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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


あぁ、素晴らしきラーメン慕情
「はぁ…ラーメン屋、ですか?」
アトラス編集部の編集長、碇麗香に差し出された可愛らしいピンクの封筒を見ながら、三下忠雄は戸惑いの表情を見せた。
「そう。ラーメン屋よ。そこへ取材に行ってもらいたいの」
そういう彼女にますます訳がわからないといった風な三下は恐る恐る尋ねた。
「あの……新しくラーメン屋の雑誌でも出すんですか?」
「何寝ぼけた事言ってるのよ。私たちの取材と言ったら決まってるでしょ!」
良く通る碇の叱責にびくっと肩を縮め、平謝りに謝る三下。
それを横目で見ながら、碇は差出人は女の子であろう事を連想させる投書を思い出していた。
「でも、今回はよく分かってないのよね。投書には味は最高においしいのにまったく客足がないから霊の仕業かもしれないって言う内容
だし…そう言う訳だから、お願いね」
碇はそれだけ言うと、さっさと行けとばかりに手振りで示し、自分の仕事をし始めた。
残された三下は手の中の封筒を見つめ、しばし途方に暮れていた。

「蓬莱亭…ね。いかにもって感じの名前だな」
背もたれに行儀悪くもたれながら、忌引弔爾は言った。
彼の視線の先には一件のラーメン屋の暖簾がひらめく。
「外観は、悪くないな。老舗な感じだな」
と、真名神慶悟も蓬莱亭を見ながら言った。
『ふむ……らーめんなる食べ物があるのか。人の世は面白いのぉ』
弔爾と慶悟以外の声がそう言った。
喋ったのは弔爾が携帯している妖刀、弔丸。
不思議な因縁で弔爾にとり憑いている弔丸はひとり感心しているらしい。
二人と一刀は今道を挟んで蓬莱亭の向かいにある建物の二階の喫茶店にいて、ゆっくり珈琲なんぞ飲みながら問題のラーメン屋を物色しているところなのである。
「お待たせしました」
そこへ三下と彼と共に周囲に聞き込みをしていたシュライン・エマが戻って来た。
「どうだった?」
慶悟の問いにエマは腰掛けながら答えた。
「結構わかったわ。まず、店長。林恵晶 53歳」
手帳を見ながら、三下が続ける。
「なんでも、近所の人の話だとがっしりした体格の頑固な男性で、真面目な方だそうで」
「頑固で愛想はあまり良くないらしいけど、周りの評判は良いわ。かなり頼られてるって感じ」
「……ま、会ってみないとわからんな」
ズズっとアイスコーヒーを飲み、弔爾は言う。
更に、エマは続ける。
「アルバイトは二人。一人は韓国出身のファン・メイジャ、23歳。彼は主に厨房担当。で、もう一人、多分手紙の差出人はこの子ね。坂井智子、高校二年生」
「この二人の事も周りに聞いてみたんですけど、評判は良いです。ファンという人は明るく日本語も達者な人らしくて良い反応が返ってきましたし、坂井さんに関しても同じです。かわいくて明るい良い子と皆口を揃えて言ってました」
続けて言った三下の言葉に、慶悟と弔爾は蓬莱亭を見下ろした。
「じゃ、なんだって客がいねーんだ?」
弔爾のもっともな疑問にエマと三下は困ったように顔を見合わせた。
「なんだ?」
「それが……」
言い難そうにもごもごしている三下に代わり、エマが苦笑交じりに言う。
「分からないのよ。近所の人に聞いても、苦笑して行ってみれば分かるよ、とだけで詳しい事は教えてくれなかったの」
「なんだ、そりゃ?」
「さぁ?」
「兎に角、行ってみるしかないか」
肩を竦めるエマと三下に慶悟は頭を掻きながら、席を立った。

「いらっしゃいませ〜!」
店の戸を開けると、元気な女の子の声が四人を出迎えた。
「店長!お客さんですよ、お客さん!!」
アルバイトの坂井智子であろう女の子は、少し興奮気味に厨房へと声を上げた。
その厨房にはひとりの、熊の様なといっても誇張し過ぎない一人の男性が口をへの字に曲げ、座っていた。
「………そうか」
「そうかって…も〜店長〜!」
「お客さんだって?!」
と、そこへ厨房から一人の青年が飛び出てきた。
細面の顔はアジア系で、彼がファン青年だろう。
「おお〜っ!ホントだ!!」
オーバーに驚きを体全体で表現するファンに坂井は嬉しそうに言う。
「でしょ?でしょ?あ、そうだ!お冷、お冷!!」
よっぽど客足が無かったのだろう。ひとしきり喜んだ坂井はようやく自分の仕事を思い出し、お冷を入れ始めた。
「……すごい、喜びようね」
呆れたようなエマの呟きに、店内を見渡しながら弔爾が言った。
「それだけ客が来ね―って事だろ」
「…ふむ。霊の気配は無い様だが…」
慶悟の言葉に、小さいながらも聞き取れるくらいの声で弔丸も言う。
『拙者も何も感じぬ』
「そうか」
頷く慶悟。
どうやら、霊の仕業では無さそうだが……
「ささっ!どうぞどうぞ。座って下さい」
と、お冷を運んできた坂井は四人に席を薦め、テーブルの上へグラスを置く。
「ご注文は何になさいます?!」
勢い込んで訊く坂井に、三下は申し訳無さそうに待ったをかけた。
「あの、この手紙、キミが出したのかな?」
坂井智子はパチクリと目を瞬かせて、三下の手の中にある封筒を見た。
「もしかして、月刊アトラスの?」
「はい。そうです」
「キャ〜!本当に来てくれたんですね!!ラッキー♪」
キャアキャアと飛び跳ねる坂井に期待を湛えた目をしたファンが近寄る。
「なんだ?もしかして、雑誌の取材か?!」
「そうですよ、ファンさん!キャ〜どうしよ?お洒落してこれば良かったぁ」
いや、テレビの取材じゃないんだから、という四人の心のツッコミは置いといて、慶悟がにっこりと坂井に言う。
「とりあえず、取材の前にここの料理を食べてみたいんだけど、良いかい?」
「はい〜もちろんです♪」
うっとりとした感じで頷いた坂井。
そして、その後ろではファンがやたら張り切っている。
店長の林は、というと相変わらず厨房で腕を組み、睨みつけるような視線を四人に向けている。
「注文は何に致しましょう♪」
弾むような坂井の声に、四人は顔を見合わせながらそれぞれ注文をし始める。
「俺は塩ラーメンで」
「あ、僕は醤油ラーメンでお願いします」
「そうねぇ、味噌ラーメンにしようかしら?」
「おい。これって経費で落ちるんだろ?」
慶悟、三下、エマと注文した後で、弔爾が三下に尋ねる。
「え?あ、はい。落ちますけど……」
「だったらチャーシューラーメン!」
「はい。ご注文は以上で宜しいですね?」
「えぇ」
「かしこまりました〜♪」
そう言ってぺこり、と頭を下げた坂井はスキップも軽やかに厨房へと行く。
「今のところ、普通ですね…」
小声で言った三下にエマも自然小声になる。
「そうね。……店内も綺麗に掃除されているし、衛生上の点でお客が来ないって訳でもなさそうね」
「霊の気配も無い。じゃ、原因はあの三人にあるって事か」
チラっと横目で慶悟は林、坂井、ファンの三人を見ながら言う。
と、店内を見ていた弔爾がぼそりと言った。
「気になったんだがよぉ……なんで、メニューがひとつも無いんだ?」
そういえば、と三人は気付く。
先ほどの注文のさいは皆それぞれが好きなものを注文した訳だが、普通メニューは置いてあるものだ。
だが、この店の中には壁にラーメン一杯いくらと書かれている訳でもなく、テーブルの上にメニュー表がある訳でもなかった。
「な、なんでも客の要望に答えてくれる、とか?」
恐る恐る言った三下にエマが首を振る。
「まさか。材料の仕入れだってあるし、そんな事はまず無いわ」
「あぁ、そう思うぜ。……もしやと思うが……」
眉を寄せた慶悟の危惧は現実になった。
「お待たせ致しました〜♪」
坂井が四つのどんぶりをテーブルに並べる。
白い湯気が立ち昇り、どんぶりの中には透明な琥珀色の液体に卵麺、チャーシュー、メンマ、ネギ、海苔ともっともオーソドックスなスタイルの醤油ラーメンが。
「…あの、私は味噌ラーメンを頼んだのだけれど?」
「俺は塩」
「……チャーシュー」
「あら!」
エマたちの言葉に大袈裟に口に手をあて、驚く坂井。
「ホントだ。店長〜これ全部醤油になってますけど〜?」
坂井がそういうと、ジロリとこちらを睨みつけたかと思うと、林は低い声で一言。
「ラーメンといやぁ、醤油に決まってる」
「だ、そうです」
何がだ、そうです。だ!
というツッコミと、醤油と誰が決めた!という心の叫びはともすれば三人の口から出てきそうな気配を敏感に感じ取った三下はおろおろとフォローを入れる。
「あ、あ。ホラ!きっと、醤油だけでも自信があるって事はおいしいんですよ。ホラ、おいしそうじゃないっすか〜」
冷や汗交じりの三下の言葉に固い表情だった三人は肩の力を抜く。
「……ま、取材だからな。諦めるか」
「そうね…ラーメンを食べるのが目的じゃないものね」
完全ラーメン目的だった弔爾はちょっとぶすっとしながらも、箸を割り麺に手をつけた。

カコーン!

軽い金属音と罵声が響く。
「人様が作ってくれた料理を食う時に挨拶も出来ね―のか?!」
頭でお玉を受けた弔爾は、その場で頭を押さえてうずくまる。
「ちょ、ちょっと!大丈夫ですか?!」
驚いた三下が弔爾を気遣う。
だが、そんな一連の流れをのほほんと笑顔で見ていた坂井に、冷や汗を流しながら慶悟は尋ねる。
「随分と冷静なんだな?」
「え、そうですか?ま、いつもの事ですから」
あっさり言った言葉に、慶悟とエマは顔を見合わせ額を抑えた。
「はい、お待ち!!」
そこへファン青年が大皿を手にやって来る。
ダン!とテーブルに置かれたのは中華の定番、チャーハン。
「チャーハンは頼んでないが?」
「あ〜イイ。イイ。俺様のオゴリ!ファン特製炒飯だよ。どんどん食べてな!」
そう言って、自分で小皿にとりわけ始めるファン。
その頃には弔爾も復活し、頭をさすりながら何事か恨み言を呟いていたが、チャーハンを見ると少しは機嫌を治したらしい。
「美味そうだな。匂いも良い」
「そうだな」
レンゲを持った弔爾の視界の端で何かが動く。
キラリと今度は先ほどより一回り大きなお玉が蛍光灯の光を鈍く反射させているのが見えた。
大口を開け、固まる弔爾。
そんな弔爾を尻目に三人は手を合わせる。
『いただきます』
声も揃えて言った挨拶に、林が頷くのが見えた。
『……弔爾』
弔丸の宥める様な声に、弔爾も渋々といった様に言う。
「……イタダキマス」
すっとお玉を引っ込める林。
「あの頑固さが原因のようね……」
苦笑交じりに呟くエマに三下が残念そうに呟く。
「霊じゃないんですよね……」
三下の場合はくたびれ損の何とやらであるが、ま、それは置いておいて、目の前の物をほおって置く訳にもいくまい。
四人はレンゲを口に運んだ。

ぶっ・・・!!

一斉に噴出す四人。
「な、何これ!?」
エマの驚愕の叫びにファンが首を傾げる。
「どうした?」
「どうしたもこうしたも……なんだ、これは?!」
「……不味い」
「ん〜今日は旬の食材をふんだんに使ってみたんだが……」
ん〜、と腕を組み首を捻るファン。
「一体、どんな調理をしたらこんな味が出せるの?」
料理の得意なエマからしたら、これぞまさに怪奇現象。
それくらい、摩訶不思議なハーモニーをお口の中で奏でるファン特製チャーハンは不思議な輝きを放っているように見える。
「ファンさんってば、また失敗?」
「そうみたいだなっ☆」
あはは、と笑いあう二人に四人はがっくりと肩を落とす。
「……なんか、疲れた」
「私も。三下さん、まだ続けますか?取材」
「俺は帰る。やるなら一人でやってくれ」
三人にそう言われ、三下は情けない声を上げる。
「そんなぁ〜!僕だって……帰りたいです」
「じゃ、取材は終わりだな」
ろくな取材もしていないが、十分だろう、と慶悟は席を立つ。
「ちょっと待て!」
無口な頑固親父、林が厨房から仁王立ちで怒鳴る。
「出されたもんを残すたぁどう言う事だ!全部食うまで帰さんぞ!!」
全部……食うまで?
四人の目があるひとつのものに集中する。
言わずと知れたファン特製炒飯。
あぁ、神々しいばかりに輝く卵が恐ろしい。
四人はフラフラと席につくと、坂井の投書通り味は上の林のラーメンで誤魔化しつつ、チャーハンをかき込んだのだった。

その後、帰りがけに蓬莱亭と従業員を撮った写真に子供のような影が写っていた事や
それで、蓬莱亭の人気が出た事や、林の頑固な性格が世間に好感触で受け入れられた事や
ファン青年の特製炒飯が大当たりした事などは、また別の話。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0845 / 忌引弔爾 / 男 / 25歳 / 無職】
【0389 / 真名神慶悟 / 男 / 20歳 / 陰陽師】 
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家
                       +時々草間興信所でバイト】

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■         ライター通信          ■
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どうも……壬生ナギサです。
忌引さんは三度目のご依頼、有難う御座います。
真名神さん、シュラインさんは、二度目(?)になりますか。
どちらにせよ、有難う御座います。
今回のお話、私にとって冒険でしたが如何でしたでしょうか?
本当はもっとハチャメチャな感じに仕上げたかったのですが……
上手くいかず、申し訳ありません(汗)

最後の方に書きました、子供のような影は座敷わらしです。
ふらふらっと一連の騒動に引き寄せられた、という(笑)
すみません(汗)
出来たら、詳しく別の形で蓬莱亭、出せたら良いなぁ、と考えています。
また機会とご縁がありましたらよろしくお願い致します!