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私を殺さないで
●始まり
「圭吾ー、掃除終わったよぉ」
白いエプロンを翻してヒヨリが『時計屋』の店主、梁守圭吾(やなもり・けいご)へと顔を向ける。
「お疲れ様。それじゃ一休みしましょうか……」
と店の奥のカウンターへと歩き始めた時、店の扉が開かれた。
見事な細工彫りがされた木製の扉は音もなく内側に開き、お客を招き入れる。
「あの……時計屋、ってここですか?」
入ってきたのは20代前後の女性だった。長い髪を後ろで一つに束ね、ゆったりとした服装をしている。
「はい、そうですよ」
にっこりと圭吾が答えると、女性は安心したように笑う。それにヒヨリがポットからお茶をいれ、女性に椅子をすすめる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
にっこり笑うヒヨリを、女性はまさか人形だとは思うまい。
そして女性はお茶を一口口に含むと、バッグから小箱を取り出した。
「ここでこういう物を預かってくれる、って聞いたもので……」
「?」
女性の前に座った圭吾はその箱を開けて首をかしげる。そこにはおしゃぶりが3つ入っていた。
「これは……?」
女性の話を聞くと、最近女の子が夢の中に出て来てこう言うそうだ。
私を殺さないで
と。そして目が覚めると枕元にこのおしゃぶりがあった。
「失礼ですが、お子さんは……?」
「いいえ。あの……独身ですから……」
言いながら女性はうつむき、お腹の辺りに軽く触れた。
「そうですか……」
「なんだろうね……理由がわかればすっきりするかも、ね?」
小箱からおしゃぶりを取り出し、ヒヨリは店内にいた他の客ではない人物達へと差し出した。
▼依頼人情報
名前:楠 香恵(くすのき・かえ)
年齢:19歳
職業:大学生
●お使い帰り
「こんな所に街があったんですね……」
界境線での帰り道、天薙撫子はふと見た事の無い街を見かけ、立ち止まる。一歩踏み出して、ふとまだ時間はあるのかと思い、懐中時計を取り出そうとすると見つからない。
「おかしいですね……確かにここに入れて置いたはずなのに……」
何度探っても見つからない為、仕方なくお店を軽く覗いて時間を確かめよう、と街の中へと入っていった。
しかしどのお店を覗いても時計はない。
「何をきょろきょろしておる?」
「え? あ、時計を探しているんですけど……」
不意に声をかけられて撫子が戸惑いながら声の主を見ると、そこには黒髪の少女が立っていた。
「ここには時計などないぞ」
「え?」
「時計が見たければ『時計屋』に行くがよい。この街で時計があるのはあそこだけじゃ。ついでに『クレセント』という喫茶店もよろしく頼む」
それだけ言うと、青葉遊羽(ときわ・ゆう)は現れた時と同じくらい唐突にいなくなった。
「『時計屋』……」
●調査?
シュライン・エマはその街の入り口に立つと、かけていたサングラスを額にずらした。
「ここね、『時無町』って」
シュラインは草間武彦(くさま・たけひこ)に頼まれ、この街を見に来ていた。
「時計がなくなる、って言ってたわよね、武彦さん……」
腕にしっかりはまっている時計を確認し、再び脚を動かし街の中に踏み込んだ。
「……」
そして腕を確認すると確かに時計はなくなっている。試しに街の外へと出てみるとある。
「おかしな街……少し探検してみましょう」
未知なるものへの恐怖心は全くない。シュラインはスタスタと街の中へと入っていった。
●新作のカード
「あれ? しーちゃん今日もカードバトル?」
店の掃除を始めたヒヨリの前に、狩生熾凛が立つ。
「『クレセント』の端に子供用のスペースで対戦台置いてくれた、って春風(はるか)さんが」
「そうなんだー。でもしーちゃんが行ったら大変だね。みんな勝てなくて」
にっこり笑ったヒヨリに、熾凛は困ったような笑みを浮かべた。
カードバトルでは負け知らずの熾凛。普段はおとなしめではにかみやの男の子なのだが、いったんバトルが始まると人が変わったようになる。
ヒヨリはカードバトルは出来ないが、カードを見るのが好きだった為、最近では新しいカードが出ると見せに来てくれる。
「新作のカード出たの? 見たい見たい☆ 掃除終わるまで中で待ってて♪」
「うん」
●取材
「夏休みおわっとんのにまだこきつかわれとるん?」
「一葉さんこそ……」
「うちはまだ夏休みやさかい」
「大学生はええな、夏休み長くて」
「その分レポートがぎょうさん出とるわ」
大阪弁の二人、鈴宮北斗と獅王一葉が一緒に歩いていると、どこか漫才に聞こえる。
れっきとした女性ではあるが、どう見ても男にしか見えない一葉。北斗と並んでいると姉弟のようである。
「……そんで今『クレセント』の取材が終わったから、次は……」
「『時計屋』やな。ほなはよいこか」
相変わらず月刊アトラス編集部でバイトをしている二人は、今回時無町の取材を任された。
「北斗、今何時や?」
「えっと……あれ?」
「どなしてん?」
「時計がない……」
確かに朝腕にはめていたはずなのになくなっている。北斗は慌てて鞄の中を探るが出てこなかった。
「してこなかったんちゃうん? しゃあないな……」
と一葉も自分のバッグの中を探るがやはり時計がない。
「……うちも忘れてしもたみたいや。ま、これから行くんが『時計屋』ゆうくらいやから、時計があるやろ」
●酒の仕入れ
珍しいお酒がおいてある店がある、との噂を聞きつけて、九尾桐伯は界境線に乗っていた。
「時無町……」
そのお酒を手に入れた帰り、ふと桐伯はその街が気になって下車した。
「何か気になりますね……」
特に目的はなかったが、桐伯は時無町へと足を踏み入れた。
●仕事帰り
一仕事終え、1泊した帰り道。横切った街でふと目に入った看板。
「時計屋、か」
外から中を覗く事は出来ない。
立派な彫り模様の木の扉。それは来客を拒んでいるようであり、招いているようでもある。
好奇心が無いわけではない。
真名神慶悟はふらりと喫茶店にでも入るかのように扉を開けた。
●買い物
「これで頼まれた物は終わり、かな……」
弟に頼まれた買い物を済ませた鷹科碧は、ふと『時計屋』によってみようかと思い立った。
静かで優しい雰囲気のある店。何を売っている店なのか未だによくわからないが、居心地が何故かよかった。
「圭吾さんとひーちゃんにケーキでも買って行こうかな……」
●妊娠発覚!?
時計屋の作りは真ん中に応接セットのような物があり、周りを様々な時をさしている時計が取り囲んでいるような形をしている。
いくつあるのかわからない無数の時計。しかし時を刻む音はひとつも聞こえてこない。
そう、全て止まっているのだ。
その応接セットに楠香恵と、その場に集まっていた8人が集まった。
と言っても全員が座れるはずもなく、撫子と熾凛、シュラインが座り、後のメンバーが立っていた。
「おしゃぶり……これって一日で置かれていた物ですか?」
「いいえ……ここ三日ほどで毎日です」
撫子の問いに、香恵が答え、そして続ける。
「あの、私……別にこれの謎が解決しなくてもいいんです。預かってさえ頂ければ……」
「でも、寝覚めはすっきりした方がいいでしょう……楠さん」
「はい」
まじまじとおしゃぶりを見ながら桐伯はちらっと視線だけあげて瞳を細める。バーテンダーで、その姿とても似合う桐伯がおしゃぶりを眺めている光景は不思議な感じがする。
「昔ミルク飲み人形とか持ってませんでした?」
「……小さい時は持ってましたけど……もう捨ててしまったと思います」
「そうですか……」
桐伯が考えていたのは昔使っていた人形が訴えている、と言った感じだったのだが違うようだった。
推理が外れた桐伯は、今度は空間把握能力を使って探る。
ここに現実の者として立っている者だけでなく、まだ生まれ出ない命を探って。そして、香恵のお腹の辺りに何かを感じた。
「こっちの方でしたね……」
桐伯の呟きは誰にも聞こえなかった。
シュラインは軽く目をつむり、耳を澄ませる。人には聞こえない音。それを聞く為に。香恵のお腹の辺りに集中すると、小さな鼓動が聞こえてきた。
小さいけれど確かな鼓動。それをちゃんと聴き取って、シュラインは微かにため息をついた。
「……」
碧もそっとおしゃぶりに触れてみる。すると微かに伝わってくる霊的波動。
『ごめんね、産んであげれなくて』『ありがとう、生まれてきてくれて』『私を殺さないで』
順に伝わってきた思い。碧は眉間に皺を寄せてうつむいた。
「うちにも貸してくれまへん?」
「どうぞ」
桐伯からおしゃぶりを受け取り、一葉サイコメトリを始める。このおしゃぶりに関わる事を見る為に。
浮かんできたのはおしゃぶりを選ぶ女性の姿。それは香恵に似ていたが、少し感じが違う。
次に浮かんできたのはその女性が泣いている姿。お腹を押さえて泣き崩れ、それを旦那さんであろう男性が慰めている。
それが一つ目のおしゃぶりの映像。
二つ目は泣いていた女性の嬉しそうな姿。そしてそのおしゃぶりをくわえる赤子。
三つ目は……真っ暗だった。暗闇の中におしゃぶりだけが浮かんでいる。
「……。ちょっとええかな?」
香恵に席を外して貰い、一葉は皆にその話をした。
話を聞いたシュラインは足を組み直しながら口を開く。
「最初映像は楠さんの母親の映像じゃないかしら? 流産した、とか」
「だったら2番目は楠さん本人かな、その赤ちゃん」
常時持ち歩いているバトル用とは違うカードを選びながら熾凛が言うと、碧は考え込むようにうつむいた。
「最後の真っ暗って……」
「大方これから生まれてくる子供の映像、ってヤツじゃないか?」
煙草をくわえたまま慶悟が言う。
「それって楠様がご懐妊なさっている、って事ですわよね?」
「そういう事になるな。みんな感づいてるだろ?」
撫子の問いに慶悟は軽く瞳を細めた。
「しかも堕ろそうと思ってる、って言ったところかしら」
「いやですね……」
シュラインの言葉に熾凛はうつむく。まだ親の愛情をたっぷり受けている年齢。その上熾凛は母親をとても大事に思っていた。だから、その母親から自分をいらない、と言われた時の事を想像すると怖い。異質な能力をもってるが故に尚更。
「相手は学生なんかな…」
「大学教授、とかもあるな」
「まさか不倫、とか……」
香恵が通された奥の部屋へ続くドアを見ながら北斗が言う。それに慶悟と碧が声を重ねるように言った。
撫子は手のひらで包み込んだ湯飲みを眺めながら呟く。それに桐伯が同意する。
「産めない理由って色々ありますよね……。でも折角授かった命、産んで欲しいですね…」
「こうしてお腹の中の子供が訴えているみたいなんですから、なんとかしてあげたいですね」
「ここでぐだぐだ話ししててもしゃあないわ。楠はん呼んで話ししよか。最後に結論を出すのは本人しかおらへんのやし」
「そうだね」
きぱっとした一葉の意見に、碧は頷いた。
●出産と堕胎
「……はい……今、3ヶ月で……」
妊娠の話をすると、香恵は泣き出しそうな声でこう答えた。
一同やはり、という顔になる。
「それで、楠さんはどうしたんですか?」
桐伯の優しい声に香恵はうつむいたまま肩を震わせる。
女にとって産むにしてもおろすにしても重大な決断だ。
「父親は?」
「……バイト先の店長で……別居中の奥さんがいて……」
涙混じりの声はだんだん小さくなっていく。そして香恵の答えに皆一様にため息をついた。
「どなたかにご相談なさったんですか?」
撫子の問いに小さく首をふる。
「おろそう、って考えてるの?」
「……」
寂しそうに碧に言われて香恵はうつむいたまま答えない。否、答えられない。そう簡単に決めてしまって良い事ではないのだから。
それを見ながら慶悟はパッと何かを思いついたようにくわえていた煙草を箱に戻し、香恵を見下ろす。
「そこのバイト先って?」
「それは……」
香恵の告げた場所はここからさほど遠くなかった。
「獅王、鈴宮、ちょっとつきあえや」
「……わかった」
「え?」
「ええから一緒にきいや」
「え、ええ? あいたたたた……」
何の事だかわからなかった北斗の耳を一葉が引っ張って連れ出す。
そして小さく耳打ち。
「男引っ張ってくるに決まってるやろ」
「ああ、そうか……一葉さん行ったら迫力満点やしな……いてっ」
パコーン、と北斗の後頭部にハリセンが炸裂した。
「今回はかなしシリアスやし、これの出番ないと思うとったんやけどな……」
「何やっんだ。早く来い」
慶悟に言われて二人は慌てて走り出した。
話は戻って店内へ。
「本当は産みたいと思ってるんじゃないの?」
シュラインの問いかけに香恵はパッと顔をあげて、すぐにうつむいてしまう。そして小さくお腹の辺りをさする。
さすがにまだ目立たないお腹。胎動すら始まっていない。つわりなのか、時折口元を手で覆い、水を口に運ぶ。
「横になった方がいいですよ」
「大丈夫です……」
「違いますよ、赤ちゃんの為に」
香恵の横に座っていた熾凛がソファから降り、クッションを枕にようにしてヒヨリからタオルを借りてまく。
『赤ちゃんの為』そう言われて香恵はおとなしく横になる。それを見てやはり産みたいと思っているんだな、と皆感じた。
いなくなってしまう命に気を遣ったりはしないだろう。
「赤ちゃんを護って」
熾凛がカードを取り出し語りかけると、カードから柔らかい光があふれ店内をてらす。そして光が集まり一つの形を作った。
「まぁ、綺麗ですね……」
撫子の感嘆の声。そこに現れたのは柔らかい光を放つドラゴン。その瞳は慈愛に満ち、優しく香恵を見つめている。
そのドラゴンのおかげなのか、香恵の顔色が良くなった。
「カードから召還なんてすごいですね」
「ありがとうございます。……これで人の役にたてれば……」
桐伯の言葉に熾凛は恥ずかしそうに笑み、そして僅かに瞳を伏せた。
「さしでがましいかもしれませんが……何か悩み、不安とか話して頂けませんか? 気持ちが楽になると思いますよ」
撫子は自分の素性を香恵に明かし、優しい声で訊ねる。
「そうだね、誰も相談出来なかったんだったら、今ここでしたらどうかな。もう皆事情がわかっているはずだし」
「大丈夫、他言にするような事はありませんから」
真摯な眼差しの碧に、人をホッとさせるような笑みの桐伯。それに自分を励まし、助けてくれようとしてくれてる人々の顔を見て、香恵は堕胎や出産への不安をポツリポツリと語り始めた。
一方バイト先に向かった三人。
「すんまへんけど、店長さん呼んでくれへん?」
息を切らせつつカウンターに立っていた女の子に一葉が言うと、女の子は顔を赤くしつつコクリと頷いた。
「……一葉さんまた男と間違えられてる?」
パコーン! と再びハリセンが決まる。
「大きなお世話や」
じゃれ合っている二人をよそに、ようやく煙草がすえる、と慶悟は煙草に火をつける。まさか妊婦の前で煙草を吸うわけにはいかない。
その煙草が一本吸い終わるくらいになった時、店長が出てきた。
「私に何かご用ですか?」
悲哀の中間管理職風なやせ形の男性。
「楠香恵、て名前出せばわかるか?」
「……楠さんがどうかしましたか?」
一瞬目を見開いて、しかしすぐに表情を戻す。
「どうもこうもないわ。ここで話すのはなんやし、一緒に来てくれへん?」
「しかし仕事がありますから……」
「仕事と人の命とどっちが大事だ。鈴宮、引っ張っていけ」
「ラジャッ」
慶悟に言われて北斗はバンダナをまく。並はずれた運動神経の北斗。しかしそれを普段から使う訳にはいかないので、バンダナを巻いた時だけ発動するように自己暗示をかけてあった。
「何するんですかっ」
「ちょっと一緒に来て貰うだけや。とって食ったりせぇへんから安心しぃ」
ずるずると店長をひきずりながら北斗が言う。
「ちと店長はん借りるわ。なんかあったら携帯に連絡してや」
「悪いな」
ささっと紙ナプキンに携帯番号を書くと、一葉も店長をひっぱる。慶悟がとっておきの笑顔を見せると、女の子は激しく何度も頷いた。
「連れて来たぞ」
嫌がる店長を連れてきた為、最後には3人で引っ張ってきた。そして店に着くなり慶悟に放り出される。
「……店長……」
横になっていた香恵は、びっくりして起きあがる。
「な、何なんだ一体!?」
店に入れば壁一面の時計に沢山の人。その上光っているドラゴンが目の前に現れれば驚くというもの。
「く、楠くん、これは……」
「すみません……」
「あなたが謝る事じゃないわ。ちゃんと理由説明してわかって貰った方がいいわよ」
本当は誰かに背中を押して欲しかったんじゃないの? じゃなかったらこんな所こないでしょ? とシュラインは香恵に耳打ちする。
「俺は香恵さんに子供を産んで欲しいと思う。子供は作る作らん、出来た出来ないっちゅうものやあらへん。授かりもんや。香恵さんは独身やし大学にも通うてる。時間的経済的な心配もあると思う。せやけど、何も自分一人で背負い込む事はないんや」
「こ、子供!?」
はぁはぁ、と息を切らせながら北斗が言うと、店長は驚愕に目を見開いて香恵を見る。香恵はその視線にコクリと小さく頷いた。
「鈴宮さん、楠さんより先に言ってしまったらまずいですよ」
「あ……すんまへん……」
困ったように熾凛に言われて、北斗は「あ」という顔で固まる。
「楠様、横になっていた方がよろしいですよ」
「はい……」
店長を申し訳なさそうにじっと見たままの香恵に、撫子はそっと肩に触れて横にさせる。
店長−河継秀一(かわつぎ・しゅういち)は店内にいる皆から見られ、身の置き所ないように肩をすぼめ立ちつくす。
「う、……産むのか?」
とりあえず自分が父親だという自覚はあるらしい。秀一の問いに香恵は答えず瞳を閉じた。
どうして欲しいのか。答えは見えているようだった。だから聞きたくない。好きな人から、子供をおろしてほしい、という言葉を。
「あなたはどうして欲しいんですか? 決断を女性だけにゆだねるのは卑怯だと思いますよ。子供に関しては連帯責任です。どちらを選ぶにせよ、大変な思いをするのは女性なんですから」
「……」
やんわりと、しかしきつい言葉を桐伯に言われ秀一は唇を噛んで上を向いた。それに追い打ちをかけるように碧が淡々とした声で言う。
「お腹の子供は産まれたがってるよ。楠さんの夢に出てきて『殺さないでくれ』って言うくらいにね」
「夢なら果たせ。妄夢なら晴らせ。夢はいつでも現実を開いた眼で見据え、己の意思で片付けるものだ。あんたの意思が全てを晴らす鍵でもある……」
「……」
香恵は目をつむったまま慶悟の言葉に耳を傾ける。
「どうするかは本人達が決める事やけど……。望まれへん子は殺される。親が子供を殺すっちゅうことや。どんな理由やったとしても、小さな命を殺すっちゅうことや。産まれたいと願う赤ちゃんの気持ちなんて無視してな」
「子供がいない。産んだ事のない私たちには何とも言えないけど……楠さん、あなたも産みたいんでしょう?」
「産みたいの、か?」
一葉のまっすぐな言葉、シュラインの後押し。そして秀一の問い。
「……産みたい。産まれたがってる……女の子なの。私のお姉ちゃん、産まれる前に死んじゃって……だからきっと、生まれ変わりなの……」
「そうか……」
秀一は肩を落としながら深く長い息をついた。そして顔をきっぱりあげ、香恵に近づく。
「……香恵、産んでくれ。アイツとはもう離婚する。調停ももうすぐ終わる。俺と結婚してくれないか?」
「……」
ボロボロと香恵の瞳から涙があふれる。香恵は何度も頷き、秀一の首にすがりついた。
『ありがとう』
ドラゴンの放つ光の中に一人の少女が現れた。
その少女は秀一を香恵の姿を見、それから他のメンバーの顔を見てにっこり笑う。
『ありがとう』
もう一度声が聞こえ、少女の姿はドラゴンと共に消えた。
そしてテーブルの上に残されていたのはおそらく香恵が使っていたのだろう、と思われるおしゃぶりだけだった。
「色々ありがとうございました。皆さんのおかげで……」
「違いますよ。お腹の赤ちゃんと楠様との縁がとても深かっただけです」
「そうですよ。元気な赤ちゃん、産んで下さいね」
にっこりと撫子が言うと、熾凛もはにかんだように笑う。
「赤ちゃん産まれた見せに来てねー☆ 待ってるから♪」
ちゃっかりヒヨリまで見送りに加わっている。
皆に見送られ、香恵は『時計屋』を後にした。
おしゃぶりだけを残して。
●抹茶プリンパフェ
「圭吾さん、クレセント行かない?」
「え?」
「抹茶プリンパフェ食べに。ひーちゃんにすすめられたんだけど、まだ食べてないんだ」
碧に誘われてそうですね、と圭吾は頷く。
それに熾凛が支度を整えながら反応する。
「僕も行くところだったんです」
「わたくしもご一緒させて下さい。話伺って行きたいと思っていたんです」
街に入った時にクレセントの話を聞いていた撫子。
「そういや一葉さん……」
「なんや?」
「……クレセントの取材、料理の味まではせぇへんかったよな……」
「せやなぁ……取材はちゃんとせぇへんとな」
北斗と一葉が行く事も決定したらしい。
「そこってテイクアウトも出来る?」
「出来るよー☆ ケーキとか種類豊富で美味しいの♪」
「……武彦さんにお土産でも買っていこうかしら……」
顎をつまんで悩んでいるシュラインの後ろで、桐伯と慶悟。
「皆さん喫茶店に行かれるみたいですね。真名神さんはどうしますか?」
「あー……誰かのおごりなら行く」
「じゃね、今日は圭吾のおごりー♪ 事件解決してくれたお礼だよ☆ みんなでいこー」
「行く」
おごりと聞いて速攻反応して慶悟が頷く。
「ヒヨリ……勝手に……」
困ったような顔をするが否定はしない。
「私もおつきあいしますか。どんな物がおいてあるのか興味ありますし」
忘れないようにお酒をしっかりと手に持った桐伯の前で、ヒヨリが碧にぶらさがるように抱きついて話をしている。その姿に思わず笑みが浮かぶ。
「あのね碧ちゃん、今度はよもぎ抹茶アイスパフェって言うのがね……」
「よ、よもぎ……」
時計屋を出た賑やかな集団は、そのままクレセントへと向かっていった。
元気な女の赤ちゃんを連れた河継香恵が『時計屋』訪れるのは、数ヶ月先の事となる。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0115/獅王一葉/女/20/大学生/しおう・かずは】
【0262/鈴宮北斗/男/18/高校生/すずみや・ほくと】
【0328/天薙撫子/女/18/大学生(巫女)/あまなぎ・なでしこ】
【0332/九尾桐伯/男/27/バーテンダー/きゅうび・とうはく】
【0389/真名神慶悟/男/20/陰陽師/まながみ・けいご】
【0454/鷹科碧/男/16/高校生/たかしな・みどり】
【0551/狩生熾凛/男/11/小学生/かりゅう・しりん】
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■ ライター通信 ■
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初めての方もそうでない方も、こんにちは、夜来聖です☆
界境線・時の無い街、最初の依頼でした。いかがだったでしょうか?
夜来は普段からあまり共通NPCを作らないので、レギュラーNPCをOMCで使うのは初めてでした。ちょっと緊張ですね(汗
少しでもNPCを気に入って頂ければ嬉しいです。
皆さんから持ち込んで頂いた品物は、もしかしたら後日、アレンジして使わせて頂く可能性があります。全然違う物になっていたらごめんなさい。
それではまたの機会にお会いできる事を楽しみにしています☆
季節の変わり目なので、体調崩さないように気をつけて下さい。
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