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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:増殖する恐怖
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

 都内で死者が出た。
 それだけなら、べつにおかしなことではない。
 一年中、誰かの命日でない日などないからだ。
 ただ、
「今週になってから、もう四人か‥‥」
 草間武彦が、タバコの煙にストレスを込めてはき出す。
 原因不明の病。
 突如として死に至る奇病。
 調査を初めて半月あまり、相変わらず原因は掴めぬままだ。
 もちろん、一本の麦すら収穫できなかったわけではない。
「必ず、死の二、三日に新宿御苑に出掛けている、か」
 だが、そんなところに謎を解くヒントがあるだろうか?
 何の変哲もない公園である。
 都民の憩いの場といってよい。
 そのような場所に、死の原因になるようなものがあるとは思えないが‥‥。
「あとは、この傷だけだな。共通点は」
 見て面白いものではないが、死体の写真を見比べる。
 第二頸椎あたりに残る、ごく小さな刺し傷。
 針‥‥否、もっとずっと細いものを刺したような。
 最初、草間は通り魔による毒殺の可能性を考慮した。
 被害者たちに繋がりはなく、怨恨のラインは考えられなかったからだ。
 しかし、死体から毒物反応は出なかったのである。
 なかなかにお手上げ状態だった。
「と、いうわけで、少しばかり手伝ってくれないか? どうやら俺一人の手にはあまるらしい」
 やや真剣に言って、草間は事務所内を見回した。
 奇怪な模様を宙に描きつつ、左手にもったタバコの先から紫煙が立ちのぼっている。



※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。


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増殖する恐怖

 さわさわと。
 涼しさを増した風が梢を揺らしながら駆ける。
 新宿御苑。
 昼間は家族連れで賑わう公園も、闇の訪れとともに静寂の衣を纏っている。
「ちょっと雰囲気だしすぎね‥‥」
 黒い髪の女性が呟いた。
 シュライン・エマという。
 都内の探偵事務所に勤務する事務員だ。
 したがって、彼女は夜の散歩を楽しんでいるわけではない。
 調査活動である。
 原因不明の奇病。
 もう幾人も死者が出ている。
 そして、その死者に共通するのが、新宿御苑だった。
 彼らは皆、死の二日から三日前にこの公園を訪れている。
「普通に考えると、ここで何かあったってことよねぇ」
 溜息をつく。
 判明していることがあまりにも少ない。
「少し静かすぎるな。ここは」
「ちょっとおかしい感じですよねぇ」
 闇の奥から男女の声が聞こえ、やがてそれは人間の姿となってシュラインの前に現れる。
 武神一樹と当麻鈴であった。
 事務員同様、この一件に関する調査をおこなっている。
「そっちはなにか掴めた?」
「確証には到ってない。ただ、いくつか想像することはできる」
 厳かに答える黒髪の男。
「蜂だろ?」
 新たな声が、割り込んでくる。
「灰滋‥‥あなたもきてたの?」
「武さんから電話をもらったんでね」
 巫灰滋。ジャーナリストと浄化屋の顔を持つ赤い瞳の青年である。
「蜂に刺されたくらいで死に至りますかねぇ?」
 慎重に、鈴が反論した。
 ひとつの方向に全員の主張が流れるのは危険である。
 誰かがアンチテーゼを提出しなくては、健全な結論は導けぬだろう。
「スズメバチなどに刺された場合、悪くすると死ぬこともある」
「待ってよ一樹さん。スズメバチに襲われたなら、いくらなんでも気付くわよ、普通」
 シュラインが言う。
 彼女は、昼間のうちに鈴と連れだって被害者宅の聞き込み調査をおこなっている。
 すでに怪奇探偵がおこなったことではあるが、べつの人間が洗いなおすことで、新たな発見があるかもしれない、と思ったのだ。
 そしてそのことにより、スズメバチのような大型昆虫による事故ではないということを、シュラインと鈴は知った。
 演繹的ながら、スズメバチに襲われたとなれば、普通は被害者は家族なり知人なりに話す。用心深いものなら病院に行くだろう。
「つーことは、蜂の可能性は低いわけか?」
 やや性急に巫が結論を求める。
 黙然と青い目の美女が首を振った。
「スズメバチの可能性が否定されただけよ。刺し傷から考えて、なにかにやられたことだけは間違いないと思う。で、やっぱり蜂の可能性は低くないと思うのよ」
 遠回しな言い方をする。
 まるでどこぞの大学助教授のようだが、シュラインの主張は理に適っていた。
 襲ったものが人であれば、それはただちに事件となり警察が動く。
 そうではない以上、通り魔による犯行とは考えられない。
 むろん、霊的あるいは魔的な存在の仕業という可能性は滑稽すぎる。
「ツツガムシ病というのも、考えたんですけどねぇ」
 謎めいた微笑を浮かべる鈴。
 漆黒の瞳は、すべてを見透かしているようだった。
「潜伏期間が全然違うだろう。蜂毒によるアナフィラキシーだと考えるのが順当だと思うが」
 アナフィラキシーとは、抗原抗体反応による急激なショック症状をいう。
 簡単にいうと、要するにアレルギーの一種である
 これならば、病理解剖の結果として蜂毒が検出されなくとも不思議ではない。
「それでね、ちょっと考えたんだけど。亡くなった人って、どうして亡くなったのかな?」
 唐突なシュラインの言葉に、三人が顔を見合わせた。
 いま現在、それを調査しているのではないか。
 頭の上に疑問符を乗せた仲間たちを見て、シュラインが肩をすくめた。
 どうも言葉が足りなかったらしい。
「つまり、首筋を刺された人だけが亡くなったんじゃないかって可能性よ。蜂でも他の虫でも、狙って刺してくるとは、少し考えにくいと思わない?」
 示唆性の強い言葉。
 そう。
 たしかに有り得る話ではある。
 首は人体の急所のひとつだ。そこを突かれたから死に至った。
 では、腕や足だったら?
「そか‥‥その可能性はあるな。さすがシュライン姉御」
「だれが姉御よ」
「見事な発想の転換だ。さすが怪奇探偵の一番弟子」
「だれが一番弟子よ」
「本当にお見事です。さすがは草間さんのラマン」
「‥‥だれがラマンよ」
 全然ほめられた気がしないのはどうしてだろう。
 と、超聴覚を有する美女の耳が、何かを捉える。
「羽音‥‥」
 口に出さずに呟くと、なんだか悪戯心が首をもたげてきた。
 仲間をからかうような連中には、相応の報いがあってしかるべきではないだろうか?
 満面の笑みを浮かべつつ、ハンドバッグから虫除けスプレーを出し、全身に吹きかける。
「と、いうわけで、三人で実験してみて☆」
 唖然とたたずむ仲間たち。
 やがて、闇の中から迫る羽音が、全員の可聴域に達した。


「うあ! 信じらんねぇ! 自分だけ虫除け使うか!? 普通!?」
「‥‥巫の恋人にも似てきたな‥‥」
「素敵ですわ〜〜」
 三者三様の感想を漏らし、素早く戦闘態勢を整える。
 まあ、実際に荒事になればシュラインはあまり役に立たない。
 安全が確保されるなら、虫除けも良いだろう。
「頭を低くしていろ。シュライン」
 武神がアドバイスする。
 蜂に襲われたときには、頭を低い位置で庇うのが鉄則だ。
 まあ、いまの場合、相手が蜂だとは限らぬが。
「おっしゃ! こうなったら仕方ねぇ。いっちょ揉んでやるか! シュライン。あとでメシくらいおごれよ」
 好戦的に言い放って、浄化屋が身構える。
 とりあえず、襲ってきたモノを捕まえれば正体は知れるし、原因だって究明できるだろう。
 粗雑なようだが、根幹部分はしっかりと抑えているのだ。
「これで謎の大半が解けますねぇ」
 ぱん、と扇子を広げて、鈴も同調する。
 攻撃型に属する性格ではないが、一刀に乱麻を断った方がこの場合はベターのような気がしたのだ。
「‥‥‥‥」
 しゃがみ込んだシュラインを背中に庇い、黙然と武神がたたずむ。
 なにかがおかしい。
 人を襲う蜂。
 静まりかえった公園‥‥。
 なぜ、こんなに静かなのだ?
 夜だからか?
 然らず。
 夜に行動する生き物など幾らでもいる。
 では、それらはどうして姿を見せない?
 怯えているのか?
 蜂に。
 ばかな‥‥。
 自然界に生きるものが、そんな不自然な行動を取るはずがない。
 ‥‥あるいは‥‥。
 胸中の疑問を整合させるように、左腕を高々と掲げる。
「ダンナ!?」
「一樹さん!?」
「武神さん!?」
 仲間の叫び。
 一瞬の後、調停者の腕に小さな生物が張り付いた。
 蜂。
 ただし、普通の蜂ではない。
 ハモグリコマユバチ。
 この国にはいないはずの蜂である。
 そして、それ以上のことを彼は知っていた。
 無言のまま、蜂を叩き潰す。
「寄生蜂だ‥‥。おそらく死んだ連中は、脊椎の中に卵を産みつけられたのだろう‥‥」
 淡々と語る。
 その名の通り寄生蜂とは、他の昆虫に寄生して成長する。
 日本にも何種類は存在するが、
「動物に卵を産んで、成長なんかできんのか?」
 襲いくるハモグリコマユバチを次々と叩き落としながら、巫が訊ねる。
「無理ではないでしょうか。代謝系がまるで違うのですから」
 答えたのは鈴だ。
 氣を込めた扇子で、蜂どもを屠っている。
「じゃあ、なんだって人間に卵産むのよ?」
「この蜂は日本原産ではない。どこかの馬鹿が秘かに持ち込んだのだろう。だが、この地は蜂どもにとって生きるべき場所ではないのだ‥‥」
 婉曲的な言葉。
 だが、仲間たちはその意味を正確に悟った。
 環境に適応できないハモグリコマユバチは、全滅の危機に際して種保存本能を爆発させた。つまり、手当たり次第に卵を産み付けるのだ。
 異常な現象ではない。
 非常に悪いたとえ話だが、人間でいうとアジア・アフリカで飢饉に貧している人々がそれにあたる。死を目前に控えたとき、自らの血を残そうとするのは生物全体の本能なのである。
 むろん、蜂たちに罪があるわけではない。
 罪はすべて、滅茶苦茶な行為をしたものにある。
 こんな蜂を大量に持ち込み、しかも公園に放つとは。
 愚考も極まれりというものだろう。
 どんな悪意があってのことかは判らぬが。
 亡くなった人は、そのとばっちりを受けただけだ。
「じゃあ、この蜂たちはどうするの?」
 シュラインが訊ねるが、じつのところ彼女にも答えは判っていた。
「始末するしかない。冬になれば全滅するだろうが、それまで待つこともできぬし、いまさら捉えて原産地に戻しても生きられない」
 冷たく乾いた声で、武神が告げる。
 このようなとき、黒髪の調停者は永久凍土のような冷たさを他者に感じさせる。
 本来が優しい性格のため、表情と声に鎧を着せているのだということは、幾人かの友人は承知している。
 吹聴してまわるようなことでないが。
「さしあたり、ここにいる分をやっつける。そのあとは」
「巣を探して全滅させる、ということでよろしいですね」
 意識的に表情を消した巫と鈴が、陰気な口調で確認した。
 救いのない殺戮が、果てしなく続く。


「寄生蜂か‥‥なんか、三文ホラー映画みてぇだな」
 巫が呟いた。
 周囲には蜂どもの残骸が散らばっている。
 数も多くなく、動きも鈍かったゆえ、人間たちに被害らしい被害はない。
「‥‥本当に三文だが、否定はできないな」
 武神が言葉を返す。
 暗澹たる表情で。
「怖いわね」
 シュラインが言った。
 人間の身体で成長を続けた蜂が、いつか腹を食い破って外界に出る。
 作り物なら笑って見られるだろうが、それが現実のものになるとすれば笑いも凍り付いてしまう。
 もちろん、現実になどならないが。
「ええ。怖いですよ」
 わずかな寂寥感を黒瞳にたたえた鈴。
 彼女は単純に友人に同調したわけではない。
「人間の想像力と偏見は、本当に怖ろしいです」
 それこそ、とある国津神の血を引く美女の最も言いたい事なのだろう。
 怖ろしいのは、寄生蜂そのものではない。
 多くの人が抱く寄生蜂のイメージだ。
 もしも人間に卵を産み付ける蜂というものが報道機関などに知れたらどうなるか。
 その想像は戦慄を孕む。
 マス・ヒステリー。
 理性も良識も捨てた群集心理。
 蜂を狩る人々。
 続出する模倣犯。
 もはや残り少なくなったこの国の自然は、今度こそ致命的なダメージを受けるかもしれない。
 人は、その聡明さをもってこの星に君臨したはずなのに‥‥。
「あるいは、人類が滅びる要因となるのは、天変地異でも神の怒りでも宇宙人の侵略でもないかもしれませんね」
「‥‥そうね、人の持つ心の弱さ、なのかもね‥‥」
 静かな声で後を引き継ぐシュライン。
 彼女の青い瞳にも、寂しげな光が揺れている。
 気付いたのだ。
 増殖する恐怖に。
 それは、ハモグリコマユバチという小さな昆虫から生み出され、日本を席巻するかもしれない恐怖。
 日常に潜む魔性。
「結局、世間に知られねぇように処理するしかねえってか」
 巫が吐き捨てた。
 苦虫を、まとめて噛み潰したような表情である。
 法、マスコミ、民衆、そういうものの力を借りられぬとすれば、ここに蜂を放った犯人を追い詰めることなどできない。
 これでは、被害者も蜂たちも浮かばれぬ。
 そして犯人は、どこかで高笑いをあげるというわけだ。
 浄化屋でなくとも理不尽さに歯噛みするであろう。
「‥‥悪いヤツほどよく眠るってことかよ!」
 罪もない大地を蹴りつける。
「そんなことはさせん。絶対に」
 猛々しい冷静さで、武神が宣言した。
 個人的制裁を加えるという意味ではない。事件そのものは闇に葬るとしても、犯人を捕らえて法による裁きを受けさせるべきだろう。
 名目は、未必の故意。
 便利な言葉だが、これ以上適切な罪状はない。
 上手くすれば、殺人で立件できるはずだ。
 それに、このまま犯人を放置していては、また同じことを繰り返す可能性が高い。
 犯罪者というものは、失敗するまで繰り返す傾向があるから。
「判った。俺も協力するぜ。武神のダンナ」
 ごく簡単に浄化屋が言い切る。
 さすがの決断力といえるだろう。
「興信所の情報網も、活用して良いわよ」
「うちのネットワークも、それなりに役に立ちますよ」
 シュラインと鈴も続く。
 東の空が明度を増し、ひとつの夜の終焉を告げていた。
 そしてそれは、もうひとつの戦いの幕開きでもあった。


  エピローグ

 ○月×日。事件解決。
 この病は、寄生蜂ハモグリコマユバチにより引き起こされたるものと断定してよい。
 ただし、海外より持ち込まれた寄生蜂を用いた愉快犯の仕業である。
 調査結果をふまえ、昨日、犯人の拘束に成功。
 警察への引き渡しも無事終了した。
 以後の裁定は検察と裁判所の任であろう。
 本日をもって、新宿御苑から発生した奇病の調査を終了する。
 なお、犠牲となった人と利用された蜂に、謹んで哀悼の意を捧げる。

 後日、草間の元に届けられた報告書の一部である。
 文面の最後には、奏上者の名が記されており、それは、
 シュライン・エマ、武神一樹、巫灰滋、当麻鈴という四人の連名だった。



                        終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店主
  (たけがみ・かずき)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
0319/ 当麻・鈴     /女  /364 / 骨董屋
  (たいま・すず)

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました。
「増殖する恐怖」お届けいたします。
 皆さまが惜しいところまで辿り着いていました。
 素晴らしいです☆
 あと一歩で、全員ビンゴでしたね。
 楽しんでいただければ幸いです。

 それでは、またお会いできることを祈って。


☆お知らせ☆

 9月16日(月)9月19日(木)の新作アップは、著者MT13執筆のためお休みいたします。
 ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。