コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


秩序世界
●序
「最近、急速に増え続けているです」
 そう言って、男は名刺を草間に渡しながら言った。そこには『交通課:秋永・鉄夫(あきなが てつお)』と書いてあった。
「この一ヶ月だけで、5倍。5倍ですよ。逆橋交差点だけでの交通事故が、今までの5倍なんですから」
「はあ……」
 多少興奮気味の秋永に押されつつ、草間は頷いた。秋永の話によると、交通事故の原因はどれも交通違反をしていた者達なのだという。例えば、信号無視をした車が人をはねた。しかし、実際に救急車で運ばれたのはその信号無視をした車の運転手であり、はねられた筈の人は全くの無傷だという。
「今までに事故にあった人のリストです。参考までにお渡ししますよ」
 秋永はそう言って紙の束を草間に渡した。かなりの量がある。
「こんなにも事故が起こったんですか?」
「ええ。尤も、擦り傷程度の軽い事故から、死亡者が出るほどの大きな事故まで様々ですけどね」
 草間は「ふむ」と頷き、ぱらぱらとリストをめくった。
「事故者たちは、皆声を揃えて言っています。『女の子を見た』と。だけど、私には一回も見たことが無いのです」
「ほう、女の子、ですか」
 草間の目が、鋭く光った。全ての原因は、そこにあるのかもしれない。
「お願いします。逆橋交差点の謎を解いてください。でないと、毎日かり出されて大変なんです」
(本音はそれか)
 草間は苦笑しながら「分かりました」と答えた。秋永が帰っていくと、早速依頼書を作成する。
『逆橋交差点交通事故発生原因の究明』と題名をつけて。

●逆橋交差点
「少女、ねぇ」
 逆橋交差点を目の前にし、影崎・雅(かげさき みやび)は呟いた。現在、午後3時半。草間興信所で依頼書を受け取ってから、まっすぐこちらに向かってきた。交通量は多く、事故が多発しても仕方の無い道路状況だ。逆橋交差点は、見通しが余りよくない。交通違反者でなくても、事故を起こしてしまいそうな場所のようにも見えた。
「とりあえず、その女の子はあっちの世界の住人なんだろうな」
 雅はそう言って、ポケットの中の数珠を握る。
(問答無用で浄化すれば、一気に問題は解決するかもしれない。だけど……それだけは避けたいな)
 ポケットの数珠をゆっくりと放し、雅は交差点に向き直る。
「まずは、女の子の正体でも探すか」
 雅はにやりと笑い、逆橋交差点を見つめる。今現在、逆橋交差点は何の変化も無い普通の交差点であった。雅はその場から離れようとした、まさにその時だった。
 ノーヘルで3人乗りをしている、少年達が逆橋交差点を横切ろうとしていた。思わず雅は目を見張る。
(彼らは、どう見ても『違反者』だ。もしかして、事故になるか?……そして、女の子とやらも)
 少年達は何も知らずに、横切ろうとする。何かが起こるのかもしれない事など、何も分からないまま。そして、事は起きる。
「なっ……!」
 雅は声をそれだけ発したまま、その場に立ちすくんでしまった。突如として逆橋交差点が結界のようなものに包まれてしまったのだ。否、それは結界と言うよりも空間といった方が近いのかもしれない。ともかく、その作られた空間に少年達は閉じ込められてしまった。同時に、その近くにいた雅もその空間内に入ってしまう。
(歩く魔よけ札効果が、こんな所で発揮するとはな)
 雅は苦笑しながらもその空間内で何が起こるかを見守る。少年達は何が起きたのかも分からぬまま、唖然としたままその場にいる。雅は、ふと気付く。その空間内では、時が止まってしまっているのだ。動かない原付、動かない信号、動かない車達。全てが時を刻むのを忘れたかのように、その場に留まっている。無論、人間達でさえも。ただ、違反者である少年達だけが動く事を許されている。そして、そのような干渉を受けない体質である雅も。
「お、おい!何なんだよ、これ!」
「どうして止まってるんだよ?」
 少年達は口々に騒ぐ。何が起きたかなど、分かる筈も無い。雅でさえも、分からないのだから。
「おい!あれ!」
 少年の一人が前方を指差す。そこには長い黒髪を靡かせ、額に赤いリボンをし、それと同じ色のワンピースを着た少女がちょこんと佇んでいた。まだ12歳かそこらであろうか。真っ直ぐに少年達を黒い瞳で見ている。吸い込まれそうなほどの、澄んだ瞳で。
「あなた達は、秩序を乱す者」
 高く響く声で、少女は言葉を紡ぐ。鈴の転がるような、心地の良い声。
「ここは、秩序を乱す者を裁く場所。無秩序は醜く、愚かしい」
 見た目に似合わぬ難しい言葉に、少年達は呆気に取られて少女の声に耳をすましているだけだ。
「ヘルメットを被らない、3人乗りをする。……死んでもいいから?」
 少女が微笑む。雅は思わず息を呑む。余りにも少女が、純粋に笑うものだから。
「ちょっと待て!」
 何かしら始めようとした少女に、雅は思わず声をかけた。放心状態に近かった少年達も、その声にはっとして正気を取り戻す。少女の眉間に、皺が寄る。いかにも不愉快そうな顔で。
(あ、何処かで見たことのある表情)
 雅はその場にそぐわぬ事を考え、思わず苦笑する。今頃、その表情の主はくしゃみの一つでもしている事であろう。
「あなた、誰?私、呼んだ覚えは無い」
「ごめんな。俺、あんましこういうのに遮断されないんだよ」
 軽い口調で雅は言う。少女は真っ直ぐに雅を見てくる。やはり、透き通るような黒い瞳で。
(飲まれるな。見かけで判断するな。純真なものだと断定するな)
 飲み込まれそうな思いに対抗するかのように、雅は慎重に思考を巡らす。
「なあ、あんたは一体何者なんだ?」
「私、あなたは呼んではいない」
 少女はそれだけ言って、不愉快そうに顔を歪めた。
「あんた、現世の人間じゃないだろう?どうしてこの世に留まっている?」
「あなたには分からない」
「決め付けるのは良くないな」
 雅がそう言うと、少女は暫く考え、口を開く。
「私は、やらなくてはいけないことを見つけたから」
「何を?」
「この世は、無秩序で溢れている。醜く愚かしい、無秩序。それは正されるべき。美しく聡い秩序のあるものに」
「秩序……」
 それだけ繰り返し、雅は考え込む。
(秩序、無秩序……ときたか)
「だから、無秩序を私は憎む。無秩序は正されないといけない」
 少女は今一度少年達に向き治る。少年達は、自覚する。自分達に何かしら起きようとしている事に。
「やめろ!」
 雅は叫び、経を取り出そうと手を懐に入れる。だが、それは少女の手によって敵わないものとなる。懐に突っ込まれた手は、少女によって押さえつけられて自由を失われてしまう。少女の顔には、薄く笑みが浮かんでさえいる。雅が手を出せないほどに強力な力で押さえつけているというのにも関わらず。
「無秩序は、無に」
 少女がそう言うと、途端に空間は無くなる。止まっていた空間の中は再び時を刻み始める。そして、少年達はバランスを崩してその場に倒れこんでしまう。急に出たスピードに、耐え切れなかったかのように。
「……くそっ!」
 奥歯を噛み締め、雅は吐き捨てるように毒づく。全ては、目の前で起こってしまった事なのだ。止める事だって出来たのかもしれない。それが何よりも悔しい。
『無秩序は、無に』
 近づいてくる救急車やパトカーのサイレンに紛れ、少女の声が聞こえた気がした。雅は思わずガードレールを殴る。べこ、ガードレールに凹みができる。それに背を向け、雅は歩き始める。強く依頼書を握り締めながら。

●行動開始
 翌日、午前10時。雅は依頼書を片手に、再び逆橋交差点に辿り着いた。昨日の少女が頭に着いて離れない。
「秩序と無秩序……か。ああ、もうくそ!一体何だって言うんだよ」
 頭をがしがしとかきむしりつつ、雅は毒づく。少女のあの軽やかな声は、今にも聞こえてきそうで、ある意味怖い。
「おい、そこで何をしている?」
 後から声をかけられ、雅は振り向いた。そこには金髪と緑の髪を併せ持った女が立っていた。片手にカルテのようなものを持っている。
「俺は影崎・雅と言うものだけど……あんたも、草間興信所から来た口かい?」
 雅の言葉に、女の顔が和らぐ。
「何だ、そうか。お仲間だったか。私はレイベル・ラブ(れいべる らぶ)。医者をしている」
「医者?」
「そうだ」
 頷くレイベルに、雅は苦笑する。どこかで聞いた事のある職業だ。眉間の皺が特徴的な、監察医。
「俺は、ここの女の子と話をしようと思ってたんだけど……あんたは?」
「私か?私は調査だ。その為の人材も確保している」
 ほれ、と言いつつレイベルは一人の警官を前に出してきた。警官は突然の事に慌てながらも雅に一礼する。
「橋本・宏之(はしもと ひろゆき)と言います。今日は交通違反取締りの為にここに配属されました」
(なるほど、根底から守り通すという事だな)
 雅は「よろしくな」と言いながら考える。
(悪くない手だ)
「私がこれから調査するのは以下の三点だ。『警官不在時如何な違反があるか』『過去事故例』『リストによる個別の事故状況把握及び【女の子】の顕われ方』……以上だ」
 レイベルはそう言って橋本の立つ脇に立つ。カルテを手にして。
「あのさ、そのカルテは何で持ってるんだ?病人でもいるのか?」
 疑問に思って雅は尋ねる。レイベルは何も言わずにカルテをさし出す。そこには何も書かれておらず、ただ白い紙が挟んであるだけだった。
「メモだ。下敷きつきで、書きやすいので持って来たのだ」
(何だ)
 意外に普通の答えに、雅は少し残念そうに見つめた。
「あ」
 橋本が声を出した。その声に雅とレイベルも橋本の視線の先を見る。違反者だ。歩行者が居ないのをいい事に、赤信号をそのまま行こうとする車がいたのだ。
「橋本、取り締まれ!早く!」
 レイベルはそう叫ぶように言う。橋本は慌てて笛を吹くが、車の運転者の耳には届かない。
(まずいな)
 雅がそう感じたのと、同時だった。またもやその場が違和感に包まれる。
(来る!)
 昨日感じたものと、全く同じ感覚だった。それは紛れも無く無秩序を許さぬ少女の作り出す、裁きの空間。雅はそのまま空間に入り込む。
「いた!」
 少女は、またもや違反者の前方に立っていた。昨日と全く同じ格好と笑みで。純粋そうな黒い瞳が、真っ直ぐに違反者を捕らえている。
「どうして……人間は過ちを繰り返す?無秩序が愚かしく醜いものだと知っている筈なのに、どうして美しく聡い秩序を守ろうとしない?」
 違反者が異常に気付いた。慌てて車から出て逃げようとするが、まず車のドアが開かない。車の中からがちゃがちゃと取っ手を押したり引いたりするものの、ドアはぴくりとも動こうとはしなかった。
「無駄。……全てのものが、時を止めているから。時を紡いでいられるのは、私と、あなただけ」
 少女はそう言って微笑む。苦笑、に近い笑みで。
「赤信号だって、知らないの?」
「だ、だって歩行者はいないじゃないか!俺は急いでいるんだ!早くしないと、大事な会議に遅れてしまう!」
 少女の眉間に、皺が寄る。
「会議?それは無秩序を犯してまで大切な事?」
 違反者の顔に、はっとしたような表情が浮かぶ。
「嘆かわしい。守るべき事は、会議ではなく……秩序」
 雅は慎重に少女と違反者の所に近づいた。すぐにでも時が動き出したら、たちまち雅は車に撥ねられてしまうだろう。少女が、近づいてくる雅に気付いて振り向く。相変わらずの、不愉快そうな顔。
「また?私はあなたを呼んだ覚えは無い」
「だからさ、俺はこういうのに遮断されないんだってば」
 少女の顔は、真っ直ぐに雅を捉えていた。全てを見透かすかのような、澄んだ瞳。
「そろそろ、名前くらい教えてくれないかな?俺は影崎・雅」
 少女は暫く考え、ぼそりと言葉を口にする。
「乃木……真実(のぎ まみ)」
「真実ちゃん、ね」
 雅はそう言って微笑む。まずは名前。全てはここから始まる筈だ。
「なあ、真実ちゃん。どうしてそんな事をしてるんだ?どうしてそんなにも無秩序を憎む?」
 雅の問いかけに、真実は黙っていた。じっと考え込むかのように俯き、何一つ言葉を発しない。永遠とも思われるほどの、長い時間だった。違反者だけが諦めぬようにドアを必死で開けようとしている。
「……私は、無秩序を……許さない」
 雅はその口調にぞくりとした。何事をも許さぬかのような、冷たい言い方。
「私は、無秩序を憎む。それだけしか出来ないから。そして……秩序でこの世を埋め尽くす」
「……そんな事が可能とでも思っているのか?」
 雅の問いかけに、真実は笑った。純粋な笑みだ。
「可能にする。してみせる」
「力ずくで?」
 真実は何も答えなかった。雅から視線を逸らし、未だ必死にその場から逃げようとしている違反者を見た。冷たい眼差しのまま。
「赤が見えない訳でもないのに、進もうとした。違反をしていいはずが無いのに、違反した。理由は、急いでいるから。……それは無秩序を成立させるのには不十分」
 違反者は息を呑んだ。これから起ころうとしている事が、全く予想がつかない訳ではない。この交差点で違反をしたらどうなるかは、噂で聞いた事くらいあるだろうから。
「畜生、噂は本当だったと言うのか……?」
 唸るように、違反者は呟く。ゆっくりと、違反者の車は宙に浮いていく。雅は慌てて懐から経を出す。真実を無理矢理浄化しようと言うわけではない。ただ、この場を収められたら……というだけの理由だ。
「真実ちゃん、オイタが過ぎるぜ!」
 雅はそう言って経を唱え始めた。相手の行動を制する為の、経。一瞬車の動きは止まるものの、それをやめさせるまでには至らない。
(力が強いとでもいうのか?相手はたった一人の少女だぞ?)
 雅の中に、焦りが生じる。それは、恐怖にも近い感情。
(相手は、たった一人の少女……)
 そこで、思考が中断された。果たして、本当に相手は真美一人なのであろうか?真実の風貌に似つかわぬ言葉遣いと、態度。それらは疑問を生じさせるのに充分なものであった。
(真実ちゃんは、もしかしたら代表みたいなもんじゃないのか?ここらに浮遊する霊たちの、代弁者)
 この交差点では、交通事故の為に命を落としたものも多い。それらが集結して、真実を表に立たせているだけだとしたら?
「真実ちゃん、答えてくれ!君はもしかして……」
 雅の問いかけは、最後まで紡がれる事はなかった。真実は車を宙に放り投げた後、雅の方を向いて微笑む。そしてただ一言、口にする。
「あなたは、邪魔」
 その一言だけで、雅は歩道の方に投げ出されてしまったのだ。同時に、時が紡ぎ始める。車道では違反者の車が宙から投げ出されてしまっていた。橋本が慌てて本部に通報し、その傍らでレイベルがカルテに何かしら書き込んでいる。そして、歩道に投げ出されてきた雅に気付いて近寄ってきた。
「どうした、突然奇怪な行動をして」
「突然?」
「そうだ。先程までそこにいた筈なのに、何故突然歩道に投げ出されている?」
(そうか……時が止まっている空間にいたのだから、その空間に居なかった者にとっては突然の出来事となるわけだ)
 雅は妙に納得して苦笑した。レイベルはそんな雅を不思議そうに見つめる。
「お、怪我してるぞ」
 雅の左腕から血がにじんでいた。投げ出された時に、咄嗟に体を庇って出来た傷であろう。レイベルはポケットから消毒液を取り出して消毒し、包帯を巻く。
「大袈裟だな」
 雅は苦笑する。レイベルもそれにつられたように笑う。
「小さな怪我だと思って油断していたら、痛い目に合うからな」
(小さな怪我だと思っていたら……。そうだ。真実ちゃんが少女だと思って油断していたら、痛い目にあうのと同じだ)
 心の片隅で、雅は呟く。包帯を巻き終わると、レイベルは再び逆橋交差点の調査に戻った。雅はそこから少し離れた所で依頼書を取り出す。ぱらぱらと捲り、『乃木・真実』という名前を探す。
「あった!」
 思わず口にし、雅はその依頼書を食い入るように読む。
『乃木・真実』12歳。事故が起こったのは丁度三週間前。車のスピード違反によるもので、真実は違反など何もしてはいなかった。全面的に悪いのは、相手の車であった。つまりは、真実は無秩序によって事故に巻き込まれただけなのだ。
「ならば、無秩序を憎んでも仕方の無い事かもしれない」
 ぽつりと雅は呟く。離れた所の逆橋交差点で起こっている事故を、ぼんやりと見つめながら。
「どうした?何か分かったのか?」
 突如かけられたレイベルの声に、雅ははっとしたように彼女を見た。ぼんやりと眺めていた事故は、いつの間にか処理が終わっている。
(何か?……分かったというか、分からされたというか)
 雅は小さく溜息をつきながら依頼書の一枚を見せる。
「何だ?……乃木・真実?」
「それが恐らく、少女の正体だ」
「なるほど」
(しかし、あくまでの真実ちゃんは代表であるだけなのかもしれない。彼女の背後には何者かの存在があって、それを真実ちゃんが代表しているだけなのかもしれない)
「では、私は今晩この真実とやらに会う事にしよう。名前が分かって良かった」
 うんうん、と頷きながらレイベルは言う。雅が驚いて見る。
(一体何を言い出すんだ?)
「あんた、真実ちゃんと会う気なのか?」
「ああ。そのつもりだが」
「どうやって?」
「どうやって?……尤も簡単でシンプルな方法が一つあるだろう?」
「まさかあんた……」
 絶句する雅に、レイベルは綺麗に笑って見せた。
「私は幸運な事に無免許なのだ」
(死ぬ気か?)
 雅はじっとレイベルを見つめる。レイベルはただ綺麗に笑っているだけだ。
(確かに、それは簡単だ。だが、同時に危険も伴う。……俺もその場に参加させて貰う事にするか)
 密やかに、雅は決心する。今夜実行すると、レイベルは言っていた。それならば、その為の準備をする時間が残されている。雅は逆橋交差点を一旦後にする。後に必ず決着をつけに帰ってくることを誓い。

●少女
 午後11時。雅は逆橋交差点を見渡し、レイベルを探した。雅の手には竹刀がある。雅の念の込められた。雅だけの竹刀。レイベルはどこからか調達した車を携え、雅に気付いて手を振った。
「ここだ。意外と遅かったな」
 レイベルはそう言って笑った。雅は苦笑する。
「そうかな?妥当だと思うけどな」
「そうか」
 雅はレイベルに向き直り、真っ直ぐに見つめた。
「本当に、やる気なのか?」
 レイベルは、ふ、と笑う。真っ直ぐに雅を見つめ返しながら。
「ああ。やる気だ」
(これはもう止めても無駄だな)
 雅が諦めたその時だった。突如空気が変わったのだ。逆橋交差点に向かっている霊道がぷっつりと切れてしまったのだ。
(誰かが霊道を遮断したな?)
 雅は辺りを見回す。遮断した主が居る筈だ。
「おい、何をしている?」
 突如、声をかけられる。雅とレイベルは、その声に振り返る。そこに立っていたのは、金髪の派手な格好をした青年が立っていた。真名神・慶悟(まながみ けいご)だ。
「お、慶悟君じゃないか。奇遇だな」
 レイベルは慶悟の顔を、不思議そうに見つめた。それに気付き、慶悟はレイベルに自己紹介する。
「草間興信所からの調査員だ。真名神・慶悟という」
 慶悟がそう言うと、レイベルはにっこりと笑った。
「レイベル・ラブだ。これから、少女と接触しようと思うのだ。良かったら一緒にどうだ?」
「接触?」
「ああ。……充分に注意してくれ」
 レイベルの言葉に、雅は苦笑しながら言う。
「それはこっちの台詞だよ。充分に注意してくれ」
「おい、どうする気なんだ?」
 慶悟の問いかけに、雅は苦笑したまま答える。
「これから、彼女は無免許運転をするんだ。文字通り、少女との接触だ」
「危険だ」
 きっぱりと慶悟は言い放つ。だが、レイベルはにやりと笑っただけで何も言わない。
「無駄だよ、慶悟君。彼女は何を言っても実行する気だから」
「そうは言ってもな、危険すぎる」
「心配はいらない。少女と確実に接触するのはこれが一番手っ取り早いのだ」
 慶悟の心配をよそに、レイベルは淡々と言い放つ。
「ならば、せめて先に結界を張らせてくれ」
「何の結界を?」
 雅の問いに、慶悟はちょっと考えながら言う。
「人避けの結界と、あの空間に負けぬ結界を」
 慶悟の意図を察したように、雅はにやりと笑って「成る程」と言った。
(流石は慶悟君。結界マスターと言う称号を密やかにあげようじゃないか)
 雅の考えも知らず、慶悟は結界を張ってレイベルに合図する。レイベルは頷き、車を発進させた。ふらふらと車が動き出す。慶悟の結界のお陰で、通行人も他の車もいない。
「来るぞ」
 ちいさく雅が声をかけた。それと同時に少女の作り出す空間が展開した。全ての時が止まった、異空間。
「また、あなた達」
 真実が慶悟と雅を見て、呟くように言う。
(やはり、純粋そうな目をしているな)
 雅はそう考え、じっと少女を見つめた。少女は虚ろな目のまま、今度はレイベルを見る。
「あなた、免許を持ってない。どうして?」
「あなたと出会うためだ、真実」
 真実は不愉快そうに眉間に皺を寄せた。
「何故?たかだかその為に無秩序を犯すというの?」
「そうだ」
 レイベルは小さく笑う。真実の顔から不愉快さが抜けない。そして、手を大きく振り上げた。車がちょっとずつ持ち上がる。
(来た!)
 まず動いたのは雅だった。手にした竹刀を振りかざし、真実に飛び掛る。真実ははっとしてその竹刀を避ける。慶悟はその隙に車に近付き、符を放って結界を張る。真実の力を無効化させるための結界を。
「邪魔、するの?」
 真実がぼそりと言う。感情の篭らぬ声に、それでも綺麗な声にぞくりとする。
「無秩序は醜く、愚かしい。秩序は美しく、聡い」
 慶悟は何も口にしない。
「どうして分からないの?どうして分かってはもらえないの?」
 雅は何も口にしない。
「人は誰でも知っている筈なのに。どうして当たり前の事をしようとはしないの?」
 レイベルは何も口にしない。沈黙の中に、真実の声だけが響いていく。
「何の為にここにいるかを、どうして誰も分かってくれないの?」
 叫び、だった。真実の心からの叫び。真実は手を振りかざし、再びレイベルの車を持ち上げようとする。だが、車はぴくりとも動かない。真実の顔に動揺が写る。
「やはり、お前の背後には何者かがいたのだな。霊道を通じて、力と知識を与えられたか」
 慶悟が口を開く。真実の顔が歪む。
「やっぱりいたんだな、背後に。成る程、慶悟君は霊道を閉じてきたんだ」
 雅が言うと、慶悟は頷く。真実の顔は、今にも泣き出しそうなほど歪んでいる。
「さて、真実ちゃん。君の言う秩序は、本当にそれでいいのか?」
 雅は真実に問い掛ける。真実は目を見開いたまま、何も答えられずにじっと雅を見つめている。
「お前の秩序、何故に守り通そうとするか?」
 慶悟が真実に問い掛ける。真実はやはり何も答えられずに、今度はじっと慶悟を見つめた。
「秩序とは何か。お前は本当にその秩序とやらを守っているのか?」
 レイベルが真実に問い掛ける。真実は口をぽかんと開けたまま、何も答えられずに今度はじっと車の中のレイベルを見つめた。レイベルは車から出ようとしたが、車のドアが全く動かない。車の時をも止めている空間のせいだ。
「すまんが、ここから出る手立ては無いかな?」
 レイベルが言うと、慶悟は符を取り出して車のドアに貼る。そこだけ空間の干渉を無くしたのだ。がちゃりとドアが開き、レイベルが出てきた。まっすぐに真実の元に歩んでいく。
「なあ、真実。人は愚かしいだろう?人は哀しい生き物だろう?それでもお前が裁きを行うのはおかしいのだ」
「……どうして?私がここにいるのは、無秩序を正す為」
 真実はじっと三人を見ていた。今にも泣き出しそうだ。すでに、秩序と無秩序の意味でさえも理解してはいないであろう。
「あなたは無秩序を犯した。私はそれを正さなくてはいけない!」
 真実はそう言ってレイベルの体を宙に浮かせ、地面に叩きつけた。雅は慌ててレイベルのところに駆け寄った。真実は一応の目的を果たしたと判断し、逃げようとする。
「追え、慶悟君!」
 雅が叫んだ。慶悟は一瞬戸惑いながらも、とりあえずは真実を追って行った。雅はそれを見届け、レイベルの方を見る。
「おい、大丈夫か?」
 レイベルから返事は無い。当然だ。硬いアスファルトの道路に嫌というほど叩きつけられたのだから。
「救急車を……」
 雅はそう呟いて懐に入れてある携帯電話に手を伸ばした。それを、誰かの手が遮断した。倒れているレイベルから伸びている。
「え?」
 雅は慌ててレイベルの方を見る。レイベルは目を閉じたまま、口を動かす。
「いい、大丈夫だ」
 そう言うと、目を開けて立つ。手があらぬ方向にぶらぶらとしている。
「おい、骨折してるぞ」
 青ざめ、雅は言う。レイベルは「ああ」と言ってもう一方の手で腕を掴む。ゴキャ、という嫌な音が響き、レイベルの腕は元に戻る。雅は思わず脂汗を流す。
「……なあ、レイベル」
「何だ?」
「痛く、無いのか?」
「痛いな。何しろ骨折していたから」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫だな。不死身だからな」
「え?」
 思わず聞き返す雅に、レイベルは微笑む。
「私は死なないんだ。齢395なのだ」
「本当に?」
 レイベルはこっくりと頷いた。とても冗談を言っている様子は無い。その証拠に、通常ならば死んでもおかしくない状態から普通に起き上がったのだから。
「なあ、真実は本当に秩序を守らせようとしただけなのだろうか」
「……恐らく、そこには自分を死なせた無秩序を憎み、その復讐をするのだという気持ちもあっただろうな」
「そうか……」
 レイベルは黙った。雅もつられて黙る。
「できれば事故を起こすという力から、人を守るという力に変換できればと考えていたのだが……そうか、復讐か」
 レイベルは真実が逃げていった方向を見つめた。雅はそちらから慶悟が真実を成仏させようとしている事を察知する。
「それももう終わる。成仏するんだからな」
 雅はそう言って、にやりと笑う。
(観世音菩薩さん、サポート宜しく)
 懐から数珠を取り出し、手を合わせる。
「三界に迷える亡魂、導く道は十方の空……」
 光が、真実の入る方向にはしっていく。
(これで、真実ちゃんは本当に純粋な心を持つことができるはずだ。輪廻の輪に乗って)
 一段落ついたと判断すると、雅は慶悟の行った方に近付いた。慶悟は結界を解き、霊道を開放していた。
「終わったな」
 雅は慶悟の肩を叩く。慶悟は振り向いて、すぐに目を見開いた。目線の先は、レイベル。
「あんた、何故……?」
(そりゃ、びびるよな)
 雅は苦笑する。自分だって、散々驚いたのだから。
「や、気にするな。私は実は不死身なのだ」
「は?」
「いやしかし、骨折はしてしまったぞ。もう大丈夫だが」
「骨折?」
「凄かったんだぜ。ゴキャゴキャッ!とか言わせながら治したんだもんな」
 ぶる、と身震いしながら雅は言った。その時の様子を思い出してしまったのだ。一先ず終わった出来事に、雅はにやりと笑う。とりあえずはここから離れた場所で、一息つきたいものだと考えながら。

●結
「終わったなぁ」
 翌日午前9時半。そう言って、雅はラーメンの汁を啜った。お気に入りのラーメン屋である『らーめん麻生』。
「お」
 雅はふと知っている人物を見つけて声をあげた。目立つ金髪と派手な格好。慶悟が同じく『らーめん麻生』でラーメンを啜っていたのだ。
「よ、慶悟君」
 ラーメンのどんぶりを持って雅は慶悟の隣に座った。
「ああ、あんたか」
 額に浮かんだ汗を拭き、慶悟が答えた。
「すっかり気に入ってもらえたようだな」
「おかげさまで」
 ここは、雅が美味いラーメン屋だと慶悟に勧めた所だった。既に慶悟も行きつけの店となっている。二人は食べ終わると勘定を済ませ、草間興信所に向かう。手には報告書を持っている。
 ドアを開けると、草間がにこやかに待っていた。雅はひらひらと報告書を振る。
「よ。報告書届けに来たぜ」
 雅はそう言って報告書を草間に渡し、レイベルに気付いて手を振った。慶悟も草間に報告書を渡し、レイベルに気付く。
「それで……その……何ともないのか?」
 慶悟は言いにくそうにレイベルに言う。レイベルは首を傾げながら「何が?」と尋ねる。
「体だ。……大丈夫か?」
「心配性だな、慶悟は。大丈夫だ、この通り」
 レイベルはぶんぶんと腕を回してみせる。
(うわ、これで腕が何処かに飛んでいったらどうしよう)
 思わず雅は心配になってしまった。
「そうそう、君達にお知らせがあるんだが」
 三人の目が草間に集中する。
「逆橋交差点は一応の決着をつけた。だが、あそこは霊道の集中している所なんだろう?」
「そうだ。なるべくならば、あそこを見張っていた方が賢明だな」
 草間の言葉に、慶悟が頷く。それを待っていたかのように草間は笑う。にやりと。
「そこで一週間に一度、交代制で見に行って貰う事になった」
「「「は?」」」
 三人の目が点になる。草間は実に嬉しそうに言葉を続ける。
「それがねぇ、秋永さんが是非君達にと言ってるんだよ。良かったねぇ。頼りにされて」
「それは構わんが……」
 慶悟がそう言うと、レイベルが手をあげる。
「それに手当ては出るのか?」
 草間は困ったように目を逸らす。
「……お昼くらいは出してくれるそうだよ」
 沈黙。慶悟と雅は顔を見合わせて溜息をつく。只一人、レイベルだけがにこにこと笑っていた。
「おお、そうだ。交代制だと言ったな」
「ああ」
 レイベルはそっと草間に何かを耳打ちする。雅の方をちらりと見て。
(何だ?)
 雅の疑問をよそに、レイベルから何かを聞いた草間はぷっと吹き出してレイベルに耳打ちする。そして草間は眉間に皺を寄せる。それに思わずレイベルも吹き出す。
(え?何なんだよ、一体。まるで兄ちゃんみたいな事を……)
 雅の兄、影崎・實勒(かげさき みろく)。彼は今回この依頼には携わってはいない……筈だ。少なくとも、自分の範疇では。
「おいおい、内緒話するなよ」
 雅が突っ込む。それを受けて、またもやレイベルと草間が吹き出してしまった。慶悟はその様子を察して「くく」と小さく笑う。
「何だよ、一体」
 雅だけが首を傾げ、不思議そうに呟くのだった。

<依頼完了・交代制見張り付>

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【 0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0606 / レイベル・ラブ / 女 / 395 / ストリートドクター 】 
【 0843 / 影崎・雅 / 男 / 27 / トラブル清掃業+時々住職 】
【 0965 / 影崎・實勒 / 男 / 33 / 監察医 】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

お待たせしました、こんにちは。霜月玲守です。今回は私の依頼を受けて頂き、本当に有難うございます。
今回は個人的に新しい試みとして、どれだけバラバラに動けるか、という事をしてみました。如何でしょう?
そして、申し訳ありません。いつも私の依頼のオープニングは分かりにくいことだろうとは思うのですが、今回更に輪をかけて分かりにくいものだったろうと思います。自分の好きなように書いたらこんな事になってしまいました。
ですが、みなさまそれにも勝るプレイングで逆に安心しました。有難うございます。

影崎・雅さんは今回もご兄弟での参加ですね。有難うございます。
プレイングはいつも通り相手に優しいものでしたね。少女がキーワードだったので接触してもらって嬉しかったです。
今回、雅さんの「歩く魔よけ札設定」を使いまくってしまいました。素敵なプレイングと能力、存分に使わせて頂きました。

さて、今回はいつもにも増して4人の方それぞれのお話となっております。宜しければ他の方の話も合わせて読まれると、さらに深く読み込む事ができると思いますので是非。

ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。
それでは、またお会いできるその時まで。