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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


凍える夜

【0】依頼
 夏の暑さもようやく翳りを見せ始めた九月のある日。
 宵闇の路地を千鳥足で歩く草間武彦の姿があった。自称ハードボイルド探偵(他称怪奇探偵の汚名を未だ頑なまでに拒否している)である彼は、ようやく訪れたハードな依頼を解決に導き、その祝いにと一杯引っ掛けてきた帰りだった。
 ほろ酔い気分で事務所件自宅のある古ビルへ辿り着いた時、そのビルの前でじっと立っている人影を見付けた。
 年の頃は10歳前後か。こんな時間に外をうろつくには少々不自然な幼い少年。その子供は、じっと草間の方を見ていたかと思うと、おもむろに近付いてきた。そして、開口一番にこう聞いた。
「草間…武彦さん?」
 声変わり前の幾分高い声。
「あ、ああ。そうだが」
 すっかり酔いも醒めた頭でそう返事すると、少年はニッコリと笑みを浮かべる。
「あんまり遅いからもう帰ろうと思ってたけど…」
「……なんだ、俺を訪ねて来たのか?」
「そうだよ。ちょっとお願いしたいことがあってね」
 ここまで聞いて、草間に若干嫌な予感が走った。こんな時間にいる子供。それだけでも不自然なのに、何故だろう。今浮かべている笑みもどこか子供らしからぬ雰囲気を感じる。
 その時、草間はふと思い出した。以前彼が携わった事件の中でこんな感じの子供がいたことを。
 色素の薄い髪。幼い風貌。子供らしい無邪気な笑み。しかし、その語り口調はどこか大人びた印象。そして、その目に宿る冷たい虚無の影。どれだけ笑っていようが、そこだけは変わることがない。
 直接の面識はなかったが、聞かされたイメージに目の前の子供はあまりにピッタリだ。
「まさかお前――」
 草間が尋ねようとした矢先、子供の口から飛び出したのは。
「兄ちゃんを探してよ」
「は?」
「だから、俺の兄ちゃん。この街のどこかにいる筈だから」
「お前のって…確かお前は――」
 人間じゃない、そう言おうとしたのを遮って、子供はニッと笑った。まるで草間の考えを見透かしたように。
「俺の兄ちゃん、父さんの血が濃かったから長くなかったんだ。俺は母さんの血の方が濃かったみたいだけど」
 淡々と語るその横顔は、どこか遠くを見ているようで。草間は何故かもの悲しい気持ちになる。不思議な感じだった。
「今はもう兄ちゃんじゃないけど、兄ちゃんには違いないから…だから探して欲しいんだ」
 そう口にした最後の言葉が、どこか焦っているように草間には聞こえた。何をどう焦っているのか、彼には到底理解できなかったが。
 それでも。
「――わかった。引き受けよう」
 そう自然に答える自分がいた。その草間の返事に子供は軽く目を瞠った。少しだけ驚いている様子に、思わず苦笑が零れる。どうやら少しはしてやったようだ。
「…………ありがと……」
 ボソリと呟く一言。子供っぽく響いたそれは、どこか照れているように聞こえた。
 その時、一瞬強い風が吹く。
 草間は思わず目を瞑る。そして次に目を開いた時、そこには誰の姿もなかった。瞬間夢か幻かと思ったが、よく目を凝らせばさっきまで子供が立っていた場所に一冊の本が落ちていた。
 草間は静かにその本を拾う。

 本のタイトルは――――『雪女』。


【1】探索
 駅の改札から出た所で軽い突風に吹かれ、女性が思わず自らの髪を押さえた。僅かに乱れた前髪を手櫛で整えながら、小さな溜息と共に呟く。
「結局…収穫はなし、か」
 彼女の名前は、シュライン・エマ。モデル張りの抜群のプロポーションを誇る彼女の職業は翻訳家――なのだが、ここ最近はもっぱら草間興信所にて探偵まがいの仕事ばかりをしてきた。元々、そこの所長である草間武彦の頼みで引き受けたバイトだったのが、生来の困った人間を放っておけない性格が災いし、結局ずるずると現在に至るまでバイトを続ける結果になっていた。そこには多少惚れた弱みというのも含まれていたりもするのだが、あまり触れずにおこう。
 そして今、彼女は草間が引き受けた依頼の為に、わざわざ青梅市まで行ってきた帰りだった。

『雪女』

 少年が落としたと思われる本。それはあまりにも有名な昔話。
 シュラインは雑踏に紛れて歩きながら、その話について事務所で調べた事を回想する。
 怪奇作家・小泉八雲が記した雪女の物語。それは、当時彼の元へ奉公に来ていた娘の地元に古くから伝わる話だったという。その言い伝えの場所が武蔵野――今の青梅市辺りらしい。その情報を頼りに、彼女はたった今までその場所で手がかりを探していたのだ。その成果は芳しくなかったが。
 だが、一つだけ気になる事を耳にした。その地に伝わる昔語りについて、そこに住む老婆から聞かされた内容に引っ掛かるものがあった。

「――実話?」
「へぇ。この辺ではあの言い伝えは、本当にあった出来事だと伝わってますのじゃ」
 縁側に腰を掛けて老婆の話に耳を傾けていたシュラインは、思わず身を乗り出した。ここまで足を棒にして歩いた結果、全くの空振りだった為に、ついつい問い返す声にも力が込もるというもの。
 老婆は、そんな彼女に動じる事もなく言葉を続ける。
「ただ…物語の方じゃあ、巳之吉とお雪との間に出来た子供は十人となっとりますがな。ここの言い伝えでは二人の男の子だと言われてますのじゃ」
「男の子が……二人?」
「そうですのぉ、色白で綺麗な顔した子供じゃったと」
 淡々と語る老婆。
 その後も幾つかの会話を交わしてから、シュラインはその場を後にした。

 もし老婆の語った言い伝えが真実ならば、おそらくその二人の子供が今回の依頼の中心だろう。
(以前の事件の時や武彦さんが会ったのは、多分弟の方ね)
 父の血。母の血。
 おそらく人と妖の混血だろう二人の兄弟が、その後辿った運命は想像に難くない。草間が少年から聞いた「兄は父の血が濃かった」というのは、おそらく成長の違いを意味するのだろう。
 結果、兄は早く寿命が尽きてしまい、弟の方は――
 シュラインは携帯を取り出して、事務所の番号をリダイアルした。何度目かの呼び出しの後、ガチャリと受話器を取る音が響く。
『はい、こちら草間興信所』
「あ、武彦さん。シュラインです」
『おお、ご苦労さん。で、なんか解ったか?』
「あの子の兄の手がかりは全然ね。全くの空振りよ。ただ、一つだけ気になった事を聞いたから、収穫としてはゼロではないわね」
『そうか。こっちは驚けよ。あの子の兄とやらの居場所、判るかもしれないぞ』
「え、どういうこと?」
『とにかく電話じゃなんだから、一旦事務所に戻って来てくれ』
「了解」
 素早く電話を切り、ポケットに入れる。
 と同時に、それまでの信号待ちが急に動き出した。その人混みの流れに乗るように、シュラインは歩き出した。少し焦っているせいか幾分早足気味になりながら。


【2】発見
 画面に浮かぶ文字を目で追いながら、その都度キーボードを叩く。滑らかな動きに後ろから見ていた草間は思わず口笛を鳴らした。
「さすが、シュライン。俺なんかより、よっぽど扱い慣れてるな」
 本来、このパソコンで仕事をしなければいけない持ち主の言に、代わりに操作が慣れてしまったアルバイト(だった)助手は、軽い溜息を吐く。
 事務所へ帰ってきたシュラインを待っていたのは、事件・事故の情報が山ほど蓄積されているデータベースへのアクセスする事だった。どこのデータベースかは敢えてここでは省こう。
 ほぼ目星の付いていた草間に言われるまま、彼女は目的の情報へアクセスしていく。そして,画面に映し出された顔写真は――
「これは…」
「おし、ビンゴだな」
 そこに映し出された写真。年齢的には17,8ぐらいだろう。少し色白だが、健康的な少年だ。が、シュラインが驚いたのは、その少年の顔が件の子供にほぼそっくりであった事だ。
「武彦さん、これ」
「ああ、やっぱりな。あの子供、どこかで見た覚えがあったんだよな。それでここ最近に起きた事件を片っ端から新聞や週刊誌で捜してみたところ、似た顔のヤツがいたんでな。もしやと思っていたが」
「それでパソコンを使って調べてくれって言ったのね」
 新聞や週刊誌に載る情報などたかが知れてる。より詳しい情報を求めるには、相応の場所へアクセスするしかない。記事ではぼやけた顔写真も、ここでは鮮明に映っている。そして、この少年が関わった事件の詳しい内容も。
 シュラインは素早くマウスを操作して、その情報を印刷した。いつまでも繋げていてはマズイ事になりかねない。急いで回線を切り、印刷された内容に目を通してみた。

 少年の名前は氷室太一、17歳の高校生。夏休みに仲間内で富士山へ登山に行った時、一時行方不明になっていたらしい。一週間後、足を滑らせたのか通常の登山道からかなり離れた場所で無事に発見される。
 だが、どういうわけか両手足が奇妙な凍傷にかかっていて、一時は命の危機もあったようだ。なんとか一命を取り留めたものの、意識が戻らずに今も都内の病院で眠り続けているという。

 そこまで読んで、シュラインはある点に気付いた。
 両手足の凍傷。
 以前、関わった事件のほぼ一緒の状態だ。ならばこの少年は、『約束の呪い』にかかってしまったのだろうか。それにしては、手足だけの凍傷というのが引っ掛かる。過去の二件に関して言えば、呪いは一気にやってくる筈だ。
「まあ、なんにしても直接行ってみるしかないな」
 シュラインの考えを見抜いたように、草間がぼそりと呟く。
 確かに彼の言うとおりだ。ここであれこれ考えてみたところで何も始まらない。それに時間は切羽詰っているのだ。
(これ以上、気の毒な結末はもう嫌)
「そうね。この少年に直接会って確かめましょう」
 ガタリと音を立ててシュラインが立ち上がる。
 と、その時。
「――兄ちゃん、見つかったのか?」
 振り向いた二人の視線の先。ちょうど出入り口のドアに凭れかかる子供がいた。
抜けるような白い肌。色素の薄い髪。よく見れば瞳にも僅かな赤が混じっている。
「お前ッ」
「兄ちゃん、どこにいるんだ?!」
 だが、聞いていた印象と微妙に違う。焦りを隠せない目の前の子供。シュラインにはどこにでもいる普通の子供に見える。
「なぁ、兄ちゃんは!」
「――あなたのお兄さんじゃないかもしれないけど、可能性のある人物なら見つけたわ。これからそこへ行くつもりだから、一緒に来て確認して欲しいの」
 切羽詰った面持ちの子供を前に、シュラインは努めて冷静に言葉を綴る。どれだけ長く生きているとはいえ、外見が子供である以上、多少の幼さが残っている筈だ。
(今のこの子は冷静さを失ってる。少し落ち着かせるのが先決ね)
 縋りつく子供を片手でなんとか抑えながら、素早く出かける準備を行う。プリントアウトした資料を鞄に入れ、コートを手に掴む。
「それじゃあ、武彦さん。後は」
「ああ、わかった」
 それだけ言付けて、彼女は子供の方へ向き直った。
「だから、教えてくれないかしら。あなたが今焦っている原因を」
 不安そうな顔を安心させるように、シュラインはニッコリと笑みを浮かべた。


【3】真相
 辿り着いた病室の前で、シュラインは隣に立つ子供に視線を向けた。幾分緊張した面持ちでドアを見つめる姿に、先ほど彼から聞いた事柄が脳裏を過ぎる。
 彼女が予想したとおり、この子は言い伝えにある人間・巳之吉と雪女・お雪の間に出来た子供だという。弟の方だ、と。
 そして――
「ここにいるのが、あなたのお兄さんなのね」
 シュラインの確認に、子供――次郎と名乗った――は黙ってコクリと頷く。感じる気配が兄のものと同じであるらしい。兄――実際は、その兄の魂の生まれ変わりなのだと。それなら何故今までその気配が判らなかったと彼女が問えば、生まれ変わった事までは判ってもどこにいるのかまでは判らないらしい。18の誕生日がくるまでは。
(その期限が…明日というワケね)
 18歳。
 それは、この子のお兄さんが最初に死んだ歳だという。

『――オレと兄ちゃんは、それぞれ受け継いだ血が違ってた。だから成長するにつけ、だんだん年齢が離れていったんだけど、それでも兄ちゃんはオレを一生懸命育ててくれたんだ』
『お父さんは?』
『その頃にはもう死んでたよ。そんなに長生きなんて出来ない時代だったから』
『……そう…』
『そして兄ちゃんが18になった時――』
 弟を一人残して先に逝く事が心配だったのだろう。兄は死ぬ直前、弟に対してこう告げたそうだ。
『何度生まれ変わっても、僕はお前に会いに行くから。どんなに時間がかかってもきっとお前を探してみるから』
 人の血が濃い故に先に逝く兄だったが、皮肉にも雪女の力だけは受け継いでしまっていた。そう、彼らの母親が犯した罪による罰――『約束の呪い』の力さえも。

 音を立てないようにゆっくりと病室のドアを開ける。
室内の奥にある一台きりのベッド。その上で幾つかのチューブを付けた状態で眠っている一人の少年。すぐ脇に置かれている様々な機械は、今の少年の命を唯一繋げている装置だろう。
 だが、それは所詮気休めでしかない。シュラインはそう知っている。呪いの力は誰にも止められないのだから。今、隣に佇むこの子供以外には。
「この少年が……あなたのお兄さんに間違いないのね」
 確認するまでもない。目の前で眠っている少年は、確かに次郎とそっくりなのだから。
(いくら魂が兄弟だからって――ここまで似るものかしら)
 或いは、多少なりとも妖の力の為せる業なのか。
「次郎君?」
 黙ったままの少年にシュラインが横を向くと、彼はいつの間にかベッドのすぐ傍にまで移動していた。じっと眠っている少年を見下ろした後、ゆっくりと顔を耳元へ近付けた。
 呪いは約束を破った瞬間に発動される。少年の身に起きた現象もそれと同じ事。次郎が18になるまで兄の気配が見つけられなかった事も、同じように雪女の長が与えた罰なのだろう。
 繰り返される運命。
 何度生まれ変わっても二人の兄弟が辿る運命は同じだと、次郎は言った。約束が守れた事は本当に数える程だと。
(ひどいわね)
「――兄ちゃん。やっと逢えたね。これからはさ、ずっと見守っててあげるよ」
 彼の声がゆっくりと染み渡る。シュラインの目の前で、まるで見えない何かが徐々に解けていっているような気がした。
 二人が出逢う事。
 それが、今生での兄の生まれ変わりを救う唯一の手段。
 ベッドの脇でシーツに顔を埋め、子供はギュッと少年の手を握る。瞬間、眠っている少年の眦から一筋の涙が流れた。
「なんとか――出来ないのかしら…」
 悔しげに呟いた声は、静かな病室内に儚く響いた。

【終……?】


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■  登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
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■       ライター通信            ■
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こんにちは、葉月十一です。
この度は『凍える夜』の依頼にご参加いただき、ありがとうございました。
シュライン・エマ様。
二度目のご参加、ありがとうございました。
前回と微妙な関連性をもたせた為、多少オープニングに失敗したかな、と思っていたのですが、どんぴしゃなプレイングのおかげでこのような形になりました。
兄の正体、いかがだったでしょうか。予想通りとも違うとも言い切れない結末になってしまいましたが、ようやくNPC側にも名前が付いて、多少書きやすくなりましたので次からはもっと早くお届けする事が出来るかも…(苦笑)
また別の依頼でお会いできる事がありましたら、よろしくお願いします。