コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


栗拾い大作戦

●プロローグ
 ぱらぱらと、雑誌のグラビアページをめくっていた雫が、ふいに大きな溜息をついた。
「秋の味覚……栗に梨に、ブドウにマツタケ……ああ、どれもおいしそう……」
低く呟く口の端は、今にもよだれが垂れそうだ。彼女が見ていた、雑誌のグラビアには、今彼女が口にしたものの写真が並ぶ。「秋の味覚特集」だそうだ。
 雫は、しばらく美味しい食べ物の妄想にひたっていたが、
「そうだ!」
何事か思いついたように、雑誌を閉じて、勢いよく立ち上がった。
 パソコンに向かい、「ゴーストネット」の掲示板に書き込みを始める。
「秋の味覚を堪能したい人、大募集! 雫と一緒に、栗拾いに行きませんか? ご一緒してくれる人は、この書き込みにレス下さい。場所は、山梨の岩瀬山です。栗が、一杯成ってて、勝手に採ってもOKな場所があるんだって。日時は、人数が集まってから、決定します。じゃ、たくさんの応募待ってます!」
 送信を終えて、雫は、満足げな笑みを浮かべる。場所は、さっきまで見ていた雑誌にあったものだ。紹介されていた中では、一番近かった。
「どれぐらい拾えるかなあ、栗。たくさん、拾えたら、栗ごはんとか……手作りのモンブランっていうのもいいよねえ……」
雫は、パソコンの前で、再び楽しい妄想に浸り始める。もちろん、栗拾いそのものも楽しみな彼女だった。

●出発前
 雫の書き込みにレスをしたのは、結局、四人だった。
 人数が決まったところで、雫は、日時を翌週の日曜日と決定、朝8時にネットカフェに集合ということになった。
 当日は、まさに秋晴れのいい天気だった。
 岩和夏菜は、弁当とお菓子を入れたリュックを背負うと、少し早めに家を出た。途中で、友人の露樹八重を拾って行くつもりだからだ。
 栗拾いということで、長袖のTシャツにGパン、底の厚い靴といういでたちで、いつもと同じなのは、護りの術を施した兄のジャケットと、トレードマークのポニーテールだけだ。弁当とお菓子も、八重の分を考えて、少し多めに詰めてある。
 八重が主を務める時計屋の傍で、夏菜は、近所の猫の背に乗ってやって来る八重を見つけた。
 八重は、体長10センチほどで、一見するとマスコット人形のようにも見える。黒い髪と白い肌をして、背中には二対の黒い翼を持っていた。ファンタジーに登場する魔道師のような黒いローブを身にまとい、首からは大きな金の懐中時計を下げていた。
 夏菜の姿に、八重も気づいたようだ。大きく手をふる。近づいて朝の挨拶を交わした後、夏菜は言った。
「八重ちゃん一人で行くと会場に着く前に栗拾いが終っちゃうのよ。だから、夏菜が連れてってあげるの」
言われて、八重も遠慮なく猫の背から、夏菜の頭の上へ、二対の黒い翼をはばたかせて移動した。こうして頭の上に乗ると、彼女は本物のマスコット人形にしか見えない。夏菜は、彼女を乗せたまま、歩き出した。
 夏菜がネットカフェに行ってみると、早めに出たはずが、着いたのは、一番最後だった。すでに、今日の同行者である雫と、真名神慶悟、美貴神マリヱの三人は来ていた。
 雫は、夏菜と似たようなかっこうで、リュックを足元に置いていた。
 プロのモデルだというマリヱは、すらりとした長身の体に、抜群のプロポーションを持っていた。長いストレートの黒髪を肩に垂らし、ミニスカートとスパッツに、上は長袖のTシャツとボレロ風のGジャンというなりで、異様に大きいリュックを背負っていた。
 一方の慶悟は、陰陽師だというが、なぜかスーツ姿で手にはクーラーボックス一つを下げているだけという、場違いなかっこうだ。
(私たち、栗拾いに行くのよ? それとも、この人は行かないの?)
夏菜は、思わず首をかしげ、胸に呟く。
その時、彼らを見渡して、雫が言った。
「みんな集まったようだし、じゃ、行こっか」
こうして、この日の栗拾いは始まったのだった。

●岩瀬山ハイキングコース
 山梨の岩瀬山は、東京から電車で1時間と少しかかる。駅を出て、そこから登山道を幾つかのコースに分かれて登れるようになっていた。夏菜たちが選んだのはむろん、ハイキングコースである。
 それなりに歩き易いように整備された道の傍にも、何本も栗の木が立っており、草の影には固いイガに包まれた栗の実が落ちているのも見える。彼らと同じく栗拾いが目的らしい家族連れやカップルも見受けられ、あちこちではしゃいだ声が上がっている。
「わあっ! 一杯あるの!」
「本当でーす。来た甲斐があるでーす」
夏菜が声を上げると、つられるように、八重もはしゃいだ声を上げた。
「この上の方に、お弁当とか食べられる広場みたいなとこがあるらしいんだけど、どうする? 先にそこまで行って、荷物置いてから栗拾いする方が、身軽でいいんじゃないかな」
雫が、その二人の声を聞きながら、提案する。他の者はともかく、マリヱの異様に大きいリュックを気にしたのだろう。
「賛成! でも、荷物置きっぱなしで、大丈夫なの?」
夏菜は賛同したが、すぐに気づいて問うた。
「俺が式神に見張らせておこうか。それなら、大丈夫だろ」
「あ、それいいね。じゃ、決まり。ともかく、上まで行こう」
雫がうなずき、五人は栗拾いに興じる人々を尻目に、歩き始めた。
 30分ほど登ると、なるほど雫の言葉通り、山の斜面の大きく開けた場所に出た。そこにもすでに、ビニールシートを広げて、お菓子類をほうばっている子供たちやら、写真を取っている人々など、けっこう人がいた。
 夏菜たちも適当な場所にビニールシートを敷き、背中のリュックを降ろしてそのシートの上に、一塊になるよう置いた。慶悟がその周囲に結界を敷き、式神を一人、見張りにつけた。もちろん、これらは普通の人間の目には見えないが、彼ら五人以外の者が結界内に入ろうとすれば、反応し、絶対に近づけないようにしてくれるらしい。
 その広場からは、まだ上に向かって道が続いており、そちらにも栗はありそうだった。
「あたし、上の方に行ってみるわ。誰か、一緒に来る?」
マリヱが言い出した。
「じゃあ、一緒に行く!」
雫が言って、二人は他の三人と別れ、上への道を登り始めた。

●栗の食べ方
 それを見送り、夏菜は頭上の八重に言った。
「じゃ、私たちは、下へ戻るの。あれ、そのままはもったいないの」
「はーい。戻るでーす」
八重が元気良く答える。
「慶悟クンは?」
「俺は、後から行くよ」
問われて答える彼に、夏菜はどうしてだろうと首をかしげた。が、すぐに小さく手をふって、八重を頭に乗せたまま、今来た道を戻り始める。
 来る時に、だいたい目星をつけてあったあたりまで降りると、夏菜は道を逸れて山の中へと入って行った。栗拾いをしている人はけっこういるが、しかし地面には幾つもイガが落ちているのが見えた。
 夏菜は、それらを拾い始めた。ちゃんとイガを挟むための火箸や手を痛めないための軍手、拾った栗を入れるための袋なども持参して来ている。それらを使って、器用にイガから中身を出して、袋に入れて行く。
 八重も、彼女の頭から降りて同じく栗を拾い始めていたが、こちらは、道具は大きすぎて使えず、素手なので、かなり苦労している。手や顔を何度かイガで傷付けて、そのたびに涙を浮かべて泣いていた。
 それがあまり頻繁なので、夏菜は可哀想になった。少し考え、あたりを探して、比較的丈夫そうな小枝を拾って来る。
「これをイガの割れ目に入れて、こじれば、きっとうまく実が出て来るの」
「本当でーすか?」
「うん。たぶん、うまく行くと思うの。試してみるの」
うなずく夏菜に、八重は言われた通りにやってみた。
 そうすると、なるほど実はテコの原理で勝手に外へ飛び出して来る。地面にころがった栗を、玉ころがしの要領で、八重はころがしながら戻って来た。
「これ、面白いでーす」
その方法がすっかり気に入ったのか、笑顔を見せて八重は言い、ふと思いついたように尋ねる。
「夏菜ちゃ、これ、少し食べたらだめでーすか?」
「え?」
問われて、夏菜はきょとんとする。
「だって、生じゃ食べられないの」
「え……」
夏菜の言葉に、今度は八重がきょとんとする番だった。
 ややあって、その口からショックの叫びが漏れる。
「ええーっ!! 栗って、生じゃ食べられないでーすか? そんなの反則でーす!」
「反則って、八重ちゃん……知らなかったの?」
教えた夏菜の方も呆然として問い返す。八重は、こくこくとうなずいた。
(八重ちゃん、もしかして、袋入りの茹で栗や焼き栗を、生だと思ってたの?)
それを見やって、思い当たったが、他に説明のしようもなく、夏菜は言った。
「栗は、茹がかないと食べられないの」
途端に八重は、しょんぼりと肩を落とす。
「ついてないでーす……」
「八重ちゃん、元気出すの。たくさん拾えたら、美味しいもの一杯作って食べられるの。茹がいても、焼いても食べられるし、栗ご飯とか、煮付けとか、一杯できるの」
「本当でーすか?」
夏菜の言葉に、八重が顔を上げた。そこには満面の笑みが浮かんでいる。
「本当なの。私がいろいろ作って、八重ちゃんにもあげるの」
うなずく夏菜に、八重は小さな手をうれしそうにふり上げた。
「それ、楽しみでーす。だったら、張り切って栗拾いするでーす」
たちまち元気になって、彼女は宣言した。

●熊との遭遇
 八重がすっかり元気を取り戻したので、再び栗拾いに集中し始めた夏菜は、その周辺の栗をあらかた拾ってしまうと、更に栗のある場所を求めて、奥へと足を踏み入れた。
「向こうの方に、大きな栗の木があるでーすよ」
夏菜の頭の上で、はるか前方を指差して、八重が飛び跳ねる。
「大きな木があるの。きっと実も一杯成ってるの」
夏菜もうなずき、歩き出した。
 すでに、周囲に人の姿はほとんどいなくなっていたが、彼女たちはまったく気にしていなかった。二人が見つけた木は、近づいてみると、たしかに群を抜いて大きく、実をたくさんつけていた。
「すごいでーす!」
八重が、飛び跳ねながら、はしゃいだ声を上げる。
 その時だった。前方の茂みが大きく揺れて、黒い巨大なものがぬっと姿を現したのは。
 二人とも、最初はそれがなんだかわからなかった。二人にとってそれは、動物園でしか見たことのないものだったからだ。
 それは、巨大な熊だった。それも、肩と脇に怪我をしているようだ。口からは泡を吹きながら、うなり声を発している。
 夏菜は、それを目にした途端、動かない方がいいと判断した。熊は手負いだ。あまり刺激を与えない方がいい。頭上の八重にも、それとなく注意しようとした。だが。
「いやーっ! 熊でーす!」
頭上の八重が、鋭い悲鳴を上げる。その声に刺激されたのか、熊が、大きく咆哮し、二人の方へ歩み寄って来始めた。
「いやーっ! こっちへ来るでーす!」
八重が、夏菜の頭にしがみつきながら、また叫んだ。
「八重ちゃん、声を上げたらだめなの。熊が、よけい興奮するのよ」
夏菜は、その彼女を鋭く叱咤して、目に力を込め、熊を睨みつけた。
 そこへ、人の気配がして、慶悟が駆けつけて来た。八重の叫び声を耳にしたのだろう。だが、彼もまた、熊を目の前にして立ち尽くしている。
 夏菜の頭上で、八重も必死に声を押し殺しているようだ。このままでは、どうにもならない。事態を打開するためには、行動するしかない。夏菜は決意し、まず頭上の八重を比較的安全な方へ移動させることにした。
「八重ちゃんを、お願いなの!」
叫んで、彼女は八重を無理矢理、自分の頭から引き離すと、慶悟の方へと幾分乱暴に投げやった。慌てて慶悟が受け止めるのを目の隅で確認する。
「何をする気だ?」
慶悟が尋ねて来たが、彼女には答えている余裕がなかった。髪を束ねていた紐をほどくと、熊の目を睨み据えたまま、それを鞭のようにふるった。《気》を操る術に長けた彼女は、紐に《気》を這わせて、武器として使うのだ。
熊の首に紐が巻きつくのを見届け、締め上げる。ただの紐ならば、非力な彼女に熊の首を締めるのはとうてい無理だが、這わせた《気》の力で締め上げるのだから、それはさながら万力のようなものだった。
 熊の体は即座に硬直し、やがて、首の骨の折れる鈍い音が響いたと思うと、その場にどうと倒れ込んだ。
 それを見届け、夏菜が軽く紐を引くと、それは難なくはずれ、彼女の手元に戻った。
「あんたは、《気》を操るのか……」
小さく吐息をついた彼女に、慶悟が低く声をかけた。彼女がふり返り、何か答えようとした時、人の気配がして、猟銃を肩に担いだ男たちが二人、木々の奥から姿を現した。倒れている熊に気づいて、駆け寄り、死んでいるのをたしかめると、男たちは、夏菜と慶悟を交互に見やった。
「こいつを、あんたらが、のしたのか?」
「いや。俺たちが驚いていたら、勝手に倒れたんだ」
慶悟が適当なことを口にする。だが、その声にはわずかに怒りが含まれていた。
「あんたら、このあたりは禁猟区じゃないのか? 大勢、ハイキングや栗拾いに人が入ってるのに、もし間違えて人間を撃ったら、どうするつもりなんだ?」
「いいじゃないか。少しぐらい。それに、人間と熊を間違えたりしないよ」
男たちの一方が、平然と答える。
「そんなの、わかんないのよ。それに、私たち、もう少しでその熊に襲われるところだったの。あなたたちが撃たなかったら、人なんて襲わなかったかもしれないのよ」
夏菜もムッとして、言い返した。
「うるさいガキどもだな。なんともなかったんだから、いいじゃないか」
もう一人の男が、顔をしかめて言う。
 と、ふいに死んだはずの熊が動き始めた。目がぎょろりと動き、頭が持ち上がる。夏菜は目を丸くしたが、慶悟が陰陽師だということを思い出した。おそらく、何か術を施したのだろう。
 男たちはその場に凍りつき、目を剥いて動き出した熊を見詰めていたが、奇妙な悲鳴を上げて、どちらからともなく、元来た道を駆け出した。
 夏菜が八重を見ると、彼女も目を丸くしている。が、視線が合うと、二人して吹き出した。慶悟も遅れて笑い出す。
「なんか、すっとしたのよ」
「あたしもでーす」
笑い止んで言う夏菜に、八重も言った。が、気づいて問う。
「でも、あの熊さん、どうするでーすか? そのままじゃ、可哀想でーす」
「葬ってやりたいが、俺たちだけじゃ無理だしな。警察に電話して、どうにかしてもらうしかないだろう。あの密猟者たちのことも、放っておけないし」
答えて、慶悟はポケットから携帯電話を取り出した。が、表示は圏外になっている。彼は携帯をポケットに戻して、小さく口の中で何かを呟いた。何らかの術を施したのだろう。それから、夏菜をふり返る。
「そろそろ、上へ戻らないか? 腹が減って来た」
言いながら、彼は八重を夏菜の頭の上へそっと降ろした。
「ほんとなの。私もおなかが空いて来たのよ」
夏菜も空腹を覚えて答える。
 やがて三人は、再びハイキングコースへ戻ると、荷物を置いた場所へと戻り始めた。

●お弁当の時間
 戻ってみると、すでにマリヱと雫の二人は戻っていて、弁当を広げているところだった。マリヱのあの大荷物は、ほとんどが弁当だったようだ。
 夏菜も自分が作って来た弁当を広げる。
 弁当を持って来たのは、夏菜と雫、マリヱの三人だけだったが、充分に五人で食べられるだけの分量があった。夏菜は、八重のためにおにぎりや、ソーセージ、煮物などを少しづつ箸で切り分けてやりながら、自分も食事をした。雫やマリヱの作って来たものも、少し味見させてもらったが、雫のはともかく、マリヱのは、味も形もなかなか独創的だった。
 もっとも、彼女自身も以前、おにぎりの中にプルーンを入れてしまったことがあるので、あまり人のことは言えない。ちなみに、その時は梅干がなかったので、その代わりだった。プルーンも梅の一種だし、干してあるので同じだと思っていたのだ。
 ともあれ、結局夏菜は、マリヱの弁当はあまり食べなかった。底なしの胃袋を持つ八重も、弁当を持って来なかったらしい慶悟も、そして雫も、同じくマリヱの弁当には一口食べたきり、手を出そうとはしない。
 ただ、幸いなことに、マリヱ当人は弁当を広げるだけ広げると、またどこかへ遊びに行ってしまった。栗を拾うというよりも、山の中を駆け回ることが楽しいらしい。
 一方、雫は、マリヱと一緒に上の方へ行って、そこで出会った人にもらったのだと、椎茸を夏菜たちに見せてくれた。
「そんなにたくさんあるわけじゃないから、みんなには分けられないけど……」
少しすまなそうに雫が言った。
「いいの。私たちの目的は、栗だもの」
夏菜がとりなすつもりで返す。
「そうでーす。椎茸は、また採りにくればいいでーす」
八重も続けて声を上げた。
「椎茸は、自然に生えてるのって、めったにないらしいから……次に採りに来るなら、マツタケだな」
「それいいでーす。次はマツタケにするでーす」
苦笑して提案する慶悟に、八重が小さな手を上げて賛意を示した。

●帰りの列車にて
 弁当を食べた後も、もうしばらく栗拾いを続け、やがて、3時ごろには五人は山を降りた。駅で、列車を待つ間に慶悟が公衆から警察に電話を入れているのを見て、夏菜は少しだけホッとする。しかたなかったとはいえ、自分が死なせてしまったのだ。だがこれで、あの熊はちゃんと葬ってもらえるだろう。
 栗は、かなりの大漁だった。八重の分も持っているので、リュックの中は、ずっしりと重い。
 帰りの列車の中では、栗を使った料理の話になった。
「私は、やっぱり栗ご飯と……モンブラン、作ってみようかなあって思ってるんだ」
「それいいでーす。あたしも食べたいでーす」
雫の言葉に、八重が声を張り上げる。彼女は、今は夏菜の膝の上にちょこんと腰を降ろしていた。
「じゃあ、食べに来る?」
「え? いいんでーすか?」
「ねえねえ、それより、雫ちゃん、モンブランの作り方知ってるなら、教えてよ」
マリヱが思いついたように言い出す。
「それ、私も教えてほしいの」
夏菜も声を上げた。お菓子は少し苦手だが、兄が喜ぶかもしれないと、ふと思いついたのだ。
「じゃあ、明日、みんなで一緒に作るっていうのはどう?」
雫が提案した。むろん、彼女たちに否やはない。
 女性陣が賛同したところで、雫は慶悟をふり返った。
「真名神さんは、どうする?」
「俺はいいよ。……今度、レシピだけ教えてくれるかな」
問われて、彼は笑顔で答えた。夏菜は、その笑いが少し引きつっていたように見えて、小さく首をかしげる。だが、雫は気づかないのか、うなずいた。話題は更に、他の栗料理へと移って行く。
 そのおしゃべりに興じながら、八重は、今日一日のことを思い返していた。怖い思いもしたが、楽しかったし、栗は大漁だった。今日の獲物を兄に見せたら、なんと言うだろう。それに、明日、雫たちと作るモンブランも楽しみだ。
(うまく出来たら、家でも作ってみるの)
そっと彼女は胸に呟く。もちろん、それは大好きな兄に食べてもらうのだ。
 おしゃべりに興じる彼らを乗せて、列車はただ、東京めざして走り続けていた。

●後日談
 大漁の栗を土産に帰宅した夏菜を、兄は驚きと共に出迎えた。
 それに気をよくして、彼女は、さっそく栗の一部を八重と共に近所におすそわけして回った後、茹で栗を作った。黄金色の栗の実は、ほくほくとして甘く、彼女を幸せな気持ちにしてくれた。
 翌日は、約束通り八重と共に、雫の家に出かけて、彼女たちとモンブランを共同で作った。出来上がった後、雫が慶悟をも電話で呼んだので、結局、栗拾いの時と同じメンバーでお茶をすることになった。
 楽しい一時を過ごして、夕方、夏菜は帰宅の途につく。手には兄への土産のモンブランが入った紙袋が握られていた。むろん、頭の上には八重がいる。
 モンブランは、味も形も美味しく綺麗に出来上がった。兄がこれを食べたら、どんな感想をくれるのだろうと、期待に胸をふくらませながら、彼女は弾むような足取りで家路をたどる。
 そんな彼女と頭上の八重を、おりから昇った丸い月が、静かに見下ろしていた――。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0389/真名神慶悟/男性/20歳/陰陽師】
【0442/美貴神マリヱ/女性/23歳/モデル】
【1009/露樹八重/女性/910歳/時計屋主人兼マスコット】
【0921/石和夏菜/女性/17歳/高校生】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

依頼に参加していただいて、ありがとうございます。
ちょぴりハプニング付きの栗拾いでしたが、楽しんでいただければ幸いです。
また、蛇足になるかな、とも思いましたが、拾った栗をどうしたかについて
書いて下さっていた方が多かったので、後日談をつけてみました。
いかがだったでしょうか?

石和夏菜さま、はじめまして。
このお仕事を始めて、可愛い女の子を書かせていただくのは初めてなので、
楽しかったです。話し方に特徴があるので、少しそれで苦労しましたが、
なんとか、クリアできたと思っているのですが、いかがだったでしょうか?
またの機会がありましたら、その時は、よろしくお願いします。