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不条理の森
<オープニング>
よく晴れた日のお昼時。
なんだかまったりとしたくなるこの時間帯に、雫は悔しそうに騒いでいた。
「予定さえ入れてなかったら参加するのに〜!!誰か代わりに行って、感想教えてよ〜」
どうやらゴーストネットの掲示板の記事のことを言っているようだ。
掲示板にはこんなことが書かれてある。
実在する遊び場って、つまらないと思いませんか?
そんな貴方に朗報です。
是非、私の創り出した空間「不条理の森」で遊びませんか?
私は幽霊なのですが、皆様の楽しむ顔を見たいが為に成仏せず、実在するアトラクションより遥かに楽しめる空間を夢の中で創り出しました。
あらかじめ注意しておくことは、私の創り出した世界は非常に不条理だと言うことです。
常識は通らず、皆様の能力も使えなくなります。
その代わり幻の種をひとつ、差し上げます。状況に応じた奇跡がひとつ起こるでしょう。
又「不条理の森」は様々な「世界」から創られており、それぞれランダムで現れますので毎回違った場所に行けるでしょう。
ですが、一応ジャンル分けはされており、「ほのぼの」もしくは「コメディ」となっております。
ほのぼのは優しく、コメディはひたすらドタバタしております。どちらもやはり常識は通じません。
このイベントは○月×日に催します。
興味を持たれた方は、私へメールを下さい。
その日の晩貴方様が眠りにつけば、自然と不条理の森へ誘われるでしょう。
※メールを送る際は、ジャンルを明記して下さい。又、お好きな果物をひとつお教え下さいませ。
それぞれの人にそれぞれ違った世界をお見せ致します。
「不可思議な話ではありますが、面白そうですね……」
このいまいち掴めない新記事を読みながら、ウォレスは不条理の森という場所に惹かれていた。
外で時を過ごすことをあまりしないウォレスにとっては、この世界の趣向は興味深かった。
極楽ならばほのぼのを選択してのんびりとした世界を満喫するのも良い息抜きになりそうだ。
参加のメールを出し、ウォレスは眠るためベッドに入った。
普段なら起きている時刻なのだが、まるで誘われるように、ウォレスは眠りへと落ちた。
微風を身体に感じ、ウォレスは目を覚ました。
小さな森とその中心に若い女性が立っているのが視界に入る。
「ようこそ」
女性は随分と柔らかな笑顔で迎える。
ウォレスも、礼儀正しく会釈した。
どうやらここは不条理の森の入り口で、この女性が管理人のようだ。
女性は笑顔を崩さず、説明に入った。
「それぞれに個々の世界を感じていただきたいので、参加者の方々は個別に通しておりますの。この森を抜ければ貴方の世界に辿り着きますわ」
「そうですか、わかりました」
「それと、一応確認させていただきますけど、ジャンルはほのぼので、お好きな果物は瑞々しい梨ですね?」
「ええ」
「では、森へお進みください。幻の種はもう貴方の中にありますから。その先の世界が貴方にとって楽しいものとなりますように」
「ありがとうございます」
ウォレスは森へと入っていった。
暗い森へ視界が覆われるのと同時に、後ろで声がした。
「早く済ませなきゃ……」
独り言だったため随分小さな声だったはずなのだが、管理者の言葉は妙にウォレスの耳に残った。
一分程で通り過ぎる森は、草原へと繋がっていた。
よく晴れているのだが、何故だか辛くはない。
太陽の光は苦手なはずなのですが、とウォレスが不思議に思っていると、ここの太陽は普段ウォレスが感じる太陽の光に比べ、随分と柔らかい光を放っていることに気付いた。
ここは確立された世界なのだから太陽の感じも違うのだろう、ウォレスは少しホッとした。
これなら太陽の下でのんびりと時間を過ごせる。こんなことは滅多に無い。
穏やかな嬉さを伴った気持ちで自分のいる草原を見ると、あちこちにツクシが生えているのに気付いた。
「ここの季節は春なんですね」
のんびりとしたまま呟いたウォレスの一言に返事があった。
「うん」
ウォレスは少々驚いて下を見た。ツクシが話している。
しゃがみこんで観察してみると、このツクシには瞳があった。割と大きな瞳をくるくるとさせている。
なんだか可愛らしいですね、とウォレスは思い、話し掛けてみた。
「こんにちは」
「こんにちは。ここは春の世界だよ」
「春の世界?」
「うん。あと夏の世界と秋の世界と冬の世界と創造の世界があるよ。この世界は五つの小さな世界から出来ているんだ。お兄さんはどうしてここに来たの?」
「え……えっと、ほのぼのと瑞々しい梨を選択したらここへ着いたんですよ」
「わっ、お兄さん凄いねっ。僕、お兄さんがここに来た訳がわかったよ」
「…………?」
ウォレスには意味がわからない。
「んっと、つまりね。草じゃなくて地面、見てごらんよ」
ウォレスは手で草をどけて地面をよく見てみた。
土が無い代わりに、どこかで見たことのある色が付いている。これは何だろうか。
地面が何で出来ているか考えあぐねるウォレスに、ツクシが喋りだした。
「それはね、お兄さんがさっき言った果物なんだ」
「地面が梨で出来ている、ということですか?」
「うん。夏も秋も冬もそれで出来ているんだ。その果物は僕らの世界を創っているから特別で、僕らは口に出せないんだ」
「そうなんですか。では、創造の世界の地面は何で出来ているのですか?」
「創造の世界は行ったことないんだ。僕らは創造の世界どころか春の世界から動けないよ。さっきの果物を口に出せる人でないとこの世界から出られないんだ」
「では、私は行けるのですね?」
「うん。それで、創造の世界へ行くのなら、お願いしていいかな」
ツクシはおずおずと言い出す。
ウォレスは軽く微笑みながら
「ええ、いいですよ。何でしょう?」
と訊いた。
「冬の世界が無くなっちゃったんだ。原因はわからないんだけど、噂によると創造の世界に咲いている花が枯れたのが原因らしいんだ。咲かせてあげて欲しいんだよ」
「わかりました」
「創造の世界へは春と夏と秋の空を集めれば行けるよ。今は冬の世界が無いからね。春の空はこの前風で夏の世界へ流れて行っちゃったからここにはないけど、このまままっすぐ行けば夏の世界へ行けるよ」
ウォレスはいくら光が柔らかいとはいえ、苦手意識が働いて空を見上げることはしていなかったのだが、空が無い、と聞いて天を仰いでみた。
確かに、空のあるべきところには唯の白色が広がっている。
「じゃあとりあえず夏の世界へ行くとしましょう」
散歩でもするような気分で、ウォレスは夏の世界へと向かった。
<ひとつの季節(夏の世界)>
夏の世界は、非常に蒼い空を浮かべていた。
あまりに空が蒼いので、周りの家々も薄蒼く見える。
「まるで海の中にいるようですね」
ウォレスは見惚れていたが、この空をどうやって掴まえるのかがわからない。
前を見ると、左右に並ぶ家々の中で、中央に取り残されたような駅のプラットホームだけがある。
興味をそそられて近寄ってみると、プラットホームには椅子に座った老婆が眠っていて、隣に看板が置かれていた。落し物はここへ、そう書いてある。
「あの……おばあさん」
ウォレスが声をかけると老婆はまるで起きていたようにすぐ目を開いた。
「なんだい?落し物かい?」
「春の空がここへ流されてきませんでしたか?」
「ああ、来たねえ。そこにあるよ。勝手に地面をすり抜けてそこに入っちまった」
老婆が指さした先には、梨で出来た地面があった。
「ほれ、これで剥いてみ」
なんだかよくわからないまま、ウォレスは老婆から小型ナイフを受け取り、地面に当ててみた。
梨の地面だけあって、綺麗に剥けていった。
実があるべきところに、空が広がっていた。
春の空は夏の空に比べて蒼色が薄く、透明がかっている。
手を差し入れると、柔らかな風の感触を感じた。
「春風、ですね」
ウォレスが笑いながら両手で優しく包む。空の一部を掌に収めた。
「空を持っていくなら、これに入れるといい」
老婆が少し大きめの蛍籠を渡してきた。
蛍籠に空を入れた。薄蒼い光が漏れる。ウォレスは魅せられたように、ほう、とため息をついた。
「美しいですね」
「そうだろう。蛍を入れても美しいがね。俳句でもあるくらいだ、蛍籠昏ければ揺り炎えたたすってね。橋本多佳子だったかな」
「素敵です」
「あんた、空使いなんだね」
「空使い、ですか?」
「あの果物の名を言えるんだろう?特別な人間をそう形容するのさ。夏の空は、あの店の屋根に上って取るといい」
一番高い屋根の喫茶店を教えてくれた。
早速、店主に断ってから白い屋根へ上り空へと手を伸ばした。
空は非常に低いところから広がっているらしく、屋根の上からでも手が届いた。
夏の空は春の空と違い、水に手を入れているような感覚があった。
「感触まで海みたいですね」
掴むというよりも掬うという気分で空を両手で持った。
夏の空はウォレスの手の中で揺らめき、光を淡く反射していた。
それも蛍籠へと入れる。
屋根から下りると店主が
「あんた空使いなんだね」
と感心したように言った。
「ええ」
「これ、飲まないかい?この世界の特別な果物のジュースなんだけど」
梨のジュースのことなのだろう。透明なコップに白い色をしたジュースが注がれている。
「いただきます」
ウォレスは礼を言ってから一口飲んでみた。味が無い。
店主はウォレスの表情から察したらしい。
「味がしないのかい?空使いは特別だからなぁ……。ああ、そうだ」
ウォレスの持っている蛍籠を少し開けると、店主は夏の空をスプーンで少し掬い取った。
ジュースに空を落とすと、ウォレスに飲むよう促した。
ジュースはやんわりと甘かった。喉越しも心地よく一気に飲み干してしまう。
「とても美味しいです。空って甘い味がするんですね」
蛍籠の中で、空が蒼色をゆっくりと揺らした。
<ひとつの季節(秋の世界)>
秋の世界は、夕暮れ色の空をしていた。
「秋らしくて良いですね」
空から眼前に視線を変えると、一軒の家があった。
丸太で出来た小さな家で、見渡してもそれ以外に家は無い。
ススキや秋草が広がるばかりだ。
又屋根に上らせてもらおうとウォレスは家に近付いた。
すると、家の前に小さな少女が鉢植えを両手で包んでいるのが見えた。
声をかけるまえに少女はウォレスに気付いた。
「お兄さん……風使いなの?」
蛍籠を見ながら言う。
「ええ、そうですよ。秋の空が欲しいので、屋根に上がってもいいですか?」
少女が頷いてくれたので、ウォレスは秋の空も取った。
秋の空は冷たい。夏の空のような水の感触ではなく、夕暮れ時に感じる風そのままだった。
「冬が近付いてきている感じですね」
蛍籠に秋の空を入れると、オレンジ色が籠を照らし始めた。
屋根から下りると少女が待ち構えたようにウォレスに駆け寄ってきた。
「ねぇ、その空、少しもらえる?」
「これですか?」
何に使うのか疑問に思いながら、ウォレスは蛍籠を開いて、少女に少しだけ空を分けてあげた。
秋の空をまじまじと見ながら少女は照れたように笑う。
「鉢植えに植えるの。花が咲くといいな」
ウォレスが、それはいいですね、と笑顔で答えると少女はこのまま進めば創造の世界へ行けると教えてくれた。
<全ての季節(創造の世界)>
創造の世界は、扉があるばかりだった。
唯々広さのある場所で、ウォレスはどうしていいかわからず立ち尽くしてしまった。
扉は三つあった。
薄ピンク色の扉と、蒼色の扉とオレンジ色の扉。
春の世界と夏の世界と秋の世界のことでしょうか、とウォレスは思う。
やはり冬の世界が無い。
ウォレスは蛍籠を開けて空を取り出してみた。
これを一体どうすればいいのか。
そういえば、幻の種はどこにあるのだろう。
「管理者の女性は私の中にあると言っていましたが……」
既に奇跡を起こす力を私が持っているということだとしたら。
ウォレスは三つの空を両手の掌に収めた。
握り潰すほどに力を入れる。
空を融合することで何とかなるのではないかとウォレスは考えたのだ。
この世界の人々は、ウォレスを空使いだと言っていた。
空使いならきっと出来るはずだ。
更に両手に力を入れると、掌から虹色の光が零れた。
あまりの眩しさにウォレスは目を瞑った。
落ち着いてきて、目を開けると、中央に紅い花が一輪咲いていた。
扉も一つ増えている。真っ白な扉だ。
花をよく見ようとウォレスは近付いた。
薔薇に似ているが、棘々しい感じがしない。もっと柔らかな花だ。
「よかった……」
花を観察していると、めしべの代わりに小さな実がついている。
手にとって見てみた。
「これは……ライチですか?」
身体が抜けるような感覚をおぼえたが、その頃にはもう既にウォレスは地中へ引きずり込まれていた。
気が付くと、腰に痛みが走った。ぶつけたらしい。
一体何が起きたのかわからぬまま、ウォレスはぼんやりとしていた。
「……ウォレスさん?」
驚いて見てみると、見覚えのある男性がいた。
「桐伯さんじゃないですか。お久しぶりです」
桐伯も参加していて、ウォレスと同様にここへ引き込まれたのだろう。
辺りを見回すと、ウォレス達の他に老人が驚いた顔をして立っていた。見覚えのない老人だ。
「…………?」
ウォレスがわからないままでいると桐伯が老人に向かって喋りだした。
「……管理人さん、何をしているのですか?」
ウォレスは驚いた。管理人は女性だったはずだ。
「あの方は管理人さんなのですか?最初に私がお会いした時は若い女性でしたが……」
「管理人さんは姿を変えるらしいんですよ」
言いながら桐伯はウォレスに目配せをした。
ウォレスの目に老人の持つ妖しげなレバーが映った。
…………なんとなくわかった気がする。
「そういえば、不条理の森に入るときに管理人さんの独り言が聞こえたんですよ。早く済まさなきゃ……とおっしゃっていましたが、何をしなければならなかったのですか?」
ウォレスの言葉に老人の顔は引きつっていて、桐伯は畳み掛けるようにウォレスの後を引き継いだ。
「ここは管理システムなのでしょう?私達が来る前に欠陥場所を見つけてしまったって、直そうとしていたのではないですか?」
「……あまりに世界が大きいので、管理が行き届かなかったんですよ。確かにここは管理システムです。不具合がおきても対処できるように。私の頭の中だけでは曖昧なのでね。でも操作を間違えてお二人をここへ呼び出してしまったのです」
桐伯は少々気を悪くしているようだった。
自分もいきなりここへ連れてこられたのだから怒ってもいいものだが、何故かウォレスは腹が立たない。
多分、私はあの世界に充分満足しているからでしょう、とウォレスは思う。
「貴方はどんな世界だったのですか?」
桐伯に訊いてみた。
「え……」
「私は空を集めてきたんですよ。良い息抜きになりました」
桐伯は黙ってウォレスを見た。表情が穏やかになっていくのがわかる。
「私は月を見てきました」
桐伯は答えるとすぐに
「いや、管理人さんいいんですよ。楽しかったです」
と取り直した。
ウォレスは軽くなった気持ちのまま、自分の両手を覗いた。
さっきまで空を掴んでいた手は、少しだけあたたかな光を持っているように見えた。
終。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0526/ウォレス・グランブラッド(うぉれす・ぐらんぶらっど)/男/150/自称・英会話学校講師
0332/九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)/男/27/バーテンダー
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■ ライター通信 ■
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「不条理の森」へのご参加、真にありがとう御座います。佐野麻雪と申します。
○今回の話は、最後の会話部分も含め、全て個別となっております。
○お好きな果物はそれぞれの話にも絡んでいますが、相手の方の話にも出てきていますので、宜しかったらそちらの方も読んでいただけるとわかりやすくなるかもしれません。
ウォレス・グランブラッド様、
ウォレス様のプレイングを拝見させていただいた時に、今回のような話の形式を思いつきました。感謝しております。
空を集める話、ということで不条理というよりファンタジー色のある話になりました。
穏やかさと笑顔に重点を置こうと、なるべく心に話が寄っていくように書いたのですが、どうでしょうか。
そして、前回の「佇む洋館」の時に、ゴーストネットカフェの雫を誤って澪と記してしまったことを深くお詫び致します。
気付いた時に、どう知らせるか迷い、戸惑い、今回のような形となってしまいました。重ねてお詫び申し上げます。
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