 |
当日の手紙【前編】
●オープニング【０】
アイドル歌手・片平レイ（かたひら・れい）がビルの屋上より飛び降りて自殺した。そのニュースが流れたのは、つい３日前のことだった。享年１７歳。
アイドルといっても、レイは人気がそうあるという訳でもなかった。ゆえに新聞での扱いは顔写真付きの小さな記事。写真でのレイは、ウェーブのかかった肩までの髪の、細見な少女に見えた。
多くの者にとってそのまま流されようという事件、それを一部の者たちの記憶に留めさせたのはゴーストネットの掲示板に投稿された、レイの親友の物と思しき書き込みが原因だった。
『彼女が自殺するはずがないんです！
今日彼女から届いた手紙には、オフには金沢に帰ってくるから遊ぼうって書いてあったのに……。
それに手紙が書かれて投函された日付、どっちも自殺当日なんですよ？
これから自殺する人間が、そんな手紙書いて投函するんですかっ？
警察に話しても取り合ってくれないし……あたし、どうしたらいいんだろう』
確かに妙な気はする。手紙の件が事実であるなら、自殺当日のレイの行動は奇妙だ。もっとも手紙を書いた時は自殺など考えてなくて、発作的に自殺した可能性もあるのだが。
さて、どうしたものか――。
●備えあれば憂いなし【１Ａ】
「マスコミの取材は一切お断りしています」
応対した厳しい表情の男性から、開口一番そんな言葉が発せられた。こちらが用件を言うより前に、である。
「あ、いいえ、取材じゃなくて」
シュライン・エマは慌てて１通の封筒を取り出し、目の前の男性に手渡した。封筒の表には『紹介状』と、裏には『内海良司』と記されていた。
男性は封筒を受け取ると一旦奥に引っ込んだ。恐らく中身を確かめるためなのだろう。
（念のために書いておいてもらってよかったわ）
やれやれといった様子のシュライン。今居る場所はレイの所属していた芸能事務所『エル・プランニング』、応対していた男性はそこの社員であった。ちなみに事務所の規模としては中堅といった所か。
シュラインが事務所を訪れたのは、レイが自殺した当日のスケジュールを教えてもらうためだった。そのスケジュールを見て、実際に足取りを追ってみようというのだ。
ただ事件が事件なだけに、門前払いされることを危惧して、以前の事件で面識のあった芸能関係者――『魔法少女バニライム』や『あぶれる刑事』監督の内海に紹介状を書いてもらっていたのだが、それがさっそく役立つ形となった。
「お待たせしました」
少しして奥から現れたのは、最初に応対した男性とは別の恰幅のいい男性であった。
「片平レイのマネージャーをしておりました平田と申します。どうぞこちらへ」
シュラインは平田に促されるまま、事務所の応接室へと向かった。応接室では平田と１対１で向かい合って話をすることとなった。
「取材ではないとのことですが、それではいったいどのようなご用件なのでしょう」
平田はシュラインに鋭い視線を向けた。内海による紹介状があったとはいえ、未だ警戒しているのは明らかだった。
「あの。これだけは最初にはっきりさせておきますけど、お聞きするにしても変に騒ぎ立てる気もないし、何処かに話を売る訳でもありませんから」
「……では？」
小首を傾げる平田。あくまでこちらの出方を待つつもりのようだ。そこでシュラインはゴーストネットの掲示板にレイの親友と思しき書き込みがあったこと、それを受けてこの事件を調べ直していることを平田に告げた。
「ですから、事件当日の彼女のスケジュールを教えてほしいんです」
シュラインはじっと平田の目を見つめ、相手の言葉を待った。平田は少し思案した後に、事件当日のスケジュールを教えることを了承した。
「ところで、彼女ってどんな娘だったんです？」
スケジュールを教えてもらった後、シュラインは平田にレイの印象を尋ねた。自分よりはレイのことを把握しているだろうと思って。
「そうですね……」
顎に手を当て思案する平田。言葉を選んでいるのかもしれない。
「冷静に見て、このままアイドル歌手としていくのは厳しかったかもしれません。ですが芸能界に長く残ることは可能だったでしょう。つくづく残念なことですよ」
そう言って平田は頭を振った。
「どうしてそう思われるんですか？」
突っ込んだ質問を投げかけるシュライン。平田は苦笑いを浮かべ、その質問に答えた。
「彼女には野心が見え隠れしていましたからね。何としてもこの世界に残ろうという」
●トレース【２Ｃ】
「午前中にラジオ出演が終わって、お昼は事務所で打ち合わせ。それが終わって自宅に帰って……」
シュラインは平田より受け取った当日のスケジュールを手に、実際に足取りを追っていた。きちんと事務所を出てから１度ラジオ局へ向かい、再び事務所に戻ってきた後に、自宅へ向かうという徹底振りであった。
「と……午後２時には自宅から事務所に電話があったんだっけ。じゃあ、手紙を書いたのはその後なんでしょうね」
レイの自宅マンション前で、シュラインは携帯電話を開いた。新着メールが１件入っていた。
「彼女からかしら？」
さっそくメールをチェックするシュライン。その間にも、１人の青年がマンションの中から出ていったが、あいにくと顔は見えなかった。
メールの差出人は件の書き込みをした少女、七尾美波（ななお・みなみ）であった。シュラインは美波に対して、手紙の消印の内容をメールで尋ねていたのだった。
その返事によると、場所は東京某所で、日付と時刻は事件当日の１８時から２４時に受付されたことを示していたということだった。ちなみにレイが飛び降りたのは、新聞等によると同日の２３時４０分頃らしい。
「この場所だったら、確かにこの辺よね。そうなると、近くのポストに投函したのかしら？」
シュラインはマンションを離れ、近くにポストがないか探し歩いた。するとマンションより２００メートルほど離れた場所に郵便ポストが立っていた。近くにはコンビニもある。
収集時刻を確かめてみると、最終の収集時刻はちょうど１９時。消印と見事に一致する。
（少なくとも１９時までには投函した訳ね。そこから死亡時刻までは空白で……とりあえず、そこのコンビニで聞いてみましょ）
シュラインはひょっとしてレイが寄ってはいなかったかと思い、近くのコンビニに入って店員に尋ねてみた。だがそれが大当たりで、１９時前にレイがここを訪れたという店員の証言を得ることが出来た。食パンとペットボトルの飲み物を買っていったとのことだった。
（……これから自殺しようって人間が、食パンなんか買う？ もしかしたら、最後の食事だったのかもしれないけど……そうは思えないわ）
シュラインの頭の中で疑問が大きくなってきていた。
●狙われたのは【３Ｃ】
「どういうことだ……？」
真名神慶悟は首を傾げながら、『第３深見ビル』の中より出てきた。
（あまりにも手がかりがなさ過ぎる。霊の存在は見られない、片平女史の痕跡も見当たらない。ないない尽くしだ……）
それは異常とも思える状況であった。まるで意図的に消されているようでもあって。
（何者かが妨害しているのか？）
慶悟は思わずそう疑ってしまった。
「どういうことだ……？」
同じ頃、慶悟と同様の言葉をつぶやいていた者が近くに居た。宮小路皇騎である。
皇騎はまずはビルの周辺で聞き込みを行っていた。レイの姿が目撃されていたり、不審な目撃がされていないか調べるためである。周辺での聞き込みを終えた後に、今度はビルの中で聞き込みを行うつもりであった。
けれども結果は芳しくなく、レイの姿を目撃した者は見付からず、辛うじて分かったのは事件当夜に『何だか黒っぽい車が居たような気がする』ということくらいだった。しかし本人が自信なさげでうろ覚えだったこともあり、信憑性に疑問が残る情報であった。
そしてやはり同じ頃、『第３深見ビル』目指して２人の女性が歩いていた。シュライン・エマとレイベル・ラブである。事件現場へ行く途中にばったり出くわして、そのまま一緒にやってきたという訳である。
そしてシュラインとレイベルがビルのある通りへ出てきた時だ。２人の目の前を、黒い自動車が猛スピードで走り抜けた。
自動車はビルへ向かう皇騎の横を通って、速度を落とすことなく走っていった。今まさに横断歩道を渡ろうとしていた思案中の慶悟目掛けて――。
「危ない！」
思わず叫ぶシュライン。慶悟はぎりぎりの所で横っ跳びで自動車をかわした。速度を落とす素振りの見えない自動車は、たちまち小さくなってゆく。皇騎はポケットの中に入っていたデジタルカメラで咄嗟に自動車を写した後に、慶悟に駆け寄っていった。それに続き、シュラインとレイベルも慶悟に駆け寄る。
被害はといえば、慶悟のスーツが少し汚れた程度で怪我等は全くなかった。だが、慶悟は怪我よりも酷い被害を受けたのかもしれない。
「狙われたのか？」
レイベルがぼそっとつぶやいた。その可能性は、決して否定出来なかった……。
【当日の手紙【前編】 了】
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 整理番号 ／ ＰＣ名（読み）
／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業 】
【 ００８６ ／ シュライン・エマ（しゅらいん・えま）
／ 女 ／ ２６ ／ 翻訳家＆幽霊作家＋時々草間興信所でバイト 】
【 ０３８９ ／ 真名神・慶悟（まながみ・けいご）
／ 男 ／ ２０ ／ 陰陽師 】
【 ０４４５ ／ 水無瀬・龍凰（みなせ・りゅうおう）
／ 男 ／ １５ ／ 無職 】
【 ０４４６ ／ 崗・鞠（おか・まり）
／ 女 ／ １６ ／ 無職 】
【 ０４６１ ／ 宮小路・皇騎（みやこうじ・こうき）
／ 男 ／ ２０ ／ 大学生（財閥御曹司・陰陽師） 】
【 ０５６８ ／ 守崎・北斗（もりさき・ほくと）
／ 男 ／ １７ ／ 高校生 】
【 ０６０６ ／ レイベル・ラブ（れいべる・らぶ）
／ 女 ／ ２０代？ ／ ストリートドクター 】
【 ０９２１ ／ 石和・夏菜（いさわ・かな）
／ 女 ／ １７ ／ 高校生 】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてＰＣを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、１から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は（オープニングを除き）全２１場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・お待たせしました、あるアイドルの自殺事件にまつわるお話をお届けします。現時点で話は大きく３つに分かれていると思います。うち１つは金沢です。もう少し集約するかなと思ってたんですが、意外と範囲が広がりましたね。
・今回のお話ですが、あちこちにヒントをちりばめています。この依頼の成功条件を挙げるなら、レイの事件が自殺・他殺・事故の内の何であるかを確定させることです。ヒントを上手く活用して、証明させてみてください。
・ちなみに推理は苦手という方も大丈夫です。力技で解決させる方法もありますので。それはそれで成功条件となりますよ。
・時間の関係が分からなくなっているかもしれませんので、ここで整理しておきましょう。この前編本文を基準として、オープニングは本文の前日となります。事件が報道されたのは本文の４日前、そして事件が起きたのは本文の５日前となります。
・なお、後編は前編の翌日から開始することとなります。
・シュライン・エマさん、３２度目のご参加ありがとうございます。紹介状を書いてもらおうとしたのは正解でした。紹介状がなければ、門前払いしていたと思います。足取りを追ってみた結果、空白の時間は狭まっています。空白の時間に何が起きたのか、さらに狭めるためのヒントはちゃんと存在していますので。あ、レイとビルとは関係全くありません。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
|
|
 |
