまいなしだ。
「ラッシュ! 右!」
「えぇいっ!」
 だが、ふりかえった彼の一撃は、その枝を軽々と砕く。
「なんてパワーだ‥‥」
 太さは、ラッシュの首周りほどもあった枝。それを砕くとなると、相当の怪力だろう。
「やれやれ、やっと自由の身になれた♪ さぁ! 今の家に彼女を助けてっ♪」
 暴れたラッシュの功績で、ようやく解き放たれた想司が、全く懲りていない様子で、楽しげにそう言う。
「しゃげぇぇぇっっ!!」
「娘達は俺が抑える! だから早く!」
 その彼を黙らせようとした柿の木は、竜水がその腕で押さえていた。
「わかった。行くぞ!」
「おう!」
 アーシエルの言葉に、答えるショウ。
「灰野! 剣に力を!」
「はいっ」
 その彼の力を引き出すように、テルが言霊を紡ぐ。
「異界に眠りし力よ。その門を開きて、かの君の力となれ‥‥」
 彼が印を結ぶと、洗われるは青白き刃。
「負けてられるか! ラッシュ、あれを頼む!」
「うんっ!」
 リュックから出され、投げ渡されたもの。きらめくそれを天高くかざし、ショウは声高らかにこう叫ぶ
「変身!!」
「なにっ!?」
 光に包まれるショウ。その光が収まったとき、彼の身体は、彼が出演している特撮番組の主人公と同化する。
「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ‥‥悪を倒せと俺を呼ぶ! 気甲闘士・ハーティガン!!」
 びしりと決まったポーズ。マスクの下で、ショウはこう叫ぶ。
「ラッシュ! 頼むぞ!」
「行くよ! ハーティガン!!」
 その言葉に、彼がその怪力で持って、ハーティガンを天空高く放り投げる。
「アーシエル! 今です! 彼に合わせてください!」
「貴様に言われずとも、己の役目はわきまえている!」
 テルの言葉に、そう叫び返すアーシエル。
「ああ、これぞ正義と友情の!」
 ノリノリでそう実況を入れる想司。
 そして。
「ハイパー・ホーク・ダイバー!!」
「With the ソニック・スラッシュ!!」
 二人の技が、ボスと思しき一番大きなリンゴの木の幹を直撃する。
「しゃぎぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
 断末魔の悲鳴を上げて、砕け散るリンゴ。
「勝った‥‥のか?」
「どうやらそのようですね」
 ショウの姿へと戻った彼に、テルがそう答えている。
「アーシエルは?」
「シエルお姉ちゃん助けてる」
 ラッシュの言葉に、シエルがいた方を見ると、衝撃で壊れた錠前を剣で叩き切り、取り除いているアーシエルの姿があった。
「いつまでへたり込んでいる。どうせ、怪我なんかしておらんだろうが」
「あははは。バレちゃった?」
 軽く言うシエルに、「当たり前だ!」と怒鳴る彼。と、彼女はきゃあきゃあ黄色い悲鳴を上げながら、こんな事を言う。
「それにしても、ナマで変身シーンが見られるなんて、役得ね〜♪ あ、ところで、他の二人は?」
 一緒につかまってたはずでしょう? と尋ねられ、彼らのいた方向を見る。
「はらひれほれはれ〜」
「うーんうーん。カトリーヌ、マグダレーナ‥‥」
 と、そこには技の衝撃に巻き込まれ、目を回す想司と竜水の姿があった。おそらく、竜水の呟いている女性名は、彼の育てている果物の名前なのだろう。
「あーあ。情けないわね。果物さんたちも大人しくなったみたいだし、そこに地下道があるから、それ使って帰りましょ」
 ボスを倒したせいか、それともゴールまでたどり着いた為か、もう果物達は襲っては来ない。
「シエル、いつの間にそんなものを見つけたんだろう‥‥」
「をーほほほほほ」
 ラッシュの疑問に、そう高笑いするシエル。やはり、何か『悪巧み』をしていたらしい。
「全く。なんだったんでしょうね。今回の事件は‥‥」
「さぁな。ともかく、無事に脱出できたんだから、良いんじゃないか?」
 テルの言葉に、ショウがそう言い、アーシエル「そうだな」と呟いている。
「お兄ちゃん達―! 早く早くー!」
 その彼らを、ラッシュが元の子供らしさを取り戻しながら、そう言って呼んだ。
「子供はいつでも元気ですね」
「あいつはそれくらいがちょうどいい」
「ふふ、違いない」
 夕日が沈む中、それぞれ穏やかな表情を浮かべる三人。
 彼らが、家路についたのは、それからまもなくの事である‥‥。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0973 / 広瀬・和彦 / 男 / 26 / 世話好き特撮俳優】
【0996 / 灰野・輝史 / 男 / 23 / 霊能ボディガード】

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■         ライター通信          ■
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 遅くなりまして申し訳ありませぬ。やっと書きあがりました。