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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原>


噂を追って【2】
●オープニング【0】
「何でこう色々と事件が起きるんだろうね」
 新学期も始まり20日ほどが過ぎたある日、鏡綾女がぼそりとつぶやいた。いつもの『情報研究会』部室でのことである。
 冬美原には相変わらず噂が流れ続けている。それに加え先月には嫌な事件も起こっていた。いや、嫌なのは天川高校に通う者だけかもしれない。何せ生徒が、麗安寺で自殺未遂を起こしたのだから。
「ねえ、また調べてきてくれないかなあ? 前のように、調べる内容は任せるから」
 綾女が手を合わせ、こちらにそう頼んできた。それがお願いのポーズをとってはいるが、ある意味強制なのは明白だった。別にどうだっていいことでもあるが。
 気になることがあるのは、こちらも同様なのだから。

●データベース【5D】
 エミリア学院・コンピュータルーム準備室。涼やかな表情の美青年が一心不乱にパソコンのキーボードのキーを叩いていた。モニタにはデータベースらしきウィンドウが映し出されている。その中には『どうして冬美原って『鈴』のつく地名が多いのかなあ?』、『旧市街に、餃子10人前を30分で食べたらタダになるお店があるってさ』等という文章が見受けられた。
「だいぶ形になってきたかな」
 手を休めることなくその青年、宮小路皇騎がつぶやいた。今モニタに映し出されているデータベースだが、これは皇騎が独自に構築している物だった。中身は冬美原で流れる噂や出来事をまとめた物だ。手をつけて2ヶ月近くなるだろうか。その間にかなり内容も充実してきていた。これならば実用に耐えうるであろうと思われた。
「サーバ上で運用して……と」
 皇騎はこのデータベースをとあるサーバ上に置いていた。そうすることにより、出先からでもアクセス可能であるからだ。きちんとサーバのアクセスログも取り、ファイアーウォールも二重に構築している。データベースにはパスワードもかけている。それに加え、誤ったパスワードを入力したなら、ダミーのデータベースにアクセスするようにトラップを仕掛けていた。
「さて」
 カタカタとキーを打つ皇騎。たちまちウィンドウに1つの噂が表れる。『水泳部の方で、最近記録が急激に伸びてきた人が居るんですって』――エミリア学院で流れていた噂だ。もっともこれは噂などではなく、真実である。水泳部には急激に記録を伸ばしている、葵和恵という水泳部員が居るのだから。皇騎も和恵とは何度か顔を合わせ、言葉も交わしている。
 少し思案をしてから、皇騎は再びキーを打った。先程の噂の下に、新たな噂がいくつか表示される。『陸上部員で、最近記録が急激に伸びてきた人が居るらしい』――これはエミリア学院で流れていた噂ではない。天川高校の方で流れていた噂だ。これも噂ではなく、事実であった。天川高校の陸上部には、記録を伸ばしている古畑正平(ふるはた・しょうへい)なる陸上部員が居たのだから。
 『最近記録が急激に伸びてきた陸上部員、行方不明なんだって。この2、3日、家に帰ってないってさ』――しかしその正平は一時行方不明となった後に、麗安寺で自殺未遂を起こしていた。皇騎も水泳部員を引率して参加した、先月の肝試しでの出来事である。もっとも皇騎はその現場を目の前では見てはいないのだが。
「6月末……学校は違えども、同じ時期に同じような噂が2つ。しかし一方は自殺未遂を起こしている。いや……それが果たして自殺かどうか」
 否定的な言葉を吐く皇騎。皇騎は正平の自殺未遂事件に対し、疑問を抱いていたのだ。
(同時期同地域内で急激に記録を伸ばした者が2人。だが偶然にしても妙だ。何か関連性があるのではないだろうか)
 皇騎は傍らの珈琲を一口飲んだ後、新たな条件で噂を検索し直してみた。
「同時期の噂と出来事を洗い直してみるか」

●洗い直し【5E】
 条件として設定したのは日付――6月に設定して、データベースを検索してみた。噂や出来事がずらずらとウィンドウに表示されてゆく。
「6月に起きたことといえば、身近な所では第3音楽室での事件か……」
 皇騎の脳裏に二谷音子の顔が浮かび上がった。結局あの事件は、音子が過去の事件の真相を突き止めるために起こしたような物であった。
「珍しい酒を探しているバーテンは関係ないだろう。アイドル……これも違う。そうすると気にかかるのは」
 皇騎は2つの噂に注目した。『そういえば、ラジオから変な声が聞こえるってさ』、『……D……』、この2つである。
(『D』……何かの頭文字か? それにラジオから変な声……ふむ)
 刹那、皇騎が思い浮かべたのは暗示であった。いや、それ以前から思ってはいたのだが、よりクリアになったのがこの瞬間であった。
「ある種の、それも強力な催眠暗示の類を電波に乗せ……それを2人が聞いたことによって身体機能に作用し、記録が急激に伸び出した。一応筋は通っている。だが」
 黙り込む皇騎。浮かない表情である。
(それならばもっと多くのケースが報告されていてもおかしくないだろう。催眠暗示はいいとして、ラジオを使ったという線は極めて薄いか)
 ならばいつ、どうやって2人に催眠暗示が行われたというのか。皇騎はエミリア学院の水泳部や陸上部の顧問にそれとなく、天川高校との接点を尋ねていた。それによると水泳部同士、陸上部同士は交流があるそうだが、部を越えた交流まではないそうである。第一こちらは女子校、向こうは共学、さらに交流があるのはいずれも女子部の方のみである。
 では個人で接点があったのかというと、その線も薄いようだ。実は先月の肝試しで引率した際、水泳部員は恋愛話を口にしていた。何も聞耳を立てて訳ではないのだが、自然と聞こえてくるのだからある程度は覚えている。その時の話によれば、和恵に彼氏は居ないとのことだった。
 正平の方からも和恵に繋がるような交友関係の話は聞こえてきていない。綾女が返してきた答えだから、この辺は間違いないとみていいかもしれない。
(個別に暗示がかけられたか?)
 この状況ではそう判断せざるを得ない。しかしあまりにも強すぎる暗示は時として悪影響を及ぼす物である。
「何らかの副作用・反動の結果、自殺未遂事件を引き起こした……決して本人の意志ではないだろう」
 そう言って皇騎は再び珈琲に口をつけた。
(そういえば)
 ふと皇騎はあることを思い出した。やはり先月の肝試しでの出来事だが、皇騎と一緒に回ることとなった和恵はしきりに左手の甲を掻いていた。遡ってみれば、初めて和恵を見た際にも左手の甲を掻いていたような覚えがある。
「……これも副作用なんだろうか」
 珈琲を置き、皇騎はまたしてもデータベースで検索を始めた。今度の検索条件は『左手』だ。けれども結果は1件もウィンドウに表示されない。そこで『左手』に限定せず、『手』に変えて再度検索を行ってみた。やはり結果は1件もウィンドウに表示されなかった。
「手にこだわるのは不味いのかもしれないな」
 皇騎がぼそりとつぶやいた。気にはなる、しかしこだわり過ぎると全体が見えなくなってしまう可能性がある。
(煮詰まったな)
 今日はこれ以上噂を洗い直しても、新たな発見はないかもしれない。
「様子を見てくるか。この時期はもう、屋内プールだったはずだ」
 皇騎は残っていた珈琲を飲み干すと、椅子から立ち上がった。

●妖艶なる少女【5F】
 エミリア学院は初等部から大学部まである巨大な学校だ。それゆえに設備も充実している。その1つがプールだ。屋外にプールがあるのはもちろん、屋内プールも存在している。したがって体育では1年中水泳の授業が行われていたりもするのだが、それは今は関係ない。
 皇騎がこの屋内プールのスタンドに足を運んだ時、眼下に見えるプールでは水泳部員が一生懸命泳いでいた。
「クロールあと3本!」
 コーチの声が屋内プールに響き渡る。皇騎は目で和恵を探していた。
「タイミングがいい」
 思わずつぶやく皇騎。ちょうど和恵が飛び込み台に上がった所であった。
 和恵は大きくプールへ飛び込むと、まっすぐに伸び伸びとしたフォームで泳いでゆく。ほぼ同時に飛び込んだ隣のコースの少女を、どんどんと引き離してゆく和恵。身体1つ分どころではない。明らかに、以前見た時よりも速くなっている。
(当面は目を離さない方がいいな)
 皇騎はプールから上がってきた和恵に鋭い視線を投げかけていた。和恵はプールサイドをゆっくりと歩きながら、左手の甲を掻いていた。
「あら……先生もいらしてたんですの?」
 不意に少女の声が聞こえた。音子の声だ。反射的に声のした方を見ると、いつの間にやってきていたのか、スタンドの椅子に音子が座ってこちらを見つめていた。
「そんなに熱い視線を向けて……どなたか気になる方でも居られるんですの? うふふ……」
 音子はそう言って妖し気な笑みを浮かべると、ぺろっと自らの人指し指を舐めた。それはどこか妖艶さすら感じる仕草であった。

【噂を追って【2】 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0035 / 倉実・鈴波(くらざね・りりな)
                 / 男 / 18 / 大学浪人生 】
【 0134 / 草壁・さくら(くさかべ・さくら)
         / 女 / 20前後? / 骨董屋『櫻月堂』店員 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
                    / 女 / 15 / 学生 】
【 0332 / 九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)
                / 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0376 / 巳主神・冴那(みすがみ・さえな)
          / 女 / 妙齢? / ペットショップオーナー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
        / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 0576 / 南宮寺・天音(なんぐうじ・あまね)
           / 女 / 16 / ギャンブラー(高校生) 】
【 0598 / 養老・南(ようろう・なん)
             / 男 / 12、3? / 高校生/男娼 】
【 1045 / 鴻鴎院・静夜(こうおういん・せいや)
              / 女 / 20代? / 古本屋の店主 】


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■         ライター通信          ■
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・冬美原へようこそ。
・『東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全37場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・お待たせしました、冬美原の噂を追いかけるお話をお届けします。やはり今回も多方面に広がる展開になったなと感じました。ですので、人によってお話の傾向がまるで異なっていますね。
・今回のお話では、情報封鎖の対象となっている情報がいくつかありますので、取り扱いにはご注意ください。中には洒落にならない情報もありますので……。
・今月の12日から14日にかけて行われる東イベ9に、高原は全日参加いたします。冬美原に関する質問等がありましたら、どうぞその場で遠慮なくぶつけてみてください。答えられる範囲内でお答えしたいと思います。また、会場のみで参加可能な依頼もありますので、東イベに参加される方はどうぞお楽しみに。
・宮小路皇騎さん、13度目のご参加ありがとうございます。何とも興味深いプレイングでしたね。データベースは構築完了ということで、今回パスワードという形でアイテムを発行させていただきます。このパスワードは、皇騎さんがプレイング内で他の方に教えても構いません。その場合、相手に同様のアイテムが発行されることになります。なお、プレイング内で明記することによって、その依頼内において一時的にデータベースのネット接続を切ることも可能です。
・次のアイテムをお送りします。次回以降冬美原でプレイングをかけられる際、臨機応変にアイテムをご使用ください。
【15:噂データベースのパスワード】
・効果時間:記憶中永続
・外見説明:データであるため、形状なし
・詳細説明:宮小路皇騎(0461)謹製の、冬美原の噂や出来事についてのデータベースにアクセスするためのパスワード。データベースを使用することにより、関連すると思われる噂や出来事を、より体系的に整理出来るようになる。ネットからのアクセスは可能だが、構築者の意志により接続が切られている可能性もある。

・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。