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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:終わりのはじまり  〜邪神シリーズ〜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界鏡線シリーズ『札幌』
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

 なんとか、函館は守り切れたようでございますね。
 それにしても、城島教授が邪神の側に身を置く人間だったとは。
 世も末、という言い方は陳腐ですが、本当に世も末です。
 彼の者たちのを復活させたところで、人に益などもたらさぬというのに。
 と、これは、いらっしゃいませ。
 どうなさいました三浦さま。
 戦勝報告なら、つい先程うけとりましたよ。
 は?
 次はこちらから仕掛けると仰るのですか?
 しかし、陸上自衛隊も大打撃を受けているはずでは?
 ええ。たしかにこんな状態のとき攻勢に転ずるとは、彼の者どもも思いますまい。
 とはいえ、上手くいくかもしれない、という程度の勝算で兵を動かすのは危険極まるかと。
 接収した四隻のイージス護衛艦?
 それが貴方さまの切り札ですか‥‥。
 あの強大な船ならば、たしかに‥‥。
 しかし、なぜそのように焦るのですか?
 彼の者どもは兵力のほとんどを失い、ふたたび起つまでにかなりの時間を要すると思いますが。
 内浦湾の海底隆起?
 その件は既に解決したのではありませんか?
 なんと、ふたたび隆起が始まっていると‥‥。
 ‥‥承知いたしました。
 そういうことであれば協力いたしましょう。
 少々気になることもございますし。
 いえ‥‥まだ言える段階には到っていません。
 とにかく、こちらでも人を集めます。
 作戦開始日時をお教えください。




※邪神シリーズです。
※バトルシナリオです。推理の要素はありません。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。



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終わりのはじまり  〜邪神シリーズ〜

 深い、深い海の底。
 遙かな昔、海中へと没した巨大石造都市。
 永遠の静寂に包まれて、「それ」は眠りについていた。
 あたかも死せるが如く。
 いかなる夢を見ているのか、余人に悟られることもなく。
『目覚めの時だよ‥‥』
 思念波。
 何処とも知れぬ場所から届く、なにものかの意志。
 暗い、暗い海の底。
「それ」の口から零れた泡が、ゆらゆらと上昇していった。


 白波を蹴立て、四隻のイージス護衛艦が海上を闊歩する。
 燦々と陽光が降り注ぐ内浦湾。
 目指す先は、突如として出現した湾内の島。
 海底隆起が再確認されたのは三日前、そこから七二時間も経過しないうちに、島の出現である。
 まともな地質学では考えられない事態だった。
 もっとも、この期に及んで常識を云々するように正直者は、艦上に一人もいない。
「そろそろ懲りて欲しいもんやな」
 藤村圭一郎が呟いた。
 旗艦『みょうこう』の艦橋である。
 黒髪の占い師の軽口も、どこか精彩を欠いていた。
 緊張ゆえだ。
「懲りさせましょう。それしかないのですから」
 穏やかな微笑をたたえて、金髪の女性が応える。
 戦装束も凛々しい歴然たる美女だ。
 草壁さくらという。
 この二人が、今回の作戦に参加する特殊能力者のすべてである。
 事態の急転により、陸上自衛隊と嘘八百屋は充分な数を用意することができなかった。
 それでも作戦の決行に踏み切ったのは、準備に時間をかけられるほど彼らにも余裕はないからだ。
 それに、接収したイージス護衛艦がある。
 余程の事態にならない限り、邪神の眷属どもにおくれをとることはない。
 もっとも、この想定は無意味でもある。
 負けるつもりで兵を動かす低能など、この世には存在しないからだ。
 誰だって、勝算を立てて戦いに望む。
 そして、いずれか一方の計算が崩れ、勝敗は決するのだ。
 それが戦いというものである。
「‥‥おいでなすったで」
 ソナーを見つめていた藤村が、全員の注意を喚起する。
 迫りくる巨大な物体が、不吉な影のように画面に映っている。
「全艦、魚雷戦用意!」
 三浦陸将補の声が響いた。
 さくらと藤村が頷き合い、甲板に飛び出してゆく。
 艦橋に、彼らの戦闘部署はないからだ。
 というより、二人しかいない特殊能力者を前面に出さず温存するほど、陸上自衛隊に余裕はない。
 最大限に働いてもらわねば困るのだ。
「頼んだぞ」
 信頼の声を背中に受け、二人の戦士が奔る。


「いくで!!」
 藤村が剣を振り、生み出された氷が海面に突き刺さる。
 氷の能力者である彼が最も得意とする戦法だ。
 怪物を艦に近づけさせぬよう、氷漬けにする。
 むろん、長時間は保たない。
 せいぜい数分が限度だ。
 だが、その数分で充分なのである。
 護衛艦から発射された魚雷が、次々とダゴンに着弾し、静かなはずの内浦湾に水柱が吹き上がった。
 特殊能力と化学兵器を連動させた攻撃。
 強大な邪神といえども、これにはひとたまりもない。
「まずは一匹や!」
『四時方向から、もう一体近づいている。後方を遮断されるのはまずいぞ』
「了解や」
 インカムを通じて、三浦の声が戦況を報せる。
 今回に限っていえば、陸上自衛隊に奇策はない。
 もともとが慣れぬ海上戦なのだ。
 島に上陸しなくては、いかな三浦陸将補といえども完全な指揮力は発揮できなかろう。
「さくらはん! そっちの準備はどや!?」
「もうそろそろ整います。あと少しだけ時間を稼いで下さい」
「任しとき」
 後部甲板のさくらに向かって手を振る。
 イージス護衛艦に揚陸能力はない。
 島に乗り込むためには、小艇で突入するしかないのだ。
 その指揮を委ねられているのが、さくらである。
 危険な任務ゆえ、藤村などは自分がやると申し出たのだが、彼女は頑として首を縦に振らなかった。
 やがて、四隻の護衛艦から産み落とされた八艘のモーターボートが、島を目指して走り出す。
 六〇名の兵士とともに。
 だが、ボート群の前に、巨大なダゴンが立ちはだかる。
 立ち竦むように船足をとめるモーターボート。
 大きい。
 ボートと比較すると、その差が歴然だった。
 体長三〇メートルはあるだろうか。
 怪物という表現を通り越して、怪獣である。
「まだあんなん残っとったんかい!?」
 甲板上、藤村が無念の臍を咬む。
 敵の戦力は激減している。それがこの作戦の大前提だ。
 ここまで巨大な生物を温存していたとなると、作戦そのものを変更すべきかもしれない。
 一瞬だが、怯懦が沸き上がる。
 そしてそれが、藤村の反応速度を僅かに遅らせた。
 巨大ダゴンがモーターボートを蹴散らす!
 舌打ちを堪えつつ放った、ドライアイスの投槍がダゴンの腕に突き刺さり、微細な傷を作った。
 が、時すでに遅く、さくらの乗っていたボートは、虚しく船腹を海面に晒している。
「えらいこっちゃ! 三浦はん! さくらはんが落ちたで!!」
『こちらでも状況は確認した』
 沈痛な声がインカムから流れる。
 海中は、ダゴンのみならずインスマウスどもいるだろう。
 いまの状況では、救出隊を出すこともできない。
 どうしようもない‥‥。
 絶望の黒い染みが、甲板と艦橋にいる男たちを蚕食する。
「‥‥武神に、なんていえばいいねん‥‥」
 占い師の呟き。
 勝利の女神のような女性を失ったいま、はたして邪神どもに勝てるのだろうか。
 そんなことまで考えてしまう。
 もちろん、それは事実ではない。
 これまで勝利をおさめてきたのは、だれか一人だけの功績に依るものではないからだ。
 だが、それでも、頼もしい仲間の喪失は、まるで幸運の魔法のランプが壊れたかのような感覚を藤村に与えた。
 一時的に士気を低下させる自衛隊。
 逆にダゴンは勝利の余勢をかって、猛々しく吼える。
 艦砲射撃を全身で受けながら。
 と、怪物の口から迸る水流が、一隻のイージス艦を貫き薙ぎ払った。
 ダイヤモンドすら切り裂く危険な水である。
 前後二つに割られた艦が、断末魔の苦悶に身を捩りつつ、海中に没していった。
「‥‥こんごう。撃沈しました‥‥」
 索敵士官の報告が、事実を前にして滑稽に響く。
「見れば判ること言うなや!!」
 インカムが拾った声に悪態をつき、屹っとダゴンを睨みつける藤村。
 手にした魔剣は、数メートルの長さまで成長している。
 気化してゆくドライアイスが即席の霧を生む。
「せめて、仇とったるからな‥‥さくらはん」
 魔剣より冷たい焔を両眼に燃やし、決然と呟いた。
「ダゴンの懐に躍り込んで、零距離射撃で仕留めるぞ! 信号『我に続け』を継続発信しろ!!!!」
 艦橋で三浦が叫ぶ。
 常の冷静さを、かなぐり捨てて。
「突撃しいや!!」
「全艦! 突入!!」
 甲板の男と艦橋の男の声が重なる。
 復讐心に猛り狂った鉄の巨艦たちが、太古の邪神に向けて猛然と襲いかかる。
 あたかも、猛獣に地にねじ伏せる猟犬のように。


 土塊と、乾いた海草。
 島の上にはそれしかなかった。
 浮上したばかりの島である。
 生命の気配など、なにひとつあるはずがない。
 はず手がないのだが、
「間もなく、あの方が到着なさいます‥‥」
 愉悦に満ちた笑声が、出来たばかりの荒野に木霊する。
 槙野奈菜絵という。
 もっとも、マントを羽織ったこの女性の名を正確に記憶している者は少ない。
 邪神の司祭としての印象があまりにも強いためだ。
「最後に勝つのは、この私‥‥」
「果たして、そうでしょうか?」
 笑いを含んだ声が割り込む。
 奈菜絵が、ゆっくりと振り返った。
 聞き覚えのある声である。
 けっして相容れぬ怨敵の声だ。
「きましたね。風の邪神の使徒‥‥」
「ええ。あなたを引き裂くために参上しました。歓喜に打ち震えながら逝きなさい」
 嘲弄する星間信人。
「さて、死ぬのはどちらでしょう? 汚らわしい奇襲をせず、私を倒せますか?」
 対する奈菜絵も負けていない。
「奇襲とは、弱者が強者に対して行うもの。どうしてあなた程度の相手を奇襲する必要がありましょう?」
「なかなか小賢しい口を叩きますね」
「賢者の弁です。どうせ理解できないでしょうが、ありがたく聞きなさい」
 白刃を打ち交わすように舌鋒を繰り出しながら、じわじわと移動する二人。
 油断ならざる相手であることは、互いに承知している。
 特殊能力の強さ、主への忠誠、メンタル面の強靱さ。
 優劣つけがたい。
 経験と老練さでは星間が勝り、若さと鋭気では奈菜絵が勝る。
 前に戦ったときも、勝負はつかなかったのだ。
 結果として図書館司書が地に這わされたが、あれは、ブラックファラオにやられたに過ぎない。
 無言のまま、星間の手が宙を薙ぐ。
 瞬間、生まれた颶風が奈菜絵を襲う。
 薄く笑った女子高生が、左手を掲げた。
 触れるものすべてを腐らせる狂風が、絹よりも薄い水の皮膜にぶつかり、無害な涼風と化す。
 奈菜絵の右手の指先から、細く鋭い水流が迸る。
 アルカイックスマイルを崩さぬ青年が、左手を振った。
 分厚い鉄板すら貫く奔流が、まるで意志をもつもののように軌道を逸らし、地面と接吻する。
 やはり、その力量は互角であった。
 星間にしてみれば、絶対に認めたくないことではある。
 サカナと同格などと。
 だが、彼は慢心が最大の敵であることを知っていた。
 大切なのは、如何にしてこの勇敵を屠るか。
 ただ、それだけである。
 反吐がでるほど忌々しい相手ではあるが、その実力を過小評価することはできない。
 すっとナイフを懐から取り出す。
 魔法の撃ち合いで決着がつかないなら、接近格闘(ドッグファイト)で勝負を決める!
 思いが伝播したかのように、奈菜絵も三日月刀(シミター)を鞘走らせた。
 星間の顔に緊張が走る。
 武器のリーチでは敵に分がある。
 もちろん星間の持っているのはただのナイフではないが、それは奈菜絵にしても同じだろう。
 ナイフとシミターがぶつかり、非友好的な火花を散らす。
 叩き付け、薙ぎ払い、切り裂き、突き刺す。
 体力と技巧の限りを尽くし、青年と少女が鎬を削る。
 ひれは、いつ果てるとも知れぬ戦い。
 体力で勝る星間か。
 武器の性能で上回る奈菜絵か。
 勝利の女神は、祝福のキスを与える相手を決めかねている。
 一言も発しないまま、殺し合いに没頭する。
 二人とも無口な方ではないが、このような場面で軽口を叩くほど酔狂にはなれなかったようだ。
 永遠に続くかと思われた戦闘は、だが、時間にして数分のことでしかなかった。
 期せずして、二人が飛び離れる。
 荒い呼吸音だけが、荒野を支配していた。
 魔法でも格闘でも勝負がつかないとすれば、残された手段はひとつしかない。
「いあ! いあ! はすたあ! はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ あい! あい! はすたあ!」
「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるふ るるいえ うが=なぐる ふたぐん!」
 意味不明の呪が、男と女の口から流れ出る。
 召喚術である。
 互いに眷属を呼んだのだ。
 やがて、空間が割れ、何かが姿を現す。


「往生しいや!!」
 裂帛の気合いとともに振り回された魔剣が、怪物の肩に食い込み、そのまま左腕を切り落とす。
 苦悶の声をあげ、ろくに狙いもつけずに水流を放つダゴン。
 艦上に仁王立ちする藤村。
 もはや生き残っている護衛艦は、『みょうこう』と『むらさめ』の二隻だけである。そしてその二隻とも満身創痍の状態だった。
 むろん、藤村も無傷ではない。
 体長三〇メートルを超えるバケモノと戦っているのだ。
 傷を負わない方がどうかしている。
「‥‥これでまた五分やなぁ。続けよやないか‥‥」
 どうやら骨折したらしい自らの左腕を皮肉げに眺め、ゆっくりとダゴンに視線を移す。
 凄絶としか表現しようのない微笑。
 ぬらぬらと光る怪物の目と、燃えさかる氷のような占い師の視線が、火花を散らしながら絡み合う。
 と、いきなりダゴンの表情が凍った。
 信じられないものでも視るように、自分の胸に生えた槍を見つめる。
 陽光を反射して輝く氷の槍を。
「‥‥終わりや、消えや」
 冷然と言い放つ藤村。
 右手のグラムの刃は護衛艦の舷側部分貫き、海中に没していた。
 すべてを見通す者がいれば、ドライアイスの剣が水中を走り、背後からダゴンの胸を貫いたことを知るだろう。
 ぐらりとよろめいた怪物が、倒された手段を知ることをなく崩れてゆく。
「‥‥仇‥‥とったで‥‥」
 呟くと同時に身体の力が抜け、尻餅をついてしまう。
 身体の各所が悲鳴をあげる。
 いまさらのように、骨折の激痛が襲ったのだ。
「‥‥救護班、たのむで。もう動けそうもあらへん」
「わかった。すぐそちらに向かわせる。ご苦労だったな」
 三浦の声も、疲れ切ってはいたが落ち着きを取り戻していた。
「痛み止めに、ブランデーなんかもつけてくれると嬉しいなぁ」
「善処しよ‥‥」
『こ、これは! 海中に再び巨大な生物が出現!!』
 和みかけた空気を嘲笑うかのような、索敵士官の報告が割り込む。
「‥‥嘘やろ‥‥」
 冷たい汗が、藤村の頬を伝う。
 雫が甲板に落ち、それが合図のように、ダゴンが姿を海上に浮かんだ。
 大きい‥‥。
 先程のものより、さらに一回り巨大な怪獣。
「‥‥あかん‥‥もう動けへん‥‥」
 珍しく泣き言を漏らす。
 だが、事実としてはまったくその通りなのだ。
 左腕の骨折、全身の打撲と擦過傷。そして、使い果たした精神力。
 もはや、拳大の氷を作ることすら叶わぬ。
「もう‥‥終わりなんかな‥‥」
 絶望の黒い染みに全身を蚕食されながら呟く。
 怖いとは思わなかった。
 ただ、自分たちの戦いの結果がどのようなものになるか。それを見届けられないのが残念だった。
「特攻をかける‥‥藤村、さっさと脱出しろ」
 インカムを通じた三浦の声。
 悲壮な決意というには、淡々としている。
「‥‥最後まで付き合ったるで。三浦はん」
 藤村もまた、落ち着いた声で切り返す。
 正義感や英雄的感情によるものではない。
 動けない自分を運ぶことによって、脱出者の行動速度が鈍る。そう判断してのことだ。
 やがて、繭のような救命艇を次々と放出しながら、『みょうこう』がゆっくりと進路を変える。
 その時だった。
 目も眩むばかりの閃光が、戦場を包んだのは。
 まぶしさにに目を細めた藤村は、たしかに見た。
 ダゴンの正面に立ちはだかる、光の巨人を。


 島の中央部は、愕然と失笑に支配されていた。
 前者は奈菜絵の、後者は星間の専有物である。
 両者は眷属を呼んだ。
 だが、招来せしめた結果は、正反対だった。
 星間の上空には四匹のビヤーキーが遊弋し、奈菜絵の周囲には‥‥なにものも存在しなかった。
 召喚に失敗したのではない。
 奈菜絵は、ビヤーキーよりも遙かに強大なダゴンを呼び出したのだ。
 だが、それは、島の外に現れた謎の物体と激烈な戦闘を繰り広げている。
 雄大で、あまりにも馬鹿馬鹿しい光景だった。
 金色に輝く巨大な力士。
 全長四〇メートルになんなんとする相撲取りが、彼女が呼び出した邪神と戦っている。
 眩暈がするような滑稽さだった。
「ごわす。ごわす」
 という鹿児島弁が、事態の非現実感に花を添えていた。
「お似合いの戦いですねぇ」
 星間の嘲弄すら、奈菜絵の耳には届いていないようだった。
 一時的に失調してしまったのだ。
 無理もない話ではある。
 だが、青年は敵の自失に付き合ってやるほど、紳士でもフェミニストでもなかった。
「やってしまいなさい」
 さっと右手を掲げる。
 少女に躍り掛かる風の眷属たち。
 奈菜絵の四肢が引きちぎられ、腸が引きずり出されるさまを、星間は幻視し当然となった。
「布留部由良由良布留部‥‥」
 静かな呪が、荒野に木霊する。
 それだけで、ビヤーキーたちは動きを止めた。
 一瞬後、現れたときと同じ唐突さで、風の眷属の姿がかき消える。
 もちろん星間のやったことではない。
「‥‥何のつもりです? 武神さん」
「その娘が贖罪すべきは、一連の戦いで犠牲になった人々に対してだろう」
 良く通る声は、星間の視線の先から発せられた。
 黒い髪。同色の瞳。右手にさげた天叢雲の剣。
 武神一樹と呼ばれる男である。
 またの名を調停者。
 髪も服も濡れそぼっているのは、おそらくジェットスキーなどで湾内を突っ切ってきたからだろう。
「‥‥言っている意味が判りませんが」
「では言い換えよう。奈菜絵に罰を下すのは人間だ。けっして邪神ハスターなどではない」
「‥‥‥‥」
 星間は返答しなかった。
 口に出しては。
 黒い瞳が、鴉の濡れ羽のように輝いている。
 瞬間、星間の右手が宙に螺旋を描く!
 空間が割れ‥‥そして、何事もなかったかのように閉じた。
「イタクァ。風邪に乗りて歩むものか。呼び出されては厄介だが」
「呼び出す前なら対処は可能、ということですか」
「どうする? ここで雌雄を決するか? 名状し難きものの使徒よ」
 天叢雲を構える。
 びりびりとした威圧感が、星間の神経を灼いた。
「‥‥やめておきましょう。ここであなたとやりあっても、あまり意味はありませんから」
 溜息とともに、青年が言った。
「‥‥‥‥」
「それで、僕が退去するのを止めますか? あなたは」
 呼びかける声から、固有名詞が消失した。
「どこへ行こうと、お前の自由だ。だが、この国に仇為すというなら、そのときは斬る」
 武神もまた、固有名詞を外す。
 あるいはそれは、宣戦布告の瞬間だったのかもしれない。
 互いにとって。
 やがて、武神から視線を外さぬまま、図書館司書が小さな笛を吹く。
 海中に隠れていたビヤーキーを呼んだのだ。
 水中行動が苦手な風の眷属も、とあるアイテムを使うことで充分な行動力を持つのである。
 その強化されたビヤーキーが、盟友の身体を掬い上げ、何処かの空へと消えてゆく。
 武神は追わなかった。
 物理的に追う手段がないからではあるが、それ以上に、一度は仲間として行動したものを追撃するのか嫌だったのである。
 このあたりは、調停者の甘さともいえる。
「降伏しろ。奈菜絵」
 茫然自失している少女に切っ先を突きつけ、武神が言葉を紡いだ。


 島の外側の戦いも、終幕を迎えようとしている。
 光り輝く巨大な力士が繰り出す相撲技によって、ダゴンは殴られ、投げられ、押し潰され、ボロボロになりながら消滅した。
 巨大な怪獣の終焉を見届けると、謎の巨人は「ごわっす!」という声を残し、彼方の空へと飛び去っていった。
 なんだか判らないうちに勝利を収めた自衛隊は、島にいる奈菜絵同様、呆然としていたが、一つの吉報がもたらされたことにより、活気を取り戻す。
 戦闘中に行方不明になっていたさくらが発見されたのだ。
 気を失ってはいるものの、命に別状はないという。
 いくつものヘルメットや帽子が宙を舞い、艦上は一時の興奮に包まれた。
 その後、奈菜絵を拘束した武神が合流し、自衛隊は撤収を開始する。
 島の調査はまったくの手付かずだが、兵の損耗を考えるとこれ以上の行動は不可能であった。
 加えて、一連の事態の首謀者たる奈菜絵が逮捕拘禁されたことにより、安堵感が広がっていたという事情もあろう。
 戦いは終わったのだ。
 敵勢力は壊滅し、城島は冥界の門をくぐり、奈菜絵は拘束された。
 これを勝利といわずして、なんとする!
 多大な犠牲は払ったが、これで凱旋である。
 いまや二隻に数を減じたイージス艦が、誇らしく軍旗を掲げて室蘭港へと帰路につく。
 傾きかけた太陽が、勝者たちの後ろ姿を照らし出していた。
 ‥‥一時的な勝者の姿を。


  エピローグ

 自衛隊が撤収してから一時間。
 誰もいないはずの島に、人影があった。
 憂愁の色を瞳にたたえた青年。
 と、その手が地表に投げ出された剣を拾う。
 三日月刀だ。
 かつて青年が、とある女性に与えたものである。
 わずかに間に合わなかった。
 ほんの二、三時間はやく到着していたら。
「‥‥すぐに助け出してあげるからね」
 誰に言うともない呟き。
「バカな連中だ。どうしても僕を本気にさせたいらしい」
 そして、沸き上がる哄笑。
 誰もいない島に、不吉に響きわたる。
 やがて、笑いを納めた青年が、
「じゃあ行こうか。僕とキミの、大切な人を取り戻すために」
 と、言った。
 声に応じて、海面が泡立つ。
 賛同の意を示すかのように。





                        終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0146/ 藤村・圭一郎   /男  / 27 / 占い師
  (ふじむら・けいいちろう) with秘剣グラム
0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店主
  (たけがみ・かずき) with天叢雲
0134/ 草壁・さくら   /女  /999 / 骨董屋『櫻月堂』店員
  (くさかべ・さくら)
0377/ 星間・信人    /男  / 32 / 図書館司書
  (ほしま・のぶひと)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「終わりのはじまり」お届けいたします。
いろいろなことが同時に起こっているお話です。
ちょっと判りづらいかもしれません。
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。