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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『反発』

□act――夢。
 その晩。草間武彦は夢を見た。
 ――――どうして私ばっかり……。
 夢と会話をする事に少しばかりの疑問を持つぐらいは、正気を保っていた。
 だから、全てを凝縮したような闇の中、ただ黙って立っている。
 ――――いやよ。私は悪くないのに。
 しかし、どうしてこんな夢ばかり見るというのか。
 恐らくは、目が覚めた朝には事務所の扉が開くだろう。誰かの手によって。
 そしてそいつは、絶対に、“心霊事務所”という偽りの看板を求めている。
 ――――悪いのは…………!
 こっそりと溜息をついた直後、目が覚めた。

「草間さん草間さん草間さん、お仕事ですよ」
「そう何度も呼ばんでも分かる……」
 予想通り、仮眠をとっていた武彦を草間零が起こしに来た。少しだけ夢の中身が気になるが、起きてしまったものは仕方が無い。
「今度は何だ? また管轄違いの怪奇がらみか?」
 置き抜けだからか、口が悪くなる所長に向けて、零はキッパリと言い放った。
「当然じゃないですか」
「あ、そ……」
 こうもキッパリ言われると、いっその事清々しい。
「なんでも、呪われた筆記用具を祓ってほしいそうで」
 なんだそれは。
「帰ってもらえ」
「そういうわけにもいきませんよ。前金、貰っちゃいましたし」
「まえきん!? お前な……」
 頭痛を覚える武彦が聞くと、金額は相場よりも上。勝手に貰うなと言いたいが、寝ていた手前下手なことは言えない。
 しかも、相手は少女だと言う。いや、零の言い分を考慮すれば美少女か。
 零にバレぬようこっそりと溜息をつき、草間武彦は少しばかりの好奇心と共に、依頼人の元へとはせ参じるはめになった。

 制服姿の少女――赤沢・良子(あかざわ・りょうこ)によれば、どうも使っている筆記用具が呪われる、らしい。
「別のものを使っては?」
 そう聞いた武彦に、良子は微苦笑を浮かべて首を振る。
「使うものが全て、言う事を聞いてくれないんです」
 不思議な物言いをする少女だと、武彦は心中で呟く。
 言う事を聞いてくれない。要は、シャープペンならば書けなくなるし消しゴムならば消せなくなる。定規を使えば線は乱れ、とにかく勉強にならないのだ、と。なるほど?
「お願いします。原因を突き止めていただけませんか?」
「と、言われても……」
 なんだこれは。そんな顔で渋る武彦に、そっと零が耳打ちした。
(名門学校に通っているお嬢さんですよ。制服、可愛いでしょ?)
 何故知っているのかどうかは置いておくとしても、あぁなるほどと少女の切迫した顔の理由が武彦には知れた。結局は外聞の問題だ。
「……お願いします。今年は受験があるんです…こんな状態じゃあ、模試どころか学校でのテストすら受けられません。……学校に居ても勉強にすらなりません……」
「分かりました。手の空いている者がいれば、調査させましょう」
 溜息交じりの武彦の言葉に、良子はゆっくりと頭を下げた。

 後で聞いた話によれば、前金を貰ったというのは零のデマらしい。
 本人曰く、
「だってかわいそうじゃないですか」
 美人は得だ。まったくもって。


□act――調査依頼。
「……と、いうわけだ」
 事務所へと集まった面々へ向けて、草間武彦はそう締めくくった。
 デスクに座り、煙草の煙で肺を満たしてから、何かを押し殺すような声で続ける。
「零が口煩くてな…悪いが、やってみてくれ」
「だって、かわいそうじゃないですか。って、この間も言いましたけど」
 草間零が唇を尖らせて抗議する。その手に乗せたトレイには人数分のコーヒーの姿がある。
 愛想良く、ソファに座る赤沢良子の前に差し出しながら、零は更に言い募った。
「女性には優しくするものですよ、草間さん」
「周りにいる女がこれじゃあどう対応して良いものか迷うところだ……」
 つい皮肉めいた言い回しをしてから、武彦は慌ててそっぽを向いた。
 シュライン・えま(しゅらいん・えま)が、僅かに苦笑を浮かべて振り返る。
「聞いた? 酷いわよね、この言い草」
「ひどいですよね。ねー?」
「え、あ…はい、そうですね」
 零まででなく、同意を求められた良子、月杜・雫(つきもり・しずく)までもに頷かれ、武彦は「おいおい」と苦笑を浮かべて視線を戻す。
「女性陣には、敵いませんねぇ」
 可笑しそうな色を滲ませた天宮・輝(あまみや・あきら)の言葉に、武彦は味方無しと悟ってか溜息を吐いた。
 再度、肺を煙で満たし細く吐き出す。
 世の中の世知辛さというものをなんとなく改めて実感しながら、武彦はひとまず表情を引き締め口を開いた。
「で、どうするつもりでいる?」
 あぁ、と思い出したようにエマが思考し始めた。忘れてたのか、とは突っ込まないでおき、そのかわりにコーヒーを少量胃の中に流し込む。
 エマが口を開く前に、輝が軽く手を上げた。
 武彦が目で促すと、輝は良子へと向き直った。どこか神妙な顔で言葉をかける。
「物にも心があるんですよ」
「心…ですか?」
 言葉を向けられた良子が、不思議そうな顔をする。
「そうです。だから、ちゃんと大事に扱ってあげれば、きっと期待に応えてくれますよ」
「え、と……そんなものなんでしょうか…?」
「俺に聞くな」
 良子に返答を求められ、武彦は苦笑を浮かべて返した。まぁ、あちらはあちらとしてやらせておこう。
 後の二人に視線を戻すと、両名共にやる事は決めたようだった。
 エマは学校へ行ってみると言い、雫もやはり道具を家からとってくると言って動き出す。
 三者三様の動きに相変わらずの愉しさを感じながら、戸惑い気味の良子への説得を続ける輝を眺める。
(呪いなんぞあるのか……?)
 今回の依頼に。


□act――調査開始―学校。
 草間武彦から依頼を請け負ったシュライン・エマは一人依頼人の学校へと足を運んでいた。
 さすがは名門私立だけあって、外観からして綺麗なものだ。
 妙なところで感心しながら、エマは受付へと向かった。事前に連絡は済ませてあるが、さすがに校舎内を勝手にうろつくわけにもいかない。
 受付の窓を軽く叩く。呼び鈴の類が見つからなかったからだが、もしかしたらどこかにあったのだろうか?
 そう思わせるほど、対応してきた女性の眉間には皺がよっていた。
「申し訳ありません。先ほど連絡を入れた……」
「シュライン・エマさんですね? 承っております。どうぞ、応接室の方へ」
 応接室。
 どこだろうとほんの少し困ったような雰囲気を醸し出しながら、沈黙。
 一応意図が伝わったのか、はたまたそれが仕事だからか、女性が口を開く。
「二階に行けば表示があります。階段はあちら」
 見れば分かるような事をわざわざ言ってくれたのは皮肉だろうか。
 女性の眉間に寄せられた皺から視線を外しながら、エマはこっそりと苦笑を零した。
 だがこの出だしは……好調、と呼んでも差し支えなさそうだった。

「申し訳ありません。わざわざお時間を割いて頂いてしまって」
「いえいえ、構いませんよ」
 応接室でエマを迎えたのは、柔和な笑みを湛えた初老の男性教師だった。
 黒髪に白髪が混じっているが、姿勢が正しいせいか年齢不詳に見える。
 不破と名乗った教師の隣には、生徒だろう、少女が一人座っていた。
 何か考え事でもしていたのか、不破に肩を叩かれてようやくエマに気づいたようだった。慌てて立ち上がり一礼をする。
 その気安さからして、恐らくは不破の受け持つクラスの生徒なのだろう。それはつまり、赤沢良子とクラスメイトという事にもなる。
「シュライン・エマです。良子さんの家庭教師の」
「どうも」
 軽く笑みを浮かべて名乗り、エマはゆったりとした革張りのソファに腰を落ち着けた。不破と女生徒も、同じように向かい側に腰掛ける。
 出てきた麦茶に手を伸ばしながら、不破が口を開いた。些か、緊張交じりの声。
「それで…お話というのは?」
 何かを恐れるような、そんな響き。
 エマはその反応に内心でほくそ笑みながら、困ったような表情を作って言葉を紡いでゆく。
「えぇ…どうも彼女、悩み事があるらしくて、勉強に身が入らないみたいなんです」
「悩み事……ですか」
「ですから、何か気づかれたことはないかと」
 そう言うエマの言葉に、目の前の二人は顔を見合わせて沈黙した。
 どことなく気まずい静寂。
 少しして、不破の方がそれを破った。
「……ご存知ないのですか?」
「何をです?」
 聞き返してから、不破の明らかに不思議そうな表情にエマはまずかっただろうかと内心で舌打ちをする。
 だがどのような思考があったのか、女生徒が横から割り込んできた。
 不破も、それに対しては何も言わない。
「良子ちゃんの悩み事って……多分、私とか、みんなが知ってる事だと思うんですけど……」
「みんなが?」
「そうです。最近……っていうか、夏休み終わってからかな。最近、良子ちゃんのまわりで変な事が多くて……」
 なんだそれは。
 麦茶に伸ばしかけた手を止め、エマは話し続ける女生徒を見つめた。
 先を促されたと解釈し、女生徒は言葉を続ける。
「多分、偶然が重なったりとか、そういうのだと思うんですけど……」

 そう言って上げられた事例は、間違いなく怪奇現象に近しいものだった。

 やはり、原因は彼女にあるのだろうか? それとも、彼女に何かが憑いている……?
「分かりました。ありがとうございます。ところで……」
「まだ何か?」
「ご家族は……その、それをご存知なんでしょうか?」
 先程よりも長い沈黙が降りた。
 ややあって、不破はどこか緊張した面持ちで首を横に振る。
「いいえ、おそらくは……知らないかと」
「お知らせもしていないのですか?」
「どう言えば良いのです?」
 聞き返され、エマは微かに苦笑を浮かべた。
 さすがに、「お宅のお子さんが妙な事態を引き起こしているのでなんとかしてくれ」とは言えないだろう。
 しかも、その“妙な事態”が怪奇現象だとすれば。
 ともすると、彼女は家の中で孤立状態にあるという事だろうか…?
 いや、
「早急に決めるべきではない、わね」
「は?」
「いえいえ。あぁ、ありがとうございました。とても参考になりました」
 にこりと愛想笑いを浮かべて立ち上がったエマに、不破は思い出したように声をかけた。
「ご存知でしょうが……」
「なんです?」

「良子さんに、妹さんがいるそうですよ。私も、ついこの間まで知らなかったんですけどね」


□act――最終調査―事務所。
「仕方がありませんね……」
 コーヒーを飲んでひとまず落ち着いた面々は、言葉を発した雫へと目を向けた。
 ひとまずエマを待ってみようという空気になりかけたのだが、雫はそれより前にやってみたいことがあった。
 全員の了承をとり、事務所の中にスペースを確保してもらう。
「あの……何を?」
 傍で見守る輝の問いに、雫は全員に聞こえるように答えを返した。
「良子さんの守護霊に協力してもらいます」
「守護霊、ですか?」
「良子さんは、何も考えず、リラックスしていてください。他の皆さんも、できれば同じように」
 全員にそう指示をして、雫は場のお清めから順繰りと手順を踏んで最終手段を実行し始めた。

 呪を強制的に取り除く。

 少々危険だが、不可能ではない。
 エマは恐らく情報収集をしてくるだろう。場合によっては、それが良子を傷つける可能性もなくはない。
 そんなことになる前に、できる限りのことはやっておきたかった。
 エマもそこまで無粋ではあるまい。
 だが、何が良子にとっての刃となるかは分からないのだ。
 だから、

「オン……………」

 静かに、だか確固たる存在を主張するような呪文を紡いでゆく。
 失敗は許されない。
 だからというわけではないが、いつもより呪文は長くなってゆく。

「……バン…ウン……」

 水面のように奇妙な静けさを保つ中、

「タラク…」


 …………………………。


「…………何をしているの?」

 均衡が破られた。
 ハッとして全員がそちらを見る。そこには、疑問を表情に乗せたエマの姿。
 雫が呪文を中断して顔を顰める。
「……まずいところにきちゃったみたいね」

 苦笑を浮かべたエマの言葉を最後に、室内の音が消えた。


□act――現か夢か。
 シュライン・エマは夢を見ていた。
 ――――どうして私ばっかり……。
 どこか映像を見ているような感覚。だが、見えるのは闇だけ。
 その中には、たった一つの気配がある。
 このままではダメだ。
 理由も無くそう思い、エマはゆっくりと口を開く。
「あんたばかり?」
 答えは、無い。
 夢を会話をしていたが、それすらも夢なのだろうと思い直す。
 全てを凝縮したような闇の中、少しばかり沈黙が腰を下ろした。
 そしてまた、声。
 ――――いやよ。私は悪くないのに。
「悪くないのに、何?」

 ――綾子ばっかり!

 やはり。
 良子の家に行った時に聞けた名前が、その“綾子”だった。
 公立中学に通っている妹。
 出来の良い姉と、その逆である妹。
 ――――悪いのは…………!
「悪いのは?」
 ひとまず、言いたいことぐらいは言わせてやろう。
 それからだ。
 ここが、最初で最後のチャンス。

 ――悪いのは綾子。
「どうして?」
 ――あの子がもっときちんとしていれば…。
「どうなっていた?」
 ――私は、自由を手に入れることができるのに。
「綾子さんが憎い?」
 ――……綾子を知っているの?
「会ったの。ごめんなさいね、少し調べさせてもらったわ」
 ――そう………………。

 心配になるぐらい、長い沈黙が落ちた。
 長い長い静寂と闇。
 今にも消えそうな気配に、エマは思わず口を開いていた。
「アレは、自分でやったのね?」
 ――……そう。きっと、私がやった。
「何故?」
 そう問いかけた瞬間、目の前に良子の姿が現れた。
 違和感を覚えたのは、その口元の微笑を見たせいだろうか。
「ごめんなさい。でも……籠の中の鳥は、嫌。」
「……本当に、このままで良いの?」
「いいの。だって、外で飛ぶ鳥がいる限り、私は……」
 その先は、聞かなくても分かった。

「私はきっと、耐えられないから」

 闇の中の沈黙に、もしかしたら何か言えるのかもしれないと、エマは言葉を捜すために良子を見た。
 何が言えるだろう。
 ありきたりな言葉が浮かび、最終的に行き着いた場所は、

「でも綾子さんは、心配していたわよ?」

 その言葉を最後に、また、意識が静寂の中に埋もれた。


□act――アフターケア
「……これでー、良かったんでしょうかねぇ」
 輝の呟きが、事務所内に奇妙に響いた。
 事務所には、輝と、雫と、エマとの三人が居る。
 零は買い物に出ていて、武彦はアフターケアに出かけていた。
「良かったんじゃない?」
 ドライに返すエマの言葉に同調するように、雫も小さく頷いてみせた。
「最悪の結果にはなりませんでしたからね」
「そんなもんですかねぇ……」
 はぁ、と輝の口から溜息が零れた。
 合わせた様に、他の二人からも溜息が出る。

 武彦がつてと能力者を使って調べさせたところによると。

 良子は今、病院で夢を見ているのだという。
 闇の無い、白い光の中にいるのだそうだ。
 そこでどんな夢を見ているのかは、分からなかった。
 元から良子には、能力者としての素質があったのかもしれない。
 全く別の理由かもしれない。

 真実は、光の中に埋もれてしまった。

 だがもし、彼女が彼女の中の反発を乗り越えられたのなら。
「今度は上手く出来るのかしらね……」
 エマの呟きは誰に聞きとがめられることも無く、虚空へと霧散した。



『END』


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0086 シュライン・エマ
(女性 27歳 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト)
 1026 月杜・雫
(女性 17歳 高校生)
 9841 天宮・輝
(男性 23歳 喫茶店経営者)



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■         ライター通信          ■
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 まずは初めまして。新米ライターの深山霧生(みやまきりゅう)と申します。


 初仕事にお付き合いいただき本当に感謝感激です。


 ちょっと暗めのお話となってしまいましたが、如何だったでしょうか。
 完全に二手に分かれるカタチとなり、エマさんには寂しい思い(?)をさせてしまって申し訳ありませんでした(^^;
 また、セーマン(五ボウ星)については「こんな感じで良いのだろうか」と書いている間も不安でした。
 もしよろしければ、テラコンなどでご意見・ご感想を送っていただけると幸いです……。

 もしまた機会がありましたら、別の依頼でも宜しくお願いいたします。
 それでわ、本当にありがとうございました(礼)