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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


雨が降ったら

 しとしとと、雨が降る。
 雨の日は憂鬱だ、という人もいるだろう。

「あ、見て見て?変な書き込みー」
 ある日、雫の掲示板に書き込みがあった。
「不思議な橋があるみたい。なんでも雨の日に丸く濡れない部分が現れるんだって」
 丸く乾いたままの部分は歩道で、しかし、誰かが通り過ぎようとするとふっと何ごともなかったかのように雨に濡れてしまうらしい。
 その部分の直径は80センチほどだということだ。
「上に何かがあるって訳でもなさそうなんだけど?え?」
 雫はモニタを指差した。
「場所ならここだよ。なんならプリントする?」

 雨が降ったら調べに行くのもいいかもしれない。
 あなたは雫からプリントされた地図を受け取った。
「何か分かったら雫にも教えてね」




「あれ?降ってきたんとちゃうか」
 南宮寺・天音(なんぐうじ・あまね)はその鼻先に雨を感じて、鈍色ににごった空を仰いだ。朝から重く濁った空は、増々その濁りを増し、まだ昼前だというのに辺りは薄暗かった。
 今朝から降りそうやなあって思ってたんよね。あー、今日は重馬場か。これは荒れるかもしれへんな…。
 天音はだるそうに首を回すと、出かける時に前もって準備していた折り畳み傘を広げた。
 馬券が荒れれば、当然見込む配当も大きくなってくるはずだったが、天音の表情は少し暗かった。
 まだ弱冠16歳、高校1年生の天音だが、彼女は自分の腕で生計を立てている。持ち前の強運を武器に、あらゆるギャンブルに手を出し、また連勝しているのだ。
 日曜日の今日は中央競馬、場外馬券場へと向かう予定だ。もちろん未成年者と学生が馬券を買うことを禁止されているのは知っているが、天音はそれを理由に誰かに咎められたことはなかったし、そんなヘマもしなかった。

 先日ネットカフェに顔を出した天音は、雫から不思議な橋の話を聞いた。雨の日に丸く濡れない、乾いたままの部分が現れる橋。
 日頃から不思議な出来事には興味津々の天音は、一度是非その橋を見に行ってみたいと思った。この目で確かめてみたいと思ったからだ。いや、不思議だからだけではない。自分も同じく雨に因縁を持つ者として、橋を見てみたかった。
 天音は少し立ち止まって、雫から貰ったメモをスケジュール帳の間から取り出した。
 橋は幸い今いる場所から遠くない所にあるようだった。
 「せや、せっかくの雨やし、例の橋見に行ってみようかな」
 天音は傘をくるりと回した。
 全レースを買うつもりではなかったし、少しくらいの寄り道ならいいだろう。



 橋に現れるというその乾いた部分は、誰かに通られると何ごともなかったかのように濡れて、消えてしまうと言う。
 天音がその橋に付いた時、幸いにもそれははっきりと現れていた。まだ雨が降り始めて間もないからだろうか。
「うんうん。こういうのも運があるって言うんかな。いや、縁があるんか」
 くしゃりと笑うと天音はその場所に近付き、しゃがみこんだ。
 それは橋の歩道部分にあった。
 休日の午前、という時間帯のせいなのか、ほとんど人通りはなかった。車道の方もごくたまに車が通るだけで、妙に静かだった。雨の降る音だけが耳に入ってくる。
 もしそこを通る人があればきっと、しゃがみこむ天音の姿は奇異に映っただろう。天音はじっとその箇所を見つめていた。
 「ほんまに乾いてるなあ」
 天音はつぶやくと、思わずその上を見上げた。
 鉛色の空からは、ぱらぱらと雨粒が落ちてきて傘にあたった。
 
 −何かあったんやろうなあ。
 
 

 天音は雨が嫌いだった。
 今でこそ自分の腕一本で世間を渡っている天音だが、彼女は実は旧家の令嬢である。いや、令嬢であった、と言ったほうが正しいだろうか。
 霧雨の降るある日に、天音は叔父夫婦の元へと里子に出されたのである。
 母親が病身であったからだとか、天音自身が病弱であったからだとか言われていたが、詳しい理由を天音は覚えていない。ただ、両親や姉妹と引き離され、里子として叔父の元で暮らす生活は天音にとって辛い事ばかりだった。
 自分に、強運:ギャンブルの才能がある、と気付いた時、天音は迷わず叔父の元から独立することを選んだ。自分の運命は自分で勝ち取るものだと、そう信じたのだ。
 天音は雨が嫌いだった。
 もしかしたら、雨が降る度に里子に出された事を今でも思い出してしまう、そんな自分が嫌いなのかもしれなかった。
 天音はそっと、小さく溜め息を吐いた。
 目をつぶると、何かを頭から振払うようにぶるぶると頭を振った。
「よし!」
 気合いを入れるように大きく声を上げ、カッと目を見開いた。そして、天音は驚いた。
 天音の前には一人の男の子がしゃがんでいた。軽く首を傾げ、天音の目を覗き込んでいる。
「何、しとんのや?」
 それは向こうの台詞だろう、と思わないでもなかったが、天音はその男の子に問いかけた。
 彼は傘をさしておらず、紺色の服が雨に濡れていた。
 まだ小学生くらいだろうか。男の子は雨に濡れるのも構わず、天音を見つめていた。
 見つめられて間がもたないのか、天音は口を開く。
「この辺の子なん?濡れてたら風邪ひくんとちゃう?」
 雨はそれほど強くもなかったが、、濡れっぱなしでは風邪をひいてしまうように思えた。
 天音は、質問に答えずにこちらをただ見つめるだけの子供に向かって持っている傘を差し出した。無意識に手が動いていた。
 傘を差し出されると子供は一瞬驚くように体をこわばらせ、そして身を翻し逃げた。
 逃げた?
 何から逃げると言うのだろうか。
 しかしすっくと立ち上がると、天音は子供の後を追って駆け出していた。



 すぐそばの路地を曲がったのは見たんや。おかしいなあ。
 子供の足だから、と思っていた天音は男の子の姿を見失っていた。大通りから狭い路地へと入り込んだ子供は、すばしこくあちこちの角を曲がって行った。
 右折をくり返すかと思えばすぐ左折。目的に向かって走っているのではなく、そこには天音をまこうとしている意志が感じられた。
 小学生が大人にかなうと思ってるんか?
 厳密には天音も大人ではなかったが、小学生に比べれば全然大人と言ってよいだろう。売られた勝負、負けるつもりはなかった。ある意味大人気ない、と言っても良いかもしれない。
 全力で走る天音はすぐにその子供の姿を捉えた。
 ここ、さっきも通ったんとちゃうんかな?
 走りながら行き過ぎる景色に目を遣り、天音は考えた。明らかにぐるぐると周辺を回っているようだ。
 雨に濡れると風邪を引くなどと言っていた天音も、もう傘をたたんで子供を追い掛けている。何か意地になっていた。
 距離はもう大分縮まっている。手をのばせば、あの肩をつかめるかも知れない。
 何十度目かの角を曲がる時、天音はその右手を男の子に伸ばした。手は布を掴み、天音は引き寄せるようにそれをひっぱり大声でこう言った。
「つーかまえた!」
 
 勢いで角を曲がった天音はその手に紺色の傘を掴んでいた。目の前にはさきほどまで追いかけっこをしていた男の子の姿はどこにもなかった。
 ごく普通の住宅街だった。
 天音はきょろきょろと、まだ男の子を探していた。どこかの家の庭へと隠れているのではないだろうか。
 手には鞄、たたんだ自分の傘とさっき掴んだ紺色の傘があった。紺色の傘は紳士物で、把手につけられた傷から、どうやら年代物らしかった。いくつか治した跡もあり、大事に長い間使われていたようだった。
 なんでこんなものが?
 たしかに走る子供に手を伸ばしたと思ったんやけど。
 首を捻ると、天音は天を仰いだ。
 いつのまにか雨は止んでいた。
 あ、そういえば橋のこと忘れてたわ。子供を追い掛けてこんなとこまで走ってきて、うちらしくないなあ。
 苦笑して視線を戻した天音の目の前に男の子が立っていた。
 またか、と身構えた天音だったがさっきまで追い掛けていた子供とは違う子供のようだ。天音の持っている紺色の傘を掴んでいる。
「これ、お父さんの傘だよ」
 子供はそういうと天音を見た。


「あー。お構いなく」
 天音は後から現れた子供の家にお邪魔していた。
 ソファに座った天音の前に暖かい紅茶とお菓子が並んべられた。
 子供の母親はお茶を出すと天音の向いに腰掛けた。隣には先ほどの子供が座ってお菓子に手を伸ばしている。
「あの傘は主人が主人の父親から譲り受けた傘なんです」
 天音は先ほどの紺色の傘を、持ち主だと主張する子供の家へと返しにやってきたのである。
「やっぱり。なんかあちこちに繕った跡があるし、大事に使ってたんやなあ、って思いました。」
 母親はにっこり笑うと子供の頭を軽く叩いた。
「雨の日だったんです。この子が主人を迎えにこの大きい傘をさして家を出ました。」
 その日は夕方になって急に雨が降ってきたらしい。学校から戻ってきていた子供は、父親の傘が傘立てにあることに気付き、雨の日のお迎えに一人家を出たのだと言う。
「あの橋はもともと交通量の多い橋だったんですが、その日は雨だったこともあって余計に車が多かったみたいです。」 
 苛々と運転していたのだろうか。1台の車がスピードを落とさずに橋へと曲がってきて、曲がりきれずに歩道へと突っ込んできたのだ。ちょうどその時橋の上にいた少年はクラクションの音で振り向くと車がこちらへと向かってくるところだったという。
 少年とその場にいた誰もが轢かれる、と思ったらしい。
「その時にね、強く風が吹いたらしいんです。身体に合わない大きい傘をさしていたこの子はすごい勢いで風に飛ばされたらしいんです。不思議でしょう。ひどい擦り傷はできましたが車に轢かれることを思えば軽いものでした」
 自分の事を話されているのを知ってか知らずか少年はもぐもぐとお菓子を食べていた。
「運転していた人も幸い怪我だけですんだようです」
 そういえば、橋のどこにもお地蔵さんとかなかったなあ、と天音は思い出した。
「ただ、その時の騒ぎで、救急車とか大勢の人がいたりで、その傘をなくしてしまったんです。風が吹いていたし、もしかしたら川に流されたのかとも思ったんですが、見つけてくださってありがとうございました」
 母親は天音に向かって微笑んだ。
 天音はさっきからずっと思っていたことを聞いた。
「傘をなくして、探しには行きはらなかったんですか?」
 母親は首を横に振った。
「何度も行きました。でも何故かみつからなかったんですよ。あなたはどこでこれを?」
 天音は少しだけ笑った。
「傘はお母さんが探しに行ってはったんですか?」
「ええ。でもそれが何か?」
「いいえ」
 天音は今度こそにこやかに笑った。

 帰り支度をし、玄関口に置かれた傘に天音は心の中で話し掛けた。
 ずっと、あの場所で待ってたん?
 あの子供はきっとこの傘自身だったのだろう。
 大事に、してくれるって。
 橋に佇んでいた傘。
 傘は自分がそこに居ることを思い出して欲しかったのではないだろうか。多分、母親でなく、あの家の子に。
「なんで、うちには姿を見せたん?」
 天音はぽつりと傘に向かって呟き、家の人に挨拶をするとくるりと玄関へ向かった。
「…君も帰りたがっていたからだよ」
 扉を押す天音の背後からかすかな声が聞こえた気がした。


 うちは、帰りたいわけやない。
 でも、そうやな。うちが居ることは、居たことは憶えていて欲しい、…かもしれへんなあ…。
 思い出したように、天音は時計に目をやった。
「やば!急がなメインレースも終わってしまうわ」
 駆け出した天音の目によく晴れた青空が映った。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0576/南宮寺・天音/女/16/ギャンブラー(高校生)



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■         ライター通信          ■
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 南宮寺さん初めまして。
 この度は御参加どうもありがとうございました。
 関西弁で陽気なギャンブラーだけど、実は、
 という設定が上手く生かせたかどうか不安ではあります。
 いかがだったでしょうか。
 御意見、御感想、などありましたらよろしくお願いします。
 
 それではまたお会いできますことを祈って。

                 トキノ