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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


誰もいない海

 碇麗香は、一通の読者からの手紙を手に、眉間にしわを刻んでいた。
 手紙の内容は、20年ほど前に、林間学校のため、千葉の御裏(おうら)海岸へ行った、千葉市内の小学校の生徒ら20人と引率の教師二人が、行方不明になったというものだった。手紙の差出人、松原隆は、その事件でただ一人残された生徒だった。
 手紙を何度か読み下し、麗香は、最近も似たような事件があったのを思い出していた。
(そういえば……あれも、たしか御裏海岸だったわよね……)
胸に呟く。その口元が、ふいに小さくゆがめられた。
(ふうん。御裏海岸……か。調べれば、何かありそうじゃない。ひょっとして、記事になるかもね)
更に胸に呟いて、彼女は編集部内を見回した。
「ちょっと、誰か御裏海岸について調べてくれないかしら」
彼女のよく通る声が、編集部内に響いた。





 真名神慶悟は、一人、御裏海岸の浜辺に佇んでいた。
 夏休みも終わり、連休も明けた浜辺には、人の姿はない。
 といっても、ここは一般的な海水浴場ではない。そこから少し離れた所に立つ貸し別荘のプライベートビーチだ。月刊「アトラス」編集部に来た読者からの手紙にあった、集団行方不明事件の現場である。
 たまたま「アトラス」編集部を訪れて話を聞いた彼は、麗香に自分が調査することを申し出た。
 彼が最初にしたことは、手紙の主の松原隆に直接会って、話を聞くことだった。
 松原は、今でも御裏海岸のある千葉県T市に住んでいて、快く彼と会ってくれた。
 それによれば、事件は20年前の8月、夏休みの林間学校の最中に起こったのだという。松原は、当時小学校2年生。林間学校は自由参加で、行方不明になった20人の生徒たちと共に、引率教師二人に連れられて、このプライベートビーチを持つ貸し別荘へ二泊三日の予定でやって来た。事件が起こったのは、その二日目の午後だった。
 空はよく晴れて、風もなく波も穏やかで、他の生徒たちと共に、松原は海辺で遊んでいた。むろん、全員が水着姿で、泳ぐ者もいれば、浜辺で遊ぶ者もいる。そんな中、松原は、海に背を向け、砂で城を作ることに夢中になっていた。その間もむろん、他の生徒たちのはしゃぐ声はずっと聞こえていた。
 彼が、ふと違和感を感じて背後の海をふり返ったのは、その生徒たちの声が、ふいに途絶えたせいだった。ふり返った彼の目にはただ、誰もいない浜辺と、打ち寄せる波だけが映っていた。
 最初は、他の生徒たちが自分を驚かそうとしているのだと、松原は思ったのだという。だが、いくら探してみても、そこには誰もいない。貸し別荘へ帰ったのかと、そちらへも行ってみたが、やはり同じだ。とうとう怖くなった彼は、近くの海水浴場まで必死で走り、そこで最初に出合った人に助けを求めた。むろん、最初はなかなか信じてもらえなかったが、どうにか警察を呼んでもらえて、彼は保護されると共に、周辺の捜索が開始された。だが、結局、20年が過ぎた今でも、事件は解明されず、一緒に行った生徒も教師も見つかっていないのだという。
 松原と分かれた後、慶悟は、地元の図書館に寄って、事件について、当時の新聞記事を調べてみた。かなり大きく報道されてはいたものの、内容的には松原の話と大差ない。ただ、「御裏海岸では、江戸時代から、こういった事件が時々起こっている」という一文が気になった。そこで、更に、市の歴史書や、民話などの本を当たってみる。
 すると、なんとも奇妙な事実が浮かび上がった。
 新聞にあった一文の通り、御裏海岸では、すでに平安時代から何年かに一度、集団行方不明事件が起こっているのだ。はっきり資料として残されている事件は、江戸時代中期、享保(きょうほう)11年のものが一番古い。が、民話や伝説の類を当たってみると、平安末期が舞台とおぼしい集団行方不明事件が載っていた。
 更に、一冊の地元の民話集の中には、こんな話があった。
 平安の初期のころ、御裏海岸には龍神が住むといわれ、その神を祭る祠があったのだという。ところが、都から来たという一人の僧が、これは神ではないと言って祠を破壊し、代わりに、人々の願い事をかなえてやるようになった。だが、僧が死ぬと、海岸には龍の姿の妖(あやかし)が現れるようになり、人々を困らせた。そこで、それを鎮めようと地元の人々は何人かの人間を生け贄としてさし出したのだという。そして、それ以来、妖は人々を困らせることがなくなった――という話だ。
 慶悟は、おそらくその僧が、実際には僧形の陰陽師だったのではないかと考えた。朝廷に仕える者はともかく、市井に住まう陰陽師は、僧形の者もいただろう。たとえば、有名な芦屋道満などのように。
(つまり、行方不明事件は、主を失い、妖となった式神の仕業というわけか……)
民話や伝説は、時にどんな記録よりもはっきりと史実を伝えていることもある。慶悟は、この民話から、その史実の匂いを嗅ぎ取って、胸に呟いた。
 そうした下調べを経て、彼は、御裏海岸の行方不明事件の現場へ足を運んだのだった。

 彼はまず、人気のない海岸の土地を調べてみた。龍脈地気や気脈の乱れがないかを見て回る。念のため、海岸だけでなく貸し別荘の周囲も調べてみたが、ゆがみや乱れは、どこにも見つからなかった。
(やはり、海……か)
胸に呟き、海の方を神将に調べに行かせようとした時、ふいに、周囲に偵察代わりに配置してあった小鬼の式神たちがざわめく。
(なんだ?)
ハッと彼は体をこわばらせる。小鬼たちのざわめきようは、尋常ではなかった。だが、その報告が届くより早く。彼の後ろに人の気配が立った。思わずふり返る。
 誰かが近づいて来る気配さえなかったのに、そこには、一人の女性が立っていた。
 白いサマードレスに身を包み、サンダルをはいた、長い髪の女性だ。20代半ばぐらいだろうか。
 その姿に、慶悟は思わず眉をひそめる。女性の尋常ではない現れ方も気になったが、それよりも、慶悟は彼女になぜか見覚えがあったのだ。
「あんたは……」
何か言いかけ、ふいに、どこで彼女を見たのかを思い出す。
 松原隆に見せてもらった、20年前の林間学校の時の写真だ。その中に映っていた引率教師二人の内の一人が、彼女だった。似ているなどというものではない、そっくりだ。だが、当時20代半ばならば、今は40代半ばだろう。
「あんた、人間じゃないな?」
問い掛ける彼に、女性は薄く笑った。
「陰陽師……というたか。かつて、我を支配した者と同じ匂いを持つ人間よ。邪魔をするな。我はもう、あの時とは違う。もうすぐ、龍となるのじゃ。ゆえに、そなたごときの力では、どうにもできぬ。ここからおとなしゅう立ち去れば、命は助けてやる。さっさと立ち去るがよい」
「もうすぐ、龍となる……?」
その言葉に、慶悟は思い当たった。
「まさか、あんたは蛟か」
「察しがよいのう」
女性は、クク……と喉の奥で笑った。
 蛟(みずち)とは、蛇と龍との中間の存在だ。一説には、蛇が妖力を得て蛟となり、蛟が更に力を得て龍となると言われている。
(なるほど。……あの民話が、少しでも事実を伝えているのなら、何も知らない地元の人々が最初祭っていたのは、蛟で、それを知った僧形の陰陽師がその蛟を己の式神として操り、地元の人々を助けていた、というわけだ)
胸に呟き、慶悟は口を開いた。
「その蛟が、なぜ人間を襲う。まさか、生け贄を与えられて、人の血の味を覚えたか」
「我を、愚かな獣と一緒にするでないわ」
女性――蛟は彼の無知を嘲笑うように返す。
「我はただ、龍となるために、人の魂を集めているだけじゃ。蛟は、千の八倍、人間の魂を食らうと龍になれる。そんなことも知らぬのかえ、陰陽師」
 聞くなり、慶悟は眉をしかめた。そんな話は聞いたこともない。
「いったい、誰がそんなことを言ったんだ?」
「我を支配した陰陽師が、昔言うたことぞ。そやつは言うておったわ。いずれは、この地を離れ、共に都へ上り、その地に満ちる人間どもの魂を食らわせてやろうと。さすれば、我は龍となり、都を守る神となれる、とのう」
彼の問いに、蛟は、勝ち誇ったように答えた。
 それを聞いて、やっと彼にも全ての真相が飲み込めた。蛟を式神とした陰陽師は、都の転覆を謀っていたのだろう。その最大の武器として、蛟を手に入れ、しかし、その望みはかなわず、当時は辺境であった、この地で死した。だが、残された蛟は、陰陽師の言葉を信じ、ここで魂集めをしていたというわけだ。
(これはやはり、封じるしかないな)
決意して、彼は周囲の守りを固めるために、十二神将の一人、騰蛇を召喚した。
 現れた神将の姿に、蛟は柳眉を逆立てた。
「あくまでも、我の邪魔をするつもりか? ならば、そなたも我の贄となれ!」
喚くなり、女性の姿はかき消えた。代わりに、気配は海の方へと移る。その気配を追って、慶悟もそちらへ視線を巡らせた。
 穏やかな波が打ち寄せる浜辺の沖から、こちらに向かって、黒い影が、まっすぐに進んで来る。それが、浜辺に近づくなり、突然、鎌首をもたげた。
 それは、一見すれば、大蛇とも見えたかもしれない。銀の鱗に包まれた体は細長く、しなやかにS字を描きながら移動している。が、その持ち上げられた頭には、よく見なければわからないほど小さな、角らしき突起があった。その巨大な口がくわっと開かれ、そこから、半透明の蛇の群れが吐き出される。
 最初の一撃は、騰蛇によって阻まれ、慶悟には届かなかったものの、続けて放たれた二撃目は、阻みきれなかった。蛇の群れは、慶悟の体に次々と取り付き、首や手足を締め付けながら、海の方へと彼を引きずって行く。
 20人もの人間が一度に消えた理由は、これだったのだ。殊に、海に入っていた人間は、引きずり込まれて溺死させられれば、ひとたまりもない。
 冗談ではないと、慶悟は必死に抗う。騰蛇が、彼にまといつく蛇の群れを払い落とした。だが、みたび、蛇の群れが襲う。このままでは、きりがない。彼は、勝負に出た。
 まといつく蛇の群れを好きにさせ、引きずられるままに、海に入った。それを見下ろす蛟の目に、残忍な光が浮かぶ。
『そなたは、我の邪魔をしようとした。常ならば、このようなことはせぬが、今日は特別じゃ。そなたを、ここでバラバラに引き裂いてくれよう』
慶悟の脳裏に、直接蛟の声が響く。ほとんど同時に、まといつく蛇たちの締めつける力が更に強くなった。本気で、バラバラにするつもりなのか、手足が、外側に向けて強くひっぱられる。
「くっ……!」
痛みに耐えながら、彼は、機会が訪れるのを待っていた。
 彼の体は、更に蛟に近く引き寄せられる。もはや、鱗の一枚一枚の色や形までが見分けられるほどになった。蛟は、苦しむ彼をもっとよく見ようとするかのように、首を伸ばし、こちらを覗き込む。途端。
「今だ! 騰蛇!」
機会を逃さず、慶悟は鋭く叫んだ。騰蛇が動き、その逞しい腕に、蛟の体を抱え込む。
『な、何をする! 離せ!』
蛟は、必死に叫び、暴れたが、騰蛇の腕からは逃れられるはずもない。一方、慶悟の体を締め上げていた蛇たちの力は逆に弱まった。彼はすかさず、ジャケットのポケットから、小さな鏡を取り出した。
「清きところを天とし、濁るところを地とす。陰陽交じりて万物を生じ、それ悉く身佛性あり。最も人倫をえらび、身佛となるがゆえに、火もゆくことあたわず、水もただよわすことあたわず。諸天善神、金輪奈落の底までも、これを照らす阿吽の息吹となりて、これなる障碍(しょうげ)をなすもの、悉くここに封じん。――縛!」
 長い呪文を一気に唱え、最後に裂帛の気合と共に、鏡に意識を込める。
『やめろ! 離せ! 我は……我は、龍になるのじゃ……!』
蛟は、必死に抗い身をよじる。だが、逃れることはかなわなかった。小さな鏡に、蛟は吸い込まれ、すぐに、その場からかき消える。
 慶悟は、最後に鏡の面に封印の呪符を貼り、小さく吐息をついた。
 すっかりびしょ濡れだったが、とりあえず、浜辺に上がり、騰蛇に海底を調べるよう命じる。やがて、戻って来た騰蛇がもたらしたのは、海岸からかなり離れた海底に、人間の目では見つけにくい形で、洞窟が出来ており、そこに多くの人骨が沈んでいる、という報告だった。
(骨まで、溜め込んでいたとはな……。ひょっとして、平安時代からのものもあるんだろうか……)
慶悟は、ふと思って溜息をついた。いったい、その数たるや、どれほどのものだろうかと考えたのだ。

 数日後、慶悟の通報で海底から発見された白骨の山は、おおいに世間を騒がせた。
 慶悟の想像通り、その数は途方もなく、警察による鑑定の結果、一番古いものは、今からほぼ千年前のものだったという。が、一番新しい、最近の行方不明者のものは、さすがに白骨化しておらず、腐乱した状態だったようだ。
 ただ、それらの遺体がそこに集まっていたのは、蛟のしたことではなく、海流による偶然だったらしい。
 なんにせよ、警察が真相を解明することはないだろう。
 だが、月刊「アトラス」は、慶悟が突き止めた真相を記事にして、おおいに売上を伸ばした。
 その「アトラス」編集部の追加取材でわかったことだが、蛟は、あの引率教師の時のように、同じ女性の姿で、犠牲者となった集団の中に紛れ込んでいたようだ。そうやって、獲物を御裏海岸へ引き寄せていたのかもしれない。
 蛟を封印した鏡は、御裏海岸近くの龍神を祭神とする神社の境内へ埋めた。物が物だけに、どこでもいいというわけにも行かなかったのだ。せっかく封じたものが、土地開発などで掘り出され、何も知らない人間によって、封印を解かれてしまうなどというのは、よくあることなのだから。
 それに、慶悟は少しだけ、蛟を哀れにも思っていた。蛟に、嘘を吹き込み、長い間、益のない殺戮を続けさせていたのは、人間の方だったのだから。
(せめて、自分がなりたいと焦がれていた、龍神の膝元で、眠らせてやるよ)
鏡を、地中深く埋めた後、彼は、小さく胸に呟いた。
 神社を後にしながら、彼がふり仰いだ空は、どこまでも青く、遠くに波の音が優しく響いていた――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0389/真名神慶悟/男性/20歳/陰陽師】

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■         ライター通信          ■
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真名神慶悟さま、3回目のご参加、ありがとうございます。
今回は、いかにも陰陽師らしい内容にしてみたのですが、いかがだったでしょうか?
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
またの機会がありましたら、その時は、またよろしくお願いします。