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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:黄泉津比良坂 −千引きの岩−(前編)
執筆ライター  :立神勇樹
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜5人

■オープニング■

 自分が死ねばいい。
 自分が死ねばいい。
 そうすれば、この国は、愛しい人は助かるだろう。
 かつて女神を殺し、男神に殺され、今よみがえろうとしているこの焔の邪神と共に自分が死ぬことで、この世界は救われる。
 愛しい妻である彼女も、自分と彼女の血を継ぐ娘も、この世界に生き続けていけるだろう。
 ――しかし、その世界に自分は居ない。
「彼女は私を憎むでしょうね」
 隣に立っている緑の瞳の魔術師が、同じ警察官であり、自分の上司である男が微笑みながらつぶやいた。
「でも決めているんでしょう?」
 ……警視は俺を犠牲にしてこの国を守るだろう。
 泣きわめいても、懇願しても、怒り狂っても。
 この上なく冷酷に、この上なく優しく。俺を犠牲にすることで破壊を最小限に押さえ、国を守ろうとするだろう。
 寂しいのか、悔しいのか、諦めているのか自分でもわからない。
 ただ……密かに危機を乗り越え、守られ、平和にすぎていくその世界に自分は居ない。
 彼女の、娘の居る世界に自分は居ない。
「二人を頼みます」
 使い古された独創性のない言葉が口から漏れる。最後なのだからもう少し格好の良いことを言えればいいのだが、それ以外に思いつかなかった。
 緑の瞳の魔術師は、微笑みをくずさないまま。だがしっかりとうなずいた。

 白昼夢を見ていた。
 どんな夢なのか思い出せない。ただ、どこかで見た誰かがいた気がする。過去なのか、予感なのかわからない。
 そんなことをぼんやり考えながらソファーにもたれかかり、髪をかき上げていると、そろそろと興信所の扉が開き、一人の女の子が現れた。
 背中に背負った赤いランドセルが重いのか、しきりに肩を動かしている。
「パパを探してほしいの」
 と、鈴を転がすような声で開口一番にのたまった。
「おいおい、ここは交番じゃないぞ」
 今まで子供が依頼者という事件を幾つか担当してきたが、どれも金がとれない……つまり骨折り損の事件ばかりだった。
 その為、子供が関わる以来は極力避けたい。というのがありありの口調で草間はぼやく。
「パパを探してほしいの。お仕事先からも居なくなってみんな心配してるの」
 負けじと少女は繰り返す。
「パパ、どうしていなくなったのかな?」
 子供を放っておけないのか(便宜上)草間の妹の零が、しゃがみこみ、少女と同じ目線で語りかける。
「パパね、由良とお約束したの。由良の誕生日に本当のパパを連れてきてくれるって。由良の本当のパパは「ほのおがくち」の悪い神様が「ふしのやま」から出てこないようにする為に「よも」に行ったの」
 舌っ足らずな声で言うが、要領を得ない。
「ママが「し」のあがないに「よも」の坂にある「まかる」の玉を持ってきなさい。ってパパを怒ったから、パパも「よも」に行ったの」
「うううううーん」
 零が頭を抱え込む。何を言いたいのかさっぱりわからないといった処だろう。
 草間が面倒くさげな仕草でタバコをくわえた瞬間、けたたましく電話が鳴り響いた。
 いそいそと受話器を取り上げ、草間は肩をすくめた。
 少なくとも子供の戯言よりは電話の向こうの相手が金になる仕事だ、と思ったのだろう。
 しかし、電話を受けて10秒たたない内に草間の顔がこわばった。
「……なんで警察が……榊が行方不明?」
 警察庁に所属し、怪奇事件の調査解決を指揮する男。
 しばしばここに来てはやっかいな事件を押しつけていく彼――榊千尋の名前を何度かつぶやくと、草間はとうてい判読不可能な文字で忙しげにメモを取っていく。
 ふと気になって、少女の方をみる。
「パパの名前教えてくれるかな?」
 零の頭越しに少女に向かって問いかける。と、少女――由良は汚れない純真な瞳を輝かせながら、予想通りの言葉を返した。
 ――パパの名前は「さかき・ちひろ」なのだ、と。

■17:00 紅か黒か。■

 夕方。
 騒がしくそして電飾と思い思いの格好をしている人々により、けばけばしく飾り立て、虚飾の町へと変化していく歌舞伎町に二人の男がいた。
 一人はサラリーマンのような、しかしサラリーマンにしては微妙に派手で洒落た格好をした目線の鋭い男。
 もう一人はモデルかボディーガードのように黒一色のスーツに深く鈍い紅のシャツを着込んだ、赤い髪をした男。
 どう考えても、ちぐはぐな取り合わせの外見をした二人なのだが、妙になじんで見えるのは二人の男が同じ雰囲気……いうなれば、虚飾の町の影を見抜く目と力を持つ雰囲気を併せ持っているからに違いない。
「あのフカヒレは、あまり舌触りがよくなかったな」
 と、ぼやいたのは秀麗で硬質的な顔に、異様とも言える繊細かつすごみのある龍の彫り物を施した男……つまり黒月焔であり、それに答えて舌打ちしたのは、ひょうひょうとした表情の中に、どこか刹那的なナイフの様な鋭さをちらつかせる男……張暁文こと中島文彦であった。
「おまえ、贅沢なんだよ。おごってもらっただけでもありがたく思えよ」
 かかとでアスファルトをけりつけながら、乱雑に髪の毛をかき混ぜ、暁文がぼやく。
「ほぉ? おごってもらった? 誰かな? 昨日人の店で五回連続で賭ポーカーに負けた男は」
 イントネーションを巧みに変え、からかうように焔が言う。
 と、暁文は喉に言葉をつまらせたのか、ぐう、ともきゅう、ともつかない声をだした。
 かつて依頼でともに沖縄で「仕事」をこなし、それ以後同じ「影」をしる気安さか、あるいは単にウマがあっただけなのか。
 暁文は気が向いたときに、ふらりと焔の店を訪れるようになっていた。
 のはいいのだが。
 昨日、酔った勢いで調子に乗って「この売れてなさそうなバーで、俺が飲み代踏み倒してやったら、こいつはどういうツラをするだろう」などと暁文が悪戯心を働かせたのが悪かった。
 飲み代と豪華中華料理フルコースを賭けたポーカーの五回勝負に立て続けに負けてしまったのだ。
 もちろん、暁文が賭け事に弱い訳ではない。むしろ強いと言っても良いだろう。麻雀であれば本家本元中国出身であるから、負け知らずでもある。もちろん、ポーカーでもそうそう簡単に負ける筈がなかった。
 しかし、どういう運命の女神の悪戯か。
 それとも焔が暁文の悪戯を見抜いて、何かを企んだのか。
 五回すべてに負けてしまったのだ。
 ぐぅの音も出ないほど、徹底的に、だ。
 これ以上にない見事な負けっぷりに、絶対イカサマされてるに違いねぇと、心中で毒づいたのも後の祭り。
 イカサマであろうと何であろうと、「勝ち」のテクニックを見抜けなかった者が悪いのだし。また、負けたからといって難癖をつけて場を興ざめさせるほど暁文は礼儀知らずでもなく、また度量が狭くもなかった。
 かくして、暁文はこれでもか、と気前がよいほど万札を消費する中華料理店へ(半ば焔に強制されるように)連れて行かれる事になってしまったのだ。
 アホ臭すぎて涙も出ない。
「さて、次は何をおごって貰おうかな? 食事の後はやはり酒かな? それとも……」
「お、おい、まさかまだ俺におごらせるつもりかよ」
 紅硬玉のように鮮やかな光放つ焔の瞳を見返し、暁文はたじろいだ。
「そのまさかだ」
 ニヤリ、と唇を三日月の形にゆがめて焔が笑う。
 その焔の動きにあわせて、顔を美しく飾る龍の刺青がからかうようにゆらりと歪んだ。
 財布がいくつあっても足りない、と逃げ出したくなった時、不意に暁文の携帯電話が鳴りだした。
 誰であろうが、救いの神に違いない。
 焔の視線から逃げるように背中を向け、電話に出る。と、聞きたくもない草間武彦のせっぱ詰まった声が聞こえた。
 曰く、あの榊が行方不明だと。
 相づちを挟む隙もなく、一方的に告げられ、一方的に切られた電話に憮然としていると、耳に息がかかるほど至近距離で焔がひょうひょうとつぶやいた。
「ほぅあの榊が行方不明とはな」
「だぁああ!!」
 なま暖かい空気が耳をなで、何とも表現しがたい感触に、奇声を上げながら飛び退く。
「それよりも驚いたのが……結婚した上に子供までいたとはな。性格がねじくれているから女が寄りつかないと決めつけていたのだが」
「ていうか、奴が子持ちだったのはあんたと同じく驚きだが、俺を無視して話を進めるのはヤメロ」
「ああ、安心しろ。俺は耳が良くてな。しかし、草間が大慌てで手を貸して欲しいと頼んできたのも驚きだな」
「……イヤ、もう良いよ。あんたの性格は今のでよぉくわかったから」
 お互い、点で的はずれの会話を繰り返す。
 これで話が通じているのだから、案外仲が良いのかもしれない。
「それにしても失踪だと? 勝手なもんだな。気持ち悪いまんまは嫌だからな。俺は協力するぜ」
 あんたは? と言外に含めながら暁文は焔を見た。
「榊の瞳がこの前緑に見えたのも気になるしな」
 アスファルトをかかとでけりつけて焔は眉間にしわを寄せた。
 とにもかくにも、最近の榊の行動や言動は何かが引っかかる。
 東京タワーを舞台にした、あの風水龍の騒動の時も。だ。
 へらへらと笑っているしかできないかと見せかけて、その実、冷徹なまでに目的を完遂する行動。
 ふとした拍子に見せる、眩く重い視線。
 未消化で不確かな事ばかりで、どうもすっきりしない。
「で、どうする?」
「子供の母親をあたってみるか、と。子供を出汁にして「子供は預かっている。無事に返して欲しければこちらの質問に答えて貰おう。警察に行ったらどうなるか分からないけどな」と、子供の写真をみせつつ……だな」
「ほぉ。それをあの武神の旦那が許すかな?」
「…………そうなんだよな……チクショウ」
 仮に暁文と焔だけならその方法は有効だろう。
 しかし、シュラインと、義侠心にあふれる武神が許可する筈がない。トドメにあのフェミニストの大上まで絡んでるときては。はっきり言って三対一では勝ち目がない。子供は武神とともにいるというのだ。横からかっさらったら後日何をやらかされることになるのやら。だ。
「まー子供は草間のトコで保護させておこう。うん」
「今回は子供になつかれなくてよかったな。ふーみん」
「ソノ名前ハ、ヤメロ」
 顔を引きつらせ、ロボットの様な平坦な口調で返す。
 どちらにせよ、放ってはおけない。
 草間の取っていたメモを、シュラインあたりが清書しているだろうから、後で興信所に行って横から奪い依頼内容を確認。あとは子供が言っている事だけが頼り……か。
 冷静に「仕事」の顔になり状況を判断する。
 情報が足りない。
 何もかもが釈然としない、といらだたしげにたばこを口にした瞬間。
 雑踏のざわめきが消えた。
 否、雑多な気配を本能が遮断したのだ。
 隙を見せないようにゆっくりと顔をあげ、突き刺さってくる視線の方向をみる。
 そこには、白檀のように白くなまめかしい肌に、燃えるような赤い髪と赤い瞳を宿らせた美女が、煙管をふかし、車に寄りかかって宛然と立っていた。
 そして背後には、敵意を持った黒い気配。
 ――紅か、黒か?
 焔が問いかけるように、ちらりと暁文をみた。
「昨日五回連続でポーカーに勝ったんだろ?」
 やりかえすようにニヤリと笑ってみせる。
「さて、運を使い果たしたのかもしれんが?」
 くっ、と喉をならして焔は目を細めた。
 それが合図のように、身をしなやかにうごかし雑踏をすり抜けて「紅」い美女の元へと走っていく。
 深追いするつもりはないのか、それとも歌舞伎町の人混みになれた二人に敵わないのか、背後の黒い影との距離はどんどんと引き延ばされ、ついには振り切り、美女の元へと二人はたどり着いた。
 と、美女は二人の唐突な行動に驚くでもなく、ゆっくりと煙管から煙を吹って言葉とともにゆるゆると吐きだした。
「ふふふ、草間ちゃんから話は聞いてるは。ずいぶんと壮大なお話だけど大事が起こって私の遊び場が無くなるのはご免だわ」
 誘うように車のドアをあけ、二人を導く。
 それが大騒動の引き金になろうとも、今の二人には拒む理由はなかった。

 その骨董屋がどこにあるのか、暁文にも焔にも皆目検討がつかなかった。
 というのも、三人を乗せた車は、まるで地理感覚を失わせるのが目的だ、と言わんばかりに入り組んだ通りをぐるぐるとまわり、そして最後に東京にあるのが不思議としか思えない洋館の中へと滑り込んだ。
 周りに緑が多いことから、皇居の近くかもしれないと推測したが、以外と歌舞伎町の人知れない片隅なのかもしれず、また、この目の前の寝椅子で宛然と煙管を吹かせる女……紅蘇蘭の幻術でそう見えるだったのかもしれない。
 それにしても、と苦笑しながら二人は周囲を見渡す。
 窓にはめ込まれた幾何学模様の欄間。
 柱に彩色された鳳凰と龍の画。
 片隅におかれているのは青龍刀。中国の偉人像、白磁の壺、唐の時代のものと思われる古ぼけた衣装を着たマネキン。
 繊細な刺繍が施された真新しい中国靴。象牙をあしらった煙管。螺鈿細工の箱。
 大陸のもの……それも曰くありげな品々がまるでがらくたのように、しかし巧妙な美的センスでもって配置されていた。
 骨董屋は中の品をみれば、店主の趣向がわかる。というが、あまりの多彩さに、掴みようがなかった。
 もっとも、それこそが蘇蘭の擬態かもしれないのだが。
「よも……ねぇ。子供が無意味につじつまの合った嘘を言うと思えないし。大変なお友達をおもちね」
 あなた方も、草間ちゃんも、と言いつつ血を塗ったような唇をゆがめた。
 深紅の瞳は猫のようにくるくると変化し、いっときも同じ感情を宿さず、心中を読ませない。
 にこにこと人当たりはよいが、まったくつかみ所がない。
 ち、と暁文は舌打ちをして、諦めたように適当にあった骨董品のいすに乱暴に腰掛けた。
 迂闊であった。
 裏の……黒社会に身を置くものであれば、誰もが聞いたことのある人物がいた。
 そいつは伽藍堂という古今東西の怪しい骨董や魔術書をあつかうアンティークショップの有閑女主人を装っているが、闇に向けた顔では、裏社会ならではの商品をあつかう……つまりは暁文達流氓と同じ事を生業にしているという。
「幣(パン)の紅」
 ぼそ、とつぶやくと、蘇蘭は満足げにほほえんだ。
 幣(パン)は元は「助ける」の意味がある。
 中国人社会は元来、ギルド性を古くから備え、同族・同姓・同郷・同業を集点にしてギルド的社会を営み、相互扶助を基礎とする特徴がある。
 幣には、合法面でのギルドである白道と、非合法な――暗殺や密輸を請け負う者の組織である黒道がある。
 その二つをあわせて「紅幣」(ホンパン)を名乗る事があるともいう。また「紅幣」(ホンパン)が分化したものでもあるという。実体は定かではなく、またその首領も知られてはいない。
 香港を拠点にすることもあり、上海系流氓の暁文とはそりが合わない事が多いが、全くそりがあわない訳でもない。
 「白でも黒でも鼠を取るのが良い猫だ」と言ったのはだれか。
 結局もうけになるのであれば、「大陸」は関知しない。もちろん、その組織に属する者もだ。
 ともあれ、目の前にいる女性……紅蘇蘭を名乗る者がその幹部である事は間違いない。
(とりあえず、今日は味方ということか)
 明日は敵かもしれないが。こういうことに関して大陸の人間は日本人よりは信用できる。
「「ほのおがぐち」「ふしのやま」「よもの坂」「まかるの玉」……「富士山」に「黄泉の坂」「勾玉」か?俺にはサッパリだ」
 もともと日本滞在が長く、日本人として正体を偽ることに不自由がない暁文も、神話や民俗学には疎い。
 挨拶もなしに本題に切り込み、とっとと片づけたい、といったのがありありと分かる口調で吐き捨てた。
「素直に読めば死のあがないに「まかるたま」が勾玉で「よも」が黄泉でしょうけど…向かった黄泉がどこなのやら? 伝承って色々ありすぎて困るわね、熊野やら花磐やら」
 ほぅ。とさして困った風でもなくため息をつく。
「そうだな。榊の義理のガキンチョから聞いた話を整理する事から始めないとな」
 腕を組み、彫像のように黙してたっていた焔が口を開き、架空の生徒に講義するように人差し指をたて、空中に流線模様を書き始めた。
「「よも」というのは、黄泉の古い読み……つまり黄泉の坂――出雲、現在の島根にある揖屋の黄泉津比良坂に行ったと考えられる。「ほのおがくち」は火之迦具土神だな。「まかる」の玉は――死反玉(まかるがえしのたま)か。要するに榊はその義理のガキンチョの父親を生き返らせる為に黄泉津比良坂へ死反玉を取りに言ったというのか」
 無謀な、と吐き捨てる。
 黄泉津比良坂は現世とあの世を分ける境界線。そこへ人間が単身で向かうなど正気の沙汰ではない。
「富士の山にて火之迦具土が? まぁ、スケールの大きなお話だこと。都合のいい情報ばかりつかまされてもたまらないからウチの幣でも少し表せてもらったわ。この国の犬は時々つまらない隠し事をするから表も裏もちゃんとみておかないとね。警察に手を貸す義理はないけど」
 大輪の牡丹の花が揺れるように、あでやかな笑い声をもらし、蘇蘭は先を続けた。
「火之迦具土が事実かどうか謎だけど。確かに警察が富士において何らかの捜査を行ったのは確かね。そう、二年前になるかしら。新設されたばかりの部署の指揮官と部下が「何か」の調査にあたって、指揮官だけが戻ってきたと、噂になったようね」
「うん? そうか……例の部下殺しって奴か」
 かつての事件で、同じ仕事に当たった女刑事から聞いた事がある。
 榊警視は、部下殺しとののしられていたのだ、と。
 それが何を刺すか謎だったのだが。
「彼の行き先、何の為に言ったのかはあなたの――焔の説明で理解できたわ。でももう少しパズルのピースがいりそうね」
「そのパズルのピース、わたくしに提供させていただけないかしら?」
 三人の者ではない、落ち着いた女性の声が伽藍堂の虚空に響いた。
 声につられて暁文と焔が背後を向くと、ベージュのパンツスーツを着こなしたショートカットの女性がにこやかにほほえみながら立っていた。
「いらっしゃい。何をお求めかしら」
 突然の訪問者にさして驚いた風もなく、余裕綽々な態度で蘇蘭が返す。と、女性は開いているのか閉じているのか分からない細い目をさらに細めて、ふ、と笑った。
「榊クンの……部下の命。といったらドラマチックすぎるでしょうか?」
 飾ってあった空の鳥かごを揺らしながら女は答えた。
「警察庁、広域犯罪共助課準備室室長、御統 綺陽子(みすまる・きょうこ)です。よろしく、紅蘇蘭さん、黒月焔さん、そして張暁文さん」
「なっ」
 犯罪に関わるためかくしておいたその名前を呼ばれ、思わず身構える。しかし、御統綺陽子はその必要は無いと言った様子で頭をふり、榊クンは知っていました。と告げた。
「黒は黒、と単純に言い切れるほど簡単な社会にも事件にも携わっているつもりはありません。白と黒を明確に二分するのは上の欺瞞だと自認しておりますので」
 意味深な笑みをたたえながら、御統綺陽子は肩をすくめた。三十歳は越しているのだろうがもっと若いようにも、また、老婆のように年老いているようにも見えた。
「火神教というのをご存じかしら?」
 親しげな口調で問いかける。
「ずいぶんストレートな名前だな」
 毒を含ませながら暁文が言うと、御統はええ、と頷いた。
「便宜上の宗教団体名ですから。実際は名を持たない集団ですね」
「面白くなってきたな」
 焔が顎をなでて鼻をならした。御統に対するうさんくささは彼も感じているようだ。
 しかし御統はそれを気づかないのか、気づかない振りをして無視したのか、淡々と先を続けだした。
 火之迦具土。
 イザナミから最後にうまれ、その女陰(ほと)を焼き殺した故に、父から殺された神。
 生まれた時に母を殺し、父に殺されたが為に一部では邪神のように扱われている神である。
 生誕後すぐに抹殺された為か、正流の日本神話に名を出す事はなく、また、まつる宮さえ知られない炎の神である。
 その神を祭神としてまつる一団があるという。
 それだけなら、口を差し挟むべき事はない。好きな神をまつればいいのだ。自分の信じる神を。
 しかしその教団は神話を都合の良いように解釈して、行動を起こし始めた。
 曰く、イザナギとイザナミの国作りはそもそもが失敗であったのだ。と。その失敗を修正するために火之迦具土はうまれ、まず母を、そして父を殺すべきであった。しかし、惜しくも果たせず神話の闇に葬り去られたのだと。
 今の日本は失敗した国作りの上にあるのだと、故に、正しき、真に繁栄する国を作るためには火之迦具土によって、イザナギとイザナミが生み出したすべてを焼き尽くさねばならないのだ。と。
 勝手な言いぐさである。
 つじつまがあっていれば、信用というのは安易に集められるのか、長々とその「宮」は続き、ついに目標を達成させる所へと来た。
 すなわち火之迦具土の復活……富士山の噴火である。
「榊クンと亡くなった嘉数良介はそれを阻止する捜査に当たりました。今おもえば、二人に荷が勝ちすぎているのは明白な戦いでした」
 しかし、新任の調査官――怪異事件が今ほど「事件」と認識されておらず、ましてそれに対する評価もされなかった二年前であったからこそ――功を急いだのか、あるいは、己を過信していたのか、上層部の反対を押し切り、事を押し進め。
「そして、嘉数良介を「宮」の幹部もろとも殺したのです」
 淡々と御統は告げた。が、その話の飛躍に蘇蘭が眉をひそめた。
「どうやって、が抜けているわねぇ」
 容赦ない一言に、御統はお手上げだというジェスチャーをしてみせた。
「ああ、そうでしたね。榊クンの今の能力は……能力と言っていいのかどうかわたくしには分かりませんけれど。自分以外の能力者の力を際限なく増幅することができるのです。ただし、指向性はありませんけれど」
 指向性もなく、能力者の力を際限なく増幅する。
 それは味方の能力者にたまたま効けばいいが、敵の能力者に効いてしまえば自らを窮地に陥れるに他ならない。
「ああ、だから「無」能力者か。確かに無能だ。ない方がいい」
 そんな危険な能力、使わないに越したことはない。だから無能力だと言い張って力を押さえつけて来たのだろう。
「際限なく増幅したということは……なるほどな、その「宮」の能力者も自分の部下の能力も制御なしに増加させつづける事で、事態をすべてぶちこわしたという事か」
 おっしゃるとおりです、と御統はほほえんだ。場に不似合いな事この上ないほほえみだった。
 能力を際限なく制御なく増幅すれば、暴走、そして能力者は自爆するしかない。
 おそらく榊は部下を犠牲にして、すべての能力者の能力を暴走させ、自爆させ、そして無理矢理に解決させたのだ。
 となれば、部下殺しとののしられるのも仕方がない。
「それで、その見殺しにした嘉数の妻とやらになじられて、死反玉を取りに行ったという事か。以外と女々しい奴だったのだな」
 確かに榊のミスにより殺してしまったのはある。しかし、責任を感じるぐらいなら最初からやらねばいいのだ。
 責任の重さに耐えられないなからといって、それを翻すような――死んだ人間を生き返らせる為に、生きている人間を騒ぎに巻き込むような真似をするとは、あまりにも身勝手ではある。
 が、御統は少し困った様な顔をして、しばし唇を指先でつついたあと、ためらうように言った。
「問題は、その「宮」の人間が根絶されては居なかった、という事です」
 二年の時をかけ、再び同じ事を繰り返そうとしているのだ。
「ちょっとまて。まだ何か裏があるな」
「単純に死んだ人間を生き返らせる為に、死反玉を取りに行った訳ではないということか……いや、まさか」
 暁文と焔がほぼ同時に言葉を止めた後、蘇蘭がそれを補うように続けた。
「蘇る玉なら、死んだ人間だけではなく、死火山も蘇らせる事ができるかもしれないわねぇ。富士は活火山だけど、まあ、ちっぽけな命しか持たない人間からみれば、死んだように長い眠りについている火山よね」
 あら、ピースがそろったわね。良かったこと。と無邪気に言うと蘇蘭は煙管から火種を灰皿に落とした。
 榊は死反玉を取りに行った。
 ――殺した部下を蘇らせる為? あるいは死んだ火山を蘇らせる為?
 何故?
 と、聞きかけた声がガラスが割れる音によってかき消された。
 赤い光が舞い込んだかと想うや否や、破裂し、床に、柱に炎となってからみつき、燃え広がる。
「ああ、言い忘れました。私が入る前から「宮」の手の者らしき黒い影が」
 ひょうひょうとした調子で言う。
 馬鹿野郎、と毒づきながら、あの部下にこの上司ありだぜ、と暁文はかかっていたタペストリーを引き剥がし、炎にたたきつけた。
「あらあら、私の術は火焔雷撃が主なのよ。困ったわね」
 仮に水系であったとしても、手を貸す気があるのかどうか怪しい口調で蘇蘭は燃え広がる火を興味深げに見やった。
「大丈夫です。わたくしはこういうことに関しましては一般市民ですし」
「――まったくこの女どもは」
 彼にしては珍しく、心の底から毒づきながら焔は手近にあった革表紙の魔術書を取り上げる。
 付け焼き刃で何とかなる代物ではないのだが、そこはそれ、かつてオカルトグループの一員であり、魔術から神道までこなす焔にしてみれば、思い出すきっかけさえあれば、何とでもなるモノである。
 ノタリコンと言われるカバラの暗号で記されてはいたが、焔に取っては漢文を読むより簡単な暗号である。
「主、信義あふれる王よ。その隠されたる御名において天に命じる。水よ、雨となりて災禍たる炎を鎮めよ!」
 朗々とした深い声が響いた瞬間、白光が本からほのほのと沸き立ち、まるで蒸気のように焔の体をつつみこみ、次の瞬間、焔が指し示した方向に、光から水へと変化しながら照射されていく。
 断末魔のような、水と炎がせめぎ合い、蒸発する音が立て続けに起こる。と、形成が不利と悟ったのか、炎を放った「宮」の雑魚どもがあわてて逃げ出した。
「させるかよ」
 息をつくよりはやく、テレポートの能力で敵の眼前に回り込み、人を食った笑みを浮かべてみせると、暁文は力一杯に右ストレートを叩きつけた。
 木偶人形のように、面白いほど軽々と吹き飛ばされた宮の術者に追い打ちをかけるように腹部を蹴りつける。もちろん後で情報を引き出す為に、死なない程度の苦痛をあじあわせられる部位を、だ。
 が。
 暁文が蹴りつけた瞬間、男はその体を包む黒いローブの様な布きれとともに、突然発光し、燃えあがり、瞬時に消し炭と変わる。
「何?」
「自決の呪いだな……くだらん」
「こんなに簡単に場所が割れるということは……、裏切り者がいるわね」
 さすがに店を燃やされて不機嫌になったのか、蘇蘭が豪奢な刺繍の施されたチャイナ服の裾を気にしながら、消し炭になった男をつま先でひっくり返した。
「裏切り者――まさか」
 榊は、由良の母親になじられて死反玉を取りに行った。
 榊は、富士の戦いにおいて「宮」を殲滅することができなかった。
 由良の母親は、夫である良介を殺した榊を憎んでいる。
 そして、死のすべての後に世界を新たに作り直すと火神教は、宮は歌っている。
 ならば。
 不意に暁文の携帯が鳴り響いた。
 内容は聞かなくても分かっていた。
 ――由良の母親が、由良を人質にして榊から死反玉を奪ったのだと。
 言われるまでもなく気がついていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0173 / 武神 一樹(たけがみ・かずき)/男/ 30/骨董屋『櫻月堂』店主】
【0599 / 黒月 焔(くろつき・ほむら)/男/27/バーのマスター】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 /草間興信所事務員&翻訳家&幽霊作家】
【0213 / 張・暁文(チャン・シャオウェン) / 男 / 24 / サラリーマン(自称)】
【0365 / 大上隆之介(おおかみ・りゅうのすけ)/ 男 / 300 / 大学生 】
【0778 / 御崎・月斗(みさき・つきと) / 男 / 12 / 陰陽師 】
【0908 / 紅・蘇蘭 (ホン・スーラン)/ 女 / 999 / 骨董店主・闇ブローカー】

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■         ライター通信          ■
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 私的事情により、納期を遅らせてしまい大変申し訳ありませんでした。
 プレイングの違いにより文章量にかなり差がでたり、情報量に差が出てしまい、調整しましたが、あまり差を埋められなく、己の至らなさに閉口するばかりです。
 ともあれ、後半解決のヒントはすべて出ております。
 というよりも、むしろ「こう」という解決の答えはありません。
 前編にちりばめられた各種の情報を活用して「自分ならこう解決する」あるいは「こう解決されるべきだ」という行動を貫いてくだされば、事態は落ち着くべき所へ落ち着くのではないかと思います。
 なお、今回はプレイングの内容や、ばらまくべき情報のかみあわせにより、他の方の事件を参考しなければ全貌が見えないという多少面倒な作りになっております。
 一つのファイルにまとめようかと思いましたが、それではあまりにも文章量が多すぎるのであえて分割させていただきました。
 後編にも参加していただけると幸いです。
 では。

・紅蘇蘭様、張暁文様、黒月焔様。
 今回警察関係に関する情報収集、とプレイングにあった方あるいはそれに準じるルートです。
 ほとんどが会話というセッションになってしまいましたが。
 事件の下地になる部分の情報はすべてここに集約されております。
 母親に会いに行くというプレイングをかけられた方があまりにも多かった為、防御が高い順とさせていただきました。(交渉に値する部分なので攻撃的でない人間が適任という数値判断です)
 ご了承の程、お願いいたします。