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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


吸血鬼

 **オープニング**

 都市伝説や怪談を扱う、あるHP。
 掲示板には意味不明な依頼分が多数書き込まれ、時折「了」の文字が追加される。
 そして今日もまた、一つの書き込みがあった。

 小さく首に付いた、二つの跡。
 血の気の引いた表情。
 朝に寝て、夜に起きる毎日。
 単なる夜遊びに怪我とも思える状態。
 だが両親がここに書き込んだ理由は、娘が持っていた一枚のメモ用紙。
 「警察も医者も必要ない。娘の命が惜しければ、手出しはするな」
 血で書かれたと思われる、歪んだ文字。
 末尾に記された、意味不明な刻印。
 今も娘は夜になると家を抜け出し、朝になるとベッドへ収まっている。 
 首の跡に、血をこびりつかせて。
 警察には持ち込めない。 
 いや、仮に持ち込んだとしてどうなるのか。

 報酬は微々たる物。
 危険もつきまとうだろう。
 無論、この出来事に関わる必要はない。
 他人のために己が命を懸ける理由など、この世にはまず無いのだから……。



 中年女性に続き、二階にある寝室へと向かう村上涼。
 ベッドに横たわる、生気の失せた少女。
 首筋に見える、赤い筋。
 涼はその跡を見たまま、中年女性に話しかけた。
「彼女は、ずっとこの調子ですか?」
「ええ。ただ先程見えた方が仰るには、今日中にどうにかして下さるとか」
 軽く頷き、涼は断りを入れて室内を簡単に物色した。
「お小遣いは、たくさん上げてる方ですか?」
「い、いえ。娘がこうなってから、突然物が増え始めまして」
「吸血鬼っていうのは、随分気前が良いのね」
 ブランド品が中心のバッグや服。
 それも若者向けと言うよりは、大人びたデザインが多い。
「私は荒事には向かないけど、頑張ってみます。それで、その名刺はまだありますか」
「ええ」
 差し出される黒い名刺。
 涼は小さく頷き、生気のない少女の頬をそっと撫でた。
「大丈夫。化け物だろうが何だろうが、普通の暮らしを取り戻して見せますよ。この世の中は、人間の物なんだから」

繁華街から少し外れた、路地の奥。
 道や建物は汚れていないが、独特の薄暗さは否めない。
 朽ちかけた木の看板。
 それと名刺を交互に確かめ、店内に入ろうとするアレフ。
「何してるの」
「お前は」
「キミと同じ、ご両親の依頼を受けた者。ここがどこだけ知っる?」
「彼女がよく立ち寄った店だろう」
 聞くまでもないと言う顔。
 白のシャツにジーンズというラフな出で立ちの涼は軽く頷き、彼女の顔を指差した。
 銀髪で金色の瞳。
 スーツを着こなす、男装の麗人を。
「その外見で、簡単に話を聞けると思ってる?」
「何か、変か」
「……自覚無しね。ここは私に任せて、あなたは周りに注意してて」
「それは助かる」
 皮肉っぽくではなく、素直な表情で答えるアレフ。
 涼は彼女を横目で眺め、慎重に口を開いた。
「キミって、見た目の割には妙に落ち着いてるわね」
「お前は、落ち着きが無さそうだな」
「悪かったわね」
 挑発と言う程でもない台詞に乗る涼。
 アレフはそれを気にもせず、気味の悪い店の外観を見上げた。
「よく分からないが、こんな場所で商売が成り立つのか」
「普通は無理よ。でもこの店だったら、この場所の方が良いの」
「色々と詳しいようだな」
「あなた、どこかのお嬢様?とにかく交渉は私に任せて頂戴」
 
 微かに漂う、甘い香の匂い。
 小さく掛かる葬送曲。
 棚やテーブルには、人形や文字の書かれた紙や棒が陳列されている。
 アレフは血が付いたしゃれこうべに視線を注ぎ、首を傾げた。
「何だ、これは」
 心からの疑問という声。
 涼は鼻を鳴らし、それを指ではじいた。
「意味なんて無いわよ。要は、不気味ならなんでもいいの」
 見つめ合う二人。
 先に、アレフの方が折れる。
「大体この店内に置いてある物は、効き目があるのか」
「効き目って。呪いの?」
 何を聞くんだという顔。
 しかし彼女の表情が真剣なのを見て、声をひそめる。
「昔ヨーロッパで起きた、魔女狩りって知ってる?魔術を使うとされた人達が殺されたのを」
「ああ」
 低く、重々しい声で呟くアレフ。
 涼は気圧されたように頷き、話を続けた。
「時代が変わっても、人間が変わった訳じゃない。つまり今でも、もし魔術を使えるなんて人がいたら同じ目に遭うわ」
「なる程。ここにあるのは、全部紛い物という訳か」
 薄い微笑み。
 アレフはスラックスに片手を入れ、若い女性で賑わう店内を見渡した。
「それにしては、随分客が入ってるな」
「面と向かって人を殴れなくても、呪った気になれば少しは気分が楽になる。言ってみれば、呪いセラピーね」
 今度は涼が笑い、ディフォルメされたわら人形を指でつつく。

「こういう女性を知ってる」
 ベッドで寝ていた少女の写真を取り出す涼。
 おそらくは元気な時の、明るい表情の彼女の写真を。
 エプロンをした若い女性店員は、すぐに頷いた。
 多少、ぎこちなく。
「……覚えてますよ。結構通ってきてましたから」
「ました」
「最近見かけないんです。おかしな事に巻き込まれたんじゃないかって、お客さんは噂してるんですけど」
 さらに声をひそめる女性。
 彼女の視線は、店内の隅にあるカウンターへ視線を向けられる。
「止めた方がいいですよ。カルト絡みって聞いてるから」
「カルタの間違いじゃないのか」
「何、それ……。要は、普通じゃない連中って事」
「だったら、私が何をしても構わないな」
 低い声で尋ねるアレフ。
 涼は彼女を横目で眺め、小首を傾げた。
「するのは勝手だけど。キミって、格闘技でも習ってるの?」
「たしなみ程度には」

「……若い女性を探してるって聞いたんだけど」
 カウンターに肘を付き、甘く微笑む涼。
 軽さではなく、ゆとりと鋭さを込めて。
 黒づくめの服に黒いキャップを被った若い男は、目を細めて彼女を見上げた。
「私じゃ駄目?一応、そちらの望む条件は揃えてるわよ。年齢は、この際大目に見てね」
「何の話です」
 素っ気ない返事。
 涼はもう一度微笑み、例のメモ書きを取り出した。
「わざわざ本人を自宅へ帰すくらいだから、結構大がかりな組織なんでしょ。色んな意味で」
「何者だ、お前」
「あなた達みたいな馬鹿が許せないだけよ。それとも本当に吸血鬼って言う気?」
 脇腹に突き付けられようとしたナイフを、手の平で抑えるアレフ。
 どういう力が働いたのか、男の方が後ろへ下がる。
 穴が開くはずだった脇腹を、唖然として見つめる涼。
 少しだけ笑ったアレフは、そんな彼女を促すように視線を向けた。
「わ、分かってる。ここでスカウトした女の子は、どこに連れて行くの」
 声を詰まらせ、しかしどうにか話し出す男。
 涼は情報端末にデータを取り、店を出て行くアレフに追いすがった。

「い、今のはどうやったの。て、手の怪我は」
「怪我はない。それに、知りたいなら教えてやってもいいが」 
 輝きを増す金の瞳。
 銀の髪が腰の辺りから浮き上がり、淡い光を辺りに散らす。
「……超能力って感じでもないし。言葉遣いから見て、私より年上じゃないの?世慣れないのは、結構最近目が覚めたとか」
「鋭いな。とにかく、今みたいな事は、私に任せておけばいい」
「一つ聞くけど、この相手は人間なんでしょうね」
「おかしな化け物より、人間の方が余程怖いと思うが」

 オフィス街の中心にある高層ビル。 
 今は全ての入り口が閉じられ、高度なセキュリティシステムが外部からの進入を阻んでいる。 
 地下駐車場の入り口。
 コンソールへカードを近付ける、高級外車に乗った男性。
 駐車場のガレージが上がり、車はその中へ吸い込まれる。
 ライトを消したままで。
 その後ろに続く、暗い二つの人影。
 赤外線カメラには、単なる車の影としか判別出来ないだろう。

 一見高級クラブ風の内装。 
 暗い間接照明。
 かろうじて、同じテーブルにいる相手が見える程度の。
 甘い匂いも気にならないのか、紳士淑女は薄い微笑みを浮かべてグラスを傾けている。
「君、換えを」
「換え、とは」
「新人かね」
「お前よりは、年上だがな」
 テーブルに叩き付けられる、屈強そうな大男。
 アレフは手を払い、一斉に身を引いた男女へ視線を注いだ。
 その前に、涼が嫌悪を露わにしながら進み出る。
「ここから取ったら」
「な、何」
「それとも、若い女にしか興味はないの?」

 広いホールの正面。
 一段高くなった壇上。
 そこにスポットライトが辺り、黒いマントを翻した男が登場する。
 片手には、生気の失せた若い女性。
 もう片手には、細い短剣を。
 辺りから一斉に上がる歓声。 
 女性の首へ、黒マントの男がナイフを突き立てたのと同時に。

 だがそれは、叫び声によって妨げられる。
 正確には、アレフ達の行動によって。
 壇上からテーブルへと移る視線。
「上流社会の秘密クラブって事ね」
「なんだ、それは」
「お金も地位も名誉もある。何もあり過ぎて、面白くない。だったら、普通とは違う事をしてみたくなるのよ」
「なる程。貴族の道楽という奴か」
 ホールの中央に置かれた、白い粉の山。
 甘い香りは、各排気口から流れているらしい。
 居合わせている人間の反応からして、ダウナー系のドラッグだろう。
「生き血をすするつもりじゃない?私達の依頼者も、きっとここに来てたと思う」
 各テーブルに付く、生気の失せた若い女性。 
 首筋には、傷付けられたばかりの跡が付いている。
 黒づくめの服。
 ドラッグ。
 壁に飾られた、異様な柄のタペストリー。
 そして、若い女性の生き血。
「昔も今も変わらぬな。愚かな人間のする事は」
 
「馬鹿騒ぎはここまでよ。映像も音声も抑えてあるから、逆らおうなんてしない事ね。当然データは、とっくに転送してあるから」
「だ、誰だ、お前達は。警察程度が」
「案ずるな、狗ではない。さて、次はどうする」
「あなたの出番。危ないと思ったら、すぐに逃げてよ」
 即座にアレフを取り囲む、屈強な男達。 
 警棒状のスタンガンが、容赦なくその体に振り下ろされる。
 一閃。
 真円を描いた大剣は、警棒を両断して腰にためられた。
 鈍く輝く、大振りの剣。
 淡い光を散らす、銀の髪。
 夜の宴に降り立たつ、男装の麗人。
 
 時代、年齢、身分。
 それらを越えた部分にある、人が人である故の恐怖。
 権力や財力など、全く無意味な世界。
 今まで自分達が行ってきた、座興としての儀式とは違う。
 真の闇がそこに現れた。

 堰を切ったように逃げ出す男女。
 客だけではなく、ホスト側の者達も。
「お前は逃げないのか」
 閑散とするホール内。
 規則正しい足取りで歩くアレフ。
 その行く手には壇上があり、黒マントの男一人だけが立ち尽くしている。
「……貴様、何者だ」
「子供をさらうような下衆には理解出来ない存在だ」
「この儀式の意味も分からずに、何を」
「処女の生き血などに、何の意味もない。単なる、嗜好の問題だ」
 一刀の元に切り捨てるアレフ。
 男は眉をひそめ、慎重に彼女との距離を取った。
「貴様。本物か」
「さて。何をしてそう差すかは難しいが」
 薄い微笑み。
 涼は目を細め、アレフの後ろから声を掛けた。
「大人しく警察に出頭しなさい。あなたがさらった子供達は、私達でどうにかするから。ここの客の力を使えば、彼女達の経歴が傷付く事もないだろうし」
「人が良いな、随分。しかし、俺をただの人間と思うなよ」
 噛みしめられる口元。
 一瞬細くなる瞳孔。
 息が荒くなり、腰が床の辺りまで落ちる。
「……なる程。薬で、獣にでもなったつもりか」
「俺は、人間じゃない」
 
 鋭い、空を裂くような出足。
 短剣が横へ薙ぎ、鮮血を宙へ散らす。
「おいっ」
「キミって、本当は結構いい年なんでしょ。お年寄りは労らないと」
 肩口を押さえる涼。 
 出血量は少ないが、顔色は悪い。
「お前は十分に仕事をした。後は私に任せておけ」
「キミこそ、あんなの相手に」
「少しは信じて欲しいものだな。かりそめとはいえ、仲間というものを」
 
 背中からの突っ込み。
 瞬時に身を翻し、涼をかばうアレフ。
 低い位置からの跳び蹴りを剣ではじき飛ばし、それを収めて顔の前に印を組む。
 よだれを垂らし、四つんばいになる男。
 腰がさらに落ち、暗闇の中に目が輝く。
「闇に生きるが定めだとしても、そこが必ずしも安住の地ではないと知れ」
 最後にラテン語で血と呟き、細い指を男へと向けた。
 薄闇の中を走る、さらに濃い闇。 
 男は一気に顔を紅潮させ、その場に卒倒した。
「こ、殺したの?」
「血の流れを一旦止めただけだ。すぐ、元に戻る」
「元って、何に」
 小さな呟き。
 
 駆け寄った二人の足元にうずくまる男。
 尖った耳に、犬歯の剥き出た口元。
 長い爪は明らかに付け爪ではなく、手足は異様に膨脹し彼の服を引き裂いている。
「……この男はもしかして、吸血鬼とかじゃないの。本人はそう思い込んでいたつもりだろうけど、本当は」
 不意に現れる大振りの剣。
 アレフはそれを高々と振り上げ、男の首筋に狙いを定めた。
 彼女の技量さえあれば、両断するのはたやすいだろう。
「……どうした」
 剣と、男の間に体を差し入れる涼。
 無言で、切なげな表情で。
「今さら己の素性を知るより、人として生きた方が幸せとでも言いたいのか」
「こいつがやった事を許すつもりはない。でも、それは人間として償って欲しい。……こういうのって、甘いのかな」
「私が受けた依頼は、娘を元に戻す事だ」
 少しずつ、人の姿に戻っていく男。
 足音を立てず、ホールの出口へと向かすアレフ。 
 涼は闇に消えるその背中を、ただ黙って見送った。



 ベッドに横渡る少女。 
 涼は彼女の両親へ、簡潔に経緯を説明した。
 あくまでも不安を抱かせない程度に。
「おそらくドラッグと催眠による症状だと推測されますので、そちらの離脱プログラムを予約済みです」
「あ、あの。結局、この子は。そ、その、吸血鬼に」
「それはよく分かりませんが」
 一旦言葉を切る涼。
 だがその瞳に優しさが宿り、少女の頭をそっと撫でる。
「そういう存在が、全て悪い者とは思いませんよ」
「え」
「いえ、何でもありません。とにかくこの一件については、心配ありませんので。ご安心下さい」

 家を出る涼。 
 肩口に巻かれた、何かを裂いたような布切れ。
 街灯で照らされた、明るい道。
 懐から取り出される、アレフの剣技で半身となった桃。
 涼が魔除け用にと持ってきたその片割れは、アレフの元にある。
 邪を払うという果物。
 しかし今は、もぎたてそのままに汁を滴らせている。
 涼はそれにかぶりつき、夜空に浮かぶ月を仰いだ。
「悪いのは、お化けだけじゃないって訳か。というか、あそこの誰かを脅して内定でも貰えばよかったのかな」
 明るい笑い声。
 ネオンの灯る人へ賑わう街へと歩いていく。
 彼女自身の生きる場所へと。 


                                      了


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0381/村上・涼/女/22/学生
 0815/綺羅・アレフ/女/20(外見上)/長生者
 


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■         ライター通信          ■
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 ご依頼頂き、ありがとうございました。
 綺羅様とは中間が共通で、OPとエピローグを変えてあります。
 よろしければそちらもご覧下さい。
 それでは、またの機会がありましたらよろしくお願いします。