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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


開かずの扉


 **オープニング**

 都市伝説や怪談を扱う、あるHP。
 掲示板には意味不明な依頼分が多数書き込まれ、時折「了」の文字が追加される。
 そして今日もまた、一つの書き込みがあった。

 山間部にある、鄙びた温泉旅館。
 その旅館の奥にある、古びた扉。
 この数年、開いた所を見た者はいない。
 おそらくは単なる物置、別に開ける必要はない。
 そこで夜な夜な、すすり泣く声がしなければ。
 泣き声が聞かれるのは、ここ最近の事。
 手がかりは何もない。開かない扉以外には。
 実害がないとはいえ、客商売。
 放っておいては、何かと差し障りもある。

 報酬は、温泉と山の幸。
 物見遊山気分でで訪れるもよし、好奇心を満たしたいだけでも。
 扉の向こうに、何が待つのかを知りたいのなら。

 
 川沿いを走る、山間の狭い道。
 リュックを背負い、そこをひた走る守崎北斗(もりさき ほくと)。
「迎えって、誰が、どこに」
 思わずといった具合に漏れる文句。
 幸い、旅館までは一本道。
 迷う心配はない。
 本来なら、走る必要もないが。
「俺は、温泉に、猪を。松茸が」
 途切れ途切れの台詞。
 しかし足取りは一定で、淀む事はない。
 紅葉し始めた山の景色を楽しむ余裕もないようだが。
「大体、夏菜は、どこに……」 

 そう呟いた彼の横を過ぎる、白いワゴン。
 彼が向かう予定の旅館名が書かれた。
「頑張れっ」
 助手席から身を乗り出し、笑顔で手を振る少女。
 北斗は小さく唸り、可愛い顔をした彼女の顔を指差した。
「お、お前。どこに。……じゃなくて。お、俺も乗せて……」
 一気に加速するワゴン。
 汗だくになって走る北斗を置いて。
 秋の爽やかな日射し。
 きっと今の彼にとっては、真夏のそれと変わらない……。


 
 廊下の奥にある、突き当たり。
 金属製の扉は汚れた様子もなく、さりとて異様な雰囲気を放っている訳でもない。 
 ごく普通な取っ手と、その上にある鍵穴。
 外観だけなら、単なる物置にしか見えない。
「やっぱり、駄目ですね」
 鍵を引き抜き、首を振る女性。
 招かれた者達も一通り試すが、やはり開く気配はない。
「無理矢理開ければ。トンカチでもハンマーでも使って」
「北斗さん。あなたは、その補修費を支払えるんですか」
 薄い笑みを浮かべる九尾。
 北斗はうっと唸り、扉の寸前で拳を止めた。
「無理矢理入るとか」
「え?」
「ここから。……冗談ですよ」
 扉の脇にある、紙一枚くらいの隙間に触れながら笑う天宮。
 九尾は薄い笑顔のまま、きびすを返した。
「この辺りの古老にでも、こういった話が無いか聞いてきます」
「やっぱり、幽霊がいるんですか?」
 口元を抑え、身を引く女性。
 しかし答えたのは、振り返った九尾ではない。
「ご心配なく。物置に閉じこめらられるのは、悪い事をした子供に決まってます」
 あくまでも能天気な答え。
 天宮は女性に会釈をして、すでにこの場から立ち去った九尾を追っていった。

「で、どう」
「さあ。おっさんふたりは、悠長に調べる気らしいけど」
 行き交うピンポン球。
 弾む息。
 上がる歓声。
 ポニーテールをなびかせた夏菜はガッツポーズを見せ、自販機を指差した。
「遊んでないで、早く開けろよ」
「その前に、ジュース買いなさいよ」 
「へいへい。……あ、間違えた」
 自販機から出てきたのは、生ビール。
 それも、よく冷えた。
「参ったな」
「わざとらしい。ちょっと」
「いいだろ。ビールくらい」
「まだ、ご飯前でしょう」
 訳の分からないたしなめ方。
 浴衣姿でビール缶を奪い合う二人。
 
「扉って、どこにあるんでしょう」
 たなびく銀髪。
 涼しげな微笑み。
 デュナンははだけている浴衣の襟元を直し、小首を傾げた。
「あんたも、鍵屋?」
「そんな所です」
「キミ、男の子?」
「風呂が楽しみになってきた」
 フルスイングで北斗の頭をはたく夏菜。
「私もまだ見てないの。北ちゃん」
「はいはい。ただいまご案内致します」


 扉の前に立つ3人。
「開きませんね、やはり」
 鍵を引き抜いた若い男性は、ため息混じりに首を振った。
 若い女性の弟であり、旅館内で迷った北斗をそれとなく案内してもくれた。
「他に、入り口はないんですか。屋根裏とか、秘密扉とか」
「そういう、大袈裟な場所ではないので」
「……今は泣いてないわね」 
 扉に耳を押し当て、安堵の表情を浮かべる夏菜。
 北斗は鼻で笑い、やはり同じ仕草をした。
「泣いてるんじゃなくて、鳴き声だったら嫌だな。ぐわーって」
「馬鹿じゃない」
「全く否定するのも、どうかと思いますけど」
 しなやかな仕草で、鍵穴に指を添えるデュナン。
 わずかにその顎が引かれ、男性に向き直る。
「ここは、開くような気がします。そうですよね」
「え、ええ」
 気まずそうに認める男性。
 顔を見合わせる、夏菜と北斗。
「でも、今は開かなかったぞ」
「古い鍵だから、多少コツがいるんでしょう」
「良く分かるのね。すごいわ」
 大袈裟に拍手する夏菜。
 北斗は鼻で笑い、わざとらしく顎を鍵穴へ向けた。
「じゃあ、開けろよ。ほら」
「俺は、そのコツを知らないので。急ぐ旅でも無し、ゆっくりとやりましょう」

 早足で去っていく男性。
 その背中が見えなくなったのを確かめ、夏菜は二人を振り返った。
「どうして開かないって言ったのかな」
「開けたくない理由があるんだろ。中にいるんだよ。ぎゃっ、ぎゃって鳴く何かが」
「馬鹿。デュナン君は、どう思う?」
「扉の中は覗けるけど、人の心まではね」
「きゃー、格好いいー」
 嬌声を上げてしがみつく北斗。
 夏菜はやはりその頭をはたき、ため息を付いた。
「で、お兄さん達は何してるの」
「俺達以外に、誰かいるんですか」
「ああ。人の良さそうなのと、人の悪そうなのとが」


 あくまでもそれは、北斗の主観である。
 旅館から少し登った峠。
 小さな祠に収まる、こじんまりとした道祖神。
 つまりはお地蔵様を背にして、峠から山々を眺める二人。
 近隣の古老にそれとなく話は聞いたが、全国のどこにでもある民話の類しか収穫はなかった。
「やっぱり、お化けがいた方がいいですか」
「いた方が面白い」
「結構、私がそうだったりして」
 木々の間に消える、明るい笑い声。
 九尾は笑いもせず、彼の首筋へ向けた手の中に火を点した。
「というか、いるんですか」
「信じない派?」
「何が怖いって、一番怖いのは人間だって思う派です」
 人の良い、何一つとして曇りのない表情。
 彼の笑い声は木霊となって、峠を抜けていく。
「天宮さん。我々も戻りましょう。ここにても……。天宮さん?」
 祠の前に腰を屈める天宮。
 一度拝んだ彼は、茶色のハンカチを広げてお地蔵様の頭に被せた。
 自分の着ていたジャケットは、その肩へ。
「寒いかと思いまして」
「笠地蔵ですか。知りませんよ、夜に訪ねてきても」
「ああ、そうか。私の家まで来るとなると、お地蔵様も大変ですね」
 やはり、質問の意図とはずれた答え。 
 しかし九尾は小さく頷き、彼を促した。
「早く戻って、温泉にでも入りましょう。あなたが、風邪を引く前に」
「馬鹿は引かないって言いますけど」
「それはお互い様でしょう」
 ジャケットを脱ぎ、祠の上へ掛ける九尾。
 意味のあるなしではなく。
 気持として。
 それを理解する、お互いへ向けられた微笑み……。


 大きな湯船に浮かぶ、檜の桶。
 中には徳利と、小さなショットグラスが入っている。
「彼女、ですか」
 静かに尋ねる九尾。
「いいですね、青春っていうのは。私も、そんな時があったのかなー」
 詠嘆する天宮。
 北斗は別段照れる様子もなく、濡れそぼった前髪をかき上げた。
「ただの幼なじみだよ。向こうは、気になってる相手もいる」
「近過ぎると、却って距離感が掴めないか。天宮さんは、どう思います?」
「少し酸っぱいかな」
「……それは、温泉水です」
 彼の手からショットグラスを取り上げる九尾。
 酸性の泉質らしい。
「それより、あの扉。開くらしいぜ」
「その奥は」
「え、知ってたの」
「へぇ。奥にもあるんですか」
 三者三様の反応。
 だがそれは、すぐに沈黙へと変わる。 
 
 長い銀髪。
 華奢な手足。
 胸元に添えられたタオル。
 しなやかな物腰で、白いもやの中から現れるデュナン。
「男性、ですよね」
「ええ」
 甘い、思わず誤解しそうな微笑み。
 北斗は突然立ち上がり、頬を抑えながら湯船を出た。



「二人きりだったら、ちょっとやばかったな」 
 脱衣所の前にある休憩用のスペース。
 瓶の牛乳を、腰に手を当て一気に飲み干す。
「私、フルーツ牛乳」
「自分で買えよな」
 そう言いつつ、自販機から瓶を取り出す北斗。
 夏菜はやはり腰に手を添え、一気に飲み干した。
 湯上がりで赤らんだ頬が、幼さと妖艶さの微妙なバランスを作り出す。
「どうかした?」
「いつもと違うなと思って」
 素直な台詞。
 しかし夏菜は寂しげに微笑み、彼へ背を向けた。
「変わらないわよ。これは」
 背中をなぞる指先。 
 彼女が背負った、大きな傷の跡を。
「……傷でもあるんですか」
「デュナン君」
「失礼かと思いましたが」
「ううん、そんな事無い」
 伏せられる視線。
 小さく漏れるため息。
 濡れた前髪を横へ流したデュナンは、壁へと目を向けた。
 それを通り越すような、遠い目で。
「生きているから、傷になる。死んでいたら、気にもされません」
「難しい事言うのね。……慰めてくれてるの?」
「さあ」
 軽い足取りで去っていくデュナン。
 あくまでも優雅に、涼やかに。
「格好いい野郎だな。見た目も、性格も」
 鼻で笑う北斗。 
 夏菜は黙って、幼なじみの横顔を見つめた。
「北ちゃんは、何も言わないんだね」
「何が」
「いいけどね。言わなくても、分かってるから」
「何がだよ」
 戻らない返事。
 静かに流れる時。
 お互いへの信頼と、思いやりを込めた。 
 男湯から響く、馬鹿笑い越しの……。


 フロントの奥にある事務所。
 そこに並ぶ、若い姉弟。 
 お互いの間には、距離がある。 
 身体的に、またおそらくは精神的にも。
「あの扉自体は開くんですよね」
「ええ」
 不承不承といった感じで頷く女性。
 九尾はその姿を見つめ、旅館の見取り図を指差した。
「これを見て分かる通り、あそこは物置。それも旅館のというよりは、ここの所有者。つまり、あなた方の」
「私は別に、好きで女将をやってる訳ではありません。母親の体調が悪いから、仕方なく」
「俺だって、別に。この年で支配人なんて」 
 険悪な顔で睨み合う二人。 
 それに構わず、九尾は見取り図をもう一度指差した。
「いつまでも旅館を休業させていたら、いくらあなた達でもお困りでしょう。幸い、あの子供達はなかなか優秀です。今日中にでも、開けてみます」
「それは、是非」
「お願いします」
 言葉とは裏腹な、気のない態度。
「昨日から私達は、誰も泣き声を聞いてないんですが、お二人は」 
 首を振る二人。
 九尾は頷いて、フロントの方を指差した。
「彼等がもう向かってますので、私達も急ぎましょう。いつまでも、遊んでいる訳にも行きませんし」


 扉の前。 
 鍵穴に指を添えるデュナン。
 夏菜と北斗はその左右に立ち、取っ手に手を添えている。
「どうするんです」
「夜中に細工をされたらしいので、無理矢理開けます。俺が合図をしたら、取っ手を回して下さい」
 親指を立てる、夏菜と北斗。
 デュナンは小さく口元を動かし、光を帯びた指先を強く鍵穴へ押し当てた。
「どうぞ」
 大きく一度右へ。
 次いで左、再度右。 
 微妙なタイミングと力の加減。 
 二人はそれを軽くこなし、お互いの手を握ったまま取っ手を引いた。
「案外あっさりと開きましたね。でも、どうして二人にやってもらったんです」
「お互いの動きが、印を結ぶのと同じ作用をしたんです。俺一人では無理ですが、お二人にやってもらえば大丈夫だと思いまして」
「友情の勝利ですか」
 間の抜けた事を言って、いきなり中へ入る天宮。
 途端に、間の抜けた声が聞かれる。
「おい」
「転んだだけです」
「仕方ないな。サーチライトって」
「天宮さん動かないで。首の所に、先の折れた椅子の脚がありますから」
 静かに声を掛ける九尾。
 彼の位置から扉の中は、全くの暗闇。
 だが備え持つ空間把握能力で、内部の様子は手に取るに分かるのだろう。
「デュナンさん。お手柄と言いたいがですが、ここから先は慎重に。万が一、魔力に反応する何かがあるかも知れません」
「済みません。軽率でした」
「年寄りの愚痴と聞き流して下さい。北斗さん。天宮さんを」
「へいへい。どうせ俺は、雑用ですよ」
 天宮同様、躊躇無く入る北斗。
 彼の場合忍者の訓練として鍛えられた夜目のお陰で、やはり内部の状況は分かっているのだろう。

 サーチライトで照らされる室内。
 彼等の推測通り、中にあるのは廃材や不要品ばかり。 
 ただその奥に、かなり錆び付いた小さい扉がある。
 入り口となっていたのとは違う、壁の中央に位置した。
「あの兄ちゃんに開けて貰おう」
「それには及ばないでしょう。鍵がありますから」 
 ポケットから鍵を取り出す九尾。
「これは、あそこの扉の鍵では?」
「共通なんですよ。ただしこちらの場合は、少し事情が違うようですね。思った通りに」
 鍵穴に差し入れられる鍵。
 一本、そしてもう一本。
 姉と、弟の両方が。
「あ、なるほど。二つ揃わないと開かないから」
「でも開かない理由は分かったけど。何が泣いてたんだ」
「泣きたい事でもあったのでしょう。……開けて、よろしいですか」
 振り向く九尾。 
 姉弟はそれとなく視線を交わしあい、頷くような素振りを見せた。
「北斗さん、夏菜さん。私の左右に。万が一という事もありますので」
「あ、はい」
「デュナンさんは、お二人をお願いします」
 躊躇なく回される、二つの鍵。
 ゆっくりと取っ手を引く九尾。
 錆び付いた音がして、薄い金属製の扉が手前に引かれる。

「わっ」
 飛び出てくる黒い影。
 咄嗟に足を振り上げる夏菜。
「あれ」
 スニーカーの上にしがみつく、小さな黒猫。
 彼女が足を床へ向けると、黒猫はさっさとその場から逃げ去った。
「まさか、泣いてるのがあれってオチじゃ」
「風を感じますから、通風口でもあるんでしょう。どう見ても、化け猫には見えませんからね。北斗さん」
「別に、何もないけど。ぼろい箱くらいしか」
 中から取り出される、表面の破れた紙製の箱。

 フロント前のロビーに運ばれる箱。
 そのふたに手を掛ける九尾。
「デュナンさん」
「特に、悪い雰囲気は感じられません」 
 やはり躊躇なく、ふたが開けられる。
 入っていたのは、古さを感じさせる原稿用紙やわら半紙。
 子供の字で書かれた作文と、テストの答案のようだ。
 それの束と。
「絵?」
 一番上に乗っていた画用紙を手に取る夏菜。
 稚拙で、でも一生懸命さが伝わってくる。
「それは……」
「そんな……」
 同時に呟く姉弟。
 明らかに、この絵の持つ意味を分かっている顔で。
「お互いへの気持は、分かりかねます。夜に一人、涙するくらいの気持は」
「え」
「昔、あそこへ二人で閉じこめられたんじゃないですか。こういう関係になる前に。暗闇の中で、手を取り合って。仲良くお互いを励まし合いながら。無論、単なる推測ですけどね」
 静かに話を終える九尾。
 姉弟はお互いを見つめ合い、どちらからともなく手を取り合った。
 テーブルに置かれた、幼い絵の情景そのままに……。
  

「兄弟愛、ですか。これ程麗しいものはありませんね」
 のんきに呟く天宮。
 だがそれに突っ込む者は、誰もいない。
 優しく微笑む者達しか。
「結局、お互いがお互いの泣き声に怖がってたって事か?」
「じゃないの。でも、すぐに気付くようにも思うけど」
 肩をすくめる、北斗と夏菜。
 デュナンは口元で小さく呟き、扉の奥に光を放った。
「相手が別な場所にいる時、泣き声を聞いたのかも知れません」
「今ので分かったのか?」
「そういう気がしただけです。この中は、暖かいですから」
「お前の言う事は、難しくて俺には分からん」
 北斗の足元にまとわりついてくる、黒い子猫。 
 デュナンはそれを抱え、そっと頭を撫でた。
「彼等のお母さんが、この子を可愛がっていたそうです」
「仲の悪い姉弟を心配して、お母さんの代わりに猫が泣いたって言いたいの?」
「いいじゃないですか。今は、誰も泣いてないんですから」
 やや強引に。
 しかし、誰もが納得する言葉でまとめる天宮。

「泣き声はともかく。鍵が二ついる事くらい、初めから分かってたんだろ。なのに、どうして俺達を呼んだんだ?」
「何かのきっかけがないと、人は行動しない時もあります。例えば今回のように、誰に背を押されないと」
 九尾は扉を閉め、静かに歩き出した。
「後は彼等の問題だし、私は帰ります。それでは」 
 薄い微笑みを残し去っていく九尾。
 地酒の詰まったバッグを担いで。
「私も帰りましょうかね。あまり遊んでると、クビになりますから」
「オーナーじゃないんですか」
「世の中、理屈じゃないんですよ」
 情けなく呟き、深く一礼して歩いていく天宮。
 デュナンも長い髪を抑え、その後を追い始めた。
「俺も、これで」
 小さく動く口元。
 指が何かの文字を描き、淡い光が辺りに散る。
「何だ、それ」
「簡単なおまじないです。相手への幸せを祈る」
「念仏でも唱えてろよ」
「馬鹿。色々ありがとう」
 北斗の頭を抑え、一緒に頭を下げる夏菜。
 デュナンはそれを見届け、二人の前から姿を消した。
「姉弟、ね」
「何よ」
「いや。仲が良いのは結構だなと思っただけ」
「北ちゃんは、駄目な弟みたいなものだけどね」
 明るい笑顔と笑い声。
  
 ロビーで姉弟に別れを告げる二人。
 フロントの後ろ。 
 額に飾られた、一枚の絵。 
 稚拙な、しかし一生懸命描かれた。
 異なるタッチの重なった……。
  

 ホームに一人立つ北斗。
 相棒の夏菜は、どこかへ姿を消している。
「あの女。また何か企んでるじゃないだろうな」
 ホームの下を覗き込み、自分で「馬鹿か」と呟く。
「あの格好いい兄ちゃんと、遊んでるのか。どうしてあいつの周りには、ああいい男が集まるかな。俺も含めて」
 少し笑い、腕時計に視線を向ける。
 ホームへ入ってきた列車と交互に。
 彼等が乗るはずの。
「次はもう無いんだぞ。おーい、夏菜ー」
 無人の駅に響く声。
 不安と、焦りの含まれた。
 舌を鳴らし、改札へ向かう北斗。
 列車はすでに、速度を落としている。

「……おい。何してるんだ」
「え」
 呆然とした様子で顔を上げる夏菜。
 北斗は構わず彼女のバッグを担ぎ、改札の階段を上がった。
「急げよ」
「え、うん」
 鈍い反応。
「ちっ」
「え」
 掴まれる手。
 流れる体。
 一瞬重なる頬。
 北斗はすぐに駆け出し、彼女を引っ張っていく。
「何よ、もう」
「二人だけでもう一泊、なんて訳に行かないだろ」
「あら、案外気弱なのね」
「これでも、貞操観念が固いんだよ」
 重なる二人の笑い声。
 滑り込んだ車内に響く。
 つながられた手を離さないままに……。  


                          了

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


0568/守崎 北斗/(もりさき・ほくと)/男/17/高校生
0921/石和 夏菜/(いさわ・かな)/女/17/高校生
0862/デュナン・ウィレムソン/男/16/高校生
0332/九尾 桐伯(きゅうび・とうはく)/男/27/バーテンダー
0841/天宮 輝(あまみや あきら)/男/23/喫茶店経営者

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■         ライター通信          ■
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 ご依頼頂き、ありがとうございました。
 幼馴染みという事で、石和様とはコンビで書かせて頂きました。
 また年齢が近い事もあり、ウィレムソン様との接点も多くしました。
 OPとエピローグは、それぞれの方オリジナルとなっています。
 またの機会がありましたら、よろしくお願いします。