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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


■存在しない稲荷社■

■オープニング
 閑静な住宅街には不釣り合いな、巫女装束の少女が歩いていた。少女とはいっても、年頃は七、八歳。髪の色が赤茶色に輝いているのは、染めているせいだろうか。残暑厳しい日差しの元を、赤い袴と白い小袖を身につけてなお、汗もかいていない。両手には風呂敷包みやら竹籠といった、古風な袋を抱えていた。
 その少年が彼女を手伝おうと思ったのは、ほんの気まぐれに過ぎない。学校帰りに寄り道するつもりで、ほんの少し時間を割くだけだ。可愛らしい小さな巫女さんは、きっと秋祭りの手伝いをしているのだろう。
「手伝ってあげようか」
 少年が少しかがみ込んで少女に話しかけると、少女は荷物を持ったまま顔を上げた。
「これはご親切、痛み入る。しかし、儂の目指す場所はここからもっと遠いのじゃ。御主に暇があるというなら、その気持ちを受け取る事にしよう」
 なんとも古風な話し方の少女だ。遠い、とはどの程度遠いのか分からないが、きっと大人の足ではそう遠くない。そう思いこんでいた。一時間が経過するまでは。
「はて、どこでどう間違えてしもうたものか‥‥」
「一体、どこを探しているの?」
 少年は歩き疲れ、疲れ果てた声で聞いた。明らかに道を間違えている。先ほどから住宅街をうろうろと右に左に歩かされる事、一時間。同じ道、同じ路地を何度も行き来しているのに気づいた少年は行き先を訪ねたが、少女は道は合っていると言うばかり。
「神社じゃ。稲荷社があるはずなのだが‥‥」
「このあたりに神社なんか無いよ」
 この辺どころか、この住宅地のどこにも神社は存在しないし、あったという記録もない。
「今日は、本当に金の弟じゃったかの?」
 金の弟? きょとんとした顔で少年は少女を見た。
「そうか、新暦というものがあるのか。儂は新暦の八月十一日を聞いてしもうたのか。それで間違えたか。‥‥金から始めてはいかんのじゃな‥‥。それに、この方違えというのは何じゃ。都の術は、さっぱりわからぬ」
 そうぶつぶつつぶやきながら、少女は古そうな地図を出して地面に広げた。そこには火、土、金、水、木という文字を繋ぐようにして、円に囲まれた五芒星が書かれていた。
 いや、問題はそんな事ではない。彼女には‥‥。

 ゴーストネットで静かに語られた、ある噂。あるはずのない場所、あるはずのない道。
 尾と耳を生やした巫女装束の少女が、道に迷っているという。彼女に付いていくと、いつしか戻れなくなる。
 戻れなくなるというのが嘘か真か、確かめた者は居ない。
 無いはずの神社を、今日も少女が探し続けているという。

■稲荷の小狐
 住宅街の角を過ぎる、赤い袴。その小さな影を見かけた時、氷澄要はつい最近聞いたうわさ話を思い出していた。
 要の居るスケートクラブの学生が、ネットで噂になっていたのだ、と話してくれたのだ。住宅街で迷う、小っちゃな巫女。しかも、耳としっぽの生えた、狐の巫女だという。
 容姿が容姿だから、ちっとも怖くはないのだが、その子についていくと自分も迷い、いずれ戻れなくなるのだとか。
 要はこの道を、そう再々通りはしない。今日本当にたまたま通った時、あの噂が頭をよぎったのだ。
(どうしよう‥‥追いかけるべきかな。でも、もし戻れなくなったりしたら、来月のショーに間に合わないし)
 戻れなくなる大変な事態より、ショーの心配をしている要であった。
 プロとして、仕事に穴をあけるのは感心出来ない。要は一度足を行くべき方向に向けたが、あの小さな影を思い出して、再び立ち止まった。
 噂を聞いたのは一週間も前だから、噂が伝播する時間を考慮しても二週間は迷っている計算になる。あんな小さな子が、大きな荷物を抱えて二週間も! ‥‥もしかすると、それ以上。
 もしかすると、自分はものすごくお節介でお人好しかもしれない。要は、少女が歩いていった方向に歩き出した。
 要が走って角を曲がると、少女の姿はもう、どこにもなかった。走りながら左右の道を確認していく。すると、二つ目の左の道路に、少女の背中が見えた。まだ幼いその少女の脇には、高校生くらいの女生徒が歩いている。女生徒はしっかり幼な巫女の手を掴み、荷物を持っていた。彼女の頭には耳は無いし、尻尾もない。
(‥‥仲間‥‥じゃないよな)
 どう見ても、彼女は普通の女子学生だ。
 二人はさらに右に道を折れてゆく。
 誰かついているなら、迷子にならないかもしれない。でも、噂によれば、もう何人も迷っているというし‥‥。そんな簡単にたどり着くなら、二週間も迷っていないだろう。
 要は追いかけて声を掛け、同行する事にした。
 二人が消えた道へ、要も向かう。
 が‥‥。
(居ない‥‥)
 少女も女子生徒も、影も形もなかった。
 彼女達は走っていったわけじゃなく、普通に歩いていただけだった。しかも、要はすぐに二人を追いかけたはずだ。
 要はまた左右の道路を確認して、走る。
 行けども行けども、二人は見あたらなかった。いつしかあたりにひと気は無くなり、気づけば要はどこからどう歩いて来たのか、分からなくなっていた。
 まずい。真剣にまずい。
 本当に迷子になってしまった。
 こうなれば、携帯電話で現在位置を確認するか、元来た道を戻るか‥‥。
 そう思った要が後ろを振り返り、自分がつけて来た印を見た時、ある事を思い出した。
 ここまで迷わないように、氷の楔を付けてきたはず。しかし、今まで通りがかりに楔を目撃しただろうか。どう思い返しても、何度か同じ路地を通過している。なのに、自分がつけた楔は見つからなかった。
 冷たい汗が、背中を伝う。この楔をたどって戻っても、元の道に戻れるのか?
 要は、呆然とその場に立ちつくした。

 どれ位の時間、考えていただろうか。要が視線をあげると、向こうから二つの影が歩いて来るのが見えた。
 一つは巫女、一つは女子生徒の格好をしている。間違いなく、先ほど見失ったあの二人だ。
 今度は見失う訳にいかない。要は二人の方に駆け寄った。
「あなたも迷子?」
 女子学生が聞いてきた。そのまなざしは、あからさまに不審者を見る目つきだ。
 この年になって迷子は無いだろう。やはり、怪しく見えるようだ。怪しかろうと、怪しくなかろうと、いいえ、と言って見過ごせはしない。
 現に自分は、迷子だった。
「はい‥‥」
 要は答えた。
「うそ、信じられないっ! いい大人が、住宅街で迷子だなんて‥‥」
「恐らく、陰陽術の結界にはまってしまったのじゃろう。しかし、ようここまで入り込めたのう。ここまで来るには、相当複雑な道のりであったであろうに」
 少女は、古風な話し方で言った。
 要はうっすら笑い、比奈を見る。
「君、もしかしてゴーストネットで噂になっている子じゃないのかな。さっき見かけて、そうじゃないかと思って追いかけたんだけど‥‥途中で見失ったら、迷子になったんだ」
 女子生徒が、じいっと要を見つめている。何か言いたげだが、彼女は黙っていた。
「俺は氷澄要。フィギュアスケーターなんだ」
「へえ」
 どうやら、彼女は知らないらしい。むろん、小さな巫女も知らないようだ。
「儂は吉備ノ比奈と申す。‥‥この娘は、親切にも儂を案内してくれておる“月見里千里”じゃ」
 千里は、地図とにらめっこをしながら、軽く手をあげて挨拶をした。
「‥‥噂に聞いたけど、本当に大変な道のりだね。ちゃんと正しい道を歩いているのかい」
「うむ。今日は火の兄じゃから、火からで間違いないはずじゃ」
 比奈の地図には、火、水、土、金、木という文字が書かれている。それを辿るように円と星が描かれていた。
「一体、どこまで行くんだ。神社‥‥と聞いたけど、どこの神社?」
「千畳稲荷と申す、人には見えぬ場所にある神社なのじゃ。何故から知らぬが、都の陰陽の結界によって守られておる」
 比奈はずっと長い間伏見稲荷で、修行をしていたという。修行をあけて、晴れてこの神社へ使わされる事になった。
「しかしその神社は、もう長い間ご本尊も無く、守る者も居らなんだ。儂はこうして、ご本尊を持って神社へ一人で行かねばならぬ」
 比奈は、千里の持った風呂敷包みを、ぽんぽん、と叩いた。そう言う比奈は、ちょっと寂しそうだった。人が通らない神社に一人で居るのは、きっととても寂しいだろう。しかし‥‥。
「まあ、稲荷の狐はそういうものじゃ」
 比奈はにっこり笑った。

 神社への道のりは、その日の十干によって決められる。まずスタート地点を、十干の五行によって決め、それから兄ではあれば星回りに、弟であれば円を描いてポイントを順に辿る。
 その際、比奈の生まれた日から悪い方角を探しだし、そこを避けて行かなければならなかった。今の比奈の凶方は、真西と真東だ。
「迷うと大変じゃぞ」
「じゃあ、戻れなくなった人は、今でもここをさまよっているのか?」
 もしかすると、そうなっていたかもしれない。
 要は、比奈にそっと聞いてみた。
 比奈は、何でもなさそうににっこり笑っている。
「大丈夫じゃ、大きく道をそれて迷うておる者は、術によって跳ね返されて外に出される。強い結界じゃから、多少記憶を失う者も居るかもしれぬがな。そもそも、付いていくと戻れなくなるならば、儂の噂が広まっているはずもない」
「それもそうか」
 要はもっともだ、と頷いた。
 やがて前方が開け、鬱蒼と茂った木々が目の前を遮った。木々の間に隠れるように、古そうな社がある。赤い鳥居は薄汚れ、神楽舞台の上には埃が積もっている。
「ほう、ようやく着いた」
 比奈は神楽舞台に上がる階段に足をつけようとしたが、どこもかしこも汚れ、地は雑草で埋め尽くされ、とても住めるような状態にはなかった。
 千里はきょろきょろと見回すと、神社の裏手に駆けていった。戻って来た千里の手には、箒とぞうきんが握られていた。
「さ、お掃除しましょ。比奈ちゃんは箒で掃いて、あたしは雑巾掛け。あなたは草抜きよ」
「‥‥言われると思ったんだよね」
 そう言いながらも、要は積極的に草抜きを手伝いはじめた。

 一通り三人が掃除を終えると、昼時を回っていた。千里が、地図を片手に外まで出て買ってきた缶ジュースで、一息つく。比奈はここでも、缶ジュースを物珍しそうに眺めていた。
「君、ずっとここに住むのか?」
 要が、比奈に聞いた。
「そうじゃ。何百年になるやもしれぬし、何年かで代わるかもしれぬ。‥‥ここは元々、付近の野狐を取り締まるという責務も持っておったのじゃ。しかし、関東近辺は江戸期に乱発された神位勧進のせいで、稲荷が増えた」
「いい事なのか」
 要が聞き返すと、比奈は眉をしかめて首を振った。
「いいや。正一位稲荷の勧進は、正一位という神様の位階を授かると同時に、殆どの場合稲荷の神璽‥‥まあご神体のようなものも授かった。本来正一位という神様の位は、都の勅許がなければ受けられぬもの。江戸期にそれで揉めて、以降乱発される事はなくなった。しかしそれまでに、発行された位がたくさんある。元は稲荷に由来のない神社にまでな。本来居った神様は、不憫な思いをされたであろうなぁ」
「ここもそういう神社なのか」
「ここは、元よりの稲荷社じゃ。何の因果か、ご本尊も狐も居られぬ。じゃから、儂が新たに使わされたのじゃ。これからは、儂は頑張ってこの社を盛り立てねばならぬ」
 はっし、と階段に足をかけ、比奈は立ち上がって拳を握りしめた。その姿勢に、決意が感じられる。
 ぱちぱちぱち。千里が手を叩いた。要も、千里にならって手を叩く。比奈は恥ずかしそうに、階段に腰掛けた。
「比奈ちゃん、何かあったらあたしの所に来てね。いつでも泊めてあげる。カレーも大盛りよ」
 前日比奈が千里のウチに連れ込まれてお泊まりした事を知らない要は、何故カレーで、何故泊めるという事になるのか、さっぱり分かっていない。
 しかし、とても百六十歳に見えない小さな狐を励ましにここに来るのは、悪くないかもしれない、と思っていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0065/抜剣・百鬼/男/30才/僧侶
0074/風見・璃音/女/20才/フリーター
0165/月見里・千里/女/16才/女子高生
0523/花房・翠/男/20才/フリージャーナリスト
0671/氷澄・要/男/23才/フィギュアスケーター
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■         ライター通信          ■
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 比奈は旧暦で日々数えていたので、旧暦そのまま十干を人に聞いてしまったのです。しかし現代は新暦なので、その日取りを新暦にあてはめて十干を出したものだから、いくらやっても合わないわけで‥‥。
 ネタバレでした。