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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


映し身の君

◆オープニング
 ある午後の事であった。
 空はすっきりと晴れ、雲一つない。
 こんな良いお天気にも関わらず、雫のインターネットカフェからのホームページチェックの日課は変わらない。
 活動的な友達からすれば、「晴れてるのに勿体無い」という事なのかもしれないが、これは雫の楽しみの一つであり、晴れであろうと雨であろうと、何も変わる事はないのである。
 いつものようにゴーストネットOFFのチェックをしていると、不意に小さな吐息に気付いて雫は振り返った。
「?」
 そこに居たのは、古いネット友達である、七瀬櫂であった。
「あれー?櫂くん。どうしたの?何か悩み事?」
 雫の言葉に、櫂は「んー」っと軽く唸ってみせる。
「どうしたの?」
「いやぁ・・・悩み事ってほどのものじゃないんだけどさ。ちょっと気になる事があって・・・」
 そう言う櫂の顔は、どこか上の空だ。
 一体何事だろう?
 それがさ・・・・。
 櫂は考え込むように話し始めた。
「従兄弟のお兄ちゃんなんだけど。最近、新しい彼女と婚約が決まったらしいんだ。でも・・・」
「でも?」
「その彼女にさ、変な事が起こるらしいんだよね」
「変な事??それは一体・・・?」
 櫂は、はーっとため息をつく。
「なんだか、顔が変わっちゃうらしいんだ」
「ほえ?」
 顔が・・・変わる?
「なにそれ?なんで?どうして?」
「いや、だから。それが判らないんだよ。実害は無いし、本人には何も自覚はないらしんだけど。お兄ちゃん、気味悪がってちゃってさ。僕がゴーストネットOFFに参加してるのを知って相談しに来たんだ」
 ふーっとため息を付いて、櫂少年は、どう思う?っと雫に問い返した。
「いや・・・どうって言われてもねぇ・・・・」
 一体、何が原因なのだろう?
 顔が変わるなど、あり得るのだろうか?
「ねぇ、みんなはどう思う?」


◆顔がかわるとは、これ如何に?
「あー・・・、いいんだけど。ちゃんとお金取るよ?」
 開口一番、言ったのは、レイベル・ラブ(れいべる・らぶ)だった。
「・・・・・」
 「お金」の文字に櫂はぐうの字も出ない。
 櫂はまだ中学生である。
 中学生が自由に出来るお金なぞ、大人にとってははした金だろう。
 それを見て、同席していた真名神・慶悟(まながみ・けいご)は、櫂へ微かに同情の念を送るも、我が身を振り返って目を泳がせた。
 別段、がめつく中学生からお金を取ろうとは思わないが、あって困らないのがお金というものである。
 陰陽師と言う職業柄、まともに報酬にありつけるとは限らず、懐が寒いのは慶悟も同じだった。
「ま、こっちにもいろいろ事情が・・・・」
 借金がある、なんて事は大きな声では言えない。
 これはあとでこっそり契約書を・・・・。
「それにしても、実害なしなんておかしすぎるんじゃないか?顔の変化なんて、致命的な問題だぞ?」
 害があってしかるべきではないか?
「変な事が変な結果となっていない。それがとっても変じゃないか?」
 医者として言わせて貰うけど。
 そう言うと、レイベルは腕を組んで考え込んだ。
「あんた、医者だったのか」
 声を上げたのは慶悟である。
 自分と大差ない年頃のレイベルが医者とはなにやら意外な話だ。
「そ、腕は確かだよ。見てやろうか?ただし、これはしっかり頂くけどね」
 親指と人差し指をくっつけて丸を作り、お金の表示をしてやる。
「いや、結構だ」
 予想どおりの慶悟の即答に、レイベルは肩をすくめた。
 慶悟はそんなレイベルに胸を撫で下ろすと、タバコを取り出し口に咥える。
「実害はない・・・か」
 レイベルではないが、確かな変化があるのに、何も害がないなどあるのだろうか?
「何もないってことはないんだろうな。精神的に害が出るだろう・・・その怪しさは」
 例え、本人に自覚がなくとも、だ。
 物理的に何事も無くても、霊的に侵食されているのではないか?
「やっぱり、何もないとは思えないな」
 実際に会ってみないとなんとも言えんが。
 慶悟の言葉に、櫂が表情を固くした時だった。
「その話、もう少し聞かせて貰えるかな」
 柔らかい声が響いた。
 はっと振り返った一同の前には、一人の青年が佇んでいる。
 黒の上下を着こなした青年は、一同の驚きをよそに、無防備に歩み寄ってくると、同じテーブルに付いた。
「あの・・・」
 いつの間に話を聞いていたのだろう?
 まったく見知らぬ人間の登場に、櫂は戸惑いの目を向けた。
「俺は空木・栖(うつぎ・せい)。小説家をしている。よかったら、詳しい話を聞かせて貰えないかな?職業柄、いろいろな現象を見て来てるから、何かの役に立てるかもしれない」
 そう言って栖は、穏やかに微笑んだ。
 その様子は、ちょっとした散歩の途中、といった風情である。
「それで・・・顔が変わると言うけれど、それを君自身は見たのかな?」
 栖の出現にいささか疑問は残ったものの、柔らかいトーンの声に櫂は少し考えた。
 従兄弟の言葉を思い出す。
「いえ・・・俺自身は見たこと無いです。話を聞いただけで。あまり詳しくは判らないんですけど・・・・」
 栖は櫂の言葉に「うん」と頷いて、特に促すでもなくゆっくりと椅子の背もたれに背を預ける。
「なるほど。他に、櫂くんから見て、気になることはないかい?」
 気になること・・・・。
 栖の言葉に、櫂の頭に一人の女性が浮かぶ。
「どうしたんだ?」
 考え込むようにその身を止めた櫂に、レイベルが声をかけた。
「いえ・・・その従兄弟のお兄ちゃんの前の彼女なんですけど・・・今どうしているのかなーって」
「前の彼女?今の彼女の前にも、誰かと付き合っていたのか?」
 手元のライターを弄びつつ慶悟が振り返る。
「はい、確か、結構気の強い美人と付き合ってたんですけど、就職してから別れて今の彼女と付き合い始めたんですよね。一時期結構騒ぎになったみたいなんですけど」
「騒ぎ・・・というと?」
「前の彼女とは、結婚話まで持ち上がってたんですけど・・・突然別れちゃったから・・・いっときいろんな噂が流れたんですよ」
「それは、どんな噂なのかな?」
「今の彼女の知美さんの家がお金持ちだから、お金目当てで付き合い始めたんじゃないかーっとか・・・・・。ま、あくまで噂ですけど」
 そういうと、櫂は少し寂しげに微笑んだ。
 従兄弟のよからぬ噂に心を痛めているようある。
「ま、どちらにせよ。そのあたりの恋愛履歴も詳しく聞く必要があるな?」
「そうだな。直接会って、話を聞いてみないとな」
「その婚約者の女性にも、会えるものなら一度顔を見たいね」
 一同の言葉に、櫂は頷いて携帯を取り出した。
 ちょうど、近々会う約束をしているのだ。
 その時にみんなと従兄弟の兄をひき合わせればいいだろう。
 なんだか、どうにかなりそうな気がして櫂はほっと胸を撫で下ろした。
 あれ?
 そういえば・・・・・。
 空木・・・空木栖って・・・・・・。
 今朝乗った電車の釣り広告が頭に浮かぶ。
「空木さんって・・・あのホラー作家の栖さんですか!??」
「櫂くんの「あの」というのが該当するかは判らないが、いくつか書かせて貰ってるよ」
 そうって、栖はにこりと微笑んだ。
「うわー!じかにお会いできるなんて光栄です!先日の新刊拝読しましたー!!」
 感激の櫂を尻目に、レイベルの表情は硬い。
 レイベルには、櫂や雫が見えないものが見えている。
 空木栖と名乗る青年。
 その身は、通常の「人」とは言い難い。
 いや、むしろその気配は人ならざる者に近い。
 人間じゃない・・・?
 レイベルはそれを見極めようとしたが、どうしても判らない。
 横を見ると、納得のゆかぬ顔をした慶悟と目が合った。
 レイベルのその目にも、同じものが見えているのだろうか?
「あんた、何者なんだ?」
 誰何する声が鋭くなったのは否めまい。
「ただの、小説家だよ」
 レイベルの鋭い声をまるで綿のように包んで、栖は穏やかに微笑んだ。
「あと、こんな能力を持っているので・・・ちょっと興味があってね」
 茶ゃめっけたっぷりのその言葉。
 だが次の瞬間、栖の顔が不自然に歪んだ。
「え?」
 何かの見間違いかと、瞬きした後に現れたのは・・・。
 紛れもない、櫂の顔であった。
 思わずレイベルが仰け反り、櫂は唖然と手にした携帯を落とした。
 慶悟は小さく唸る。
 一人、栖だけが、のんびり微笑んでいた。
 一体どうなることやら・・・。
 レイベルはふーっとため息をついた。


◆待ち合わせ
 その日、世良好昭は従兄弟と合う約束をしていた。
 親戚内では比較的仲がよく、幼い頃何度も遊んだ仲である。
 さすがに大人になってからは合う機会は減ったものの、何かと連絡を取る事は多かった。
 今日会う目的は、一つに好昭のした相談事であり、婚約者の変事に頭を痛めた好昭は、ゴーストネットOFFという心霊サイトに参加しているという従兄弟に相談したのである。
 今まで心霊等を信じていなかった好昭には知識が乏しく。
 現に目の前で起きてしまったからには信じざるお得ない状況に陥った好昭は、年下の従兄弟に相談したのであった。
 約束の喫茶店に入り、店内を見渡すと、先に到着していたらしい従兄弟をすぐに発見できた。
 見慣れた頭を見つけて軽く手を上げる。
「あ、お兄ちゃん、こっちこっち」
 好昭に気付き、櫂が手を振り返す。
 櫂に呼ばれ歩み寄ったテーブルには既に三人の先客がいた。
 誰だろう・・・・?
 思わず足が止まる。
「俺がゴーストネットOFFってサイトに参加してるのは知っているだろ?そこで相談したみたら、ぜひって・・・」
 そう言って、櫂は三人に向き直った。
「えっと、こっちから・・・真名神・慶悟さん」
 櫂の言葉と同時に、席から立ち上がって会釈をする。
 派手な服装に金の髪をした二十歳ほどの青年であった。
 端整な顔立ちに加え、すらりとした長身に濃い色のスーツを纏った姿は、一見ホストに見えなくもない。
 だがクールな外見に反して、見え隠れする情熱のようなものは、遊びに慣れたホストとは意に反する誠実さが含まれてるように思えた。
「で、こっちが、レイベル・ラブさん」
 慶悟と入れ替わりに立ち上がったのは、金の髪に碧の瞳を持つ女性である。
 恐らく日本人ではないのだろう。
 整った陶器のような顔立ちは、日本人のものとは思えない。
 外見は確かに二十代なのだが、どこか一本筋の通った頑固さのようなものが、この女性を外見よりさらに幼く見せているようである。
 どこかぶっきらぼうに、よろしく、と言った。
「最後に、空木・栖さん」
 再び入れ替わりに立ち上がったのは、黒の上下を難なく着こなす青年だ。
 歳は二十歳半ばぐらいだろうか?
 常に軽い笑みを浮かべるその顔は端整だが、不思議と、二十代という外見に反して長い時を生きてきた者特有の余裕のようなものを感じさせた。
 握手を求められて、好昭は慌てて手を差し出す。
 はっきり言って、目立つ三人だった。
 しかも、三人が三人とも、常人ならざる気配を纏っている。
 心霊現象など信じず、霊感なぞゼロの好昭でも圧倒される何かがあった。
「それで・・・詳しい話を聞きたいんだが・・・」
 切り出したのは慶悟だった。
 自分より年下の青年に切り出され、好昭は慌てて席につく。
 やってきたウエイターにコーヒーを注文して、水で舌を湿らせると、改めて向き直った。
「それで・・・顔が変わるというが、どんな風に変わるんだ?」
 好昭の準備が整ったと見て、真名神と名乗った青年がさっそく本題に入る。
 その様子はなにやら物慣れたもので、こういった不思議な相談を今までも何度か受けているのかもしれない。
 好昭はなんとなく思った。
「それが・・・こう・・・なんていうんでしょうか。知美より、もっときつい顔立ちになるんです。じーっと私を見てて・・・。あ、知美というのは、私の婚約者の名前なのですが」
 普段はおっとりとしていて、穏やかな顔立ちの知美が、きつい目をしたこっちを見ていたのだ。
 それも微かに憎しみのこもった視線だった気がする。
 好昭は、その時を思い出してぞっとしたように肩を振るわせた。
「なるほど・・・で、時間帯は?一定なのか?」
「そうですね・・・夜が多いでしょうか・・・。昼間は仕事をしているのでどうなのか判りませんが」
「それで・・・本人が自覚がないってのは?」
 好昭は女性の声に振り返った。
 紅茶を口に運ぶレイベルである。
 熱いのか、両手で紅茶のカップを持って、冷ましながら口に運んでいる。
「そうなんです。夜テレビを見ていたりすると、いつの間にか・・・・私が驚いて声を上げると、彼女、そのままの顔でどうしたのって・・・不思議そうに言うんです。慌てて彼女が鏡を見るとその時にはもう直っているんですが・・・もう、気味が悪くて。彼女本人には、特に自覚はないみたいだし、実害もないみたいなんです。一体何が起こっているのか」
 訳がわかりません。
 はーっと好昭はため息をついた。
「害はない、か・・・ほんとうに?あんたから見て、どうだ?彼女に何か変化はないのか?精神的にも、肉体的にも」
「いえ、特には・・・ないと思います」
 好昭がそう言うと、三人は顔を見合わせた。
「その・・・変わる顔というのは、一定ですか?それとも、何種類も?」
 穏やかな声を発したのは栖だった。
 黒い瞳はどこか謎めいていたが、ゆったりと聞かれて好昭は考えた。
「いえ・・・いつも同じ顔です。女性なのですが・・・」
 そこで好昭は、言葉が止まった。
 そういえば・・・・あれは。
 あの顔は・・・・。
「そういえばあなた・・・・今の婚約者の前にも、誰か付き合っていた人がいたんだって?」
「え?まぁ、何人かの女性とお付き合いしたことはありますが・・・・」
 レイベルの探るような視線に、うろたえながら目を泳がせる櫂を睨みつけた。
 犯人は櫂しかいない。
 余計なことをしてくる、とばかりに好昭は櫂を軽く睨んだ。
「でもそれは、今回の事とは関係ないでしょう?」
 さぁ・・・と、レイベルが曖昧に頷く。
 その時だった。
「あの・・・・」
 女性の声に、一同振り返った。


◆もう一つの顔
 新井知美、25歳。
 現在、世良好昭、25歳の婚約者である。
 長い髪は日本人形のように切りそろえられており、小柄でおっとりとした清楚な感じの女性であった。
 慶悟は、席についた知美を見詰めた。
 顔が変わってしまうというこの女性。
 原因は何にあるのか?
 それを突き止めるために、知美を霊視する。
 特に・・・異常は見られないようだが・・・。
 顔が変わるいう本来ならあり得ない変事がある以上、霊が関わっていると見ていいだろう。
 だが、知美には、霊に干渉されている様子はない。
 また彼女自身が霊的存在という可能性もないようだ。
 あながち、彼女に実害がないというのはほんとうかもしれないな。
 慶悟はそう思った。
 だが万が一と言う事もある。
 慶悟は誰にも気付かれないように、そっと呪を唱えた。
 いずこからか現れた赤い小鳥は、知美の近くの枝に止まる。
「一体何が起きているのでしょうか・・・自分でまったく判らないんです」
 知美は当惑気味に言った。
 それはそうだろう。
 もし、霊視どおり知美に何もないとしたら、好昭が言う事が理解出来なくておかしくない。
「最近、何か変わったことはありませんでしたか?」
 思考に沈む慶悟の傍らで栖が知美に質問している。
 年齢の差か、または職業柄か。
 三人の中では一番人当たりの良い栖が質問するのが一番効率が良いと判断して、レイベルと慶悟はそれを見守る形となった。
 栖の和やかな気配は知美の気分を和ませ、知美はぽつりぽつりと語り始めていた。
「変わった事ですか・・・そうですね・・そういえばこの前、家に前に女性がいて、じーっとこっちを見ていたことが・・・・」
「女性?どんな方ですか?」
「結構背が高くて、切れ長の目をした女性でした」
 その言葉を知美が口にした時だった。
 横にいる好昭の顔色が変わったのをレイベルは見逃さなかった。
 こいつ・・・。
 苦々しげにレイベルは好昭を見詰める。
 何か隠している事があるな?
 それが事件に関係あることなのか、ないことなのか。
 聞いてみない事には判らないが、どうにかして情報を得ないと・・・。
 レイベルはそっと呟いた。


◆真実はいずこ
 その夜、せっかくだからという事で、一同そろって好昭の家に泊まる事となった。
 三人は特に面識がある訳ではなく今日が初対面な訳で、悪いからと何度も断ったが、どうしても、という好昭に根負けした形での宿泊となった。
 あわよくば、変事が起これば何か対処してくれるのでないか。
 そんな思惑が見え隠れする好昭の態度に、慶悟は肩をすくめた。
 元から仲の良かった櫂は、好昭の家に泊まると聞いて大喜びである。
「出来る事なら、婚約者の女性が悲しむような事は避けたいものだね」
 そんな櫂を見ながら、栖が言った。
 確かに・・・と慶悟も思う。
 たとえ真実がなんであれ、この喜びを奪うような事にはしたくない。
 そんな思いに、三人は顔を見合わせて頷いた。

 食事後、あてがわれた客室に入った三人は、慶悟の部屋に集まっていた。
「顔は心を映す鏡だというが、彼女の顔は何を映し現しているのか。彼氏の心の中か。実在する人物の顔なのか・・・」
 慶悟は窓辺に座ると、タバコを取り出して火をつけると、考え深げに「ふぅー」と煙を吐きす。
 その様子はどこかさまになっていて、何気ない動作でも、人によってこうも見え方が違うものかと納得してしまうものがあった。
 部屋は庭に面しており、整えられた庭は明らかにお金が掛かっているのが見て取れる。
 世良好昭の実家は、人並み以上にお金を持っているようである。
「で、どう思う?」
 食後にどうかと配られた紅茶を持ち込んで、レイベルが切り出した。
「どうやら、あの従兄弟の彼には、映し出される顔に心当たりがあるみたいだけど・・・」
 その時の事を思い出したように栖が言う。
 『その時』とは、昼間の喫茶店での事である。
「世良の婚約者は付き合って長いのか?」
 慶悟は煙を吐き出すと振り返った。
「あー、まだ一年ぐらいみたいだ。なんでも聞いた話だと、大学時代は東条亜希子って人と付き合ってたけど、就職した途端に心変わりして、知美さんと付き合い始めたとか」
 ちゃっかり何時の間にか詳細を聞き出しているレイベルが応じる。
「金目当てで知美さんと付き合い始めたという噂はまったく当てにはならないよだな」
 慶悟は庭を眺めながら言った
 そんな必要は無いほど、好昭の実家は裕福だ。
「先日の話だと、婚約話まで持ち上がっていたという話だったね。その亜希子という女性、いきなり心変わりした彼をどう思っただろう?」
 栖の言葉に、一同顔を見合わせた。
「思うに・・・・・おそらく、顔が変わっているように見えているのは、あの従兄弟のお兄さんだけじゃないのか?」
 原因は・・・そっちにある気がする。
 レイベルは小さく呟いた。
「瘴気の悪戯かもな。山中や古い屋敷にも似たような現象がある。だが問題は、その背後にある人間の意志なんだ・・・」
 もしかしたら・・・・・。
 その時であった。
「うわぁ!」
 外で声が響いた。
「だれか・・・!誰か来てくれ!知美の顔が・・・!!」


◆背後にあるもの
 駆けつけた一同が見たものは、いささか滑稽な風景であった。
 唖然と立ち尽くす知美。
 その知美にはなんの変化もない。
 だが、そんな知美を前に、好昭は恐ろしげに知美から遠ざかって行く。
「一体何があったんだ?おい!」
 レイベルが好昭の肩を掴んで叫んだ。
 だが、好昭の目には知美の姿しか映っていない。
「おい!!」
「亜希子!もう、全て終ったはずだろ!お前とは別れたんだ。なんで今更!」
 錯乱したように好昭は叫んだ。
 亜希子?
 その名前が一同の頭に入った時、それは姿を現した。
 知美ではなく、好昭に絡みつく、その姿が。
 まるで蛇のように長い首を好昭の体に巻きつけ、好昭を見下ろす女性の姿が、一同の目には映っていた。
 慶悟は式神から何も連絡が来なかった事を、ここで納得することになった。
 知美には何も憑いてないのだ。
「これは・・・・」
 栖は眉を潜めた。
 霊というよりは、まるで妄執そのものではないか?
 女性が好昭を見る眼は、憎しみに濁り、執着に満ちている。
 これが亜希子という女性なのだろうか?
「これは危険だな」
 慶悟は札を取り出すと構えた。
 もしほんとうのこの霊が東条亜希子であるのなら、心変わりをした好昭が憑かれたのは自業自得だが、このまま見捨てるわけにもいかない。
 このままでは命に関わるだろう。
 だが、それを栖が止めた。
「待て。これが亜希子という女性なのならば、彼女はまだ生きているということになる。返せば彼女の身に危険が及ぶだろう」
 返しを行えば、返された本人はただではすまない。
 それが通常の生身の人間であるならなおさらである。
 生霊・・・そんな言葉が頭に浮かんだ。
 生きていながら、恨みのあまりその身を離れ、害をなす存在。
 この変事の原因は、死者ではなく、生きた人間であった。
 亜希子の執念こそが、知美の顔が変わったように見せ、好昭を惑わせた原因だったのである。
「しかし・・・どうする?このままじゃ・・・・!」
 見ている事しか出来ない自分がもどかしくて、レイベルはいらいらと叫んだ。
 好昭はもはや錯乱状態に近く、知美にさえ害が及びそうな勢いだ。
「ちょっと待て。いるのは、一人・・・じゃないな」
 その背後になにかある。
 慶悟は、それを見て取って、背後にある闇に意識を集中した。
 亜希子の妄執の影になっているものの、背後にもう一人いる気配があるのだ。
 それは亜希子よりなお強く、恨みの波動を発していた。
 今回の黒幕は、むしろ・・・・。
 その時だった。
 とうとう錯乱した好昭が、箪笥に駆け寄ると、引出しの一つから刃物を持ち出した。
 震えてる手で、知美に向ける。
 それは電球に照らされて鈍く光った。
「うわーーー!!」
 訳の判らない言葉を発して、好昭が知美へ突っ込んだ!
「キャーーーー!」
 恋人の凶行に、たまらず知美は悲鳴を上げる。
「あぶない!!」
 その瞬間、三つの言葉が交差した。
 一番早く動いたのはレイベルであった。
 ドスッ!
 鈍い音が響いた。
 まるでスローモーションのように、好昭はその手を見ると、数歩後ろにあとずさる。
 そのまま再び振り上げようとした刃物を、栖が蹴り落とした。
 何か武道をやっているのだろう。
 綺麗な放物線を描いた足は、狙い違わず刃物を弾く。
 ストンっと軽い音を立て、床に落ちた。
 そのまま栖の足がみぞうちにはまり、好昭は崩れ落ちた。
 知美を庇ったレイベルの背には、欠けた刃物の先が刺さっていた。
「おい・・・!大丈夫なのか!」
 背に刺さったナイフは深く、どうみても致命傷である。
「おい・・・・・・!生きてるか!??」
「あぁ・・・生きてるよ」
 顔を上げたレイベルは、慶悟の声にうるさそうに頭を振った。
 ひさびさにやると、ちょっと痛いかも・・・・っと密かに後悔するレイベルである。
「ほんとに・・・大丈夫なのか?」
 慶悟はそんなレイベルを信じられないように見詰めた。
 これだけ深く刃物が刺さっているのに・・・・ほんとうに大丈夫なのだろうか?
「あーうん、私はこうゆう体質なんだ。心配しなくていいよ」
 言葉どうりレイベルは何事もないように身を起こした。
 手をひらひらふるレイベルをなおも驚きに満ちた目で見詰めたが、慶悟は栖の声に振り返った。
「え?」
「見たまえ」
「!」
 気を失った好昭。
 その顔は、死人のように青ざめている。
 好昭の体からその魂魄が抜けていた。
「これは・・・まずいな」
 このまま長時間過ぎれば、魂魄が戻れなくなってしまう。
 そうなれば、先にあるものは死だ。
 どうにかして、魂を元に戻さなければならない。
 式神に跡が追えるか・・・・?
 慶悟は札を出すと、目の前に構え目を閉じた。
 微かに繋がっている、肉体と魂との糸を捜すように、神経を研ぎ澄ます。
「式神召喚・・・汝、彼の者の元へ飛べ!」
 その言葉と共に、札は赤い小鳥となって飛び立った。
 小鳥は誘うようにゆっくりと飛んで行く。
「よし、行こう」
 栖と慶悟は一つ頷きあうと、その場を飛び出した。
「あ、ちょっと待て!こっちはどうするんだ!!」


◆映し身の君
 栖と慶悟は、暗闇で微かに光る鳥を頼りに夜の中を走った。
 もちろん、常人には小鳥は見えない。
 見えない何かを頼りに夜中、二人の男が走り去っていく・・・。
 はたから見れば、いささか滑稽な風景かもしれない。
 夜の闇はだんだんと霊気を増し、まるで黄泉の国へ導かれて行くかのようであった。
 ほどなくして二人は、一軒のマンションにたどり着いた。
 真夜中であり、しかも式神を頼りに走ってきた二人には、ここがどこなのかは判らない。
 霊気のせいか、辺りはこの世とは思えぬような雰囲気に満ちていた。
 赤い小鳥はマンションの一室の前まで来ると、ひらりと札に戻った。
 プレートには、「東条亜希子」とある。
 二人はそのドアの前に立った。
 中からは物音一つしない。
「ここか・・・・」
 慶悟がノブに手をかけると、カチャリと開いた。
「開いてる・・・・」
 二人顔を見合わせ頷き合うと、ゆっくりと、ドアを開けた。
 入った瞬間、強い霊気が二人を打つ。
 明かり一つ無い室内は、何事も見通す事が出来ない。
 だが、ただ一つ、鮮明に浮き上がっているものがあった。
 部屋の中央にぼーっと浮かぶ上がるそれは・・・・。
 まるで蝋燭の明かりのように、淡い光に照らされているのは、一人の女性。
 歴史の本に出てくるような背の丈ほどもある髪に、着物を纏う女性だ。
 その女性の右手に捕まれいるのは、哀れな姿の好昭の霊体が。
 霊の背後には、こちらを背にして座り込む女性があった。
 おそらく、その女性が東条亜希子なのだろう。
 目の前の手鏡に向かっているようである。
「憎い・・・」
 霊は言った。
「私を愛していると、言ったのに・・・・なぜ、他の女に・・・憎い・・・殺してやりたい・・・」
 亜希子はそっと手鏡に手を触れると、ぽつりと呟いた。
「憎いわ・・・・」
 やがて、ゆっくりと亜希子が立ち上がる。
 ざわりと、亜希子の髪の毛が逆立った。
 それは闇の中にあって、不思議と鮮明に浮かび上がった。
「あんな女に取られるなんて・・・憎いわ・・・」
 その言葉は、霊の言葉と混じるように響き渡り、やがて一つの声になった。
「憎い・・・・あの男が・・・憎い」
 亜希子は霊と同化し始めていた。
「まずいな。なんとかあの霊を切り離さなければ・・・」
 このままでは、霊に手を出せない。
 いや、なんとか霊を退かせたとしても生きている亜希子と好昭にも害が及だろう。
 一体、どうすれば・・・?
「では、俺が二人の魂を守ろう」
 栖の言葉に慶悟は振り返った。
 その顔には、あくまで真剣で、けして冗談や嘘ではないと見て取れる。
 どうやって?とは聞かなかった。
 栖がどうやってそれを行うかは判らない。
 だが、やってみせると言うのならば、それが可能なのだろう。
 面白い・・・・。
 慶悟はにやりと笑った。
 一体この青年が如何ほどの力を持つのか?
 今実証されるわけだ。
「よし。では、いくぞ?」
 慶悟の言葉に、栖が頷いた。
 そっと、胸の前で印を組む。
 一瞬の緊張がその場を包んだ。
 そして、放たれる。
「風よ・・・・守りとなれ!」
「その性は"金"にして、我、"火"を持って封ず!急急如律令!」
 二人の声が交差する。
 それには優もなく、劣もなく、二人の施した術は、同時に効果を示した。
 眩しい業火が女性の周りを取り巻き、女性を逃さぬとばかりに包み込む。
 飛び火した炎を風がそっとよけた。
 風に守られて、好昭と亜希子に火の粉は降りかからない。
「キャーーーー!」
 業火の中で、女性は火に包まれながら、悶え苦しむ。
 本来ならば、何事も傷つける事のない業火は、悪という思念に取り付かれた存在を、容赦なく焼き尽くした。
 炎に包まれ女性が消えたあと、カランと焼け焦げた鏡が転った。
 後に残ったのは、うつ伏せに倒れた亜希子だけであった。
 部屋には静寂が満ちた。
 私はただ・・・・貴方を愛していただけなのに。
 なぜ・・・?
 そんな女性の声が聞こえるようで、二人はそっと目を伏せた。


◆その先にあるもの
「まったく・・・・・」
 二人の姿はもう見えない。
 置いていかれたレイベルは、仕方が無く床に倒れた二人を見た。
 背中の傷はすでに塞がりつつある。
 外見に反し、実は長い時を生きているレイベルは、死ぬ事の出来ない身であった。
 数々の祝福や呪いがどう作用したものか、すでにレイベルは三百年以上をこの姿で過ごしていた。
「このまま放おっておいていいと思っているのか?」
 レイベルは苦々しげに呟いた。
 ひとまず、気を失ってしまった知美をかるがると抱え、ソファーへ運ぶ。
 電柱でティラノサウスル・レックスを殴り倒すという芸当さえ可能なレイベルには、苦でもないことである。
 気を失った知美の顔には苦渋の跡が見られた。
 いくら錯乱状態だったにせよ、愛していた恋人に刺されそうになったのだ。
 無理もない。
 レイベルはちょっと考えると、自分の荷物の中からごそごそと小さい薬瓶を取り出した。
 少量だか透明な液体が入っている。
「たしか・・・これだったと思うんだが・・・」
 目の前まで瓶を持ち上げると、微かに振ってみる。
 自分で調合した薬だが、効果はいかに?
 レイベルは、瓶の蓋を開けると、そっと知美に含ませた。
「これでよしっと」
 今度は好昭へ向き直った。
 だが。
 レイベルは、薬と好昭を見比べると、ちょっと考え、薬を荷物の中にしまった。
「まぁ、いいか」
 やはり、当事者なのだから、責任は取ってもらわなければなるまい。
 契約書にサインをして貰う必要もある。
 うん、それがいい。
 レイベルが一人頷いた時だった。
 浮遊して来る一つの魂魄。
 それはふらふら、と漂ってくると、近くの箪笥の上に止まった。
 好昭の魂魄である。
「お。あちらもなんとかなったか」
 黒幕を追って行ったた慶悟と栖の方は、どうやら無事に黒幕を祓う事が出来たようだ。
 好昭の魂魄が戻ってきたのが証拠だろう。
 あとは、この魂魄を元に戻せば、危険は無くなる。
 レイベルは、箪笥に止まった魂魄をむんずと掴むと、その本体へ押し付けた。
 魂魄は解けるように消え、好昭の顔が赤味をさす。
「これで・・・・大丈夫か?」
 レイベルが呟いた時、一条の光が差した。
 まだ暗い空に、微かな光が灯る。
 そろそろ夜が明けようとしていた。


◆その後
 変事は収まったらしいと、櫂から連絡が来たのはそれから数日後の事である。
 三人は再びインターネットカフェへ集まっていた。
「その後は、いつもどおりに過ごしているらしいな」
 櫂からの手紙を読みながら慶悟が言った。
 その文面は、大好きな従兄弟の悩み事が消えたことを喜んでいる。
 ただ、あの夜、肝心な時に寝過ごした自分を悔しがっていたが。
 あの後、かなりの騒ぎになったのは言う事もない。
 好昭の家では、なにせ息子が倒れ、その婚約者までも意識なく倒れ込んでいたのだ。
 家の人に見付からぬように、寝室にでも運んでしまえばよかったのだが、その前に運悪く見付かり、大騒ぎになった。
 もとより、知美を庇ったレイベルの血が、好昭の両親を恐怖に陥れたのである。
 急いで病院に行ったものの、勿論二人に怪我はない。
 それどころか、知美はその晩の記憶を失っていた。
 訳が判らないながらも、二人に怪我はないと判って、好昭の両親はやっと安心したのだった。
 好昭の病室でレイベルが何を話しこんでいたかは、誰も知らぬ事であった―。
 一方、鏡に取り込まれた亜希子の方と言えば、一人暮らしであった事から、たいした騒ぎにはならなかったが、念のためと呼んだ救急車の隊員が、焼け焦げた鏡にしきりに首を捻っていた。
 その後、好昭は亜希子と話し合いと持ち、すべては解決され、普通に過ごしているという。
「そういえば、亜希子さんが持っていた鏡の事だけど、ちょっと調べてみたんだよ」
 口にしたコーヒーのカップを置きながら栖が言った。
「あの鏡は骨董品で、かなり古いものらしい」
 そういえば、やけに古めかしい装飾だった。
 慶悟はちらりと見た鏡の装飾を思い浮かべた。
「つまり・・・その鏡に憑いていたものの仕業ってわけだな?」
 実際に鏡を見ることの無かったレイベルが首を傾げなら言う。
 長い間、鏡は女性の間を渡りつづけたに違いない。
 鏡は女性にとって欠かせぬもの。
 長い年月の間で、悪い念が取り憑き、それが亜希子に悪影響を与えた。
「鏡とは本来、祭事や呪に使う道具だからな。何が起きても不思議じゃないな」
 古来より、鏡とは重要な呪具だったのである。
「どうやら、妙な噂も亜希子さんが流したものらしいな。裏切られたお返しってわけか」
 レイベルは、肩をすくめると肩肘をついて空を仰いだ。
 ある意味逆恨みではあったが、それだけ亜希子が好昭の事を愛していた、という事なのだろうか?
 そう思うと、誰が悪くて、誰が正しいのか、どこか釈然としない終わりとなった。
「じゃ、これで一件落着ってことだな?」
 そう言うと慶悟はかたんと、席を立つ。
「また機会があったら会おう」
 後ろ手に手を振りながら、出口へ向かう。
 レイベルもまた、立ち上がると歩き出した。
 まぁ、なんとか報酬は貰えたが・・・・。
 一つ肩をすくめて、お店のドアに手を掛けたのだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0389/真名神・慶悟/男/20/陰陽師
0606/レイベル・ラブ/女/395/ストリートドクター
0723/空木・栖/男/999/小説家

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■         ライター通信          ■
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ども、はじめまして。ライターのしょうです。
このたびは、依頼に参加いただきましてありがとうございました。
今回、予想外に長くなりましたが、精一杯書かせて頂きましたので、楽しんで頂ければと思います。

レイベル・ラブさん
レイベルさんは、プレイングでの口調がちょっと幼げに感じたので、そのように書かせていただきました。
いかがでしょうか?イメージが間違ってなければいいのですが・・・・・。
今回、恋愛履歴を指摘してくれたのは、レイベルさんだけでした。その点では、一番真相に近かったように思います。
結果として、黒幕の祓いにはレイベルさんは置いていかれてしまったわけですが、レイベルさんは医者ということで、除霊等よりは、気絶した人の介護に回っていただきました。
おかげで多少の報酬は手に入ったのではないかと思います(^^;
ご気軽にご意見ご感想等いただけると嬉しいです。
また次の機会にお逢い出来る事を祈って。お疲れ様でした。