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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


Wedding March

------<オープニング>--------------------------------------

 梅干。塩。干し魚。山菜。米。酒。和菓子。
 それらは田端頼子の家に届いたものだ。立派な瓶に収められ、一日一種類、早朝に届く。毎朝、新聞を取りに庭先に行くと、瓶があるのだ。
「で、瓶の側にはご結婚おめでとうございますって……しっかりご祝儀までついて」
「結婚するの?」
 購買部で購入した焼きソバパンをかじりながら、友人が問う。頼子は思い切り首を振った。
「人違いじゃないかなぁ……」
 普段どおりの昼休み、普段と違う話のネタ。友人は嬉しそうに体をゆすった。
「ミステリーじゃん。送り主はばらばらなの?」
「うん。ノウリョウキって人と、田端頼子が結婚するらしいんだけど。同姓同名の人かなぁ」
 先刻まで話を聞いているだけだった、もう一人の友人、柴田がお茶を飲み干した。意を決したように口を開く。
「あのね、頼子」
「うん?」
「それ、あたしのせいかも。気にしなくていいよ。夏休みにさ、援助したおっさんとねー一回キスしたらね、結婚してくれってしつこくて」
「ちょっと待って。あんた、もしかして」
 嫌な感じだ。
 柴田は頼子の名前が気に入ったという理由で、援助交際をするとき順子と名乗る。漢字こそ違うのだが音は同じだ。しかも、流行を追いかける二人は似たような格好をしている。流行の髪色、流行のバック。後姿が良く似ていると、先輩たちも言っていた。同じ制服を着ているときなど、紛らわしい。
「その人、ノウリョウキって言ったはず」
「……冗談でしょーもー」
 机に突っ伏した。
「誤解、解かなくちゃ……」
「気をつけてね。なんかやばそうな人だったから。気持ち悪いタクか、サイコか変態かも」
「殴ったろか、お前」
 急に味のしなくなった昼食。頼子はぽそぽそと食べ続けた。
 誰かに手伝ってもらったほうがいい。うん。絶対そうだ。
 ノウリョウキなんてあからさまに変な名前なわけだし。
 さて、誰に相談しようか。そればかり考えて、午後の授業は身にならなかった。


×


 シュライン・エマの形の良い指が、ピアノのようにキーボードを叩いてゆく。秋が近くなり、窓から差し込む日もやわらかい。指が踊るたびに、プラチナの指輪が閃く。画面をそわそわしながら、月見里千里が覗き込んだ。
「ダメよ、見ちゃ」
 千里ははーい、と長く返事をする。慣れた様子で草間興信所を歩き、台所へ姿を消した。お茶の用意でもするのだろう。
 今、シュラインが閲覧しているのは、草間興信所が誇るデータベースである。これまでの探偵たちの事件や顛末、敵の詳細などが入力されている。社外秘のデータも多い。
「武彦さんったら……」
 一瞬頭痛を覚える。パスワードを入力して、開かれた画面。その壁紙はベビーフェイスのグラビアアイドルだった。オレンジ色のビキニをまとい、白い砂浜に横たわっている。
「だんだんおっさん臭くなるんだから」
 千里が田端頼子に危機が迫っていると教えてくれた。話の全体を知ると、危機というほどでもない感じがしたが、やはり女にとっては大切な事柄だろう。千里や頼子は結婚に夢を見てもいい年頃だ。不思議な男と謎の贈り物。いくつか思い当たる事柄があった。
 ノウリョウキ。
 このキが鬼であった場合、問題は一転する。
 花嫁姿の頼子が、鬼に頭からばりばり食べられるのを想像してしまった。しかも節分に出てくるようなコミカルな鬼。
 千里がキッチンからコーヒーを運んできた。
「ミルクだけでいいんだよね?」
「ありがとう……これなんかどうかしら?」
 シュラインはマウスを操作して、一つのウィンドウを全画面表示にした。
「異類婚礼。東北地方などでよく聞かれる民話ね。馬がお姫様と結婚したりするのよ」
「……頼子ちゃん、かわいそう」
「ノウリョウキは人間の姿だったんでしょう?」
 わざとらしく切なそうな顔をする千里を小突く。
「ともかく、柴田さんに会うしかないわね。情報が少なすぎる。それにしても失礼にもほどがあるわよぅ」
 パソコンの電源を落とし、立ち上がる。
「南総里見八犬伝なんかも異類婚礼なの?」
「よく知ってるわね」
「古典の授業で」
「あ……千里ちゃん、あなた学生でしょう。どうしてここにいるの」
 平日のしかも午前中だ。千里はにっこりと愛くるしい笑顔を作って逃げた。
 問題の原因、柴田雅美との約束は取り付けてある。指定された時間は、正午だった。彼女も学校をサボるつもりなのだろう。
「勉強は出来るうちにしておきなさいよ」
 このフレーズ、年がばれるかしら。
 突然、テーブルががたっと揺れた。コーヒーが零れそうになる。千里はバイブ設定にしておいた携帯電話を掴んだ。
「頼子ちゃんからだ……えっと、今日は白無垢が届いた。マジでヤバそうな感じ。だって」
 日一日と贈り物が届く。花嫁衣装はその最後の品かもしれない。
「……別行動にしましょう。誰かが側にいた方が心強いだろうし」
 シュラインは事務所の電話の受話器を上げた。龍堂夫妻と連絡を取った方がいい。


×


 デリケートな問題だからね−−−女同士の方がいい。
 夫にそう告げ、龍堂玲於奈はシュラインと共に柴田と会うことになった。千里と頼子は友人、安心するだろう。何かあれば夫、冬弥が二人を守ってくれるはずだ。信頼関係が出来上がっているので、お互い安心して仕事をこなせる。
 大手ファーストフード店で柴田と顔を合わせた。
 確かに頼子と似ている。同じ学校の制服に、似たような化粧の仕方、スカートの丈、髪型。ファッション系が苦手な玲於奈は、似せようとして似せているようにしか思えなかった。柴田雅美は脱色で痛んだ髪をひっきりなしに撫で、枝毛を探している。
 そわそわしたり髪を撫でたりする人間は、緊張していることが多い。
 探偵家業で覚えた行動学だ。
 見知らぬ二人の女と顔を合わせたら、緊張もするか。玲於奈はすっと本題を切り出した。
「ノウリョウキってどんな男だったんだい」
「背が高くてーがっしりしてたかな? なんかマジ入っててキショかったぁ」
 きゃははっと雅美は笑った。子悪魔的で可愛らしいが、倫理観に欠けるあっけらかんとした笑い方。玲於奈は小一時間説教したい気分になった。
「ラグビーとかの選手だったかも? 汗臭かったし、筋肉質だったし、女に慣れてないっての? 髪の毛はアッシュ・グリーンかな。なんかそわそわしちゃってさぁ。突然愛してる、結婚してくれ! とか言うの」
 抽象的でしかもこちらが聞いているはずなのに、疑問形。玲於奈はため息を吐いて、シュラインを一瞥する。
「どこで知り合ったのかしら? それとどんなことを、その」
「池袋駅前でだよ、友達と待ち合わせしてたんだけど、ドタキャンされちゃってさー、暇だったんだよね。夏休みの終わりだったから……三十日ぐらいかな、八月の。で、ノウリョウキが歩いてたわけ。声かけたら一発だったよ。あ、ホテルまでは行ってないよ。気持ち悪かったもん。お金はもらったけど。逃げちゃった」
 今度はしてやったりとばかりに、優越感のにじみ出た笑み。若くして女王様気取りだ。若さしか武器がないとわかっていないのだろうか。
「頼子にゴメンって言っといてね? あれから怒っちゃってさー」
「怒るのも当然よ。人違いで結婚なんて」
「間違えるほうが悪いのにーあたしのせいじゃないよぉ。嫌だったら離婚しちゃえばいいわけだし」
 ゴッ。
 プラスチック製の安物テーブルは、玲於奈の拳で折れた。この程度、戒めの手錠を取らなくとも出来る。さっと雅美の顔が青くなった。
「まったく最近の若い娘と来た日には倫理観とかやって良い事と悪い事の区別もつかないのかい?」
「何が悪いことなの?」
「援助交際。してるんだろう」
「うん」
 何事もないように頷く。そんなのは当たり前、と。
「好きな人だけとか思ったりしないのかい」
「オバサン、割と乙女チックなんだね」
「病気とかあるでしょう」
 シュラインも売春は好みではないらしい。玲於奈に加勢する。
「ゴムつければいいじゃん」
 よく動く雅美の唇が、シェイクをストローで吸い上げる。露骨な表現。
「だったら買うオジンに怒ればぁ? 買い手がなかったら売らないんだからさ。説教はノウリョウキにしてよ」
「あんたね」
「玲於奈」
 シュラインが口を止める。
「今日はありがとう。私達はこれで」
 相手の返事も待たず、シュラインは店を後にする。言いたいことが山ほどあったが、追いかけることにした。自動ドアをくぐり街道へ出る。シュラインの右手に並んだ。
「いやだねぇ」
「まったくだわ」
 雅美の桜色の唇を頭に描いた。瑞々しい若さに溢れ、濡れていた。それが今では軟体生物や蛭のように思える。
「あれが日本の未来を担うのか。恐ろしいね」
 ハイヒールの足音を響かせながら、ぐんぐんシュラインは歩いていく。嫌な考えを肩切る風で振り払うように。
「安いキスだったんでしょうね」


×


 龍堂冬弥は田端家最寄駅で千里と待ち合わせをした。友達付き合いがあるらしく、何度か遊びに行っているらしい。道案内もかねて、頼子という少女を教えてもらった。様々事件に縁があるらしい。懸賞や宝くじにも当たりやすいというのだから、当たる人生なのだろう。
「でね、弟の慧太ってのが問題なの。何かされたら殴っちゃっていいよ☆」
「わかった」
 冬弥が素直に承諾すると
「でも悪いやつじゃないくて……言葉のあやっていうか、口が悪いだけだから、大丈夫だと思うけど。うん。悪人ってわけじゃなくて小悪党かな」
 突然フォローを入れる。しどろもどろと言葉を探しているようだ。この少女は人を嫌えない性格なのかもしれない。
「あ! この家だよ」
 渡りに船というか、口ごもっていた千里が大きな声を上げて家を指さす。同じような家が並んだ、建て売りの住宅街らしい。外壁が水色で、メルヘンチックだ。門から入るとちょっとした庭があり、ふっと獣の臭いがした。
「犬を飼ってるのか?」
「うん」
 千里がぱしっとチャイムを押す。
 門から右手にある小さな庭には、ささやかだが緑が誇っている。小さな庭を必死に飾り立てるような、統一性のないガーデニング。典型的な中流階級らしい。最寄り駅も東京の中心部とは離れている。
 仕事場からはちょっと遠いが、緑の多いベッドタウン。かわいい子ども二人に、ローンはあるもののそれなりの家。そして犬。
「はーい」
 鍵を開く音と、チェーンを引き上げる音が同時にする。ぱっとドアが開かれ、高校生ほどの少女が現れた。千里に笑顔を見せ、それから冬弥に会釈を。
「入ってください、今は誰もいませんから」
「お邪魔しまーす☆」
 靴を脱ぐのもそこそこに、千里は中へ入っていく。冬弥は家の外へちらりと視線を滑らせた。
 いくつかの氣の後が見える。
 幼い頃、その身に魔剣を宿したことで、冬弥は常人には感じられないものを読みとる力が備わっていた。仕事柄何人かの異能力者と出会ったが、自分のそれはかなりの高レベルだということもわかっていた。この力のおかげで、探偵として生計を立てている。探偵といえば浮気調査やストーカー対策が主な仕事となるのだが、龍堂夫妻は違う。
 家の前の小道に、いくつかの流れの後が見える。
 人が砂浜を歩くと足跡が残るように、化け物と呼ばれる存在は動くことで氣を落としていく。人間とは本質的に違う氣なので見ればすぐにわかる。
 田端家の前には、異常なほど化け物が立ち寄った跡があった。
「祝儀を届けに来たのか……」
「冬弥さーん?」
「今、行く」
 上がって来ないので、不思議に思われたらしい。冬弥は声を投げつつ、家に入った。
 玄関から続く廊下を進むと、突き当たりにガラス戸が現れる。そこを開くと、リビングに繋がっていた。すぐ横にキッチンがある。料理をしながら会話が出来るという作りのようだ。
「どうぞ」
 頼子に言われ、ソファーに腰を下ろした。すぐに紅茶が運ばれてくるが、フレーバーティーなのだろう、甘ったるいキャラメルのような香りがポットから上ってくる。礼儀として軽く口を付けたものの、飲みきれない。お茶請けに出されたクッキーも食べなかった。甘いのは苦手なのだ。千里は気にならない−−−というか好みらしい−−−ゆっくりと香りを楽しみつつ、飲んでいる。
「白無垢が届いたそうだな」
「はい。奥の和室にありますけど、見ますか?」
「あたしはウエディングドレスのほうがいいなぁ」
「やっぱ? 海外で教会が基本だよねー」
 女の子らしく二人は笑う。そのまま理想の結婚相手や式など、ぽんぽんと次から次へ出てくる。
 冬弥は苦笑するしかなかった。妻もこんな風に、未来の伴侶に想いをはせたことがあるのだろうか。自分はそれに叶っているのか。ふと考えてしまう。玲於奈は玲於奈で、女性として見つめることを忘れていたようだ。
 終わったら、何かしてやるか。
 ホテルでディナーでも、と。冬弥は首を左右に振った。それよりは食べ放題のほうが喜ばれるだろう。
 三人は奥の和室に移動した。
 芸術品のように白無垢が広げられている。側にはいくつかの桐の箱がある、角隠しや帯などが収まっているようだ。その他土色の瓶も置いてある。婚礼前日の部屋のようだった。
「捨てない方がいいって言われたから、お米とかも全部とってあります」
「賢明だ。契約破棄に必要かもしれない」
 冬弥はそっと花嫁が着る着物に触れる。白というよりはなまめかしい真珠色だ。光沢もある。絹のようだ。
 不安そうな頼子に笑ってみせる。
「なんとかなるだろう。立場的にもこちらが有利だ」
「そうそう☆ 一番大事な頼子ちゃんは、あたしたちがきっちり守るからね」
 どんとこい! とばかりに千里は胸を叩いた。


×


 この日を待っていた。
 手順は踏んだ。
 断りもなかった。
 すべてが終わった。
 さぁ、婚礼だ。婚礼だ。
 男は夜道を歩いていた。一歩踏み出すごとに鳴いていたはずの秋虫が黙る。べったべったと引きずるような足音、踏み出すごとにアスファルトがへこむ。重さに耐えきれないのだ。
 踊り出したい気分だった。
 ちょうどよく今日は満月。最高の婚礼日より。大安吉日ではないのが惜しまれるが、時間がないのだ。
 花嫁の実家の前で足を止める。照れてしまう、柄にもなく。ああ、あの愛しい人はどう迎えてくれるだろう? そんなことばかり考えてしまう。
 男が視線を向けると、門も玄関の扉も自然開く。
 先刻まで鳴き狂っていた犬が、鼻を哀れっぽくならしながら小屋へ逃げていった。
 迎えを待っている花嫁のように、恥じらいながらも中へと誘う。
 嬉しすぎて隠せない。気持ちが浮ついてくる。
 満月に照らされた男の影、その頭には巨大な角が一本生えていた。
 狭苦しい玄関を上がる。廊下を進む。踏み抜いてしまいそうな板を、そっと慈しむように。花嫁の家だと思うとすべてがいとおしい。このたった一枚の板きれが彼女の生活の一部なのだ。
 和室へと続くふすま。左右へ開く。
 部屋の中心に、白無垢をまとった女性が正座していた。贈り物の品に囲まれ、深く綿帽子をかぶり、表情は見えない。白い着物のなかに、ぽっと口紅の紅だけが咲いたように美しい。
 暗闇が支配する部屋、白い華が咲いていた。
「ああ……」
 ノウリョウキの口からため息が零れる。
 待っていてくれた。
 針金のような剛毛の生えた腕を、そっと花嫁に向ける。
「そこまでだ」
 振り向くと、贈り物の影から人間が現れる。
「逢瀬を邪魔するか」
 冬弥は苦笑する。その隣に立っていた、体格の玲於奈がすまなそうに続ける。
「人違いなんだよ」
 花嫁の手を取り、ノウリョウキは去ろうとした。その気になれば屋根をも突き破って逃げられる。婚礼の時間は迫っている、親族たちは会場で待っているはずだ。
 贈り物を贈り、最後に花嫁を受け取る。それが古来からの婚姻方法だ。
「ね、話聞いてもらえないっていったじゃない」
 花嫁がすっくと立ち上がる。
「?!」
 ノウリョウキが一歩下がる。そのまま跳躍しようとしたが、体が動かない。いつの間にか自分を取り巻くように、翠色の宝珠が待っている。ノウリョウキの爪ほどの大きさもない宝珠が、彼の動きを縛っていた。
「残念でした☆」
 白無垢が桜の花びらのように散る。
 花嫁が立ってた場所に、千里が立っていた。
「……落ち着いて話を聞いてもらえるかしら? ひどいやり方でごめんなさいね、どうしても聞いてほしかったの」
 一番最後にシュラインが物陰から現れる。
 四人をノウリョウキはぐるりと睨んだ。
「聞こう」
 逃げるのは無理だ。この戒めを説いたとしても、冬弥から発せられるプレッシャーは見過ごせない。背中を見せるわけにはいかない。
 花嫁もいない、探さなければ。
 ほっとシュラインは安堵する。出来れば刃傷沙汰は避けたいのだ。
「最初から間違っていたのよ。あなたに愛してると言ったのは柴田雅美さん、この家の娘さんは田端頼子さんなの。彼女は千里ちゃん」
 花嫁姿をしていた少女が、コケティッシュに微笑む。
「頼子さんと引き合わせると……連れて行かれるかもしれなかったから」
「がっつかれても困るしね」
 玲於奈は軽口を叩く。
「ヨリコと言った」
「だから……」
「ノウリョウキという名の由来を教えてもらえないか」
 突然、冬弥が告げる。
「由来などない。ただ名だ」
「でもさぁ……いくら名前や顔が似ているからって、好きな人を間違える?」
 千里の素朴な疑問に、ノウリョウキの太い眉が動いた。
「お互いの名を名乗るというのは、婚姻承諾の証……」
「だーかーらぁ! 人違いだっていうの!」
「結婚するなら男を漁っている女より、貞淑なほうがいい」
 ぴっとシュラインの眉が動いた。
「人違いだって知ってたのね?」
 答えがない。ぐっとノウリョウキの全身に血管が浮いた。
「やばっ!」
 叫びと同時に千里の作り出した宝珠が破裂する。瞬時に壁をぶち破り、庭へ逃げた。コンクリートの壁を飛び越え、夜に溶けていく。
「行くぞ!」
「はいよ!」
 走り去ったノウリョウキを追い、龍堂夫妻も走り出す。
「恋愛ってそんなに軽いものなのかしら?」
 うんざりとしながらも、追いかけるしかない。
 風を切るようにノウリョウキは走る。壁から住宅の屋根に飛び乗り、跳ねながら進む。下の街道に、冬弥の姿があった。ぴったりとついてくる。
「人間の割にはやるな」
 その言葉が届いたのか、わずかに冬弥の唇の端が上がる。
「よそ見厳禁ってね!」
 後頭部に強烈な一撃。稲妻のように痛みが全身へ走る。冬弥に気をとられていた、玲於奈が後ろから迫っていたとは。バランスを崩し、屋根から往来へと落ちる。
「そんなんだから女の一つも捕まえられないのさ」
 軽やかに玲於奈は着地、玲於奈と冬弥の間に、ノウリョウキが倒れていた。
「……頼む、見逃してくれ!!」
 予想外の一言に、二人の行動が止まる。体面を捨ててアスファルトに頭をこすりつけ、土下座をすr。
「俺は今年中に花嫁を見つけなきゃならんのだ、じゃないと跡取りをおろされる」
「せっぱ詰まって人里に降りてきたんだな?」
 冬弥は頭の中心から突き出た角や、口の端からはみ出ている角、岩のような体をゆっくりと見る。新緑色の肌に剛毛。日本土着の鬼の末裔だろう。
「干上がってるとはいってもねぇ」
 玲於奈は思わずぷっと吹き出した。憎めないのだ、なんとなく。
「人里に降りてきて、人間の女というのはなんと優しいのだと思ったが……勘違いだった。すぐに気づいた。ヨリコが俺のことを愛していないことを……ただ、頼子が……順子に似ていたから……」
「初めての女は忘れられないってとこかい」
 どんな女であっても。どんな形でも。
 ノウリョウキは立ち上がり、玲於奈の手を握った。
「お前、名は」
「え? 玲於奈。龍堂……」
 あ。
 慌てて口を止めるがもう遅い。
「結婚してくれ!!」
「それは俺の女だ!」
 ノウリョウキの大声に負けないほど、冬弥が怒鳴る。

「あららー」
 追いついてきた千里が、スポーツ観戦でもするように三人を見た。
 玲於奈に抱きついているノウリョウキ、それに神剣を突きつけている冬弥。
「他人の恋愛っておもしろいよねー☆」
 脳天気な一言だが、シュラインも同じだ。誰もが恋愛ごとに興味があるだろう。だからドラマや恋愛ドキュメントが流行る。それが他人だったらなおさらおもしろい。
「頼む、頼むー!!」
「放せったら!」
「その手をどけろ!!」
 ふふっと千里は瞳を細める。
「せっかく着るんだったら、ウエディングドレスがよかったなぁ」
「未来の旦那さんにとっておきなさいな」
「あ。うん! それもいいね☆」
 素直に幸せな未来を想像出来る。すばらしいことだ。輝くような笑顔に、シュラインもつられた。


 冬弥がノウリョウキを山まで追い返したのは、また違う話である。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0165 / 月見里・千里 / 女 / 16 / 女子高校生
 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 0649 / 龍堂・冬弥 / 男 / 26 / 探偵
 0669 / 龍堂・玲於奈 / 女 / 26 / 探偵

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■         ライター通信          ■
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 Wedding March をお届けします。和泉基浦です。
 依頼を受けてくださってありがとうございました。
 無事依頼成功となっております。
 全員が頼子の護衛というプレイングでしたので、こういう形にさせていただきました。
 今回は、キャラごとに切ってではなく、物語すべてを収めてあります。
 把握しやすくなったと思いますが、いかがでしたでしょうか。
 気に入ってくだされば幸いです。
 またお会いできたら光栄です。それでは。 基浦