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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


不条理の森
<オープニング>
 よく晴れた日のお昼時。
 なんだかまったりとしたくなるこの時間帯に、雫は悔しそうに騒いでいた。
「予定さえ入れてなかったら参加するのに〜!!誰か代わりに行って、感想教えてよ〜」
 どうやらゴーストネットの掲示板の記事のことを言っているようだ。
 掲示板にはこんなことが書かれてある。

 実在する遊び場って、つまらないと思いませんか?
 そんな貴方に朗報です。
 是非、私の創り出した空間「不条理の森」で遊びませんか?
 私は幽霊なのですが、皆様の楽しむ顔を見たいが為に成仏せず、実在するアトラクションより遥かに楽しめる空間を夢の中で創り出しました。
 あらかじめ注意しておくことは、私の創り出した世界は非常に不条理だと言うことです。
 常識は通らず、皆様の能力も使えなくなります。
 その代わり幻の種をひとつ、差し上げます。状況に応じた奇跡がひとつ起こるでしょう。
 又「不条理の森」は様々な「世界」から創られており、それぞれランダムで現れますので毎回違った場所に行けるでしょう。
 ですが、一応ジャンル分けはされており、「ほのぼの」もしくは「コメディ」となっております。
 ほのぼのは優しく、コメディはひたすらドタバタしております。どちらもやはり常識は通じません。
 このイベントは○月×日に催します。
 興味を持たれた方は、私へメールを下さい。
 その日の晩貴方様が眠りにつけば、自然と不条理の森へ誘われるでしょう。
 ※メールを送る際は、ジャンルを明記して下さい。又、お好きな果物をひとつお教え下さいませ。
 それぞれの人にそれぞれ違った世界をお見せ致します。

「不条理な世界……か」
 パソコンの前で九尾桐伯はそう呟いた。
 ○月×日といえば今日だ。
 不条理な世界がどのようなものかは判らないが、たまには息抜きもいいかもしれない。
 せっかくだから酒類でも持っていこう。
 桐伯は参加希望のメールを出すと、小型のクーラーボックスを用意した。
 中に氷、テキーラ、ワイン等を入れ、ベッドに入った。
 桐伯はバーの経営者という仕事上、夜型の生活を送っている。
 定休日の今日も、中々寝付けずにネットをしていたのだが、ベッドに入った途端桐伯は眠りに落ちた。
 メールを送った時点で、もう既に不条理の森に誘われていたのかもしれない。

 桐伯の意識が目覚めた時、眼前には森、中央には老人が立っていた。
「ようこそ」
「あの、ここが不条理の森なのでしょうか」
「ええ、まぁ。正しくは不条理の森の入り口ですな」
 桐伯は辺りを見渡したが、自分と老人しかいない。
「他の参加者の方々は?」
「別々にご案内さしあげる予定でして。それぞれ別の世界を見ていただきたいんでね」
「そうですか」
「では、この森をお進みください。幻の種は貴方の中に入っていますから。一応確認しますが、ジャンルはほのぼの、果物はライチですね?」
「ええ、それでは」
「いってらっしゃい」
 桐伯は森に入って行った。

 一分程で森を抜けると、一面が光に満ちている場所に出た。
 森が薄暗かっただけに、少し目がくらむ。
 瞬きを繰り返ししていると、だんだん目が慣れてきて、丁度朝の時刻なのだとわかった。
「そこで何してるの?」
 いつの間にか隣に幼い子供が桐伯の顔を覗き込んでいた。
 やたらブカブカな帽子を被り、その下にあどけない表情を覗かせている。これも又、大き目のブーツを履き長袖の服を着ているが、どこか春や夏の初めあたりの季節をイメージさせる。この世界の住人らしい。
「ねぇ、それ、なーに?」
 子供の視線を辿ると、桐伯が肩にかけている小型のクーラーボックスが目に入った。
「ああ、これはク―ラーボックスですよ」
「クーラー?」
「中のものがぬるくならないようにするものですよ」
「何が入っているの?」
「テキーラとワインです」
「それは本当かい?!」
 子供の顔がパッと輝いた。目を大きく瞬いている。
「それは凄いよ!!新しいイメージが生まれるんだね!!」
「………………?」
「貴方に助けて欲しいことがあるんだ。協力してくれる?」
 どうやら助けることが遊園地で言うアトラクションに当たるらしい。
「ええ、いいですよ」
「良かったぁ。貴方の名前は?僕はライチって言うんだよ」
「私は九尾桐伯と言います」
「桐伯さんかぁ。良いイメージだね。ねぇ、この森に来る時に管理人の幽霊さんに会ったでしょう?」
「ええ、ご老人の方ですよね」
「うーん、老人の時もあるけど、老人じゃない時もあるよ。名前を聞いても答えが毎回違うんだ」
「え……それはどうしてですか?」
「あの人は自由だから。ひとつのイメージなんだよ。とても素敵なことだと思うな」
「イメージ?」
「うん。ここはイメージの世界なんだ」
「イメージの世界ですか……面白そうですね」
「桐伯さんもきっと気に入るよ。とても素敵なんだ。さぁ、こっちへ来て。助けてもらいたいんだよ」
「一体何が起きたのですか?」
「月が出てこなくなっちゃたんだ」
「月が?何故?」
「月は幻想を示すもの。この世界を司ってる。月はこの世界の幻想を吸い取って現れて、僕らとは別の幻想をくれる。消えちゃったのはこの世界の幻想が、つまり新しいイメージが尽きてしまったからなんだ。他所から来た桐伯さんならきっと新しいイメージを出せると思うんだ」
「そうですか……それにはどうすればいいんですか?」
「それはわからないけど……とにかく月に会いに行こう。この世界は朝、昼、夕、夜の小さな世界から成り立っているんだ。月は夜出るから、昼の世界と夕暮れの世界を越えて行こう。昼の世界はこっちだよ」


<ひとつのイメージ(昼の世界)>
 昼の世界の空は、海だった。空のあるべき所に、海が広がっていたのだ。蒼く澄み渡った水がゆらゆらと揺れている。
 頭上に海が広がっているのは不思議な光景で、同時に見飽きない程魅力的だった。
 一方足元の地面は白い砂で覆われていて、微風が流れ、全体的にサラサラとしている。
 目印というものが無く、桐伯はどこへ向かえばいいのか判らなかったが、ライチの後をついていった。
「この砂はやけにサラサラとしていますね」
「それはシュガーだよ」
「シュガー?」
「ほら、目の前をよーくみてごらん」
 桐伯が目を凝らすと、殆ど透明色に覆われた掌サイズの魚が空中を泳いでいる。
「空中に魚……?」
「餌を食べに海から降りてきているんだよ。桐伯さん、大きな声を出してみて」
 桐伯は大きく息を吸い込んだ。
「ゎ」
「……あれ?」
 叫んだ筈なのに、聞こえてきた自分の声は内緒話をするように小さかった。
 見ると、魚が口を動かしている。何か食べているようだ。
 そういえばさっきから微妙に自分達の声が小さくなっている気がする。
「もしかして、この魚は声を食べるのですか?」
「そうだよ。大きな声を出せば出す程食べるよ」
「面白い魚ですね。でも、それとシュガーとどんな関係が……」
「僕らは彼らに声を与える。共存する以上、彼らは僕らにお返しをしなくちゃ」
「それがシュガーなのですね」
「うん。シュガーはとても大切なものだよ。お酒を造るのに必要だもの」
「お酒?」
「この世界はお酒がたくさんあるんだ。夜の世界にある蔵に、果物と水を瓶に入れて三日置くだけで出来るんだよ」
「それは不思議ですね」
「月のお陰だよ。月が僕らに与えるイメージがお酒なんだ。幻想が宿るお酒だからね、美味しいよ」
「だから月が出てこなくと困るのですね。そのお酒、私も是非飲んでみたいです」
「桐伯さんってお酒好きなの?詳しい?」
「ええ」
「良かった。お酒を持ってきてるって判った時、救えるのはこの人しかいないって思ったんだ。お酒に親しんでいる人の方がこの世界の波長に合うからね。……もし月が戻ったらさ、お礼に今桐伯さんが持っているお酒を使ってこの世界のお酒を作ってあげるよ」
「本当ですか?是非欲しいですが……ベースが水でなくても平気なのですか?」
「多分水じゃなくても何でもいいと思うんだ。要は月が大切だから。でも味は変わると思うよ。僕がイメージするに、水のより美味しいんじゃないかな。入れる果物なんだけど……僕的にはライチを入れるのが特に美味しいと思うんだけど、桐伯さんライチは好き?」
「大好きです。今から楽しみですよ」
 不安そうに訊いてきたライチに桐伯は弾んだ声で答えた。
 珍しい酒が手に入るのかと思うと、無意識に声が弾んでしまう。
 昼の世界の端まで来ると、魚が群がっている場所に出た。
 何か話し声が聞こえる。
「あれは?」
「言い忘れていたけど、声を与えているのは僕らだけじゃないんだ。いつもはキノコがあげているんだよ。会話してみる?」
 確かに殆ど透明な色をしたキノコが生えている。
 桐伯はキノコに近寄って話し掛けてみた。
「こんにちは」
「ハイ、オゲンキ デスカ?」
「からだも心も元気ですよ」
「ヨカッタ デスネ。コノサキ ハ ユウグレノセカイ ですよ」
「予期していたのより不思議な世界なので楽しみです」
「スドオリ スルト スグオワル セカイ デスケド ヨク カンサツスルト オモシロイ デスヨ」
「よく観察していきます。ありがとう」
 話を終えてライチの方を見ると、ライチは面白そうにこっちを見ていた。
 今の会話に何か変わった所でもあったのだろうか。
 会話を思い出して桐伯は気付いた。会話の語尾と始まりがしりとりになっている。


<ひとつのイメージ(夕暮れの世界)>
 夕暮れの世界は、全てがオレンジ色をしていた。
 小さな森からこの世界は創られていたが、木々も空もオレンジ色だった。
「よく目を凝らしてみて」
 じっと眺めていると木々に葉はひとつもなく、葉は空中に舞っていた。
 やがて葉は地面に落ち、だんだんと地中へ沈んでいく。
 そして石が空中に浮いている。
「葉が沈み石が浮いていますが……」
「葉は土の肥やしになるべくひとりでに沈むんだ。石はどこに身を置くか選んでる。どちらも新しい旅立ち。ここは再生の世界なんだ」
 再生の世界。
 葉が沈んでいくのがオレンジ色の世界と相まって、桐伯はなんだか時間を止めたり逆回ししているような気分になった。
「夜の世界が近いよ。桐伯さん、行こう」
 過去に戻るような世界の中でライチの声は、はっきりと桐伯の耳に届いた。


<始まりのイメージ(夜の世界)>
 夜の世界は、閑散としていた。
 やはり、月は出ていない。
 先に立って歩いていたライチが振り返った。
「桐伯さん、月にイメージをあげて」
 とは言うものの、桐伯はどうしていいかわからない。
 ライチは続ける。
「桐伯さんの持ってきたお酒も、ある意味新しいイメージなんだ。後は桐伯さん自身のイメージがあればいいんだよ。桐伯さんの月のイメージ、この世界に対してのイメージ、何だっていいんだ」
 最初、この世界の管理人は既に幻の種は桐伯の中にあると言っていた。
 それは発想力をさしていたのだろうか。幻の種は桐伯の発想力に宿っているのかもしれない。
 桐伯はこの世界を振り返ってみる。
 付き添ってくれたライチ。見た目は子供だが語彙が妙に大人びていた。子供でもあり大人でもあるイメージ。
 昼の世界。透明。喋るキノコ。声を食べる魚。砂糖。全てが繋がっていた。調和が取れてこれからも流れつづけるイメージ。
 夕暮れの世界。葉が沈む。石は泳ぐ。新しい道、再生。時が回りつづける、輪廻のイメージ。
 そして夜の世界。暗闇。何も見えない。無。月。幻想の宿る酒。全ての始まり。根源のイメージ。
 ――発芽。
 火花が散るように空が光った。
 桐伯は眩しさから目を逸らした。
 火花はすぐに止んだが、微かな明るさが残っている。
 桐伯は空を見上げた。
 大きな満月を見た。
 光は弱い筈なのに、眺めているとどこか煌々とした光を感じた。
 ライチも息を呑んだ。
「月が戻った……。桐伯さん、ありがとう。これでお酒が造れるよ。ライチのお酒、出来次第管理人さんに頼んで送ってもらうよ」
「今から楽しみです。……でも、そういえばライチの季節はもう過ぎたのでは……」
「願えば、この世界はいつだって何の果物でも採れるんだ。だから平気だよ。果物は朝の世界の奥で採れるんだけど、すぐ通り過ぎちゃったからね。見せたかったな、とても素敵なんだよ」
 朝の世界は眺められなかったものの、新しい酒に月も見られて桐伯は満たされていた。
 もう一度月をよく見ようと、頭上を仰いだ。
 ………………………………。
 おかしい。さっきまでは確かに月だったのだが、これはどう見ても……。
「梨?」
 言い終わるが否や、桐伯は梨に吸い込まれた。

 後頭部がズキン痛んだ。ぶつけたらしい。
 一体何が起きたのかと思っていたら、背の高い男の姿が視界に入った。
「……ウォレスさん?」
 ウォレスは腰をぶつけたらしく少々痛そうな顔をしていたが、驚いたように桐伯を見た。
「桐伯さんじゃないですか。お久しぶりです」
 どうやらウォレスも参加していて、桐伯と同じく急にここへ吸い込まれたようだ。
 ここはどこだろうか、と考えていると横に老人が立っていた。管理人だ。ひどく慌てている。
 桐伯の視線は管理人が両手で持っているレバーのついた箱で止まった。
 大体想像がつく。
「……管理人さん、何をしているのですか?」
 ウォレスが驚いたように声をあげた。
「あの方は管理人さんなのですか?最初に私がお会いした時は若い女性でしたが……」
「管理人さんは姿を変えるらしいんですよ」
 言いながら桐伯はウォレスに目配せをして、レバーに気付かせた。
 ウォレスも事情を察したようだ。
「そういえば、不条理の森に入るときに管理人さんの独り言が聞こえたんですよ。早く済ませなきゃ……とおっしゃっていましたが、何をしなければならなかったのですか?」
 ウォレスの言葉に老人の顔は引きつっていて、桐伯の読みは確信へと変わった。
「ここは管理システムなのでしょう?私達が来る前に欠陥場所を見つけてしまって、直そうとしていたのではないですか?」
「……あまりに世界が大きいので、管理が行き届かなかったんですよ。確かにここは管理システムです、不具合がおきても対処できるように。私の頭の中だけでは曖昧なのでね。でも操作を間違えてお二人をここへ呼び出してしまったのです」
 やっぱりそうか、と桐伯は思った。せっかくいい気分でいたのにと、なんだか損をした気分になる。
「貴方はどんな世界だったのですか?」
 ふいにウォレスが話し掛けてきた。
「え……」
「私は空を集めてきたんですよ。良い息抜きになりました」
 湖に小石を投げられたような気分になった。さっきまでの思い出と満足感が水の波紋のように広がっていく。
「私は月を見てきました」
 もう不満は消えていた。
 不思議な世界が体験出来た上に、肩にかけていた小型のクーラーボックスはちゃんとライチの元へ置いてきた。数日後には世の中にたったひとつの新酒が届くのだ。
 嫌な気分になったのは、その分さっきまで嬉しさで一杯だったからだろう。
「いや、管理人さんいいんですよ。楽しかったです」
 桐伯は笑顔で管理人にそう伝えた。
 普段は冷静な桐伯も、今日の収穫を思えば無意識の喜びから来る微笑を禁じえなかった。

 終。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0526/ウォレス・グランブラッド(うぉれす・ぐらんぶらっど)/男/150/自称・英会話学校講師
 0332/九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)/男/27/バーテンダー

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■         ライター通信          ■
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「不条理の森」へのご参加、真にありがとう御座います。佐野麻雪と申します。
○今回の話は、最後の会話部分も含め、全て個別となっております。
○お好きな果物はそれぞれの話にも絡んでいますが、相手の方の話にも出てきていますので、宜しかったらそちらの方も読んでいただけるとわかりやすくなるかもしれません。

 九尾桐伯様、
 プレイングのアイデアが非常に面白く、色々と参考にさせていただきました。
 今回は話を円滑に進めるため、ナビゲーター役をつけました。ご了承ください。
 ジャンルがほのぼのということもあり、普段、冷静沈着な桐伯様とは別の面(感情が表に出るような部分)を出したく思い、新酒を絡ませてみましたが、どうでしょうか。
 
 そして、前回の「佇む洋館」の時に、ゴーストネットカフェの雫を誤って澪と記してしまったことを深くお詫び致します。
 気付いた時に、どう知らせるか迷い、戸惑い、今回のような形となってしまいました。重ねてお詫び申し上げます。